2014/1/31

近江の文化財・史址を見る!3.甲賀市の素晴らしいミホミュージアム!  文化財研修記

MIHO MUSEUM(ミホミュージアム)は、滋賀県甲賀市信楽町田代にある滋賀県の登録博物館で運営は、公益財団法人秀明文化財団行っています。
 神慈秀明会の会主・小山美秀子のコレクションを展示するため、平成9年(1997)11月に開館されました。
 コレクションは、ギリシア、ローマ、エジプト、中近東、ガンダーラ、中国、日本など、幅広い地域と時代に渡る優品2,000点以上が含まれている。コレクション形成に数百億円をかけたともいわれ、日本にある私立美術館のコレクションとしては有数のものです。
 信楽町郊外の自然豊かな山中にある美術館は、「桃源郷」をイメージして造られている。レセプション棟から桜並木を通ってトンネルをくぐり、その先の吊り橋の向こうに展示館がある。利用者の移動の便のためと環境にあわせ、電気自動車がレセプション棟と展示館の間を往復しています。建物設計は、ルーヴル美術館の「ガラスのピラミッド」、ワシントンのナショナル・ギャラリー東館で有名な建築家、イオ・ミン・ペイである。建築容積の8割が地下に埋没しているというこの建物は、周囲の自然景観保全に配慮したものであります。
 設備設計は、東京国際フォーラム、横浜港大さん橋国際客船ターミナル、兵庫県立美術館など、多くの建築設備設計を行っている森村設計が担当している。美術品の価値や存在意義を維持するのに最適な環境を構築しています。
(主な収蔵品)
隼頭神(ホルス)像−エジプト、第19王朝、紀元前13世紀
アルシノエ2世像−エジプト、プトレマイオス朝、紀元前3世紀
鶏を銜える山猫形リュトン−イラン/中央アジア、紀元前2−1世紀
精霊と従者のレリーフ−アッシリア、紀元前9世紀
仏立像−ガンダーラ、2世紀
絹本著色閻魔天像(重要文化財)−平安時代(原三渓旧蔵)
木造地蔵菩薩立像(重要文化財)−鎌倉時代(1972年重文指定)
木造持国天立像(重要文化財)−鎌倉時代(興福寺伝来)
曜変天目茶碗(重要文化財)−南宋時代(前田家伝来)
紫檀螺鈿宝相華鳳凰文平胡籙(最後の漢字は竹冠に「録」)(重要文化財)、紫紙金字金光明最勝王経 巻第二(重要文化財)


1.ミホミュージアムのレセプション棟(中にレストランがあり昼食はここで楽しみました!)
クリックすると元のサイズで表示します

2.展示場は遠く上り坂で、トンネルを通っていきます!
クリックすると元のサイズで表示します

3.無料の電気自動車を待ちました!
クリックすると元のサイズで表示します

4.ミホミュージアムのパンフレット(一番の目的は国宝の土偶2つを見る為でしたが、エジプトのホルスなど現地でも見たことが無い素晴らしい文化財を見ることが出来ました。)
クリックすると元のサイズで表示します

5.電気自動車から展示場を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

6.通って来たトンネルと電気自動車を振り返って見る!歩く人々も結構多かった!
クリックすると元のサイズで表示します

7.ミホミュージアム正面
クリックすると元のサイズで表示します

8.モダンな正面入口
クリックすると元のサイズで表示します

9.展示場のロビーから甲賀の山々を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

10.ロビーのモダンな造形物
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/29

近江の文化財・史址を見る!2.国宝の本堂と日本最古で国宝の多宝塔を持つ石山寺2の2!  文化財研修記

滋賀県大津市石山寺1−1−1には 西国三十三所観音霊場第13番札所として、また近江八景「石山の秋月」としても名高い寺院で、全国でも類を見ない巨大な硅灰石(天然記念物)の上に建てられている。奈良時代、聖武天皇の勅願により良弁僧正が開基の東寺真言宗大本山です。
平安時代には、石山詣が盛んで観音堂に参籠し、一夜を過ごすことが流行りました。特に清少納言や和泉式部などが石山寺のことをその作品に描いており、女流文学の開花の舞台となりました。中でも源氏物語の作者として有名な紫式部は、この石山寺に参籠し、十五夜の名月を眺めたとき源氏物語の構想を思い起こしたとされています。今でも式部が参籠した源氏の間が残っています。後世かの有名な俳聖松尾芭蕉や島崎藤村もこの寺を訪れています。
境内には、国宝の本堂や多宝塔をはじめとする文化財や、咲き誇る桜・ツツジ・菖蒲など花のお寺としても有名で、見どころの尽きない寺です。

1.月見亭
クリックすると元のサイズで表示します

2.摂社 若宮社
クリックすると元のサイズで表示します

3.国宝で日本最古の多宝塔
クリックすると元のサイズで表示します

4.源頼朝と亀ヶ谷禅尼の供養塔
クリックすると元のサイズで表示します

5.同上 駒札
クリックすると元のサイズで表示します

6.経蔵
クリックすると元のサイズで表示します

7.芭蕉の句碑(曙やまたむらさきにほとゝきす)
クリックすると元のサイズで表示します

8.紫式部供養塔
クリックすると元のサイズで表示します

9.国重文の鐘楼(鎌倉時代)
クリックすると元のサイズで表示します

10.天然記念物の石山寺硅灰石と裏山には三十八社が見える!
クリックすると元のサイズで表示します

11.左、国重文の蓮如堂と国宝の本堂
クリックすると元のサイズで表示します

12.国重文の蓮如堂を正面から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

13.国重文の三十八社権現
クリックすると元のサイズで表示します

14.国宝本堂の横の紫式部源氏の間
クリックすると元のサイズで表示します

15.同上 アップ
クリックすると元のサイズで表示します

16.本堂前の大提灯
クリックすると元のサイズで表示します

17.本堂内を横から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

18.本堂内の一部
クリックすると元のサイズで表示します

19.国重文の毘沙門天堂(再建1773年)
クリックすると元のサイズで表示します

20.国重文の御影堂
クリックすると元のサイズで表示します

21.国重文の大黒堂の山門
クリックすると元のサイズで表示します

22.国重文の大黒堂
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/27

近江の文化財・史址を見る!1.国宝の本堂と日本最古で国宝の多宝塔を持つ石山寺!2の1.  文化財研修記

滋賀県大津市石山寺1−1−1には 西国三十三所観音霊場第13番札所として、また近江八景「石山の秋月」としても名高い寺院で、全国でも類を見ない巨大な硅灰石(天然記念物)の上に建てられている。奈良時代、聖武天皇の勅願により良弁僧正が開基の東寺真言宗大本山です。
平安時代には、石山詣が盛んで観音堂に参籠し、一夜を過ごすことが流行りました。特に清少納言や和泉式部などが石山寺のことをその作品に描いており、女流文学の開花の舞台となりました。中でも源氏物語の作者として有名な紫式部は、この石山寺に参籠し、十五夜の名月を眺めたとき源氏物語の構想を思い起こしたとされています。今でも式部が参籠した源氏の間が残っています。後世かの有名な俳聖松尾芭蕉や島崎藤村もこの寺を訪れています。
境内には、国宝の本堂や多宝塔をはじめとする文化財や、咲き誇る桜・ツツジ・菖蒲など花のお寺としても有名で、見どころの尽きない寺です。

1.東大門(国重文で建久元年(1290)創建)午前8時の開門前
クリックすると元のサイズで表示します

2.阿形の仁王像
クリックすると元のサイズで表示します

3.吽形の仁王像
クリックすると元のサイズで表示します

4.東大門に向って左側へ歩くと史跡「石山貝塚」があります。
クリックすると元のサイズで表示します

5.午前8時の東大門が開門です!
クリックすると元のサイズで表示します

6.見事な紅葉の参道
クリックすると元のサイズで表示します

7.山内図
クリックすると元のサイズで表示します

8.くぐり岩
クリックすると元のサイズで表示します

9.手水舎
クリックすると元のサイズで表示します

10.国宝の本堂を見上げる!
クリックすると元のサイズで表示します

11.33ヶ所フダラク山を登り、八大龍王社を参拝
クリックすると元のサイズで表示します

12.同上 駒札
クリックすると元のサイズで表示します

13.龍穴の池
クリックすると元のサイズで表示します

14.八大龍王社
クリックすると元のサイズで表示します

15.源氏苑
クリックすると元のサイズで表示します

16.光堂
クリックすると元のサイズで表示します

17.紫式部像
クリックすると元のサイズで表示します

18.石山寺から瀬田川を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/25

山陽の文化財・史址を見る!22.(最終回)備前一之宮・吉備津彦神社!  文化財研修記

 吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)は、岡山県岡山市北区一宮にある備前国一宮で直ぐ近くには備中一宮吉備津神社があります。近年、「朝日の宮」(あさひのみや)の別称もありまする。岡山市西部、備前国と備中国の境に立つ吉備の中山(標高175メートル)の北東麓に東面して鎮座する。吉備の中山は古来より神体山として信仰されており、北西麓には備中国一宮・吉備津神社が鎮座する。当社と吉備津神社とも、当地を治めたとされる大吉備津彦命を主祭神に祀り、命の関係一族を配祀しています。大化改新を経て吉備国が備前・備中・備後に分割されたのち、備前国一宮として崇敬された。中世以後は、宇喜多氏、小早川秀秋、池田氏など歴代領主の崇敬を受けました。祭神は以下の12柱です。主祭神大吉備津彦命 (おおきびつひこのみこと)
第7代孝霊天皇の皇子。大吉備津日子命とも記し、別名を比古伊佐勢理比古命とも。崇神天皇10年、四道将軍の一人として山陽道に派遣され、若日子建吉備津彦命と協力して吉備を平定した。その子孫が吉備の国造となり、古代豪族・吉備臣へと発展したとされる。相殿神吉備津彦命 (若日子建吉備津彦命、稚武彦命)、 大吉備津彦命の弟または子]。なお、一般には「吉備津彦命」といえば主祭神の大吉備津彦命の方を指す。孝霊天皇 第7代。、大吉備津彦命の父 第8代。大吉備津彦命の兄弟、開化天皇 第9代。孝元天皇の子崇神天皇 は 第10代。開化天皇の子彦刺肩別命 (ひこさしかたわけのみこと)、 大吉備津彦命の兄、天足彦国押人命 (あまたらしひこくにおしひとのみこと)、 第5代孝昭天皇の子大倭迹々日百襲比売命 (おおやまとととひももそひめのみこと) - 大吉備津彦命の姉大倭迹々日稚屋比売命 (おおやまとととひわかやひめのみこと) 、 大吉備津彦命の妹、金山彦大神、大山咋大神。
 社伝では推古天皇の時代に創建されたとするが、初見の記事は平安後期である。神体山と仰がれる吉備の中山の裾の、大吉備津彦命の住居跡に社殿が創建されたのが起源と考えられている。
 延喜5年(905年)から延長5年(927)にかけて編纂された『延喜式神名帳』には、備前国の名神大社として安仁神社が記載されているが当社の記載はない。しかしながら、一宮制が確立し名神大社制が消えると、備前国一宮は吉備津彦神社となったとされている。これは天慶2年(939)における天慶の乱(藤原純友の乱)の際、安仁神社が純友に味方したことに起因する。一方で吉備津彦神社の本宮にあたる吉備津神社が、朝廷による藤原純友の乱平定の祈願の御神意著しかったとして940に一品の神階を授かった。それに伴い安仁神社は一宮としての地位を失い、備前の吉備津彦神社にその地位を譲る事となったとされる。
 戦国時代には、日蓮宗を信奉する金川城主・松田元成による焼き討ちに遭い社殿を焼失した。松田氏滅亡後、宇喜多直家が崇敬し、高松城水攻めの際には羽柴秀吉も武運を祈願したと伝えられている。
 江戸時代になると姫路藩主で岡山城主の池田利隆が本社を造営した。利隆は光政の誕生を期に子安神社を造築した。その後、岡山藩主池田忠雄により本社・拝殿が造営された。池田綱政が社領300石を寄進したほか本殿を造営し、本殿・渡殿・釣殿・祭文殿・拝殿と連なった社殿が完成した(元禄10年(1697)に完成)。
 昭和5年(1930)12月、失火により本殿と随神門以外の社殿・回廊を焼失した。現在見られる社殿は昭和11年(1936)に完成したものである。
本殿(県指定文化財)、 拝殿、社殿は、夏至の日に正面鳥居から日が差し込んで祭文殿の鏡に当たる造りになっている。当社の「朝日の宮」の別称はこれに因んでいる。
主要社殿 本殿 、 元禄10年(1697)の岡山藩主・池田綱政による再建時のもの。桁行三間、梁間二間の流造で檜皮葺で岡山県指定文化財です。

1.吉備津彦神社境内図
クリックすると元のサイズで表示します

2.石の大鳥居を内側から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

3.随神門が見える!
クリックすると元のサイズで表示します

4.亀島と五色島環状列石
クリックすると元のサイズで表示します

5.亀島にある亀島神社
クリックすると元のサイズで表示します

6.亀島にある歌碑
クリックすると元のサイズで表示します

7.随神門と左側に安政の大灯籠が見える
クリックすると元のサイズで表示します

8.安政の大石灯籠と駒札
クリックすると元のサイズで表示します

9.見事な随神門
クリックすると元のサイズで表示します

10.見事な銅板屋根の手水舎
クリックすると元のサイズで表示します

11.拝殿を正面から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

12.拝殿の内側を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

13.拝殿横の巨大な平安杉
クリックすると元のサイズで表示します

14.拝殿前から随神門方面を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

15.拝殿横と渡殿を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

16.渡殿から本殿を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

17.本殿を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

18.拝殿、渡殿、本殿を見る!
クリックすると元のサイズで表示します

19.摂社 子安神社
クリックすると元のサイズで表示します

20.さざれ石の駒札
クリックすると元のサイズで表示します

21.さざれ石
クリックすると元のサイズで表示します

22.桃太郎石像
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/24

山形蔵王温泉スキーツア、復興なった仙台空港で買物そして帰宅  文化財研修記

3泊4日のスキーツア最終日は午前中のスキーを楽しんだ後、帰宅準備にかかり
仙台空港19時発の帰宅便搭乗時間まで蔵王温泉街の散策や空港での土産の買物で過ごした。

クリックすると元のサイズで表示します
ほぼ満席の予約ANN送迎バスで暗くなった夜の空港に到着

クリックすると元のサイズで表示します
伊達政宗公の馬乗姿の出迎え
復興へ頑張ろう宮城
笑顔咲くたび伊達な旅

クリックすると元のサイズで表示します
宮城県産 カローラ・ハイブリッド
アクシオ フィールダー 誕生

クリックすると元のサイズで表示します
仙台空港復旧の写真パネル

クリックすると元のサイズで表示します
空港ビル2階に上がると物産店が賑わっていた
牛たんが名物

クリックすると元のサイズで表示します
物産店が賑わっている

クリックすると元のサイズで表示します
物産店が賑わっていた
試食して購入

クリックすると元のサイズで表示します
牛タンカレー、ステッキを購入

クリックすると元のサイズで表示します
宿のお茶うけに出ていたお菓子 ずんだ豆煎餅を購入
枝豆をゆでて薄皮をはいで潰し、砂糖を混ぜて、出来たものを「ずんだ」と呼びます。・・・

クリックすると元のサイズで表示します
ロールカステラも名物らしい

クリックすると元のサイズで表示します
同行メンバーも買物をされている

クリックすると元のサイズで表示します
お土産店が並ぶ

クリックすると元のサイズで表示します
出発ゲートに大勢の修学旅行の生徒が座っている。時間が来て先に搭乗後に一般乗客も登場

クリックすると元のサイズで表示します
あの東北大震災後の津波襲来で映し出されていた
惨憺たる空港駐機場が記憶に蘇える

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/24

山形蔵王温泉スキー場周辺で見かけた文化財など2  文化財研修記

山形蔵王温泉スキーを終え宿泊宿の送迎車で蔵王温泉駅に到着、仙台空港行きのバスを待つ時間があり、同行のAさんの案内で蔵王温泉高湯通りを散策した。
由緒のある蔵王温泉の史跡を見られた。

またブログ末尾に話題のソチ・オリンピック・ジャンプ競技と同構造の蔵王ジャンプ台を見たので掲載する
ワールドカップ(W杯)ジャンプは19日、山形市蔵王ジャンプ台(HS100メートル)で女子個人第9戦があり、17歳の高梨沙羅(クラレ)が今季8勝目を挙げたとのニュース

クリックすると元のサイズで表示します
山形蔵王温泉バスターミナル

クリックすると元のサイズで表示します
蔵王温泉駅

クリックすると元のサイズで表示します
時刻表

クリックすると元のサイズで表示します
山形蔵王温泉街のFISスキージャンプ ワールドカップ レディーズ蔵王大会歓迎の横断幕

クリックすると元のサイズで表示します
ほのぼの湯ったり 高湯通り

クリックすると元のサイズで表示します
蔵王温泉名物の湯の花が売られている

クリックすると元のサイズで表示します
蔵王土産店 よねや

クリックすると元のサイズで表示します
裏手の川から立ち上る温泉水の湯気と匂い

クリックすると元のサイズで表示します
南無阿弥陀仏碑 旧高湯村入り口に立っていた

クリックすると元のサイズで表示します
南無阿弥陀仏碑と歴史 案内

クリックすると元のサイズで表示します
どんどんびき(見返り滝)案内

クリックすると元のサイズで表示します
旅館など立ち並ぶ緩い坂道を散策

クリックすると元のサイズで表示します
下湯共同浴場

クリックすると元のサイズで表示します
湯気のあがる黄みるく色の温泉水を溜めた浴槽?

クリックすると元のサイズで表示します
蔵王温泉の由来記

クリックすると元のサイズで表示します
正面に掲げられた、蔵王温泉開湯1900年の幟

クリックすると元のサイズで表示します
緩い坂道を散策 Aさん

クリックすると元のサイズで表示します
山形の地酒屋さん

クリックすると元のサイズで表示します
お餅屋さん

クリックすると元のサイズで表示します
蔵王高湯系伝統こけし 工房栄次郎

クリックすると元のサイズで表示します
雪を被った黒い灯篭 霊泉碑案内

クリックすると元のサイズで表示します
斉藤茂吉「霊泉碑」案内
茂吉が愛した蔵王
近代日本を代表するアララギ派の歌人齋藤茂吉は、蔵王山麓上山市金瓶に明治15年5月14日生まれました。
歌人齋藤茂吉 「たましいを育みますと 聳えたつ 蔵王のやまの朝雪げむり」
歌集「小園」 昭和19年詠
真壁仁はその著書「人間茂吉」のなかで、「茂吉にとって蔵王は自然諷詠の対象を通りこして、魂をはぐくむ精神的な至高の実存であった…」と記しています。生まれ育った金瓶(母いくの死を悼み、その病床に添い寝しながら詠み続けられた絶唱 死にたもう母 この連作の結びが、蔵王の温泉につかり哀しみと疲れを茂吉自身癒そうとしたことはあまり知られていません。かなかめ)の集落から見上げる蔵王の秀麗な姿が、この偉大な歌人の面影に重なります。

クリックすると元のサイズで表示します
雪を被った黒い灯篭 白い板塀

クリックすると元のサイズで表示します
上湯共同浴場

クリックすると元のサイズで表示します
温泉街のあちこちに歓迎ポスターが貼られている

ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプは19日、山形市蔵王ジャンプ台(HS100メートル)で
女子個人第9戦があり、17歳の高梨沙羅(クラレ)が今季8勝目を挙げたとのニュース

クリックすると元のサイズで表示します
スキー場ゲレンデ入り口のFISスキージャンプ ワールドカップ レディーズ蔵王大会歓迎の横断幕

クリックすると元のサイズで表示します
大会テントが建てられ警備の人が立っている

クリックすると元のサイズで表示します
ジャンプ台に明かりが点りジャンプ点付近に人が集まっている
以下ニュース解説を引用
助走路がソチ五輪会場と同様の形状に改修された山形市の蔵王ジャンプ台で18日、スキー・ジャンプの女子ワールドカップ(W杯)が始まった。飛び出す感覚をいかにつかむか。五輪を占う戦いにもなりそうだ。
 従来の助走路は、スタート位置からしばらく直線の斜面を滑った後、曲率が一定のカーブに突入し、選手は体に重力を感じてから踏み切っていた。
 これに対し、新しいタイプは国際スキー連盟(FIS)の新規格に基づく「クロソイド曲線」を導入。スタート直後から緩やかに変わっていくカーブに入るため、助走中に体に受ける重力を感じにくい。日本で初、海外でもまだ少ないタイプで、重力の反動を使わないため、「技術の差が出やすい」とも言われる。

クリックすると元のサイズで表示します
やまがた樹氷国体のポスターも各所に貼られていた

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/23

山陽の文化財・史址を見る!21.備中一之宮で国宝の拝殿・本殿を持つ吉備津神社!  文化財研修記

 吉備津神社(きびつじんじゃ)は、岡山県岡山市北区にある神社で式内社(名神大社)、備中国一宮です。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社です。「吉備津彦神社(きびつひこ)」とも称したが、現在は「吉備津神社」が正式名です。岡山市西部、備前国と備中国の境の吉備の中山(標高175メートル)の北西麓に北面して鎮座する。吉備の中山は古来より神体山とされ、北東麓には備前国一宮・吉備津彦神社が鎮座する。当社と吉備津彦神社とも、主祭神に、当地を治めたとされる大吉備津彦命を祀り、命の一族を配祀している。
 本来は吉備国の総鎮守であったが、吉備国の三国への分割により備中国の一宮とされ、分霊が備前国・備後国の一宮(備前:吉備津彦神社、備後:吉備津神社)となったとされる。
 足利義満造営とされる比翼入母屋造の本殿は、独特の「吉備津造」で、拝殿とともに国宝指定。また社殿3棟が国重要文化財指定のほか、特殊神事の鳴釜神事が有名です。
 当地出身の政治家犬養毅は、犬養家の遠祖・犬飼健命が大吉備津彦命の随神として当社を崇敬した。神池の畔に犬養毅の銅像が建ち、吉備津神社の社号標も犬養毅の揮毫である。
 主祭神大吉備津彦(おおきびつひこ)命第7代孝霊天皇の第3皇子で、元の名を彦五十狭芹彦(ひこいせさりひこ)命(または五十狭芹彦命)。崇神天皇10年、四道将軍の一人として山陽道に派遣され、弟の若日子建吉備津彦命と吉備を平定した。その子孫が吉備の国造となり、古代豪族・吉備臣になったとされる。相殿神御友別(みともわけ)命 、 大吉備津彦命の子孫仲彦(なかつひこ)命 、 大吉備津彦命の子孫、千々速比売(ちちはやひめ)命 、 大吉備津彦命の姉、倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)命 、 大吉備津彦命の姉、日子刺肩別(ひこさすかたわけ)命、 大吉備津彦命の兄、倭迹迹日稚屋媛(やまとととひわかやひめ)命 、 大吉備津彦命の妹、彦寤間(ひこさめま)命 、 大吉備津彦命の弟、若日子建吉備津日子(わかひこたけきびつひこ)命 、 大吉備津彦命の弟。
 社伝によれば、祭神の大吉備津彦命は吉備中山の麓の茅葺宮に住み、281歳で亡くなって山頂に葬られた。5代目の子孫の加夜臣奈留美命が茅葺宮に社殿を造営し、命を祀ったのが創建とする説もある。また、吉備国に行幸した仁徳天皇が、大吉備津彦命の業績を称えて5つの社殿と72の末社を創建したという説もあります。
 明徳元年(1390)、後光厳天皇の命で室町幕府3代将軍・足利義満が応永12年(1405)再建し、応永32年(1425)に遷座した。比翼入母屋造の本殿の手前に切妻造、平入りの拝殿が接続し、合わせて1棟として国宝に指定された。比翼入母屋造とは、入母屋造の屋根を前後に2つ並べた屋根形式で、「吉備津造」ともいう。
 本殿の大きさは、出雲大社本殿、八坂神社本殿に匹敵するもので、随所に仏教建築の影響がみられる。地面より一段高く、漆喰塗の土壇(亀腹)の上に建ち、平面は桁行正面五間、背面七間、梁間八間で、屋根は檜皮葺とする。内部は中央に閉鎖的な内々陣とその手前の内陣があり、その周囲を一段低い中陣とし、中陣の手前はさらに一段低い朱の壇(あけのだん)とし、これらの周囲にさらに低い外陣が一周する。このように、外側から内側へ向けて徐々に床高を高くする特異な構造である。壁面上半には神社には珍しい連子窓をめぐらす。挿肘木、皿斗、虹梁の形状など、神社本殿に大仏様(だいぶつよう)を応用した唯一の例とされる。
 拝殿は本殿と同時に造営され、桁行(側面)三間、梁間(正面)一間妻入りで、正面は切妻造、背面は本殿に接続。正面と側面には裳階(もこし)を設ける。屋根は本殿と同じく檜皮葺だが、裳階は本瓦葺きです。

1.吉備津神社駒札と境内案内図
クリックすると元のサイズで表示します

2.矢置石とその由来
クリックすると元のサイズで表示します

3.急な石段参道を上る
クリックすると元のサイズで表示します

4.同上
クリックすると元のサイズで表示します

5.国重文の北随身門
クリックすると元のサイズで表示します

6.国宝の拝殿正面の扁額
クリックすると元のサイズで表示します

7.国宝の拝殿参拝
クリックすると元のサイズで表示します

8.同上
クリックすると元のサイズで表示します

9.県指定文化財の回廊
クリックすると元のサイズで表示します

10.同上 回廊を振り返って見る!
クリックすると元のサイズで表示します

11.摂社吉備津えびす社
クリックすると元のサイズで表示します

12.回廊から境内を見る
クリックすると元のサイズで表示します

13.国宝の本殿を裏から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

14.吉備津造の国宝の本殿を横から見る!
クリックすると元のサイズで表示します

15.国宝の本殿と拝殿!
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/21

山陽の文化財・史址を見る!20.岡山藩の池田家の文化財が見れる林原美術館!  文化財研修記

 林原美術館(Hayashibara Museum of Art)は岡山市北区丸の内2-7-15にありの岡山城址にある岡山県の登録博物館。運営は、一般財団法人林原美術館です。
 実業家・林原一郎(1908 - 1961)の逝去に際し、刀剣を中心にした古美術コレクションをもとに1961年に財団法人を設立、1964年に岡山美術館として開館した。その後岡山県立美術館設立に伴い、同館開館に先立ち1986年に林原美術館に改称した。
 林原コレクションの他に岡山藩主・池田家の伝来品も収蔵している。池田家伝来品には能装束・狂言装束など能・狂言に関係する優品が多いことで知られる。国宝の「太刀 銘吉房」や「洛中洛外図」(池田本)などが代表的な収蔵品である。
 なお、当館収蔵の「平家物語絵巻」(越前松平家伝来)は、国内に現存を確認されている唯一の完本であり、富士通ソーシアルサイエンスラボラトリによってCD-ROM化されている。
所蔵文化財は国宝
太刀 銘吉房太刀 銘備前国長船住左近将監長光造
(*)短刀 無銘正宗(名物九鬼正宗)
重要文化財
絹本著色清明上河図 明時代、趙浙筆,本金地著色洛中洛外図,束 縫箔水禽文,能装束 縫箔菊橘文
能装束 白地草花文肩裾縫箔,能装束 紅白締切菊桐文段替唐織,紅地菊枝桐亀甲文唐織小袖
能装束 紅地山桜円文蔓草模様縫箔 ,能装束 摺箔紅白段桜花文,(*)綾杉地獅子牡丹蒔絵婚礼調度19種、紺糸威胴丸 兜・大袖付、太刀 銘正恒、小太刀 銘正恒、太刀 銘備州住高光作、太刀 銘一刀 無銘一文字、太刀 銘光忠、太刀 銘備前国長船住左近将監長光造 正応二年十月日太刀 銘近包、(*)太刀 銘末守、(*)太刀 銘正恒(青江)、(*)太刀 銘吉家、(*)太刀 銘吉包、(*)太刀 銘助真、(*)太刀 菊御作、アジア航海図(羊皮紙着色) 
 林原美術館の場所にはかつて岡山城二の丸屋敷の対面所が存在していた。対面所の建物は明治維新後には取り壊されたが、その跡に岡山藩の支藩・生坂藩(岡山新田藩)の武家屋敷の長屋門などの建物が移築され、旧藩主池田家の事務所として利用されていた。しかし、和20年6月29日の岡山空襲により長屋門と土蔵を残して焼失。美術館建設に際し、焼け残った長屋門は美術館入口として、土蔵は展示室として保存・活用された。

1.林原美術館前
クリックすると元のサイズで表示します

2.林原美術館
クリックすると元のサイズで表示します

3.同上 館内
クリックすると元のサイズで表示します

4.同上 館内
クリックすると元のサイズで表示します

5.同上 館内
クリックすると元のサイズで表示します

6.休憩室でリラックスの浜ちゃんです!
クリックすると元のサイズで表示します

7.この美術館から見える岡山城!
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/19

山形蔵王温泉スキー場周辺で見かけた文化財など1  文化財研修記

綾部健康ブラザの運動仲間に誘われ蔵王温泉スキー場3泊4日で初めての蔵王スキー行を楽しんできた。
スキー場で見かけた文化財や蔵王温泉街、仙台空港などを順次ご紹介する。

スキーの方はこちらをご覧ください。 http://nbcayabe.blog34.fc2.com/

蔵王三大神
かつて深い山岳信仰を集めた蔵王。 今も蔵王の山々には、災難よけ、諸願成就の『蔵王地蔵尊』、家内安全・商売繁盛の『蔵王大黒天』、不老長寿・水の神の『蔵王大権現』の三神が祀られています。

蔵王地蔵尊は、安永4年(1775年)、蔵王ロープウェイ地蔵山頂駅東約100メートルに、 諸願成就・災難よけとして宝沢の庄屋によって、37年もの長い歳月をかけ建立されました。

蔵王大黒天は、昭和55年(1980年)、蔵王中央ロープウェイ鳥兜駅・鳥兜山頂展望台に、 蔵王温泉の商売繁盛と観光客の旅の安全を願い建立されました。

蔵王大権現は、平成14年(2002年)、蔵王スカイケーブル中央高原駅前に、 山形市下宝沢(蔵王口)に鎮座する蔵王大権現の礼拝所として建立されました。

トニー・ザイラー顕彰碑
冬季オリンピック・アルペン競技で3冠王となり、その後俳優としても活躍した、オーストリア出身「トニー・ザイラー」の顕彰碑が、蔵王温泉スキー場・パラダイスゲレンデ内に建立されました。

クリックすると元のサイズで表示します
スキー1日目の濃霧の中の蔵王権現堂

クリックすると元のサイズで表示します
スキー2日目の曇天の蔵王権現堂

クリックすると元のサイズで表示します
スキー3日目の晴天の蔵王権現堂

クリックすると元のサイズで表示します
蔵王と蔵王権現の案内

クリックすると元のサイズで表示します
蔵王権現像

クリックすると元のサイズで表示します
スキー1日目 濃霧の中の蔵王地蔵尊の案内 ここから300m

クリックすると元のサイズで表示します
視界が悪く吹雪が強いので、ずるをして遠望するが駄目だった

クリックすると元のサイズで表示します
蔵王スカイケーブルの一帯と蔵王中央ロープウェイの一帯を連絡する「かもしか大橋」に立つ蔵王露天風呂

クリックすると元のサイズで表示します
蔵王露天風呂 往復でこの橋の連絡路を通ったが平地なので、スキー歩行で腕が痛い

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 

2014/1/19

平成26年綾部市文化教会新年互礼会!第二部。  綾部の文化財

 平成26年1月19日(日)午前10時からの受付で京綾部ホテル2階大広間で吉田晟風副会長兼理事長の司会午前11時参加者全員で第一部「綾部市文化協会の歌」を斉唱して始まりました。 継いで「綾部市民憲章の斉唱」、田所卓綾部市文化協会長のあいさつ、表彰、ご来賓の金谷浩志京都府中丹広域振興局長の祝辞、上原直人綾部市副市長が代理の祝辞、四方源太郎京都府会議員の祝辞があり、各ご来賓の紹介をもありました。第二部では祝宴に入り「羽衣」安藤残雨作、吟は山内咏風、舞は泉旻風(当会副会長)で始まりました。その見事な吟と舞をも「音声付動画」で撮影しましたので見て下さい。

1.第二部祝宴 「羽衣」安藤残雨作、吟 山内 咏風氏、舞は泉 旻風氏(当会副会長)
クリックすると元のサイズで表示します

2.下記をクリックして、「音声付動画」で素晴らしい「羽衣」を見て下さい!
http://youtu.be/35aFoXPBuws


3.菊宣会の安藤妙子さんと内藤昌子さんの見事な「一剣」の舞でした!
クリックすると元のサイズで表示します

4.民謡友の会の柳田美栄子さんの楽しい「三階節」でした!
クリックすると元のサイズで表示します

5.下記をクリックして、花柳有喜玉会の花柳妃華嶺さんの「千代の礼し」の見事な踊りを「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/F8jy7FygnrE

6.欠席予定の山崎善也綾部市長が登場です!今日は「選挙告示日」です!
クリックすると元のサイズで表示します
山崎善也綾部市長が熱弁を奮って「住んで良かった綾部」実現に努力する!など

7.四方源太郎京都府々議会議員の気持ちの良い挨拶周りです!
クリックすると元のサイズで表示します

8.楽扇会の山崎光枝さんの見事な「さのさ船」の踊りでした。
クリックすると元のサイズで表示します

9.華の会の山本ヤス子、内藤晴美、四方貞枝、四方幸枝、山口洋子さん達5名の見事な「この道」の踊りでした。
クリックすると元のサイズで表示します

10.カラオケ大会に入り、吃驚しました。綾部歌唱連盟の上原千代幸さんの「長良川節」で尾上菊有姫さんの踊りでした。動画の準備が出来てなく残念でした。
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ