2013/1/21

飛騨・信濃の文化財史址を見る!37.川中島古戦場跡と信玄の本陣八幡社!  文化財研修記

JR長野駅から117号線を松代に向って車で約20分千曲川の川中島古戦場跡に至ります。 
 武田信玄は永禄4年(1651)9月9日夜、ここ八幡原に本陣を構えるにつき、土塁を作りました。 土が盛り上がっているのが、本陣を作ったときの土塁の名残です。升形(ますがた)陣形と言います。今は、土塁も崩れて小さくなっていますが、本陣を構える時に作った土塁の土留めに自生していた槐(えんじゅ)の木を杭として、根の方を上にして打ち込んだのが芽を出し、このような巨木に成長したので、逆槐(さかさえんじゅ)と呼ばれております。
 この八幡社の御祭神は 誉田別尊(ほんだわけのみこと)、建御名方命(たけみなかたのみこと)が祀られております。 武田信玄は八幡社様を中心として本陣を構え御祈願した為に命を免れたと言われております。
 永禄4年9月10日の戦いの後、3年後に千曲川を挟んで両雄にらみ合いを3日間続けましたが、両雄相まみえることなく、どちらからともなく双方引き下がったのです。
 それは、戦いを嫌い平和を望む八幡社様の強いお力が成したことと、現在に語り継がれております。八幡社の御祭神であります誉田別尊大神様は、第15代の応神(おうじん)天皇であります。

1.八幡歴史跡公園と川中島古戦場案内標ですぐ解ります。
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2.八幡社へ向います!
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3.八幡社駒札
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4.案内板
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5.八幡社
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6.武田信玄の植えた逆槐(さかさえんじゅ)の木
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7.永禄4年(1651)9月10日早朝の場面(赤、上杉謙信の軍勢8千名が真正面、上段赤のキキツツキ先鋒1万3千名が上杉軍の空陣地へ!一方、武田信玄本隊1万5千名は八幡社の本陣に位置しています。)
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8.風林火山の旗の本陣!
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9.上杉謙信が「三太刀七太刀切りかかる!信玄刀を抜く間もなく軍配で受ける!」の像
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10.謙信の執念の石
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11.三太刀七太刀の碑!
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12.八幡原史跡公園にある長身で目の落ち窪んだ特異な容貌の佐久間象山像
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13.上杉謙信の上杉の姓の発祥地は京都府綾部市上杉庄です。下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/275.html


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2013/1/19

飛騨・信濃の文化財史址を見る!36.源頼朝の守仏髻馬頭観音を祭る中御所観音寺!  文化財研修記

 長野県JR長野駅東口から徒歩10分で「源頼朝公の守仏髻馬頭観音菩薩像と妻政子の守仏聖観音菩薩像を祭る中御所観音寺」があります。
 源平の合戦のさなかに、長野の善光寺は落雷によって焼失します。その善光寺を再建したのが平家を滅ぼした源頼朝でした。信濃の武士たちに再興を命じた下文(くだしぶみ)を戦いが終結した文治3年(1187)に出しています。そして鎌倉幕府を開いた5年後の建久8年(1197)、頼朝は鎌倉を立って善光寺に向かいました。
 頼朝は善光寺を目前にしてこの地に泊まります。それ以来、ここを「御所」と呼び、この地を「中之御所」「中御所」というようになりました。
 髪を束ねた髻(もとどり)の中に入れていた馬頭観音のお告げによって、この地に寺を建立して守り仏の馬頭観音をまつりました。それが現在観音寺のご本尊の「髻馬頭観音」です。

1.観音寺(長野市中御所)の門前の標柱。正面には「征夷大将軍源頼朝公御守仏髻馬頭観世音」と刻まれています。
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2.標柱裏には頼朝が訪れた年「建久八丁(ひのと)巳(み)三月」と刻まれています。
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3.門前から本堂を見る!
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4.左手には巨大な宝筺印塔と六地蔵があります。
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5.本堂を正面から見る!
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6.付近には中御所観音寺を護る八幡神社・御所天満宮がありますが、新しく建て替えられたものです!
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7.同上
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2013/1/18

あやべの物部厄除大祭が物部町下市の厄善神社で盛大に開催された!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」物部町(ものべちょう)には諏訪神社がある。古代は名の如く物部(もののべ)氏族の領地であったと云われている。源頼朝が鎌倉幕府を開き、信州上田の城主・上原右エ門丞景正を丹波国何鹿郡(いかるがぐん)の地頭職に任命し、上原氏は6万石にて建久年(1193)に着任し、物部の高尾に城郭を築き、故郷信州一ノ宮の諏訪大明神の分霊を此処に祀り「諏訪神社」とした。又此処を流れる川を「犀川」となずけたという。
 この厄除大祭の神社は諏訪神社の摂社である物部下市「厄善神社」で、毎年1月18日に盛大に催行されています。今年も1月18日(金)12時30分より「特別祈祷」が始まり一人2,000円で80余名の申し込みもあったが平日のため代理申し込みも多かった。
午後2時には「御神札焼納式」の神事も無事終了した。
 尚、この大祭の主催は「下市厄善講(代表は高橋正信氏)」であり、話を聞くと厄除大祭礼は曜日かかわらず、毎年1月18日に実施している。又この神社は諏訪神社が歓請される以前から祭られていて祭神は不詳との諭旨であった。位田町の有名な氏政神社でさえ、京都府神社庁名簿では祭神不詳と記されているので最もだと思った。
 又、この神事を司どる神官は中村孝行氏(皇學館大學卒)で綾部市立河北中学校々長を勤めて退職された諭旨であるが、現在の本職は有名な小畑三社祭りの二宮・熊野神社の宮司であり、長年当会・綾部の文化財を守る会々員でもあります。

1.12時15分頃の雪が降る諏訪神社と厄善神社
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2.大鳥居
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3.境内の焚き火で暖まってから参拝!
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4.「厄除け門」を通って参拝へ
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5.特別祈祷申し込み一人2,000円(何と平日で代理申し込みが多い諭旨だが80余名!)神矢のみは500円、お守りは300円!
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6.厄善神社参拝!
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7.同上 神社内
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8.小生も参拝!賽銭そなえたら無料で「御神符」と「御神饌」と「福引券」が貰えた!
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9.福引も大当たりが一杯!
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10.小生も3等が当たって「ジャラン・ジャラン」鐘が鳴った!賞品とゼンザイと甘酒!3等が当たるなんて初めてだった!車に当たらないよね!交通・家内安全祈願もあったのだからね!おまけに取材してくれてありがとうと最期又2袋余分に貰った!
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11.特別祈祷神事が始まる!
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12.下記をクリックして、「音声付動画」でお清めやお祓い神事の一部を見て下さい!
http://youtu.be/wON4gSr9J3s

13.宮司様の祝詞(のりと)奉上!
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14.宮司様の玉串奉納後、平和元良物部下市自治会長の玉串奉納!
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15.高橋正信下市厄善講代表が玉串奉納!
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16.以下参列の役員全員が順次玉串を奉納されました!
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17.凄いね物部小学校の児童が順次参拝です1
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18.同上
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19.参拝した児童に話しかけられる中村宮司様です!
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20.午後1時35分 第二部の神事「御神札焼納式」が始まる!
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21.宮司祝詞(のりと)奉上!
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22.宮司玉串奉納後、参列役員順次玉串奉納!
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23.御神札最期のお祓い!
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24.宮司様点火後、大松明で追加で点火!
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25.ほぼ終わりの御神札焼納式!
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可愛いやっこさんのでる物部の諏訪神社の秋祭りは下記をクリックして見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/345.html

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2013/1/17

飛騨・信濃の文化財史址を見る!35.戸隠神社五社最大の中社!  文化財研修記

 戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の5社からなる、創建以来2,000年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。
その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。
平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。
  江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、1千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めました。
 明治になって戸隠は神仏分離の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至ります。
 晴れ男の小生もこの戸隠神社には嫌われたのか、この中社を参拝して所で、もう正に猛烈な雨で、更にカーナビは奥社を示すも途中で切れてしまった。即ち道に迷ってしまったのです。
 後で地図を見ると奥社は駐車場は狭く、其処から片道40分の登山で到着の諭旨です。

1.道に迷って鏡池に至る戸隠神社近辺地図
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2.鏡池!10月中旬平日、雨なれど多くのハイカーや巡礼者が目立ちます!
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3.戸隠神社の最大の中社鳥居!
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4.中社駒札
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5.御神木の三本杉(2ヶ所あり、その右側のもの、樹高38メートル以上で三本が正三角に引っ付いて巨木の枝を張っています!)
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6.同 境内石段途中の左側の三本杉!
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7.拝殿正面
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8.拝殿内陣(ビンボケですが、掲載しました。)
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9.宝物館前の見事な左右の狛犬(右側)
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2013/1/15

飛騨・信濃の文化財史址を見る!34.戸隠五社の一つ宝光社と火之御子社!  文化財研修記

 戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の5社からなる、創建以来2,000年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。
その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。
平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。
  江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、1千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めました。
 明治になって戸隠は神仏分離の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至ります。
 
 長野善光寺の裏の駐車場を出発、雨が降りだしてくる!大型通行不可の七曲がり「戸隠しバードライン」を登って行くも、晴れ男の小生も戸隠の神に嫌われたのか、雨は益々激しくなってきました。漸く戸隠神社宝光社に到着。

1.戸隠神社宝光社参道
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2.神道(かんみち)と呼ばれる参道
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3.宝光社鳥居
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4.戸隠神社宝光社の駒札
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5.戸隠神社信仰地の駒札
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6.神道の参道を更に登る!
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7.参道を登りきると巨大な戸隠神社宝光社拝殿が現れる!
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8.猛烈な雨の中で拝殿を右横から見る!
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9.拝殿を左側から見る!右側に神輿蔵が見える!
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10.神輿の駒札
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11.見事な漆塗りの神輿です!
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12.火之御子社(大久保の第一の鳥居から徒歩で此処まで約2時間、戸隠神社5社めぐりは第一の鳥居から始まり熊野古道の様に多くの登山者がこの雨の中を徒歩巡拝されていました。)此処から徒歩15分で宝光社です。)次回は戸隠神社中社です!
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2013/1/14

平成25年第62回綾部市成人式を初めて見学して!  あやべの街

1月9日(水)あやべ市民新聞に1月13日(日)午後1時から第62回綾部市成人式が綾部市里町の府中丹文化会館で開催され、一般市民の来場も歓迎している記事が掲載されていた。
 小生の成人式はほぼ半世紀前になるが、当時はJTB日本交通公社外人旅行京都営業所勤務で、東京オリンピックの前年であって、毎日外人相手の仕事、それも当時は現在の京都市役所前のホテル大倉(京都ホテル)のJTBブースで一人で駐在勤務であった。日祭日は休みであるが外人(当時は一番はアメリカ人、二番目がオーストラリア人であった。)達は日祭日に関係なく京都へ観光や仕事で来られるので日祭日の勤務もあった。JR京都駅に大型の外車で迎えに行くわけだが、駐車許可証を京都府七条警察署へ申請し、駐車許可証を車の表に表示して、手書Wきの「Welcome to Kyoto! Mr.& Mrs.誰々」と書いた紙を持って京都駅に迎えに行き京都ホテルへ送り、チェックインの手助けや観光の仕方なども案内した。VIPはホテルのボーイさんと一緒に部屋まで同行案内した。電車の号車と座席NO。は当時の鉄道電話で東京や名古屋、広島支店の担当者から連絡が入っていた。それまでにIOM(インター・オフイス・メモランダム)が郵送されて来ており、その外国人のお客様の日本滞在中のスケジュールが全て英文と和文交じりのものであった。例えば名古屋NGO、東京TYOの3 Letter Codeである。現在も大阪はOSA,成田空港NRT,伊丹空港ITMが使われています。
 英語は喋って、書けて、タイプできるのは当たり前、もう一ヶ国語を勉強せよ!試験があり4級から特級まであった。フランス語、ドイツ語やっても駄目でやっとスペイン語に辿りつき毎週1回UNESCO京都事務所でセビリア出身の先生に商社員や大學教授夫人達と習ったった!歌は音痴で駄目!何特徴ある事をやれとの諭旨でダンス教室に毎週1回一年間通った。そのようなことで20歳の「綾部の成人式」には参加できなかった。
 対象は330名との諭旨で今回興味を持って見た記事を掲載します。

1.12時30頃の中丹文化会館前
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2.同上
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3.会館内座席表
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4.一般の参加者も綾部市・綾部市教育委員会・綾部市公民館連絡居議会発行のカラー刷りA4版42ページの「綾部の伝説・民話」の本が無料で貰えた!大変面白いですよ!
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5.午後1時 綾部市教育委員会の女性方の司会で始まった!
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6.下記をクリックして、「音声付銅が」で綾部市太鼓連合会によるオープニング太鼓演奏を聴いて下さい!
http://youtu.be/lgCelqZvoG0

7.主催者として山崎善也市長の祝辞!主催者側、山崎善也綾部市長、足立雅和教育長、上原直人副市長、片山祥司教育委員長、ご来賓は川端勇紀夫綾部市自治会連合会長、四方源太郎京都府々会議員、高倉武夫綾部市々議会議長、上山勇治中丹広域振興局長代理、十倉照子綾部市選挙管理委員長と新成人代表は小川凌さん、荒木美智子さんです!
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8.同上
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9.高倉武夫綾部市々議会議長の祝辞!
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10.二十歳の新成人を代表して、堂々と「二十歳のメセージ」を発表する小川凌さんです!
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11.同上 続いて女性を代表して、荒木美智子さんのメッセージでした!
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12.物部小学校4年生10名による「二分の一成人」としてメッセージを発表!
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13.下記をクリックして、「音声付動画」で上記メセージの一部を見て下さい!
http://youtu.be/38Yaqd0OwgM

14.4名の北欧系アコーステイックバンド「ドレスキップ」のコンサート(パーカッションは綾部出身の渡辺庸介さんです。)
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2013/1/13

恒例の綾部市消防出初式・式典・儀式放水とパレード!  あやべの街

 1月13日(日)午前9時30分から京都府綾部市並松町の市民センター2階の大競技場で「平成25年度綾部市消防出初式」が盛大に開催されました。
 主催は綾部市で1.式次第は(別紙参照)2.10時30分由良川畔で儀式放水、3.10時45分西町アイタウンで綾部太鼓連合会子供会によるオープニング太鼓、続いて、綾部中学校吹奏部によるマーチの演奏で分列行進・車両パレードが11時から盛大に実施されました。
 
1.午前9時25分 並松二階大競技場会場に集結の綾部市消防本部・署50名、車両8台と綾部市消防団872名、車両35台の合計人員922名及び車両43台です。
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2.同上 アップその1.
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3.同上 アップその2.
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4.同上 アップその3.
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5.下記をクリックして、「音声付動画」で団旗入場等を見て下さい!
http://youtu.be/DBto7qgGEL4

6.平成25年度綾部市消防出初式実施概要
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7.開会・消防団旗入場・殉職者に黙祷・人員機械器具報告に続いて、山崎善也綾部市長の式辞!
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8.表象者一覧の一部
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9.同上
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10.表彰状の贈呈の一部
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11.来賓祝辞等後、由良川畔へ移動!儀式放水準備完了!
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12.下記をクリックして、「音声付動画」で儀式放水を見て下さい!3色の放水も見えます!
http://youtu.be/_G1ERvZ3Tws

13.10時45分 西町アイタウンの分列行進・車両パレード会場で綾部太鼓連合会子供会の太鼓の演奏!
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14.下記をクリックして、「音声付動画」で太鼓演奏を聴いて下さい!
http://youtu.be/M1gq5hf2E4U

15.観閲段上の消防団長服の山崎善也市長、京都府消防協会長、高倉武夫綾部市議会議長、四方源太郎京都府議会議員などです!
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16.下記をクリックして、綾部市立綾部中学校吹奏部のマーチ演奏に合せて、分列行進するパレードを見て下さい!
http://youtu.be/_oIVzGWyoF0

17.行進中!
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18.同上
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19.車両のパレード その1.バッテリーが揚り動画撮影できず!
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20.同上  その2.
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2013/1/12

第22回恒例の綾部百人一首かるた会が大本白梅殿で盛大に開催!  綾部の文化財

  京都府綾部市新宮町のあやべ大本長生殿(白梅殿)で平成3年から始まった、綾部の新春恒例行事。綾部ゆかりの足利尊氏や上杉清子の歌に、一般市民から公募で集めた歌を加えた恒例の第22回綾部百人一首かるた会が1月12日午後1時から盛大に開催されました。主催:綾部市公民館、後援:綾部市教育委員会、綾部市観光協会、綾部市公民館連絡協議会です。
 参加要領には「豊なるふるさとの自然や歴史、ふるさとを思うやさしい目・豊かな感情・細やかな心情で詠みあげられた「綾部百人一首」かるた会を開催します。
 総桧造りのかもし出す荘厳さと奥ゆかしさをそなえた素晴らしい会場。日本古来の伝統芸能で雅の世界に心をなごませ、かるた取りを通してふれあいを深めて頂きたいと思います。
参加費300円(中学生以下・・・無料
▲参加記念品・・・綾部の花と緑のカレンダー
▲賞品もあります!
大本長生殿(白梅殿)
12;00受付開始
13:00開会
○三松会の琴と尺八の演奏
○澤田綾部市公民館連絡競技会々長の挨拶
○山崎善也綾部市々長の挨拶
○かるた取りは2回開催されました。
16:00終了

1.綾部大本長生殿(白梅殿)が綾部百人一首かるた会々場です!
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2.白梅殿入口
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3.12時20分  綾部百人一首かるた会実行役員「綾部百人一首」の歌斉唱練習中!
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4.綾部百人一首の歌(一)句は出口王仁三朗聖師様の詩、(二)詩人・吉井勇氏の詩、(三)百一首目は当時中学生の大槻知子さんの詩です!
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5.綾部市綾部公民館作成の「綾部百人一首」の本表紙(参加者は無料で貰えます!)
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6.12時35分受付中
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7.午後1時 平野さんの司会で始まる!
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8.オープニングは三松会の琴と尺八の演奏です!
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9.下記をクリックして、「音声付動画」で「三松会」の演奏を聴いて下さい!
http://youtu.be/OC_LchcuUtA

10.実行役員さん達及び全員で「綾部百人一首」の詩を斉唱します!
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11.下記をクリックして、「音声付動画」で全員の斉唱を聴いて下さい!
http://youtu.be/TV-6XJ12VTk

12.澤田綾部市公民館連絡協議会々長のごあいさつです!綾部小学校の23名の生徒さんを迎えて、嬉しいかるた会となります!・・・・云々!
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13.ご来賓を代表して山崎善也綾部市長の祝辞です!
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14.第一回目のかるた取り開始です!
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15.同上 真剣な参加者達!
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16.下記をクリックして、「音声付動画」でかるた取り見て下さい!

その1.
http://youtu.be/VFsW2FIf8_c
その2.
http://youtu.be/4euqfwEiFOc

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2013/1/12

飛騨・信濃の文化財史址を見る!33.国宝の本堂と重要文化財の山・善光寺!  文化財研修記

 牛に引かれて善光寺まいりで有名な善光寺は、古くから宗派の別なく庶民に親しまれてきました。一生に一度お参りをすれば極楽浄土に行けると伝えられ、年間700万人ともいわれる多くの参拝者で賑わっています。小生今回第4回目の参拝ですから、極楽浄土に行けるのは確実だと思慮しながら参拝しました。
 国宝善光寺本堂は2007年には、1707年宝永4年(1707)に再建されてから300年を迎えました。
1400年の歴史を刻んだ善光寺は新たな歴史の創造の機縁になる年と言えます。
 再建300年を迎えた善光寺本堂はそれ以前は現在商店が建ち並ぶ仲見世通りの場所にありました。現在、その仲見世通りの中ほど、三門に向かって左手に大きな延命地蔵尊がまつられています。ここが前の本堂の瑠璃壇(るりだん)があった場所です。かってはここに御本尊が祀られておりました。現在の仁王門から三門までの間を、当時は堂庭(どうにわ)と呼び、その広い敷地のまん中に前本堂が建っていました。

1.仁王門と堂庭(元此処に善光寺本堂がありました。!)
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2.山門手左側の本坊の一つ大勧進!
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3.同上 大勧進(だいかんじん)は天台宗です!
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4.山門手前右手のぬれ仏(延命地蔵)です!
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5.威容を誇る善光寺山門(国の重要文化財で寛延3年(1750)に5年がかりで造営されました。屋根も平成の解体で昔の様に栩葺(くぬぎふき)になりました。)
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6.同上 国重文の山門の扁額は輪王子門跡公澄法親王の筆です!
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7.手水舎
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8.本堂手前左側の国重文の経蔵駒札
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9.国重文の経蔵!内部は石敷きで、八角の回転式の輪蔵があります!
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10.国宝の本堂「堂庭の地より現在地に移され宝永4年(1707)に完成した巨大名な建物です。設計は幕府方棟梁の甲良宗賀(こうらむねよし、滋賀県近江の甲良大工で有名)の手になり、その浄財は大勧進72世慶運が全国を行脚(あんぎゃ)して集めました。丁字型の撞木(しょうもく)造と云われる建築様式で、全国最大級の木造建築物です。なかに入ると入口から、外陣、内陣、内々陣とつながり、その奥の左側に秘仏の一光三尊阿弥陀如来像(いっこうさんぞんあみだにょらいぞう)を安置する瑠璃壇があります。」
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11.本堂に向って右側には巨大な宝筐印塔が立っています!
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12.本堂前の大香炉!
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13.国宝本堂の威容!
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14.本堂の右側には国重文の鐘楼と鐘があります!
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15.本堂裏側には徳川家大奥の供養塔があります!
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16.同じく裏側には松代藩真田家の古塔があります!
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17.同じく裏側には高尾灯篭(ご存知の江戸吉原の高尾太夫の為に三浦屋四郎左衛門が奉納した燈籠です。)があります!
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18.同じく裏側には新しく「迷子郵便供養塔」が出来ていました!
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2013/1/11

飛騨・信濃の文化財史址を見る!32.国重文の珍しい仮拝殿をも祀る麻積神明宮!  文化財研修記

長野県東筑摩郡麻積村(おみむら)麻5583には麻績神明宮(おみしんめいぐう)を祀っています。この神社の創建は平安時代末期、周辺一帯が麻績御厨(みくりや)と呼ばれる伊勢神宮の荘園だったことから神領の惣社として伊勢神宮の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。境内には神楽殿と舞台がありますが通常兼用する場合が多く麻績神明宮のように神事と娯楽と明確に分けることによってより神格化させようとしていたのかも知れません。又、本殿左側に独立して仮殿が建てられているのも珍しく、古くから住民が御際神に大して畏敬の念を持っていたと思われます。
麻績神明宮の文化財
 本殿は三間社神明造(1684年創建)国指定重要文化財
 仮殿は三間社神明造{1760年創建)国指定重要文化財
 拝殿は(1840年創建)国指定重要文化財
 神楽殿は(1698年創建)国指定重要文化財
 舞台は(1783年創建)国指定重要文化財

1.参道の石の鳥居
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2.下馬橋
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3.神社前の安坂川畔にも石の神社が一杯有ります!
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4.太鼓橋と二の鳥居と裏は全国でも古い貴重な農村舞台です!
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5.二の鳥居と左側は農村舞台
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6.国重文の農村舞台を横から見る!
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7.推定樹齢800年の神明宮大杉碑
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8.神明大杉
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9.国重文の拝殿正面
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10.拝殿に向って左側の国重文の神楽殿
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11.拝殿後部から国重文の本殿を見る!
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12.同上 本殿は大町にある国宝の仁科神明宮本殿よりやや大振りの神明造本殿です。
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13.そのまま残された国重文の珍しい仮拝殿です!
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14.同上を正面より見る!
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15.農村舞台を上から見下ろす!
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16.正面拝殿、左は神楽殿
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