2014/7/31

京都近辺の文化財・史址を見る!和気清麻公を祀る神護寺・国宝の木造薬師如来立像を祀る金堂など2−2!  文化財研修記

神護寺はその後、清麻呂が没すると、高雄山寺の境内に清麻呂の墓が祀られ、和気氏の菩提寺としての性格を強めることになるが、清麻呂の子息(弘世、真綱、仲世)は亡父の遺志を継ぎ、最澄、空海を相次いで高雄山寺に招き仏教界に新風を吹き込んでいる。
 弘世、真綱の兄弟は、比叡山中にこもって修行を続けていた最澄に、高雄山寺での法華経の講演を依頼している。この平安仏教の第一声ともいうべき講演が終わると、最澄は還学生として唐にわたることとなる。また、空海は留学生として最澄とともに入唐するが、二年で帰国、三年後にようやく京都に入ることが許されるや高雄山寺に招かれ、以後数年にわたる親交が続けられ、天台と真言の交流へと進展してゆく。やがて天長元年(824)真綱、仲世の要請により神願寺と高雄山寺を合併し、寺名を神護国祚真言寺(略して神護寺)と改め、一切を空海に付嘱し、それ以後真言宗として今日に伝えている。  神護寺は最澄、空海の活躍によって根本道場としての内容を築いていったが、正暦5年(994)と久安5年(1149)の二度の火災にあい,鳥羽法皇の怒りに触れて全山壊滅の状態となった。わずかに本尊薬師如来を風雨にさらしながら残すのみであった惨状を見た文覚は、生涯の悲願として神護寺再興を決意するが、その達成への道はとても厳しかった。上覚や明恵といった徳の高い弟子に恵まれ元以上の規模に復興された。その後も天文年中の兵火や明治初年の廃仏毀釈の弾圧にも消えることなく法灯を護持している。(神護寺HPより抜粋)

1.見事な金堂(国宝の木造薬師如来立像(平安時代)正面に安置されており、国重文の脇侍の日光・月光菩薩立像も安置されています。)
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2.金堂の内陣(正面に小さい写真ですが、国宝の薬師如来立像が見えます。)
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3.国宝の伝源頼朝肖像画ですが、本物は東京国立博物館に寄託されています。)
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4.多宝塔(内陣には国宝の木造五大虚空菩薩坐像が祀られています。)
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5.神護寺の閼伽井
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6.歌碑
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7.地蔵院(かわらけけ投げ)へむかう!
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8.竜王院
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9.高雄名勝の錦雲渓(かわらけ投げ)
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10.国重文の大師堂の駒札と回し百度石!
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11.国重文の大師堂!
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12.毘沙門堂
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13.毘沙門堂の見事な彫刻
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14.五大堂
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2014/7/29

綾部自然の会で蘇洞門巡りなど現地学習会に参加  綾部自然の会現地学習

JR綾部駅北口8時集合(参加47名)小浜市のフィッシャーマンズ・ワーフに直行して遊覧船で蘇洞門巡り、エンジェルライン経由で久須夜ケ岳に登り昼食、パノラマを楽しみ、天徳寺の瓜割の滝(環境庁名水100選)、道の駅シーサイド高浜。エルドランド(熱帯雨林をテーマにしたトロピカル・ワンダーで世界最大の淡水魚・ピラルクー)など見て、若狭高速道で5時に帰綾。

当綾部の文化財を守る会の役員(総務・HP委員)をお世話になっている山田松雄氏が会長。
バスの中で、国宝:二王門のある君王山光明寺など当市の上林一帯も含まれる「国定公園設定」の話しをされた。

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遊覧船で蘇洞門巡り

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遊覧船で蘇洞門巡り
天候が良く海も穏やかで最高の航海日和

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遊覧船で蘇洞門巡り
白糸の滝

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遊覧船で蘇洞門巡り
大門・小門
船着場と遊歩道が内部に見える

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遊覧船で蘇洞門巡り

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蘇洞門巡りの船着場
フィッシャーマンズ・ワーフで買物も

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エンジェルライン経由で久須夜ケ岳に登り昼食、パノラマを楽しむ

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久須夜ケ岳に登り。四方のパノラマを楽しむ
常神半島方面

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記念撮影(参加47名)

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環境庁名水100選の瓜割りの水
天徳寺参道

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瓜割りの滝 水が冷たくて瓜が割れる・・の由縁

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瓜割りの水を持参のペットボトルに汲む会員も

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天徳寺万霊殿
見事な庭園
平和モニュメントなど

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天徳寺本堂
鐘楼が境内に並ぶ

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天徳寺参道バス停の土産店
瓜割りの名水(容器)なども売られている

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道の駅シーサイド高浜で買物

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エルドランド(昨年も孫を連れて行った)

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エルドランド、トロピカル・ワンダー入場口に集合

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水槽に泳ぐ大小の熱帯魚や直接手で触れる魚貝類、様々な魚が水槽で展示されている

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地球温暖化、熱帯雨林の役割、消失の重大性など詳しく学べる

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熱帯雨林を模倣したトロピカル・ワンダーを散策してまわる

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熱帯雨林の淡水魚が楽しめる

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原子力発電のPR

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JR綾部駅北口8時集合(参加47名)小浜市のフィッシャーマンズ・ワーフに直行して遊覧船で蘇洞門巡り、エンジェルライン経由で久須夜ケ岳に登り昼食、パノラマを楽しみ、天徳寺の瓜割の滝(環境庁名水100選)、道の駅シーサイド高浜、エルドランド(熱帯雨林をテーマにしたトロピカル・ワンダーで世界最大の淡水魚・ピラルクー)など見て、若狭高速道で5時に帰綾。

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2014/7/29

京都近辺の文化財・史址を見る!7.真言宗別格本山で和気清麻呂創建の神護寺2−1!  文化財研修記

京都市右京区梅ケ畑高雄町5番地には北に続く、槇尾(まきのお)・栂尾(とがのお)と合わせて三尾(さんぴ)と呼ばれる高雄山・神護寺(じんごじ)がある。
 平安遷都の提唱者であり、また新都市造営の推進者として知られる和気清麻呂は、天応元年(781)、国家安泰を祈願し河内に神願寺を、またほぼ同じ時期に、山城に私寺として高雄山寺を建立している。  神願寺が実際どこにあったのか、確かな資料が残っていないため、いまだ確認されていないが、その発願は和気清麻呂がかねて宇佐八幡大紳の神託を請うた時「一切経を写し、仏像を作り、最勝王経を読誦して一伽藍を建て,万代安寧を祈願せよ」というお告げを受け,その心願を成就するためと伝えられ、寺名もそこに由来している。  また、私寺として建てられた高雄山寺は、海抜900メートル以上の愛宕五寺のひとつといわれているところからすれば、単なる和気氏の菩提寺というよりは、それまでの奈良の都市仏教に飽きたらない山岳修行を志す僧たちの道場として建てられたと考えられる。愛宕五寺または愛宕五坊と呼ばれる寺は白雲寺、月輪寺、日輪寺、伝法寺、高雄山寺であるが、残念ながら現在にその名をとどめているのは高雄山寺改め神護寺と月輪寺のみである。
 その後、清麻呂が没すると、高雄山寺の境内に清麻呂の墓が祀られ、和気氏の菩提寺としての性格を強めることになるが、清麻呂の子息(弘世、真綱、仲世)は亡父の遺志を継ぎ、最澄、空海を相次いで高雄山寺に招き仏教界に新風を吹き込んでいる。
 弘世、真綱の兄弟は、比叡山中にこもって修行を続けていた最澄に、高雄山寺での法華経の講演を依頼している。この平安仏教の第一声ともいうべき講演が終わると、最澄は還学生として唐にわたることとなる。また、空海は留学生として最澄とともに入唐するが、二年で帰国、三年後にようやく京都に入ることが許されるや高雄山寺に招かれ、以後数年にわたる親交が続けられ、天台と真言の交流へと進展してゆく。やがて天長元年(824)真綱、仲世の要請により神願寺と高雄山寺を合併し、寺名を神護国祚真言寺(略して神護寺)と改め、一切を空海に付嘱し、それ以後真言宗として今日に伝えている。  神護寺は最澄、空海の活躍によって根本道場としての内容を築いていったが、正暦5年(994)と久安5年(1149)の二度の火災にあい,鳥羽法皇の怒りに触れて全山壊滅の状態となった。わずかに本尊薬師如来を風雨にさらしながら残すのみであった惨状を見た文覚は、生涯の悲願として神護寺再興を決意するが、その達成への道はとても厳しかった。上覚や明恵といった徳の高い弟子に恵まれ元以上の規模に復興された。その後も天文年中の兵火や明治初年の廃仏毀釈の弾圧にも消えることなく法灯を護持している。(神護寺HPより抜粋)


1.高雄橋を通り再び清滝川を超える!
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2.高雄観光地図(現在地)
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3.神護寺参道(下乗石)
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4.まだまだ登りの参道です!
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5.漸く楼門に至る!
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6.楼門で神護寺を護っているのは持国天です!
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7.同上 左は増長天です!
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8.境内図(画像をクリックして、拡大して見て下さい!)
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9.楼門を振り返ってみる!
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10,見事な書院です!
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11.書院の左側には「和気清麻呂公霊廟」があります!
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12.霊廟をアップで見る!
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13.和気公霊廟山門の額
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14.和気清麻呂公墓地への案内碑
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15.山道を10分余登ると「和気清麻呂公のお墓」にでます。この寺には和気清麻呂公を参拝し易い様に京都市内の「護王神社」にを創建した文覚上人のお墓も別な山頂にありますがギブアップです。
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16.国宝の「三絶の鐘」4面の銘文当代の著名な文筆家で序は橘広相(たちばなひろみ)、文は菅原是善(これよし)、筆は藤原敏行(かねゆき)の3名により、貞観17年(875)の平安時代の鐘を収めている鐘楼です。
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17.明王院の駒札(画像をクリックして、拡大して読んで下さい。)
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18.明王院
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2014/7/28

京都近辺の文化財・史址を見る!6.高雄山神護寺、栂尾山高山寺とともに三尾(さんび)の名刹・西明寺!  文化財研修記

京都市右京区梅ヶ畑槇尾町2には真言宗大覚寺派でご本尊釈迦如来を祀る槇尾山(まきのおさん)西明寺(さいみょうじ)がある。京都市街の北西、周山街道から清滝川を渡った対岸の山腹に位置する。周山街道沿いの高雄山神護寺、栂尾山高山寺とともに三尾(さんび)の名刹として知られる。寺伝によれば、天長年間(824〜834)に空海(弘法大師)の高弟 智泉大徳が神護寺の別院として創建したと伝える。その後荒廃したが、建治年間(1175〜1178)に和泉国槙尾山寺の我宝自性上人が中興し、本堂、経蔵、宝塔、鎮守等が建てられた。正応3年(1290)神護寺より独立した。永禄年間(1558〜1570)の兵火により堂塔は焼亡し、神護寺に合併されるが、慶長7年1602)に明忍律師により再興された。現在の本堂は、元禄13年(1700)徳川綱吉生母桂昌院の寄進により再建されたものと言われるが、東福門院(後水尾天皇中宮)の寄進によるとる説もある。本堂は 元禄13年(1700)に徳川綱吉の生母桂昌院の寄進により再建(東福門院、後水尾天皇中宮)の寄進によるとする説もある)。桁行7間、梁行4間。堂内に釈迦如来像(重要文化財)ほかの仏像を安置する。客殿は 本堂の左方に建つ。本堂より古く、江戸時代前期に移築された。当時は食堂と称し、僧侶の生活や戒律の道場として使用された。
本堂の厨子に安置されるている国重文の鎌倉時代の清凉寺式釈迦如来像。又木造千手観音立像(国重要文化財)も本堂脇陣に安置されていて頭上に十面を戴き、四十二手を持つ平安時代のものです。愛染明王像は本堂脇陣に安置されているもので鎌倉時代後期の作である。

1.高山寺表参道から徒歩で白雲橋を渡り、西明寺前の指月橋に至る。徒歩約12分。
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2.清滝川の清流を見る!
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3.指月橋を渡るとすぐ右側には古くて見事な彫刻の入った石灯籠があります。
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4.登り参道
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5.表門前に至る!
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6.表門は一間薬医門で、本堂と同じ元禄13年(1700)の造営です。
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7.鐘楼
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8.本堂
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9.客殿
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10.客殿の内部
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11.本堂と客殿を結ぶ見事な廊下!左側の本堂の2枚の蔀戸(しとみと)が目立ちます!
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12.本堂左側廊下!
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13.下記をクリックして、「音声付動画」で境内などを見て下さい!
http://youtu.be/4Ja0hOV10JY

14.西明寺の裏参道へ!
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15.五重の石塔
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16.裏参道入口
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2014/7/28

恒例のあやべ水無月祭「第15回あやべ良さ来い踊」NO。4(最終回)が盛大に開催された!  綾部の文化財

平成26年7月26日(土)あやべ水無月(みなつき)祭り「第15回あやべ良さ来い踊」と「花火大会」が盛大に開催されました。神事の歴史と伝統!!あやべ水無月大会は綾部市並松町の「熊野新宮神社(出口孝樹宮司様)」では7月28日(月)午前10時から綾部太鼓保存会有志の太鼓演奏の奉納をはじめ、第316回水無月大祭が無事午前11時過ぎ無事終了しました。

1.午後5時あ5分から始まった第15回あやべ良さ来い踊りは「京都チーム櫻嵐洛(さらら)で第一部が午後7時50分に終了しました。
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2.午後8時から4000発の「花火大会」が始まりました。
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3.下記をクリックして、「音声付動画」で綾部大橋上から撮影NO.1.を見て下さい!
http://youtu.be/btMm9KkZwCA


4.下記をクリックして、「音声付動画」で綾部大橋上から撮影NO.2.を見て下さい!
http://youtu.be/vMvFTaQ52rs

5.下記をクリックして、「音声付動画」でグンゼ綾部本社前から撮影!を見て下さい!
http://youtu.be/05zGE8Vv7vM

6.あやべ良さ来い第二部プログラムです!撮影は灼熱で止めました!
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2014/7/28

恒例のあやべ水無月祭「第15回あやべ良さ来い」踊りと花火大会が盛大に開催された!NO.3.  綾部の文化財

平成26年7月26日(土)恒例のあやべ水無月祭「第15回あやべ良さ来い」踊りと花火大会が盛大に開催された!

1.綾部市役所連「きずな」です!
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下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!第3回目の出場ですが総勢65名の大所帯です。
http://youtu.be/OoAkHVb41_k

3.無限大With 福知山障害児(者)親の会
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4.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/QprZK2gO4vQ

5.太鼓人です!
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6.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/1zDh3hskwz0

7.福知山よさこい連です!
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8.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/C2nrfRreia8

9.ほたる連です!
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10.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/lEw5yG4o5uQ
http://youtu.be/qQvnCFdFj5Y

11.第一部フナーレは「京都チーム嵐洛(さらら)で毎年見事な演技を披露してくれます!
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12.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/PpYWY5aaVFo


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2014/7/27

恒例のあやべ水無月祭「第15回あやべ良さ来い」踊りと花火大会が盛大に開催された!NO.2.  綾部の文化財

平成26年7月26日(土)に盛大に開催された「あやべ水無月(みなつき)まつり」と「第15回あやべ良さ来い」踊りを掲載します。

1.第9回目参加のオムロンヨサコイ連です!
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2.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/hTN08qK0t2w

3.響連(綾部市最大・最初の「あやべ良さ来い踊」発生グループで幼児から老人まで加入しています。)
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4.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/IbiJPapVB_c

5.同上2.
http://youtu.be/kFkp_l5BmF4

6.日東よさこい連です!
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7.下記をクリックして、「音声付動画」で強力な日東軍団の踊りを見て下さい!
http://youtu.be/YwjqIZDDyhc

8.綾部市消防団女性軍団のシルキーフアイアーデス!
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9.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/3DEjuUKnOBI

10.オールブラックの男性グループ「AGO(エージーオー)デス!
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11.下記をクリックして、「音声付動画」でアメリカ風タップの入った踊りを見て下さい!
http://youtu.be/KqpkzEh_nhE

12.常連の「高津よさこい連」です!
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13.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/_0vFBThoBRw

14.京都丹波よさこい連です!
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15.高価な丹後ちりめんで装いも新たな踊りを、下記をクリックして見て下さい!
http://youtu.be/oBOltLq4kLA

16.新調に付きアンコール踊りを見て下さい!
http://youtu.be/viyaB2g2A5Y

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2014/7/27

恒例のあやべ水無月祭「第15回あやべ良さ来い」踊りと花火大会が盛大に開催された!NO.1.  綾部の文化財

平成26年7月26日恒例となった「第15回あやべ良さ来い踊」と水無月(みなつき)花火大会が盛大に開催された。最初にITビルでの幼稚園児の花火のポスターを見てみます。

1.ITビル内の各幼稚園・保育園のポスター入賞作品
  吉美(きみ)保育園
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2.綾部幼稚園
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3.物部保育園
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4.せんだん苑保育園と綾部ひまわり共同保育園
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5.午後5時ITビル前の可愛い子犬?
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6.午後5時15分 主催者の綾部商工会議所青年部の「あやべ良さ来い」実行委員長の挨拶!
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7.オープニング太鼓は綾部市太鼓連合会有志の皆様です!
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8.下記をクリックして、「音声付動画」でオープニング太鼓の一部を聴いて下さい!
http://youtu.be/qn7CjAS-MDQ

9.あやべしりつようちえんの園児の皆さんです!
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10.下記をクリックして、「音声付動画」で幼稚園児の「良さ来い踊」を見て下さい!
http://youtu.be/L-oN_mqZd3A

11.綾部YEGオールスターズの皆さんです!
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12.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/kSosi3Ntb_o

13.ENBU綾の皆さんです!
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14.下記をクリックして、「音声付動画」でENBU綾の良さ来い踊りの一部を見て下さい!
http://youtu.be/QAW7qRYK8GI

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2014/7/25

京都近辺の文化財・史址を見る!5・文化財の宝庫・栂尾の高山寺2の2.国重文の金堂など!  文化財研修記

京都市右京区梅ヶ畑栂尾(とがのお)町には高山寺(こうざんじ、こうさんじ)がある。栂尾は京都市街北西の山中に位置する。高山寺は山号を栂尾山と称し、宗派は真言宗系の単立である。創建は奈良時代と伝えるが、実質的な開基(創立者)は、鎌倉時代の明恵である。「鳥獣人物戯画」をはじめ、絵画、典籍、文書など、多くの文化財を伝える寺院として知られる。境内が国の史跡に指定されており、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。
 高山寺のある栂尾は、紅葉の名所として知られる高雄山神護寺からさらに奥に入った山中に位置し、古代より山岳修行の適地として、小寺院が営まれていたようである。今の高山寺の地には、奈良時代から「度賀尾寺」「都賀尾坊」などと称される寺院があり、宝亀5年(774)、光仁天皇の勅願で建立されたとの伝えもあるが、当時の実態は明らかでない。平安時代には、近隣の神護寺の別院とされ、神護寺十無尽院(じゅうむじんいん)と称されていた。これは、神護寺本寺から離れた、隠棲修行の場所であったという。
 高山寺の中興の祖であり、実質的な開基とされるのは、鎌倉時代の華厳宗の僧、明恵である。明恵は建永元年(1206)、34歳の時に後鳥羽上皇から栂尾の地を与えられ、また寺名のもとになった「日出先照高山之寺」の額を下賜された。この時が現・高山寺の創立と見なされている。「日出先照高山」(日、出でて、まず高き山を照らす)とは、「華厳経」の中の句で、「朝日が昇って、真っ先に照らされるのは高い山の頂上だ」という意味であり、そのように光り輝く寺院であれとの意が込められている。高山寺は中世以降、たびたびの戦乱や火災で焼失し、鎌倉時代の建物は石水院を残すのみとなっている。1966年、仁和寺当局による双ヶ丘売却に抗議し、真言宗御室派から離脱し、真言宗系単立寺院となった。建永元年の中興から20数年を経た寛喜2年(1230)に作成された高山寺境内の絵図(重文、神護寺蔵)が現存しており、当時の様子が具体的にわかる点で貴重である。それによると、当時の高山寺には、大門、金堂、三重塔、阿弥陀堂、羅漢堂、鐘楼、経蔵、鎮守社などがあったことが知られるが、このうち、当時「経蔵」と呼ばれた建物が「石水院」として現存するほかは、ことごとく失われている。石水院から開山堂に至る道の両側に残る石垣は、かつての諸堂や塔頭を偲ばせている。石水院(国宝、鎌倉時代の建築で入母屋造、柿(こけら)葺き。)後鳥羽上皇の学問所を下賜されたものと伝え、明恵の住房跡とも伝える。外観は住宅風だが、本来は経蔵として造られた建物を改造したものと見られる。もともとは金堂の右後方に残る石段の上に建っていたが、明治22年(1889)に現在地に移築したものである。

1.国宝の石水院を出て右側から開山堂へ向かう!
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2.1.遺香庵庭園の駒札!(遺香庵には小川治兵衛が19311年に作した茶庭(遺香庵庭園)があり、市の文化財として保存されている。またその反対側の境内には「日本最古」と伝える茶園がある。鎌倉時代初期に臨済宗の開祖栄西が、当時の中国の南宋において種を得て、帰国後に明恵に贈ったものと伝える。明恵はこれを初めは栂尾山に植え、その後宇治その他の土地に広まったといわれている。)
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3.遺香庵庭園は工事中で外から見る!
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4.国重文の開山堂(江戸時代造営で明恵の肖像彫刻(国の重要文化財)を安置する開山堂)
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5.明恵上人の御廟
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6.高山寺仏足石
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7.旧石水院跡!
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8.国重文の金堂(本堂で仁和寺から移築したもので江戸時代の建築である。)
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9.表参道
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10.史跡 高山寺標柱
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11.清滝川の白雲橋を渡る!


12.現在地(ここから西明寺に向かう!)
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2014/7/24

平成26年7月24日綾部天満宮夏の大祭が盛大に実施された!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」旧綾部町内に天神町がある。町名の通り其処には「綾部天満宮」がある。この神社の駒札には次の様に記載されている。「御祭神:菅原道真公・文道の祖神、学問書道の神、相殿の御祭神:賀茂大神・五穀豊穣天下豊平雷の神威のよって人類の罪悪を除し給い又方位除災等の加護を垂れ給い社会平等の確立平和福祉の増進を守護し給う家庭日常生活の守り神」内容は良くご理解頂けると思います。唯、多少付け加えますと「平安時代の菅原道真公は参議・菅原是善の三男で宇多天皇に重要され昇進、醍醐天皇の時代には従二位右大臣にまで昇進。左大臣(右大臣より上位)藤原時平から醍醐天皇に讒訴(ざんそ)され、九州の大宰府へ太宰権師「(だざいごんのそち)師(そち)が長官で、所謂、副官(次官)である。」として左遷され現地九州の大宰府にて亡くなって現在の有名な大宰府天満宮に葬られた。その左遷で京を離れる時に詠んだ「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花、主なしとして 春なわすれそ」は有名。道真公亡き後、醍醐天皇の子で東宮(とうぐう、皇太子(時平の甥)をはじめ次々と朝廷要人に多くの死傷者(清涼殿に落雷)が出たので、朝廷は罪を許し、落雷後には「贈正一位、左大臣に名誉回復。更に時平死亡後には「贈太政大臣(だじょうだいじん)」となる。更に後、京都の北野に北野天満宮として祀られた。かくして、「天神様」となったのであります。賀茂大神については長くなるので下記をクリックして「京都の上賀茂・下鴨社」を見て下さい。
 尚、午後5時50分には振れ太鼓が打たれ、お参りされた方には「大福引」抽選会が実施されます。多数の会社帰りの方や子供達が参加します。皆さんもどうそ!

1.午前9時30分の綾部八幡宮
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2.綾部天満宮駒札


3.午前10時8名の宮総代さんの一人の司会で神事が始まる!
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4.奈島宮司様の拝礼・献饌・お祓いの儀式
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5.参列者へのお祓い!
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6.奈島宮司様の祝詞奉上!
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7.奈島宮司様の玉串奉納後、山崎裕筆頭宮総代の玉串奉納
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8.山崎善也綾部市長の代理の方の玉串奉納
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9.高橋輝綾部市議会議員の玉串奉納
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10.安藤和明綾部市議会議員の玉串奉納、他に各町の自治会長の玉串奉納も多数ありました!
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11.山崎裕筆頭宮総代の参列者への御礼の挨拶です!
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12.この日の子供神輿行列は幼稚園児から小学3年生までですが、獅子舞の大役は6年生の男子2名です!
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13.子供神輿行列参加者へ丁寧に説明される奈島宮司様です!
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14.神輿に神霊を移される奈島宮司様です!
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15.神輿行列の出発を待ち構えている子供達です!
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16.午前10時50分子供神輿行列は奈島宮司様を先頭に各町区への巡幸開始です!帰着予定は12時35分です!
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17.同上
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18.同上
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19.同上
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20.同上
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