2011/10/31

備後・安芸の文化財と史址を見る!9.尾道の味処・居肴屋「馬口」と尾道ロイヤルホテルと住吉神社!  文化財研修記

広島県尾道市は戦災にあっていない人口16万都市、瀬戸内海の要衝の地であります。前回の見事な国宝を持つ聖徳太子と足利尊氏所縁の浄土寺、その前の記事では千光寺を紹介しました。今回は宿泊した尾道ロイヤルホテル及び近辺と地元の人も薦める居肴屋「馬口(Umakuchi)」を紹介します。馬口は尾道ロイヤルホテルの裏側の通りにあり、ホテルのほぼ真後ろです。5時からオープンと聞いていたので、5時30分頃に行った。予約も何も無しで友人の勧めで来たとマスターに言ってカウンターに座る。メニューリストは多く、勿論瀬戸内海の港町だからお魚は旨いとわかっていた。魚のみならず、馬刺しやホルモン料理の数も多く、飲み物も、焼酎は別リストで楽しめた。又、泊まった尾道ロイヤルホテルの部屋は全て玉の浦(尾道水道)に面して、夜景も良く、住吉神社が真下に見える。1泊朝食付シングルバス付6、700円はJTB福知山支店を通して予約し、JTBのクーポンで宿泊した。地元の人も薦める味処・居肴屋「馬口」からホテル、住吉神社を紹介します。

1.尾道ロイヤルホテルと住吉神社の屋根
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2.尾道市としまなみ海道の地図
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3.夜の尾道ロイヤルホテル
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4.居肴屋「馬口(うまくち)」入口
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5.馬口のマスター他に若い可愛い女性3名がサービスです!
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6.おしながき
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7.本日の一押し!
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8.同上 2.
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9.アサヒスパードライの生ビール520円とカンパチの刺身780円は美味、ホゴメバルの煮付け880円スダチは付は最高!
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10.地えびのから揚げ580円これは特に安くてえびも多く、旨かった!スダチが良い風味を加えた!
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11.めったに2杯も飲まない生ビールはこの尾道の風土に合っており、2杯飲んだ。又地えびのから揚げをもう一籠注文!次はスダチ入り麦焼酎「一番札」380円でした。味は万点!
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12.今日は金曜日で地元の会社員の方の鍋宴会があります。小生は7時には出来上がってホテルへ戻った!友達のデラックスな車で福山・鞆の浦・尾道を案内してもらい。美味しい味処で飲んで食べて、大満足の一日だった!
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13.ホテルの部屋から窓の下の住吉神社を見る
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14.早朝の尾道大橋・尾道水道
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15.住吉神社
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16.住吉神社の石の門柱と拝殿を見る
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17.巨大な常夜燈(江戸時代の灯台)
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18.大分明るくなったので「動画」で尾道大橋から尾道水道(玉の浦)、日立造船、ヨットハーバーは下記をクリックして、Uーtubeの画面が出たら、右下の拡大画面をクリックして、大画面で見て下さい。
http://youtu.be/WNehfT8o8ko

19.文政3年(1820)奉納の大祭の碑
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20.住吉神社の力石
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21.住吉神社の拝殿後部から本殿です。ぶれていて残念です。
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2011/10/30

備後・安芸の文化財と史址を見る!8.聖徳太子・足利尊氏所縁の国宝と重文の山・大本山浄土寺!  文化財研修記

広島県尾道市「元備後国(びんごのくに)」東久保町には国宝の本堂と国宝の多宝塔と数多くの重要文化財を持つ中国観音霊場第9番札所、真言宗泉涌寺派大本山浄土寺がある。1400年の昔、聖徳太子の開基といわれるこの浄土寺は緑豊かな瑠璃山を背景に「玉の浦」と呼ばれる尾道水道に向かって立浄土寺。西日本屈指の寺で明日香の昔(616年)、聖徳太子の開基と伝えられています。今日この寺を訪問して、本堂・阿弥陀堂・宝物館のJTBの社寺券を寺男の方に渡すと、たった一人にも関わらず丁寧に案内して頂いた。その中の説明をも付け加えて掲載します。さて、この寺は平安時代末は高野山に縁を結び、その後700年前の鎌倉時代には奈良西大寺叡尊興正菩薩の弟子である定證上人によって再興され、その時は奈良西大寺派の律宗となりました。さらに江戸時代、京都の皇室の菩提寺である御寺泉涌寺の末寺として1,400年の法燈を継承しています。御本尊である秘仏・十一面観世音菩薩(平安時代中期・国重文)は「身代わり観音さま」として広く信仰を集め、参拝者が後を絶ちません。観音様の寺、茶の寺、文化財の寺として市民に親しまれております。撮影禁止が多くて皆様に掲載して見て頂けないのが残念ですが、言葉でつけ加えてみますと、実に見事な数多くの文化財があることです。建築物・仏像では2つの国宝、本堂「嘉暦2年(1327)」と日本の三大名塔の一つと云われる多宝塔「元徳元年(1329)及び国重文の阿弥陀堂「康永4年(1345)」、山門「元徳元年(1329)」は写真を掲載しています。先ず第一の特徴は聖徳太子創建の寺として、国重文の建武5年(1338)木造聖徳太子立像(南無仏太子像、三歳、頭部に建武5年10月24日院勢作の銘あり)、暦応2年(1339)2つの木造聖徳太子立像(真俗二諦摂政像)があること。第二は京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)上杉庄(うえすぎのしょう、上杉謙信の上杉姓の発祥地)で生まれた初代室町将軍足利尊氏公の所縁の寺として足利尊氏公供養塔(宝篋印塔、南北朝時代、国重文)、建武3年5月(1336)二度目に浄土寺を訪れた尊氏公は弟・直義らと共に観音経にちなんだ三十三首の和歌を奉納して戦勝を祈願した。その紙本墨書観世音邦楽和歌(建武5年5月5日足利尊氏証判あり)は国重文となっている。又宝物館には足利尊氏公念持の木造阿弥陀如来立像(南北朝時代)、絹本著色足利尊氏将軍画像(市指定文化財)等がある。足利家の家紋「二つ引き両」は浄土寺の寺紋です。第三は国重文の巨大な鎌倉時代の絹本著色両界曼荼羅、絹本著色仏涅槃図や室町時代の市重文で源氏物語を描いた60面の扇面を6曲1双の源氏物語絵扇面散屏風がある。第四は年中行事・法要が素晴らしいことである。例えば、2月3日の星祭節分会、4月第3土曜日・日曜日春観音まつり、8月18日隔年の吉和太鼓踊奉納、10月第3日曜日の土砂加持法要、10月下旬〜11月初旬の尾道源氏絵まつりです。第五は全国に類を見ない浄土寺の寺域全体が国指定文化財であること。最後に足利尊氏公の和歌を一つ「わだつみの ふかきちかいの あまねさに たのみをかくる のりのふねかな」

1.浄土寺案内板(浄土寺は現在平成の大修理で庫裡、方丈など平成20年1月から平成25年の修理完了まで駐車場が利用できません。)
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2.JR山陽本線をくぐって浄土寺へ
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3.天明3年(1783)石燈籠
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4.浄土寺の山門を下から見る(国重要文化財、南北朝時代(1345)
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5.山門を横から見る。
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6.山門前の享和2年戌の銘のある石灯籠
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7.国宝の本堂(和洋の中に天竺様を取り入れた折衷様の本堂は日本を代表する密教本堂です。すらりとした軒反りの美しさは中世建築物の中でも筆頭です。鎌倉時代嘉暦2年(1327の建築)
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8.手水舎とその裏に国宝の多宝塔が見える
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9.本堂に向かって左側の鐘楼と尾道水道(玉の浦)
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10.左側は平成の大修理の方丈・庫裡、真中は本堂、右は重文の阿弥陀堂(本堂・阿弥陀堂の中には見事な仏像や巨大な鎌倉時代の絹本著色両界曼荼羅、絹本著色仏涅槃図等がある。
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11.国重文の阿弥陀堂と国宝の多宝塔
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12.国重文の阿弥陀堂(南北朝時大、康永4年(1345)の建物、屋根のそりが穏やかで、均整のとれた蔀戸(しとみと)とともに洗練された和様の建築物です。
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13.国宝の多宝塔(軒の垂木、蟇股(かえるまた)なども美しい多宝塔は日本の三大名塔にあげられている。
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14.多宝塔を逆な角度で見る
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15.江戸時代の名勝庭園
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16.客殿の上段の間
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17.客殿の襖絵は近年に描かれたもので絵師の名前は手帳に書きもれ残念忘れました!
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18.境内から玉の浦(尾道水道)を見る!雨で曇っている。
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足利尊氏公は京都府綾部市上杉庄の産です!下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/411.html

上杉謙信の上杉の姓は綾部市の上杉庄が発祥地です!クリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/275.html

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2011/10/29

備後・安芸の文化財と史址を見る!その7.古都尾道の千光寺と千光寺公園。  文化財研修記

広島県「安芸国」の広島市は人口100万を超える政令都市、次いで備後・福山市は人口46万で広島県で第二の都市です。この尾道市は江戸時代は備後福山藩に属していました。戦火にあった福山市に対してこの尾道市は全然被害が無く、多くの史蹟や遺構が残ってます。人口は14万。このJR尾道駅に降り立って後ろを振り返ると、小高い山が目に入ります。これが標高144.2メートルの千光寺山です。この山の山頂から中腹にかけて千光寺公園が広がっています。春は桜、つつじが咲き誇り、初夏には藤が紫とピンクの花をつけ、秋には尾道菊花展が開催され菊花薫る園内は一段と活気づきます。園内には「詩歌」を刻んだ石碑をめぐる散策路「文学のこみち」があり、昔から現代まで尾道を愛した多くの文学者の心が伝わります山頂の展望台からは尾道市内が一望できるとともに、尾道大橋から始まる「しまなみ海道」の島々が眺められ、天気の良い日には遠く四国連山が見られるとの事ですが、生憎、今日は雨が降り霞んで見えませんでしたが充分に楽しむことができました。山頂には平成21年1月にNPO法人地域活性化支援センター「恋人の聖地」に指定されたモニュメントを見て頂きます。
 又、真言宗の古刹である大宝山・千光寺は中国観音霊場第10番札所であり、玉の岩伝説、梵鐘の音色が有名な驚音楼、そこからの眺望は素晴らしく韓国ドラマ「サイン」のロケ地ともなりました。近年では「一年後の手紙」でも有名です。自分宛の手紙を書いてこの寺に預けられると1年間のご祈祷後、送られて届きます。

1.雨に曇る千光寺公園の頂上展望台を見る!
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2.頂上にある「恋人の聖地」碑
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3.頂上展望台とモニュメント「あけぼの像」
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4.雨にくもる尾道水道としまなみ海道・向島を見る
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5.左の橋は、雨にくもるしまなみ海道・尾道大橋、ダブル大橋の新尾道大橋
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6.文学のこみちにある詩歌の碑の一覧
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7.正岡子規の碑
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8.十辺舎一句の碑
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9.林芙美子の碑
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10.千光寺ロープウエーと尾道大橋方面を見る
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11.千光寺の駒札
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12.巨大な岩割の松
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13.頼山陽の碑
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14.千光寺の朱の本堂
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15.千光寺の巨大な奇岩・三重岩
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16.千光寺の巨大な梵字岩
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17.千光寺の巨大な伝説「玉岩物語」を持つ「玉岩」
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18.本堂横の庫裡の前の巨大な松
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19.本堂から下の手水舎、お堂を見る
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20.千光寺の有名な驚音楼
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21.驚音楼横から尾道水道を見る
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22.早朝、ラジオ体操の人達の横から千光寺山を見る
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23.同上 真中に朱色の驚音楼が見える
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2011/10/28

江戸時代の見事な商家建築に丹波丹後の三大画家の一人長谷川素后屏風を飾る「喫茶まるみ」  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」本町3丁目19番地には江戸時代の見事な柱の商家の建物を改造し、江戸時代末期の丹波丹後の三大画家の一人・長谷川素后の晩年・73歳に描いた見事な「子犬図屏風」が飾られている喫茶「まるみ」を紹介します。日曜日は休日です。小生が訪れたのは木曜日午前11時15分では長谷川素后の晩年の見事な傑作「子犬図?風仕立」を見た。更には配置されているテーブル、イスも見事な手作り、和式座敷のテーブルも見事な手作りのものです。更には草木染めの品々、和紙で作った多くの種類の葉書など即売の品々も心こもった作品ばかりで見て楽しむことが出来ました。昼食に日替わり定食750円を注文して頂いたが味も大変良いのでお薦めです。定食にコーヒーを追加すると合計1,000円で、美味なコーヒーも楽しめました。一番奥の内庭は小粒ながら草木の配置も良く楽しめました。家内に聞くと再々訪れたがそのような有名な画家の絵とは知らなかった諭旨です。
尚、問い合わせの電話番号は0773−43−1281です。

1.本町3丁目の表入口
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2.駐車場は向かって左側にあり、NO。29〜34番が当店の駐車場です。
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3.メニューの値段表
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4.記帳台と左は座敷間
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5.記帳には四方八洲男前綾部市長の名もあります!
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6.椅子席(がっしりと西洋人向きに作られたものですが、日本人向きの足置きがあります)
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7.見事な江戸時代の柱と天井
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8.床の間
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9.枯山水の内庭
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10.長谷川素后晩年73歳の傑作「子犬図屏風仕立」(この屏風は洗い直し、現代に仕立てられて物です。)
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11.アップ撮影その1.
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12.アップ撮影その2.
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13.即売のブレスレット
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14.即売の手提げ袋、注文化粧品等
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15.これ即売?
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16.即売!和紙の葉書
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17.即売!草木和紙
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18.大人のお得なイベント情報!
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2011/10/27

備後・安芸の文化財と史址を見る!その6.鞆の坂本竜馬と沈没船いろは丸・江戸時代の灯台の常夜燈等。  文化財研修記

古来から鞆の浦は瀬戸内海きっての港町で、潮待ち・風待ちの港として栄えた鞆は、海に関わる多くの歴史が展開されてきた。大伴旅人や遣新羅史らは、鞆を詠んだ歌を万葉集に8首も残している。「吾妹子(わぎもこ)が見し鞆の浦のむろの木は常世(とこよ)あれど見し人ぞなき」(大伴旅人)。中世の鞆は港としての重要性に加えて、政治・文化の中心として栄え、備後安国寺がこの地に定められ、足利尊氏・義昭も鞆に足を留めた。近世になると政治の中心は福山に移ったが、内海の要衝の地として役割は変わらず、全国の廻船が港に出入りし、商業活動が盛んにおこなわれた。町には商家が軒を連ね、町の文化が華さきました。幕末には坂本竜馬や三條実美らの七卿などが鞆に歴史の跡を残しました。また朝鮮通信史・頼山陽をはじめ多くの文人墨客がこの地を訪れ、鞆の風景を絶賛したのです。更に今日は徒歩で鞆の昔のままの町並みを歩き、史蹟を見て行きます。有名な「民芸お茶処・深津屋」でのカヘオーレ500円も大変美味しかったですよ!
 数十年ぶりの2回目の訪問はまたしても曇りと雨で「日本一景勝」とは感じられず残念でしたが町並み散策と見学は大変楽しかった。又三度目の訪問に期待をかけます。鞆の浦の紹介は今回で終わり、尾道の凄い寺を紹介していきます。


1.坂本竜馬ブームで若い女性の観光客が多いですね!
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2.民芸お茶処「深津屋」で美人の女性店主が一杯500円のカフェオーレはその場でコーヒー豆を挽き入れてくれました。大変美味でした!
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3.同上 店内
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4.国重要民俗文化財の太田家住宅・鞆七卿落遺跡の案内板
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5.同上 幕末勤皇攘夷の三條実美など七卿が京都を追われ此処に立ち寄った。 
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6.江戸時代の灯台の常夜燈がそのまま残り海中の基礎から宝珠まで11メートルもある「鞆の浦」のシンボルです。
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7.常夜燈の前の坂本竜馬いろは丸展示館
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8.実際に沈没したいろは丸を引き上げ展示しているいろは丸(本物は160トン、蒸気帆船、蒸気エンジン付、幅5.4メートル、全長54メートル、イギリスで建造、大洲藩が購入、海援隊が15日500両で借りた。)紀州藩船の明光丸(887トン)に慶應3年(1867)4月23日霧の深い深夜にいろは丸は追突され大破沈没。1990年2月いろは丸沈没箇所「水中遺跡」に指定、2000年2月いろは丸展示館は登録文化財に指定された。
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9.いろは丸の概要と引き上げ作業
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10.坂本竜馬の隠れ家が発見される!
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11.こんな姿で隠れていたと云う想像・坂本竜馬の蝋人形
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12.江戸時代に船を繋いだ「雁木(がんぎ)」が残っている
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13.福山市指定民俗文化財の鞆の浦の力石の案内板
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14.この港にある小さな神社の祭礼で力持ちを競ったという。神社の左横、燈籠の間に置かれている。
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15.3個の力石
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2011/10/26

備後・安芸の文化財と史址を見る!その5.鞆の商家と鞆城跡・歴史民俗資料館。  文化財研修記

古来から鞆の浦は瀬戸内海きっての港町で、潮待ち・風待ちの港として栄えた鞆は、海に関わる多くの歴史が展開されてきた。大伴旅人や遣新羅史らは、鞆を詠んだ歌を万葉集に8首も残している。「吾妹子(わぎもこ)が見し鞆の浦のむろの木は常世(とこよ)あれど見し人ぞなき」(大伴旅人)。中世の鞆は港としての重要性に加えて、政治・文化の中心として栄え、備後安国寺がこの地に定められ、足利尊氏・義昭も鞆に足を留めた。近世になると政治の中心は福山に移ったが、内海の要衝の地として役割は変わらず、全国の廻船が港に出入りし、商業活動が盛んにおこなわれた。町には商家が軒を連ね、町の文化の華さきました。幕末には坂本竜馬や三條実美らの七卿などが鞆に歴史の跡を残しました。また朝鮮通信史・頼山陽をはじめ多くの文人墨客がこの地を訪れ、鞆の風景を絶賛したのです。福山市鞆の浦歴史民俗資料館ではこうした鞆を中心とした瀬戸内海の歴史・文化に関する資料が見聞できます。
 数十年ぶりの2回目の訪問はまたしても曇りと雨で「日本一景勝」とは感じられず残念でした。又三度目の訪問に期待をかけます。鞆の浦の紹介は次回で終わり、尾道の凄い寺を紹介していきます。

1.福禅寺の下にある大伴家人の万葉集の一つ「むろの木歌碑」天平2年(730)大宰府の役人を終えて鞆の浦によった時、亡き妻を偲んで詠んだ歌です。
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2.鞆の津の商家の案内板
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3.福山市の重要文化財「鞆の津の商家、江戸時代」
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4.鞆城跡に建つ福山市鞆の浦歴史民俗資料館
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5.鞆城の駒札と石垣
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6.鞆城石垣の刻印
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7.福山市鞆の浦歴史民俗資料館入口
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8.鞆城跡から見る鞆の浦湾、弁天島、皇后島、右手に淀姫神社が見える。この湾を横断する橋を架けるかどうかの論争が起こっているとの友人の話。
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9.前方の山の中腹に見えるのは医王寺とその太子堂です。今回は時間が無いので次回鞆に来たら取材します。
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10.資料館内から見る鞆の浦湾、左の半島の上には圓福寺・大可島城跡です。
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11.資料館内部
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12.資料館内にある茅の輪とお祭りに使われる模型の白馬
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2011/10/25

中丹府立学校文化祭・コラボ2011由良川元気サミットが盛大に開催された!  あやべの街

平成23年10月23日(木)京都府綾部市里町にある中丹文化会館(舞台部門)と綾部中央公民館(展示部門)となり午前10時〜午後5時まで「由良川元気サミット・コラボ2011中丹府立学校文化祭」が盛大に開催された。大変素晴らしい作品の展示と舞台発表が有りました。収録した写真や「音声付動画」で内容を掲載しますので見て下さい。只所要があり途中抜けており、全ては掲載できて降りませんのでその点をご理解下さい。主催は京都府高等学校芸術文化連盟、中丹府立学校校長会、京都府中丹広域振興局、京都府中丹教育局、中丹地方小学校・中学校・高等学校等連携会議です。尚、参加学校名は次の通りです。
 綾部高等学校、福知山高等学校、工業高等学校、大江高等学校、東舞鶴高等学校、西舞鶴高等学校、中丹支援学校、舞鶴支援学校、綾部小学校、志賀小学校、西八田小学校、東八田小学校、天津小学校、川合小学校、与保呂小学校、明倫小学校、余内小学校、岡田小学校、東綾中学校、大江中学校、城北中学校、綾部高等学校東分校、舞鶴支援学校です。

1.舞台部門発表会場「中丹文化会館」
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2.隣の展示会場の綾部市中央公民館
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3.展示会場内には見事な生徒達の作品が展示されていました。
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4.同上 2.
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5.同上 3.
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6.同上 4.
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7.舞台部門会場前では「茶道体験コーナー」で綾部・福知山・大江・東舞鶴・西舞鶴高等学校茶道部員が和菓子・お抹茶をサービス。
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8.舞台部門プログラム
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9.オープニングの書道パフオ−マンス
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10.府立学校書道部合同発表の書道パフオマンスを「音声付動画」で見て下さい。下記をクリックして、U−tubeの画面だ出たら、その画面の右下の買拡大画面をクリックして、大画面で見て下さい。
http://youtu.be/s5oOM9WG5P8

11.司会者達と国民文化祭2011PR隊長まゆまろ登場!
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12.綾部・福知山両高等学校合同合唱!
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13.同上 下記をクリックして「音声付動画」を見て下さい。
http://youtu.be/xZ-KadoeOA8

14.福知山高等学校吹奏学部の演奏
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15.同上 下記をクリックして「音声付動画」を見て下さい。
http://youtu.be/SePuiK2ZEOw

16.綾部高等学校吹奏学部の演奏!
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17.同上 下記をクリックして「音声付動画」を見て下さい。
http://youtu.be/iIOOQ4-fQ0k

18.余内小学校・城北中学校の詩吟発表
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19.西八田小学校5年生「伝えよう!綾部の古典」を発表
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20.天津小学校全校学童による歌と詩の発表
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21.同上 大変素晴らしかったので「音声付動画」で見て下さい。下記をクリック願います。
http://youtu.be/MaUe13MRtDg

22.綾部高等学校東分校の「由良川における水質検査〜様々な視点から由良川を見つめる〜
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23.大江中学校全校生徒による「私達の未来を乗せて走るKTR〜北近畿タンゴ鉄道の発展に向けて〜を発表
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24.大江高等学校Big Inlet Jazz Bandが発表
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25.同上 下記をクリックして「音声付動画」で見て下さい。
http://youtu.be/hcDcEjO-07U

26.同上 素晴らしかったので二曲目も「動画」で見て下さい。
http://youtu.be/HvAmgr5EMAQ

27.京都府立工業高等学校のManbou Jazz Band!全国的にも有名です!
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28.同上 下記をクリックして「音声付動画」で見て下さい。
http://youtu.be/rPJgo_BZG1s

29.フナーレにふさわしい素晴らしいJazz演奏をもう一度!
http://youtu.be/JoITkmEzmXs

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2011/10/24

備後・安芸の文化財と史址を見る!その4.朝鮮通信史が「日東第一形勝」と呼んだ鞆の浦!  文化財研修記

広島県福山市「備後の国」には広島にもゆかりの深い学者・詩人として知られる頼山陽は、仙酔島を臨む鞆の浦の夕暮れは晩酌、夜明けは読書に最適とし、「山紫水明」の言葉を発した。又江戸時代、将軍の代替わりや世継ぎの誕生に対して計12回の朝鮮通信史が派遣されている。文化8年(1811)のみは対馬での応対であったため、この朝鮮通信史一行は11回この鞆の浦を訪れている。対潮楼(福禅寺)は元禄年間(1690頃)に創建された客殿で国の史跡に指定されています。座敷からの海の眺め素晴らしく、正徳元年(1711)、朝鮮通信史の李邦彦は「日東第一形勝(日本一の景勝地)」と賞賛し、延享5年(1748)、洪景海は対潮楼の書を残しています。朝鮮通信史についてより詳しくは次回の福山市鞆の浦歴史民俗資料館に掲載します。
又、この寺には慶應元年(1865)に上野彦馬が撮影した記念写真があり、西郷隆盛、大久保利通、坂本竜馬、勝海舟、山岡鉄太郎,高杉晋作、桂小五郎など維新の英雄達が勢ぞろいした大変珍しいものです。下記を見て下さい。

1.対潮楼(福禅寺)登参道
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2.対潮楼(福禅寺)入口
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3.国史跡の看板
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4.日東第一形勝(日本一の景勝)生憎曇りのち午後雨で天気が悪かった!
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5.同上 2.
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6.慶應元年(1865)維新の英雄達の記念写真です!
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7.同上  アップの写真です!知ってる英雄がいますか?
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8.江戸時代の三猿神様です!
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9.最後にもう一度日本一の景勝を見て下さい。
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10.同上
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11.同上 船着場とフェリーいろは丸
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2011/10/23

備後・安芸の文化財と史址を見る!その3.頼山陽が「山紫水明」と発した鞆の浦1.  文化財研修記

広島県福山市のJR福山駅から南へ14Km行った沼隈半島の先端には瀬戸内海国立公園を代表する景勝の地「鞆の浦(とものうら)」がある。穏やかな瀬戸の海に浮かぶ緑の島々は正に名画を観るがごとくです。古くから潮待ち風待ちの港として万葉集にも詠われ、国内外との交易で栄えた港にふさわしく、歴史に名高い旧跡や遺構が多く残されています。特に広島にもゆかりの深い学者・詩人として知られる頼山陽は、仙酔島を臨む鞆の浦の夕暮れは晩酌、夜明けは読書に最適とし、有名な「山紫水明」の言葉を発したほど。落ち着いた港町の歴史と情緒は、古き良き時代のふるさとを実感させてくれる風景です。今回は鞆の浦の駐車場と近くにある鯛料理で売れ筋の昼食場所を紹介します。鞆の浦の絶景は次回の対潮楼(福禅寺)から見ます。

1.駐車場前の渡船場でのさよりの一夜干しを作る作業です!
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2.奥の大きな島が仙酔島、手前のお堂があるのが弁天島です。とフエリーいろは丸。
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3.フエリーいろは丸(本物は160トン、蒸気帆船、蒸気エンジン付、幅5.4メートル、全長54メートル、イギリスで建造、大洲藩が購入、海援隊が15日500両で借りた。)紀州藩船の明光丸(887トン)に慶應3年(1867)4月23日霧の深い深夜にいろは丸は追突され大破沈没。1990年2月いろは丸沈没箇所「水中遺跡」に指定、2000年2月いろは丸展示館は登録文化財に指定された。後、掲載します。
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4.渡船場の切符売り場
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5.渡船場のフエリーいろは丸
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6.一番人気の昼食の場所へ向かう途中、対潮楼(福禅寺)崖下の「むろの木歌碑」
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7.鞆の浦の一番人気のフェリー乗場すぐ側の「魚処鯛亭」の昼食、鯛定職@1,575円
鯛の大きな切り身3枚ぷりぷりと新鮮、鯛汁、鯛飯で大満足ですよ!
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2011/10/22

備後・安芸の文化財と史址を見る!その2.見事な国宝の本堂と五重塔を持つ明王院!  文化財研修記

明王院(みょうおういん)は広島県福山市草戸町にある真言宗大覚寺派の仏教寺院である。芦田川に面した愛宕山の麓にあり草戸稲荷神社が隣接している。かつては常福寺と言われており、中世には草戸千軒町が、門前町として栄えていたところとして有名である。本堂と五重塔は国宝に指定されている。中国三十三観音霊場第八番札所、山陽花の寺二十四か寺第十八番札所です。寺伝では明王院の前身である「常福寺」は大同2年(807)に弘法大師空海によって創建されたとするが、伝承の域を出ない。ただし、当寺の本尊十一面観音像は平安時代前期にさかのぼる作品であり、寺の草創もその頃にさかのぼるものと推定される。中世には門前に草戸千軒町(川底に埋もれた中世遺跡として著名)が栄えた。江戸時代には福山藩主となった水野家・阿部家の庇護の下で繁栄した。
二つの国宝は、
明王院本堂
鎌倉時代の元応3年(1321)に建立された仏堂。和様建築に鎌倉時代以降の新様式である大仏様(だいぶつよう)、禅宗様を加味した折衷様建築の代表例とされている。内部の外陣に見られる輪垂木(わだるき)を用いたアーチ型の天井は、近世の黄檗宗寺院の建築にしばしば見られるものだが、中世には珍しい。
明王院五重塔
南北朝時代の貞和4年(1348)に建立された純和様の五重塔。初層内部の四天柱(仏塔の初層内部に立つ4本の柱をさす)、板壁などには極彩色の仏画や文様が描かれている。相輪の刻銘には、この塔が当時の繁栄した草戸千軒の経済力を背景に、ささやかな民衆の浄財を募って建立されたことが明記されている。

1.明王院入口の碑
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2.明王院の国の駒札
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3.入口左側には十王堂がある。
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4.参道の石段
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5.石段の左側の庭木
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6.山門右側の蘇鉄(ソテツ)
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7.山門前の駒札
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8.山門
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9.見事な山門の作り
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10.山門の扁額
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11.鐘楼と巨木
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12.鐘楼と国宝の本堂
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13.国宝の本堂
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14.見事な巨大な蘇鉄と庫裡
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15.国宝の五重塔1.
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16.国宝の五重塔を別な角度から見る
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17.開運大黒堂
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18.石の開運大黒様
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19.その奥の洞窟と石仏
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20.大黒堂横の武威を示す石碑
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