2014/11/14

房総の文化財・史址を見る!13.下総一之宮・香取神宮2−1!  文化財研修記

千葉県香取市香取1697には神代の神・ 経津主大神(ふつぬしのおおかみ)又の御名は伊波比主命(いはひぬしのみこと)を祀る下総一之宮・香取神宮がある。内容は、はるか昔、天照大神(伊勢神宮・内宮の御祭神)が日本の国を治めようとしましたが、荒ぶる神々が争い、乱れていました。 大御神は八百万神に相談すると、天穂日命(あめのほひのみこと)がすぐれた神であるということで遣わされましたが、  出雲国の大国主神(おおくにぬ しのかみ)に従ってしまったので、次に天稚彦(あめのわかひこ)が遣わされました。 天稚彦もまた忠誠の心なく、 顯國玉神(うつしくにたまのかみ)の娘の下照姫(したてるひめ)を妻として、自ずから国を乗っ取ろうとしましたが、亡くなってしまいました。このようなことが二度つづいたので、大御神が八百万神に慎重に相談させると、神々が口を揃えて、経津主神こそふさわしいと申し上げました。 そこへ武甕槌大神(たけみかづちのかみ・鹿島神宮の御祭神)が申し出られたので、 共に出雲に派遣されることになりました。経津主、武甕槌の二神は出雲国の稲佐の小汀(いなさのおはま)に着いて十握剣(とつかのつるぎ)を抜いて逆さに突き立て、武威を示されると 大国主神は大御神の御命令に全く異議はありませんということで、平国の広矛(くにむけのひろほこ)を受け取り、二神は日本の国を平定して、大御神の元へ復命されたのです。古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く。特に『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀されており、中世以降は下総国の一宮、明治以後の社格制では官幣大社に列し、昭和17年、勅祭社に治定され今日に至っています。奈良の春日大社、宮城の鹽竈神社を始めとして、香取大神を御祭神とする神社は全国各地に及んでいて、広く尊崇をあつめています。
 一般からは家内安全、産業(農業・商工業)指導の神、海上守護、心願成就、縁結、安産の神として深く信仰されています。さらに、その武徳は平和・外交の祖神として、勝運、交通 安全、災難除けの神としても有名です。午年ごとに行われる式年神幸祭は毎年4月15日に行われておりますが、12年に一度の午年には15・16日の2日間に渡って神事が行われます。

1.JR鹿島神宮駅発11:32
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2.大河の利根川を越えるとそこはもう下総・千葉県です!
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3.大昔、いたこの川船に乗ったことがあります。歌で有名ですね!
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4.佐原駅11;53着、乗り合いバスは日祝のみで、タクシーで15分1,500円で香取神宮へ到着。一の鳥居をタクシー内から撮影!
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5.香取神宮前到着!土産物屋が多い!
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6.朱の二の鳥居が見えてくる!
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7.千葉県の駒札
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8.同上 要石の駒札
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9.第3の鳥居と総門
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10.見事な総門
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11.総門から手水舎を見る!
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12.木母杉と駒札
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13.神社の駒札
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14.楼門前の天皇陛下お手植えの木
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15.見事な国重文の入母屋造りの楼門
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16.楼門の阿形随身
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17.吽形随身
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