2012/8/22

2012綾部町区10ケ寺 川施餓鬼法要 精霊送り松明行列 並松〜味方河畔にて  綾部の文化財

2012綾部町区仏教会10ケ寺の川施餓鬼法要・精霊送り松明行列が並松〜味方由良川河畔において行われた。今年で第4回目を迎えるこの行事は、春に行われた稚児行列・釈迦降誕祭
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1362.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1363.html
と同様に千手院が当番寺として主管された

その経過を準備の段階から追って報告する。今回は主管する内部からの感想などを交えたルポである

<6月29日18時〜川施餓鬼準備打ち合わせ会議>が行われた。
上記の「花祭り」のブログと共に、第1回目、第3回目の「精霊送り火」のブログをコピーして持参した。  
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1075.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/736.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/737.html
 これはまだこの行事が新しく世間一般に知られていないので、大勢の参加者を集めて行われる当行事の様子を知ってもらうためである

会議ではすでに当寺の役員会で打ち合わされた内容に基き、準備品リスト、会場見取り図、役割分担、前日、当日、翌日の準備〜後片付けまでの資料が準備されていた

<8月9日(木)17時〜草刈>
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千手院に集まってきた檀家のメンバー

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味方の笠原神社下の由良川河畔の草刈作業 松明行列の焚き上げ場所を作る。大型の草刈機も登場して手際よく仕事が捗った

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由良川対岸の並松・現長下の会場準備を見る

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川施餓鬼法要と松明着火の行われる並松の河川敷も清掃作業が進む

<8月15日(水)15時〜準備、積込み、確認>
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お盆の15日、千手院本堂でも新仏さん家族を迎え施餓鬼法要が行われていた。ここで用意された施餓鬼旗を川施餓鬼法要でも使用する

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施餓鬼法要を済ませ姿を見せられた木原住職と伴仲檀家総代。5台の軽トラックに川施餓鬼物品リストに従い仏教会倉庫、千手院、社協借り物などが積み込まれ、ブルーシートが被せられる

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明日の本番を前に設営や役割分担の再確認に集まり打ち合わせを済ませる

<8月16日(木)川施餓鬼設営、受付、案内、法要、松明行列、焚き上げ、撤収>
9時に集合の千手院へ行くと既に5台の軽トラが出発するところであった

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山内先生の車に同乗して味方由良川河川敷に行く。ドラム缶を切って灰受けにしたものを並べ、その上に木材で井桁を組んだ松明のお焚き上げ(散華)の準備が進められた。味方堤防に沿い2ケ所に松明受けも置かれた

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受付が行われる並松・現長の駐車場には既に簡易テント3張りが設営され、準備が行われていた

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川施餓鬼法要の祭壇が石段下の河川敷に組み立てられ、万灯流し水盤、松明点火篝火台、御詠歌奉納席、蝋燭・線香の奉納台の準備など進められていた

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午前中から受付にかなり多くの方が見えている。受付場所の立て看板を忘れ取りに戻られる。施餓鬼祭壇から離れた場所なので受付テントが道路から見えず判り難い

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灯籠(500円)に文字を記入される千手院の奥様。午後は10ケ寺の僧侶が時間当番で詰められる。施餓鬼祭壇下の灯籠の場所までお1人づつご案内する

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松明(1000円)は用紙に記入していただき、松明に貼り付けて夕方まで預かる

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河川敷の川施餓鬼祭壇までご案内し灯籠に火を灯すお手伝いをする。足が悪く石段があるので降りずに蝋燭と線香の場所で拝礼される方もあり代行する。風があるので点火用ライターでも火が付き難い。灯籠は環境保全のため由良川に流せないので水盤に浮かべてある

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川施餓鬼祭壇の前、由良川の井堰静水面には朝から沢山のカヌー練習が行われている。綾部大橋付近では数人のアクアラングも見える

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三界萬霊十方至聖と書かれ、4色紙の法旗で飾られた川施餓鬼祭壇

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沢山の食べ物が供えられている。何故かキュウリが目に付いた。河童?

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午後になり正暦寺副住職の玉川弘信君などが見える。塔婆や灯籠に文字を書かれている
読めない仏教文字もある。習字の達人でないと勤まらない!
この合同川施餓鬼・精霊送り火の仕掛け人で苦心された玉川君(私の息子の同級生)に、精霊送り火の行事日程を張り出して置くこと。多くの方から尋ねられたので必要では?7時からの行事でもPRとしても大切だ。との注文をつけておいた。次回に参考にして貰えればと思う

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西日が照りつけ暑い、日焼けをした。テントの中よりも涼しい川端の道路に出て駐車場の案内係りを務める。受付のある現長の駐車場も大体3台の余裕で入れ替わり駐車が出来た。さらに詰まると、隣の天理教の駐車場に回す。夕方になり一気に人が増えてきた

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少し暗くなったので石段上、道路際の蝋燭と線香立ての明かりが目立ってきた

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祭壇に篝火が焚かれ、提灯に火が入り、行者法師の方々も集まってこられた

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緋毛氈が敷かれたご詠歌の席も人が揃った

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いよいよ川施餓鬼法要の開始、今年の導師は玄功寺のご住職(来年当番寺)

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松明を持って石段に腰かけ見守る人々

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御詠歌を歌われる諸流のグループ


川施餓鬼法要、御詠歌

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千手院総代伴仲博司氏の川施餓鬼、諸般の安全祈願などの願文


川施餓鬼法要、伴仲千手院総代の願文朗読

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大勢の行者に抱えられた大松明点火に続き、2基の篝火から次々と松明を点火する人々


川施餓鬼法要 松明点火

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大松明を先導に精霊送り火の松明行列が並松から綾部大橋に進む


川施餓鬼精霊送り松明行列 並松〜綾部大橋

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対岸の味方堤防の上を進む松明行列 これまでの取材では行列について味方堤防に行き写真撮影したので、並松から見るのは初めて、川面に松明が映り彼岸の精霊送りの風情が素晴らしい


川施餓鬼精霊送り松明行列 彼岸(由良川味方堤防)

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由良川の河川敷に下りる松明行列、赤かと焚き上げられ散華する松明の大篝火


川施餓鬼法要 精霊送り松明行列 散華(味方由良川河畔)

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彼岸の精霊送り火・松明の散華する大篝火を見ながら、読経される導師とご住職の方々(半数は散華の方で読経されている)

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受付場所の撤収を行う。照明を外し簡易テントをたたむ。テーブル、椅子、用具など整理し軽トラに積み込む。施餓鬼斎場も熱くて手の付けられないものを残して回収する。全てが終わった段階で千手院に引き上げ、荷物を倉庫、寺などに下ろす。千手院の一角で終了のミーティング

<8月17日(金)6時〜後片付け> 早朝6時に現地集合とのことで味方河畔に行く
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焚き上げ場所に着くともう片づけが終わりドラム缶を切った灰受け皿など積み込まれていた

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味方堤防沿いに配置した機材も回収して並松側と合流。蝋燭の滴など綺麗に清掃して元の環境以上にクリーンアップ。辺りのゴミ拾いも行う

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千手院上の仏教会倉庫に積荷を収容。ドラム缶の灰などを綺麗に洗って戻す

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倉庫前に全員そろい、木原住職、伴仲総代の労いの言葉で解散

<参考> 三界萬霊十方至聖
三界万霊塔とは、路傍や寺の入口、あるいは墓地によくみかけるもので、次のような意味を持っている。三界とは仏教の言葉で、欲界(食欲、物欲、性欲の世界)、色界(物質の世界)、無色界(欲も物もない世界)の三つの世界をいう。また、過去、現在、未来をいうこともある。これらの世界の霊、この世の生きとし生けるものすべての霊をこの塔に宿らせて祀りするために建てられた塔である。多くは寺の境内や墓地に建てられて、万霊の供養や無縁仏を供養するものとされている

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2012/8/22

2012綾部市平和祈願の集い 寺山平和公園にて  あやべの街

終戦記念日の8月15日(水)7時から第32回綾部市民平和祈願の集いが開催され、平和の鐘が点鐘される中で150人の市民が黙祷を捧げ世界恒久平和を願った。

早朝からカンカン照りの好天気、蝉時雨が逝く夏を惜しんで一際騒がしいなか中学生の孫を伴い波多野記念碑に着くとボーイスカウトの世話役の人々が子ども達を待っていた。挨拶を交わし先に登りにかかる。中学生の孫は足が速く先に行く、山頂入り口でやっと追いついた。
もう5人ほど先着されていた。早速孫と2人平和の鐘(音叉)を打ち鳴らす。

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寺山山頂平和公園から舞鶴市境の霊峰・弥仙山を展望、綾部市街を見下ろす


寺山山頂より早朝の綾部の町を展望

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集まってきた人々


綾部ボーイスカウトにより、国旗、市旗、世界連邦旗高揚、君が代斉唱

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綾部市のユルキャラ「まゆぴー」がこの集いに初登場

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日本最初に行われた「世界平和都市宣言文」を朗読


参加者全員で「綾部市市民憲章」を唱和


綾部市市歌合唱 あやべ市混声合唱団

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山崎善也綾部市長の話

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ボーイスカウト、ガールスカウトにお礼の伝授

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平和の鐘を点鐘する木下芳信綾部市議会議長 黙祷して平和への誓いを新たに


ふるさとは綾部合唱 綾部市混声合唱団

2008年の平和祈願の集いをホームページに再編集しました。平和宣言文、市民憲章、綾部市歌、ふるさとは綾部など詳しい文章、歌詞はこちらをご覧ください。
 http://nbcayabe.justhpbs.jp/0jshp/bunka/49heiwa08/08heiwa.html

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2012/8/21

長岡京市の文化財・史址を見る!1.浄土門根元地・西山浄土宗総本山「光明寺」1.!  文化財研修記

 京都府長岡京市粟生(あお)西条ノ内26には小塩山の支峰鳥ヶ嶽の山麓に西山浄土宗総本山・浄土門根元地の光明寺がある。京都東山の金戒光明寺と区別するため粟生(あお)光明寺とも呼ばれている。この粟生(あお)の里で法然上人が始めて「お念仏」の教えを説かれたところです。当山の開山第一世は法然上人ですが、建久9年(1198)の創建に尽力を尽くしたのは一の谷の合戦でや「平家物語」、謡曲「敦盛」で有名な熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)が無常を感じ法然を師として仏門に入って、熊谷蓮生法師として、念仏一筋に暮らした「念仏三昧院(なんぶつさんまいいん)」こそが光明寺の前身です。
 HPを開始する以前に「紅葉の西山」は有名でその時訪れていますが、春の参拝は始めてであり、綾部市文化協会々員の研修旅行でこの度、再度訪れました。
 長岡京市のボランテアガイドさんの詳しい説明があり、感謝いたします。

1.境内図を前に説明する長岡京市のボランテアガイドさんです
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2.浄土門根元地碑
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3.光明寺の駒札「国重文の絹本著色二河白道図(鎌倉時代)、絹本著色四十九体化仏阿弥陀聖衆来迎図(南北朝)、木造千手観音立像は保存の関係上、京都国立博物館に寄託中)
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4.楓に覆われた山門
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5.楓に覆われた参道(11月末の紅葉時には山門、楓参道は見事な真紅となります!)
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6.ボランテアガイドさんの「当山は念仏三昧院」を説明
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7.多くの句碑がありますが、之は塩田紅果さんの句碑です!
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8.御影堂「本堂、(みえいどう)(応仁の乱、山崎合戦で焼失、この本堂は宝暦3年(1753)再建のもので当山の中心のお堂。御本尊は法然自作の「張子の御影」です。これは法然上人が75歳の時、四国へ流罪になった時、弟子の願いにより大切にしていた母君からの手紙を貼り合せて自らの像を作り、形見としたものです。
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9.御影堂に向って右側の観音堂
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10.御影堂に向って左側の見事な鐘楼
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11.御影堂の前の法然上人像
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12.見事な手水舎
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13.御影堂の奉納の扁額
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14.見事な欄間
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15.御影堂から裏庭を見る!秋の紅葉は凄いですよ!
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2012/8/20

綾部人の見た美濃の文化財・史址!62(最終回)蓮如上人所縁の珍し真宗東派川並六坊上山浄栄寺!  文化財研修記

岐阜県羽島市竹鼻町22959には蓮如上人所縁の珍し真宗東本願寺派川並六坊上山浄栄寺がある。
 羽島市指定文化財である梵鐘は、明治の神仏分離の際、名古屋の東照宮から譲られたものです。こ梵鐘は、元和8年(1612)、徳川義直を領主として鋳造された鯱頭作りの異色あるものです。
 綾部人の見た美濃の文化財・史址シリーズはなんと今回が最終回で62回目のブログ掲載で過去8年間で最長のシリーズとなりました!最後は疲れて来て碑文・銘文など記録漏れが随分多くなって残念でしたが、次の鎌倉シリーズ、飛騨・信濃の文化財・史址シリーズに繋げていきます。

1.浄栄寺山門
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2.蓮如上人御舊跡(御旧跡)と浄土真宗の寺には蓮如上人並びにそのご子孫が立ち寄っても蓮如上人御舊跡と碑を建立しています。弱小の浄土真宗を戦国時代に一般農民達に「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで天国にいけると諭しています。その実際に民衆が拝んだ「南無阿弥陀仏」の掛軸の1.5メートルから1メートルに近かずくと、凄い線香の香が迫ってきます。
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3.本堂
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4.羽島市指定文化財の釣鐘
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5.もう一度聖人「佐吉翁の文」を読む!
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6.今、長良川を越えています!美濃よサヨウナラ!
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2012/8/19

綾部人の見た美濃の文化財・史址!61.蓮如上人所縁の浄土宗大谷派・聞得寺!  文化財研修記

 羽島市竹鼻町2994には蓮如上人所縁の浄土真宗大谷派の聞得寺(もんとくじ)がある。竹鼻の繁華街に点在する寺院でそのたたずまいには、昔のおもかげをしのぶことができます。銅板ぶきの美しい鐘楼門は山門の役目も果たしています。
 これで最後の予定がもう一つ道を隔てたところにある珍しいし同じ浄土真宗の寺「浄栄寺」を最後にします。

1.山門を兼ねた鐘楼門が見える聞得寺入口の碑
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2.山門を兼ねた見事な鐘楼門
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3.本堂前の見事な鶴の居る石庭
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4.本堂
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5.蓮如上人石像(南無阿弥陀仏を唱えるだけで一般民衆は救われ天国に行けると諭した!)
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2012/8/18

あやべ西国観音霊場33ヶ寺23番札所・長福寺の「向田観音祭」秘仏ご開帳!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」向田町(むこだちょう)には曹洞宗永平寺派の滝本山・長福寺がある。8月17日が例年「向田観音大祭」が夜7時から始まり、7時30分に田園の土手に「向田観音さま」等の火が燈下された。「京都の五山の送り火」を見ている小生にとっては大したことではないと思っていたが、見事な火文字が浮かび上がり幻想的であった。ただ大型バスでは駐車場に問題ありで、今後の課題である。旧綾部町内からは貸切マイクロバスで女性郡の参加も有ったが、7時30分の点火、そして福知山音頭による盆踊り、9寺30分の秘仏「聖観音様」ご開帳行事があった。4年振りの参拝であったが、6時から撮影していたため疲れて9時30分のご開帳は撮影せず帰った。
 詳細は最後にクリックして、4年前の撮影したものですが、見て下さい。

1.午後6時参拝
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2.午後6時過ぎの瀧本山「長福寺(通称:向田観音(もこだのかんのん)」
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3.駒札
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4.先ず、お地蔵様へ参拝
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5.次にお堂参拝、左は文殊菩薩様、真中は善光寺如来様、右は庚申尊様です!
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6.お堂内の奉納絵馬の一つ
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7.本堂参拝
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8.同上 午後7時過ぎ!
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9.同上 駒札
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10.法界塔「卒塔婆には大円鏡智、三界万霊十方四聖等」と書かれています。
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11.西国三十三ヶ寺堂
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12.三十三ヶ寺の仏像
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13.舞堂
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14.午後7時30分 送り火に点火!
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15.下記をクリックして、「音声付動画」で、向田観音(むこだかんのん)の送り火を見て下さい。
http://youtu.be/2s-rOJ6an1c

16.午後7時45分盆踊りが始まる!
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17.下記をクリックして、「音声付動画」で、午後8時の向田観音盆踊りを見て下さい!
午後9時頃に絶好調!になってきます。
http://youtu.be/giEVhJcndNc

18.午後9時30分に秘仏「向田観音(聖観音)様ご開帳です!下記をクリックして年1回8月17日夜9時30分から45分間のみ拝観できます!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/341.html

19.あやべ西国観音霊場23番札所・長福寺(向田観音)の詳細は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/306.html


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2012/8/17

綾部人の見た美濃の文化財・史址!60.岐阜羽島市の佐吉大仏!  文化財研修記

 「綾部人の見た美濃の文化財・史址シリーズ」も今回で60回目で次回61回で終了です。こんなに長いシリーズは始めてでした。岐阜県は広大で飛騨国は最初から除外して、関ヶ原合戦場から始まり、土岐源氏の故郷・土岐市の八幡神社を見て、帰路に入り岐阜羽島市に至りました。竹鼻別院が有名ですが、山川出版の「岐阜県の歴史散歩」を見ていると「大佛寺(佐吉大仏)」が眼に留まり訪れることにしました。
 佐吉大仏は永田佐吉翁によって、宝暦9年(1759)に建立された青銅の釈迦牟尼仏(お釈迦さま)です。像高は石の台座を含めて全体で5メートル程で、台座の周りはおよそ8.3メートルです。作は江戸の鋳物師の西村和泉守藤原政時です。佐吉翁は幼いときから、「学問」を愛し、生涯「正直」を守り、様々な社会奉仕を匿名で行いました。又、母親に対しては至高の親孝行を尽くしました。佐吉翁はその徳の須晴らしさにより「美濃聖人」と称されました。大仏様を造った理由は、母の代わりに諸国巡礼の旅に出て、その途中大病にかかりますが、神仏に祈ったところ全快し、帰宅後その話を母にすると、母は大いに喜び、仏様に感謝するよう勧めました。それで佐吉翁は大仏様を建立されたのです。現在のお堂は明治24年(1891)の濃尾大震災で焼失、昭和37年(1962)の再建のものです。以上パンフレットより抜粋。

1.入口の案内板
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2.佛心石
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3.安八町大森の渡船場に立てられていた佐吉翁の「道しるべ」
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4.大仏堂まえの巨大な宝筐印塔(疲れていたため裏の碑銘をチェック漏れ)
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5.竹鼻大仏(佐吉大仏)座高4.9メートル、台座を含めて5メートルの丈六大仏)
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2012/8/16

綾部人の見た美濃の文化財・史址!59.明智光秀公の最大の位牌と明智家先祖の墓を守る天竜寺!      文化財研修記

 第48回で滅亡した明智城を掲載してきました。この城址の北麓に曹洞宗の明智家伝来の墓と明智光秀公最大の位牌(184センチメートル)を祀る曹洞宗・天竜寺を紹介します。
 土岐氏は源頼光の攝津源氏の出であり、大本は清和天皇にありますが、初めて武士団を形成したのは、天皇の孫にあたる満仲であったと云われています。
その満仲の長子である源頼光が、父の摂津国多田(兵庫県川西市多田)の地を継ぎ、摂津源氏の祖となりました。そして次男の源頼親が大和源氏の祖となり、三男の源頼信が河内源氏の祖となりました。
 この美濃源氏の土岐氏は鎌倉・室町時代はとても有力であり、大動脈の東山道が通る穀倉地帯の美濃を所領し、その中心地は都に近い西美濃でした。康永元年(1342)鎌倉初期の守護・土岐頼康は弟の頼兼に東美濃方面の統治の要として、可児郡明智荘を治めさせ、長山城を築かせました。この頼兼が「明智氏」を名乗り明智一族が誕生しました。家紋は代々土岐家と同じ「水色桔梗」で土岐家の有事の際にはこの旗を揚げて守護土岐家に忠誠を尽くしました。
 
系統図:
             妻・節  
光継→光綱→明智光秀→女・利三妻→三女・稲葉正盛妻・福・
                    将軍家光乳母
                →女・明智光忠妻
                →女・細川忠興妻・ガラシャ→細川嫡流
                    →現細川家
                →女・織田(津田)信澄
  →光信→女
  →光安→光春→( )→( )→(  )数代末→坂本竜馬
  →光久→光忠→光近
  →光廉 
  →斉藤道三妻→織田信長妻 

1.青雲山天竜寺碑
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2.お寺の駒札
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3.山門
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4.明智一族の墓地への入口(本堂裏)
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5.明智一族のお墓
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6.本堂
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7.本堂内の明智光秀公の大位牌(184センチメートル)横の彫像も桔梗紋も良く見えましたが撮影禁止でした。

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2012/8/15

綾部人の見た美濃の文化財・史址!58.可児市で珍しい国常立尊(くにとこたちのみこと)を祀る太元神社。  文化財研修記

岐阜県可児市瀬田1150番地の1には古来人々がこの地に住み始め、東方に見える奥山の上に大県大明神(おおがただいみようじん)を祀り、産土神(うぶすがみ)として崇敬して来た。平安時代中頃には京都の岩清水八幡宮の恩分霊を迎えて一緒に祀って来た。更に室町時代の後期には国常立尊(くにとこたちのみこと)を合祀し、神社も太元宮と改め、国常立尊と応神天皇の二坐を祀ってきました。延宝7年の再建の棟札に記されてきたのは、国常立尊が天地開闢の一番初めに現れる神で国やそこの住む人々がいつまでもしっかり発展していくようにお守りしてくださる神です。又、応神天皇は八幡さまと親しまれ、学問・交通安全・産業発展。安産・厄除開運等を守ってくださる神様です。
 明治維新で太元宮は太元神社と改称され現在に至っています。

1.太元神社入口
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2.鳥居と拝殿
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3.拝殿
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4.見事な拝殿内部
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5.神社の駒札
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2012/8/14

綾部・綾高出身映画監督「瀧本智行氏」映画「はやぶさ 遥かなる帰還」と共に綾部に帰還!  あやべの街

2012年8月12日(日)京都府綾部市里町にある京都府中丹文化会館で午後1時から綾部市・綾部高校出身の瀧本智行映画監督が東映60周年記念作品の2012制作の素晴らしい映画「はやぶさ 遥かなる帰還」が上映された。上映終了後、午後3時30分綾部FMいかる放送の女性アナウンサーのインタビューで「ミニトーク」があり、綾部市民を大いに沸かした。

滝本智行監督のプロフイール
□昭和41年生まれ
□綾部幼稚園、綾部小学校、綾部中学校、綾部高等学校卒業
□綾部フイターズ(綾部少年野球チーム)、綾部パワーズ(硬式野球中学生のチーム)OB
□早稲田大学政治経済学部に在学中から自主映画や演劇活動に没頭。1993年頃からフリーの助監督として様々な作品に参加。TVドラマの脚本やプロットランナー(物語ストリー作家)としての仕事も手掛ける。映画「樹の海」で監督デビュー。デビュー作から一貫して現代社会の内情を織り込む骨太な映画作りに定評。

監督作品
□樹の海(2005)出演者:萩原聖人、井川遥、塩見三勝省ほか。2004年東京国際映 画祭日本映画・ある視点部門作品賞・特別賞受賞
□犯人に告ぐ(2007)出演者:豊川悦司、石橋凌、井川遥、松田美由紀ほか。
□イキガミ(2008)出演者:松田翔太(2012NHK大河ドラマ平清盛の後白河天皇 役)、山田孝之、柄本明ほか。
□スープ・オペラ(2010)出演者:坂井真紀、西島隆弘、加賀まりこ、藤達也ほか。
□星守る犬(2011)出演者:西田敏行、玉山鉄二、岸本加代子ほか。
□はやぶさ 遥かなる帰還(2012)出演者:渡辺謙、江口洋介、夏川結衣、小澤征悦、 中村ゆり、吉岡秀隆、石橋蓮司、藤竜也、山崎努、蟹江一平ほか。

 映画「はやぶさ 遥かなる帰還(東映)」原作:山根一眞、脚本:西岡琢也、プロジェクトマナジャー渡辺謙で「全世界注目の中で7ヶ年をかけて世界初のプロジェクトを成し遂げた人々の感動の物語です。」滝本智行監督のもと「鉄道員」「明日の記憶」のスタッフが手がけて見事に仕上た感動の映画です。
 又、見る機会もあると思いますので、その節は是非鑑賞をお薦めします。
瀧本監督は小生の23歳後輩で、少年サッカー場が少年野球場の隣ですが、綾部で少年サッカーを指導していたこの時期は瀧本監督は大学生で、現綾部少年サッカー綾部フリーゲンFCの監督吉田誠氏の同級生です。

1.8月12日(日)昼12時30分の会場:京都府中丹文化会館入口
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2.パンフレット表紙
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3.パンフレット裏面
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4.午後1時ご来賓の山崎善也綾部市長のご挨拶
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5..午後3時30分から綾部・綾部高等学校卒業の滝本智行監督とミニトークに入る綾部FMいかる放送の真下加奈子アナウンサー!1.
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6.同上  2.
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7.下記をクリックして、「音声付動画」(無料)で滝本監督とのミニトークを楽しんでください。U−tubeの画面がでたら、更にその右下の拡大画面をクリックすると大画面で見れます。
http://youtu.be/lyctzbK_Tdc

13.下記をクリックして、「音声付動画」2を見て下さい。
http://youtu.be/AuHP1ttJXLU

14.花束を贈呈された滝本監督です!
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15.午後4時ミニトークは絶大なる拍手で終了!
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