2011/9/30

小浜市の文化財・史址を見る!その1.国宝の本堂と三重塔の秘仏が拝観できる明通寺。  文化財研修記

福井県小浜市「遠敷郡(おにゅうぐん)」門前5−21には真言宗御室派の古刹・棡山(ゆずりざん)明通寺がある。この寺は大同元年(806)桓武天皇のとき、征夷大将軍坂上田村麻呂公が蝦夷征伐に際して創建したと伝えられている。縁起によると、明通寺創建当時、棡木(ゆずりぎ)の大木によって本尊薬師如来、降三世明王、深沙大将の三体を彫って安置した。明通寺の山号のいわれです。その三体の仏像は、その後火災などによって消失して、現在の四体の仏像はいずれも国指定重要文化財で平安時代後期作で、桧材の木造降三世明王像(像高252.4cm)、木造深沙大将像(像高256.6Cm)、木造不動明王像(像高161.8cm)又ご本尊の薬師如来坐像(像高134Cm)が祀られています。国宝の本堂は正嘉2年(1258)再建で鎌倉時代中期、桧皮葺、単層入母屋造で、同じく国宝の三重塔は文永7年(1270)再建、鎌倉時代中期、桧皮葺、三間三層、総高22.26Mの見事な塔です。本堂は30年毎の桧皮葺の屋根の葺き替え工事が平成22年春から24年春まで行われており、又三重塔も内陣の改修で塔の正面に祀れている秘仏の釈迦三尊、裏面の薬師三尊は本堂に移され平成23年5月1日から11月30日までご開帳です。更に、三重塔は開扉されており、極彩色の見事な十二天壁画が見れます。拝観料は常の通りで400円です。国宝の本堂は桧皮葺の屋根が吹き替えのため覆われていて見れませんが、秘仏や三重塔の内陣のご開帳は今後30年間は見れないと思慮します。この機会にご参拝と見学をお薦めします。

1.駐車場から松永川に架かる「棡橋(ゆずりばし)」を見る
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2.棡橋の上から渓流の松永川を見る
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3.明和九年(1772)再建の小浜市指定文化財の山門(仁王門)
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4.同上 見事な彫刻の山門を横から見る
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5.見事な彫刻と組立の鐘楼
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6.手水舎の手前の棡木(ゆずりぎ)
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7.本堂への登り参道
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8.本堂前の駒札
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9.国宝の本堂正面(現在、桧皮葺の屋根の吹き替え中で建物は見れず、本堂内は撮影禁止ですが。秘仏はお坊様の説明により参観出来ます。)
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10.国宝の見事な三重塔「文永7年(1270)建立、初層平方面三間(4.18M)、総高22.12M、桧皮葺木造三重塔婆。」全体的なバランスの良さや組ものの精密さなどから、高度な建築技術を駆使しており、国内でも鎌倉時代を代表する建造物です。
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11.裏側から三重塔を見る。内陣が見られ、中の見事な十二天壁画が見れます。但、平成23年11月30日までのご開帳。
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12.庫裏の前庭 その1.
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13.同上    その2.
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14.小浜市指定天然記念物「カヤの巨木(推定樹齢500年)」
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15.右手にカヤの巨木、正面は庫裏の門
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2011/9/27

見事に修復された朱塗りの室町時代の国重要文化財の島田神社!  文化財研修記

中世の豊富庄の総社であった島田神社は福知山市畑中の清流和久川の横にある国の重要文化財です。平成19年から21年の2年間を経て見事な朱塗りの神社に復興しました。本殿の柱上部(内法貫、うちのりぬき)に記された墨書か文亀2年(1502)の創建と知られており、福知山市内最古の木造建築であるばかりか、京都府でも数少ない中世の建築物として有名です。杮葺(こけらふき)、唐破風付、三間社流れ造りです。古く平安時代の和名抄には拝師郷と呼ばれ、皇室領として「豊富庄」の名前があり、南北朝時代には大竜寺に寄進されていた。又、丹波志によると江戸時代初期には近郷の樽水(甘栗)、談、北山、畑中、小牧を含めて「豊富村」と呼ばれており、島田神社は「古豊富村」の総社として五ヶ村で祭礼が務められて来ました。祭神は稚武王、十城別王、息長帯比売命です。

1.道路から見た島田神社への田圃道
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2.巨大なケヤキの木2本
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3.参道、左の川は和久川最後に由良川に合流です
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4.木造両部鳥居と舞殿、裏の赤い屋根は本殿
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5.木造両部鳥居
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6.神社の駒札
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7.舞殿
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8.本殿
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9.本殿正面
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10.境内社
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11.境内社2
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12.境内
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13.境内社と奥は和久川
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解体修理中の島田神社は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/562.html

2011/9/26

臨済宗妙心寺派の古刹・宝住禅寺で恒例の「お月見プチコンサート」で大阪音大OGの出演で見事な演奏を披露!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」味方町井上寺にある臨済宗妙心寺派の古刹・宝住禅寺で9月25日(日)午後6時半から8時半まで恒例の「宝住寺お月見プチコンサート」が盛大に実施されました。国内とヨーロッパに22支部を持つ大阪音楽大学の同窓会組織「幸楽会中丹支部」の7名の女性の皆さんによる素晴らしいピアノ演奏とソプラノ二重唱等が催され、最後は大江町長橋寺の住職・越後義昭禅師のこれまた素晴らしいマジックが実演されました。「音声入り動画」をお楽しみ下さい。尚、9月22日味方町の四方諭自治会長、四方正己筆頭寺総代、お寺の奉仕団体・宝樹会々長井田稔氏などが参加して「牛天神」の入魂式が実施されました。それと昨年は同寺の山門が見事に修復されましたので掲載します。

1.見事に修復された宝住禅寺の山門、裏は本堂
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2.山門をアップして見る
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3.本堂裏の少し色ずいた「大心字庭」
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4.国道27号線のすぐ上にある「馬頭観音碑」、この左に「牛天神」が移転「入魂式」
が9月22日に実施されました。
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5.宝住禅寺は「1、000体の牛のコレクションや牛十図」もある牛の寺としても有名です。之が牛天神の由来碑です。
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6.之が牛天神です。牛と菅原道真の天神さん!
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7.牛天神の祠の中には「牛」祀られています。
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8.本堂横にも牛の彫刻が祀られています。
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9.今日のプチコンサートに出演の大阪音楽大学同窓生組織「幸楽会中丹支部」の7名の皆さん!小生ともう一人の方が撮影です!目の方向が違っていますね。
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10.河野義方住職様のご挨拶
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11.司会の方が内容を説明です
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12.1.ソプラノ 近藤裕子さん 伴奏 塩見真理子さん 「荒城の月」
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13.「荒城の月」を「音声付動画」で見て聞いて下さい。下記をクリックするとU-tubeの画面が出てきます。その画面の右下の拡大画面をクリックして大画面で見て下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=fU1HFtUHop8

14.ピアノ 上川智子さん 「見上げてごらん夜の星を」いずみたく作曲
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15.同上 「音声付き動画」で見て下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=0VTQZmUMVtg

16.「野ばら」二重唱・ソプラノ 松下めぐみさん、ソプラノ 近藤裕子さん、伴奏
塩見真理子さん
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17.同上 「音声付き動画」で見て下さい。
http://youtu.be/s-TXcMS1Beo

18.「ありがとう」(ゲゲゲの女房主題歌)ピアノ連弾 第一前田由布子さん、第二岡井めぐみさん
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19.同上 「音声付き動画」で見て下さい。
http://youtu.be/xPKkcyHvAAs

20.全員で「ふるさと」を合唱する!
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21.大江町の長橋寺のご住職・越後義昭禅師の見事なマジック
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22.観衆もびっくりマジックです。
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23.「音声付き動画」で見てみよう!

http://www.youtube.com/watch?v=rOBIxogyMUA

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宝住禅寺の文化財・きゅうり封じ薬師大祭は下記クリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/655.html

宝住禅寺のホームページは下記をクリックして見て下さい。
http://www.rakanzan.com/

2011/9/25

東・中舞鶴の史蹟・文化財を訪ねて!その4.加佐郡唯一の明神大社・古社「大川神社」の威容を見る!  文化財研修記

京都府舞鶴市川徹光山(てっこうやま、標高200M)に加佐郡(かさぐん)で唯一の明神大社で威容を誇る本殿を持つ大川神社がある。本殿、中門等は舞鶴市の指定文化財である。大川神社の駒札によると、それに少し加筆して時代を明らかにした。開創は5世紀末、応神王朝の末の第21代雄略天皇の長い治世の後、孫で第23代顕宗天皇元年(けんそうてんのう、485)4月23日宮柱が立てられ鎮たんご祭したところから始まったとされている。その後、天武天皇5年(678)勅使をもって幣帛(へいはく)が捧げられ、さらに持統天皇7年7月(693)には「祈雨の政」が行われたことを伝えています。平安期に入ると「三代実録」によれば貞観元年(859)正月27日「京畿七道諸神進階及新叙、惣二百六十七社」の一として「丹後国従五位下大川神社」とあり、神位の昇進があり、又同13年11月11日条に「授ニ丹後国従五位上大河神正五位下」とある。10世紀には延喜式内明神大社に列し、丹後国きっての古社であります。近世には大河(川)大明神・正一位五社大明神・天一五社大明神などと呼ばれてきた。
 下って明治5年郷社となり、大正8年府社になり、大川大明神と尊称されてきました。主神は保食神・相殿に句々迺馳命神(木神)・軻遇突智神(火神)・埴山姫神(土神)・金山彦神(金神)・罔象女神(水神)の五元神が祀られています。例祭は4月29日、大祭は11月3日で、御幣渡御・種々の奉納行事があり、伝説も数多くあり、汁物として室町時代「享徳2年2月(1453)の銘がある特異な形の鎌鎚(かまやり)があります。

1.大川神社第一の鳥居
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2.当神社の大祝(おおふり、神の血筋を引く者)の家
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3.大祝高田薩摩守中臣昌裕建立文政12年(1829)の銘が入っている基礎石の駒札。
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4.第二の朱塗りの鳥居
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5.見事な中門(舞鶴市指定文化財)
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6.中門から本殿を見る
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7.禰宜で大祝妻の高田佑子様の歌碑
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8.中門の阿吽の随神の内の「吽形の随神」
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9.舞鶴市指定樹木の大ケヤキ(幹周4.65メートル)ここを登ると本殿。
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10.本殿前から中門、由良川方面を見る
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11.絵馬堂の中の一枚の奉納絵馬(昭和8年の銘がある)
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12.本殿前の拝礼門(呼び方もいろいろ数多くの門があります)
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13.威容を誇る本殿(舞鶴市指定文化財)誠に巨大で撮影に困りました!東大寺のような広場に在るのではありません。正面には12番の門があります。本殿の中には神官の方が写っていますのでその大きさがわかると思います。
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14.本殿の見事な向拝の彫刻
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2011/9/24

東・中舞鶴の史蹟・文化財を訪ねて!その3.夢窓疎石禅師の直弟子・普明国師創建の古刹「雲門寺」  文化財研修記

京都府舞鶴市余部(あまるべ)上には、臨済宗天龍寺派の古刹神龍山「雲門寺(うんもんじ)」がある。この寺は応安2年(1370)夢窓疎石(むそうそせき)国師の直弟子である春屋妙葩(しゅんおくみょうは、普明国師)の創建である。春屋妙が南禅寺の第三代住職の時、応安2年4月比叡山の僧徒と南禅寺の僧徒との間で争論が起こり、六波羅探題に之を訴えたが、将軍は是を決せず、比叡山の僧徒是を怒り、日吉神社の神輿を奉じて京の都に入り将に禁門を焼かんとした時、将軍の家人・佐々木崇之が比叡の僧徒を蹴散らせ大問題となったがその表決は南禅寺にとっては納得できがたく、時の南禅寺住職・春屋妙葩は一派とともに南禅寺をさり、丹後の余部(あまるべ)に隠棲し、沼地を埋め立て寺を建てたのが起こりである。沼に龍が住んでいたと伝え、山号を神龍山とした。春屋は11年間ここに在住後、帰洛。以後寺領も奪われて寺勢も衰退したが、一時は天龍三刹の一つに数えられた。江戸時代に禅海和尚が中興した。寺領は元余部下にあったが、明治21年(1888)海軍用地となり、現在地へ移った。見事な本堂・庫裏・観音堂・鐘楼・舞鶴市指定文化財の山門・同指定文化財の絹本著色普明国師頂相(ちんそう)がある。
 尚、京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」中上林(なかかんばやし)地区には金剛寺があり、ここには有名な木造普明国師坐像(綾部市指定文化財)がある。最後にクリックして「綾部の文化財を守る会」村上高一会長の出稿をご参照下さい。

1.雲門寺の山門(舞鶴市指定文化財)
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2.同上 石碑
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3.舞鶴市作成の駒札
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4.見事な本堂
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5.山号「神龍山」の扁額がある本堂への式台
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6.式台に引き続き、右側は庫裏
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7.鐘楼
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8.雲門伝記碑
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9.座禅石
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10.歴代住職のお墓
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有名な木造普明国師像は下記をクリックして見て下さい。
http://ayabun.net/kaiho/70/simojyo2.html

上記に関係する綾部市奥上林の下庄廃寺の仏像は下記をクリックして見て下さい。
http://ayabun.net/kaiho/69/simojyo.html

2011/9/23

平成22年京都府指定文化財と成った綾部市の室町時代の斎神社(いつきじんじゃ)  綾部の文化財

今京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」下原町布毛100番地に古社「斎神社(いつきじんじゃ)」がある。この神社の御祭神は武甕槌神(たけみかづちのかみ)ですが、境内社の2社とも祭神は不明です。平成20年11月8日京都府教育委員会文化財保護課の福田技師先生達の調査でこの神社は室町時代中期のもので一間社流造、長板仮葺でありますが調査の結果発表は次の通りでした。「残念ながら古文書はみあたりませんでしたが、覆屋内部の神社の屋根は二重垂木(にじゅうたるき)であり、室町時代16世紀のものである。又、扉裏に文亀(1502)の墨書銘が発見された。」と。
今回特に、覆屋の中の本殿の朱色が目だっていますが、之は最近塗られたものです。

1.斎神社入口
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2.斎神社本殿前から参道を見ると杉の古木がある。
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3.京都府指定文化財の斎神社本殿
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4.斎神社の本殿(朱色は最近塗られたものです)
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5.斎神社本殿を横から見る
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6.本殿に掲げられた奉納の絵馬
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7.境内社(祭神は不明)
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8.斎神社本殿横の綾部の古木名木100選の準古木の杉(幹周3.90メートル、樹高33メートル、途中で二俣になっている)
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9.斎神社裏の森の中でJR山陰線よりには綾部の古木名木100選の準古木のカシ(幹周2.62メートル、樹高16メートル)
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平成20年11月8日に京都府教育委員会文化財保護課の福田技師先生一行の調査については下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/554.html

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2011/9/22

東・中舞鶴の史蹟・文化財を訪ねて!その2.細川幽斎も庇護した真言宗東寺派の古刹・鹿原山慈恩寺・金剛院  文化財研修記

京都府舞鶴市鹿原には関西花の寺25ヶ寺の第3番札所で真言宗東寺派の古刹・鹿原山慈恩寺・金剛院がある。当寺発行の由来書によると、この寺は平安時代初期の天長6年(829)第51代平城天皇の第三皇子・高丘親王によって創建されました。親王は第52代嵯峨天皇の皇太子でもありましたが、弘仁元年(810)藤原薬子の乱に巻き込ま廃太子され、世の無常を感じて仏門に入り、法名を眞如と称し、弘法大師の十大弟子の一人として仏法の興隆につくされたましたが、貞観4年(862)83歳の高齢で入唐して、更にインドに向かい、マレー半島南端で客死されました。
 ご本尊の波切不動明王派、第72代白河天皇の病気平癒祈願の為、永保2年(1082)若狭の国から勧請されたもので、帝の病気はこの不動明王力によって忽ち平癒しました。
 帝は大いに満悦し、当時荒廃していた当山を復興し、三層の塔を建立して眞如親王を追善供養し、勅願寺として「慈恩寺」の寺号を下賜されました。
 また、第74代鳥羽天皇の皇后美福門院も深く仏法に帰依し、平忠盛(清盛の父)を造営奉行に命じ、久安2年(1146)新に阿弥陀堂を建立し堂塔を修復するなどして、当山は本坊の金剛院の外に十二坊舎、食堂、浴室なども整備され全盛期を迎えます。
 この様に当山は皇室の庇護も厚く、その後の戦国動乱や天災人災にも耐え今日に至っていますが、江戸時代には歴代の田辺城主も当山を外護し、三重塔から本堂に到る山腹の楓は細川幽斎の植樹で、秋には全山紅葉に映え訪れる人が絶えません。また境内地南西「鶴亀の庭」も幽斎作と伝えれています。
 ご本尊の波切不動尊(秘仏)弘法大師入唐渡海時の故事に因み、海難除け、重病平癒、火
難、水難等全ての災難を除く仏様として、広く人々に信仰されています。

1.金剛院京都府歴史的自然環境保全地域
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2.金剛院山門
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3.本堂・三重塔への案内板(この参道も秋には見事な紅葉の楓(かえで)の参道となる。)
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4.樹齢1,000年の榧(かや)の木への案内板
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5.樹齢1,000年の榧(かや)の木
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6.国重要文化財の見事な金剛塔婆(三重塔、室町時代、方三間、杮葺(こけらぶき)、初重内部には四天柱と来迎壁・仏壇を持つ)
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7.石段の参道(104段)と本堂を見る(両側の楓は細川幽斎公により植樹されたもので秋の時期には見事な紅葉が見れます)
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8.本堂に向かって左側には舞台造りの「雲山閣」がある。
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9.見事な本堂です(正面からだと全体が撮影出来ないので右側から撮影した)
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10.本堂左端と雲山閣を見る
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11.鐘楼
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12.本堂前から石段と三重塔を見下ろす。紅葉の時期には細川幽斎が植樹した楓が色鮮やかに囲む)
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13.紅葉の金剛院塔婆
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14.宝物館(入山料は200円、宝物館入館料500円、中には国の重要文化財が数多く展示されています。下の写真は、阿弥陀如来坐像(重文、平安後期)、その外に多聞天立像、増長天立像、阿形・吽形の仁王像(鎌倉時代)、執金剛神立像・深沙大将立像(快慶作、鎌倉時代)薬師十二神将図(重文、室町時代)など。
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2011/9/21

東・中舞鶴の史蹟・文化財を訪ねて!その1.西国33ヶ所第27番霊場・青葉山「松尾寺」  文化財研修記

京都府舞鶴市松尾には西国33ヶ寺の第27番札所・真言宗醍醐寺派の古刹青葉山「松尾寺(まつおでら)」がある。京都府と福井県の県境の青葉山(標高699M)は福井県側の高浜町から見ると東西に並び立つ双峰が一つに重なり、その秀麗さにより「若狭富士」を呼称されている。後陽成天皇の皇子八条王子は次のように詠っている「富士なくば 富士とやいわん 若狭なる 青葉の山の 雪のあけのぼ」。又、寺の御詠歌は「そのかみは いく世経ぬらん 便りおば 千歳もここに まつのをのてら」更に、古今伝授で有名な細川藤孝(幽斎)の和歌は「いつしかと 花の木末も 青葉山 なべて緑の 色も涼しき」息子の細川ガラシャの夫・忠興は「世の中に あらん限りの 言の葉に いくぞかえりの 春や松の尾」と。この山は死火山で大昔には火焔を吹き上げ、噴流はこの若狭の海に注いで凄まじい水煙をあげていたものと思われる。この厳しい峻険な山では、早くから修験道修行の場であった。
 慶雲年間(704〜708)唐の僧・威光上人が青葉山の二つの峰を望んで、中国に良く似た山・馬耳山がという霊験のある山があったと思慮された。登山されたところ、松の大樹の下で馬頭観音を感得されたと言う。そこで草庵を結ばれてのが和銅元年(708)と伝えられている。以来1300年を経ており、元永2年(1119)には鳥羽天皇の行幸があり、寺領4千石を給い、寺坊は65をも数えるほどに栄えた。この寺にある国宝の絵画「白象に乗った普賢延命菩薩像」は鳥羽天皇の皇后・美福門院の所持する念持仏であったといわれている。この国宝の絵画は春・秋の宝物館開館時のみ拝見できます。(拝観日チェック要)、その後、度重なる火災にあったが、その都度、細川幽斎やその後の藩主京極家によって復興され、現在の本堂は藩主牧野英成により江戸時代の享保15年(1730)に修築されたものである。当寺の本尊・馬頭観世音菩薩は西国33ヶ寺で唯一の観音像で77年に一度開帳される秘仏です。2009年に開帳されたので次は2086年にご開帳です。

1.国道27号線松尾寺口の道路は閉鎖中、27号線を福井県高浜町まで行き、そこからの道路で松尾寺へ上るのが良い。下記掲載の地図参照
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2.松尾寺の自家用車駐車場(400円)から左上の仁王門前の巨大な触瓶を見る!
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3.見事な彫刻の仁王門
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4.仁王門の扁額
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5.西国33ヶ寺第27番札所松尾寺
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6.石段に向かって左側に「勅旨門」がある
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7.本堂「享保5年(1720)着工、10年かかって完成。本堂は5間(9メートル)四方、二重・宝形造りで向拝1間、軒唐破風付(のきからはふう)、堂内は凹形の外陣とは凸形の内陣からなっている。)
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8.本堂前の巨大な銅造りの燈籠
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9.本堂に向かって左側の経堂
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10.同じく左側の地蔵堂
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11.本堂に向かって右側の弘法大師像
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12.見事な本堂の向拝、軒唐破風付
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13.本堂内の外陣
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14.本堂に向かって右側から本堂を再度見る
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15.本堂に向かって右側の「大師堂」本堂と渡り廊下で繋がっている。
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16.大師堂内の役行者の像
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17.鐘楼
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18.鳥羽天皇お手植えの銀杏の木の駒札
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19.鳥羽天皇お手植えの銀杏の木
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20.松尾寺から福井県大飯町方面を見る
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2011/9/20

綾部西国観音霊場33ヶ寺第1番札所真言宗の古刹「正暦寺」第18回萩まつりと楽寿観音法要!  綾部の文化財

平成23年9月19日(祭)綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」寺町にある真言宗高野山派の古刹那智山「正暦寺」で第18回萩まつりと楽寿観音法要が盛大に開催されました。楽寿観音法要は夕立が降りましたので、観音様の前での法要は「本堂」で午前9時40分から玉川正信住職様の読経から始まり、御詠歌もあり、それを「音声付動画」撮影しましたので見て、聞いて下さい。
 それと本堂内では今年1月80歳で逝去された山田羊鳴さんの見事な「俳画遺作展」が開催されています。
 又、由良川の景色が良く見える客殿では梅原隆さんの「手作り和凧作品展」も開催されており多くの種類の凧を楽しむことが出来ます。本日19日午後3時頃まで開催されていますので参拝並びに紫・白の二色の萩楽しめます。
尚、境内の萩は10月中旬までは十分に楽しめますので参拝見学をお薦め致します。
 又、正暦寺の文化財は最後にクリックして見て頂けるようにしてあります。

1.白い萩の花咲く境内への登り石段と山門が見える。山門からの由良川の景色は抜群です!
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2.故山田羊鳴氏の「俳画遺作展」その1.
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3.作品 その2.
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4.作品 その3.
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5.作品 その4.
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6.作品 その5.
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7.作品 その6.
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8.作品 その7.
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9.望南庭への途中の廊下には檀家の方の作品展
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10.お茶席は裏千家・今枝宗昭師及びその社中、後方の庭は「望南庭」
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11.同上  その2.
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12.客殿入口
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13.「手作り和凧作品展出展目録」これ以上の作品展示がありました!
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14.展示準備中
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15.作品 その1.
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16.作品 その2.
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17.客殿からの由良川と丹波大橋の眺めは絶景です!
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18.雨にけむる楽寿観音菩薩立像
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19.雨のため本堂に移動して「楽寿観音法要」です。
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20.楽寿観音様に向かって玉川正信住職の読経で「法要」開始です。
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21.御詠歌開始です。
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22.御詠歌を「音声付動画」で見て、聞いて下さい。下記をクリックして頂き、U-tubeの
画面がでましたら、右下の拡大画面をクリックして、大画面で見て下さい!
http://youtu.be/cuvrJFBjgVg

正暦寺の文化財は下記をクリックし見て下さい。
http://ayabun.net/bunkazai/annai/syorekiji1/syorekiji2.html

正暦寺の不動明王祭は下記をクリックしえ見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/272.html

正暦寺の満開の萩祭りは下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/474.html

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2011/9/19

シデの思い出 坂尾呂の里・鳥垣渓谷からシデの山へ 図書紹介  図書紹介

スキー仲間の舞鶴市在住のふじもと様からこの冊子の紹介をいただいた。
シデの思い出作文集「シデ山の思い・・・小川真次氏」のなかに出てくる「小学校の頃には、木下先生と十人位でシデの山へ遊びに行き、スキーをしながら舞鶴の海が見えた事とか・・・」に関連して、今回京都府体育協会功労賞を受賞された木下實綾部市スキー協会会長(銀嶺会会長)のことだろうかとの質問だった。

この件と冊子入手までの経緯については別途記録します
http://nbcayabe.blog34.fc2.com/blog-entry-719.html

昨年出版された四方英生先生の「上林七里野」のなかに含まれる上林谷の鳥垣集落、坂尾呂の里であるが、△大栗(681.4m)ー大栗峠シデ山頂(731m)上林峠ー△中津灰(748.1m)と続く綾部市境稜線に位置しているので登ってみたい。

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坂尾呂神社の森の向こうにシデの山(731m)を望む
平成23年3月13日 鳥垣自治会 編者:桜井克彦(平成22・23年度 鳥垣自治会長)
〒623-1131京都府綾部市睦寄町鳥垣6
農林水産省 平成22年度子ども農山漁村交流プロジェクト対策交付金事業

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坂尾呂の里・鳥垣渓谷からシデの山を訪ねる

第一章 シデの思い出作文集より抜粋写真
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きれいな大きな荷をもって ヤスミト手前にて
「茅かきの思い出(昭和30年代後半の頃)・・・桜井和成氏の思い出に挿入

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昭和35年 火の渦を巻いて燃え下がるズンド平原
「炎と平原と海」・・・熊内久志氏の思い出に挿入

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鳥垣渓谷1番目の滝(おりと)
まだ見ぬ谷や山へ・・・小川美子様の思い出に挿入

第二章 坂尾呂の里
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古墳 綾部市資料館調べ

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綾部温泉の上林川対岸、坂尾呂の里からシデ山頂(731m)綾部市境周辺のマップ

第三章 カヤ畑焼きの記録
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昭和35年 かや畑焼き スナップ集より抜粋

第四章 村茅に関する綴り
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茅頼母子(かやたのもし)鳥垣区 カヤを保管している様子
屋根の葺き替え作業の様子

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シデの山名 カヤ(茅、萱) 主にイネ科草本の一群

坂尾呂神社についての取材ブログは下記をご覧ください
須佐之男命を祀る古社・坂尾呂神社の秋祭り1〜4
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/921.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/922.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/923.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/924.html
上林谷の文化財を求めて
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/483.html
坂尾呂神社
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/sakaoro/sakaoro.html




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