2020/8/30

綾部市味方町の古社で大国主命を祀る笠原神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市味方町倉谷43番地には綾部市の古社で御祭神は大名持命(おおなもちのみこと、大国主神)を祀る笠原神社(かさはらじんじゃ)がある。旧村社で願かけをし、成就した時には、笠を奉納する風習があつたと伝えられている。由良川の東岸、新綾部大橋のそばに鎮座します。正一位笠原大明神の扁額の掛けられた鳥居を潜ると、参道の左は林、右は竹林になつてゐます。境内社に雨の宮大神・荒神宮・稲荷社などが鎮座します。昭和四十六年に近くの畑地で縄文時代の石鏃が発見されました。綾部で初めての縄文の発掘品でした(その後、色々なものが出ました)。出雲系の神社ですが、相当の古社なのです。又、この神社は綾部旧町内3神社の秋の合同祭りの一つである。第一は綾部八幡宮、第二は若宮神社、第三がこの笠原神社で、各関係町内を御輿と太鼓が練り歩き、昼には三神社の御輿・太鼓が綾部市役所に集合し神事を行なう。又関係神社四社が加わり、七神社合同の祭りとなる。この笠原神社の付近の竹藪にはツブラジイが多く見られ、幹周3メートル前後のものも散在し、他に若いもの、倒れて朽ち果てたものもあり世代交代しながら行き続けている事がわかる。

1.笠原神社の駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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2.笠原神社の大鳥居
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4.大鳥居の扁額を見る!
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5.左側の杉林お参道
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6.手水舎
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7.参集殿
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8.右側の神輿蔵と左側の社殿を見る!
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9.社殿を正面から見る!
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10.同上
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11.阿形の狛犬
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12.吽形の狛犬
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13.社殿をアップで見る!
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14.拝殿の見事な彫刻を見る!
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15.左側から本殿を見る!
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16.本殿左側の脇障子の彫刻を見る!
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17.本殿右側の脇障子の彫刻を見る!
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18.本殿の覆屋を左側から見る!
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19.境内社を見る!
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20.同上
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21.綾部市の古木・名木100選の一つツブラジイの巨木です!
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22.ツブラジイの駒札
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23.笠原神社の秋の例大祭の様子は下記をクリックして見て下さい!
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1144.html
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1142.html
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2020/8/25

綾部市の寺町にある素戔嗚尊を祀る大谷神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市寺町大谷1−7には素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀る大谷神社がある。御祭神は素戔鳴命であり、素戔鳴命は厄神さんとして厄除けの神として尊崇されているが、牛頭天王としては牛の守護神としても信仰されている。大本長生殿の南、寺町の斜面に並ぶ住宅街の上に鎮座します。鳥居から木立の中に作られた長い参道を本殿まで百メートルほど歩くと、左に公園、突き当たりに摂社群があり、右側が少し広くなつてゐて本殿があります。土用の丑の日が例祭日で、その日は社前に笹が供へられ、参詣者はその笹を頂いて牛に食べさせて無事を祈るといふ風習があったと云う。

1.大谷神社の石造りの大鳥居と参道の杉並木を見る!
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2.巨木の杉並木の参道
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3.同上
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4.杉並木の先には大谷神社の駒札と境内が見えて来た!
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5.大谷神社の駒札には「寛永9年(1632)に綾部藩初代九鬼隆李(くきたかすえ)公が来綾した頃創建されて、須佐之男命(素戔嗚命)を祀り、夷神社を初めとする7小宮もあり、延喜式内社の正歴寺の神護寺であったと記されています。画像をクリックすると拡大して読めます。
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6.見事な参集殿ですね!
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7.手水舎、御神木、社殿など
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8.御神木と手水舎
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9.社殿の左には夷神社など6小宮が祀られており、左側奥に1社が祀られています。
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10.社殿正面を見る!
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11.阿形の狛犬と石灯籠
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12.吽形の狛犬と石灯籠
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13.社殿の正面の彫刻を見る!
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14.同上
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15.社殿を左側から見る!
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16.社殿の左手奥に祀られている愛宕神社を見る!
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17.御神木を内から見る!
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2020/8/20

綾部市七百石町に在る八幡神社を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市七百石町(しちひゃっこくちょう)八幡19番地には御祭神の誉田別命を祀る八幡神社がある。慶長十七年(1612)の創立、天和三年(1683)、社殿再建、寛政四年(1792)社殿の位置を現位置に移し車斉す。嘉永四年(1851)籠堂新築。明治三十四年(1901)社殿改築。昭和三年(19289、玉垣石段奉納建設。昭和十四年、紀元二千六百年記念事業として、手洗所、狛犬を奉納建設す。
 末社 稲荷神社 祭神 保食神
    荒神社  祭神 八代荒神
    山の神  祭神 大山祇神
    厄神社  祭神 武内宿弥
    天満宮  祭神 菅原道真
 附記 境内社殿北方上部に古墳三ヶ所に、現存し、時代 及埋没者不詳なり。  (『西八田村誌』より)また、七百石とは西八田地区の延喜式内社の岩王寺(しゃくおうじ)が
寺領700石を受領していたとのことで七百石町となった諭旨である。

1.社号が記され標柱を見る!
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2.登り参道を見る!
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3.石造大鳥居と参道を見る!
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4.石造大鳥居と社殿を見る!
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5.二の鳥居と社殿を見る!左側には見事な参集殿がある。
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6.見事な参集殿を見る!
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7.社殿を見る!
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8.正面右側の阿形の狛犬を見る!
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9.吽形の狛犬
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10.見事な社殿を正面から見る!
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11.斜め左側から見事な社殿を見る!
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12.社殿の彫刻を見る!
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13.同上
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14.社殿の内陣を覗く!
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15.境内の末社を見る!
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16.伊勢神宮遙拝所と御神木の大杉の根本
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17.境内の御神木の大杉を見上げる!
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2020/8/15

綾部市の村社・岡安神社・薬師堂を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市岡安町田中11番地には御祭神は大日孁女命(天照大神の別名)を祀る岡安神社(おかやすじんじゃ)がある。300メートルほど東の岡安町字清戸から遷座したと思はれる。清戸にはかつて万延二年(1861)に愛染院より勧請された稲荷神社が鎮座し、境内社として岡安神社が祀られていた。現在の岡安神社は昭和三十九年六月に遷座移転したとあるが、遷座に際して稲荷神社の境内社から独立した岡安神社になつたものと思慮される。岡安神社は西八田小学校・西八田幼稚園のすぐ近くの山裾に鎮座します。岡安町の神社で、参道は今も岡安町ですが、社殿の位置は遷座してとよさか町になつています。境内には稲荷神社(元の主神か)と耳や目にご利益のあるとされる岡安薬師堂があります。この薬師堂については「岡安のやくしどう」の逸話で有名です。

1.岡安神社の参道を見る!
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2.石造大鳥居
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3.同上 扁額を見る!
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4.岡安神社の覆屋と本殿正面を見る!
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5.右側の阿形の狛犬を見る!
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6.左側の吽形の狛犬を見る!
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7.拝殿・本殿に向かって右側に在る岡安薬師堂を見る!
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8.「岡安のやくしどう」の逸話の動画(約4分30秒)下記をクリックして見て下さい!
https://www.youtube.com/watch?v=51SnAAe97CI

9.稲荷神社は!
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10.正面の覆屋と本殿を見る!
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11.本殿の見事な彫刻を見る!
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12.同上
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13.本殿を左側から見る!
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14.本殿の覆屋を左側から見る!
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2020/8/10

綾部市の蓮(ハス)の名所の極楽寺と寺楞厳寺に見に行く!  あやべの街

京都府綾部市は白道路町(はそうじちょう)には大賀(おおが)ハスで有名な極楽寺がある。ここ極楽寺では、二千年の眠りから覚めた「大賀(おおが)ハス」と呼ばれる、非常に珍しい貴重な蓮の花を観賞できます。「大賀ハス」は日本の古来種で、昭和26年に千葉市検見川で故・大賀一郎博士が発見。三粒の内の一粒から増やされたものだと言われています。翌年、見事に花開いた時は生物の奇跡として世界中が驚き、さらに翌28年にはドイツの国際園芸博覧会でも開花。国際的に認められ「大賀ハス」と名付けられたのだとか。その後、千葉県が所持していた「大賀ハス」の種数粒が極楽寺に寄進され、例年見事な花を咲かせています。令和2年8月5日(水)に家内の運転で見に行ったが今年は残念ながら時期が遅かったのか全然見れなかった。次に館町(たちちょう)に在る関西花の寺第2番札所であり高野山真言宗の古刹・楞厳寺(りょうごんじ)へハスを見に行った。見事に開花している蓮(ハス)が見れました。

1.極楽寺の山門
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2.駒札1.
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3.駒札(大賀ハス)
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4.蓮池(ハス池)各画像をクリックすると拡大して読めます!
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5.館町の楞厳寺全景
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6.今年も見事に開花した蓮(ハス)ピンク色と白色
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7.ピンクの蓮の花
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8.白色の蓮の花
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下記をクリックして見事な極楽寺の文化財と開花のハスの花の記事を見て下さい!
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/gokurakuji/gokurakuji.htm

下記をクリックして見事な楞厳寺の文化財の記事を見て下さい!
http://ayabun.net/bunkazai/annai/ryogonji/ryogonji2.html

https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/619.html

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2020/8/5

舞鶴市の古社・延喜式内社の論社である笶原神社を見る!  文化財研修記

京都府舞鶴市紺屋29番地には『延喜式神名帳』にある「笶原神社(丹後国・加佐郡)」に比定される式内社(小社)の論社である笶原神社(やはらじんじゃ)がある。「やぶじんじゃ」「神明さん」「えばらじんじゃ」「えみはらじんじゃ」などとも称されている。笶原とは「ヤブ」とも訓で但馬の養父(養父神社)と同義で、「ヤブ」は「ウブ」すなわち初生(ウブ)が源。壬生(ミブ)、禰布(ミフ)、養父(ヤブ)の神はいずれも太古よりの土着神生えぬきの神社であり、一帯であるという。『倭姫命世記』にあるトヨスキイリビメが巡歴した「吉佐宮」の伝承地の一つで、伊勢の神宮(伊勢神宮)の皇大神宮(内宮)の前身とも言うべき、元伊勢の一つ。その他に、「吉佐宮」の候補としては、いずれも京都府内に皇大神社(福知山市)、真名井神社(丹後国一宮・籠神社の奥宮。宮津市)、竹野神社(京丹後市)がある。御祭神は、天照大神、豊受大神、月夜見神。創建は不詳。慶長年間(1596〜1615)に領主だった細川家が再建した。寛文年間(1661〜1672)、牧野家入国以前は地元の人々による崇敬が厚く、栄えた。その後衰退した。本殿は裏山の顕仁親王(後の第75代崇徳天皇<1119〜1164)の書という忠魂碑後方の山上にあるというが、氏子の紺屋町内約七十世帯の手では管理が行きとどかないため、御神体を下の拝殿に移した。山上の本殿は明治36年(1903)の建物だが、荒廃にまかせているという。本来は愛宕山山頂の、今の愛宕神社の地にあったと思われる。
鳥居には「総社笶原魚井匏宮」と書かれた大きな神額がある。字は清仁親王(第63代冷泉天皇の子、実際は第65代花山天皇の子。約1000年前)書と伝えている。尚、式内社「笶原神社」の論社は、市内野原八幡町の天満宮(天満神社)、与保呂の日尾池姫神社がある。また、淡路国三原郡にも同名の式内社がある。

1.笶原神社全景
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2.社標と鳥居
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3.鳥居(「総社笶原魚井匏宮」と書かれた大きな神額がある。字は清仁親王(第63代冷泉天皇の子、実際は第65代花山天皇の子。約1000年前)書と伝えている。しかし、読めない!
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4.手水舎と駒札
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5.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます!)
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6.拝殿を見る!
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7.拝殿をアップで見る!
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8.拝殿内陣を覗くと!
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9.拝殿の後方には朱のお堂と朱の稲荷神社がある。
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10.朱の稲荷神社をアップで見る!
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2020/8/1

舞鶴市の大物主神を祀る金刀比羅神社を見る!  文化財研修記

京都府舞鶴市新町には大物主神(おおものぬしのかみ)を祀るか金刀比羅神社(こんぴらじんじゃ)がある。新町、西町はその昔は旅籠町とも呼ばれていたが、今でも道筋には当時の雰囲気が漂っています。南には愛宕山が迫り、妙に狭くて入り組んだ道筋は東の田辺城へと続いています。道筋の右側に浄土寺の寺号標とその先に赤い鳥居が見えて来ます。石の明神鳥居(1921年)、参道の正面に社、参道脇に二社が祀られ、鳥居前には金刀比羅神社と刻まれた石燈籠(1932年)が建てられています。道筋から鳥居をくぐると、左に手水舎、その先に赤い鳥居が二つ並ぶ社、右手に流造の社。参道の石段を登ると金刀比羅神社の社殿が在ります。右の社は弁財天で、日本三大弁財天(​竹生島​の都久夫須麻神社、宮島の厳島神社、江の島の江島神社)の江の島から勧請された様です。小さな社ですが木鼻には彫がされ、中には美しいふくよかな弁天像が祀られているようです。この金刀比羅神社は新町構いで、その始まりは江戸時代にまで遡ると云われています。讃岐国(現在の香川県)金刀比羅宮を本宮とする金刀比羅信仰は、江戸時代に非常に盛んになり、海運救助、商売の守護神として全国に勧請されました。嵐に翻弄され、あわや船が沈むその時、金刀比羅さんの御幣が降ってきて助けて頂けると信じられていたそうです。金刀比羅神社の玉垣の寄進者に吉原町の漁師達の名が多く刻まれ、厚く信仰されていた事が分かります。明治29年(1896)の山崩れで社殿が被災、昭和6年(1931)に再建されたのが今の社殿です。

1.金刀比羅神社の銘のある石灯籠と鳥居を見る!
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2.左側の手水舎と稲荷神社
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3.石造り鳥居をアプで見る!
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4.右側の弁財天堂を見る!(左側に本殿が見える。)
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5.左側の稲荷神社と本殿を見る!
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6.右側の弁財天堂を再度見る!
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7.本殿を見る!
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8.本殿の扁額と彫刻を見る!
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9.本殿の彫刻を見る!
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