2012/1/10

綾部恵比須神社の初えびす大祭と七福神の宝舟巡航と10日の本えびす祭典!  綾部の文化財

京都府内でも大変人気のある熊野新宮神社慶大の「綾部恵比須神社」の初えびす大祭が1月9日(祭)午後1時10分に出口宮司様と七福神「今年は綾部市太鼓連合会の役員で、大黒天(芦田正巳市太鼓連合会々長)、毘沙門天(芦田博之同副会長)、布袋(四方進同会計)、福禄寿(足立真佐次あやべ太鼓保存会々長)、寿老人(中野世士夫位田太鼓保存会副会長)、恵比須(白波瀬一郎山家芸能保存会々長)、弁財天(大槻浩子綾部市太鼓連合会事務局長代行)神事が執り行われた。尚、福娘は石橋清花(綾中町)、小山夏海(上延町)、西野春香(田野町)、藤田都由佳(青野町)、波多野愛子(味方町)の皆さんです。綾部恵比須神社の起源は明治36年(1903)に綾部町の呉服商の有志が兵庫県西宮市にある西宮神社から「えびす大神」の分霊を授かり祀ったことが始まり。その後、鳥取県日野町の金持神社と京都市下京区の繁昌神社をも合祀している。祭祀して今年が110年目に当たり、同神社奉賛会(由良源太郎会長)は参拝者に楽しんで貰おうと、サイズ縦1.8メートル、横1.2メートルの「顔出し看板」を用意された。
 この七福神の乗る「宝船」は午後1時30分市内巡航を開始、本町通から駅前通を通って1時50分頃JR綾部駅南口、2時45分頃花の木、アスパ、午後3時20分頃西町2番街、3時45分綾部商工稲荷神社を参拝、4時10分頃帰港。
尚、参拝者には縁起大福引と甘酒の無料接待があった。

1.午後1時の熊野新宮神社の鳥居と!
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2.縁起物を購入
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3.時間待ちの七福神達
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4.参拝の皆さん
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5.熊野新宮神社へも参拝です
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6.下記をクリックして、「音声付動画」綾部恵比須神社周辺を見て下さい。U-tubeの画面が出たら、その画面の右下の拡大画面をクリックして大画面で見て下さい。
http://youtu.be/6UTttO3KE5I

7.甘酒無料接待です
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8.参拝者には縁起大福引です
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9.10時10分七福神の参拝と出口宮司様の御祓い!
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10.七福神集合記念写真です
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11.宝船へ移動!
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12.出口宮司様も宝船の御祓いに移動!
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13.七福神宝船記念写真1.
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14.同上 2.
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15.1月10日が「本えびす」で、午前10時から祭典が行なわれます。来賓受付中
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16.時間待ちで無料の甘酒接待を受けられご来賓もあります。
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17.出口宮司様の拝礼です。
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18.出口宮司様の御祓い
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19.参列者への御祓い
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20.祝詞奉上
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21.由良源太郎同神社奉賛会々長の玉串奉納
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22.各商工会々長の玉串奉納
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23.山崎善也綾部市長の玉串奉納
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24.四方源太郎京都府々会議員の玉串奉納
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25.ご来賓の方々(紙面の関係で全員の方の玉串奉納は掲載できません事お許し下さい。)
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2012/1/9

東近江の文化財・史址を見る!27.(最終回」)彦根市を歩く!木村長門守重成公の首塚のある宗安寺!  文化財研修記

今回で「東近江の文文化財・史址を見る!」シリーズは終わりです。引き続き「伊豆・遠州の文化財・史址を見る!」シリーズにはいります。又、今年度は「美濃国と尾張国の文化財を史址を見る!」など計画中です。
 彦根市内の寺院は軍事施設となるために計画的に配置されていました。本町通りにある、この臨済宗の宗安寺もその一つです。彦根藩初代藩主直政公の夫人・東梅院が両親のために建立して寺で元旧領の上野国箕輪にあったが、移封に伴い佐和山を経て現在地にうつされた。代々井伊家内室の菩提寺として続いた。道路に面して朱塗りの見事な山門(通称赤門)があり、これは佐和山城の城門を移築したものです。横の黒門はこの寺が江戸時代の朝鮮通信史正使の宿であった関係上、料理に使われる肉類は山門から持ち込むことが出来ないのでこの黒門(勝手口)から持ち込んだと云う。境内は本堂(元長浜城の御殿)・庫裡・墓地等からなっている。本尊は大阪夏の陣の時持だされた、秀頼の母・淀君の念持仏であったと云う。昭和55年(1980)体内から経巻などが発見され、その奥書から文永7年(1270)頃の造立であると推定される。墓地には、大阪夏の陣で井伊軍と戦って敗れた豊臣家の忠臣木村長門守重成公の墓(五輪塔)がある。
大阪夏の陣で散った豊臣方の若き勇将木村重成公は、父は豊臣秀次公の家老で秀次謀反の事件に連座して、自害した木村常陸介、母は秀頼の乳母といわれる。幼い時から秀頼に仕え、豊臣家に忠誠を誓った。大阪冬の陣後の講和では、23歳の重成公が大阪方を代表して家康と直談判し、このとき誓書に押された家康の血判が薄いと、もう一度家康に押しなをさせたと伝えられている。
 大阪夏の陣で、道明寺の合戦では、井伊家を相手に大奮戦するも、多くの戦死者を出し、最後の突撃をし、井伊家の家老・庵原助右衛門に討ち取られた。その兜首を貰いうけた、安藤長三郎は井伊直孝を通じで、家康の首実験となり、兜首に家康が近ずくと大変良い香の匂いがし、家康はじめ並み居る武将達はこの若武者の優雅なたしなみを褒め讃えたと云う。
 安藤長三郎はその首を若江岸のススキで包み、彦根の自分の菩提寺・宗安寺の墓所に丁寧に五輪塔を建て供養した。彦根佐和山で首を洗った時、包んでいたススキは佐和山で根付、毎年秋には赤く染まるので「血染めのススキ」と云われる様になった。やがてこのススキは枯れ死の状態になり、そこで縁の深い宗安寺に転植したら活気を呈したと云う。現在の地蔵堂横のススキです。

1.宗安寺の赤門(佐和山城の城門を移築したものです。朱塗りであるのは開基東梅院が徳川家康公の養女であり、家康公の位牌を祀る寺であるからです。)
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2.宗安寺黒門(朝鮮通信史正使のための肉類搬入の勝手口であった)
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3.寺の前の道路の「歴史街道・朝鮮通信史の説明板」
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4.南無阿弥陀仏の名号碑(江戸後期の浄土宗の僧侶徳本行者の筆で、行者が当寺に一泊して、別途念仏会を修した。それを記念して、多くの人に拝めるようにと門の外に建てられたもの)
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5.本堂(宗安寺の本堂は彦根大火で焼失し、元禄15年(1702)に長浜城の御殿を移築して再建。長浜城の御殿であったため、間口が広く(十二間)屋根が低く、欄間・釘隠しなど桃山建築の遺構がうかがわれる。)
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6.地蔵堂(彦根藩士の眼病を直したという、木之本地蔵と地回り地蔵の二体た安置されている。向って左下には「血染めのススキ」、右側には「木村長門守重成公碑」がある。
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7.地蔵堂左下の「血染めのススキ」
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8.木村長門守重成公五輪塔(お墓)
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9.鐘楼と鬼瓦(この鬼瓦は天明4年(1784)作で、高さ2.6M、横幅2.5Mもある巨大な鬼瓦で、中央の葵の紋は棟の中央に掲げられていて旧避雷針を支えていたものです。平成9年の大修理でその役目を終えて展示公開されています。)
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10.本尊阿弥陀如来立像(元、淀君の念持仏であったと云う。)
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11.千体仏と石田地蔵尊(書院に安置されているこの千体仏(阿弥陀仏)と地蔵尊は石田三成公によって建てられた佐和山城麓の瑞岳寺にあったとされ、佐和山城落城の時延焼した瑞岳寺より搬出され、やがて宗安寺で預かるようになった。いずれも石田三成公の念持仏であったと云う。)
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12.石田三成公の念持仏であった石田地蔵尊
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13.石田三成公の念持仏であった千体仏(阿弥陀仏)
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14.東照大権現家康公位牌堂
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15.同上堂内
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16.庭園1.(彼岸白道の庭・別名白露庭)さすが朝鮮通信史正使の宿泊にふさわしい庭園と宿坊です。
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17.庭園2.この庭は二河白道の教えを示す庭で、白砂利を水の河、赤砂利を火の河、家康公位牌堂を彼岸(極楽浄土)、書院側を比岸(この世)とし、渡り廊下が火と水の間を通りみ仏を信じて極楽へ往く白道を表している。月夜に白砂利が白玉の露に見えるところから「白露庭」とも云う。
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18.下記をクリックして、この「彼岸白道の庭・別名白露庭」を音声付動画で見て下さい。U−tubeの画面が出たら、更にその右下の拡大画面をクリックして、大画面で見て下さい。
http://youtu.be/_LnNrYTuTP0

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2012/1/8

平成24年綾部市消防出初式とパレードが盛大に開催!  あやべの街

京都府綾部市では「平成24年1月8日綾部市消防出初式・放水並びにパレード」が盛大に開催されました。式典会場は綾部市並松町にある市民センター2階の競技場で午前9時30分から綾部市消防本部人員49名、パレード等の車両8台、綾部市消防団898名、参加車両34台での参加でした。式典後の京都北部の大河・由良川への放水や西町アイタウンでのパレードでは多くの市民が集まり、見物者も多く大賑わいでした。式典では多くのご来賓、京都府知事代理の京都府消防協会長、国会議員(地元選出衆・参議員)、木下芳信綾部市議会議長、綾部市議会議員、陸上自衛隊第7普通科連隊長、四方源太郎京都府々会議員、由良綾部市商工会議所会頭、各連合自治会長、病院長等多くのご来賓が参加されていました。その様子をも「音声付動画」で一部掲載しますの見て下さい。

1.並松町の式典会場の看板
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2.ご来賓受付
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3.式典開始時間を待つ団員達
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4.式典・放水・パレード等の案内
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5.今年度の京都府消防協会長表彰メンバー表
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6.今年度の綾部市消防団長表彰メンバー表
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7.同上 2.
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8.式典開始9時30分
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9.殉職者に対しての黙祷
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10.主催者の挨拶
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11.表彰式1.
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12.表彰式2.まだまだ多くの方の表彰がありましたが、紙面の都合上略させて頂きます。表彰リストは4.5.6.をご参照願います。
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13.ご来賓達
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14.参加団員は下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい。U−tubeの画面が出たら、更にその画面の右下の拡大画面をクリックして、大画面で見て下さい。
http://youtu.be/cAh1_TX4xqI

15.式典会場から「放水会場」へ移動です。
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16.放水!
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17.下記をクリックして、「音声付動画」で放水を見て下さい。
http://youtu.be/VscYxTIijuM

18.パレード会場の西町アイタウンの時間待ちの「パレードに花を添える綾部中学校ブラスバンド部」!
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19.パレード前座で花を添える「子供太鼓」の皆さんです!
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20パレード式典開始!午前10時30分
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21.同上 2.
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22.パレードは下記をクリックして、「音声付動画」で見て下さい。1.〜7.迄あります。
1.http://youtu.be/D1mYfjamNYc
2.http://youtu.be/6k9d89fiHHs
3.http://youtu.be/yx-tZ6bKrLs
4.http://youtu.be/HjjTh5d2EpU
5.http://youtu.be/AJu1T-hAbFo
6.http://youtu.be/TctjQL06MHI
7.http://youtu.be/hcXwoUx-Gms

23.パレード終了式典
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2012/1/7

東近江の文化財・史址を見る!26.国重文の大洞弁財天堂(本堂)の長寿院!「  文化財研修記

いよいよ「東近江の文化財・史址を見る!」シリーズは次回の「朝鮮通信史正使が泊まった宗安寺」で最後です。今回は井伊神社の直ぐ上の大洞山の中腹に建つ「真言宗の長寿院」を見ます。JR東海道線側の正面の石の参道が正面参道で急な石段が続く。当時は彦根城の鬼門を守る軍事的出城の役割りも持っていたようです。本堂の大洞弁財天堂(国重文)は豪華な権現造りで、正面の本堂(桁行5間、梁間4間・脊面向拝1間)、石の間(桁行3間、梁間3間)、礼堂(桁行3間、梁間3間、向拝1間、唐破風造、総本瓦葺)からなっている。「首剏営元禄八至九(1695〜96)年正月大吉祥」と記された棟札がある。日光東照宮の総奉行、四代彦根藩主井伊直興が日光東照宮を作った甲良(こうら)大工に建立させたお寺で、豪華な彫刻や鮮やかな色彩の権現造りで「彦根日光」などとも呼ばれています。本堂には弁財天像が安置され、彦根の商売繋栄を願う人々がよく、参拝し、参拝者の心を映して弁才天様のお顔色が変わるといわれています。

1.井伊神社横から登る脇参道の駒札!
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2.県指定文化財の「経蔵」の駒札!
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3.同上「経蔵」四隅の大黒天が見えません!
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4.JR東海道線側の正面参道は急な石段です。
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5.山門
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6.楼門(滋賀県指定文化財、二天、毘沙門天と堅牢地神の二天を祀っているので二天門とも呼ばれています。)
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7.楼門の両脇に祀られている、毘沙門天!
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8.と堅牢地神!
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9.楼門の裏の「白狐」は両側に祀られています。又、楼上には4,000体の大黒天像が安置されています。
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10.見事な楼門を本堂側から見る!
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11.左側が本堂(弁財天堂)は国重文、右手の建物は県指定文化財の阿弥陀堂
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12.本堂(弁財天堂)を正面から見る!
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13.見事な彫刻の向拝!
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14.本堂(弁財天堂)を斜めに見る!(桁行5間、梁間4間・脊面向拝1間)、石の間(桁行3間、梁間3間)、礼堂(桁行3間、梁間3間、向拝1間、唐破風造、総本瓦葺)
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15.阿弥陀堂(県指定文化財、阿弥陀如来像(恵心作)と大日如来像(増長作)を祀る。
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16.阿弥陀堂を正面から見る!
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17.宝蔵(県指定文化財、貴重な宝物が数多く保管されています。)
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2012/1/6

東近江の文化財・史址を見る!25.彦根市を歩く!井伊氏発祥の遠州井伊谷より勧請した井伊神社!  文化財研修記

 井伊神社は龍潭寺から少し上った所ににあります。その更に上の方には大同弁財天で有名な長寿院があります。
 天保13年(1842)に彦根藩12代藩主井伊直亮が、井伊家の始祖井伊共保の750回忌にあたり、井伊谷(現静岡県浜松市)八幡宮から井伊大明神を分霊して神像を造り、龍潭寺の参道脇に祀ったのがはじめとされます。また、彦根藩初代藩主直政・彦根藩2代藩主直孝も祀られています。現在は、風化による傷みが激しいため覆いをしており、中を拝観することはできません。以上は彦根市の記事より抜粋。

1.井伊神社の由緒
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2.井伊神社の石柱
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3.井伊神社の鳥居
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4.「木村長門守ゆかりの血染めすすき」の駒札とその下のススキ!慶長20年(1615)年の大阪夏の陣で徳川方の井伊直孝が先鋒であった本陣へ、大阪方の名将(槍の名手)の木村長門守重成がこれが最後と突撃してして来た。彦根藩の安藤長三郎が討ち取ったが、香が焚き込められた若干24歳の兜姿に、敵将ながらその死をいたみ、若江堤に繁る「ススキ」に包んで持ち帰り、彦根の宗安寺に首を葬り、そのススキを当時佐和山神社であった境内に「血染めススキ」として植えた諭旨が記されています。
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5.神社前の彦根市指定保存樹木の古木の「シダレサクラ」は春には見事な花を咲かせる事で有名です。
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6.日光東照宮を思い出させる見事な朱塗り、黒朱塗りの拝殿の井伊神社!
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7.見事な彫刻です!
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8.拝殿前の彦根市指定樹木の日本固有の「ニッポンタチバナ」の木!
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9.タチバナですから実は小さいが匂いが良さそうです。
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2012/1/5

東近江の文化財・史址を見る!24.彦根市を歩く!ボランテアガイドさんの案内で佐和山城跡に登る!  文化財研修記

佐和山城は鎌倉時代初期、近江源氏・佐々木定綱の6男六郎時綱が城を築き、佐和氏を名乗ったに始まる。その後、佐々木氏は南の六角と北の京極に分かれて対立、佐和山城は接触点として争奪が繰り広げられた。文禄4年(1595)秀吉の家臣石田三成が入って大修築を行い「三成にすぎたるもの、島左近(三成の重臣で今の清涼寺に館があった。)と佐和山の城」と呼ばれるほど堅固な城となった。しかし三成が関ヶ原の戦いで敗れると、徳川方の攻撃を受け落城した。この時城中の女子供が断崖から谷へ身を投げた。その谷を女郎ヶ谷といい鳥居本側にある。3日3晩にわたって師にきれない女の悲鳴が聞こえたという。関ヶ原の功で佐和山城を貰いうけた井伊氏が領民の三成への思慕を断ち切るため、徹底的に破壊、城中の陣鐘は龍潭寺の梵鐘に、又多くの材木、石垣の石等は彦根城築城に使っており、今では石垣もなく当時の佐和山城の水源で、千貫文値打ちがあるといわれた「千貫の池」くらいです。其処から撮影した彦根市街を「音声付動画」で見て下さい。
 標高233Mの佐和山の頂上に登るには龍潭寺の墓地の横からの道が一番近いが大変峻嶮です。下記2.に掲載の地図の左上の赤いマーク(龍潭寺前の駐車場)には3月末〜11月末の土・日・祝に「佐和山観光案内所」があり、登山地図を貰いに立ち寄ると、「案内しましょうか?」とのことで、一人ですが、ボランテアガイドの久々宮重徳氏に無料で案内してもらい、登山しました。佐和山は清涼寺の土地であり5名以上同時に登山するなら「清涼寺の許可書」が必要です。尚、交通費千円のみで無料で案内して貰えます!予約は1週間前まで可能。彦根市観光案内所はFAX:0749−22−6849、TEL:0749−22−2954、URLはhttp://www.hikoneshi.com/guide/です。

1.佐和山城跡登山マップ
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2.龍潭寺前の佐和山城跡の説明板
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3.井伊神社近くから見る佐和山(標高233メートルの峻険な佐和山頂上の本丸跡を見に登る。)
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4.龍潭寺のお墓横寺のを通って佐和山登山開始!
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5.大分登った所で龍潭寺のお墓を見下ろす!
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6.佐和山城跡への案内板!後ろは畝状竪堀(うねじょうたてぼり)敵が登って来るのを防ぐための堀の一部)
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7.西の丸近くの煙硝蔵跡へ!
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8.煙硝蔵跡に残る瓦の残骸をみせる久々宮ガイドさんです。
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9.西の丸跡で説明の久々宮ガイドさん。
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10.西の丸跡は左側です。
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11.西の丸跡から琵琶湖が見える!
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12.西の丸から本丸へ!下は敵の進入を防ぐ畝状竪堀(うねびじょうたてぼり)!
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13.西の丸から本丸への途中から琵琶湖が見える!
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14.本丸跡へ到着!
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15.本丸跡1.
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16.本丸跡2.
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17.下記をクリックして、本丸跡を「音声付動画」で見て下さい。U−tubeの画面が出たら、更にその右下の拡大画面をクリックして大画面で見て下さい。
http://youtu.be/gH5sPn0-lgM

18.眼下に彦根城、彦根市街、琵琶湖が見える!此処は千貫の価値ある井戸があった「千貫井」の跡です。
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19.もう一度本丸跡を見て、時間が無いため、隅石垣や登城道はカットして、同じ道を龍潭寺前へ下りました。
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2012/1/4

東近江の文化財・史址を見る!23.彦根市を歩く!井伊家発祥の遠州から移築の龍潭寺!  文化財研修記

井伊家の菩提寺の隣は、井伊家発祥の地、遠州井伊谷の菩提寺を移築して、宝永5年(1708)に諸堂が完成した臨済宗・龍潭寺です。方丈・庫裡などの主な材木は遠州から運び、山門は佐和山の城門をあて、城中の陣鐘を梵鐘にしたと云われる梵鐘もあります。又、佐和山城門の古材を使って建てたという茶席果然室(かねんしつ)があります。彦根市指定文化財の方丈の襖絵56枚は芭蕉(ばしょう)の高弟で蕉門十哲の一人であり画家でもあった森川許六(もりかわきょろく)の作です。同寺には石田三成の供養塔や像もあり、豊臣秀吉・石田三成や又佐和山城を落とした田中吉政の霊牌等敵味方の差をつけず祀られています。この寺には僧侶養成の学寮があり、常在の学僧15人、講師10名を数える臨済宗の大道場であった。特に園図科(おんずか)、すなわち造園科があり、実習も行われていました。彦根市指定文化財の池泉鑑賞式の「東庭」や枯山水の「南庭」は一面白砂を敷き、石垣で観音様の霊場「補陀落山(ふだらくさん)」をあらわしており、「ふだらくの庭」としても有名です。4月のだるま祭り、7月の庭まつり、10月の紅葉まつり(石田三成忌)と年中行事も多彩です。

1・龍潭寺への案内板
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2.龍潭寺入口
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3.井伊直弼の嫡子の直憲公顕彰碑の説明板
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4.同上 碑
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5.元佐和山城の陣鐘を持って来て「梵鐘」としたもの!
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6.方丈や庭園の入口の石の七福神!
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7.近江湖東27名刹霊場の一つ、龍潭寺方丈入口
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8.彦根市指定文化財の芭蕉の高弟で、蕉門十哲の一人・森川許六の56枚の襖絵の内の6枚!
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9.同上 4枚
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10.彦根市指定文化財の池泉観賞式庭園「東庭」
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11.下記をクリックして、「東庭」を「音声付動画」で見て下さい。U−Tubeの画面がでたら、その画面の右下の拡大画面を更に、クリックして大画面で見て下さい!
http://youtu.be/ZhHRwS5SZn8

12.同上 「東庭」の一部
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13.下記をクリックして、「東庭」を「音声付動画」で見て下さい。
http://youtu.be/ABkAq5RwqD8

14.方丈内通称「だるま寺」の名の通り、多くの達磨や達磨の掛軸等が展示されています。
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15.彦根市指定文化財の「南庭」は一面に白砂を敷き、石垣で観音さまの霊場補陀落山(ふだらくざん)をあらわしており、「ふだらくの庭」とも呼ばれています。
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16.下記をクリックして、「南庭」を「音声付動画」で見て下さい。
http://youtu.be/LthHHQ3Hink

17.見事な障壁画が残っています。「虎に乗る羅漢」
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18.佐和山観音様
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19.石田三成公像
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2012/1/3

東近江の文化財・史址を見る!22.彦根市を歩く!初代藩主井伊直政公のお墓のある清涼寺!  文化財研修記

11月22日朝一番は彦根藩中興の第12代藩主井伊直中が創建した曹洞宗で五百羅漢で有名な天寧寺を訪れました。其処から引き返してJR彦根駅を通り抜けて、初代彦根藩主井伊直政の見事な銅像を撮影して徒歩で20分で井伊直政公の菩提寺曹洞宗の清涼寺を訪れました。この清涼寺は井伊直政公の墓所として始まり、井伊家歴代の菩提寺で背後の高台に旧藩主の無縫塔の墓石が6基並んでいる。開山は旧領である上野国の叢林寺(そうりんじ)から招かれた愚明正察(ぐみょうしょうさつ)禅師である。当寺は歴代諸国から高僧が招かれ住職を勤め、厳しい修業道場としても名声が高かった。井伊直弼も参禅にかよった。境内は、石田三成の重臣・島左近の屋敷跡だといわれ、本堂左方のタブの木は幹周5.7メートルもある古木で島左近邸のものだと伝えられている。本堂は宝永5年(1708)の再建である。寺宝には歴代藩主の画像や狩野元信の名画がある(非公開)。

1.JR彦根駅
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2.JR彦根駅2階通路の展示物1.
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3.JR彦根駅前の堂々たる井伊直政公銅像
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4.長林稲荷大明神前を通って、井伊藩主家の曹洞宗の菩提寺・清涼寺へ向う
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5.清涼寺前の樹々の塀
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6.現在も座禅道場として名高い清涼寺
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7.見事な松並木の参道
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8.地蔵尊と本堂
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9.清涼寺山門
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10.入山受付は此処です!5名以上の佐和山登山者は此処で許可書を貰います!
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11.下記をクリックして、見事な清涼寺の松並木の参道を「音声付動画」で見て下さい。U−Tubeの画面が出たら右下の拡大画面をクリックして大画面で見て下さい。
http://youtu.be/bTHBOh33n7A

12.見事な建築の禅堂への入口
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13.下記をクリックして、音声付動画で禅堂、本堂等ぐるりと見て下さい!
http://youtu.be/UVIR5FaslM8

14.本堂への入口
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15.境内の本堂左方のタブの木は幹周5.7メートルもある古木で、石田三成の重臣であった島左近邸のものと伝えれおり、此処は元島左近の屋敷跡である。
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16.その隣の巨大な古木の梅の木!
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17.昔の巨大な「獅子口」(鬼瓦の代わりのもの、京都の東本願寺本堂のものが有名)
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18.高台から見る彦根藩主家の9基の連なったお墓!
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19.初代藩主井伊直政公の無縫塔のお墓です!
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2012/1/2

東近江の文化財・史址を見る!21.彦根市を歩く!五百羅漢の天寧寺!  文化財研修記

今回は彦根市に1泊でJR彦根駅前のサンルート彦根から徒歩で15分のところに「五百羅漢で有名曹洞宗の天寧寺」を訪れます。左手に大きな結婚式場玉姫殿を横目で見てお寺へ向います。この寺は井伊家中興の名君、11代井伊直中公が建立したお寺です。文政2年(1819)の春、彦根城の男子禁制の槻御殿(けやきごてん、現在の楽々園)で奥勤めの腰元和竹が、お子を授かったとの風評が広まり、藩主の井伊直中公の耳にも届き、奥の取締りのため和竹に相手の名前を詰問されてが、口を閉ざして相手を明かさなかった。ついにその不義を咎め、お手打ちになった。後になって相手が長男である直清であったことが明らかになり、直中も不知とはいえ、和竹と初孫を葬ったことに心を痛められ、その霊を弔うため,五百羅漢を彫らしめ安置されたのです。一体一体が入念に彫り上げられた羅漢像が堂内三方びっしと並んで、見る者を圧倒する。京都の名工駒井朝運の作で、一体につき9両(文政の時、一両小判は金4.76匁=銀63匁=4万5千円X9両=一体約40万円)を要したと言う。境内にある井伊直弼の供養塔は桜田門外の染血の土を運んで建立したと言う。ほかに直弼の参謀長長野主膳の墓や2人と関係の深かった村山たか女の墓もある。本堂の奥の書院から眺める庭「石州流庭園」とも呼ばれ井伊直弼公が愛され庭です。この庭園は裏山「佐和山の東山麓」の自然の岩肌を利用して西国の16大名が寄進された石像16羅漢が配置されています。

1.左手に巨大な「結婚式場玉姫殿」を見ながら天寧寺へ向う!
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2.曹洞宗の天寧寺参道
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3.正面は仏殿(羅漢堂)です!
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4.見事な仏殿(羅漢堂)全景
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5.地蔵尊像、裏は受付茶所と東司
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6.仏殿(羅漢堂)裏の「らかん石庭」と法堂(本堂)
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7.同上 2.
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8.仏足石と井伊文子氏の歌碑
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9.井伊直弼公供養塔(桜田門外の染血の土を運んで建立したと言う)
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10.長野主膳の墓
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11.たか女の墓
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12.天寧寺から彦根市街、彦根城を見る!
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13.仏殿(羅漢堂)内の釈迦と十大弟子像!左は五百羅漢の一部
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14.五百羅漢像(自分の探している人に必ず会える五百羅漢「亡き親・子供に会いたくば五百羅漢の堂に籠れ」といった伝承で知られています。本尊釈迦如来・十大弟子・十六羅漢・五百羅漢を併せて527体が安置されています。
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15.クローズアップした五百羅漢の一部
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16.仏殿外で安置されているのは招福開運「布袋尊(ほていさん)」は近江七福神霊場の一つです!
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17.本堂奥の書院前の井伊直弼公がこよなく愛された「石州流庭園」右上には西国の十六大名が寄進された石像の16羅漢が配置されています。
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18.下記をクリックして、石州流庭園を「音声付動画」で見て下さい。U−tubeの画面が出たら、その右下の拡大画面を更にクリックして大画面で見て下さい。
http://youtu.be/aDdKsiDyeTM

19.一番奥にある「大観音」様
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20.旧井伊家観徳殿への道!
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2012/1/1

2012元旦早朝寺山平和祈願市民の集い新たな決意をこめて  綾部の文化財

昨年の東日本大震災、福島原発事故、紀伊半島大水害など痛ましい災害を越え、新春を迎えて世界平和と人人の無事息災を祈願する市民の集いが元旦早朝7時から寺山山頂の平和公園で開催された。

6時真っ暗な中を自宅を出て懐中電灯を頼りに波多野記念碑裏から山道に入り、ボーイスカウト、ガールスカウトの一行に続いて寺山に登った。

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夜明けの綾部市街展望 遠方に舞鶴市境の弥仙山が見える

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夜明けの由良川上流・新綾部大橋 綾部市東方面風景


綾部ボーイスカウト:久木時哉氏司会 国旗・市旗・世界連邦旗掲揚


綾部市市民憲章朗読唱和
綾部市市民憲章
私たち綾部市民は、丹波の美しい山河と豊かな伝統をもつ、ふるさとを誇りとし、郷土愛に燃え、自然と人間が真に調和する、新しい田園都市の実現を目指して、ここに市民憲章を定め、これを守り実行することを誓います。
1.平和をねがい、祈りのあるまちにしよう。
1.自治を高め、心のつながりのあるまちにしよう。
1.教育をたいせつにし、文化のかおりまちにしよう。
1,環境をととのえ、健康のあふれるまちにしよう。
1.産業をおこし、豊かなくらしのあるまちにしよう。
1.計画を定め、輝かしいあしたをひらくまちにしよう。


山崎善也綾部市長 年頭スピーチ(一部)


ボーイスカウト、ガールスカウトにお年玉送呈


平和の鐘(音叉)点鐘 今村博樹綾部市民憲章推進協議会会長


山崎善也名誉団長から進級リボン送呈


ボーイスカウトの発声で「いやさか」唱和


平和公園会場、綾部市街地展望 雲が厚く初日が見られなかった

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