2015/4/30

湖北の文化財・史址を見る!22.真言宗豊山派の鶏足寺(飯福寺)!  綾部の文化財

鶏足寺(けいそくじ)は、滋賀県長浜市にある真言宗豊山派の寺院で山号は己高山。山岳信仰の霊地であった己高山(こだかみやま、923メートル)の山中に所在した。寺は昭和8年(1933)に焼失し、その後は事実上廃寺となっているが、伝来した仏像のみ山下の収蔵庫に安置され、地元住民によって管理されている。旧飯福寺は紅葉の名所として名高く、秋には多くの観光客でにぎわっている。旧木之本町中心部の東方に位置する己高山の山頂付近および西麓には、古代から中世にかけて多くの寺院があり、天台系山岳仏教の聖地であった。これらの寺院は近代以降すべて山麓に下り、または廃絶している。応永14年(1407)の奥書のある『己高山縁起』によれば、近江国の鬼門(北東)に位置するこの山は奈良時代に行基および泰澄によって開かれたという。鶏足寺は己高山の中心寺院であった観音寺の別院であったもので、伝承によれば天平7年(735)、行基によって開基。いったん荒廃したものを延暦18年(799)最澄が再興したという。文永6年(1269)下野国・薬師寺の慈猛が、それまで天台・真言宗、兼帯であったのを真言宗に改宗した。奈良・興福寺に属する寺院を書き上げた『興福寺官務牒疏』という資料(嘉吉元年・1441)には、己高山の五箇寺として法華寺、石道寺、観音寺、高尾寺、安楽寺の名があり、観音寺の別院として鶏足寺、飯福寺、円満寺が挙げられている。
仏像は、己高閣および世代閣に安置されている。己高閣は1963年、世代閣は1989年に地元有志によって建てられたもので、己高閣には鶏足寺本尊の十一面観音像、七仏薬師像などを安置する。世代閣はもとこの地にあった戸岩寺の仏像を収蔵する施設で、薬師如来像、十二神将像、菩薩立像(魚籃観音)、十社権現像などを安置している。(ウイキペデイアより抜粋)


1.戸岩寺から茶畑の横の道を電動アシスト自転車で通り、己高山の鶏足寺へ!(各画面をクリックすると拡大して読めます。)
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2.茶畑の駒札
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3.己高山の応永14年(1407)想定の図
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4.鶏足寺(飯福寺)の駒札
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5.登り参道
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6.大黒天神跡
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7.梅本坊跡
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8.宝寿院跡
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9.残った護摩堂
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10.本堂を斜めから見る!
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11.本堂前から登り参道を見下ろす!
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2015/4/30

湖北の文化財・史址を見る!21.伊香郡の延喜式内社の神護寺でもあった古刹・戸岩寺!  文化財研修記

長浜市木之本町古橋1102の延喜式内社への途中の右手には旧戸岩寺(といわじ)があります。この寺は霊亀2年(716)の創建と伝えられています。 本尊の薬師如来は、僧行基により伊香山(異光山)五ツ岩の麓からこの地に移され岩にちなんで戸岩寺と名付けられたものです。
八世紀末頃から伝教、空海、慈覚等の高僧が相次いで来錫し、七間四面の薬師堂を始め大日堂、観音堂、鐘堂、経堂、念仏堂等を建立し、全盛期には岩本坊、阿弥陀坊、開寿坊、真乗坊、道禅坊、長円坊の6坊を構えて栄えました。現在は薬師堂及び大日堂を残すのみです。

1.與志漏神社の標柱横にある旧戸岩寺の観音様の参道碑
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2.與志漏神社への参道右手に入ると鐘楼が残っています。
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3.大日堂も残っています!
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4.薬師堂(旧本堂)も残っています!
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5.同上 駒札
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2015/4/27

湖北の文化財・史址を見る!20.伊香郡の延喜式内社の一つ與志漏神社!  文化財研修記

長浜市木之本町古橋1102には祭神として神速須佐之男命、波多八代宿禰命を祀る延喜式内社の与志漏神社(よしろうじんじゃ)があります。伊香郡46式内社一つですが中座に近い見事な神社です。「延喜式神名帳」に近江国の伊香郡鎮座と記されています。4月15日が 例祭 であり、社格は旧郷社。第12代景行天皇(日本武尊命の父)の25年に武内宿禰鎮祭を実施している。又、聖武天皇の時の行基法師神影像彫刻がある。明治9年10月21日村社、明治18年6月29日郷社、明治42年10月13日神饌幣帛料供進指定された。関係氏族は波多氏で鎮座地の移転の記録はない。祭祀対象は氏祖で江戸時代は「世代大明神」と称していた。社殿は本殿流造、幣殿・拝殿・中門・社務所・水屋がある。境内社は八幡神社・春日神社。波多八代宿弥(淡海の祖)を祭神とする、ヨシロは祭神波多八代宿禰之命と関係が深いものと思われ、『ヨシロ』は八代の転訛せるものという。広大な神域をもち、往古は世代大明神と称し、湖北三郡に氏子を擁するなど神威もまた絶大であったことが窺がえる。

1.與志漏神社標柱(各画像をクリックすると3000ピクセルの大画面となり読めます。)
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2.石造り大鳥居
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3.同上
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4.登り参道
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5.同上
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6.二の大鳥居
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7.漸く手水舎にたどり着く!
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8.拝殿が見えて来た!
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9.見事な拝殿です!
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10.拝殿前の駒札
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11.右側から拝殿後部、幣殿、本殿を見る!
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12.左側から幣殿、本殿を見る!
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13.摂社八幡神社など
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2015/4/26

湖北の文化財・史址を見る!19.長浜市木之本町((元は伊香郡)では数少ない浄土真宗本願寺派の專覚寺!  文化財研修記

滋賀県長浜市木之本町(元は伊香郡木之本町)は平成22年1月1日に東浅井郡、伊香郡が長浜市に編入された。北国街道と北国脇往還の分岐点にある木之本町は古来から要衝の地、宿場町として木之本町は伊香郡の中心をなして来た。姉川に合流する高時川が木之元町の中心地を通っている。第17回で紹介したように戦国時代の蓮如上人説法により多くの人々が浄土真宗となった。調べてみると伊香郡では浄土真宗大谷派が圧倒的に多く60寺を越える一方この浄土真宗本願寺派(西本願寺)は約20ケ寺であり、この專覚寺(せんかくじ)は20ケ寺の一つであり前回紹介した佐波加刀神社のすぐ傍で川合1277番地です。
御住職が不在で又駒札も無かったので勝手に参拝させて頂いた。

1.專覚寺標柱
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2.右手に鐘楼
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3.左手には親鸞聖人像があります!
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4.親鸞聖人像の手前には巨大な鬼瓦が置いてありました。これは本堂を改築あるいは改修された時のものでしょう!
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5.見事な本堂です!
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6.見事な本堂正面の彫刻!(浄土真宗では秘仏は少なく何処でも南無阿弥陀仏を唱え須弥壇を撮影させて頂いています。御住職不在では本堂内へは入れません。)
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2015/4/24

湖北の文化財・史址を見る!18.伊香郡の延喜式内社の佐波加刀神社とその巨大な神木!  文化財研修記

長浜市木之本町川合1277には祭神の日子坐王、大俣王、小俣王、志夫美宿禰王、沙本毘古、袁邪本王、佐波遲比賣王、室毘古王を祀る延喜式内社として伊香四十六座の一社として、その名を古典に留める佐波加刀神社(さわかとじんじゃ)がある。御神像の上記記載の8躰は鎌倉時代初期の秀作として国の重要文化財に指定されています。境内石碑によると祭神の日子坐王(開化天皇の皇子)、大俣王、小俣王、志夫美宿禰王、沙本毘古王、袁邪本王、佐波遲比賣王、室毘古王を祀るこの神社は本社は元、百聞山に御鎮座ありしを天平年間現在の地に遷座す。社殿は万治3年(1660)及び嘉永3年(1850)に再建さられたるもので當社は延喜式神名帳に載せられたる近江国1155座の中、伊香郡46座の随一なり。即ち神紋は一の宮の文字を図案化せしものなり。御神像8体は明治34年3月、国宝に編入せられ、更に昭和25年8月に国の重要文化財に指定せられたり。日子坐王の御陵墓は岐阜市岩田町北山にあり、旧跡は百聞山・ 當(のぎへん)鳥居坂にある。祭祀の例祭は4月16日です。 

1.道中にある佐波加刀神社の碑
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2.碑の横には駒札があります!
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3.高時川に架かる大橋、この橋は次の真宗の專覚寺を見た後、電動アシスト自転車で渡ります!
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4.佐波加刀(さわかと)神社標柱と鳥居
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5.登り参道の右側には「一之宮をアレンジした神紋が胴についた」神馬像があります。
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6.ふうふう言いながら参道を登って行きます!
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7.やっと手水舎に至りました。
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8.第二の鳥居!(いや第三の鳥居かもしれません、古社の綾部市の於与岐八幡宮の第一の鳥居は第三の鳥居から15キロメートル以上離れたところにありましたが、今はその後の石組が残っているばかりです。)
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9.拝殿を正面から見る!
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10.拝殿の内陣
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11.拝殿後部から権殿、本殿を見ます!(九州の宇佐神宮などを除き、拝殿と権殿・本殿の間が離れている神社は大体非常に古い建て方で、鎌倉時代かそれ以前で非常に格式の高い神社建築です。)
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12.滋賀県指定名木の権現の杉の碑
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13.近くに寄り過ぎていたので見上げて撮影の巨大な権現の杉です!
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14.修理中の摂社の薬師堂と推定します。
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15.摂社八幡宮
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16.摂社の野神
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17.祠(子安地蔵と推定)
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18.もう一度、右側から拝殿後部、権殿、本殿を見ます!
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2015/4/21

湖北の文化財・史址を見る!17.長浜市木之本町にある蓮如上人腰掛説法の石がある明楽寺!  綾部の文化財

長浜市木之本町937には浄土真宗大谷派の宝樹山・明楽寺(みょうらくじ)があります。明楽寺の創建は建久年間(1190〜99)に開かれたのが始まりとされます。当初は真言宗の寺院で山城国葛野郡安井村にありましたが、明徳2年(1391)に現在地に移り、文禄4年(1595)に真宗大谷派に改宗しています。境内には蓮如上人腰掛説法石があり蓮如上人ゆかりの寺院とされています。正面の切妻、桟瓦葺の山門は規模が大きく町並みに寄与する建物で、向って右側にはあまり見られない入母屋、桟瓦葺きの太鼓櫓が設けられています。本堂の規模も大きく入母屋、桟瓦葺、桁行7間、正面3間向拝付。経堂は宝形造、桟瓦葺、土造、正面切妻向拝付です。

1.明楽寺標柱
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2.見事な山門です。
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3.山門、太鼓楼、鐘楼が見えます。
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4.見事な太鼓楼です。
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5.見事な鐘楼です!
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6.見事な本堂です!
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7.見事な本堂内の須弥壇です!
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8.これが蓮如上人腰掛説法石です!
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2015/4/20

湖北の文化財・史址を見る!16.平成26年大河ドラマの黒田官兵衛先祖の発祥の地にある式内社・黒田神社!  文化財研修記

滋賀県長浜市木之本町黒田1697には三つ巴の紋をもつ式内社で御祭神は大己貴命、黒田大連を祀る黒田神社がある。社伝によると欽明天皇の御世(540)の創始であり、 祭神の黒田大連とは、和銅年間、当地を開拓した神である。当社の背後にある森崎山には、円墳6基からなる黒田古墳が存在することから、古代に繁栄していた一族の祖神を祀ったものと思われる。
案内板によると、天正11年(1576)賊ケ岳の戦火で焼失し、隣郷の大澤神社に合祀されていたが、明治9年氏子の念願により、元の社地に再建遷座されたという。本殿の左に一つの境内社。右にも幾つかの祠が点在している。『平成祭データ』には、摂末社として以下の三社が記載されているが、どの祠が、どの社かは不明。稲荷神社(稻倉魂命)、澤渡神社(綿津見神)、穴師神社(金山彦命)。 『式内社調査報告』には、上記の他に、三社が記載されている。森崎八幡神社(応神天皇)、若宮八幡神社(大鷦鷯命)、東山神社(猿田彦命)。

1.黒田神社標柱(各画像をクリックすると拡大してよめます。)
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2.石造り太鼓橋と小鳥居と大鳥が一部見える
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3.石造り大鳥居と拝殿を見る!
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4.黄金杉(コガネスギ)と駒札
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5.手水舎
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6.拝殿を見る!
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7.駒札
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8.見事な拝殿です!
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9.拝殿内陣と権殿の一部が見えます!
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10.広葉杉(コウヨウザン)と駒札
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11.拝殿後部から権殿と本殿を見る!(拝殿と権殿、本殿の間は離れています。国宝の宇治上神社と似た造りの古社と理解できます。)
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12.権殿を正面から見る!
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13.権殿、本殿に向かって左側には摂社がありますが、名前は不明です!
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14.本殿を右側から見る!
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15.摂社の稲荷神社
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16.摂社の一つ!名前が分らない!
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2015/4/18

湖北の文化財・史址を見る!15.平成26年大河ドラマ黒田官兵衛の黒田家発祥の地の天正寺!  文化財研修記

滋賀県長浜市木之本町黒田1769には曹洞宗の天正寺(てんしょうじ)がある。曹洞宗ですから仏像を撮影させて貰うのはかなり難しい。黒田観音寺は無住でしたが、この寺は地元密着ながら一般参加可能の無料の座禅会や写経会を実施しているようです。毎月17日は月例の法要があり一般参加もできる諭旨。特に千日会という法要は8月10日、大般若会は10月17日に厳修されこれも一般参加可能との諭旨である。現実的な宗教活動を一般に公開して行っているお寺は珍しいです。


1.天正寺の見事な塀(各画像をクリックすると3000ピクセルの画像で見れます。)
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2.天正寺の標柱と見事な本堂
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3.本堂と十三重の石塔
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4.見事な十三重の石塔
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5.見事な本堂の扁額
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2015/4/16

湖北の文化財・史址を見る!平成26年の大河ドラマの黒田官兵衛の先祖の所縁の黒田観音寺!  文化財研修記

滋賀県長浜市木之本町黒田1811には国重文の准胝観音菩薩立像(じゅんていかんのん)(平安時代9世紀末〜10世紀初め)ヒノキ材一木造の素地仕上げで像高199センチメートルもある。)を持つ黒田観音寺があります。ここが平成26年の大河ドラマの主人公の黒田官兵衛の先祖の出身地と云われています。古来より千手観音と伝えられているため、文化財の指定名称も伝・千手観音とされていますが、頭上に十一面をつけず、腕も十八臂に造るので准胝観音と見られています。 准胝観音の像容としては、十八臂で眉間に縦に目を刻んで三眼とするのが一般的(下の補足参照)ですが、この像の場合は眉間に眼ではなく白毫がついています。目尻がつり上がった細い眼の厳しい表情。上半身の十八臂は賑やかながら、それぞれが邪魔にならないように巧みに配しています。両脚部の衣文も細かく刻まれており、股の間には盛安寺の観音様と同様に渦文が見られます。下半身は広隆寺の不空羂索観音像ともよく似た表現になっています。なんといっても生々しい腕が妖艶さを醸し出しています。賤ヶ岳の戦いを初めとする戦火や幾多の災難に遭いながらもこの仏様が地域の方の手で守られてきたということです。上醍醐に准胝堂を建立した聖宝である。西国33ケ所の11番札所でもある准胝堂の本尊・准胝観音は我が国最初の准胝仏母尊といわれ、これ以後、醍醐寺系統の寺院を中心に准胝信仰は定着する。もっとも、千手観音と図像的にそれほど差が無いため、准胝観音独尊としての造像例は醍醐寺系統の寺院以外ではそれほど多くなかったようである。その後は六観音信仰が流行する中で、六観音のうちの一つとしての准胝観音の造像は多く見られる。六観音像としては千本釈迦堂(大報恩寺)の准胝観音がよく知られています。
観音寺(黒田観音寺)
所在地:問い合わせ:0749-82-4111(奥琵琶湖観光協会)
拝観:9時〜16時 ※要事前予約(月曜休み)
拝観料:500円、アクセス:JR北陸本線木ノ本駅からタクシーで5分、もしくは駅からレンタサイクルで10〜15分です。


1.JR木之本駅内の観光案内所で借りた電動アシスト自転車で軽々と黒田観音寺に到着!
遠方より見る!(全ての画像をはクリックすると拡大して見れます。)
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2.近くの風景
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3.石仏
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4.駒札
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5.本堂
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6.見事な国重文の准胝観音菩薩立像(199センチメートルもあります。)写真はお借りして入力したものです。(黒田官兵衛の先祖の所縁のお寺と言った所で参拝に行き大変ラッキーでした!)
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2015/4/15

湖北の文化財・史址を見る!13.延喜式内社で明神大社の伊香具神社!  文化財研修記

長浜市木之本町大音688には「三代実録」の貞間元年(866)の条にみえる古社の伊香具神社(いかぐじんじゃ)がある。御祭神は伊香津臣命(いかつおみのみこ)で創立は白鳳10年(660頃)と云われています。御祭神「伊香津臣命」は天児屋根命第七代孫であり、この神様が当伊香郡開発の始祖としてこの地に祭られたのは伊香郡が古代豪族伊香連の根拠地であった故と思われる。近江風土記」に収録された羽衣伝説では、伊香刀美という人が伊香小江で水浴していた天女と夫婦になり4人の神々をもうけたと伝えているが、この伊香刀美こそ「伊香津臣命」と同一ではないかと思われる。その後九世・・・・当神社神官伊香厚行が菅原道真との親交深く、寛平7年(895)菅公自筆の法華経・金光明経を・・・され同時に宇多天皇より・・・勲一等大社大明神」の勅額を賜った。そして、伊香郡46座中第一の大社(延喜式内)として明神大社に列せられた。のち建武3年(1336)足利尊氏が朱印状を寄せて正月・五月・九月の年3回国の平安を祈る祈祷を依頼した。しかしながら織田信長が天下を支配するやその領地は没収され、更に賤ヶ岳の戦で社殿・宝物はことごとく焼失した。当社正面の鳥居は三輪式と厳島式を組み合わせた独特の形式で、かってこのあたりまで入り江であったことを示すものである。また背後の山は伊香山と呼ばれ中腹の大岩のかげに天児屋根命を祭る祠が鎮座している。羽衣伝説とは、近江の国伊香の郡にある余呉の湖に天の八女(やおとめ)、ともに白鳥(しらとり)となって天より降り、湖辺で水浴をせし。この時、伊香刀美、西の山でこの白鳥を見て、この形もしや神人と疑い、浜辺に往って見るに、真にこれ神人なりき。伊香刀美、感愛を生こし、白き犬に妹の天の羽衣を盗ませし。姉の七人の天女は天上に帰りしが、妹は羽衣無く天上に帰れず。伊香刀美、この天女と夫婦となり、男女二人ずつをもうけし。兄の名は意美志留(おみしる)、弟、那志等美(なしとみ)、姉、伊是理媛(いせりひめ)、妹、奈是理媛(なせりひめ)。これは伊香連(いかごのむらじ)等の先祖でなりき。後に天女、羽衣を探し当て、天井へと帰りし。伊香刀美は一人空しく床を守り嘆くことしきりなしだった諭旨である。

1.現在地案内図(画像をクリックすると3000ピクセルの拡大画面で読めます。)
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2.参道途中にある駐車場から登り参道を振り返って見る!
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3.正面から見る!
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4.伊香式鳥居の駒札
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5.伊香式鳥居です!(初めて見ました!)
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6.神社の駒札
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7.手水舎
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8.力石と駒札
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9.見事な拝殿(舞殿)を正面から見る!
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10.同上を斜めから見る!
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11.見事な権殿と後部の本殿
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12.同上 を斜めから見る!
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13.神社の老杉と駒札
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14.神社の周辺の巨大な老杉群
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15.摂社の縁むすびの神!三の宮神社
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16.同上 駒札
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17.1,300年前の郡内唯一の大社の駒札
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18.独鈷水
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