2014/1/19

平成26年綾部市文化協会の新年互礼会が1月19日(日)盛大に開催された!第1部  綾部の文化財

 平成26年1月19日(日)午前10時からの受付で京綾部ホテル2階大広間で吉田晟風副会長兼理事長の司会午前11時参加者全員で第一部「綾部市文化協会の歌」を斉唱して始まりました。 継いで「綾部市民憲章の斉唱」、田所卓綾部市文化協会長のあいさつ、表彰、ご来賓の金谷浩志京都府中丹広域振興局長の祝辞、上原直人綾部市副市長が代理の祝辞、四方源太郎京都府会議員の祝辞があり、各ご来賓の紹介をもありました。第二部では祝宴に入り「羽衣」安藤残雨作、吟は山内咏風、舞は泉旻風(当会副会長)で始まりました。その見事な吟と舞をも「音声付動画」で撮影しましたので見て下さい。

1.京綾部ホテルから見た2005年に国の登録有形文化財として登録された 橋長210m,径間長29m,幅員5.2mとした,ライズを抑えたポニー形式の鋼製7連曲弦ワーレントラス橋で,床版はRC造と今年3月に国の登録文化財の予定の大本の弥勒殿。
クリックすると元のサイズで表示します

2.午前10時30分の受付風景!木下和美綾部市文化協会副会長(当会々員)の姿も見えます!
クリックすると元のサイズで表示します

3.新年互礼会式次第
クリックすると元のサイズで表示します

4.綾部市文化協会功労賞贈呈者名簿
クリックすると元のサイズで表示します

5.ご来賓名簿
クリックすると元のサイズで表示します

6.祝宴演目等
クリックすると元のサイズで表示します

7.午前11時、吉田晟風副会長兼理事長(当会々員)の司会で始まる!
クリックすると元のサイズで表示します

8.下記をクリックして、「音声付動画」で参加者全員の「綾部市文化協会の歌」斉唱を見て下さい!
http://youtu.be/scppG1_cvak

9.田所卓綾部市文化協会長の挨拶
クリックすると元のサイズで表示します

10.25年表彰を受けられるの河崎温甫さん(嵯峨御流紫陽会)
クリックすると元のサイズで表示します

11.同上 由良澄子さん(三松会)
クリックすると元のサイズで表示します

12.ご来賓の金谷浩志中丹広域振興局長の祝辞
クリックすると元のサイズで表示します

13.上原直人綾部市副市長(市長代理)の祝辞
クリックすると元のサイズで表示します

14.四方源太郎京都府府会議員の祝辞
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/19

山陽の文化財・史址を見る!19.日本三名園の一つ岡山後楽園!  文化財研修記

 岡山後楽園は、今から約300年前に岡山藩2代藩主池田綱政(いけだつなまさ)が藩主のやすらぎの場として作らせた庭園です。 綱政の時代には、藩主の居間延養亭[えんようてい]や園内に点在する建物の座敷から眺望を楽しむという要素の強い庭でした。
 綱政の子継政(つぐまさ)は能舞台周辺の建物を大きく改築し、園内中央に唯心山を築き、そのふもとに水路を巡らせ、沢の池と廉池軒の池を結ぶひょうたん池を掘らせました。こうした改変で庭を巡り歩いても楽しい回遊性が備わってきました。継政の孫治政[はるまさ]は倹約のため、田畑の耕作に当たっていた人々をやめさせ、一時的に芝生の庭園となりますが、その後すぐに園内東の大半は田畑へと戻ります。現在の井田(せいでん)はその名残です。こうした時代ごとの藩主の好みや社会事情によって後楽園の景観は変化し、その積み重ねが歴史となっています。又、江戸時代の後楽園には、許しがあれば領民も入ることができました。能を好んだ綱政は自ら舞う姿を見せたり、継政以後の藩主たちは、参勤交代で岡山を留守にする間は日を決めて庭を見せています。また、藩主のお客をもてなす場としても使われました。
 明治4年(1871)、池田家では「御後園」を「後楽園」と改め、明治17年には名園保存を目的に岡山県に譲渡しました。当初は公園ではなく県庁付属地として公開されたため、日没閉門などの決まりを作って保存が図られました。
 昭和9年(1934)の水害、20年の戦災に遭いましたが、江戸時代の絵図などに基づいて復旧がはかられ、江戸時代の姿を大きく変えることなく今日に受け継がれています。
 大正11年に名勝に指定され、昭和27年には文化財保護法による特別名勝に指定されました。江戸時代のおもかげを伝える庭園として多くの方に愛され、金沢の兼六園、水戸の偕楽園とあわせて「日本三公園」と称され、今では日本三名園として親しまれています。

1.岡山城から旭川にかかる月見橋を渡り後楽園へ向う
クリックすると元のサイズで表示します

2.月見橋
クリックすると元のサイズで表示します

3.月見橋から見る岡山城
クリックすると元のサイズで表示します

4.後楽園の地図
クリックすると元のサイズで表示します

5.東口から入った後楽園
クリックすると元のサイズで表示します

6.下記をクリックして、「音声付動画」で後楽園を見て下さい。1.
http://youtu.be/VqPnUeN74-0

7.花交(かこう)の池
クリックすると元のサイズで表示します

8.同上
クリックすると元のサイズで表示します

9.同上 岡山城が見える
クリックすると元のサイズで表示します

10.下記をクリックして、「音声付動画」でこの名園を見て下さい。2.
http://youtu.be/5oUSqIS2ShQ

11.唯心山(ゆいしんやま)
クリックすると元のサイズで表示します

12.唯心山の休憩所
クリックすると元のサイズで表示します

13.唯心山から沢の池方面を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

14.下記をクリックして、「音声付動画」で沢の池や鶴鳴館などを見て下さい。3.
http://youtu.be/v2jzcmeL0gY

15.後楽園の紅葉!
クリックすると元のサイズで表示します

16.後楽園から岡山城を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/17

山陽の文化財・史址を見る!18.黒塗りの巨大な五重天守を持つ岡山城!  文化財研修記

岡山市北区丸の内の旭川の横には黒塗りの五重天守をもつ岡山城がある。その歴史は古く南北朝争乱期の正平年間(1346〜70)に、南朝の功臣・名和氏の一族上神太郎兵衛尉高直が岡山の地に城塞を構えたことが「備前軍記」に見えるが、これが岡山(石山)への城の存在が文献に登場する最初のものである。しかしその城主は150年間明らかではない。大永年間(15211〜28)になって金光備前が在城し、金川城(建部町)主松田氏に仕えていた記録が見える。この頃の石山城は、守りの堅い館程度のものであったと推定される。
 備前の子・与次郎宗高も父に続いて松田氏に仕えていたが、元亀元年(1570)その頃着々と勢力を伸ばしていた沼城主・宇喜多直家に滅ぼされる。石山城を手にした直家は、この地を自らの居城とすべく、重臣の戸川・馬場両氏に命じて城の大改修に着手、当時石山にあった岡山神社・今村宮・岡山寺・蓮昌寺などの社寺を城外に移転して城を大幅に拡張した。そして3年後の天正元年(1573)いよいよ石山の地に居を移し、備前の中原への進出を果たすのである。
 直家の跡を継いだ秀家はこのときわずか8歳であったが、羽柴(のち豊臣)秀吉の寵を受け、その庇護の下で成長、天下統一の合戦にも従軍し、57万石余を領する大大名となった。そうなると父の頃のままの石山城は大身の大名の居城としてはあまりにも手狭で、かつ構造も古く、57万石にふさわしい城と城下町を整備する必要に迫られた。そこで秀家は、秀吉の天下統一事業も一段落した天正18年(1590)、新規築城と城下町整備に着手する。
 築城計画は秀吉の指導のもとに進められた。石山城の本丸を二之丸内郭、二之丸を西之丸とし、新たに本丸を東の岡山に構築、本丸北端に天守閣を築いた。このため城は「岡山城」と、同時に整備された城下町も「岡山」と呼ばれるようになったのである。本丸・二之丸内郭・西之丸は総石垣造りで、西から南面に堀を穿ち、さらにその南には重臣の屋敷地たる二之丸(外郭)を設けた。形式的には、東端に本丸が配置された梯郭式平山城である。しかし、この郭の配置では、城の中心たる本丸の東側の防御が極めて手薄となるため、およそ2km北方を蛇行していた旭川の流れを城郭の北から東側に沿うように変更して天然の堀とし、防御力を強化している。城は8年の工期を経た慶長2年(1597)、天守の竣工をもって完成した。


1.岡山城(鳥城)の濠
クリックすると元のサイズで表示します

2.内(うち)下馬橋から城内へ
クリックすると元のサイズで表示します

3.内掘
クリックすると元のサイズで表示します

4.岡山城案内図
クリックすると元のサイズで表示します

5.城内の菊花展示場
クリックすると元のサイズで表示します

6.修復櫓
クリックすると元のサイズで表示します

7.鉄門(くろがね)門へ向う
クリックすると元のサイズで表示します

8.鉄門駒札
クリックすると元のサイズで表示します

9.鉄門を内側より見る
クリックすると元のサイズで表示します

10.城内表書院跡
クリックすると元のサイズで表示します

11.不明門跡碑
クリックすると元のサイズで表示します

12.不明門跡
クリックすると元のサイズで表示します

13.黒塗りの五重天守閣が見える!
クリックすると元のサイズで表示します

14.本段(長屋続(ながやつずき)蔵跡
クリックすると元のサイズで表示します

15.六十一雁木門(がんぎもん)
クリックすると元のサイズで表示します

16.黒塗りの五重の大天守閣
クリックすると元のサイズで表示します

17.天守閣内展示場の金の鯱
クリックすると元のサイズで表示します

18.同上 展示物
クリックすると元のサイズで表示します

19.同上
クリックすると元のサイズで表示します

20.天守から内堀を見る
クリックすると元のサイズで表示します

21.同上
クリックすると元のサイズで表示します

22.天守から旭川と後楽園を見る
クリックすると元のサイズで表示します

23.天守から月見橋と後楽園を見る
クリックすると元のサイズで表示します

24.小納戸櫓(こなんどやぐら)から降りる
クリックすると元のサイズで表示します

25.馬場口から出る
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/15

山陽の文化財・史址を見る!17.倉敷川河畔の「美観地区」を歩く!  文化財研修記

倉敷市の「美観地区景観条例」に基づき定められたもので、同市本町全域、中央1丁目北部(前神町など)、東町・阿知2丁目・鶴形2丁目の各一部が含まれる。広義の美観地区の面積は21.0ヘクタールで、うち伝統的建造物群保存地区(第一種美観地区)が15ヘクタール、伝統美観保存地区(第二種美観地区)が6.0ヘクタールとなっている[1]。伝統的建造物群保存地区(倉敷川周辺)は倉敷川畔伝統的建造物群保存地区(くらしきがわはん でんとうてきけんぞうぶつぐん ほぞんちく)の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。
 江戸時代初期の寛永19年(1642)、江戸幕府の天領に定められた際に倉敷代官所が当地区に設けられ、以来備中国南部の物資の集散地として発展した歴史を持つ。倉敷川の畔から鶴形山南側の街道一帯に白壁なまこ壁の屋敷や蔵が並び、天領時代の町並みをよく残している。1969年に倉敷市の条例に基づき美観地区に定められ、昭和54年に県内2件目の重要伝統的建造物群保存地区として選定された。
 また、昭和5年(1930)に建てられた日本最初の西洋美術館大原美術館や明治21年に代官所跡地に建てられた旧倉敷紡績工場の建物を改修・再利用した観光施設倉敷アイビースクエア等も当地区を代表する建築物である。

1.小生2回目の宿泊の倉敷アイビースクエアー(東北楽天イーグルス秋の合宿ホテル)
クリックすると元のサイズで表示します

2.同上 中庭
クリックすると元のサイズで表示します

3.同上をホテルから見る!
クリックすると元のサイズで表示します

4.同上 裏口
クリックすると元のサイズで表示します

5.天領代官所跡
クリックすると元のサイズで表示します

6.同上 碑
クリックすると元のサイズで表示します

7.街中
クリックすると元のサイズで表示します

8.星野仙一記念館が出来ている!
クリックすると元のサイズで表示します

9.同上  星野仙一監督の胸像もある!
クリックすると元のサイズで表示します

10.倉敷民芸館
クリックすると元のサイズで表示します

11.倉敷川の川船
クリックすると元のサイズで表示します

12.大原美術館
クリックすると元のサイズで表示します

13.倉敷川の中橋
クリックすると元のサイズで表示します

14.川船乗場
クリックすると元のサイズで表示します

15.川船で街を見物
クリックすると元のサイズで表示します

16.川畔の店々
クリックすると元のサイズで表示します

17.同上
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/13

山陽の文化財・史址を見る!16.倉敷市の総鎮守・阿智神社!  文化財研修記

 岡山県倉敷市本町12−1には倉敷の総鎮守で主祭神に多紀理毘売命、多岐都比売命、市杵嶋比売命を祀る県社の阿智神社(あちじんじゃ)がある。
 倉敷市中心部、倉敷美観地区の北にある鶴形山と呼ばれる小高い山の上に鎮座している。古代、「亀島」「鶴形島」などと呼ばれていた現在地に住み着いた阿知使主の一族が作った庭園が元となったといわれている。 かつて岡山平野は吉備の穴海と呼ばれる海域で、当時は窪屋郡阿智郷であった現在の倉敷市鶴形山周辺は交通の要衝であったといわれ、そのため海上交通の守護神である宗像三女神を祀ったと考えられている。
 境内には鶴亀様式とよばれる古代庭園がある。また「天津磐境」をはじめ磐座が多数有り、「斎館」と呼ばれる館の庭には陰陽磐座や水琴窟がある。他の建造物としては能舞台、芭蕉堂、絵馬殿等がある。 本殿北側にある「阿知の藤」は日本一の大きさと古さといわれ有名である。そのため倉敷市の市花に認定され、県の天然記念物にも指定されている。毎年5月5日には藤祭が開催されている。
 鎮座地南麓の倉敷本町・東町(現在の倉敷美観地区東部)は門前町として発展、さらに港町としても栄えており、江戸時代には倉敷代官所が置かれたため陣屋町としても賑わい、多くの商家が建ち並んだ。そのため多くの裕福な氏子が増え、倉敷総鎮守として倉敷市内でも有数の大社に発展した。現在も多くの氏子を抱え、倉敷美観地区とともにたくさんの観光客・参拝客が訪れる。

1.阿智神社の石の大鳥居
クリックすると元のサイズで表示します

2.急な石段参道を見下ろす!
クリックすると元のサイズで表示します

3.手水舎
クリックすると元のサイズで表示します

4.仁王門(珍しく「天襄無窮者の碑」天地とともに永遠に極まりなく続くさま。「天壌」は天と地。「無窮」は極まりないさま、永遠の意。が左側にある。)
クリックすると元のサイズで表示します

5.駒札
クリックすると元のサイズで表示します

6.拝殿を門より見る!
クリックすると元のサイズで表示します

7.拝殿に向って右側に続く能舞台
クリックすると元のサイズで表示します

8.見事な本殿を右側から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

9.左側から見る本殿と磐座(神が降臨する磐)
クリックすると元のサイズで表示します

10.拝殿を左側から見る!(非常に古式だ!)
クリックすると元のサイズで表示します

11.城山稲荷神社と鳥居
クリックすると元のサイズで表示します

12.護国神社
クリックすると元のサイズで表示します

13.戎・大黒と火霊神社
クリックすると元のサイズで表示します

14.古代陰陽石組と駒札
クリックすると元のサイズで表示します

15.岡山県指定天然記念物「阿智の藤」
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/12

平成26年綾部市消防出初式とパレードが1月12日に実施された!  あやべの街

  「平成26年綾部市消防出初式及びパレード等」が1月12日(日)午前9時30分から綾部市市民センターで盛大に実施され、午前10時30分には京都府北部唯一の大河由良川(ゆらがわ)に向けて儀式放水が実施されました。そこらら移動して西町アイタウンで京都府を代表して全国女性消防操作法大会に出場したメンバーが操作を見事に披露されました。引き続き、少年少女消防隊を先頭に綾部市消防本部・署、綾部分団、吉美分団、東八田分団など959名及び車両42台が参加して、分列行進・車両パレードがありました。主催者段上には山崎善也綾部市長、ご来賓では四方源太郎京都府会議員、高倉市議会議長なども段上に立たれていました。

1.儀式会場
クリックすると元のサイズで表示します

2.午前9時40分殉職者に対する黙祷
クリックすると元のサイズで表示します

3.山崎善也綾部市長の式辞
クリックすると元のサイズで表示します

4.多くのご来賓です!次の平成26年綾部市消防出初式実施概要を参照願います。
クリックすると元のサイズで表示します

5.平成26年綾部市消防出初式実施概要1.
クリックすると元のサイズで表示します

6.同上  2.
クリックすると元のサイズで表示します

7.京都府消防協会長表彰
クリックすると元のサイズで表示します

8.綾部市長表彰・両丹都市消防協議会長表彰 以下省略
クリックすると元のサイズで表示します

9.午前10時45分 儀式放水
クリックすると元のサイズで表示します

10.下記をクリックして、「音声付動画」で儀式放水を見て下さい!
http://youtu.be/V_byRMV8lWE

11.西町アイタウンへ移動
クリックすると元のサイズで表示します

12.綾部市の消防のマスコットキャラクター「けし太君と京都府代表で全国女性消防操作大会出場の隊長さん」です。
クリックすると元のサイズで表示します

13.同上 消防操作
クリックすると元のサイズで表示します

14.下記をクリックして、「音声付動画」で消防操作の一部を見て下さい!
http://youtu.be/qRY9V8SOIoI

15.同上
クリックすると元のサイズで表示します

16.同上
クリックすると元のサイズで表示します

17.綾部高等学校吹奏部の演奏に併せてパレードです!
クリックすると元のサイズで表示します

18.下記をクリックして、「音声付動画」で分列行進の一部を見て下さい。
http://youtu.be/sYQ1YedA0bM

19.大軍団の綾部分団に続いて「吉美分団」の分列行進です!車両行進はカットです。
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/11

第23回綾部百人一首かるた会が1月11日盛大に開催された!  綾部の文化財

恒例の全国カルタ会主催の第60期名人位第58期クイーン位決定戦が1月11日(土)午前9時参加者全員午前9時に近江神宮を参拝して、午前9時30分から始まっています。
 この綾部でも綾部独自の綾部に関係のある百人の一首の「第23回綾部百人一首かるた会」が午後1時に「三松会」5名によるオープニング琴演奏と二胡&タブラの演奏があり、午後1時30分には主催者の森貢綾部公民館長の挨拶、ご来賓の足立綾部教育長(市長の代読)、西村綾部観光会長、澤田前綾部公民館長をご来賓に迎え盛大に開催されました。会場は綾部大本本部の白梅殿です。詠み人は川北みつるさんと牧野美奈子さんでした。2回で決勝を争います。

1.大本駐車場
クリックすると元のサイズで表示します

2.会場の大本白梅殿
クリックすると元のサイズで表示します

3.午前12時30分受付風景
クリックすると元のサイズで表示します

4.参加費は300円で綾部百人一首の冊子と2014年花と緑のカレンダーが貰えます。又入賞者には賞品が別途でます。
クリックすると元のサイズで表示します

5.同上 カレンダー
クリックすると元のサイズで表示します

6.会場の展示物
クリックすると元のサイズで表示します

7.同上
クリックすると元のサイズで表示します

8.有名な吉井勇の「7月28日の綾部水無月(みなつき)祭」を詠ったもの。
クリックすると元のサイズで表示します

9.午後1時「三松会」のオープニングの琴演奏
クリックすると元のサイズで表示します

10.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!約40秒
http://youtu.be/rejOWPL8FS0

11.二胡とタブラのオープニング演奏は陳曼麗さんと松本晃祐さんです。
クリックすると元のサイズで表示します

12.下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!約40秒!
http://youtu.be/HZsB5ezr-gs

13.森貢綾部公民館長の挨拶
クリックすると元のサイズで表示します

14.山崎善也綾部市長の祝辞を代読される足立綾部教育長
クリックすると元のサイズで表示します

15.午後1時45分いよいよ綾部百人一首かるた会の開始です!
クリックすると元のサイズで表示します

16.同上
クリックすると元のサイズで表示します

17.下記をクリックして、「音声付動画」でカルタ取りの様子を見て下さい!約40秒
http://youtu.be/1NJ7vylouZw


綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/11

山陽の文化財・史址を見る!15.倉敷市の真言宗の古刹の観龍寺!  文化財研修記

 岡山県倉敷市西岡には真言宗御室派の寺院である別格本山宝寿山・観龍寺(かんりゅうじ)がある。寛和元年(985)尭勢津師により現在の倉敷市西岡に慈照院(西安寺)の塔頭として開創。当時は北斗山宝積院と称していた。
 室町時代に鶴形山の麓、現在の駐車場の場所に移転し、寛永元年(1624)現在の地に再移転し、同年に宝寿山観龍寺と改称された。江戸時代中期の11740年代2度にわたり伽藍が焼失、本堂は寛延2年(1749)に再建以降時代に整備し現在に至る。
 同じ鶴形山の妙見宮(現在の阿智神社)は室町時代末期に倉敷村の鎮守として現在の観龍寺の場所に祀られ、文禄3年(1594)に現在地に移転した。寛永元年(1624)に観龍寺が妙見宮別当となったが、明治2年(1869)神仏分離令により妙見宮は分離され阿智神社に改称している。
 慶応2年(1866)、江戸幕府崩壊前、天領だった倉敷は長州藩の配下にあった第二奇兵隊の脱走兵約100人が攻め入り、現在の倉敷アイビースクエアにあった倉敷代官所を襲撃したあと観龍寺に陣を張った。脱走兵は兵糧と軍資金を調達し翌朝には出て行ったが、左手鴨居門には槍の傷跡が現在も残っている。
 江戸時代に2度伽藍を焼失するも、その都度復興し、現在、本堂・大師堂・山門・客殿・庫裏・位牌堂・淡島堂・妙見堂などを有する。再建された本堂の屋根瓦は古い物で約250年前のものとされ、三つ巴やリンドウ、菊などの紋が刻まれている。鐘楼は昭和時代末に再建され、瓦は様々な紋様が使用された。この鐘楼からは倉敷美観地区が一望できる。

1.観龍寺参道
クリックすると元のサイズで表示します

2.同 標柱
クリックすると元のサイズで表示します

3.同 石段参道
クリックすると元のサイズで表示します

4.山門
クリックすると元のサイズで表示します

5.有名な観龍寺の梵鐘への碑文(大原孫一郎寄贈の三代目梵鐘!倉敷の朝6時はこ観龍寺の梵鐘の音と共に目覚める!)
クリックすると元のサイズで表示します

6.紅葉の境内
クリックすると元のサイズで表示します

7.鐘楼の屋根・本堂を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

8.有名な三代目の梵鐘
クリックすると元のサイズで表示します

9.本堂
クリックすると元のサイズで表示します

10.宝筐印塔
クリックすると元のサイズで表示します

11.巨大な宝筐印塔
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/9

恒例のあやべ初えびす大祭宵宮・7福神宝船巡航!  綾部の文化財

1月9日(木)京都府綾部市並松町の熊野新宮神社境内の「金持神社(鳥取県日野町)」と「繁昌神社(京都市下京区)」合祀の綾部恵比須神社の「あやべ初えびす大祭」の宵宮行事の一環の「七福神の宝船巡航」が午後1時30分からスタートして、市内各商店街を巡行!執行:綾部恵比須神社奉賛会(由良源太郎会長)と並松商工会(吉田博美会長),後援:綾部商工会議所。午後1時50分JR綾部駅南口、午後2時45分アスパ、花ノ木、午後3時20分西町2丁目、午後3時45分綾部稲荷社で午後4時帰着。宵宮は夜9時まで続く!
 1月10日(木)本恵比須祭典は午前9時からで10時に祭典、午後5時ころ迄賑わいます!
今年の7福神は綾部市文化協会の役員さんで恵比須(田所卓綾部市文化協会長、当会々員)、大黒天(木下和美副会長、当会々員)、寿老人(吉田晟風副会長兼理事長、当会々員)、弁才天(稲場孝子副理事長)、毘沙門天(管野佳松山副理事長)、布袋(大槻祐二理事)、福禄寿(四方恭山理事)の皆さんです。尚福娘は佐野仁美(22歳、高津町)、塩見佳奈(29歳、志賀郷町)、四方優奈(16歳、桜ヶ丘1丁目)、長岡可菜子(18歳、栗町)の4名です。

1.午前12時45分に並松町の熊野新宮神社境内の綾部恵比須神社参拝
クリックすると元のサイズで表示します

2.福引券や甘酒券をもらう
クリックすると元のサイズで表示します

3.威勢のいい石原奉賛会々員の呼び込み!
クリックすると元のサイズで表示します

4.午後1時福引所は行列です!
クリックすると元のサイズで表示します

5.甘酒を貰う!
クリックすると元のサイズで表示します

6.雨が降り大変寒いです!
クリックすると元のサイズで表示します

7.金持神社と繁昌神社前の7福神のうちの3神です!
クリックすると元のサイズで表示します

8.午後1時10分には7福神が勢揃いです!
クリックすると元のサイズで表示します

9.下記をクリックして、「音声付動画」でぐるりを見て下さい!
http://youtu.be/hI5GXrIOUv4

10.綾部恵比須神社前で7福神の記念撮影です!
クリックすると元のサイズで表示します

11.宝船のお祓いです!
クリックすると元のサイズで表示します

12.午後1時20分7福神が宝船で記念撮影、午後1時30分に巡航ですが、雨が厳しくなってきました。
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/9

綾部大本本部の弥勒殿と1月9日の『七草がゆ接待』  綾部の文化財

 京都府綾部市本宮町の大本梅松苑内にある「大本弥勒殿」(所有者=宗教法人大本)が、国の登録有形文化財になることが確実となった。国の文化審議会が11月15日、下村博文文部科学大臣に答申。正式に決まれば、市内の登録有形文化財は、平成17年7月の綾部大橋に続き2例目となる。 大本みろく殿は、鉄骨造の主構造を木造風に見せた桁行(けたゆき)50メートルを超す平屋建て(一部地階付き)の大建築物。建築面積は1895平方メートル。殿内は789畳敷の大空間。銅板葺きの屋根は昨年葺き替え工事が行われた。 出口すみ子2代教主の発意で昭和28年4月に完成。平成4年に長生殿が完成するまでは梅松苑の中心神殿として使用。
 1月9日(木)午前10時から長成殿で恒例の「七草がゆ接待」がご来賓の山崎善也綾部市長、四方源太郎京都府会議員、高倉武夫綾部市議会議長、四方八洲男前綾部市長・元NPO法人北近畿未来理事長、木下義信前議長(当会常任幹事)、八木道正金光教綾部協会長などのご来賓の接待で始まった。

1.弥勒殿を真正面に見る!
クリックすると元のサイズで表示します

2.弥勒殿を斜めから見る!
クリックすると元のサイズで表示します

3.弥勒殿内部
クリックすると元のサイズで表示します

4.同上
クリックすると元のサイズで表示します

5.左の額は出口直初代教主様、真中は出口王仁三郎聖師様、右は2代目出口すみ子教主様
クリックすると元のサイズで表示します

6.大本事件で打ち壊された建物の模型です!
クリックすると元のサイズで表示します

7.長生殿に向う!
クリックすると元のサイズで表示します

8.「七草がゆ接待」会場入口
クリックすると元のサイズで表示します

9.10時のご来賓の接待を待つご来賓達です。
クリックすると元のサイズで表示します

10.大本本部長のご挨拶
クリックすると元のサイズで表示します

11.ご来賓を代表して祝辞を述べられる山崎善也綾部市長
クリックすると元のサイズで表示します

12.七草がゆ接待が始まる!
クリックすると元のサイズで表示します

13.七草とは!
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ