2021/1/30

綾部市新庄町の古社・山王神社を見る!  綾部の文化財

綾部市新庄町赤尾11番地の1に鎮座する埴山比売神を祀る山王神社がある。創祀の年月日、鎮座の次第などは不詳であるが、社殿は、内陣の棟札によれば「干時、享保六年(一七一六)卅歳、奉造立山王大権現、大工綾部住、大槻吉左ヱ門高常、九鬼大隅守隆都領 小畑新庄村 庄屋 永井甚右衛門 上羽三郎兵衛 年寄 西田喜左衛門 永井吉助」とあり、これは多分に再建であると考えられる。これよりさらに古い棟札があるが文字が判読できない。このように見ると当社は、相当に早くから祀られ崇敬を集めた神社と考えられる。鳥居をくぐつて間もなくそびえるかしの木の巨木、その傍に杉の巨木の株等が神社の歴史を物語っている。祭神は、埴山比売神であり、氏神として、氏子の「いのち」「よろこびし」「かなしみ」を常に見守り、諸願を成就されてきているが、土の神、即ち田畑の土壌を司る神、粘土其の他土全般を司る神でもある。
社名(社号)について、法人設立の手続きの際「山尾神社」となっていたものを「山王神社」と改められた。その理由として、往古より「山王神社」が用いられていたからである。丹波志(綾部史談会)によれば「山王権現 新庄村庄村東側、小社末申向也一間半ニ、三間ノ舞堂、鳥居アリ境内凡三十間四方」とあり、是が現山王神社にあたると考えられる。また「綾部藩社寺要記」に、「新庄村“山王権現”小社 境内五十間に三十間 祭礼六月一五日」とある。また地名から推しても、山王神社の所在地付近は山野(王)の小字名である、更に最近(平成三年)になって本殿内陣に保管されていた棟札が見つかり「山王神社」であるとする根拠が明らかになった。
境内社 物部村 神社寺院調によると境内末社として次の八社があげられているがいづれも由緒不詳である。
 ○廣嶺神社 ○城岡神社 ○荒神杜 ○稲荷神社 ○秋葉神社 〇八坂神社 ○水神社 ○山神社
山王神社の境内には現在三つの脇宮が祀られている。一社は廣嶺神社、一社は城岡神社、一社は荒神杜で残りの五社については、祠がなく、合祀されていたものか、それとも境外に遷し祀られたものか明らかでない。
なお神社の神輿については、昭和五二年、西坂の高蔵神社から神輿の分与を受け、山王神社のご神宝として受納し神前に奉納式を斉行したものである。高蔵神社から受納した神輿は文化年間の製作で立派なものであるが、第二次大戦中金具類一切を取り除き、軍需に供出しており本体だけのものに、諸金具並に装飾具等の献納を氏子より受けるなどして装いを準えて一新、秋集には五社をはじめ、新庄町内を巡行することになった。
(『物部史誌』)

1.山王神社の標柱及び幟立
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2.山王神社の大鳥居
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3.大鳥居の扁額を見る!
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4.大鳥居を潜って社殿を見る!見事な巨木に囲まれた参道です。
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5.参集殿の前には綾部の古木・名木100選の一つブナ科のアラカシ樹高14m、幹周2.91mもあります。
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6.同上
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7.石灯籠と巨木が立ち並ぶ境内です。
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8.参集殿を見る!
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9.社殿を見る!
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10.同上
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11.阿形の狛犬
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12.吽形の狛犬
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13.覆屋の中の見事な本殿を視る!
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14.脇宮の一つ
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15.脇宮が二つ並んでいる!
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2021/1/25

綾部市位田町の古社・大社神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市位田町(いでんちょう)岡倉には御祭神・出雲国大社より大国主命を勧請し、合わせて大己貴命祀る大社神社(たいしゃじんじゃ)がある。京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」位田町の山里・岡倉の中心地には大社神社があり、そのご神木が綾部市最大の衝羽根樫(ツクバネカシ)です。関東以西の温暖地帯には広く分布しているが、この地方では稀にしか見れない。この樹は平成2年綾部市の古木名木10選の一つでもあります。樹高は芯が折損しているため樹高24メートルとそれ程高くはないが、幹周は4.6メートル、推定樹齢450年以上でもあります。この大社神社は館町の古刹、高野山真言宗・楞厳寺(りょうごんじ)の修禅地として建てられ高徳寺に由来する古社です。

1.大社神社に向かって、左手奥がご神木のツクバネガシ、向かって右手前が巨大なモミの木
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2.大社神社
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3.ご神木の駒札
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4.綾部の古木名木100選の駒札はご神木の横にある
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5.大社神社のツクバネガシ
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6.大社神社と手水舎を見る!
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7.大社神社吽形狛犬と灯籠を見る!
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8.本殿をアップで見る!
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9.本殿の覆屋を見る!
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2021/1/20

綾部市西坂町の古社・九社神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市西坂町清水山39番地には祭神に伊都那岐命・伊都奈美命を祀る九社神社(くしゃじんじゃ)がある。 創祀の年月日また往古については不詳だが、慶長二年、藤掛三河守永勝が赤目坂村を拝領しており其の後領主藤懸氏の篤い崇敬を受け明治に到る。◎長寿、延命◎縁結び結婚成就・家内安全・地域安泰のご神徳が伝えられている。
氏子崇敬者の地域は西坂町一円であり、明治一六年四月一四日調 西坂村戸長役場調 氏子一六〇戸、 例祭は一〇月一七日(高蔵神社と同じ日)
境内社に◎八幡神社 祭神 誉田別命(応神天皇) 例祭 九月一五日 ◎稲荷神社 字迦之御魂神 ◎山の神社 祭神 大山津見神 ◎愛宕神社「綾部の神社」より
なお、当社の古い歴史を物語るかのように、そびえ立つ石段わきの大杉、また石段を登りつめたところのつく羽根かしの巨木は特に立派なものであったが、残念ながら倒木のおそれがあり切り倒された(一九九六年)。また当社の森は、まだ自然林に近い樹種が多くその樹相も自然林に近い感じを受ける貴重な森林であり、この森を厚く保護存続することが大切なことである。  (『物部史誌』)

1.九社神社の標柱と鳥居を見る!
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2.鳥居から登り参道を見る!
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3.同上
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4.見事な自然石を刳り貫いた手水鉢
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5.社殿を見る!
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6.阿形の狛犬
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7.吽形の狛犬
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8.社殿を見る!
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9.覆屋の中の本殿を見る!
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10.本殿と脇障子の彫刻を見る!
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11.本殿左側の八幡神社を見る!
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12.本殿の覆屋を左から見る!
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2021/1/15

綾部市物部町の古社・上市八幡宮社を見る!  綾部の文化財

京都府文綾部市物部町大渕37番地の1には祭神・誉田別天皇(応神天皇)を祀る八幡宮神社がある。創祖の年月日由緒等は不詳であるが、天明三(1783)葵卯八月一三日に再建竣工された記録が残っている。八幡宮御社殿御再建ノ記録(古文書の写し)『八幡宮御本社并御上屋御再建 発起 安永九(一七八〇)子之九月同十歳之春ヨリ御財木寄七 同歳 従 九月御普請ニ取掛リ天明三(一七八三)葵卯之七月廿六日御棟上 同歳八月十三日夜に御遷宮発願主 御普請惣元〆 人見安左衛門 谷口権助 人見六郎右衛門 同世話人 松下市良兵衛 谷口十右衛門 人見清左衛門 市村又祭神は誉田別天皇(応神天皇)兵衛 坂口喜兵衛 谷口新右衛門 大工棟梁 花倉村 今井萬右衛門 同 脇棟梁 同村 今井八右衛門 彫物師 柏原 中井権治 屋根師 二箇村 新井文右衛門 御普請惣渡 銀高壱貫六百五拾文目 米高 拾壱石 御普請請職人工数 八百三拾工 内百工ハ彫物師代三百匁 四拾五工 屋根師代 百拾匁 残り六百八拾五工 番匠井木挽共 代残リ壱貫弐百四拾匁 一工 壱匁八分壱厘』
以上は坂根篤二家に伝わる古文書による。
なお、当社の裏山には古墳一五基程あり、古墳時代後期の古墳と思われる。
 (例祭日)
一〇月一〇日 往時は屋台も引出し奴振りの練込みがあったが、今は、途絶えており何とか復活が望まれるところである。宵宮には夕方六時頃から氏子全員が参拝し、宮司が例祭の式典を厳修しその後、神輿への神霊遷が執り行われる。また式典の中では子供太鼓が(昭五二年から)威勢よく打たれ奉納される。式典が終って後は、石段下の庭で子供全員による奉納太鼓が賑やかに繰り広げられる。翌祭の当日は、早朝から氏子全員が参拝しその後神輿の渡御が行われ、樽神輿、子供太鼓に供奉し上市町内を巡行する。
 (境内杜)
◎高倉神社 祭神 高皇霊日並命 創祀年月日不祥 元禄七甲戌年当村西ノ奥字高倉に鎮座 移転再建
◎稲荷神社 祭神 倉稲魂神 創祀由緒等不詳 綾部藩社寺要記に「稲荷大名神 小社ニテ上リ屋四尺ニ五尺也 外ニ舞堂二間ニ五間」とあり
◎大川神社 (小祠)本社の左側高倉社との間 八月一日の大川祭には朝早く組順の当番の者が旧岡田下村大川神社へ代参し大川神社のご神札を受け祠に年中お祀りをする。当日は町内全戸からお参りし、家内安全五穀豊穣町内の平安興隆を祈顧する。
◎天満宮 (稲荷神社と合祀)八月一日の天神祭には朝早くから子供衆により境内を清掃し天神さまをお祀りする。午後は大川祭の後三時頃より自治会婦人会と合同し総がかりでいろいろと神賑いの準備をし、夕方からみんなのお参りを待つ。夜は金魚すくい、ヨーヨー、西瓜割り、いか、なんば、かき氷などの催し物があり町中が一日を楽しく過す。
◎秋葉神社 祭神 火之迦具土神(火産霊神)「綾部藩社寺要記」の頁一二に「秋葉山 松下山凡十間四方 大谷ニ立ツ是ハ先年ヨリ遥拝之場所ニ御座候処 当時二間四面之篭リ堂有リ」と記されており、古くから秋葉山の本宮の遥拝所に祀られた社であり、古来防火の神として広く厚く深い崇仰が寄せられている。七月二三日には例祭が営まれる。(平成二年からは宮司が祭典をご奉仕している。)この秋葉祭の日は、朝から当番地区の人達が参道や境内の清掃をして参拝する、また上市の人は、組順の当番で午後幟を立て山に登り参拝し社頭で宮司が例祭を厳修執行しその後、願串焚上祭を執行する。願串(護摩木)は社頭でも分与し願い事と氏名を記入したものを宮司が奉上して大庭燎に投入れ焚上げられる。焚上祭が終った後は、引続き当番の人々によって、大庭燎が焚かれ太鼓を打ち宮篭りをして宵宮を奉仕する。朝迄火の番をしつつ太鼓を打つ。当番の者は、供え物を始め諸祭具・水・食事等々重い荷を背負って夏の山を登り、宵宮の篭りでは蚊と戦いながら朝迄の寝ずの奉仕が行われるのである。  (『物部史誌』)

1.上市八幡宮神社の見事な木造両部鳥居を見る!
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2.神輿蔵
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3.改築された左側の参集殿を見る!
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4.更に参集殿前から社殿を見上げる!
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5.社殿を見る!
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6.一寸変わった阿形の狛犬(子持ち)です!
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7.吽形の狛犬
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8.正面の八幡宮社見る!
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9.八幡宮社の本殿を見る!
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10.本殿の脇障子を見る!
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11.本殿の左側に鎮座する天満宮
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12.同上 アップで見る!
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13.本殿右側に鎮座する大川 神社を見る!
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14.本殿の右側に鎮座する見事な高倉神社
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15.本殿の覆屋を右側から見る!
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2021/1/10

綾部市小貝町の古社・八坂神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市小貝町(おがいちょう)坪山16には須佐之男命(スサノオノミコト)を祀る八坂神社(やさかじんじゃ)がある。古祭神は素盞嗚命で京都八坂神社の分霊と聞く。創立年号は不詳で由来は小貝は産土紳は赤国神社。神前の二基の石燈篭に文政二年十一月の銘あり。今より百四十年程前の創建と思う。高麗犬は明治中期に作りし物という。大正二年石鳥居が建てられ、湯殿の大槻清兵衛氏積築せしもの。神社西側に舞堂が明治四十年頃まであった。現在の公会堂として下に降して改築さる。(『佐賀村誌』)

1.八坂神社社号碑と大鳥居を見る!
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2.大鳥居
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3.見事な自然石利用の手水鉢
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4.巨大な御神木を見る!
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5.社殿を見る!
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6.社殿をアップで見る!
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7.阿形の狛犬と稲荷神社の赤い鳥居
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8.吽形の狛犬
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9.覆屋の中の本殿を見る!
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10.本殿の見事な彫刻を見る!
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11.本殿の脇障子の彫刻を見る!
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12.本殿左側の境内2社を見る!
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13.本殿右側の稲荷神社を見る!
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14.稲荷神社をアップで見る!
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2021/1/5

舞鶴市の古社・三柱神社を見る!  文化財研修記

京都府舞鶴市伊佐津406には古社でご祭神の火産霊神 、奥津比古神、奥津比売神を祀る三柱神社がある。境内には三つの社殿が東に面して並んでいる。真ん中が「三柱神社」向かって左(南)が「粟 島さん」右(北)が「稲荷さん」。江戸末期の加佐郡旧事記に「三宝荒神 村の西田ノ中森ノ 内ニ有リ」とあり、明治になってから「三柱神社」と改名。
粟島社のほこらの中にある天保十一年(1840)の棟札に「粟島」ではなく「淡島明神」と 書かれている。「淡島様」はイザナギ、アザナミ両神の国生みの神話では、一番目に生まれた 「水蛭子」、二番目に生まれた「淡島」。この二つの生命は流産又は死産児の霊で、現在でも 水子地蔵尊が信仰を集めているように、江戸時代には「淡島様」として女性の信仰を集めていた。

1.三柱神社全景
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2.石灯籠と舞鶴100景の標識
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3.手水舎
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4.三柱神社の真正面にある参集殿
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5.参集殿の前に在る大鳥居
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6.正面の三柱神社を見る!
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7.左の粟嶋社
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8.右側の稲荷社
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9.阿形の狛犬
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10.阿形の狛犬をから見ると!
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11.吽形の狛犬
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12.本殿は金網とガラスで覆われて撮影が難しい!
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13.同上
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2021/1/1

綾部市奥上林の古社・十二所神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市奥上林(おくかんばやしちく)光野町(みつのちょう)宮ノ下26には伊弉諾尊あ8いざにぎのみこと)を祀る十二所神社がある。於見(熊野三所権現と呼称)している。現有せる棟札の文字を辿ると、「当村三所権現之宮奉再造処本願権守信衡其他原口船迫、尾見光野田各氏中ト毛各々」とあり、永禄十一年と銘記している。(紀元1568)。更らに第二の棟札は文化七年庚午(紀元1810)の再建を裏書きするもので文に曰く、「三所権現神殿者、往昔何年代奉信敬處不分明、然所去永禄年中中興今文化七庚午年迄凡二百四拾三年星霜積、氏子中並六性発願当社再造諸願成就處也」。遷宮師は不動院阿闍梨法印、大工棟梁は日置村宮口平三良藤原政延と記され、これが今に伝る所の本殿である。(『奥上林村誌』)
於見のたいこ
  音にきこえた於見のたいこ。
    七里七里(なゝさと)なりひゞく。

これが十二所神社自慢の太鼓である。文化七年(紀元1810)現在の本殿が改修せられたとき、境内の大欅で作られたもので、胴の回り四・四米の偉大さを誇っている。
当時「老の坂」きつての大太鼓と云はれ、祭りともなれば兵子帯を?つちよに結んだ若い衆が、自慢の腕によりをかけて心魂を傾けて打ちならしたものであり、地の底からうなり出すような荘厳な音は谷々を圧したものである。撥の冴えを誇る練達の士が其の技を伝承して、太鼓打ちは一つのスポーツとして永年若者達を吸収した。其の後幾星霜、野球と歌謡の全盛時代に有つては、流石の大太鼓も若者を引きつける術もなく、徒らに庫の中にへんへんとした腹を携えてうずくまっている。(奥上林村誌)

1.奥上林光野町で上林川を渡り左岸へ
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2.上林川左岸にある標識
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3.十二所神社の大鳥居と長屋門(神社に長屋門は大変珍しい)
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4.長屋門を見る!
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5.長屋門から社殿を見る!左側は舞殿となっています。
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6.社殿の両脇の狛犬は倒壊防止の為、材木で保護されていますね。阿形の狛犬。
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7.吽形の狛犬
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8.覆屋の中の本殿を見る!
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9.本殿をアップで見る!
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10.本殿の彫刻を見る!
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11.同上
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12.同上
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13.拝殿前から長屋門を見る!
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14.有名な奥上林の十二所神社の於見の巨大な太鼓を見る!については下記をクリックして見て下さい。
https://ayabe.city-news.jp/?p=3975

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