2013/3/31

澄んだ空気を満喫しながら鞍馬寺から貴船神社を歩く3 綾部自然の会初参加  文化財研修記

鞍馬山ケーブルに乗り鞍馬寺金堂から奥の院魔王殿を散策、春雨の中を木の根の道を降りて、雨の上がったところで貴船神社の大鳥居に到着した。
玉依姫命が黄船に乗って浪速から淀川・鴨川に上陸した所に水神を祀り祠を建てたのが貴船神社。雨乞いの社として信仰された。
ご利益は、心願成就、えんむすび、家内安全、商売繁盛。

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貴船神社本宮参道の大鳥居
雨上がりで、ここで雨具を脱いで登る

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鳥居横の大木と小宮

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雨に濡れた長い石段参道を登る

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貴船神社境内案内図(本宮・奥宮・中宮)

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貴船神社総本社本宮の境内に到着

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社務所、お神くじ販売所が賑わっている

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有名な貴船神社の水占いみくじ。水占斎庭の御神水に浸すと運勢が浮き出る

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水占斎庭の御神水

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水占斎庭の御神水の案内

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絵馬発祥の社 2頭の神馬像

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掛けられた絵馬

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絵馬発祥の社の案内

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貴船神社総本社 拝殿

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祭陣を拝見

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貴船神社の由緒 御祭神は水神である高龗神(たかおかみのかみ)

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御神木の桂

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御神木の桂案内

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天津磐境(あまついわさか)
昭和の作庭家;故重森三玲氏が作られた石庭

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石庭 天津磐境(あまついわさか)案内

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えんむすびの案内 結び文と結社のいわれ(貴船神社中宮・結社)

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本宮の横手にもお宮がある
貴船神社奥宮・中宮には行かずに歩いてバスまで戻る

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貴船川の清流を見ながら、緩い下り坂を30分余り歩く
滝花五郎会長が徒歩で30分と指示を出され、率先して先頭を歩かれている

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恋の道 蛍岩 蛍の名所で貴船の水祭りの頃

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蛍岩の案内
和泉式部(平安時代)
もの思へば沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂かとぞ見る

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水源の森(鞍馬山・貴船山)
全国100選の一つ

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叡山電鉄 貴船口駅

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舵取橋から満開の紅白の桜を観る

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舵取社
玉依姫命の乗った黄船を上手に操った舵取神が祀られていると伝えられる。人生の舵を巧みに操る「人生進路を守る」交通安全の神

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貴船口一の鳥居と舵取橋

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牛若丸に兵法を伝授したといわれる武芸の達人、鬼一法眼の古跡

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貴船口のバス停に3台のマイクロバスに乗り込む
大部分の人が歩き、市バスに乗ったのは4人だけだった由。全コース殿役で歩かれた山田松雄事務局長さまご苦労様でした

Wikipedia「高龗神(たかおかみのかみ)」
日本神話では、神産みにおいて伊邪那岐神が迦具土神を斬り殺した際に生まれたとしている。 『古事記』及び『日本書紀』の一書では、剣の柄に溜つた血から闇御津羽神(くらみつはのかみ)とともに闇龗神(くらおかみのかみ)が生まれ、『日本書紀』の一書では迦具土神を斬って生じた三柱の神のうちの一柱が高龗神(たかおかみのかみ)であるとしている。 高龗神は貴船神社(京都市)の祭神である。
闇龗神と高龗神は同一の神、または、対の神とされ、その総称が龗神であるとされる。 『古事記』においては、淤加美神の娘に日河比売(ひかはひめ)がおり、スサノオの孫の布波能母遅久奴須奴神(ふはのもぢくぬすぬのかみ)と日河比売との間に深淵之水夜礼花神(ふかふちのみづやれはなのかみ)が生まれ、この神の孫が大国主神であるとしている。

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2013/3/31

大江戸近辺の文化財・史址を見る!14.内藤新宿ど真ん中の花園神社!  文化財研修記

 新宿の街の中心にあり、新宿総鎮守として江戸時代に内藤新宿が開かれて以来の、街の守り神として祀られている。また敷地内では各種劇団による催し物などが定期的に開かれ、新宿の街の文化の一翼も担っている事でも知られている。朱塗りの鮮やかな社殿は、参拝客の他、休憩場所や待ち合わせ場所として使われ、当社に人影が途絶える事がない。
 創建の由緒は不明であるが、徳川家康が江戸に入った1590年にはすで存在しており、大和国吉野山よりの勧請と伝えられている。その後、当地に内藤新宿が開かれるとその鎮守として祭られるようになった。元は現在地よりも約250メートル南にあったが、寛政年間、その地を朝倉筑後守が拝領しその下屋敷の敷地内となって参拝ができなくなった。氏子がその旨を幕府に訴えて、尾張藩下屋敷の庭の一部である現在地を拝領し、そこに遷座した。そこは多くの花が咲き乱れていた花園の跡であることから「花園稲荷神社」と呼ばれるようになったと伝えられる。また、真言宗豊山派愛染院の別院・三光院の住職が別当を勤めたことから「三光院稲荷」とも、地名から「四谷追分稲荷」とも呼ばれた。明治に入ると村社に列格したが、その際、名称は単に「稲荷神社」となった。一説には届出の際に「花園」を書き忘れたという。大正5年(1916)に東京府知事に対し改名願を出し、同年に許可され「花園稲荷神社」に改称した。昭和3年(1928)、現新宿4丁目にあった雷電稲荷神社(雷電神社/祭神:受持神)を合祀、郷社に昇格した昭和40年(1965)、現在のコンクリート製の本殿に建て替えられ、その際に末社・大鳥神社(祭神:日本武尊)を本殿に合祀し、社名を「花園神社」に改めた。(ウイキペヂアより抜粋)

1.花園神社標柱
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2.花園神社の朱の鳥居
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3.花園神社の別な参道と鳥居
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4.新宿区みどりの文化財指定のケヤキの札
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5.同上 ケヤキ
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6.赤い手水舎
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7.参道を振り返って見る!
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8.見事な舞殿です!
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9.花園稲荷神社(大明神)の鳥居群
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10.花園稲荷大明神
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11.花園神社宝物殿
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12.拝殿
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13.神社扁額(左、合祀の雷電神社(雷さんを祭っています)、中央が花園神社、右合祀の大鳥神社(日本武尊(やまとたけるのみこと)です。
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2013/3/30

澄んだ空気を満喫しながら鞍馬寺から貴船神社を歩く2 綾部自然の会初参加  文化財研修記

(写真20枚)
国宝の毘沙門天像を拝観した後、霊宝殿で持参した昼食を食べ雨具の用意をする。
私は先日スキーで使ったカラフルなポンチョをリュックの上から被り、折りたたみ傘を広げた。
牛若丸(源義経)伝承説話の地、神秘に満ちた逸話、天狗伝説で有名な鞍馬寺。アラベスク模様の木の根の道を降りて、鞍馬寺西門に向かう。

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綾部自然の会の人々は慣れたもので各自、雨具と傘を用意されている。号車毎に並び全員が揃った所で出発

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遮那王堂と義経公背比べ石

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奥州へ下る牛若丸が名残を惜しみ背を比べたと言われる義経公背比べ石

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義経公背比べ石の案内

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木の根の道。滝鼻会長が案内に立たれている
杉林が鬱蒼と茂り木の根が露出した神秘的な道

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木の根の道の地学的説明
土壌層が薄いため、杉の根が地表を這い木の根道が出来た

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木の根道を歩く

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大木で日が遮られ神秘的空間の味わえる、大杉権現社
雨天なので実感が判らない

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木の根道を降りて行く

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僧正ガ谷不動堂

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遮那王尊を祀る義経堂

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義経堂案内

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木の根道をどんどん降りて行く
牛若丸が跳躍の鍛錬をしていたとか

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牛若丸の剣術修行の跡で兵法修行の石と伝えられるが、実は・・
約2億6千万年前の海底が隆起したもの

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奥の院魔王殿

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奥の院は鞍馬山唯一の聖地・・

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参拝所から拝観、入れない聖地
650万年前に金星から舞い降りたとされる魔王尊を祀っている

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徒歩約15分のつづら折れの下り坂を降りて行く

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鞍馬寺西門を出て貴船川に架かる橋をわたる

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貴船川の渓流に沿い車道に出た。貴船神社に向かい上流に歩く

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2013/3/30

特別寄稿「綾部の桜の名所と文化財」3月30日シダレ桜は満開!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」の旧町内の桜の名所でシダレ桜が満開との「3月29日付あやべ市民新聞の記者の雑記帳で細見仁史記者の記事」を見て宇治市から一人で綾部の小生宅に来ている小学3年の孫息子を乗せて綾部市内近辺お桜の名所を撮影して回った!なんと4月7日(日)に行く予定の山家城址を除いて9ヶ所+小生の英語の恩師里町宅の巨木・古木の白いコブシの木を撮影して来たので掲載・報告致します。その関係の文化財の記事はそれぞれの撮影箇所の写真の最後に「クリック」して関係文化財が見れるようにしてあります!
ガソリン代節約のため1.綾部西国観音霊場第26番(紅葉の方が有名)安国寺のシダレ桜、2.すぐ近くの同じくシダレ桜で有名な西国観音霊場番外3番の雲源寺、3.京 綾部ホテル(昨年は投票でNO。1だった!、4.綾部市図書館のソメイヨシノ、5.綾部八幡宮のお田植式で有名な所のシダレ桜、6.神内電機の有名なソメイヨシノ、7.荒倉時神社のソメイヨシノ8.高津八幡宮のシダレ桜とソメイヨシノ、9.国重文の私市円山古墳広場のソメイヨシノ、10.里町高倉神社のソメイヨシノの並木、111.最後のおまけの小生の英語の恩師宅の巨木古木で見事なコブシの白い花!
以上を見て下さい。

1.綾部西国観音霊場第26番札所で全国安国寺筆頭で足利尊氏公の生誕地の綾部安国寺のシダレ桜!
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2.同上アップ
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3.紅白色のツバキ
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4.全国安国寺筆頭の綾部安国寺の文化財は、下記をクリックして見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/205.html

5.綾部西国観音霊場33ヶ寺番外3番札所の雲源寺(梅迫町)のシダレ桜!
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6.同上
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7.同上の仏像など文化財は下記をクリックして見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/404.html

8.京 綾部ホテルのソメイヨシノ(昨年のコンテストでは綾部市NO.1ですが、この桜遅咲きです。)
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9.同上アップ
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10.京綾部ホテルの大家族の湯!ホテルのホームページは下記をクックして下さい!
http://www.hotelayabe.jp/

11.綾部市図書館のソメイヨシノ
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12.同上
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13.同上
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14.綾部八幡宮のシダレ桜!4月第一日曜日のお田植祭は有名です!
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15.同上 アップ
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16.綾部八幡宮のお田植祭は、下記をクリックして見て下さい!
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/otaue/otaue.html

17.神内電機のソメイヨシノの並木(咲くの遅いです!まだ膨らみかけたところ)
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18.同上
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19.昨年の神内電機桜祭は、下記をクリックして見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1288.html

20.高津八幡宮の鳥居と背後のソメイヨシノ(遅いです)
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21.高津八幡宮本殿前のシダレ桜
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22.高津八幡宮の文化財は、下記をクリックして見て下さい!
http://ayabun.net/bunkazai/annai/takatu8/takatu8.htm

23.荒倉神社のソメイ吉野(早く咲いています。)高津町!
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24.同上 アップ
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25.同上の文化財は、下記をクリックして見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/521.html

26.国重文の私市円山古墳の桜!
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27.同上
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28.私市円山古墳の文化財は、下記をクリックして見て下さい!
http://ayabun.net/bunkazai/annai/maruyama/mkofun.htm

30.里宮高倉神社の桜並木!
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31.同上
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32.高倉神社の秋祭のお旅所での「ヒヤソ踊り」は、下記をクリックして見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/934.html

33.最後のおまけ!小生の英語の恩師で元当会の監事であった四方篤先生宅の桜とコブシのコラボ!
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34.同上のコブシ(モクレン科)幹周1.5メートル,樹高25メートル、推定h樹齢200年以上の古木です!
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2013/3/30

特別寄稿「春の桜と史跡大阪城とアクアライナー(水上バス)日帰りの旅!3−1.  文化財研修記

 今回は3月27日(水)大阪へ家族ずれで桜が咲く「史跡大阪城」と「アクアライナー(水上バス)」の日帰り旅行に出かけた!JR篠山口駅側の有料駐車場の駐車し、NO。ボックスに500円を入れて、JR往復キップを購入大人RTで2,220円、小学生1,110円である。
 JR篠山口駅からは快速でも普通電車でも大阪まで約1時間10分の所要です。大阪駅で外回り環状線で大阪駅から2つ目の駅京橋の次ぎの大阪城公園駅まで10数分で到着。徒歩で大阪城ホール横を通り、大阪城に徒歩15分で至る。通称称「太閤さんのお城」とも呼ばれているが、昭和34年(1959)の大阪城総合学術調査において、城跡に現存する櫓や石垣などは徳川氏、徳川幕府によるものであることがわかっている。
 大坂城は、上町台地の北端に位置する。かつて、この地のすぐ北の台地下には淀川の本流が流れる天然の要害であり、またこの淀川を上ると京都に繋がる交通の要衝でもあった。元々古墳時代の古墳があったと言われ、戦国時代末期から安土桃山時代初期には石山本願寺があったが、天正8年(1580)に石山合戦で焼失した後、豊臣秀吉によって大坂城が築かれ、豊臣氏の居城および豊臣政権の本拠地となったが、大坂夏の陣で豊臣氏の滅亡とともに焼失した。徳川政権は豊臣氏築造のものに高さ数メートルの盛り土をして縄張を改めさせ豊臣氏の影響力と記憶を払拭するように再建したとされる。その後、幕府の近畿地方、および西日本支配の拠点となった。姫路城、熊本城と共に日本三名城の一つに数えられている。
現在は、昭和初期に復興された天守と幕末期の櫓や門などが現存し、城跡は、国の特別史跡に指定されている。

1.綾部から丹波大橋を渡り、福知山市三和町の「ミワダッシュ村」に立ち寄る!TVで放映していた諭旨。
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2.高さ日本一の11.3メートルの大ブランコ!世界一はギネスブックで21メートルの諭旨。今後22メートルのブランコを作る予定の諭旨である。
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3.国道9号線大槻智子さんが、綾部市梅林で見られた紅白の巨木の梅の木が確認できた!大阪城のTVで放映された紅白の桜の木は次回掲載します!
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4.JR大阪駅から外周り環状線、京橋の次ぎ、3つ目の駅「大阪城公園駅」へ!
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5.大阪城公園駅前の満開の桜!
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6.もう11時30分です!お腹すいてイカ焼き、鶏肉から揚げ300円等を食する!
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7.桜の木の間の大阪城天守!
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8.青屋門!
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9.同上駒札
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10.極楽橋
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11.極楽橋と大阪城天守
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12.山里口出枡形
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13.桜と天守閣
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14.天守下仕切門址の駒札
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15.同上 下仕切門跡
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16.威容を誇る日本三名城の一つ大阪城天守閣(他の二つは、熊本城、国宝の姫路城です。)以降は次号で!
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2013/3/29

澄んだ空気を満喫しながら鞍馬寺から貴船神社を歩く1 綾部自然の会初参加  文化財研修記

3月28日(木)7:30JR綾部駅北口に行くとマイクロバス3台54名の参加者が集合されており、名札を貰い私は1号車の最後部席に乗り出発。
事務局の山下佳代子ご夫妻と一緒になり話を交わしながら南丹PAで休憩、
京都市内を通過して鞍馬山駐車場に着いた。

綾部自然の会から、詳しい現地学習参考資料を頂いた、感謝。資料のデジタル化は大変なので現地のコマ札写真で代用する。

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平安時代から福徳を求め歩いた鞍馬街道を通り駐車場に到着。
鞍馬弘教総本山鞍馬寺 仁王門ををくぐる一行

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鞍馬寺案内 鞍馬寺は770年に鑑眞の高弟鑑禎が毘沙門天を祀り創建したと言われている

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鞍馬山ケーブル乗り場に向かう

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普明殿案内

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鞍馬山ケーブル車内
京都三大奇祭の一つ蔵馬の火祭りが行われる由岐神社(重要文化財の桃山建築・割拝殿形式)を見たかったがケーブルの乗らずに上がる必要有り

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鞍馬山ケーブル線路 上から
清少納言の枕草子に「近うて遠きもの」として書かれた九十九折れなどをパス

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多宝塔駅

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多宝塔を見上げる

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多宝塔案内

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ケーブルで次々に到着、揃ったところで号車毎に集合し出発

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赤い灯篭の並ぶ散策路を歩き弥勒堂 先頭の滝花会長

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号車ごとに楽しく歩く

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転法輪堂 茶所・洗心亭などを通過

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鞍馬寺金堂の石段を登る

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見事な桜を愛でながらパワースポットのある鞍馬寺本殿・金堂へ

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展望台から比叡山を望む 天候が悪いので延暦寺など見えず山が霞み残念

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焼香の会員たち

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金堂をバックに石段に並び記念写真撮影準備
本堂前の金剛床の中心は玄武のパワースポット
風水学を元に平安京が築かれ、御所を中心とした四方・四神の内、鞍馬・貴船は北の神「玄武」にあたり、エネルギーが湧き出るところ・パワースポットであると言われています。
天のエネルギーが降臨→鞍馬寺本堂前の金剛床
地のエネルギーが噴出→貴船神社奥宮拝殿の井戸

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口を開いた阿(吽)の虎
新年最初の寅の日には初寅大祭が行われる

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口を閉じた(阿)吽の虎

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鞍馬寺本殿から奥の院へ

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奥の院の標柱の立つ石段を登る

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各所に鞍馬山の地学案内がある

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鞍馬石で出来た歌碑の説明

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与謝野晶子・鉄幹歌碑

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毘沙門天像の祀られた霊宝殿に到着、茶室・冬柏亭が前に建つ。雨が降りだした

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清盛と義経をめぐる謎展が行われていた
1F:自然科学博物苑展示室 鞍馬山の化石など昆虫が素晴らしく楽しめた。
2F:寺宝展示室と与謝野記念室
3F:仏像奉安室 国宝毘沙門天像など平安、鎌倉時代の仏像が素晴らしかった

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後白河法皇が幼き頼朝と義経を救った
鞍馬寺は牛若丸(義経)の伝承説話の地、神秘に満ちた逸話、天狗伝説で有名。
ここで持参した昼食を食べる

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2013/3/29

大江戸近辺の文化財・史址を見る!13.今回は異色ですが世界貿易センタービル40階から見る東京!  文化財研修記

JR浜松町駅前の「世界貿易センター40階展望台」の登ることにした。一挙に40階まで上る最高速のエレベーターで登った!
 視界360度、高さ152m、1周200mのダイナミックな景色!
1970年3月にオープン。2009年には「大人の空間」へとリニューアル。最上階40階・地上152mの展望フロアからは360度の大パノラマを望める。朝昼そして夜景の絶景スポット。東京タワー、六本木ヒルズ、富士山そして話題のスカイツリーや「これぞウォーターフロント」東京湾、お台場、東京ゲートブリッジ越しに房総半島が見渡せる!乗り物ファンにとっても最適!新幹線を撮影する絶好のスポットでもある。だが残念ながら登ったのは夕刻で東京タワーは夕日の真中で撮影は不可能でしたが、十分に楽しめた。この展望台は夜の夜景が素晴らしく東京タワー、六本木ヒルズなど見事に見えるナイトスポットで恋人達に有名だそうです。

1.世界貿易センタービル1階の展望台へのエレベーター前
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2.40階展望台のパンフレット
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3.スカイツリーが見える!
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4.同上 アップ
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5.同上 更にアップ
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6.下記をクリックして、「音声付動画」で、40階からの風景を見て下さい。
1.
http://youtu.be/gg7ELItk0t8
2.
http://youtu.be/EVDrWc4eLwc

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2013/3/28

大江戸近辺の文化財・史址を見る!12.芝大神宮!  文化財研修記

 芝大神宮は、伊勢神宮の御祭神、天照大御神(内宮)、豊受大神(外宮)の二柱を主祭神としてお祀りしています。御鎮座は遠く平安時代、寛弘2年(1005)一条天皇の御代に創建された由緒あるお社です。
 古くは、飯倉神明宮、芝神明宮と称され鎌倉時代においては、源頼朝公より篤い信仰の下、社地の寄贈を受け、江戸時代においては、徳川幕府の篤い保護の下に社頭はにぎわい大江戸の大産土神として関東一円の庶民信仰を集め、「関東のお伊勢さま」として数多くの人々の崇敬を戴きました。その当時の賑わいは、広重の錦絵に窺うことができます。
 その後の当宮の社史をみますと、明治、大正、昭和初期の関東大震災、太平洋戦争の激動期においても、数多くの苦難にも耐えて氏子並びに崇敬者に支えられ現在の御社殿に至ります。
                      (芝大神宮のホーム頁からの抜粋文です。)

1.芝大神宮の鳥居
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2.芝大神宮標碑
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3.拝殿を見上げる!
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4.手水舎
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5.拝殿を横から見る!
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6.拝殿内陣
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7.芝大明神の力石の駒札
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8.力石の一つ
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9.星野立子・椿・高士3代の句碑
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2013/3/27

大江戸近辺の文化財・史址を見る。11.芝東照宮!  綾部の文化財

 当初、芝東照宮(しばとうしょうぐう)」は、増上寺内境内に勧請された。
増上寺は天正18年(1590)家康公の江戸入府の折、源誉存応が公の帰依を得て徳川家の菩提寺に定められた。 当時は日比谷にあったが、慶長3年(1598)江戸城拡張工事に伴い、現在地に移転した。以後、幕府の保護の下、関東浄土宗寺院の総本山となり、実質的に同宗第一の実力を持った。この増上寺境内の家康公を祀る廟は、一般に安国殿と称された。これは家康公の法名「一品大相国安国院殿徳蓮社崇誉道大居士」によるものである。
 安国殿の御神体は慶長6年(1601)正月、60歳を迎えられた家康公が自ら命じて彫刻された等身大の寿像で、公は生前、駿府城において自らこの像の祭儀をを行っていた。死に臨んで公は、折から駿府城に見舞いに参上した増上寺の僧侶に、「像を増上寺に鎮座させ、永世国家を守護なさん」と仰せになり、この像を同寺に祀るよう遺言していたもので、安国殿の創建の時に造営奉行であった土井大炊助利勝(後の大老・土井大炊助利勝)の手により駿府から護り送られたのである。
 安国殿は明治初期の神仏分離のため、増上寺から分かれて東照宮を称し、御神像を本殿に安置・奉斎した。明治6年(1873)には郷社に列し、社殿は寛永18年(1633)の造替当時のものが維持されていたが、昭和20年戦災により、御神像の寿像と天然記念物の公孫樹を除いて社殿悉く焼失した。昭和38年(1963)には寿像が東京都重要文化財に指定され、昭和44年(1969)8月復興奉賛会により社殿の完成を見て今日に至る。(神社のホームページからの抜粋文です。)

1.芝東照宮の大鳥居
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2.参道
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3.手水舎
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4.国天然記念物、幹周6メートルもある芝東照宮の大公孫樹(イチョウ)碑と幹!
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5.同上  
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6.芝東照宮拝殿
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7.芝東照宮前から見た東京タワー!
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2013/3/27

大江戸近辺の文化財・史址を見る。11.芝東照宮!  文化財研修記

 当初、芝東照宮(しばとうしょうぐう)」は、増上寺内境内に勧請された。
増上寺は天正18年(1590)家康公の江戸入府の折、源誉存応が公の帰依を得て徳川家の菩提寺に定められた。 当時は日比谷にあったが、慶長3年(1598)江戸城拡張工事に伴い、現在地に移転した。以後、幕府の保護の下、関東浄土宗寺院の総本山となり、実質的に同宗第一の実力を持った。この増上寺境内の家康公を祀る廟は、一般に安国殿と称された。これは家康公の法名「一品大相国安国院殿徳蓮社崇誉道大居士」によるものである。
 安国殿の御神体は慶長6年(1601)正月、60歳を迎えられた家康公が自ら命じて彫刻された等身大の寿像で、公は生前、駿府城において自らこの像の祭儀をを行っていた。死に臨んで公は、折から駿府城に見舞いに参上した増上寺の僧侶に、「像を増上寺に鎮座させ、永世国家を守護なさん」と仰せになり、この像を同寺に祀るよう遺言していたもので、安国殿の創建の時に造営奉行であった土井大炊助利勝(後の大老・土井大炊助利勝)の手により駿府から護り送られたのである。
 安国殿は明治初期の神仏分離のため、増上寺から分かれて東照宮を称し、御神像を本殿に安置・奉斎した。明治6年(1873)には郷社に列し、社殿は寛永18年(1633)の造替当時のものが維持されていたが、昭和20年戦災により、御神像の寿像と天然記念物の公孫樹を除いて社殿悉く焼失した。昭和38年(1963)には寿像が東京都重要文化財に指定され、昭和44年(1969)8月復興奉賛会により社殿の完成を見て今日に至る。(神社のホームページからの抜粋文です。)

1.芝東照宮の大鳥居
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2.参道
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3.手水舎
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4.国天然記念物、幹周6メートルもある芝東照宮の大公孫樹(イチョウ)碑と幹!
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5.同上  
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6.芝東照宮拝殿
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7.芝東照宮前から見た東京タワー!
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