2019/12/31

京丹波を見る!令和元年年末の高倉神社お参り!  綾部の文化財

令和元年年末31日式内社高倉神社に五葉のササの葉を納める参拝をした。京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」には高倉宮以仁王(たかくらのみやもちひとおう)を祀る高倉神社がある。明治9年5月に明治政府令により作成された「延喜式内並国史見在神社考証(えんきしきないならびにこくしじんじゃこうしょう)京都府立総合資料館所蔵」には天田郡(現、福知山市にはったたの3社、元何鹿郡の我が綾部市には12神社がる。その1つがこの高倉神社で、12世紀後半、平安時代末期には徐々に武士の時代になりつつあり、まさに平家の全盛の時代であった。平清盛は太政大臣として権力を振るい、治承3年(1179)には後白河法皇を鳥羽殿に幽閉、翌4年高倉天皇(以仁王の異母兄弟)を退位に追い込み、自らの孫を安徳天皇として即位させた。源氏の有力者源三位頼政は、後白河法皇の第二皇子として将来を期待されていた以仁王を中心に挙兵する計画を立て、以仁王は平家追討の令旨を諸国の源氏に発し,自らも頼政を総大将として平家追討の兵を挙げられた。しかし、頼政方に利あらず、宇治の合戦で敗北、頼政は平等院で自刃。以仁王はそこを逃れ,南都で再興しようと数十騎の側近と南進された。丁度井出の渡し(木津川市山城町)で追撃の平家軍の猛攻撃を受け、以仁王の身代わりとして影武者が討ち死に、以仁王は13名の側近と丹波に逃れ頼政の領地であった吉美卿有岡村目指して10日余りの旅で何鹿郡綾部に着かれ由良川を渡たられたのは治承4年5月下旬か6月初め、農作業の中、里人は都からの高貴な方の到着を喜び笛、太鼓で田楽踊りを舞い今も伝わる「ひやそ踊り」で以仁王を慰めたという。しかし以仁王の矢傷は悪化し、同年6月9日「後世、庶民の腹痛の悩みを我代わって救わん」という言葉を残して昇天された。翌年養和元年(1181)9月9日以仁王の神霊を奥谷の森、高倉に移し奉り、ここに高倉神社が創建された。四方幸則宮司作成文を略す。

1.式内社高倉神社の全景
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2.駒札
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3.石造り大鳥居
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4.京都府指定文化財の拝殿を望む!
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5.同上
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6.見事な彫刻の拝殿
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7.手前の十二士神社から琴平神社などの境内社群
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8.拝殿後部と本殿を見る!
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9.境内社の天照大神を祀る皇大神宮
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10.大地主神社・伊邪那岐神社と綾部市指定古木・名木の一つ「夫婦スギ」を見る!
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11.高倉神社のホームページは下記をクリックして見て下さい!
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/shrine/12/49/index.html
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2019/12/30

京丹波を見る!令和元年・年末の綾部市最古の奉納俳句額を持つ多田天満宮のお参り!  綾部の文化財

令和元年12月30日年末のお参りに京都府綾部市多田町にある天満宮と京都府指定文化財の拝殿を持つ式内社・高倉神社にお参りに行ってきた。まず、地元の綾部市最古の奉納俳句額を持つ天満宮を参拝し、次いで高倉神社へ「五葉の笹の葉」をお返しに行ってきた。

1.多田天満宮(吉美地区唯一の天満宮)
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2.天満宮
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3.アップで見る!
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4.アップで彫刻を見る!
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5.境内社の式内社高倉神社の三宮神社(さんのみやじんじゃ)
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6.同上 アップで彫刻を見る!
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7.境内社の稲荷神社をアップで見る!
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8.綾部市最古の奉納俳句額についての記事は下記をクリックして見て下さい!
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1853.html

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2019/12/25

丹波の紅葉を見る!丹波市氷上町の圓通寺!  文化財研修記

兵庫県丹波市氷上町御油983には「歴史と紅葉と四季彩の里」と呼ばれる曹洞宗永谷山・圓通寺(えんつうじ)がある。 円通寺は、南北朝時代永徳二年(1382)の正月に、時の将軍足利義満が、後円融天皇の勅命を奉じて創建しました。今日まで六百余年の歳月を経た、禅宗の古刹です。
室町時代から江戸末期まで、二百余の末寺院と一千石を越える寺領を有し、丹波はもとより但馬、播磨、攝津にかけて君臨していました。ご本尊は如意輪観世音菩薩像です。後小松天皇が南北朝合体を祈願して、御自らお彫りになったものを下賜されたと伝えられます。現在の本堂や庫裏は、天保年間(1840)に焼失後再建されたもので、本堂は二層屋根になっており、唐風を連想させるものがあります。由緒を物語る二つの家紋について:ご本堂の屋根やお寺のあちこちに足利家の家紋「円に二引きの紋」と近衛家の家紋「近衛牡丹紋」が多く見られます。ご開山が足利尊氏の第四子英仲法俊、第二代が関白近衛道嗣の第三子牧翁性欽であることに拠ります。当時の武門と公家の最高位者の子弟を送り込んだことは、創建当時の尋常ならざる事情が伺えます。明智光秀と円通寺の関係は: 織田信長の中国攻略に伴う明智光秀の丹波攻めにより、この地の寺社仏閣は悉く焼き払われました。
この寺にも軍勢が近づいた時、豪氏荻野喜右衛門が光秀の本陣に赴き必死の説得の結果、兵火を免れたと寺伝は記しています。この寺の貫禄に暴挙を慎んだ光秀直筆の下馬札と禁制が遺されています。

1.紅葉の圓通寺参道(入山料は紅葉の時は300円必要)
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2.同上
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3.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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4.六地蔵堂
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5.登り石段参道
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6.紅葉の裏山を見る!
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7.見事な山門
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8.山門の両脇にある持国天像
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9.項目天像
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10.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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11.左は鐘楼
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12.見事な鐘楼
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13.お寺のあちこちに足利家の家紋「円に二引きの紋」と近衛家の家紋「近衛牡丹紋」
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14.見事な本堂
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15.本堂の如意輪観世音菩薩像を見る!
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16.本堂の見事な彫刻
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17.同上
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18.見事な霊水が湧き出ています!
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19.見事な禅庭の一部
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20.此処にも霊水が湧き出ています。
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21.日置黙仙禅師と山岡鉄舟の筆による「躍年遠の挙碑」
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22.見事な車参道の紅葉と神池
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2019/12/20

丹波の紅葉を見る!延喜式内社の古社・高座神社を見る!  文化財研修記

兵庫県丹波市青垣町東芦田2283には延喜式内社の古社・高座神社(たかくらじんじゃ)がある。
大日靈尊 (おおひるめのむち),天児屋根命(あめのこやねのみこと),経津主命 (ふつぬしのみこと),武甕槌命(たけみかづちのかみ),仲哀天皇 (ちゅうあいてんのう)を祀っている。本殿は人皇14代、仲哀天皇(いまより約1800年程前)にお祀りになられた御社で、天皇が中国地方の穴門へ行幸の前年にこの地方の村民が流行病で難渋しているのをご心配になられ武内宿禰をお供としてお見舞いになり、この社に参拝され「病気平癒」を祈願され、お宮の名前を高座(たかくら)と名付けられました古社であります。以前は高座谷にありましたが、寛文10年(西暦1670年)にこの地へ遷座されました。延喜年中(西暦901年〜923年)当郡式内社に列せられ、弘仁4年(西暦813年)嵯峨天皇より勅額を賜りました。しかし、古記・宝剣・勅額等は弘化3年(西暦1846年)別当観蓮失火のため惜しくも焼失してしまいました。現在の本殿は間口2間半・奥行き1間余り、四方に廻縁がある大宮ツマ造りといわれております。蟻の宮石碑写真また当神社は別名を『蟻の宮』と称えています。今を去ること夏おおいに旱魃の年、村民多数高座神社に参拝し七昼夜、雨乞いの祈願を致しました。七日目の夕方、村人の1人が大きな蟻が御社殿から這い出て、列を作っているのをみつけました。蟻の列をたどっていくと蟻が窪みの所で消えていなくなっていました。蟻が消えた窪みを掘り返してみると、清水がコンコンと湧き出てきました。村民は驚き感激して、溝を通し田に水をたたえ枯れかけた稲は青く蘇りました。この年、芦田の谷では豊作の年を迎えることが出来たのです。今日でも水路に水神様の祠を作り、お祭りを続けています。そして蟻は一度にたくさんの子を産み、子孫を繁栄していくと云うところから子宝に恵まれる『子授け神社』として古来より伝えられ、現在においても多くの人々が遠方よりご参拝されています。
境内社の馬鳴神社は『蚕の宮』といわれ氷上郡内の豊かな生活を求め、当社に参拝し「養蚕を始めよ。守護する神は保食神なり」と夢のお告げにて村民は驚き、広く養蚕を営むようになりました。ここに青垣の地方は蚕を飼うようになり、今日では五穀豊穣、諸業繁栄、延命長寿、無病息災の社として参拝されております。

1.高座神社の駒札
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2.高座神社全景と標柱
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3.歌碑
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4.高座神社の鳥居と標柱
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5.蟻宮(画像をクリックすると拡大して読めます)
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6.アップした鳥居と登り参道
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7.信仰の証8(画像をクリックすると拡大します。
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8.ご神木と紅葉
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9.登り石段参道
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10.鳥居と拝殿
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11.見事な拝殿
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12.拝殿の彫刻を見る!
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13.左側から拝殿・本殿を横から見る!
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14.本殿の彫刻を見る!
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15.想い石(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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16.珍しい稲荷神社
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17.『蚕の宮』と呼ばれる摂社の馬鳴神社
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18.三匹の子を持つ珍しい狛犬を発見(画像をクリックすると拡大します)
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2019/12/15

丹波の紅葉を見る!丹波市青垣の天目カエデで有名な高源寺!  文化財研修記

兵庫県丹波市青垣町桧倉514には臨済宗妙心寺派の古刹、瑞巖山・高源寺(こうげんじ)がある。本尊は釈迦如来で。もみじ(天目かえで)の寺として知られる。関西花の寺二十五霊場4番です。この寺は、正中2年(1325))遠谿祖雄の開山により創建された寺と伝えられ、翌年、後醍醐天皇により高源寺号を賜われた。永正15(1518)には勅願所となっている。戦国時代には兵火により焼失したが、江戸時代に入り、弘厳和尚により復興された。重要文化財(国指定の絹本著色普応国師像、丹波市指定文化財の袈裟、雪巌祖欽墨蹟、高峰原妙墨蹟、中峰明本墨蹟で境内は丹波市指定名勝です。12月1日に訪れた時は有名な天目カエデの紅葉も終わっており残念だったが入山料300円が今日から無料であった。

1.高源寺への登り道
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2.高源寺の案内板
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3.総門を望む!
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4.天目カエデの参道
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5.山門を見上げる!
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6.見事な山門をアップで見る!
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7.山門の駒札
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8.山門の彫刻を見る!仏殿が見える!
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9.仏殿を見る!(本尊釈迦如来が祀られています。)
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10.仏殿横の落葉と句碑を見る!
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11.方丈を見上げる!
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12.駒札
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13.方丈玄関
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14.駒札
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15.巨大な方丈を横から見る!
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16.多宝塔(三重搭)駒札
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17.多宝塔
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18.多宝塔入口
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19.多宝塔を横から見る!
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20.下り参道から多宝塔を望む!
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2019/12/10

丹波の紅葉を見る!丹波市の古刹・延喜式内社の佐地神社の紅葉!  文化財研修記

兵庫県丹波市青垣小倉 575−2には延喜式内社の古刹・佐地神社(さじじんじゃ)がある。佐地神社は神楽大明神を祀り主神は天宇受売命です。和銅3年(710「)7月坂上田村磨神勅を奉じ社殿造営。明和4年(1767)4月9日造営。明治5年2月郷社。明治45年3月31日神饌幣帛料共進社指定。大正11年11月県社。延喜式に丹波市内の十七式内社に入る古代からの有名な神社。祭神は天宇受売命(あめのうずめのみこと)。この神様は農業を守る神様で、暗闇の世界を舞踊で光明の世にしたように光・太陽の神様であったといわれています。全面湖沼であった佐沼の水を抜き、水を治め(佐治)乾いた地(佐地)にしようとして祈り場所をここに決めたといわれています。

1.佐地神社の標柱
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2.見事な大鳥居
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3.二の鳥居を見る!
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4.巨大な石灯籠(高さ3メートル以上)
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5.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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6.二の鳥居をアップで見る!
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7.神橋と拝殿を望む!
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8.境内の見事な紅葉
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9.手水舎
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10.拝殿を見る!
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11.拝殿の見事な龍の彫刻を見る!(鉄や銅の髭が無い!柏原の名工・中井権次一党の彫刻?)
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12.拝殿後部と本殿を見る!
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13.本殿の彫刻を見る!
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14.拝殿後部と本殿を再度見る!
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15.摂社稲荷神社
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2019/12/5

丹波の紅葉を見る!沙羅双樹で有名な松林寺の紅葉!  綾部の文化財

京都府福知山市談488には臨済宗南禅寺派の古刹で7月初旬には見事な沙羅双樹が咲く松林寺(しょうりんじ)がある。12月1日(日曜日)紅葉はどうかと訪ねました。紅葉は素晴らしく来た甲斐がありました。

1.山門前の駐車場から見る!
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2.見事な山門
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3.山門前の紅葉
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4.沙羅双樹の駒札
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5.見事な本堂
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6.本堂と薬師堂
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7.薬師堂の扁額を見る!
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8.薬師堂内を見る!
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9.本堂前の庭園
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10.本堂裏の見事な紅葉
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11.沙羅双樹の花(平家物語の一節「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色…」で知られ、朝咲いては夕方から夜にかけて散るため、世の無常を象徴する花となっている。
同寺では30年ほど前に植えられ、現在は15本ほどある。
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2019/12/1

丹後を見る!国重文の木造女神坐像2体の有る板列八幡神社!  文化財研修記

京都府与謝野町岩滝男山176には国重文の木造女神坐像2体を持つ板列八幡神社(いたなみはちまんじんじゃ)がある。与謝野町男山(おとこやま)の集落を南に見下ろす高台に築かれた板列八幡(いたなみはちまん)神社は、中世の石清水八幡宮の所領の荘園として治められた経緯から八幡宮がこの地に建てられたことがはじまりと考えられます。現在の神明造りの社殿は、江戸時代、天保五年(1834)に再建されたもので、幣殿(へいでん)と拝殿(はいでん)が設けられています。そして、拝殿入口の両脇には、一風変わった容姿の狛犬二体が鎮座して社殿を守っています。 後足を曲げて腰を下ろし、前足を真っ直ぐに伸ばして頭を上げて対座する狛犬の像は、高さが約四十六センチと、普段私たちがよく目にする神社の狛犬と比較すると随分と小さく見えます。しかしそれ以上に見る者の目を引くのは、そのずんぐりとした容姿と、とても愛嬌のある表情にあります。 社殿を正面に見て右に鎮座するのが阿(あ)形の表情を浮かべる狛犬で、左に鎮座するのが吽(うん) 形の狛犬です。阿形の狛犬は扁平な形の頭に大きく口を広げ、口角がやや吊り上がって笑みを浮かべているようにも見えます。吽形の狛犬は歯を剥き出しにして威嚇する表情が、豪快に笑っているようにも感じ取られます。これらの造形上の特徴からみて、越前系の狛犬と推察されます。二体の狛犬は、いつ頃作られたものか不明ですが、丹後地方において石の狛犬が奉納された時期や、その類例から判断して室町時代から江戸時代前期の間に作られた狛犬であろうと考えられます。また、像の大きさから判断すると、本来は社殿内部に安置されていた可能性もあります。 鎮守の森にひっそりと佇む二体の狛犬は、地元の信仰を集める八幡神を風雪に耐えて今も守り続けています。

1.板列八幡神社の標柱と一対の狛犬
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2.石造大鳥居と扁額
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3.国重文の木造女神坐像の駒札(画像をクリックすると拡大して読めます)。
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4.国重文の女神坐像の保存蔵
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5.石段参道の途中の社務所
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6.強烈な登り石段参道です!!
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7.登り参道途中に在る境内社
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8.御神木と拝殿・本殿を見る!
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9.拝殿
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10.御神木
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11.拝殿前の変わった阿形狛犬
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12.同上を正面から見る!
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13.拝殿前の変わった吽形狛犬
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14.同上を正面から見る!
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