2013/1/31

飛騨・信濃の文化財史址を見る!42.徳川秀忠軍3万8千名を翻弄した上田城!  文化財研修記

 上田城は天正11年(1583)、真田昌幸によって築城された城で、上田盆地のほぼ中央の千曲川の尼ヶ淵(あまがふち)河岸段丘上の平地に築かれた平城です。天正13年(1585)には徳川家康に帰順していた真田昌幸が沼田領を廻り徳川家と対立し7千名の兵を迎え撃つに至りました(第1次上田合戦)。昌幸は次男信繁(幸村)を春日山城に人質として送り上杉謙信の援助を請うと、遊撃部隊として真田信之を戸石城に置き、後詰として上杉援兵と矢沢頼康が布陣、上田城には昌幸が入り総勢1千2百人の兵(武装農民を加えると3千人位の兵力だったとされています。)を領内に展開させました。徳川軍は鳥居元忠、平岩親吉、大久保忠世などの譜代諸将と徳川家に従う武田の遺臣、まず信之が上田城下まで誘き寄せ、城を守る前衛部隊が徳川軍と交戦、時を見計らい城まで一旦引き下がると誘き寄せられた徳川軍が上田城に一気になだれ込み、それを見た昌幸は城から一斉に矢玉を浴びせ撃退、敗走する徳川軍の背後を信之の軍が襲い、後詰の上杉軍が追撃、神川まで敗走した徳川軍の死者は1300人にのぼり、真田軍は僅か40人という大勝利だったと言われています。この事により真田家と上田城の名声は全国に広まったとされ、真田昌幸と徳川家康の遺恨が生まれました。慶長5年(1600)、真田家は本多忠勝の娘で徳川家康の養女を正室とした信之が東軍に組みし、石田三成の盟友である大谷吉継の娘を正室とした幸村、昌幸が西軍側に付き関が原の合戦を迎えます。徳川秀忠率いる東軍3万8千名の兵が中山道を進軍し、真田昌幸、幸村3千名の兵が上田城で迎え撃つという第2次上田合戦が行われました。当初から秀忠軍の足止めを目的とした戦いだったとされ、一旦降伏を受け入れるように見せかけて時間を稼ぎ、挑発することで徳川軍を上田城に誘き寄せ、手薄になった秀忠本陣を伏兵に急襲させる事で徳川軍を大混乱に陥れました。秀忠は上田城の攻略を諦め中山道を西上するも関ヶ原の戦いに間に合わず家康から叱責されましたが結局東軍の勝利となり真田昌幸、幸村は九度山に配流され上田城は廃城となり破棄されました。元和2年(1616)信之が上田藩主となりましたが元和8年(1622)には松代城へ移封された為、上田城の整備が出来ず替わって藩主となった仙石忠政が現在見られる近代城郭へ大改修しています。明治維新後に上田城は廃城となり多く建物が破却や民間に払い下げとなり城内には2重櫓が一基残るのみでしたが、近年になり払い下げられた2基の2重櫓を再移築し東虎口櫓門と袖塀が復元されています。現在は上田城公園として整備され国指定史跡(3基の櫓は長野県県宝)に指定され、日本100名城にも選定されています。

1.上田城とその城下町図
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2.駐車場から尼ヶ淵(あまがふち)河岸段丘の西隅櫓を見る!
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3.同上 北隅櫓
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4.上田城跡図
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5.下記をクリックして、「音声付動画で」一部は石垣積ですが物凄い尼ヶ淵河岸段丘を西隅櫓から北隅櫓を見て下さい。
http://youtu.be/RLTadtnosMg


6.尼ヶ淵河岸段丘から西隅櫓に向って登る!
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7.堀の水の説明
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8.同上
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9.城跡公園内の真田神社
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10.同上
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11.南櫓と櫓門
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12.同上 正面
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13.真田石の説明板
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14.下記をクリックして、「音声付動画」で上田城内を見て下さい!
http://youtu.be/7MOStWee3PI

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2013/1/29

飛騨・信濃の文化財史址を見る!41.真田家10代の松代城(元武田信玄の海津城)!  文化財研修記

 松代城(まつしろじょう)は、長野県長野市松代町松代にある城郭でです。元々は海津城(かいづじょう)と呼ばれていたが貝津城とも言われていました。また茅津城(かやつじょう)とも言われ茅の生い茂った地であったと伝える説もあります。形式は輪郭式平城。国の史跡に指定されています。永禄3年頃(1560)武田信玄が上杉謙信に対する前線基地として築城した海津城にはじまります。全くの平城で後日掲載する千曲川と断崖絶壁の防御を誇る上田城とは比較にならない防御の弱い城であり、戦上手の真田家が上田城から移封されたのは最もと理解できた。武田氏滅亡後、森忠政の時代は「待城」、松平忠輝の時代は「松城」を経て、元和8年(1622)に真田信之が初代松代藩主として移封され明治維新まで10代続いた。東・南・北の3方向を山に囲まれ西側に南から北に流れる千曲川に囲まれた平城で天主閣はなく本丸を一番奥に、二の丸・三の丸が本丸を囲むように正面に広がる梯郭式(ていかくしき)と呼ばれるものである。

1.長国寺の前の松代城への案内図
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2.駐車場から徒歩で5分千曲川を利用した堀に至る。
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3.松代城図
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4.本丸門
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5.北不明門碑
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6.正面の太鼓門
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7.同上
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8.二の丸と妻女山が見える!
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9.海津城跡碑
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10.下記をクリックして、音声付動画で松代城を見て下さい。
その1.城郭内平地から!
http://youtu.be/TMLcOhj7Q3s

その2.城郭の展望台から三方が山に囲まれ西が千曲川がわかります。
http://youtu.be/uBcaV3jJ3p4

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2013/1/28

那智山不動明王大祭が正暦寺で盛大に開催された!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」寺町には「あやべ西国観音霊場第一番札所」「近畿楽寿観音第21番札所」の那智山・正暦寺(しょうれきじ)高野山真言宗がある。大変由緒がある寺院で、天慶5年(942)空也上人が観音様を彫られ祀られたのがそもそものはじまりである。寺号は正暦2年(991)雨乞祈願の効験により時の帝・一条天皇から年号の「正暦」を賜り、江戸時代の歴代綾部藩主も当寺を祈願寺として厚く外護されたと伝えれれている。ご本尊の聖観音像は33年に一度御開扉される秘仏です。毎年1月28日には綾部九鬼藩主が参勤交代の時道中の安全を願い護り本尊とされた仏像・不動明王(鎌倉時代に新義真言宗をおこした興教大師・覚鍐上人の作といわれている)を祭る「那智山・正暦寺不動明王大祭」が午前9時に綾部市指定文化財の「木造千手観音堂」にて玉川正信住職と代表者によって参拝されて,始った。10時には吹き鳴らされる法螺貝の音とともに山伏を先頭に高野山真言宗の僧侶・山伏達が不動堂の指定の場所に集合し「大護摩供」等の大祭の行事が始った。その後、本堂の「四国八十八ヶ所お砂踏み法会」や「無料接待の無病息災大根だき」が午後3時まで振舞われた。

1.雪の正暦寺参道
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2.雪の山門
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3.ご来賓受付・護摩供受付
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4.小生は安い300円の小護摩木に祈願内容・年齢・氏名を書く!(えらいこっちゃ若い若いと思っていたら今年は古希になります!ついこの前までは少年サッカーのコーチで走っていたと思っていたのに!)
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5.午前10時大護摩供のため先達山伏が先頭で山伏・僧侶の行列が護摩壇へきます。
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6.下記をクリックして、「音声付動画」で先達山伏が先頭で山伏・僧侶の行列が護摩壇へ至る行列を見て下さい!
http://youtu.be/N4SI55vOU5g

7.大護摩供のための拝礼!
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8.四方八洲男(前綾部市長)筆頭寺総代の挨拶!(ご来賓には山崎善也綾部市長、四方源太郎京都府々議、西村之広綾部市観光協会長など見知った方も多かった!)
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9.山伏問答が始まる!(内容はこの山伏にはこの儀式に参加できるだけの修行が出来ているかの問答であった。先達山伏の説明を簡略)
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10.下記をクリックして、「音声付動画」で山伏問答のはしりを見て下さい!
http://youtu.be/HLhvxWYMO24


11.山伏問答終了、無事承認で参拝!ここで全員が「般若心経」を唱え、山伏は五鈷杵、五鈷鈴などでリズムを取ります!
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12.下記をクリックして、「音声付動画」で大護摩供の山伏の儀式の一部を見て下さい。
http://youtu.be/Bte-oxgWT98

13.山伏による破魔矢でのお祓い!東西南北4方面、と正面と正面の反対側に向って6度射る!この矢を拾った方には幸運が訪れる諭旨。矢を後で持参するとお守り等がもらえます。
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14.玉川正信正暦寺住職による交通安全及び諸願成就の祈願!です。
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15.下記をクリックして、「音声付動画」で山伏が松明で御火を受けて、大護摩に点火の様子を見て下さい!
http://youtu.be/6sQAz-9qYW8

16.大護摩供盛り上ってきます!
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17.下記をクリックして、「音声付動画」で猛烈に燃え上がる護摩を見て下さい!
http://youtu.be/36lSo8rQjRI

18.護摩壇の大護摩へ僧侶・山伏達が祈願の書かれて護摩木を般若心経を唱えて供します!
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19.下記をクリックして、「音声付動画」で大護摩へ護摩木を供する様子を見てください。
http://youtu.be/gfk-uEp29M8


20玉川正信住職様の最後の御真言など!
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21.10時30分には本堂で四国88ヶ所霊場お砂踏み法会がありました!(終わころです。)
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22.ここで88ヶ所霊場のご本尊の掛軸88ヶ所を廻れば、実際に参るほどによいご利益があるそうです。奥が1番霊場です!
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23.第88番霊場!、満願です!
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24.大護摩供が終わって、ご来賓が本堂に参拝です!
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25.空クジ無しの大福引です!
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26.今年は小生ついています!2等が当たった方不在で、次に引かれたら小生にその2等が当たりました。下記掲載を見て下さい!
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27.福引後、88ヶ所霊場お砂踏みに参拝される方々!
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28.無料の無病息災の大根たきを頂かれる参拝者達!小生既に頂いた!3日間は炊かれたのだろう!素晴らしい味だった!
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正暦寺の文化財を見たい方は下記をクリックして見て下さい!
http://ayabun.net/bunkazai/annai/syorekiji1/syorekiji2.html

2013/1/27

綾部の向田町の眞福寺で脳天大神大祭が盛大に開催された!  綾部の文化財

京都府綾部市(もと何鹿郡いかるがぐん)向田町(むこだちょう)の曹洞宗の眞福寺があり、1月27日(日)午前11時ら地元の篠峰講(じょほうこう)の松下頼男講元のあいさつで「脳天大神大祭(のうてんおおかみたいさい)」が始まった。篠峰講のメンバーは勿論参拝者が「般若心経」を唱える中で催されてた。
 この脳天大神は奈良の吉野山の国宝・蔵王堂の向かって左下にある「脳天神社(のうてんじんじゃ)・龍王院」からの分霊が、同寺に安置されたもので、蔵王権現の変化身として、首から上のあらゆる難病・苦痛(ノイローゼ脳卒中他)を救い賜る神様です。進学祈願、除災難招福、交通安全、諸願成就にも良い諭旨である。この大祭は毎年1月27日と決まっており、今年は日曜日で物凄い参拝者でした。この大祭では「添護摩料(護摩木料)」が綾部で一番安く、一人300円であり、6年振りの参拝なので「身体健康」の護摩木に署名して、大祭では眞福寺の大槻雅久住職が各自の護摩木に記載の願いごとと奉納者の全員の名前を唱えて祈祷された。
 その他、お守り300円、陀羅尼助丸5袋500円を買い求め人が多かった。
御真言は
「オンソラ、ソバ、テイ、エイ、ソワカ」である

1.午前10時15分雪の眞福寺山門への参道
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2.雪の山門
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3.一人添護摩料300円で護摩木に署名する参拝者達!
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4.午前10時20分 脳天大神(のうてんおおかみ)に参拝する人々!
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5.同上
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6.同上
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7.午前10時45分 物凄い参拝者の行列です!
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8.同上
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9.下記をクリックして、「音声付動画」で参拝者の行列や風景を見て下さい!
http://youtu.be/AKXLHcNdbuY

10.午前11時松下頼男篠峰講元の大祭のご挨拶!「今年は巳(み)年で蛇年です!脳天大神はの化身で大変縁起の良い年です・・・・・・・・・云々」
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11.般若心経を唱和する!篠峰講の皆さんです!参拝者も同様に唱和します。
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12.下記をクリックして、「音声付動画」で祭事の様子1。を見て下さい!
http://youtu.be/A5Dv-BYt6d8

13.同上       祭事2.
http://youtu.be/rzh9w3iXnEo

14.護摩が盛大に燃え始めました!
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15.屋台もたこ焼きが人気ですね!
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16.吉野山蔵王権現は下記をクリックして見て下さい!
http://www.ayabun.net/kensyu/yosino2/yosino.html

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2013/1/26

飛騨・信濃の文化財史址を見る!40.偉人佐久間象山を祀る故郷・松代の象山神社!  文化財研修記

 御祭神は佐久間象山先生であり、幕末の大先覚者である。
 松代藩主佐久間一学の長男として文化8年(1811)に生まれる。 6才の時から父や鎌原桐山・活文禅師などから学問・武術を習い、 20才で詩文・経書・武術等免許される程の秀才であった。23才で江戸佐藤一斎の塾に入門、渡辺崋山・藤田東湖等と親交した。3年で帰藩し、藩の子弟に経書や漢学を教える。この頃名を修理、 号を象山と改た。
 29才江戸お玉ヶ池に象山書院を開き、多くの門弟を集める。藩主幸貫老中で海防掛の海防八策を幕府に上申する。36才帰藩し、湯田中・沓野・佐野(志賀高原)の利用係として 開発に努力、又大砲・電信機等の製作・実演する。
 41才江戸木挽町に塾を開き、勝海舟・坂本龍馬・吉田松陰・ 橋本佐内など維新の英才を輩出する。ペリー来航国論沸騰の際、 軍議役として横浜警備に当る。開国論を唱え横浜開港を主張する。 松陰密航事件に連座して投獄される。
 44才から9年間松代に蟄居される。この間高杉晋作・久坂玄瑞・ 山形平蔵・中岡慎太郎・石黒忠悳らが面会に訪れ、時世について、 激論、象山の学識に感動して去る。
 54才元治元年(1864)幕府の命で京都へ上る。将軍家茂・ 一橋慶喜・山階宮。中川宮に公武合体開国を説いて活躍中7月11日三条木屋町で尊攘派の凶刃にたおれ、尊皇開国の捨石となって 非業の最後を遂げた。その後4年にして明治維新の世を迎え、象山の尊皇開国という 憂国の至情がそのまま具現されたのである。

1.象山(ぞうざん)神社案内板と佐久間象山騎馬像
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2.神社駒札
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3.大鳥居と拝殿
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4.正面は拝殿
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5.拝殿に向って左側の碑
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6.同上碑の訳文
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7.拝殿
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8.拝殿横から本殿を見る!
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9.奉納の大釜
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10.同上 奉納由来
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11.長野県指定文化財の「高義亭」
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12.同上 由来記
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2013/1/25

綾部天満宮の初天神大祭が1月25日{金)盛大に開催された!  綾部の文化財

 京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」天神町には名の如く、菅原道真公(学問の神様、文道の神様)を祀る綾部天満宮がある。相殿は賀茂大神です。1月25日(金)午前11時から大槻昭宮総代の司会で始まり、神事は綾部八幡宮の奈島正倫宮司様が司られましたた。ご来賓は山崎善也綾部市長、高倉武夫綾部市議会議長、綾部商工会議所会長代理塩見勝美事務局長、安積将明綾部地区自治会長、田中丈夫綾部地区老人連合会長など多くのご来賓が玉串を奉納されました。その後、大勢の参拝がありました。お賽銭を供えると御神供や無料の甘酒接待がありました。

1.午前10時過ぎの綾部天満宮
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2.右手の手水鉢
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3.左手の狛犬と駒札
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4.拝殿正面
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5.午前11時多くのご来賓も揃いました!神事は大槻昭宮総代の司会で始まりました。
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6.脩祓の儀1.始まる!
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7.同上 2.御祓
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8.下記をクリックして、「音声付動画」で献餞(けんせん、神様に食事を供える)儀から「http://youtu.be/B1fexj9DgkQ祝詞奏上(のりとそうじょう)」までを見て下さい。



9.祝詞奏上
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10.奈島宮司様の玉串奉納後、山崎裕司綾部天満宮筆頭総代の玉串奉納!
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11.山崎善也綾部市長の玉串奉納です!
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12.高倉武夫綾部市議会議長の玉串奉納です!

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13.綾部商工会議所会頭代理塩見勝美事務局長が玉串奉納です!
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14.この間、多くのご来賓玉串奉納があり、吉田知夫綾部天満宮氏子商店街代表の玉串奉納です!
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15.上原裕綾部天満宮氏子代表・幸通自治会長の玉串奉納です!
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16.奈島宮司様の撤餞(てっせん、神様にお供えした食べ物を引き下げます。)の儀
後、多くの一般参拝者がお供えです!
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17.同上
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18.同上 神事は無事修了です!
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2013/1/24

飛騨・信濃の文化財史址を見る!39.真田松代10代の藩主を祀る長国寺!  文化財研修記

 この寺は、1547年天文16年(1547)真田幸隆が開基となり伝為晃運を開山として信濃国小県郡真田(現在の長野県上田市真田(町)に建立した長谷寺に始まる。江戸時代に入り真田信之が1622年元和8年(1622)信濃国埴科郡松代に移されると、当時の長谷寺の住職を開山として松代に建立されたのがこの寺である。真田家からは黒印地として200石が与えられていた。長国寺は信濃国における曹洞宗の僧録所となり、禅僧の修行道場でもあった。江戸幕府からも朱印地100石が与えられていた。当初は七道伽藍が立ち並んでいたが、享保2年(1717)の大火で全焼。寛保2年(1742)の大洪水(戌の満水)で本堂が大破するなどしたが、文化7年(1810)復元された。しかし、明治5年(1872)本堂から出火し、寺宝・経巻・文書などほとんどを焼いてしまった。現在の本堂は明治19年(18986)に再建され現在に至る。

1.長国寺への長い参道
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2.境内案内図
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3.総門
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4.本堂(真田六文銭が屋根に浮き立っている。)
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5.朱色の放光殿
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6.開山堂駒札
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7.開山堂
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8.鐘楼
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9.初代藩主真田信之霊屋を横から見る!
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10.同上
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11.四代藩主真田信弘霊屋
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2013/1/23

飛騨・信濃の文化財史址を見る!38.真田松代藩10代の城下町の祝神社!  文化財研修記

長野市松代(まつしろ)伊勢町には祝(ほおり)神社がある。御祭神は生魂命(いくたまのみこと)、相殿は健御名方冨命(たけみなかとみのみこと)、八坂斗売命(やさかとめのみこと)と記されています。延喜式内社埴科郡5社の一つで1,000年以上 の歴史を有す。松代城下時代は町方の産土 神、総鎮守社として祀られ、いまも親しみ を込めて「お諏訪さん」と呼ばれている。
 慶長3年(1598)に、生魂命は東条から、 健御名方冨命八坂斗売命の諏訪二神は海津城 二の丸から合祀された。 本殿は一間社入母屋 造り銅瓦葺き、拝殿は間口四間、奥行七間、 瓦葺き。見事な立川流の彫刻が刻まれる。境内には稲荷社、八幡社、天神社、西宮 神社(恵比須神社)、猿田彦社、宗像社な どがあり、学問、商業、家屋敷、食物、治水、 漁業、道案内他、八百万の神が祀られる。
境内社の天神社、宗方(像)社などの境内社も見事であり、信濃地方独特の入母屋・銅瓦が使われている。

1.祝(ほおり)神社駒札
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2.鳥居と拝殿
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3.見事な拝殿
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4.天神社
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5.宗方(像)社
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6.西宮神社(恵比須神社)、古代主・大国神社等の合祀社
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7.稲荷社
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8.猿田彦社
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9.拝殿後部と本殿を見る!
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2013/1/22

ことの葉展覧会X竹松うどん店X田舎暮らしの「百姓カルタ」!  あやべの街

 京都府綾部市志賀郷町(しがさとちょう)儀市前13番地(大先輩の郷土史家・真宮均さん宅のすぐ側)にIターンで来て、各地でのうどんつくりの修行をした実績を発揮して、田舎の土蔵の中を上手く改装した「竹松うどん店」を数年前に開店した、竹原友徳ごご夫婦に取材に行った!本来ならHP委員長の鍋師有さんがインタビューに行きたっかたのだが小生よりも年配で綾高120周年の役員で多忙な上、小生と同様難聴であって、小生に取材依頼が来た。実はこのご夫婦には中丹文化会館前での第26回国民文化祭京都2011由良川里山昔話フエスタの11月3日の昼食にうどんをこの出張出店で食して、お薦めの店と簡単であるが一度記事内に掲載したことがあった。
 竹松うどん店で奥様らしく若い美人が側で手伝っていたのでてっきり奥様らしいが、もっと丸顔のイメージが残っていたので確認すると、1月14日(金)のあやべ市民新聞のトップページの「田舎暮らしを『百姓カルタ』に!」(1セット2,500円でこの店で販売中)に掲載されていた同じくIターンの加納昭文氏の奥様がアルバイトで来て居られたのだった!赤ちゃんが出来たと誰かが云ったのを思いだした。
 又、1月20日(日)から2月16日(土)まで店内で同じくIターンで千葉から移住の草刈正年氏(路上の詩人と呼ばれている諭旨)が綾部市内で教えている子供の作品を加えて「ことの葉展覧会」の作品が店内で展示されている。
 竹松うどん店は電話:0773−21−1665で定休日は7と8と9のつく日で11時からオープンで非木材紙のケナフを100パーセント使用している諭旨である。
 小生の食した昔ながら手打ちうどんの記事などを掲載します。

1.竹松うどん店への地図
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2.地図では解りにくい!左手に滋賀郷公民館で向田町へ向う!
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3.橋を渡ると其処が「竹松うどん店」が左手にある。横側ですよ!
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4.竹松うどん店正面!右横が昔の土蔵内部を改装した暖かい部屋ですよ!
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5.土蔵の横裏が広い駐車場で10台以上置けます!マイクロバスもOKだが、
大勢の時は事前予約をお薦めします。手打ちうどんなので時間が係ります!
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6.正面左側は暖かい日光浴を楽しみながら「うどん」を食できます!
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7.左は御主人の竹原友徳さん、右側の美人は奥様ではないですよ!アルバイトで来ているあやべ市民新聞1月14日付けのトップページの「田舎暮らしを『百姓かるた』」1セット@2,500円の紹介のあった西方町の加納昭文さんの奥さんです。竹原さんの奥さんの写真見たかったら最後にクリックして、以前掲載した記事から探して見て下さい。
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8.うどんメニューの一覧表
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9.「田舎暮らしを『百姓かるた』」1セット@2,500円やいろいろなヘルシーな食べ物・御菓子なども販売されています。
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10.土蔵内の部屋1.(壁にことの葉展覧会の作品が展示されています。)
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11.同上。イス席も年寄りには楽です!(作品の一部が裏に見えます。)
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12.トイレも最新式の様式で年寄にも楽ですね!
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13.ことの葉展覧会の草刈正年氏のあいさつ文!
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14.作品を見ている間に店長お薦めの「せせりうどん」450円と「おにぎり」100円が出き上ってました!横の天ぷらかすの追加は無料!お箸とうどんセットは自分で席に持って行き、食べ終わったら、返却場所へお返し下さい!これで女性や普通の男性は十分でしょうが、小生は今年古き稀なりですが、朝5時起き、PCパソコンで浜松、岐阜、滋賀県、神戸市のブログ仲間のブログ見てコメントを入力、6時50分朝食、7時15分から小学校生の登校交通整理で7時50分まで。それからコーヒー(2年前からやっとコーヒーが飲めるようになった!)飲みながら新聞を読む、そして楞厳寺初弘法取材、とって返してこの竹松うどん店取材で腹ペコ!もう一つおにぎり欲しかったが、取材記事入力のため早急に自宅へ帰り入力です。よく食べる人なら250円のしょうゆうどん+おにぎり3個300円をお薦めします!
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15.作品展の一部
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16.同上
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17.竹原さんの奥様の顔を見たかったら、下記をクリックして小生の「第26回国民文化祭京都2011由良川里山昔話フエスタの11月3日の昼食にうどんをこの出張出店」の記事から探して下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1172.html

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2013/1/21

古刹・関西花の寺2番・綾部西国観音霊場14番の楞厳寺の初弘法の柴燈大護摩祈願!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」館町(たちちょう)にある高野山真言宗の古刹「楞厳寺(りょうごんじ)」で1月21日(月)午前9時45分から本堂にて盛大な法要が厳修された。続いて午前10時30分から11時40分まで盛大な柴燈大護摩祈願が盛大に催されました。
 より詳細な内容は最期にクリックして昨年の記事等を見て頂けます。


1.1月21日の「楞厳寺(りょうごんじ)」
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2.本坊
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3.日眼地蔵尊
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4.本堂を見上げる!
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5.本堂(四国八十八ヶ所お砂踏場となっています。)
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6.柴燈大護摩祈願が始まる!
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7.見守る参拝者達!(昨年の初弘法は同じ1月21日だが土曜日で物凄い参拝者であった。今年は少ないと永井寺総代の話でした!
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8.柴燈大護摩祈願が始まる!2.
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9.同上 3.
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10.同上 山伏問答が始まる!
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11.下記をクリックして、「音声付動画」で山伏問答の一部を聞いて下さい!
http://youtu.be/kP8MqkRHx7k

12.昨年の1月21日(土)の物凄い参拝者のあった記事は、下記をクリックして見て下さい!
その1.
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1261.html
その2.
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1262.html

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