2014/6/25

小さな旅!松阪・綾部九鬼藩主家所縁の鳥羽城下を歩く!5.九鬼藩後の稲垣藩主家の菩提寺・光岳寺!  文化財研修記

曹洞宗天英山光岳寺(こうがくじ)」の創建は正保元年(1644)開かれたのが始まりとされます。当初は三河国刈屋村にありましたが享保11年(1726)、稲垣昭賢が鳥羽藩3万石で入封すると現在地に移されています。鳥羽藩主稲垣家歴代の菩提寺として志摩国鳥羽藩として8代147年を治めた稲垣氏を開祖としており、豊川妙厳寺の末寺となっています。境内はそれほど大きくなく寺のすぐ裏には山が迫っており、鳥羽の土地柄が分かります。又この寺は菩提寺として庇護され、堂内には歴代稲垣家の位牌などが安置されています。寺宝である「日本丸の板戸絵(4枚)」は豊臣秀吉による朝鮮出兵の際、九鬼水軍の「日本丸」という軍船に設えられた板戸が4枚あり鳥羽市指定有形文化財に指定されています。このにっぽん丸は長さ138メートル、幅79メートルもある和船でした。現在小生が乗ったイージス艦妙高でも長さ150メートルです。また戦艦大和の幅が39メートルであったからいかにこのにっぽん丸が巨大であったか理解頂けるとおもいます。又、作家の江戸川乱歩が深夜、この寺で独り座禅を組み多くの推理小説等を出した事でも有名です。

1.光岳寺標柱
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2.山門前の駒札
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3.山門
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4.本堂
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5.本堂内
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6.お寺の空中写真
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7.九鬼藩の藩船「日本丸」図
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8.日本丸の板戸
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9.同上(ビンボケ)後で気が付いたが板戸は2枚で1枚だと!(駒札の写真でわかった。)
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