2019/8/30

京丹波を見る!福知山市大江町の古刹・高野山真言宗の観音寺を見る!  文化財研修記

京都府福知山市大江町南山963には高野山真言宗の古刹・室尾谷山観音寺(かんのんじ)がある。この寺は行基菩薩により和銅7年(714)に開基されたと伝えられています。当寺所蔵の『丹波室尾谷山観音寺略年記』(1738)に由れば、ご本尊は室生寺から請来されたもので、行基菩薩が長谷の観音の御衣木(みそぎ)を以って彫刻された尊像とされ、また、この十一面観世音菩薩に因んで鬼ヶ城の十一町麓に十一坊が建立されたとも伝う。花山天皇の寛和元年(985)、西国三十三ヶ所霊場の選定会合に馳せ参じることが出来ず、この因縁談に因んで、「朝寝の観音さん」とも呼ばれ親しまれています。鎌倉時代中期の貞永2年(1233)に蓮乗上人が再興。当時の寺領安堵状、延応元年(1239)の「地頭沙弥蓮忍寄進状」が今に伝わっています。
御詠歌 「 はるばると 登りて見れば 観音寺 山も誓いも深き谷川」

1.標柱と仁王門を望む!
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2.仁王門
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3.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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4.全伽藍配置図(同上)
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5.霊牌堂・本坊を望む!!
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6.本坊を正面から見る
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7.本坊前の子安大師
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8.別院を見る!
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9.本堂を見る!
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10.見事な鐘楼を見る!
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11.本堂を正面から見る!
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12.本堂の見事な須弥壇
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13.慈父観音像
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14.近畿楽寿観音第20番札所の楽寿観音像
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15.本堂前から参道を見下ろす!
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2019/8/25

丹後を見る!巨大なな自然石の灯籠を持つ田口神社!  文化財研修記

京都府舞鶴市朝来中683には巨大な自然石の灯籠を持つ田口神社がある。御祭神は豊受皇大神、日本得魂命、誉田別尊、境内社は厳島神社、武大神社、乳岩神社、由緒は白鳳三年(653)この地方の国主でありました日本得魂命が校倉をお建になり、豊受皇大神を勧請して ここに田口祠を創始されたと伝えられ 以来一千三百有余年を経た古社であります。豊受大神は伊勢の外宮・誉田別尊は宇佐八幡宮が大元でありまして 産業の司神であり五穀豊穣・開運除厄・縁結び・安産など、あらたかな霊験がありますので 昔から多くの人々に親しまれ崇敬されてまいりました。又、近世に於ては歴代藩主が毎年秋の大祭に参拝され、その時は猿楽や三番叟が献奏されたと記録されております

1.道路脇の自然石の巨大な石道路(・室町時代(享徳3年(1454)に奉納された。)
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2.田口神社の鳥居と拝殿を望む!
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3.駒札(画像をクリックして貰うと拡大して読めます。)
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4.鳥居と扁額
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5.指定文化財
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6.見事な舞殿を望む!
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7.見事な舞殿と手水舎
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8.舞殿をアップで見る!
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9.舞殿後部と拝殿を見る!
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10.拝殿と狛犬
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11.拝殿をアップで見る!
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12.見事な彫刻の拝殿です!
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13.駒札
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14.境内社の一つ
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2019/8/20

丹後を見る!国重文の木造金剛力士立像2体を持つ多禰寺!  文化財研修記

京都府舞鶴市多祢寺346には真言宗東寺派の古刹で本尊薬師如来を祀る多祢寺(たねじ)がある。その位置は大浦半島の多禰山(標高556m)の中腹、海抜300mにあり、眺望は見事です。国の重要文化財の金剛力士2体は現在宝物館に保存され撮影禁止です。その歴史は創の正確な事情は不明であるが享保2年(1717)の『多禰寺縁起』によれば、用明天皇2年(587)、聖徳太子の弟、麻呂子親王(まろこしんのう)の開基と伝えられる。 縁起によれば、父・用明天皇の命を受けた麻呂子親王は、丹後の庶民を苦しめた鬼賊(与謝郡三上ヶ岳に住む英胡、軽足、土熊)を「七仏薬師の法」の力で平らげ、その加護に報いるため、丹後の国に七箇所の寺を建て、七仏薬師像を安置したという。その中で、親王の護持仏であった第七薬師瑠璃光如来を本尊としたのが当寺で、医王山多禰寺と名付けられたという。 平安時代に入ると七堂伽藍は威風を轟かし、近郷の菩提寺として栄えたが、鎌倉時代・室町時代の打ち続く戦乱に崩壊し、昔の壮観は影を潜めた。現在は真言宗東寺派に属し、西国薬師四十九霊場30番札所として、風光明媚な自然の山懐にたたずんでいる。 また、平安時代・鎌倉時代・室町時代などの中央作の貴重な文化財を、当初の像容で遺存されている。室町時代以降、由緒ある寺として丹後の有力者の庇護を受け、多くの安堵状・寄進状が残されている。丹後守護一色氏の被官・桜井豊前守の寺領安堵状-天正年間以前細川藤孝(幽斎)・細川忠興連署による寺領安堵状-天正年間、京極高治(高国の弟)寄進状-慶長年間、牧野氏寄進状-延宝8年以降、京都府指定文化財の多禰寺 2棟 、本堂 1棟、山門 1棟、舞鶴市指定文化財の木造薬師如来坐像1躯鎌倉時代、木造普賢菩薩騎象像 1躯 平安時代、鋳銅製孔雀文磬1面、その他文化財木造十二神将像現存8躯- 室町時代、木造彩色日光菩薩・月光菩薩立像 2躯、木造彩色不動明王(赤不動)立像1躯- 室町時代など多くの文化財を所持している。

1.見事な山門
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2.阿形の金剛力士が安置されていた山門右側
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3.吽形の金剛力士が安置されていた山門左側
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4.山門から本堂方面を見る!
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5.弁天池
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6.本堂への石段参道
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7.見事な庭園の一部です!
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8.左側の庫裡
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9.御詠歌碑と本堂を望む!
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10.見事な本堂
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11.本堂をアップで見る!
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12.本堂の扁額
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13.同上
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14.宝物殿前の案内札
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15.本堂を左側から見る
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2019/8/15

丹後を見る!舞鶴引揚記念館と引揚記念公園!  文化財研修記

京都府舞鶴市字平1584には舞鶴引揚記念館と引揚公園がる。舞鶴引揚記念館の概要はHPによると次のように掲載されています。
昭和20年(1945年) 第二次世界大戦が終結し、旧満洲(現・中国東北部)や朝鮮半島をはじめ南太平洋など多くの国や地域に約660万人もの日本人が残されました。これらの方々を速やかに日本へ帰国させなければならなくなり、“引き揚げ”が開始されました。呉をはじめ順次18港の引揚港が全国につぎつぎと設置され、舞鶴もその役割を担うこととなり、主に旧満洲や朝鮮半島、シベリアからの引揚者・復員兵を迎え入れる港となりました。 舞鶴では昭和20年(1945年)10月7日に最初の引揚船“雲仙丸”が入港してから昭和33年9月7日の最終引揚船“白山丸”の入港まで国内で唯一13年間にわたり約66万人もの引揚者・復員兵を迎え入れました。
 舞鶴引揚記念館は、昭和63年(1988年)4月に舞鶴市民や引き揚げて来られた方々をはじめ、全国の皆様のご支援・ご協力によって開館し、再び繰り返してはならない“引き揚げ”の史実を未来に伝え「平和の尊さ、平和への祈り」のメッセージを発信しております。
当館には、シベリアの地で使用したコートなどの防寒着をはじめ「引揚證明書」などの文書類など全国から約1万6千点の貴重な資料の寄贈を受け、常設展示にて1000点を超える展示をおこなっております。平成27年(2015)10月10日に収蔵資料のうち570点がユネスコ世界記憶遺産に登録されました。
電話:0773-68-083、FA:0773-68-0370、開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)、休館日;12月29日〜1月1日、毎月第3木曜日(8月と祝日を除く)、入館料:大人 300円、学生(小学生-大学生)150円※ただし、市内在住か在学の学生は無料、団体大人【20名以上】 200円、団体学生(小学生-大学生)【20名以上】 100円、※ただし、市内在住か在学の学生は無料、共通券;一般個人 400円・学生個人 200円(引揚記念館・赤れんが博物館に入館いただけます。入館割引:身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、戦傷病者手帳、被爆者手帳をお持ちの方は、受付でご呈示ください。入館料が半額になります。尚、駐車料は無料です。

1.舞鶴引揚記念館(画像をクリックすると拡大して良く見えます。)
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2.同上
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3.館内1.入口の受付
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4.館内2.
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5.館内3.
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6.館内4.
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7.館内5.
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8.館内6.
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9.引揚記念館正面の像
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10.説明碑文
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11.引揚記念公園への登り道(満州・シベリヤなど駐屯した部隊の記念碑が両側に一杯です!)
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12.記念公園の眺望は抜群です!クレーン大橋!
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13.引揚桟橋も余す所無く見れます!
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14.同上 説明板
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2019/8/10

丹後を見る!式内社で弥加宜神社(大森神社)!  文化財研修記

京都府舞鶴市森井根口871−7には式内社の弥加宜神社(みかげじんじゃ、大森神社)と呼ばれる古社がある。彌伽宜神社は通称大森神社と呼ばれ古来近郷によく知られたお宮であり、其の御祭神は天御影命(あめのみかげのみこと)またの名は天目一箇命(あめのまひとつのみこと)と申し神代において刀、斧等諸道具を造り始められた産業の始祖で、皇孫命に仕えて天孫降臨になった32神の内の一神にして、創立年代は今から2060余年前即ち人皇十代崇神天皇の御宇十一年丹波道主之命の御親祭のなった延喜式内の御社です。 社中及び境内二ヶ所にある神泉は有名で、丹後風土記に曰く「杜座弥加宜社文に曰く、弥加宜社は往昔丹波道主之命の御祭給所也 杜中に霊水あり世に杜清水と号す」此の杜清水は、1200年前の丹後風土記に記載されておりまた「延齢泉
」とも申されます。
其の社中のものは三尺に四尺の方形で、それが神殿の中心となっているのであります。
相殿は誉田別尊でありまして、境内神社は参拝順に挙げますと、須佐見神社…素戔嗚命 大己貴命
2、水神社、3、若宮稲荷神社…保食命、4.森光稲荷神社…大宮網賣命、5.縁結神社…大国主命
6、三安神社…天照大神、7.鹿島神社…武甕槌命、8.八代神社…天照大神之御子、五男三女神の8社です。また、境内は、京都府文化財環境保全地区(平成3年であり、本殿は、京都府登録文化財(平成3年)です。
1.国道28号線側にある見事な朱の大鳥居
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2.奥深い参道です!
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3.素戔嗚命(すさおのみこと)、大己貴命を祀る須佐見神社です!
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4.参道を更に進むと!
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5.水神社
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6.更に進むと!
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7.駒札
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8.駒札(画像をクリックすると拡大して読めます。)
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9.駒札
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10.見事な手水鉢
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11.見事な鳥居と拝殿
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12.見事な拝殿
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13.拝殿を横から見る!
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14.本殿を見る!
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15.延齢泉と呼ばれる霊水!
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2019/8/5

丹後を見る!普門国師(晴屋妙葩)ゆかりの臨済宗天竜寺派の雲門寺!  文化財研修記

京都府舞鶴市余部上45には1370年南禅寺山門の建立をめぐって比叡山僧徒との争いを受けて、天龍寺住職であった春屋妙葩(普明国師)は難を逃れ阿波を経て舞鶴の余部下に庵を建立したのが雲門寺(うんもんじ)の始まりです。普明国師は夢窓国師の弟子で相国寺の実質的な開山であり、足利義満の帰依を受けている。雲門寺は一時は大いに栄え、天竜名刹の一つにも数えられた時期があった。明治時代に入り、海軍基地の整備のために現在の余部上に移転した。雲門寺(うんもんじ)京都府舞鶴市余部上45で神龍山の山号で臨済宗天龍寺派、開創は1371年、本尊:地蔵菩薩、その他
1)山門:市指定文化財 1609年(2)普明国師像(画):市指定文化財。

1.雲門寺の標柱と山門
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2.山門をアップで見る!
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3.駒札
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4.見事な鐘楼
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5.本堂を見る!
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6.別な参道から本堂を見る!
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7.見事な本堂の扁額
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8.本堂裏山の茶室を望む!
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2019/8/1

丹後を見る!見事な竜宮門を持つ桂林寺!  文化財研修記

京都府舞鶴市紺屋69には曹洞宗の古刹で本尊は阿弥陀如来を祀り見事な竜宮門を持つ桂林寺(けいりんじ)がある。桂林寺の創建は不詳ですが欽明天皇26年(565)、勅願により開かれたのが始まりと伝えられています。当初は薬師寺と称していましたがその後、洞林寺に改称、応永8年(1401)に竺翁雄仙和尚が曹洞宗に改宗しています。宝徳3年(1451)、当時の佐武ケ嶽城主坂根修理亮が、父親である桂林院の菩提を弔う為、堂宇を増築、寺領30石を寄進し寺号を桂林寺に改称しています。関ヶ原の戦いの際は田辺城に籠城した細川幽斎の支援し、阿弥陀像と絹本著色仏涅槃図が寄進されています。江戸時代に入ると歴代藩主である京極家や牧野家から庇護され寺運が隆盛し末寺30余寺を擁する曹洞宗中本山として大きな影響力を持つようになります。
桂林寺の文化財 : 絹本著色仏涅槃図−室町時代−京都府指定文化財 、・ 梵鐘−室町時代−舞鶴市指定文化財、・ 石燈篭−鎌倉時代−国認定重要美術品

1.見事な山門、後ろの山は愛宕山です。
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2.アップで見ます!
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3.駒札
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4.山門から仁王門を望む!
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5.見事な仁王門
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6.駒札
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7.仁王門の扁額を見る!
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8.阿形の仁王像
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9.見事な総門(竜宮門)
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10.総門を内側から見る!此処から西舞鶴の市街が一望できます。
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11.本堂
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12.同上
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13.本堂内を見る!見事な須弥壇です!!
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