2020/2/25

京丹波を見る!綾部の古刹・東光院で雛人形650体を飾る「みんなのひな祭りin綾部」を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市上延町の真言宗の東光院で雛人形650体を飾る「みんなのひな祭りin綾部」を2月25日(火)に見てきた記事です。2月22日(土)から3月3日の「桃の節句」を含んで3月4日(水)まで午前10時から午後4時まで開催されています。拝観料は300円のみです。問い合わせは東光院・松井真海住職電話:0773−42−2432まで!この雛人形は松井住職が数年前から取集したり、檀家から譲り受けたりしたひな人形を三年前から飾っている。住宅事情などから、年々ひな人形飾る家庭が少なくななっている中、「日本の伝統文化に触れてほしい」と始められた諭旨。庫裡には高さ2.5メートル、幅3.6メートルの十二段飾りを初めとして、5段、7段飾りの様々な段飾りが並んでいる。内裏雛や三人官女、五人囃子など素晴らしい展示が見れます。明治から大正にかけて京都を中心に関西で流行した「御殿飾り」や京都御所や紫宸殿を模した御殿に人形を入れる珍しい形もある。飾りつけは檀家の女性を中心に約20人が約9時間かけて準備された諭旨です。同寺では年間を通じて人形供養を受け付けているため、年々ひな人形増えている諭旨です。

1.東光院の庫裡の圧巻する12段飾りの雛人形(全ての画像はクリックすると拡大して読めます。)
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2.東光院の見事な仁王門
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3.阿形の仁王像
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4.吽形の仁王像
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5.東光院
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6.みんなのひな祭りin綾部の東光院
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7.坂本龍馬とお龍の仲人をした知足院夢覚上人の揮毫碑
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8.ひな祭りのメイン会場の庫裡
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庫裡の前の雛人形
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本堂前の雛人形
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9.庫裡のメイン会場に入ると!!画像をクリックして読んで下さい!
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10.同上
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背後の襖絵は黙知軒光献上人のカラスの絵が見えますね!
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11.圧巻の12段飾りのひな人形です!
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12.12段飾りのひな人形の前から左側を見る!
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同上
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13.右側の奥の飾り!
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14 販売の品です!
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15.本堂の左側のお堂の雛飾りです!
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16.本堂の前にある流し雛など
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17.見事な本堂の須弥壇です!
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18.本堂左側に飾られた羽子板
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19.東光院の文化財や由緒は下記をクリックして見て下さい。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/tokoin/tokoin.htm


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2020/2/23

京丹波を見る!綾部ふれあい牧場の「森の恵みのお祭り」2月23日に行ってきました!  あやべの街

京都府綾部市位田町にある「綾部ふれあい牧場」の「森の恵みのお祭り」2月23日(天皇陛下誕生日、日曜日)に行って来たので報告記事を書きました。猪肉のジャーキーを食たり、無料のマッサージ体験など楽しんできました。

1.ふれあい牧場の広告(全画面はクリックすると拡大します。)
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2.綾部ふれあい牧場の入口
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3.全景の一部
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4.乗馬クラブ
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乗馬クラブの案内(日本では乗馬は高くてとても乗れないですね!)
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昔は海外旅行でグランドキャニヨン3泊4日の乗馬での旅でお尻がずり向けたり、アフガニスタンの峡谷で乗馬した時、馬が指示を聞かなくて暴走して危うく落馬しかけたり、、グアム島では家内と乗馬したり、ハワイで再三乗馬したことが懐かしく思い出されました!
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5.鷹匠さんの記事です!
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6.鷹匠ご本人とハヤブサ
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7.鋭い目の鷹
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8.可愛いみみずく!!
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9.猪汁は300円でした!500円のジャーキーを買ってきました!
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10.無料のマッサージを受けて、大変楽になりましたので次回500円でのキャンペーン価格で2月25日(火)午前9時15分から約50分を予約済です!
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2020/2/20

京丹波を見る!福知山市戸田(由良川の南)の浦嶋神社(水神社)を見る!  文化財研修記

京都府福知山市戸田上嶋891には浦嶋神社(水神神社)がある。この神社は戸田地区の由良川左岸に鎮座しています。神社南側に道路を挟んで浦嶋伝説のある沼「お沼(ぬう)」が、由良川改修事業で堤防用地となった為、境内北側から南側に移築されていました。又神社の境内は改修中で参拝は社務所脇からとなりました。地図や社号標代わりの観光協会案内板には「浦嶋神社」とありますが、京都府神社庁の記載は「水神神社」と載っていますので、本来の社名は「水神神社」なのでしょう。戸田地区は、由良川がそばを流れることから、昔から水害に遭ってきました。神社の周囲にも高い堤防壁が築かれています。本殿もその水害を免れるためでしょうか、堤防前の高い位置に建立されています。御祭神は美都波芽命(みずはめのみこと)で境内社は秋葉神社、三柱神社、神武神社、疫神神社、愛宕神社です。
 由緒:この社は丹後を源とする浦島太郎伝承を伝える神社で、室町時代中期の1450年ごろ創建されたといわれています。お沼はその2、3年あとにできたとされ、形は亀の甲羅をかたどっています。
 その伝説とは「五百数十年前、沼のほとりの大木に、なぜか毎晩明かりがともり、村は大騒ぎになりました。 そのころ、近くの川北地区に住む福寿院という山伏の夢枕に浦嶋太郎が現れ、「竜宮城から戸田村の沼に続く白岩がある。乙姫から『願い事はそこから知らせなさい』と告げられた。」と話しました。 福寿院が戸田に出向いてその話をすると、村人から「明かりがともる不思議な沼がある」と聞き、足を運びましだ。ところが白岩は見つからず、思わず沼に手を触れると空が曇り、日照りに悩む村に大粒の雨が降り出しました。 福寿院の隣には赤子をもつ夫婦が住んでいましたが、母親の乳の出が悪く、毎晩激しく泣きました。浦嶋は再び福寿院の夢枕に立ち、「お沼の水でおかゆを炊いて食べるがいい。」と告げました。その通りにすると乳があふれ出て、おなかいっぱい吸った赤子はぐっすり眠り、話を聞いた人々が願掛けに訪れるようになったのだそうです。村人たちは福寿院の助言を受け、沼のほとりに浦嶋を祀る神社を建て、日照りが続くと神社のほとりのお沼にやってきて雨ごいをした」というものです。 そこで、亀を見つけると腹に願い事を書いてこの沼に放つ風習があるそうですが、今回移転時に亀さん達は由良川に放流されたそうです。 その他、農耕用の牛が病気にかかるとこの水を与えると回復するとも信じられていたそうです。

1.福知山市観光協会の案内板(全ての画像はクリックすると拡大します。)
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2.浦嶋神社の大鳥居
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3.お鳥居の左側にある巨大な御神木の大イチョウ
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4.同上の駒札
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5.拝殿を望む!後部には!巨大な京都府北部の大河「由良川」の水防土手が見える!
由良川はは京都の京北町を源とし、南丹市、丹波町和知、綾部市、福知山市、舞鶴市から丹後由良まで海に注ぐ大河です。、途中に山椒大夫の遺跡などがあります。
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6.拝殿前の阿形の狛犬
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7.同上 吽形の狛犬
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8.3メートル以上もある巨大な自然石の常夜燈
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9.拝殿を見る!後部には巨大な由良川の土手が見える!
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10.拝殿後部と本殿を見る!
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11.本殿を右側から見る!
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12.本殿を右側から見る!
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13.道路を隔てた「お沼の由来」の駒札など
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14.お沼を見る!
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2020/2/15

京丹波を見る!明智光秀公所縁の古刹・天寧寺!  文化財研修記

京都府福知山市市字大呂1474には臨済宗妙心寺派の古刹で明智光秀公所縁の天寧寺(てんねいじ)がある。創建は貞治4年(1365)、当時の金山城主(代々佐々木荘下山保の地頭職を世襲)、金山宗泰が祖先の菩提を弔う為、愚中周及を招いて開山したのが始まりと伝えられています。歴代室町将軍から庇護され寺運が隆盛し、特に4代将軍足利義持は祈願所として篤く庇護しました。戦国時代に入ると衰退しましたが明智光秀が庇護し天正8年(1580)には諸役免許の判物を賜りその直筆の文書が残っています。江戸時代に入ると歴代福知山藩主から庇護され寺領10石が安堵されています。安永6年(1777)の火災で多くの堂宇が焼失しましたがその後再建されています。薬師堂は寛政6年(1794)に建立されたもので入母屋、こけら葺、桁行3間、梁間3間、一重もこし付、棟梁は服部太郎兵衛、今井万右衛門、今井八右衛門が天井絵は原在中が手懸けています。開山堂は寛政5年(1793)に建立されたもので六角円堂、土蔵造り、桟瓦葺。両建物とも京都府指定文化財に指定されています。天寧寺の文化財: 絹本著色即休契了像-応永7年は_国指定重要文化財・ 絹本著色十六羅漢像-119.0p×56.0p-室町時代-国指定重要文化財、・ 天寧寺薬師堂−寛政6年−京都府指定文化財、・ 天寧寺開山堂(附:鎮守堂)−寛政5年−京都府指定文化財、・ 絹本著色愚中周及像−室町時代-京都府指定文化財、・ 絹本著色大中臣元実像-大永2年-京都府指定文化財、・ 絹本著色大中臣持実像-文安5年-京都府指定文化財、・ 天寧寺文書(27通)−南北朝時代〜江戸時代−京都府指定文化財、・ 紙本淡彩六祖彗能−福知山市指定文化財、・ 絹本著色愚中周及像−福知山市指定文化財です。

1.天寧寺標柱(此処から更に山腹を3キロ登って行きます。)全ての画像はクリックすると拡大します。
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2.駐車場から見た天寧寺
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3.駒札
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4.山門と薬師堂が間から見える!
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5.山門を潜ると歴代住職の石塔が左側に見える!
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6.左側に宝庫、正面に薬師堂を見る!
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7.薬師堂に向かって右側に鐘楼、方丈を見る!
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8.地蔵菩薩堂
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アップで見る!
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9.薬師堂と右には開山堂が見える!
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10.駒札
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11.同上
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12.薬師堂の須弥壇を見る!
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13.天井の龍の絵を撮影したいが!無理だ!
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14.天井の龍の絵を借りてきました!見て下さい!
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15.大方丈
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16.大方丈前の庭園の一部
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2020/2/12

京丹波を見る!関西花の寺第一番札所の観音寺の「大護摩祈祷大祭」を見る!;  文化財研修記

京都府福知山市観音寺1067には高野山真言宗の古刹・観音寺(かんのんじ)がある。2月11日(建国記念の日)に午前10時から午後3時まで盛大に開催される「観音寺大護摩祈祷大祭」に参拝して来ました。丹州観音寺は、奈良養老四年(720)にこの地を訪れた法道仙人によって開かれたお寺です。平安時代(961)になって、空也上人が七堂伽藍を建立し、丹波地方の観音信仰の中心となって栄えてきました。その後鎌倉時代に最盛期を迎え、北条時頼・貞時等の比護を受け、25余坊の寺院をもつ中本寺の寺として栄える。約3600通余りの古文書、聖教類(京都府指定文化財)が現存します。

1.あやべ市民市民新聞の掲載記事(全ての画像はクリックすると拡大します。)
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2.観音寺の総門
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3.総門に貼られえポスター
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4.総門から仁王門方面を見る!
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5.見事な仁王門です!
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6.仁王門から本堂方面を見る!両脇には春に見事な丹州のアジサイ寺の由縁のアジサイで一杯!
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7.参道途中には色々な観音寺を詠んだ歌があります!
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8.物凄い人が一杯の手水舎です!
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9.関西花の寺第一番札所の観音寺山門
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10.七観音霊場を参拝しながら本堂へ登って行きます!
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11.
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12.
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13.物凄い参拝者で本堂前は一杯です!!!
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14.本堂に参拝
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15.午前11時本堂前で「大護摩祈祷大祭」が始まったが、人で一杯!動画撮影はギブアップです!綾部の正暦寺と同じ高野山真言宗なので「山伏問答など」同じだと家内に説明した!
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16.見事に咲く「ロウ梅」を見る!
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17.



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2020/2/10

京丹波を見る!戦国時代の石原城址跡に建つ洞玄寺!  文化財研修記

京都府福知山市石原(いさ)1256番地には戦国時代の石原城址、現在は曹洞宗洞玄寺(どうげんじ)とその境内地である。洞玄寺『縁起書』によると「天(てん)文(もん)年中大槻(おおつき)安芸守(あきのかみ)光頼(みつより)此地ニ城ヲ築キ居ル弘治元卯乙六月十四日逝去」とあり、また洞玄寺三世の心宗禅明(ぜんめい)禅師が元文四年(1739)に弟子の慧勤(すいきん)に編纂させた「寺記」によれば、天文年間(1532〜1554)に安芸の国から大槻安芸守政治がこの地に土着して館と城を築き、やがて隠居して法名を「洞玄」と名乗って草庵を営み、逝去後長らく廃墟となっていたものを石原の僧、華翁(かおう)が寺を造り、安芸守の法名「洞玄」にちなんで洞玄寺と呼称するに至ったと記されている。このように、江戸時代中ごろには既にこの地が城跡として認識されていたようである。
江戸時代の文化年間に描かれた『古城址見取図絵巻』では現状に近い城跡が描かれていることから、土塁(どるい)に囲まれた今の境内が石原城の主郭を示すと見てほぼ間違いはない。以上にようなことから、平成15年、16年に遺跡内容、範囲を確認するため発掘調査および測量調査を実施した。遺跡は段丘の東北端を利用して、東・西・南の三方に土塁・空堀を廻らさせることで要害化している。土塁の内部は洞玄寺境内であり、平坦となっており、その広さは約3,400平方メートルである。
測量調査では石原城跡が部分的に改変されているが、土(ど)塁(るい)・空(から)堀(ぼり)の形状ともに良好に残存し、当時の往時の様子を伝えていることが想定されるものであった。
これら測量成果を基に埋没している空堀、形状の不明瞭な東端部を中心にトレンチを設定し、その内容を確認することした。調査箇所は別図のとおり、空堀部を中心に東部の「大門」伝承部、南面土塁崩壊部の土層断面である。空堀部では、いずれも0.6m〜0.8m地表下で地山を成形した堀底を検出した。堀底は平坦で2.5m〜3.2mの幅を測る、堀底高が判明したことで土塁高は垂直高3.4〜3.9m、実効高4.6〜4.8m、堀幅は7.2〜7.8mを測る。
一方、東端部の調査地点では明確な門遺構を見出すことはできなかったが、他の部位と異なる得意な構造を確認し、位置的にも上記の伝承を否定することはできない。土塁土層断面では、堅牢に層状に積み上げた盛土を確認した。
以上のことから石原城跡は居館的なイメージのとおり、シンプルな構成の中にも堅牢な要塞性が見出せるものであり、戦国的な城形態を伝えている。築造時期を明確にする出土品は少ないが、前述の大槻氏による築造伝承も十分に推定できるものである。
石原城跡はこれら遺構が、現代にその姿を良好に伝えているのみならず、歴史学習の教材として身近なところに存在することが特筆される。今後、福知山の代表的な中世城跡として福知山市指定文化財(史跡)とすることに遜色のない遺跡である。福知山市のHPより抜粋掲載。

1.洞玄寺の石段参道の入口にある碑文(全ての画像はクリックすると拡大します。)
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2.標柱と拡大します。)石段参道
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3.見事な石段参道
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4.総門を見る!
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5.山門手前の石仏などを見る!
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6.見事な山門を見る!
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7.山門を潜って本堂を望む‼
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8.見事な本堂を見る!
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9.本堂向拝の見事な龍の彫り物を見る!柏原の中井権次一統の作か?
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10.本堂向拝の木鼻の唐獅子、象などを見る!
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11.ボタン寺と呼ばれ福知山十景の一つである牡丹園を覗く!
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12.満開の見事な牡丹圓です!4月下旬!
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13.本堂前の摩尼(まに)を久し振りに回して健康を祈願した!
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14.本堂内の見事な須弥壇です
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15.須弥壇の左側の仏像群
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16.須弥壇の右側の仏像群
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17.洞玄寺に残る戦国時代の石原城址
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18.同上
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19.同上 濠跡
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20.同上 濠跡
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2020/2/10

京丹波を見る!第42回京都府民総合体育大会市町村対抗駅伝競走を見る!  

京都府福知山市の明智光秀公を祀る御霊神社のある御霊公園を2月9日(日曜日)午前11時にスタートして、旧綾部・福福知山街道から、綾部・大江街道を通って、夏間バス停から由良川に沿って、そして三段池公園総合体育館前のゴールへ走る「第42回京都府民総合体育大会市町村対抗駅伝競走」をゴール近くで見た記事です。第一位は断トツに完走した京都市でした。記録は1時間51分58秒。第2位からは亀岡市、長岡京市、南丹市などで、残念ながら綾部市は16位2時間6分41秒で入賞出来ませんでした。10年前の第32回大会では第5位だったのに!

1.パンフレット(全ての画像はクリックすると拡大します。)
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2.ゴール付近12時55分頃
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3.断トツでゴールに入る京都市のアンカー
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4.ワールドマスターズゲームズ2021関西のマスコット「スフラ」です!2021年5月14日〜30日まで関西地区で開催される宣伝に来たのですね!
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5.スフラの記念バッジを貰いました!
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6.背番号20の綾部市の選手がやっと到着です!
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7.別れを惜しみ乍ら会場を後にしました!
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2020/2/9

京丹波を見る!初めての「吉美ほっとマルシェ」を見て食した!;  あやべの街

京都府綾部市吉美地区の吉美(きみ)公民館(農業振興センター)にて2月9日(日曜日)午前10時〜16時の間「吉美ほっとマルシェ」が盛大に開催されたので家内の車にて行ってきました。その
記事を掲載します。午前11頃に行ったらもう「パン工房さっとこ」のパンは売り切れていました。家内のお友達2名に合流していろいろな出店を見学したり、寿司(有岡グループ)バラ寿司200円、桜笑会の唐揚300円、牡蠣蒸し1個120円x3個や無料の豚汁(猪汁)、ハーブテイを貰ってきて食した。いずれも大変美味だった。

1.パンフレット(全ての画像はクリックすると拡大すます。)
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2.会場の吉美公民館(農業振興センター)入口
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3.会場内の商品販売!小生5皿100円の有田焼(清雅な白磁に豪華な絵付け有田焼世界に誇る日本の代表的工芸品)を購入した!大変得した気分です!
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4.他の販売物(全て格安です!)
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5.昼食に購入した食べ物(4人で食事!バラ寿司200円、豚汁(猪汁は無料)、焼き鳥300円の1/2=150円、牡蠣蒸し120円x2個=240円で合計590円で満腹でした。
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6.おっと忘れた!チョコレートマウンテン! 1セット5個入り100円初めて食した!美味だ!
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7.子供達のお楽しみ!輪投げや的あて(ダーツ)?
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2020/2/5

京丹波を見る!元何鹿郡で現福知山市の延喜式内社・阿毘地神社!  文化財研修記

京都府福知山市興567には元何鹿郡(いかるがぐん)現福知山市の延喜式内社の阿毘地神社(あびちじんじゃ)がある。山陰本線石原駅の東500mほどの興に鎮座している。8号線を進み、小さな踏切を渡ると、社域の森が目の前にある。境内入口は東側で石造の鳥居をくぐると木々に覆われた境内となっている。参道を進むと正面に東向きの社殿。右手に社務所、左手に神庫で社殿は、瓦葺入母屋造の拝殿の後方に、銅板葺流造の本殿がある。本殿は石組の上にあり、少し高い位置にあり、屋根の前方に向拝が付いている。社伝によると人皇四十九代光仁光仁天皇の御代にあり、宝亀年間(770〜781)の創祀です。「阿毘地」と書いて「あびち」「あびぢ」と呼ばれているが、『丹波志』には「神名アリヲチ」「天日大明神」。古来、興地区では「テンニッツァン(天日様)」、観音寺地区では「アベッツァン」と俗称されてきたという。天日様と呼ばれた事から現在の祭神は大貴命だが、「アリヲチ」と呼ばれた場合もあるように異説もあり『式内社調査報告』によると、祭神不詳、天照大御神、火明命、阿利袁知明神など。当社は、元は現社地の700mほど東南の補陀洛山観音寺付近の台地に祀られていたという伝承があるらしく、観音寺村から興村が分かれて発展し、両村の中間点に遷したという。『式内社の研究』で志賀剛は、「阿比地」は「阿由地」の訛りで湧水の地であると考え補陀洛山観音寺の閼伽井のあたりを旧址と記している。また、当社は「上(かみ)」から流れてきたという伝承もある。由良川の洪水で、流れ着いた神ということだろう。社殿の右手に境内社が並んでいる。奥に稲荷神社、手前に以下の四社を祀った祠がある。疫神神社、手力神社、天神神社、大木神社。境内左手の神庫には丸に三つ柏の紋が付いており又拝殿の屋根瓦には橘紋がある。

1.西側の鳥居
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2.正面の神社標柱を見る!
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3.巨大な自然石の常夜燈が右側にある!
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4.石造り鳥居など正面を見る!
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5.拝殿に向かって左側には3メートルもあろうか、巨大な常夜燈がある。
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6.正面から拝殿と一対の狛犬を見る!
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7.阿形の狛犬
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8.吽形の狛犬
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9.神倉には丸に三つ柏の紋が見える!(画像をクリックすると拡大します。)
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10.拝殿(画像をクリックすると拡大して見えます。)
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11.拝殿をアップで見る!
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12.拝殿前右側の狛犬・常夜燈を見る!
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13.拝殿前左側の狛犬・常夜燈を見る‼
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14.左側から拝殿後部の相の間と本殿を見る!
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15.本殿をアップで見る!
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16.同上
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17.巨大な御神木を見る!
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2020/2/3

京丹波を見る!志賀の七不思議の一つ阿須々伎神社の茗荷の神事を見る!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」志賀郷地区(しがさとちく)金河内町東谷1番地には京都登録文化財の阿須々岐阜(あすすぎ)神社本殿と摂社の大川神社本殿があります。毎年2月3日は茗荷の神事があり、久し振りの積雪無の好天気で午前10時30分から始まる、茗荷の神事を見に行ってきましたので記事を掲載します。
志賀の七不思議と「茗荷さん」の縁起
 今からおよそ1400年前の崇峻天皇の頃、大和朝廷は国の中心勢力を固めるため、金丸親王を遣わし、丹波の国々の地方豪族を征伐することになりました。すさまじい戦いに悪戦苦闘の末、ようやく丹波の国々を平定した金丸親王はおおいに喜び、これ一重に神仏のおかげによるものと、丹波の国々に七仏薬師如来を納め、国家の安泰を祈りました。
 また志賀の里の「藤波」「金宮」「若宮」「諏訪」「向田:後の篠田」の五つの社を厚く信仰されたということです。
 親王の子孫、金里宰相は、この五社の大明神に千日参りをされ、これを記念して藤波大明神には「藤」金宮大明神には「茗荷」若宮大明神には「萩」諏訪大明神には「柿」向田大明神には「竹」をお手植えされ、国家の安泰と子孫の繁栄を祈願され、このことを大和朝廷に報告されました。
 この時以来、この志賀の里にいろいろ不思議な奇瑞があらわれるようになったということです。
 なお、この五社のほかに、向田の「しずく松」「ゆるぎ松」にも同時に不思議な霊験があらわれ、これらをあわせ「志賀の七不思議」として今に語りつがれています。
その奇瑞  阿須須伎神社=金宮大明神の「茗荷さん」
 毎年旧暦の正月三日になると、日の出より8時までの間に、清水の流れる「お宝田」から茗荷が3本出るのです。
 これを神前に供え、その茗荷の出る場所、その育ち具合いから、その年の稲作の早稲(ワセ)中稲(ナカテ)晩稲(オクテ)の吉・凶を占い、またその年の作物の出来具合い、風水害、かんばつまでも占います。
 この神事は、今も新暦の2月3日に「茗荷祭 祈願祭」として行われ、地元の人からは「ミョウガさん」として親しまれています。
 参拝者には、この占いの写し(お宝付きの写し)と魔除けの矢、甘酒、お餅などがふるまわれます。
 是非一度お詣りください。 

1.阿須々伎神社参道(全ての画像はクリック拡大します。)
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2.駒札など
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3.同上
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4.鳥居などを見る!
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5.四方義規宮司様も見える!此処で無料の甘酒接待があり、寒い中大変美味でした!
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6.少子高齢化!特に綾部市の中でも此処の志賀郷地区は厳しく参拝者が随分減ってきています!
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7.拝殿を見る!右側に摂社の大川神社あります。
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8.大川神社
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9.駒札
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10.拝殿と本殿と右側は摂社大川神社です!
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11.拝殿でご来賓、四方源太郎府議や宮総代の参列で祝詞が奉上されて、宝田へ向かわれます!
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12.お宝田で3本の茗荷を探される四方宮司様と宮総代・ご来賓達!
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13.同上
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14.三本の茗荷を見て、今年は早生稲が一番良いと発言される四方宮司様
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15.確かに「早生」が一番太くて良いですね!
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16.200円で「茗荷6個酒の粕漬け」を購入し、昼食に食べてその美味に感嘆!
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