2018/8/29

京丹波を見る!綾部市「元何鹿郡」山家地区の綾部西国観音霊場和木町の番外4番札所の随岸寺!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の和木町樋ノ口26には臨済宗東福寺派で綾部観音霊場33ケ番外6番の内の番外4番で日応山・随岸寺(ずいがんじ)がある。随岸寺は綾部観音霊場寺院の中で最も南に位置し、和木町の山あいを登り切った高台に位置しています。この寺の開創は今よりおよそ620年前第26番札所でる全国安国寺の筆頭綾部安国寺の6世妙喜和尚によって安国寺の南の鬼門を守る寺として開かれたと伝えられています。札所ご本尊は聖観世音菩薩様で御詠歌は「松風の 声もたえなり 日応の おやまに高し むろどう」です。御詠歌にうたわれて「むろどう」とは勝手開山と同時に建立されて観音像をお祀りした無漏窟(むろどう)のことを詠んだものです。無漏とは、煩悩の無い澄んだ境地のことをいいます。現在では本堂右手に間口二間の観音堂が建てられており、ここに三尺の聖観音立像を中心として両側に33身の観音像が祀られています。(あやべ西国観音霊場より抜粋)

1.綾部市山家地区和木町の見所
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2.随岸寺の全景
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3.本堂入口
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4.お地蔵さま
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5.金毘羅様
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6.駒札(残念ながら字が薄れて読めません。)
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7.新しく創られた慈母観音様
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8.観音堂
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9.観音堂内に祀られているご本尊の聖観音様と33観音様
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10.同上
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2018/8/25

京丹波を見る!京丹波町の古社で大山祇命、 品陀別命、 彦狹知命を祀る何鹿神社!  文化財研修記

京都府船井郡京丹波町曽根竿代29には大山祇命 品陀別命 彦狹知命を祀る何鹿神社(いつしかじんじゃ)がある。境内案内板を転記すると、「天武12年すでに社があったと伝えられ、大宝2年(702)から、出石鹿いそ(山ヘンに石)部神社、正和4年(1315)から何鹿神社と呼称している。永禄12年(1569)再建、弘化5年(1848)再建。貞和5年(1349)に書かれたと認められる大般若経が明治6年(1873)まで社内に存在していた天正の頃(1573〜1591)まで中丹波山内荘7社の神輿が当社に集まり祭礼式を執行した。本社は山内の荘の一の宮とされ、昔から荘内の人々が尊崇し、神輿の存在中は例祭日に右七社の神輿をかついできて御旅祭礼があったと伝えられる。平成11年5月12日不審火により全焼した本殿は、弘化5年2月再建のもので、三間社流造桧皮葺(50M2)軒唐破風の向拝を一間に造る形式、端正な中に柔らかな味を漂わせ江戸末期の特徴をよく現した建物で、その上に覆屋銅版葺(82M2)があった。現在の社殿は、平成11年氏子の中より再建委員8名、委員長は村山和夫を選出。再建の議がまとまり、平成12年4月より10年間、氏子一戸につき毎月2千円宛の積み立てにより工費を拠出することとなり、設計を谷垣俊平、施工を松本寛・森次郎・北村亨・西畑幸二共同企業体、代表松本寛が担当、平成12年4月25日着工、平成13年10月完成。その工費約七千萬円その規模形式は三間社流造銅板葺神饌所を併設し約60M2である。」

1.何鹿神社の標柱と鳥居
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2.鳥居の扁額を見る!
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3.神社への参道
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4.神社の駒札
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5.拝殿を通して本殿を望む!
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6.さざれ石
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7.摂社と狛犬
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8.摂社の春日神社を見る!
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9.拝殿と本殿斜めから見る!
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10.本殿んを見る!
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11.阿形の狛犬
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12.一本の角のある珍しい吽形の狛犬
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13.弘化5年(1848)か其れ以前の霊獣の鬼瓦
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14.同 上
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15.正徳5年(1715)の銘の入った石灯籠
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2018/8/21

京丹波を見る!京丹波町の応神天皇を祀る古社・二宮神社!  文化財研修記

京都府船井郡京丹波町橋爪淵上には応神天皇を祀る古社の二ノ宮神社(にのみやじんじゃ)がある。創建時期や沿革は不明ですが、天保2年(1831)再建で旧社格は村社です。旧山内庄山王七社の二宮で、正面石鳥居の扁額は旧名称の八幡宮となっています。旧瑞穂町の中心地桧山にあり、鼓山山麓に鎮座します。三間社の大きな社殿は貫録十分で、背後には磐座がありました。神社の秋祭りでは地域の農家がそれぞれの畑や果樹園で獲れた野菜や果物を持ち寄って神輿に飾った「野菜みこし」が巡行します。境内には文化13年(1816)の銘が入った石灯籠があります。又、山王七社は「旧山内庄の何鹿神社、二ノ宮神社、酒治志神社、九手神社、子守神社、能満神社と井尻の日吉神社は兄弟社と言われていました。」

1.二ノ宮神社の看板
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2.木造の橋を渡る参道です!
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3.鳥居
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4.鳥居の扁額を見る!
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5.阿形の狛犬
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6.吽形の狛犬
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7.拝殿
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8.拝殿後部と本殿を斜めから見る!
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9.本殿を見る!三間社だ!
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10.本殿右下の手水鉢の横には鰐がおり,護っていますね!
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11.三間社の見事な本殿
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12.本殿向拝の彫刻を見る!
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13.見事な龍の彫刻ですね!髭が銅線か鉄線です!これは柏原の名彫刻師の中井権次一統の作と思慮します。(中井権次の一統の記録は全て調査しきれていないのです!)
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14.木鼻も見事です!感嘆!
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15.同上
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16.同上
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17.本殿の屋根裏を見る!茅葺だ!!
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2018/8/18

京丹波を見る!京丹波町の名刹・曹洞宗の無動寺!  文化財研修記

京都府京丹波町粟野堀古ノ上50番地には曹洞宗の名刹でご本尊の釈迦牟尼仏を祀る金龍山・無動寺(むどうじ)がある。開創は不詳であるが、1789年に天台宗から曹洞宗に改宗されている。京丹波町の文化財に指定されている観音堂が江戸時代初期の建立と推定されていることから、江戸時代初期を下らない開創であろう。茅葺屋根からステンレス製瓦屋根に葺きかえられて趣が変化したといわれているが、耐久性からいたしかたないであろう。文化財としては千手観音立像:府指定文化財 、藤原時代で、像高279cm、観音堂:町指定文化財、府登録文化財で江戸時代初期のものです。

1.無動寺の標柱
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2.無動寺の山門
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3.見事な山門をアップで見る!
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4.山門の扁額を見る!
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5.山門から本堂を見上げる!
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6.本堂に向かって左側にある鐘楼
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7.本堂前庭から鐘楼を見る!
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8.本堂前庭から見事な観音堂を見る!
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9.観音堂を正面から見る!
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10.ご住職不在で観音堂内は見れず。堂前に掲示の観音様を撮影!
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2018/8/15

京丹波を見る!京丹波町にある平安時代から応神天皇を祀る質美八幡宮!  文化財研修記

京都府船井郡京丹波町質美庄和ノ上46には平安時代から誉田分命(ほんだわけのみこと)=応神天皇を祀る質美八幡宮(しつみはちまんぐう)がある。創祀の時期は平安時代で詳細は不明ですが、現在の本殿は寛政8年(1796)に再建された。また明治維新まで境内にあった薬師如来は天平12年(740)のものと言われています。道路に面した一の鳥居から、約500メートルの長い参道が延び、二の鳥居をすぎると勾配のきつい石段の上に社殿が見えてきます。境内には松尾神社、若宮神社、高良神社、武内宿禰社、荒神社、厄除神社と多くの摂末社があります。京都府登録文化財:八幡宮本殿(建造物),産子集会所(建造物):質美の曳山行事(無形民俗文化財),文化財環境保全地区:八幡宮文化財環境保全地、町指定文化財(史跡):質美八幡宮境内や京都の自然200選の大杉、ヒノキなどもあります。尚、八幡宮(八幡神社・若宮八幡宮等)は八幡神を祀る神社です。八幡神は日本独自で信仰される神様で、全国では稲荷神社に次いで多い神社だそうです。御祭神は応神天皇であり、現在は神功皇后と比売神(ひめがみ)を合せて八幡三神とも呼ばれるそうです。また源氏の氏神様としても有名です。(註)この神社の本殿の向拝の龍の彫刻は柏原の中井権次一統の作だと思われるが髭の確認を忘れていたので、確定できません。


1.質美八幡宮の標柱
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2.巨大な石灯籠
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3.一の鳥居
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4.京都府教育委員会の駒札
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5.一の鳥居と狛犬
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6.京都の自然200選の標柱
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7.阿形の狛犬
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8.吽形の狛犬
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9.一の鳥居のアップと扁額
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10.京都自然200選の一つ、(画像をクリックすると拡大画像をクリックすると拡大して読めます。)
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11.その巨木全体を見る!
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12.京都自然200選の一つ。(画僧をクリックすると拡大して見れます。)
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13.500メートルも続く見事なっ参道です!
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14.御神水が湧き出ています!
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15.川には木造りの橋が架かっています!
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16.此処に手水舎があります!二の鳥居も見えます!
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17.二の鳥居です。
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18.二の鳥居から急な参道で吃驚です。
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19.拝殿です!
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20.本殿は修理中です!
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21.本殿を右側から見ます!
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22.本殿側面を横アップで見る!
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23.本殿右側の摂社
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24.本殿右下には「産子集合会所(室町時代)」が在ります!
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2018/8/14

京丹波を見る!旧和知町に4ヶ所ある同名の阿上三所神社の一つ下粟野の阿上三所神社!  文化財研修記

京都府船井郡京丹波町の旧和知町の下粟野には本庄にある阿上三所神社の分社と考えられている阿上三所神社(あじょうさんしょ)がある。永徳3年(1383)に創建されたと推知され、古くは阿上三社大明神と称された。祭神は伊邪那岐尊・伊邪那冊尊・国常立尊。末社は広峰神社に広峰大神、大神宮に天照大御神、稲荷神社に宇賀魂命、愛宕神社に火産霊命を祭神としている。近代の初めまで御田植式を行っていたが廃れてしまった。秋の大祭の宵宮祭には年番氏子有志が演芸などを奉納、大祭には神楽と呼ばれる獅子舞が奉納され、御輿巡行の最後には太鼓を疫病や悪霊に見立て、逃げる太鼓を御輿が追いかけるという「五穀豊穣・無病息災」を祈願した儀式は勇壮で永く伝承されている。
阿上三所神社大祭は阿上三所神社は町内4ケ所にあり、京丹波町下粟野では素人演芸などを楽しむ宵宮祭、獅子舞や御輿が練り歩く大祭を行う。京丹波町本庄でも御輿や獅子舞が練り歩くほか、京丹波町坂原では天狗舞という神事が行われる。

1.阿上三所神社(下粟野)を見上げる!
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2.大鳥居の扁額を見る!
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3.拝殿
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4.拝殿前から石段参道を見おろす!
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5.拝殿横から本殿を見る!
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6.阿形の狛犬
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7.吽形の狛犬
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8.本殿を正面から見る!
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9.本殿の彫刻を斜めから見る!
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10.正面の蟇股の見事な龍の彫刻
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11.蟇股の奥の親子猿の見事な彫刻
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12.右側から木鼻などを見る!
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12.末社群
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13.本庄の阿上三所神社は下記をクリックして見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/2811.html

14.折原の京都府指定文化財の阿上三所神社の記事は下記をクリックして見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/314.html

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2018/8/10

京丹波を見る!京丹波町和知の下粟野にある国の重要文化財指定の明隆寺観音堂!  文化財研修記

京都府船井郡京丹波町和知の下粟野には国の重要文化財指定の明隆寺(みょうりゅうじ)の観音堂は、室町時代後期の創建とされています。地元では一般的に大御堂の名で呼ばれています。観音堂は桁行五間、梁行五間、一重寄棟造りで鉄板仮葺きという大きな建物で、山の中腹で南向きに建ち、礎石は自然石が使われています。ご本尊は聖徳太子が自刻した三十余体の観音菩薩のうち丹波国に安置された一体で、この像を祀る霊場として当寺が開創されたと伝わります。その後衰退して、文明年間(1469〜1487)に再興されたものの再び荒廃し、天文8年(1539)に、修行僧の賀蔵主によって細谷から現在地に移されて再興されたのだそうです。そしてその後は地元の住民と、近くに建つ地蔵院によって護持されてきました。当初からお寺というよりも、辻堂のような「村のお堂」という性格のものだったようです。昔 当地では養蚕が盛んで、生産された糸は江戸時代和知糸の名で丹波特産と呼ばれるほど、良質の繭を産したそうです。観音堂の境内には宝暦13年(1763)建立の蚕の供養塔が建っています。

1.山の中腹に建つ明隆寺観音堂
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2.位置を変えて観音堂を見る!
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3.位置を変えて観音堂を見る!
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4.観音堂から石段参道を見下ろす!
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5.巨大な手水鉢
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6.宝暦13年(1763)建立の蚕の供養塔
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7.観音堂の扁額を見る!
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8.本尊木造観音菩薩立像は平安時代末期の聖徳太子の作と考えられている秘仏で、平成12年には60年に一度の一般開帳が行われました!
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9.本尊祀る須弥壇横の観音様は撮影できます!
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10.観音堂の屋根の獅子口
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2018/8/5

京丹波を見る!京丹波町の延喜式内社の酒治志神社!  文化財研修記

京都府船井郡京丹波町三ノ宮宮ノ本2には延喜式内社で伊邪那岐尊、伊邪那美尊を祀る酒治志神社(すじしじんじゃ)がある。神文は「十六菊(16の花弁がまとまっている。)JR綾部駅の南東15Kmほどの国道173号線の三ノ宮に鎮座している。社号の「酒治志神社」は、「スチシ」「スジシ」あるいは「シュジシ」と読むが一般には「サカジシ」と呼ばれている。鎮座地は、三ノ宮と質志の境にあり、質志大明神とも称された神社です。「質志」が「酒治志」に通じるとして式内社・酒治志神社に比定されている古社です。三ノ宮の地名は、当社が山内庄(山内一豊の一族の流れからそう呼ばれていた。)の三宮にあたるため。ちなみに一宮は曽根の何鹿神社、二宮は質美八幡宮です。創祀年代は不詳だが、天保4年(1833)に、創建一千年創建祭を行たった記録があるそうで、逆算すると833年頃に創祀されたことになる。現在の祭神は、伊邪那岐尊と伊邪那美尊で近江国坂本の日吉神社から勧請されたという伝承もあるそうで大山咋命を祭神とする説がある。
境内の掲示板の記載には;。
延喜元年の頃頂上葺修補。享保三年迄凡三百九十七回と古記にあるのでそれより遡り推考享保三年は即ち社殿造営の年である。(ちなみにシュチシはアイヌ語で山麓の意)
永正元年甲子桧皮造営。寛文十年庚戌三月拝殿建立。享保二年社殿建築。延享二年乙丑上葺、享保二年造営より二十八年目。宝暦九年屋根修復、延享二年修復より十六年目。文化八年宝蔵建立。文化十四丑年屋根修復。安政五年上葺。元治元年社殿造作。巨大な岩、天をつく老杉、往時の勢力を物語る。
本殿 参間弐面流造向拝付 槻 桧造桧皮葺 六坪七合
向拝 壱間弐面軒唐破風  槻 桧造桧皮葺 弐坪弐合
宝物 剣 一口 焼刀直刀白鞘 至徳二年十一月日 備刀長船住幸光

1.酒治志神社の鳥居など
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2.郷社・延喜式内・酒治志神社と彫り込まれた標柱及び京都府の自然200選の表示
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3.駒札
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4.大鳥居の扁額
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5.見事な拝殿(舞殿)本殿とこの拝殿も元は檜皮葺(ひわだぶき)だったが、多くの古社の様に現在は銅板で覆われている。
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6.見事な御神木の大杉
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7.拝殿を通して社務所などを見る!
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8.見事な本殿の向拝(参間弐面流造向拝付)
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9.本殿の向拝をアップで見る!
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10.同上
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11.向拝の蟇股(かえるまた)の見事な唐獅子の彫刻
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12.本殿を横から見る!
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13.駒札 
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14.「天上の木」モミジと呼ばれる木です!
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2018/8/1

京丹波を見る!船井郡西国三十三所の第12番札所で在った曹洞宗の不断寺!  文化財研修記

京都府船井郡京丹波町三宮(国道173号線)沿いには曹洞宗の古刹・不断寺がある。船井郡西国観音霊場第12番札所であった。質志鍾乳洞公園から大阪方面に向かうと左側の山手にある。

1.不断寺標柱と山門を見上げる!
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2.山門をアップで見る!
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3.本堂を見る!
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4.本堂の表札!(ご住職は不在でした。いずれにしても曹洞宗のご本尊様の撮影は不可能でしょう。)
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5.六地蔵尊を参拝!
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6.見事な土蔵と顕彰碑があります!多分見事な仏像が祀られているのでしょう!
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7.京都府内の霊場巡りの各コースは下記をクリックして見て下さい!
http://kyonoreijo.sakura.ne.jp/mmr/tb/mmrtb33knfw.htm

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