2013/11/21

紀州の文化財・史址を見る!45.紀伊徳川家の大城郭の和歌山城2−2!  文化財研修記

和歌山市一番丁には天正13年(1585)豊臣秀吉が紀州を統一後,弟の秀長に命じて和歌山城の築城をはじめました。普請奉行には藤堂高虎・羽田正親・一庵法印が任命されました。しかし,築城当時の規模等についてはよくわかっていません。翌14年には領主羽柴秀長の城代として、桑山重晴が在城し、その後慶長5年(1600)には浅野幸長が37万6千石をもって入城しました。元和5年(1619)徳川家康の第10子頼宣が55万5千石を領して入城,城郭の大改修があり,徳川御三家の居城として,250年に渡り紀州徳川家治政の基を開きました。かくして和歌山城は西国第一の要衝として,その偉容を誇っていましたが弘化3年(1846)には天守閣に落雷し,大天守・小天守・多聞などを焼失しました。当時幕府の制として天守閣の再建は許可されませんでしたが,紀州藩は幕府と特別の関係にあったので再建を許され,嘉永3年(1850)に工事が竣工し旧態に復しました。
明治4年には廃藩置県によって和歌山城は廃城となり,明治34年(1901)に和歌山公園として初めて公開されました。 昭和6年(1931)には文部省より史跡に指定され,昭和10年(1935)5月には天守閣,隅櫓,楠門等が国宝建造物に指定されました。しかし昭和20年不幸にして戦災を蒙り,その英姿を一夜にして焼失してしまいました。戦後10余年を経て,再び郷土の象徴として和歌山城再建の気運が高まり,各方面からの支援と協力を得て,昭和33年10月竣工式を行うに至り,再び虎伏山の空高くその雄姿を誇っています。
近年,財団法人日本城郭協会より「日本名城100選」の一つに選定されています。

1.天守閣を見る!
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2.同上
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3.同上
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4.同上 駒札
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5.七福の庭
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6.伏虎像
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7.岡田門
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8.同上
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9.岡田門橋
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10見事な濠
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11.岡田門橋
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12.見事な濠
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13.一の橋
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14.駒札
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15.紀伊徳川家55万5千石の連立式大城郭
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2013/11/19

紀州の文化財・史址を見る!44.国史跡・紀伊徳川家の大城郭の和歌山城2−1!  文化財研修記

和歌山市一番丁には天正13年(1585)豊臣秀吉が紀州を統一後,弟の秀長に命じて和歌山城の築城をはじめました。普請奉行には藤堂高虎・羽田正親・一庵法印が任命されました。しかし,築城当時の規模等についてはよくわかっていません。翌14年には領主羽柴秀長の城代として、桑山重晴が在城し、その後慶長5年(1600)には浅野幸長が37万6千石をもって入城しました。元和5年(1619)徳川家康の第10子頼宣が55万5千石を領して入城,城郭の大改修があり,徳川御三家の居城として,250年に渡り紀州徳川家治政の基を開きました。かくして和歌山城は西国第一の要衝として,その偉容を誇っていましたが弘化3年(1846)には天守閣に落雷し,大天守・小天守・多聞などを焼失しました。当時幕府の制として天守閣の再建は許可されませんでしたが,紀州藩は幕府と特別の関係にあったので再建を許され,嘉永3年(1850)に工事が竣工し旧態に復しました。
明治4年には廃藩置県によって和歌山城は廃城となり,明治34年(1901)に和歌山公園として初めて公開されました。 昭和6年(1931)には文部省より史跡に指定され,昭和10年(1935)5月には天守閣,隅櫓,楠門等が国宝建造物に指定されました。しかし昭和20年不幸にして戦災を蒙り,その英姿を一夜にして焼失してしまいました。戦後10余年を経て,再び郷土の象徴として和歌山城再建の気運が高まり,各方面からの支援と協力を得て,昭和33年10月竣工式を行うに至り,再び虎伏山の空高くその雄姿を誇っています。
近年,財団法人日本城郭協会より「日本名城100選」の一つに選定されています。

1.ライトアップの紀伊徳川家大城郭
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2.同上
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3.和歌山城跡公園図
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4.東急インに泊まったため城内の護国神社を先に参拝
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5.同上
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6.鶴の間跡
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7.同上 駒札
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8.西の丸庭園(紅葉渓庭園)入口
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9.同上 一部
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10.御橋廊下
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11.二の丸大奥図
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12.銀明水碑
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13.本丸御殿跡駒札
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14.天守閣を見る!
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15.天守閣へ!
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16.同上
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2013/11/18

安国寺もみじ祭りで野点をいただき、墨絵展を見る  綾部の文化財

表千家の山口富士子さん(綾部の文化財を守る会会員)が毎年頑張っておられる安国寺のお茶会野点席。美味しくいただいた。

京都府指定文化財の安国寺方丈・庫裡で粋墨の会メンバーが墨絵展を開催
今年も集い藏、七百石ギャラリーなどで作品展を開かれていたメンバー。墨一色で描き色彩を拒否される絵画。

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美味しい紅葉をあしらったお菓子(饅頭)をいただく

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山口富士子代表(綾部の文化財を守る会会員)が
受付で頑張っておられる。

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和服での接待も華やいでいる

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日向で静かにお茶をいただく まわりの喧騒とは別世界の境地。
これぞお茶の風流

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私のスキー友達 ふじもと様も出展されている

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私のスキー友達 ふじもと様も出展されている

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2013/11/18

安国寺開山堂(正賓庵)と上杉清子(生母)・足利尊氏・赤橋登子(妻)の宝篋印塔三基  綾部の文化財

天庵妙受禅師を招請して、安国寺の始祖とする開山堂を前に話される綾部市資料館館長:近澤豊明氏の「生まれたる所にて」上杉の上杉展を聞く

綾部市資料館第21回特別展示「生まれたる所にて」上杉の上杉展が10月5日から始まった!http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1842.html

康永元年(1345)尊氏は、南禅寺に住した天庵妙受禅師を招請して、安国寺の始祖とし、多くの寺領を寄進した。

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綾部市資料館第21回特別展示「生まれたる所にて」上杉の上杉展の展示パネルを持ち
開山堂を前に話される話をされる近澤豊明綾部資料館々長

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話をされる近澤豊明綾部資料館々長

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宝篋印塔三基(綾部市指定)
上杉清子(生母) 足利尊氏  赤橋登子(妻)

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綾部市資料館第21回特別展示「生まれたる所にて」上杉の上杉展の展示パネルを持ち話をされる近澤豊明綾部資料館々長

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境内の開山堂右側に建つ。三基とも無銘。中央の塔は完形だが左・右は一部に欠損あり。南北朝期の特色ある仏塔。
 この三基は古くから足利尊氏母子の墓碑とされている。向かって左側に母堂清子(1342年没)、中央が初代尊氏(1358年没)、右側に妻登子(1365年没)。二代将軍義詮が父母等の没後に遺骨の一部を当地に迎え建立したと云う。

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紅葉の開山堂山門

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2013/11/18

全国的に有名な景徳山・安国寺の紅葉まつりが賑わう  綾部の文化財

紅葉の丹波路。晴天の秋空の下で見事な安国寺もみじ祭りの賑わいを楽しんだ。お茶席もあり、売店で「きつねうどん」「きなこ餅」を食べる。

景徳山 安国寺 臨済宗東福寺派
安国寺は、正歴四年(993)ごろ地蔵菩薩を本尊として開創されたと伝えられ、もとは光福寺と称した。建武四年(1252)勧修寺重房が上杉荘を賜り、これより「上杉」を姓とすることとなった。その後、光福寺は上杉氏菩提寺となり、釈迦三尊を合わせ祀った。
嘉元三年(1305)足利尊氏の生誕によって当寺は、上杉氏・足利氏の尊崇を受けるようになった。暦応元年(1338)足利尊氏は夢想疎石の勧めによって、元弘の戦乱以降に亡くなった多くの戦没者の霊を慰めるため、国ごとに安国寺利生塔を建立するにあたり、光福寺を丹波の安国寺となし、諸国安国寺の筆頭において、安国光福寺としたものである。
康永元年(1345)尊氏は、南禅寺に住した天庵妙受禅師を招請して、安国寺の始祖とし、多くの寺領を寄進した。
それ以降、塔頭十六、支院二十八を有する大寺院であったが、江戸中期に至るまでの間に大半の寺領は押領されて、塔頭、支院は減少したが、今なお多くの重要文化財、府市指定文化財、重宝等も蔵する名刹である。

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紅葉の中を散策

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紅葉の中を散策

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紅葉の中を池に架かる小橋をわたる

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京都府指定文化財・安国寺仏殿(江戸時代)

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仏殿内の重要文化財・木造釈迦如来及両脇侍坐像
重文・木造地蔵菩薩半跏像
重文・安国寺文書(74通)写
絵掛け軸などを参拝

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紅葉の境内に憩う人々
催しや売店で賑わっている

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高校生の演奏やバンドなど 剣舞の衣装を着た人も見かける

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京都府登録文化財・安国寺山門・鐘楼

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京都府登録文化財・安国寺山門

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紅葉に染まる安国寺参道石段・標柱

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2013/11/18

黒谷もみじ祭り 黒谷和紙見学など  綾部の文化財

黒谷紅葉祭りを観に好天の日曜日に出かけた。黒谷和紙の見学ツァも行われていた。共同作業所の紙漉き実演工房にも次々と人が訪れていた。

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国道27号線沿いの伊佐津川の橋・黒谷橋は通行止め
和紙の里に向かう

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黒谷和紙会館 左手からのぞくのが「楮(こうぞ)」の木

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黒谷和紙会館の販売所

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黒谷和紙会館の販売所

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川沿いの道 冬場には「コウゾ」が川に晒してある風景が見られる。
道沿いには和紙が板張りされて日干しされている。

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共同作業所の紙漉き実演工房

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コウゾのみだし工程

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共同作業所の紙漉き工程説明

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コウゾの打解

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ビーター など設備を見られる

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紙が出来るまでの工程表 黒谷和紙青年会 紙屋まるとも

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「楮白皮」から「紙素」 共同作業所での作業

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2013/11/18

黒谷和紙の里 熊野神社で黒谷もみじまつり  綾部の文化財

国道27号線沿いの駐車場から歩いて到着。八代町方面の川沿いは道が狭く通行止め。見事な紅葉と古式な佇まいの熊野神社、村人の郷土テント店舗が楽しめた。

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直進すると熊野神社参道。右手に紅葉に染まる境内

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参道の鳥居

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奥に続く鳥居と本殿

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本殿に参拝

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裏手に並ぶ摂社の列

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拝殿の裏格子の間から本殿を写す

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境内の見事な紅葉

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境内の見事な紅葉
気温が低く焚き火をしていられる

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洗心する参拝者

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テント店と社務所で地産店舗など

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ぜんざいをいただく150円

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野菜の販売 里芋を買った

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紅葉の黒谷紅葉まつり

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紅葉の黒谷紅葉まつり

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2013/11/17

京都府指定無形文化財の黒谷和紙ともみじ祭!  綾部の文化財

 京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」黒谷町(くろたにちょう)は国道27号線の綾部市から舞鶴市に最も近い山間部にある。今から800年前、戦いに敗れた平家の一団が人家の少ないこの山間に身を隠し、周りに自生していた植物「楮(こうぞ)」と谷間を流れる清流の水を利用して紙を作り始めた。その後、この地は黒谷(くろたに)と呼ばれるようになり、紙漉(かみすき)村として発展して来ました。ここには平家の平清盛が紀伊の国熊野詣でを盛んにしたように、古式豊かな熊野神社があり、その紅葉は隠れ郷に相応しく地元の人々のみで「黒谷紅葉祭」が行われて来た。この京都府指定無形文化財黒谷和紙協同組合の福田組合長や自治会に提案したのは他の都市から移住してきた吉野綾野さんが若者達に呼びかけ「黒谷和紙と紅葉祭」実行委員会代表として綾部市の後援をも受けて実行したものである。今日では伝統的な手漉き和紙技法を維持しながら近代的な意匠を取り込んだ民芸品を生産している。書物、版画用紙、葉書、便箋,初紙、小間物加工品など知る人ぞ知るです。11月17日(日)午前9時から午後3時まで地元産の野菜も格安で販売している。100円。午後2時30分〜3時まで綾部太鼓連の太鼓演奏もあった。

1.国道27号線沿いの無料駐車場から徒歩2分
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2.黒谷町内地図(右上の一番奥の赤いのが熊野神社です。)紅葉少し早いですね!
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3.順路1.蔵出し会場へ
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3.小物の展示(女性で一杯)
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4.同上 いろいろな和紙
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5.順路2.見出し釜や紙漉き会場!(綾部市の小学生の卒業証書は和紙で自分で漉きます!)
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6.見出しと釜
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7.紙漉き1.
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8.同上 2.
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9.横の山崎神社を参拝
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10.順路2.黒谷和紙協同組合(展示即売もあります。)
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11.順路3.こうぞ(和紙の原料)の天日干し会場
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12.天日干しをアップ!
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13.熊野神社の朱の鳥居
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14.手水舎と拝殿
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15.拝殿横から500メートル登ると落差40メートルの不動滝があります!
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16.帰りの紅葉の風景(前回は11月23日でモット良かったです。)
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17.下記をクリックして、2011年11月23日の見事な紅葉を見て下さい!
1.http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/951.html
2.http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/955.html
3.http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/955.html

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2013/11/17

紀州の文化財・史址を見る!43.熊野九十九王子の中でも格式の高い五体王子の一つ藤白神社!  文化財研修記

和歌山県海南市藤白には古代から中世にかけて、熊野三山へ参拝する上皇・天皇が宿泊し、法楽にも使った王子の中でも格式の高い五躰王子の一つ、藤白若一[にゃくいち]王子である。現在は藤白神社(ふじしろじんじゃ)と名を変えているが、子授け・安産・健康・長寿の神様として今も信仰を集めている。近くには全国の鈴木姓のルーツともなった、鈴木氏の鈴木屋敷がある。熊野古道筋に唯一残る、熊野本地仏四躰が藤白王子権現本堂に祀られている神仏霊場である。

1.藤白神社2の鳥居
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2.社務所(旧茶屋)
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3.同上 2の鳥居
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4.檜皮葺の手水舎
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5.芭蕉翁の藤塚の駒札
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6.同上 藤塚
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7.後鳥羽上皇の歌碑
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8.推定樹齢1000年のクスノキ
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9.藤白若一権現
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10.聖王三代の重石の駒札
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11.聖王三代の重石
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2013/11/15

紀州の文化財・史址をみる!42.栄西禅師創建の国宝の釈迦堂をもつ天台宗の善福寺!  綾部の滝

和歌山県海南市下津町にある善福院(ぜんふくいん)は健保2年(1214)栄西禅師によって創設されたといわれる広福寺五ヶ院の一つである。広福禅寺は古くは七堂伽藍を備えていたといわれたが、大旦那の加茂氏の没落にともない荒廃した。その後高野山に頼り真言宗に転宗し伽藍を修復し、更に紀州藩となってからは天台宗になった。明治初期までは三ヶ院があったが現在は善福院だけとなった。国宝の本堂の釈迦堂の本尊釈迦如来坐像の胎内の修理銘に嘉暦2年(1327)とあることからこの頃の再建とされている。桁行三間梁間三間、一重裳階附き寄棟造り、本瓦葺の二重仏殿で、木割(材木の長さに対する太さ)が太くがっしりした感を与えている。また柱間は尺の完数となっており、床は布敷、組物は二手先となっており、本瓦葺寄棟造、平行垂木など禅宗様式定着前の様式がよくあらわれており、鎌倉時代後期の禅宗様式の典型的な建築として、鎌倉円覚寺舎利殿、山口功山寺仏殿などと共に有名です。

1.海南市下津町地図
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2.石段参道を上る!
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3.駒札
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4.善福院の本堂となった釈迦堂(国宝)
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5.見事な釈迦堂の須弥壇(仏壇)やお釈迦様見えます!
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6.鎌倉時代の見事な釈迦堂を横から見ます!
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