2017/1/31

徳島・讃岐を見る!22.菅原道真公が讃岐の国司の時の官舎の地に建てられた滝宮天満宮!  文化財研修記

現在の香川県綾歌郡綾川町滝宮1314には光孝天皇の御代、仁和2年(886)正月16日、菅原道真公が御歳42歳のときに讃岐の国司に任ぜられ、 同年4月御来任、阿野南条郡滝宮の官舎に住まわれました。現在の神社境内地はその官舎跡だと伝えられています。菅公はご来任間もなく国中を巡視し、つぶさに民の疾苦を問い、国民を撫育して大いに実績をあげ、教育や勧業その他にわたって仁政を施されました。特に、教育には意を注がれ、聖廟(せいびょう)を建て、 孔子の像を祀って子弟を教育されました。 字川西喜来(あざかわにしきらい(地名))の孔聖神社、現在の権現神社はその遺跡に建てられたものであります。 宇多天皇の仁和4年には、麦も枯れ、田植も出来ぬ有様で国民の困窮は記語に絶するものがあったと伝えられています。この時菅公はこの人民の苦しみを救うため、自ら身命を賭して城山に登り断食七日七夜、一身を神の捧げて祈雨の願文を奏して人民の困苦を救済することを祈り給いました。すると菅公の祈りが通じて待望の雨が三日三晩降り続きました。慈雨に喜ぶ国民は老若男女を問わず、国司の邸に郡集し歓喜の余り踊り舞いつつ、菅公に感謝を表したそうです。 寛平元年(889)7月の頃国内に疫病流行した際には、菅公自ら病家を訪ねて医薬につかせ、また、一方般若心経を手写しして龍燈院に納め、息災護摩を修し、防疫に尽くされたので効験著しく、人民はことごとく菅公の仁政に感涙したと伝えられて います。公任満ちて菅公はご帰京にのぞみ、国民は皆父母を慕う如く別れを惜しみました。慶安元年(1648)、松平家初代頼重公のとき、菅公の功績を讃えて、毎年社前に執行する念仏踊りは大変貴重な神事として非常に尊敬し、十分に保護する必要があるとして高札(こうさつ)をだされ、最も厳粛に踊りを執行されました。 現在、滝宮念仏踊は国指定重要無形民俗文化財に指定されています。仁孝天皇の文政5年(1822)、崇敬会の有志の者より寄進を受け本殿、拝殿、玉垣等を始め諸建物の増改築を行いました。その美しさは当国無比といわれましたが、明治6年、社殿は西讃の暴徒により焼失。当時は西讃の暴徒が蜂起(ほうき)してあちこちの役所を焼去しており、当時天満宮の西隣にあった龍燈院の一部を役場として使用していたため同年6月28日、類焼の厄に遭い荘麗を誇った社殿は惜しくもその一切を焼失しました。 明治21年に再び四方崇敬者の寄進によって再建され、現在の社殿はこの時のものであります。(インターネットの記事抜粋)


1.琴電高松築港駅内
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2.築港駅発8時00分3両編成の特急電車
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3.琴電滝宮駅8時43分着
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4.徒歩約10分で滝宮八幡宮に至る!
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5.大鳥居
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6.神門
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7.当社が四国相撲の発祥地なので土俵がある!
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8.同上の駒札
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9.駒札「知っていましたか?」
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10.拝殿への石段参道
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11.見事な阿形の狛犬
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12.見事な吽形の狛犬
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13.ミニミニなで牛
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14.七福神の内、当社は福禄寿で有名!
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15.見事な拝殿
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16.拝殿をアップで見る!
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17.本殿を横から見る!
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18.七福神
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19.摂社の子守社
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2017/1/29

徳島・讃岐を見る!21.国の重要文化財・国史跡・高松城跡(玉藻城跡)2−2!  文化財研修記

高松市玉藻(たまも)町2−1には国の重要文化財・国史跡指定の高松城跡(玉藻城跡)がある。別名「玉藻城」は、万葉集で柿本人麻呂が讃岐国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに因み、高松城周辺の海域が玉藻の浦と呼ばれていたことに由来するとされている。高松城は、豊臣秀吉の四国制圧の後、天正15年(1587)讃岐1国の領主となった生駒親正によって、「野原」と呼ばれた港町に築かれた。現在見られる遺構は、江戸初期に徳川光圀の兄で常陸国から12万石で高松に移封された松平頼重によって改修されたものである。近世城郭の海城としては、最初で最大の例で、「讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上」と謡われている。本丸に建てられた天守は、最下重が萩城や熊本城の天守のように天守台より出張り、最上重が小倉城や岩国城の天守のように「唐造り」であった。その様子は、解体される以前に写真におさめられ、また1884年にイギリスの週刊新聞「ザ・グラフィック」でイギリス人のヘンリー・ギルマールの絵によって紹介されている。現在は、三重櫓や門など一部の建物と一部の石垣、堀が現存し、城跡は「玉藻公園」として整備されている。

1.天主台跡から内堀と遠方に披雲閣庭園を見る!
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2.天主台跡
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3.披雲閣庭園から月見櫓が見える!
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4.高松藩松平家の泳法の駒札
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5.水門
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6.披雲閣庭園の一部
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7.同上
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8.高松城北之丸月見櫓
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9.同上
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10.東入口の旭橋と旭門
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11.艮櫓(うしとらやぐら、旧太鼓櫓
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2017/1/27

徳島・讃岐を見る!20.国重要文化財・国史跡・高松城跡(玉藻城跡)2−1!  文化財研修記

高松市玉藻(たまも)町2−1には国の重要文化財・国史跡指定の高松城跡(玉藻城跡)がある。別名「玉藻城」は、万葉集で柿本人麻呂が讃岐国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに因み、高松城周辺の海域が玉藻の浦と呼ばれていたことに由来するとされている。高松城は、豊臣秀吉の四国制圧の後、天正15年(1587)讃岐1国の領主となった生駒親正によって、「野原」と呼ばれた港町に築かれた。現在見られる遺構は、江戸初期に徳川光圀の兄で常陸国から12万石で高松に移封された松平頼重によって改修されたものである。近世城郭の海城としては、最初で最大の例で、「讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上」と謡われている。本丸に建てられた天守は、最下重が萩城や熊本城の天守のように天守台より出張り、最上重が小倉城や岩国城の天守のように「唐造り」であった。その様子は、解体される以前に写真におさめられ、また1884年にイギリスの週刊新聞「ザ・グラフィック」でイギリス人のヘンリー・ギルマールの絵によって紹介されている。現在は、三重櫓や門など一部の建物と一部の石垣、堀が現存し、城跡は「玉藻公園」として整備されている。

1.内堀の駒札(画像をクリックすると拡大して読むことが出来ます。)
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2、西入口から入城(大人200円、パンフレットが貰える。)
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3.パンフレットの片面
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4.二の丸跡で遠方に天主台跡が見える!
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5.天主台展望デッキへ向かう!
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6.鞘橋(さやばし)を渡る!
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7.城外から見た鞘橋
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8.天主台跡
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9.天主台展望デッキの途中から内堀を見る!
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10.天主台跡の展望デッキ
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11.駒札
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12.天主台展望デッキから鞘橋を見下ろす!
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2017/1/25

徳島・讃岐を見る!19.四国を代表する大名庭園・栗林公園!  文化財研修記

栗林公園は、至便な高松市内の中心部に位置し、広大な自然環境の中、緑豊かな紫雲山を借景にし、変化にとんだ庭景は「一歩一景」を演出している。紫雲山の麓に広がるこの名園は、廻遊式大名庭園として名高く、国の特別名勝に指定され、近年では権威あるミシュランで、「わざわざ旅行する価値がある」を意味する三つ星に格付けされるなど、国内のみならず海外からも高い評価を得ています。栗林公園は四国を代表する天下の名園であります。掬月亭 栗林公園もあります。栗林公園の始まりはまず16世紀後半、まず、「栗林荘」として当時の豪族佐藤氏によって築庭された。その後、讃岐領主の生駒氏によつて造園され、高松藩主松平家へと歴代藩主によって本格的な修築が始まり整備がされていきました。面積においては全国に36ヶ所ある特別名勝のなかでも、日本最大の広さを誇り、敷地面積は、約75万平方メートルに及び300年以上の歴史のある日本式の南庭と明治以降に整備された洋風の北庭に分かれ、自然美と造形美が融合した四国で唯一の回遊式大名庭園である。南湖では毎日、周遊和船「千秋丸」が周航しています。この和船で南湖を約25分かけてゆっくりと一周する船遊びができます。航路周辺の見所を船頭の解説を聞きながら楽しむことができます。

1.栗林公園入口(大昔を含めると4度目の入園です。)
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2.現在地
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3.栗林公園地図
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4.お手植松群
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5.見事な松
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6.北湖の一部
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7.橋と散策道
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8.見事な黒松
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9.下記をクリックして、「音声付動画」で栗林公園と借景の紫雲山や掬月亭を見て下さい!
https://youtu.be/zQiVxZ7CqFs

10.掬月亭と五葉松
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11.根上り五葉松
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12.湖の一部
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13.同上
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14.渚山
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15.古理兵衛の九重塔
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2017/1/23

徳島・讃岐を見る!18.真言宗御室派で四国88ヶ所第83番札所の一宮寺!  文化財研修記

高松市一宮町607には真言宗御室派の古刹で四国88箇所霊場の第83三番札所の一宮寺(いちのみやじ)がある。ご本尊は聖観音様です。ご詠歌は「 讃岐一 宮の御前に 仰ぎ来て 神の心を 誰かしらいふ」です。寺伝によれば、義淵により大宝年間(701−704)に大宝院として創建され、後に行基が一宮寺と改めたという。その後大同年間(806−810)に空海(弘法大師)が伽藍を整備し聖観世音菩薩像を刻んで本尊として安置したと伝えられる。江戸時代までは隣接する讃岐一宮である田村神社の別当寺であったが、延宝7年(1679)に時の高松藩主である松平頼常によって神仏分離が行われ、現在に至っている。

1.山門(仁王門)
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2.見事な山門をアップで見る!奥に一対の仁王像が見える!
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3.山門の両脇には巨大な草履(ぞうり)が掲げられている。
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4.山門から本堂を望む!
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5.大師堂
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6.見事な鐘楼
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7.見事な本堂
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8.薬師如来様
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9.同上 駒札
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2017/1/21

徳島・讃岐を見る!17.讃岐国一宮・田村神社2−2!  文化財研修記

高松市一宮町286には讃岐国一宮・田村神社(たむらじんじゃ)がある。ご祭神は以下の5柱で、「田村大神」と総称される。倭迹迹日百襲姫命 (やまとととひももそひめのみこと)、五十狭芹彦命 (いさせりひこのみこと) 別名を吉備津彦命(きびつひこのみこと)、猿田彦大神 (さるたひこのおおかみ)、天隠山命 (あめのかぐやまのみこと) 別名を高倉下命(たかくらじのみこと)、天五田根命 (あめのいたねのみこと)- 別名を天村雲命(あめのむらくものみこと)である。田村大神について、中世の書物では猿田彦大神や五十狭芹彦命を指すとされ、近世には神櫛別命・宇治比売命・田村比売命・田村命など様々で一定していない。社殿創建前は井戸の上に神が祀られていたという社伝から、元々は当地の水神(龍神)であったとする説もある。社伝によれば、古くは「定水井(さだみずのい)」という井戸にいかだを浮かべて、その上に神を祀っていたという。その後、和銅2年(709)に行基によって社殿が設けられたのが創建とする。この「定水井」は現在も奥殿の下にある。なお、当初は義淵僧正によって大宝年間(701−704)に開基された一宮寺と同一視(建物も同じ)されていた。朝廷の当社に対する信仰は篤く、平安時代には度々神階の授与が行われている。また延長5年(927)の『延喜式神名帳』では「讃岐国香川郡 田村神社」と記載され名神大社に列したほか、讃岐国一宮として信仰された。建仁元年(1201)には正一位の昇叙があったとされ、弘安7年(1284)7月日の銘を有する「正一位田村大明神」の扁額が残っている。また武家からも崇敬・統制を受け、長禄4年(1460)には細川勝元により、社殿造営や寄進のほか「讃岐国一宮田村大社壁書」(市指定文化財)が定められた。これは当社の関係者に対し、守るべき事項を26箇条で記したものである。天正年間(1573−1592)には兵火により一切経蔵を焼失したが、仙石秀久から社領100石を寄進された。その後も社領の寄進を受け、藩主が松平大膳家に代わったのちも祈願所として崇敬された。延宝7年(1679)、高松藩主であった松平氏により一宮寺が分割され、後に一宮寺は別の地に移された。奥殿・本殿は宝永7年(1710)の造営で、春日造。奥殿の前方は本殿に接続している。奥殿には神座があり、その床下に「定水井」と呼ばれる深淵がある。拝殿は明治10年の再建で、入母屋造です。そのほか境内には、海軍少年飛行兵之碑・海外開拓者殉難之碑などの鎮魂のための石碑や、桃太郎話に仮託した犬・猿・雉と吉備津彦・倭迹迹日百襲姫命や讃岐七福神の石像など、多くの石造物が設けられている。

1.布袋神(田村神社は東讃岐国の七福神の一つ布袋神で有名です!)
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2.見事な摂社の一宮天満宮
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3.稲荷社北参道
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4.海外開拓殉難の碑!境内には多くの碑文・像があります!
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5.さぬき獅子
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6.同上 駒札
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7.安産子宝犬
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8.見事な摂社の素婆倶羅社
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9.田村神社の横
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10.七福神
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11.姫の宮
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12.見事な田村神社の拝殿(本殿・奥殿は撮影不可能!)
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2017/1/19

徳島・讃岐を見る!16.讃岐国一宮・田村神社2-1!  文化財研修記

高松市一宮町286には讃岐国一宮・田村神社(たむらじんじゃ)がある。ご祭神は以下の5柱で、「田村大神」と総称される。倭迹迹日百襲姫命 (やまとととひももそひめのみこと)、五十狭芹彦命 (いさせりひこのみこと) 別名を吉備津彦命(きびつひこのみこと)、猿田彦大神 (さるたひこのおおかみ)、天隠山命 (あめのかぐやまのみこと) 別名を高倉下命(たかくらじのみこと)、天五田根命 (あめのいたねのみこと)- 別名を天村雲命(あめのむらくものみこと)である。田村大神について、中世の書物では猿田彦大神や五十狭芹彦命を指すとされ、近世には神櫛別命・宇治比売命・田村比売命・田村命など様々で一定していない。社殿創建前は井戸の上に神が祀られていたという社伝から、元々は当地の水神(龍神)であったとする説もある。社伝によれば、古くは「定水井(さだみずのい)」という井戸にいかだを浮かべて、その上に神を祀っていたという。その後、和銅2年(709)に行基によって社殿が設けられたのが創建とする。この「定水井」は現在も奥殿の下にある。なお、当初は義淵僧正によって大宝年間(701−704)に開基された一宮寺と同一視(建物も同じ)されていた。朝廷の当社に対する信仰は篤く、平安時代には度々神階の授与が行われている。また延長5年(927)の『延喜式神名帳』では「讃岐国香川郡 田村神社」と記載され名神大社に列したほか、讃岐国一宮として信仰された。建仁元年(1201)には正一位の昇叙があったとされ、弘安7年(1284)7月日の銘を有する「正一位田村大明神」の扁額が残っている。また武家からも崇敬・統制を受け、長禄4年(1460)には細川勝元により、社殿造営や寄進のほか「讃岐国一宮田村大社壁書」(市指定文化財)が定められた。これは当社の関係者に対し、守るべき事項を26箇条で記したものである。天正年間(1573−1592)には兵火により一切経蔵を焼失したが、仙石秀久から社領100石を寄進された。その後も社領の寄進を受け、藩主が松平大膳家に代わったのちも祈願所として崇敬された。延宝7年(1679)、高松藩主であった松平氏により一宮寺が分割され、後に一宮寺は別の地に移された。奥殿・本殿は宝永7年(1710)の造営で、春日造。奥殿の前方は本殿に接続している。奥殿には神座があり、その床下に「定水井」と呼ばれる深淵がある。拝殿は明治10年の再建で、入母屋造です。そのほか境内には、海軍少年飛行兵之碑・海外開拓者殉難之碑などの鎮魂のための石碑や、桃太郎話に仮託した犬・猿・雉と吉備津彦・倭迹迹日百襲姫命や讃岐七福神の石像など、多くの石造物が設けられている。

1.一の鳥居と参道
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2.吽形の狛犬(通常拝殿に向かって左側に位置するが、ここでは右側だ!)
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3.左側は阿形狛犬です!
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4.更に続く長い参道(参道が長いほど素晴らしい神社といいますね!)
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5.漸く素晴らしい随身門に至る!
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6.見事な湧き水の手水舎
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7.境内社の歳徳神
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8.高さ17メートルの威容を誇る大鳥居
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9.讃岐一宮・田村神社は最後にして、多くの摂社を見ます。まず一宮稲荷大明神
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10.同上 見事な拝殿
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11.摂社で見事な宇郁伎神社
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12.12支めぐり (以下次回で掲載します!)
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2017/1/17

徳島・讃岐を見る!15.阿波徳島から讃岐国高松へ!  文化財研修記

JR徳島駅発午前8時23分の特急電車うずしお6号で約1時間10分午前9時33分にJR高松駅に到着。当時高松は大変混んでおりJRから15分以上も掛かるホテルに3連泊となった。
高松は3度目ですが一般の観光だったので文化財見学としては初めてであった。荷物をホテルに預けてこれまた徒歩で琴電高松築港駅に至った。高松城のすぐ前にの駅からの乗車である。
高松城(たかまつじょう)は、日本の香川県高松市玉藻町にあった日本の城である。別名・玉藻城(たまもじょう)。国の史跡に指定されている。万葉集で柿本人麻呂が讃岐国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに因み、高松城周辺の海域が玉藻の浦と呼ばれていたことに由来するとされている。高松城は、豊臣秀吉の四国制圧の後、天正15年(1587)讃岐1国の領主となった生駒親正によって、「野原」と呼ばれた港町に築かれた。現在見られる遺構は、江戸初期に徳川光圀の兄で常陸国から12万石で高松に移封された松平頼重によって改修されたものである。近世城郭の海城としては、最初で最大の例で、「讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上」と謡われている。本丸に建てられた天守は、最下重が萩城や熊本城の天守のように天守台より出張り、最上重が小倉城や岩国城の天守のように「唐造り」であった。その様子は、解体される以前に写真におさめられ、また1884年にイギリスの週刊新聞「ザ・グラフィック」でイギリス人のヘンリー・ギルマールの絵によって紹介されている。現在は、三重櫓や門など一部の建物と一部の石垣、堀が現存し、城跡は「玉藻公園」として整備されている。高松城は後日詳しく見学します。

1.JR徳島駅8時23分発特急うずしお6号車内
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2.徒歩でホテルから琴電高松築港駅(文櫓跡ふみやぐらあと)へ
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3.高松城鞘橋と内堀(さやばし)
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4.内堀の駒札
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5.琴電築港駅から約40分一宮駅に到着、徒歩10分で田村神社へ(地図)
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6.讃岐一宮田村神社(詳細は自家掲載します。)
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2017/1/15

徳島・讃岐を見る!14.舟だんじり祭りで有名な四所神社!  文化財研修記

徳島県徳島市福島には舟だんじり祭りで有名な四所神社(ししょじんじゃ)がある。徳島市中五社の一つで、近代社格では郷社。「福島の明神さん」として親しまれている。御祭神は武甕槌神、天児屋根神、比売神、斉主神。奈良の春日大社と同じ御祭神で、春日神社とも呼べる。春日神の神使である鹿に関わる伝承が残っている。“ 大同2年(807)、徳島市津田町の沖合に亀島と呼ばれる島が存在し、島内にある祠には二頭のシカが飾られていた。ここに毎日お参りに訪れていた老夫婦の夢に神様が現れ、「シカの目が赤くなったら島が沈むので、シカを連れて逃げなさい」と言った。この話を聞いた若者がいたずらでシカの目を赤く塗ったため、老夫婦は急いでシカを船に乗せて逃げた。しかしその晩、本当に大津波が島を襲い島は沈んでしまった。その後、老夫婦は自分たちを救ってくれたのはシカのおかげだと思い、シカを祀ったのが当社の起源だという。旧阿波藩主崇敬社であり、『寛保改神社帳』に「福島四所大明神 神主福島榊本頼母」とある。『阿波名勝案内』にも記載がある。明治3年(11870)に郷社に列した。7月8日・7月9日が夏祭で、10月27日・28日が秋祭。秋祭には船だんじりがある。徳島藩の船団を模したと言われるもので、地元の船大工達によって造られた。「とくしま市民遺産」。境内社に、天神社・醫王神社がある。境内の大松が御神木で、樹齢350年以上といわれている。市指定木第一号で、フクロウの木と呼ばれ、昭和48年(1973)頃までは常に巣を作っていたという。

1.四所神社
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2.玉をくわえる阿形狛犬が2つ並んでいる!
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3.反対側には吽形の狛犬が2つ並んでいるのは珍しい!
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4.見事な拝殿
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5.見事な拝殿の彫刻
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6.摂社群
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7.同上
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8.摂社の天神社
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9.天神社前の御神木で推定樹齢350年以上の大松「フクロウの木」
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10。秋祭りの「舟だんじり祭り」を「動画」で見たい方は下記をクリックして見て下さい!
https://youtu.be/T2OjhuBAmJA

2017/1/13

徳島・讃岐を見る!13.菅原道真公を祀る徳島眉山天神社!  文化財研修記

徳島市眉山町天神山1には学問の神様である菅原道真公を祀る徳島眉山天神社(びざんてんじんしゃ)がある。 もと潮音寺の鎮守として、瑞巌寺の一顎和尚が甲州恵林寺から携えて来た高さ六寸の渡唐天神木像をまつったのが起源とされる。文化6年(1809)現社地に一社を創建、潮音寺の神像をまつり、旧藩主蜂須賀公代々保護し、文教の神として尊崇した由緒ある社である。眉山へ登るロープウエイの乗り場と隣り合わせに鎮座している。乗り場の北側が潮音寺、往古は眉山の東麓の近くまで海だったようだ。広い石段を登ると朱色の社殿が見える。左端にパワースポットの巨石の姫宮(ひめみや)さんがあります。徳島眉山天神社は菅原道真公を御奉祀申し上げ、藩主蜂須賀家政公阿波入国以来の聖地でありまして、県内はもちろん県外からも学問の神様、商売繁昌、また交通安全、家内安全の神様として信仰厚く、毎年7月25日に行われています天神まつりは、徳島の夏まつりの中心行事として盛大に執り行われ県民はもちろんその名を天下に知られております。

1.徳島眉山天神社の鳥居と標柱
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http://img.ap.teacup.com/common/img_o/ja/icon_image.gif
2.駒札
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3.石段参道
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4.智恵の門と拝殿
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5.玉をくわえる阿形の狛犬
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6.吽形の狛犬
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7.智恵の牛と菅公坐像と見事な拝殿を見る!
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8.見事な拝殿の内陣
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9.針塚・筆塚
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10.摂社のパワースポット姫宮神社
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11.姫宮神社の夫婦石
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12.徳島市の天神祭りの「ギャル神輿」を動画で見たい方は下記をクリックして見て下さい!
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