2013/11/6

紀州の文化財・史址を見る!39.有田郡内唯一の古社・延喜式内社・須佐神社!  文化財研修記

 須佐神社(すさじんじゃ)は、和歌山県有田市に鎮座する神社で『延喜式神名帳』では名神大社に列した。素盞嗚尊(すさのおのみこと)を祀る神社で神名は『新抄格勅符抄』の大同元年(806)の牒に「須佐命神」とあるのが初見で、貞観元年(859)には「須佐神」として神階が授けられている。古くから漁業の神や船材としての樹木を供給する樹木神として漁猟や航海に携わる紀伊の海人から崇敬を受けたと推測され又、その後も漁民の神として祀られて来たが、その他にも近世には剣難除けの神として信仰され、社伝によれば和銅6年(713)10月初亥日に紀ノ川上流の大和国吉野郡西川峰、勧請されたという和銅の年月日は和歌山市鎮座の伊太祁曽神社が現鎮座地(和歌山市伊太祈曽)へ遷座したと伝える年月日と同じである。一方で『日本書紀』に、上記伊太祁曽神社の主祭神でスサノヲ尊の子神とされる五十猛神を「紀伊国の大神」と記したり、五十猛命とその妹神の大屋津姫命、津姫命の3柱の子神(この3柱を伊太祁曽神社に因んで伊太祁曽三神と称す)をスサノヲ尊が紀伊国へ遣わして鎮座させたと記すなど、紀伊国の樹木神としてかなり古くから崇敬されていた神々を子神とするので、親神である当神社の創祀も同様に和銅を遙かに遡る時代であったと見られ、上述『古事記』の記載から少なくとも紀伊地方に古くからの信仰があったことが伺えるが、古墳時代中、後期の対韓外交において紀伊国の豪族である紀氏(後の紀伊国造家)が重要な役割を果たしていたとされており、鎮座地である中雄山の北端には岡崎古墳群があり、これは出土遺物から古墳時代末期にかけて営まれたと見られるが、これも当神社と関係するものと見られている。これらの場合社伝に見える勧請年月日が伊太祁曽神社の遷座年月日と同じであるのは「蓋し故あることならん」と指摘されるように、同神社との深い親縁性を示すものでしかなく、実際『新抄格勅符抄』に見える神封10戸は伊太祁曽神社の神戸に接して設定された「須佐神戸」のこととされ、それが伊太祁曽神社のものと接するのは同神社との関係の深さを表すもので、社領の他に祭祀面でも密接な関連を有していたと伝え、貞観元年には従五位上が授けられ(『日本三代実録』)、延喜の制で名神大社に列すとともに月次・新嘗の3祭にも案上の官幣に預かるなど朝廷から重きをおかれ、社伝によれば当神社の属す保田庄内の2町や日高郡富安庄内の30余町を伊太祁曽神社と共有していたといい、中世からはこれに武家の信仰が加わる。後醍醐天皇により元明・後醍醐両天皇の勅願所と定められて宸筆の額と兵仗(刀や戟などの武具)4口が奉納されたというが、天正7年(1579)織田信長の命を受けた豊臣秀吉の湯浅攻めにおいて上記社宝類や古記録を悉く失ったという。その後、、元和年中(17世紀初頭)には浅野氏に代わって入封した紀州徳川家の初代頼宣によって改めて社領5石が寄進されたほか、社殿の造営修復等は紀伊藩の藩費をもって負担するように定められるなど、江戸時代を通じて紀州徳川歴代藩主から篤く崇敬されて明治を迎えた。 本殿は一間社隅木入春日造、銅板葺。正面柱間は1間であるが背面や側面を2間とし、また正面身舎柱上に隅木を置くなど、熊野造の系統を引く造りとなっている。藩主徳川吉宗の命により正徳元年(1711)に造替されたもので、造営には紀州藩の大工頭である中村家が関わっており、そこからも上述のように藩の直営であったことが判る。身舎の正側面3方に高欄付の縁(大床)を廻らし、両側面後方に脇障子を設ける。内部は身舎中央柱筋に前後の間仕切りを設け、幣軸付の板扉を構えて内陣と外陣に区画するが、外陣床を切目長押より1段踏み込み、縁より低く張る点が珍しい。彫刻などの装飾は少なく絵様も控え目であるが重厚な外観を呈し、中村家の作風を示す貴重な遺構となっている]。もと檜皮葺であったが、昭和36年に銅板に葺き替え、また平成4年から9年にかけて大修理を施している。本殿前方に平唐門の中門、桁行3間梁間2間入母屋造平入の祝詞殿が建ち、祝詞殿には梁間1間桁行3間入母屋造妻入の拝殿が接続する。以上屋根銅板葺で祝詞殿、拝殿ともに吹放。拝殿は祝詞殿より低い構えで、また祝詞殿は中央を上段床とする。拝殿前には切妻造平入瓦葺の鈴門(四脚門)が建ち、その他釜殿や神楽殿、絵馬堂等がある。 文化財としては国重文の太刀 銘因州住景長 1口 紀伊徳川家の藩祖頼宣の薨後50年にあたる享保6年(1721)に、頼宣の孫である将軍徳川吉宗によって奉納された。室町時代の因州の刀工、景長の作である。(一部ウイキペデアより抜粋)

1.須佐神社
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2.手水舎
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3.石段参道の鳥居
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4.参道の途中の摂社
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5.同上
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6.奉納の白馬像
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7.まだまだ続く石段参道
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8.馬道形式の門
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9.拝殿前の境内
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10.此処にも奉納された白馬像があります。
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11.境内の摂社
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12.四脚門と拝殿
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13.四脚門と拝殿を正面から見る!
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14.見事な拝殿と本殿
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15.拝殿屋根から本殿屋根を見る!
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2013/11/5

第61回綾部市総合文化祭「芸能発表会」が盛大に開催された!1.  綾部の文化財

平成25年度「第61回綾部市総合文化際芸能発表会」が京都府中丹文化会館で11月4日(祝)午後1時木下和美綾部市文化協会副会長の開催の挨拶で盛大に開催されました。その3の1.を先ず掲載します。

1.プログラム表紙
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2.今回掲載の内容3の1.
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3.午後1時木下和美綾部市副文化協会長の開会の挨拶
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4.トップバッターは琴城流大正琴「琴麗会」アンサンブル 駅馬車!
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下記をクリックして「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/YJRL6SATk84

5.同上  「琴麗会」長唄・「越後獅子」
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下記をクリックして、その一部を「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/6lI7B1QLSYo

6.謡曲は「綾部観世会」の連吟で、光源氏の「葵上」が嫉妬する状況を連吟されたが残念ながら音声付動画は無しです!
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7.日本舞踊は花柳有喜玉会で2部踊られた「紅葉の橋」です。
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下記をクリックして「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/iQqlmteP86s

8.同上 「萩桔梗」
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下記をクリックして、「音声付動画」でその一部を見て下さい!
http://youtu.be/yRXzRzZnJMc

9.詩吟・詩舞は「詩歌吟景心流六映会」「花開けば」の3部発表ですが、最後のがバッテリーがアウトで撮れていません!最初の「菊花」です!
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下記をクリックして「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/tvgtBIDzfPI

同上 「時に感ず」です!
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下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/QGT-7Ho2feg

同上 和歌「七重八重」
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同上は下記をクリックして「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/DlRkJNvJqHI


10.あやべ踊り  「綾部踊り保存会」
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下記をクリックして、「音声付動画」でその一部を見て下さい!
http://youtu.be/sSkJU4smTio

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2013/11/4

紀州の文化財・史址を見る!38.有田郡の古社で国重文の本殿を持つ広八幡宮!  文化財研修記

和歌山県有田郡広川町には国重文の本殿を持つ広八幡神社(ひろはちまんじんじゃ)がある。本殿には誉田別命、足仲津彦命、気長足姫命を祀っています。建立は詳らかではありませんが、摂社2棟の棟札に応永20年(1413)に造営の記載があり、このときの建立と推察されます。大型の三間社流造、檜皮葺の建物で、木割も大きく、蟇股(かえるまた)の輪郭・内部彫刻は卓越したものがあります。棟札が多く残されており修理の変遷が窺い知れます。安永5年(1776)には徳川家から原木の寄付や大工棟梁の応援を受けて大規模な修理が行われています。又、短刀 銘来国光(国重文)の鵜首造、鍛え板目、刃文直刃、目釘穴一の短刀があります。作者の来国光は国行を祖として鎌倉時代中期から南北朝時代にかけて栄えた来派の名工の一人です。末期の来国光は来本来の直刃の作のほかに相州伝の影響をうけた沸のつよい乱刃を焼くのを特色としていた諭旨。
又、田楽(県指定無形文化財・国の選択芸能)は秋季例大祭に奉納されます。古来「しっぱら踊り」と呼ばれ、しばしば雨乞いとして踊られたといいます。踊り手は舞殿に2列に並び太鼓の合図でささらをすりながら左右、前後に踊ります。田の植付けから草取り、刈取りに至る過程が、象徴的で古雅な踊りで表現されています。この後拝殿から鬼が出てきて舞殿を一周し、鰐を迎えて踊り子のまわりで舞を舞います。五穀豊穣を祈る田楽に害獣の調伏を加味しており、田楽の比較の上で貴重な価値を持ちます。
更には乙田の獅子舞(県指定無形文化財)があり、広八幡神社の秋祭りに田楽とともに奉納される獅子舞です。山本地区の人々によって伝承されてきました。江戸時代寛永年間に山本区民が出稼ぎ途中に見た獅子舞を乙田天神の神事舞としたといわれています。横笛と太鼓の演奏とお多福の付添いに合わせて打入舞、中舞、高舞の三段階に区分して東海道各地の風情を取り入れて演じられています。中でも高舞は舞手3人が三人肩車となる姿が雄壮で、県内でもこのような舞はここだけといわれている。

1.広八幡神社の石の鳥居
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2.唐様の国重文の楼門
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3.楼門から正面の舞殿を見る!
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4.奉納絵馬殿
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5.舞殿を横から見る。此処で秋祭りには県指定民俗文化財の田楽のしっぱり踊りや獅子舞が演ぜられます!
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6.境内図
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7.手水舎
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8.国重文の柿葺(こけらぶき)一重入母屋造の拝殿
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9.拝殿から本殿を間じかに見る!
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10.本殿には南紀男焼の県指定の三彩の1対の狛犬が見える!
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11.拝殿から本殿を見る!
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2013/11/2

第61回綾部市総合文化祭が盛大に開催中!  綾部の文化財

11月2日(土)午前9時から主催:綾部市文化教会、後援:綾部市による「第61回綾部市総合文化祭作品展」が綾部市市民センター競技場(並松町2階)にて盛大に開催された。当会、綾部の文化財を守る会も綾部市文化協会の強い要望により第3回目(2階競技場では2回目)の作品を出展した。綾部市文化協会の強い要望にもかかわらずVTR利用の音声付説明は中止依頼により、60インチ画面でのVTRと30インチ画面の動画(音声無し)とA4写真数百枚と綾部市における登録文化財(国宝、国重文、府登録、市登録文化財)一覧表を作成して展示した。79箇所(個人所有を含む)の一覧表を見てこの綾部市に「これほどの指定文化財があるとは!」の声も聞こえた!
11月2日(土)午前9時〜午後5時
11月3日(日)午前9時〜午後5時
11月4日(月・祝)午前9時〜午後4時まで開催です!
2階の会場にはお茶席もあり、午前10時〜午後4時まで一席300円で多数の方が楽しんで居られます。

1.第61回綾部市総合文化祭作品展出展一覧表表紙
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2.出展者名簿NO。1
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3.同上  NO.2
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4.同上  NO。3
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5.11月2日(土)午前9時 木下和美綾部市文化協会副会長の司会で開会式が始まった!
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6.主催者の田所卓綾部市文化協会々長の開催の挨拶
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7.ご来賓5名を代表して山崎善也綾部市々長の祝辞です!(四方源太郎京都府々会議員も見えています。)
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8.テープカットご来賓5名と主催者2名です!
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9.午前9時20分の綾部の文化財を守る会の展示場!
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10.他の展示場
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11.同上
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12.同上
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13.人気のお茶席です!一席たったの300円
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14.午前10時の綾部の文化財を守る会展示場
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2013/11/2

紀州の文化財・史址を見る!37.応神天皇を祀る由良の古社・衣奈八幡宮!  文化財研修記

衣奈八幡神社(えなはちまんじんじゃ)は、応神天皇の胞衣塚に鎮座する八幡宮で神功皇后が朝鮮からの帰途、紀伊上陸のときの行在所旧跡である。石清水八幡宮別宮。主祭神は「誉田別命、息長足姫命、比売大神」である(『和歌山県神社誌』)。『衣奈八幡縁起』によれば、応神天皇が紀伊水門に上陸したとき、岩守というものがこれを迎えて、この地に導いて行在所を建てたという。そして、応神天皇の胞衣を納めたという。貞観2年(860)、その跡地に社殿を建立したのが衣奈八幡神社の創建とされる。石清水八幡宮の別宮として衣奈荘の鎮守にもなった。中世には湯川氏の崇敬を受けた。天正13年(1585)に戦火により焼失、のち徳川頼宣が再建した。神宮寺の極楽寺ほか6坊があり、社家12、神子3、社僧20がいたという。社殿の傍らに胞衣塚がある。境内社として若宮八幡神社、武内宿祢神社などがある。(『和歌山県神社誌などから抜粋』)

1.朱の鳥居
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2.登り参道
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3.急な石段参道
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4.長屋門(馬道)形式の門
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5.拝殿
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6.駒札(2015年末に駒札は新調されていますので現在は読めるそうです。)
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7.拝殿と本殿を斜めから見る!
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