2014/5/1

畿内の文化財・史址を見る!9.賎ケ岳の戦いで戦死した中川清秀の菩提寺の梅林寺!  文化財研修記

 大阪府茨木市片桐町1には安養山(あんようざん)清秀院(せいしゅういん)梅林寺(ばいりんじ)と称され、浄土宗知恩院派のお寺で、阿弥陀如来(あみだにょらい)を本尊としています。
茨木城主であった中川清秀(なかがわきよひで)とも関係の深いお寺です。 梅林寺の創建は詳しくわかりませんが、平安時代の中頃(980〜1075)、源頼良(みなもとのよりよし)の祈願所として、現在の府立茨木高校の辺りに建てられ、安養寺(あんようじ)と号され真言宗でありました。大永元年(1521年)第1世眠誉上人(みんよしょうにん)が中興(ちゅうこう)し、浄土宗に改宗し、梅林寺を開山したといわれています。その後水害にあい、茨木神社の北側に移転しました。茨木城主中川清秀と親しかった第4世是頓上人(ぜとんしょうにん)は、天正11年(1583)清秀が戦死したという報を聞くと、自ら戦地(賤ヶ岳、しずがたけ)に赴いて遺骸と遺髪を持ち帰り供養しました。また豊臣秀吉が清秀に宛てた直筆の手紙が「秀吉書簡」と呼ばれ、大切に保存されています。

1.梅林寺山門
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2.見事な梅林寺の境内
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3、茨木市の見事な保存樹のクロマツ(昭和52年1月28日第50号指定)
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4手水舎
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5.本堂
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6.鐘楼
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7.明治44年大正天皇が皇太子の時、ここに宿泊され使用された部屋は「使わずの間」として残され、庭に記念碑が建てられた。
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8.文化13年(1816)の銘のあるしゃちほこ
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9.本堂裏の中川清秀と弟の淵之助のお墓
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