2013/10/6

紀州の文化財・史址を見る!27.紀州串本の錦江山無量寺!  文化財研修記

 錦江山無量寺は、本土最南端の地である和歌山県東牟婁郡串本町に在る、虎関禅師の開山による臨済宗東福寺派の別格寺院です。  もともとは、現在地から少し離れた袋という小さな入り江の地区にあり、その地形故にたびたび津波の被害にあいましたが、宝永4年(1707)10月の宝永地震による大津波で全壊・流失してしまいました。その後、流出した無量寺の再建の使命を帯びた臨済宗白隠下の禅僧、文保愚海和尚が入院(じゅいん)し、大津波より79年後の天明6年(1786)、辛苦の末、現在の位置に本堂再建の業を果たされました。
 愚海和尚は京都の本山東福寺に留錫中、若き画家円山応挙と親交あり、『紀伊国名所図会』において、「蓋し愚海若かりし頃芦雪の師円山応挙と親交あり、或る日応挙和尚に向いひて曰へるやう、師若し他日一寺を建立するあらば、余は必ず寺のために揮毫を惜まざるべし」との約束を交わしていました。そして、ついに約束を果たす頃がきたのです。その約束をもとに、無量寺再建成就の際、愚海は本堂の襖絵の依頼のため応挙を訪ねます。応挙は祝いに障壁画12面を描きましたが、多忙な上に年齢的なこともあったため、弟子芦雪に障壁画を託し、名代として京から南紀に向かわせました。
 派遣された芦雪は、自らも本堂のために襖絵を描き数々の力作を残します。師の応挙や寒い京から遠く離れ、雄大な自然を有する温暖な串本で芦雪はまるで解き放たれたように一気にその才能を開花させました。激変した新たなる画風からは、時には応挙さえも越えんとする才能が溢れ出、当院所蔵である芦雪の代表作でもある『虎図』『龍図』など多くの逸作からその奇才が伺えます。

1.フエニックスの樹木と土甲平谷筆の寺標と松村次郎作の憩の像
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2.山門と山門の右裏には「串本応挙芦雪館」が見えます!
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3.鐘楼
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4.本堂
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5.境内
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6.観音堂
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7.観音堂内には観音像が祀られています!
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8.慈光納骨堂
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9.本堂・串本応挙芦雪館は撮影禁止です!下記をクリックして無量寺のHPで写真は見て下さい!
http://muryoji.jp/

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2013/10/5

綾部市資料館第21回特別展示「生まれたる所にて」上杉の上杉展が10月5日から始まった!  綾部の文化財

恒例となっている綾部市資料館の第21回特別展示平成25年「生まれ育ちたる所にて」(上杉の上杉9展が10月5日(土)午前9時から近澤豊明綾部資料館々長の1時間余に渡る熱弁で始まった。小生も写真では見ているが実物は始めて見るものばかりだった。大人200円で中学生以下は無料です。資料の一部を掲載しますが、やっぱり実物を見て説明文を読まれると初代室町幕府将軍足利尊氏公の見事な文字文章は母の上杉清子(うえすぎせいこ)の指導があったからだと理解できます。上杉氏系図は公家の藤原氏歓修寺派の上杉重房(清子の祖父)が第6代鎌倉将軍となる宗尊親王に付き添い建長4年(1252)に鎌倉に下り、その時、従来の公家の姓を所領名を取って「上杉」と改姓しました。清子の兄上杉憲房の息子達が関東管領となり、この上杉
の姓は関東管領上杉謙信公に引き継がれ、明治維新まで続くことになりました。
 足利尊氏公は全国60ヶ国に安国寺と利生塔を作りはじめて、当時綾部安国寺は光福寺と呼ばれており、南禅寺から高僧の天庵妙受(てんあんみょうじゅ)を開山として綾部安国寺として、全国安国寺の筆頭としました。国指定文化財の木造釈迦三尊像や木造地蔵菩薩半跏像などは最後にクリックして見て頂けるようにしました。

1.入場料200円で貰える素晴らしいA4版6ページのパンフレット表紙
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2.同上 2ページ 上杉清子仮名消息等
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3.国重文安国寺文書5巻3福の一つ「甥の上杉弾正朝定宛上杉清子仮名消息」
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4.10月5日(土)午前9時から熱弁で説明の近澤綾部資料館長
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5.同上
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6.岩王寺の指定文化財の「足利尊氏寄進田目録」
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7.国重文安国寺文書5巻3福の一つ「第2代将軍足利義詮(よしあきら)御判御教書」
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8.同上 安国寺境内図
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9.同上 足利尊氏寄進状
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10.同上 絹本著色天庵妙受像一幅
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11.同上 天庵妙受遺偈
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12.同上 室町幕府御教書
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13.同上 上杉清子甥「上杉弾正朝定文書」
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14.上杉氏関係図
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15.上杉庄と八田郷
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16.下記をクリックして、全国安国寺の筆頭の綾部安国寺の文化財を見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/205.html

17.下記をクリックして、「上杉の姓発祥の地碑」を見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/275.html

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2013/10/4

紀州の文化財・史址を見る!26.国名勝・天然記念物の橋杭岩!  文化財研修記

 橋杭岩(はしぐいいわ)は、和歌山県東牟婁郡串本町にある奇岩群。同町の大字鬮野川(くじのかわ)小字橋杭の海岸から紀伊大島方面へ大小約40の岩が南西一列におよそ850メートルもの長きにわたって連続してそそり立っている。直線上に岩が立ち並ぶ姿が橋の杭のように見えることから橋杭岩と呼ばれている。また干潮時には岩の列中ほどに附属する弁天島まで歩いて渡ることができる。約1400万年前、那智から熊野にかけて火山活動が活発になった時、地層の割れ目からマグマが噴出して冷え固まったものです。
 吉野熊野国立公園に属しており、国の名勝や国の天然記念物の指定も受け観光名所となっている。また橋杭岩を通して見る朝日はとても美しいと評判で「日本の朝日百選」の認定も受けている。

1.橋杭岩1.
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2.同上 2.
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3.下記をクリックして、「音声付動画」で橋杭岩の風景を見て下さい!
http://youtu.be/7lHZln-hwus

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2013/10/2

紀州の文化財・史址を見る!25.西国33ヶ所観音霊場第1番札所の青岸渡寺!  文化財研修記

「補陀洛や岸打つ波は三熊野の那智のお山にひびく滝つ瀬」と御詠歌で親しまれている西国第一番の礼所であります。当山の縁起によるとその開基は仁徳帝の頃(4世紀)、印度天竺の僧、裸形上人が那智大滝において修行を積みその暁に瀧壷で八寸の観音菩薩を感得し、ここに草庵を営んで安置したのが最初です。その後、200年推古天皇の頃、大和の生佛上人が来山し、前述の話を聞き一丈(3メートル)の如意輪観世音を彫み、裸形上人が感得した八寸の観音菩薩を胸佛に納め勅願所として正式に本堂が建立されたのです。 平安朝中期から鎌倉時代は、「蟻の熊野詣」といわれ、熊野三山の信仰が盛んになり、この時、65代花山法皇が三年間山中に参籠され那智山を一番にして近畿各地の三十三観音様を巡拝されましたので、西国第一番礼所となりました。
現在の本堂は、織田信長南征の兵火にかかり、天正18年(1590)豊臣秀吉によって再建され、桃山時代の建築をとどめ紀南で一番古い国指定の重要文化財建造物で、この堂の高さは18メートルで、大滝の落口の高さと同じであるといわれています。
青岸渡寺尊勝院は、那智山開山の裸形上人像と如来像を安置。中世以降は天皇、皇族の熊野詣での宿泊所にあてられていました。不開門は同院の入り口にある唐破風の四脚門で有名。なお、大正7年に那智の滝参道口・沽池と呼ばれるところから発掘された、飛鳥・白鳳時代から鎌倉時代初期にかけての熊野信仰を知る貴重な那智経塚出土品のうち、白鳳、奈良時代の観音菩薩立像、また藤原時代後期の金剛界三昧耶形(曼荼羅を立体的に表現)が国指定重文になっています。境内からは那智の滝、那智原始林、太平洋の眺めもよく、鎌倉時代の重文・宝篋印塔(4.3メートル)や梵鐘があります。同神社HPより抜粋。

1.熊野那智大社横の門から青岸渡寺へ向います。
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2.青岸渡寺本堂(天正18年(1590)豊臣秀吉により再建された大規模な国重文の9間堂です。見事な柿(こけら)葺きです。)
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3.本堂に向って左側の銅燈籠・石燈籠群
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4.本堂正面
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5.同上 正面と扁額
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6.本堂外陣内
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7.水子堂
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8.水子堂横にある元亨2年(1322)建造の国重文の宝筺印塔(高さ4.3メートル)
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9.本堂横から那智大滝を見る!
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10.見事な県指定文化財の梵鐘と鐘楼(正中元年(1324)建造)
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11.大黒天堂
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12.納骨堂
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13.三重塔
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14.那智大滝を三重塔近くから見る!
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15.歌碑
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