2011/7/30

あやべの夏祭りは7月23日中筋納涼大会で始まり、クライマックスは30日水無月(みなつき)まつりだ!  綾部の文化財

1.7月23日(土)「第33回中筋納涼大会」大賑わいで盛大に実施された。午後6時50分の大観衆です。
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詳細は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1058.html

2.あやべ水無月まつり協賛イベント!「あやべ町家倶楽部スタンプラリー」7月22日から31日まで。7ヶ所の町家でスタンプをもらい「商品券」をゲットしよう!丁度このこのサイズの下の冊子は下記7ヶ所の町家倶楽部加盟店で手にはいります。
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3.7月28日(木)「熊野新宮神社」で「第313回水無月大祭の神事」が午前10時から催されます。
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第312回水無月大祭の神事は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/899.html

4.7月29日(金)夏だ!駅前横町(主催:綾部駅前商店街振興会)が午後6時から9時まで開催されます。今年は屋台村、6時5分から和太鼓一座「丹州」のライブ、ダンス、炭酸早飲み競大会、7時40分から「あやべ良さこい」のライブ、8時30から名物「大抽選会」です信金前広場で8時20分頃配布されます。
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昨年の記事は下記をクリックして見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/894.html

5.30日(土)午後1時30分から「綾部駅南口広場」にて「第7回由良川ロックフエステイバル」が午後6時過ぎまでライブで開催されます。出演は地元JUNK FOOD,TOMFなど7組、尚、昨年ゲスト出演の京阪神で活躍しているBlack Pearlが今年も來綾部で見事なライブをやってくれます。昨年のB.Pの写真!
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第6回由良川ロックフェステバルの記事は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/896.html

6.30日(土)「あやべ良さこい」踊り午後5時20分から第一部、午後7時50分まで
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平成21年度の第一部は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/709.html

7.30日(土)午後8時から8時45分「400発の花火大会」
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平成21年度の「花火大会」は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/714.html

花火大会の様子を綾部商工会議所の流行の「動画」で見れます。平成22年度分は下記をクリックして見て下さい。
http://ayabeminatsuki.org/hanabi_col.html

8.30日(土)「あやべ良さこい」踊り第二部午後8時40分から9時45分
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平成22年度第二部は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/897.html

9.7月31日(日)午前7時から「クリーン水無月」場所:市民センター集合
(小生いつも水無月まつり撮影でダウン、参加したこと無し、皆さんは是非参加しましょう!)

10.30日(土)交通規制・駐車場・観覧席案内
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トイレマップ(地図)
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2011/7/28

〜大本〜聖人たちの作品展が大本発祥の地・綾部で7月27日(水)「燦々堂」で始まった!無料  綾部の文化財

              燦々堂 特別企画                                                      
          〜大本〜 聖人たちの作品展
 
 明治、大正、昭和を生き、現在の大本の礎を築いた人物がいるその中には、宗教家として活躍するとともに、茶道や書画など様々な技芸にもすぐれた才能を発揮している方が多く、今も貴重な作品が伝えられている。
今回の特別展示会では、二代教主 出口むみ子、聖師 出口王仁三郎、三代教主 出口直日の3名の作品を中心とした、大本ゆかりの品々約50点を公開。
大本発祥の地・綾部に、聖人の作品が集結します!
 「入場料無料」です。本物を鑑賞しましょう!

場所:燦々堂(京都府綾部市本町4丁目23 綾部市I.Tビル向かい)
期間:平成23年7月27日(水)〜8月8日(月)8月2日(火)定休日
時間:午前9時〜午後6時(定休日:火曜日)

文化と癒しの館「燦々堂(さんさんどう)」
通常営業時間 午前9時化〜午後6時(定休日:火曜日)
〒623−0021綾部市本町4丁目23
「お問い合わせ」燦々堂 0773(42)0330
        館主:宮本090(5667)3050


数点公開しますが、本物を是非みて下さい。入場無料。
1.会場の「燦々堂(西町ITビル向かい)
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2.コーヒー300円を楽しみながらゆっくり鑑賞できます。
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3.作品1.「扇」表 二代教主 出口すみ子
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  同上「扇」裏
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     4.作品2.3.「丹冊」二代教主 出口すみ子
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        5.作品4.「掛軸」聖師 出口王仁三郎
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        6.作品5.「掛軸」 聖師 出口王仁三郎
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        7.作品6.「掛軸」 聖師 出口王仁三郎
          クリックすると元のサイズで表示します border="0">
8.作品7〜20点「掛軸3点 兜他、壺と蓋1点、茶碗9点」
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予告版の記事でも二代教主 出口すみ子、聖師 出口王仁三郎、三代教主 出口直日様の作品を数点掲載しています。下記をクリックして見て下さい!
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1057.html

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2011/7/27

山家藩谷家の武家屋敷見学と山家資料館の見学その3.(最終回)山家資料館  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の広瀬町には山家城跡があります。この山家藩は陸戦の将・初代藩主谷衛友(たにもりとも)が天正10年(1582)に山家へ入部したのに始まる。谷氏は近江源氏佐々木定綱の後裔で、近江国甲賀郡谷の郷に住み「谷」を名のった、代々足利将軍家や近江の浅井氏につかえていた。父・衛好(もりよし、一時、谷野大膳と名乗っていた)の時、美濃の斉藤道三に仕えたが、のち織田信長に従うところとなり、天正4(1576)の石山本願寺攻略で木津・難波表の戦功により織田信長の感状をうけている。更に衛友(当時、甚太郎よ呼ばれていた)は秀吉方として父・衛好(大膳亮)に従って17歳の時播州三木城攻めに加わったが、毛利の大軍と戦って衛好は50歳で戦死、父の戦死の時ただちに遺体を奪い返したと云う。このときの戦功で秀吉から感状を受けている。首記2件の感状は綾部市指定文化財を成っている。クリックして見て下さい。 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/638.html
山家資料館のパンフレットが「山家郷土歴史資料館委員会」事務局:綾部市鷹栖町豊後32電話:0773−46−0345によって作成されました。今後この「山家資料館」を見学したい方は手紙又は電話にて見学日・時間を予約して、見学をお願い致します。

1.山家城址に出来た門の2階が「山家資料館」となっています。2階への階段はこの写真の裏側にあります。
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2.山家郷土歴史資料館委員会によって作成された「資料館パンフレット」
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3.資料館内部
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4.右、谷衛好公御召具足、左、初代山家藩主谷衛友公御召具足
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5.ひなわ銃及びひなわ銃入筒
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6.山家藩御知行目録(綾部市指定文化財となる予定)
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7.山家藩行列順序の「覚」1.
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8.同上      「覚」2.
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9.鏡の案内
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10.鏡
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11.他に下記のように多くの遺物が展示されています。民具等展示場は別にあります。
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12.山家城址、山家資料館へのアクセス
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2011/7/26

山家藩谷家の武家屋敷見学と山家資料館の見学その2.旧足軽・木下家見学と山家城址の土塁  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の広瀬町には山家城跡があります。この山家藩は陸戦の将・初代藩主谷衛友(たにもりとも)が天正10年(1582)に山家へ入部したのに始まる。谷氏は近江源氏佐々木定綱の後裔で、近江国甲賀郡谷の郷に住み「谷」を名のった、代々足利将軍家や近江の浅井氏につかえていた。父・衛好(もりよし、一時、谷野大膳と名乗っていた)の時、美濃の斉藤道三に仕えたが、のち織田信長に従うところとなり、天正4(1576)の石山本願寺攻略で木津・難波表の戦功により織田信長の感状をうけている。更に衛友(当時、甚太郎よ呼ばれていた)は秀吉方として父・衛好(大膳亮)に従って17歳の時播州三木城攻めに加わったが、毛利の大軍と戦って衛好は50歳で戦死、父の戦死の時ただちに遺体を奪い返したと云う。このときの戦功で秀吉から感状を受けている。首記2件の感状は綾部市指定文化財を成っている。クリックして見て下さい。 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/638.html
今回は広瀬北組にある旧足軽・木下家(岩崎氏が保存のため購入)。木下家は岸首相と親交のある実業家として有名であったと言う。この家は改造され間取りも広くなり、トタン覆いとなっているが別紙のように元の間取り等が判明できます。さらに、山家城址には戦国時代初期の大規模な山城(やまじろ)跡の土塁が残っている。大変珍しいので見て頂きます。

1.士族屋敷配置図(幕末藩士覚え、と明治6年町絵図参照)
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2.江戸町にある旧(きゅう)木下家(足軽)入母屋造・トタン覆い
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3.部屋の間取り(土間から6・6・8畳の三間続き)
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4.土間から見る三間続きの部屋(土間から撮影)
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5.ぬれ縁が残っている。
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6.母屋に向かって左橋に「下屋」が昔のまま残っている。
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7.母屋の屋根の側面に見事な「家紋」が見える(小生この家紋を知りません。知っておられる方は、ここをクリックhttp://8711.teacup.com/tsuguo/bbsすると「文化財掲示板」が出ますのでこれで投稿ご一報お願い致します。)
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8.山家城址の空堀と土塁を見るため竹藪を下る。
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9.土塁1.上から順次撮影して行くと最後は上林川に至る。
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10・同上2.
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11.同上3.
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2011/7/25

第33回中筋商工繁栄会主催:納涼大会が7月23日(土)盛大に実施された!  あやべの街

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」中筋地区には中筋小学校があり、7月23日(土)午後4時から午後9時15分の「中筋ふれあい花火」終了まで「第33回中筋商工繁栄会主催:中筋納涼大会」が盛大に開催された。順序から行くと午後4時1.ふれあいバザール、午後5時30分2.太鼓演奏、午後6時10分3.綾部中学校吹奏学部演奏、午後6時50分4.中筋商工繁栄会々長・福井信夫氏の挨拶、ご来賓挨拶、午後7時5.カラオケ大会、午後8時10分6.高津「よさこい」おどり、そして、午後8時30分よりフナーレ7.ふれあい花火大会の予定であったが、今年は山崎善也綾部市長のカラオケ大会出場を始めカラオケ大会出場者が例年になく多かったため「花火大会」約20分ずれ込んだが、参加者は綾部市外からも多数あり誠に盛大であった。例年に無く迷子も3名もあり、司会の「羽室服飾店」の羽室さんが迷子を宥めて抱えて舞台にでて、親を探す風景は、失礼ながらほほえましく拝見した。特に今回の大会で印象に残ったのは、1.参加者が随分増えて大変な賑わいであった。2.山崎善也綾部市長を始めカラオケ大会の出場者の増加、3.綾部中学校吹奏楽部の演奏も年々充実している、4.高津「よさこい」おどりも良かった、5.花火大会の花火の内容も随分充実してきた、6.子供達にとって一番人気はやっぱり金魚すくいであった。

1.午後4時会場の中筋小学校前の「中筋商工繁栄会の納涼大会」案内版
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2.午後4時15分頃、子供達にとって一番人気はやっぱり「金魚すくい」お母さんも一緒に夢中!午後4時かから花火大会まで賑わっていた。
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3.子供達の二番人気は「京都北都信金の無料のポップコーン」と「松寿園の無料の綿菓子」
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4.子供達の三番人気は「司工業のデズニーグッズやおもちゃが格安」!
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5.中筋納涼大会の名物「冷しきゅうり一本100円」小生も2本食した!
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6.大人の一番人気(勿論ビール、ソフトクリームを除いて)「大島元気野菜クラブ」マクワウリ1個100円、特大200円、ゴーヤ1個50円、特大2個100円小生も特大ゴーヤ2個100円で買った!家内が作っているゴーヤ今やっと花が咲き始めたところです。
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7.午後5時30分「中筋鳥ヶ坪太鼓保存会・子供太鼓」の元気な演奏です。
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8.乱れ組の迫力ある太鼓演奏です。
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9.午後6時10分「綾部中学校吹奏楽部演奏」トップに1.夏まつり、2.マルマルモリモリ、3.また君に恋してる、4.ミスター、5.ドラエもん他アニメメドレーの演奏でした。アンコールがかかり、再び夏まつりの演奏で答えてくれました。吹奏学部の演奏も年々充実してきたの感!!
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10.同上 2.
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11.午後6時30分頃の会場です。後方の高い山は綾部市街のシンボル四ツ尾山(標高287.3メートル)大変賑わってきました。
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12.午後7時頃、主催者の中筋商工繁栄会々長 福井信雄氏の挨拶(今年で第33回目となり、年々参加者も増え、内容も年々充実するよう努力してきまして、綾部の夏祭りはこの7月23日の中筋納涼大会からと言われるようになって来ました。ーーーー)
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13.ご来賓 山崎善也綾部市長の挨拶(市内外の参加者も年々増加して、綾部の夏の風物となってきました。綾部市も今年第5次総合計画として、住んでよかった田園都市綾部の強力なる推進を図っていきます。−−−−)
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14.午後7時10分頃から「カラオケ大会」トップは北都信金の3名A・RA・SHIのLove so sweet(いつも面白いですね!)
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15.出野 代富氏の「田端義夫のかえり船」(東京の方で流行っているそうです!)
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16.迫田 恭子さんの「北の港駅」素晴らしかった!
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17.女子中学生7名のグループ。可愛いですね!曲目聞き逃し御免!おまけにピントが弱い!もっと多くの方を掲載したいのですが、枚数に制限あり、無料のブログは写真3枚位です。当会はお金払った有料ブログですが枚数には制限があります。分割掲載の方法もありますので検討していきます。
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18.鶏は山崎善也綾部市長です。英語は抜群、太鼓も抜群、おまけにカラオケも抜群でした!勿論政策能力も抜群!小生カメラへたくそで8年かかっても撮影能力向上ほんの少し!申し訳ありませんが、これでも努力しています。
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19.高津「よさこい」おどり(この撮影は難しい!昨年の方が益しだった!お許しを!)
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20.午後8時50分「ふれあい花火大会」です。20分予定からずれてます。1.
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21.同上 2.
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22.同上 3.
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2011/7/24

〜大本〜聖人たちの作品展が大本発祥の地・綾部で7月27日〜8月8日まで開催!  綾部の文化財

    燦々堂 特別展示会「〜大本〜聖人たちの作品展」
 
 激動の明治、大正、昭和を生き、現在の大本の礎を築いた人物がいる。その中には、宗教家として活躍するとともに、茶道や書画など様々な技芸にもすぐれた才能を発揮している方が多く、今も貴重な作品が伝えられている。
 今回の特別展示会では、二代教主 出口すみ子、聖師 出口王仁三郎、三代教主 出口直日の3名の作品を中心とした、大本ゆかりの品々約50点を公開。
 大本発祥の地・綾部に聖人の作品が集結します。

場所:燦々堂(京都府綾部市本町4丁目23 綾部市I・Tビル向かい
期間:7月27日(水)〜8月8日(月)定休日:8月2日(火)
時間:午前9時〜午後6時
入場料:無料

文化と癒しの館「燦々堂」〒623−0021綾部市本町4丁目23
お問い合わせ:燦々堂 пF0773−42−0330
       店主宮本пF090−5567−3050

出展作品の内、7点を公開します。
1.作品1.掛軸 二代教主 出口すみ子
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2.作品2.掛軸 二代教主 出口すみ子
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3.作品3.掛軸 聖師 出口王仁三郎
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4.作品4.掛軸 聖師 出口王仁三郎
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5.作品5.掛軸 聖師 出口王仁三郎
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6.作品6.壺と蓋(表側) 聖師 出口王仁三郎
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      同上 (裏側) 同上
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7.作品7.碗と箱 三代教主 出口直日
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8.案内パンフレット
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2011/7/22

式内社・高倉神社の土用の丑祭が7月21日盛大に開催された!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」には高倉宮以仁王(たかくらのみやもちひとおう)を祀る高倉神社がある。明治9年5月に明治政府令により作成された「延喜式内並国史見在神社考証(えんきしきないならびにこくしじんじゃこうしょう)京都府立総合資料館所蔵」には天田郡(現、福知山市にはったたの3社、元何鹿郡の我が綾部市には12神社がる。その1つがこの高倉神社で、12世紀後半、平安時代末期には徐々に武士の時代になりつつあり、まさに平家の全盛の時代であった。平清盛は太政大臣として権力を振るい、治承3年(1179)には後白河法皇を鳥羽殿に幽閉、翌4年高倉天皇(以仁王の異母兄弟)を退位に追い込み、自らの孫を安徳天皇として即位させた。源氏の有力者源三位頼政は、後白河法皇の第二皇子として将来を期待されていた以仁王を中心に挙兵する計画を立て、以仁王は平家追討の令旨を諸国の源氏に発し,自らも頼政を総大将として平家追討の兵を挙げられた。しかし、頼政方に利あらず、宇治の合戦で敗北、頼政は平等院で自刃。以仁王はそこを逃れ,南都で再興しようと数十騎の側近と南進された。丁度井出の渡し(木津川市山城町)で追撃の平家軍の猛攻撃を受け、以仁王の身代わりとして影武者が討ち死に、以仁王は13名の側近と丹波に逃れ頼政の領地であった吉美卿有岡村目指して10日余りの旅で何鹿郡綾部に着かれ由良川を渡たられたのは治承4年5月下旬か6月初め、農作業の中、里人は都からの高貴な方の到着を喜び笛、太鼓で田楽踊りを舞い今も伝わる「ひやそ踊り」で以仁王を慰めたという。しかし以仁王の矢傷は悪化し、同年6月9日「後世、庶民の腹痛の悩みを我代わって救わん」という言葉を残して昇天された。翌年養和元年(1181)9月9日以仁王の神霊を奥谷の森、高倉に移し奉り、ここに高倉神社が創建された。四方幸則宮司作成文を略す。宵宮祭の神事が午前0時に行なわれ、今は午前8時の本殿祭を掲載します。

1.午前7時15分頃 高倉神社拝殿(京都府登録有形文化財)で参拝される方々。
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2.午前7時20分頃 高倉神社奥宮参拝のご夫婦(奥宮の後方の夫婦杉は綾部の古木名木100選の一つです。)
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3.はらいた予防の「五葉の笹」100円を求められる方々が一杯!
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4.天一さん(てんいつさん、高倉神社の通称)名物「はらわた餅」6個370円が飛ぶように売れている!
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5.ボランテアグループのお店!今年は「忍者道場・手裏剣投げ」6投50円が大人気!
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6.チビッコギャルには「輪投げ」も大人気!子供10円、大人50円
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7.四方幸則宮司様を先頭に禊(みそぎ、おきよめ)をされる神職、各自治会長達
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8.午前8時 遥拝所にて「本殿祭」が始まる!
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9.拝殿内の見事な琴と笛の演奏で本殿での「本殿祭」が始まる!
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10.四方幸則宮司様による「開扉の儀」
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11.献饌の儀「けんせんのぎ、神饌(しんせん=神様の食事)を供える」神饌をリレーで順次お供えする。
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12.四方幸則宮司様による「祝詞奉上(のりとほうじょう)」
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13.四方幸則宮司様の「玉串奉上(たまぐしほじょう)」
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14.吉美地区連合自治会長 河北修氏の「玉串奉上」
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15.綾部市議会議員 塩見眞理子氏の「玉串奉上」
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16.吉美小学校々長 大槻冨美雄先生の「玉串奉上」他、ご来賓の本殿参列者の方々は順次全員玉串を奉上されました。
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17.徹饌の儀(てっせんのぎ、神饌を徹する儀式)これも見事なリレーで徹せられた!1.
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18.同上  2.
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19.午前8時50分 全員拝礼で本殿祭終了
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20.午前8時55分 境内社の「十二士神社」前で高倉宮以仁王(たかくらのみや、もちひとおう)に従って、この綾部の吉美まで逃れて来た「十二人の侍の子孫で作る十二士講」の会員の参列により「祭礼」が始まる!
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21.同上 2.
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22.同上 3.講員を代表して玉串を奉上される会長
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高倉神社について四方幸則宮司様のまとめられた記事は下記をクリックして見て下さい。
http://ayabun.net/kaiho/70/takakura.html

高倉神社のホームページは下記をクリックして見て下さい。
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/shrine/12/49/index.html

高倉神社の土用の丑祭真夜中の「宵宮祭」は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/694.html

高倉神社の秋の大祭の神輿行列とヒヤソ踊(綾部市指定無形民俗文化財)は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/767.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/768.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/769.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/771.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/772.html


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2011/7/21

山家藩谷家の武家屋敷見学と山家資料館の見学その1.元家老「添田邸」の茅葺屋根葺き替え!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」山家地区の広瀬町には山家城跡がある。山家1万石、綾部2万石、福知山3万石とよく言われるがその実態は、山家藩谷家については下記NO.2、〜NO.5の説明を見て読んで頂きたい。綾部九鬼藩2万石については最後に当会、綾部の文化財を守る会創立35周年記念講演会で綾部史談会々長の山崎巌先生の講演をまとめてHPに掲載したものをクリックして見て頂けるようにしました。今日は元一番家老の添田の(そえだ)邸の40年振りの茅葺屋根の葺き替えの様子を見て頂きます。この一番家老の添田邸は「綾部の文化財を守る会々員」でもありました元校長先生であった道家勧さんか購入され、幸いにも一級建築設計家の長男・道家嘉之助氏が修復されされたのですが、屋根は以前葺き替えてから40年も経過し、麦わらでの葺き替えも検討された諭旨ですが、麦わらの購入先は中々見つからず、嘉之助氏自身が綾部市の中上林地区で自ら、茅を数年刈り続けて蓄積された茅を使っての葺き替えです。今年6月15日から葺き替え始め、9月上旬には茅葺の屋根が見事に葺き替えられている予定です。屋根葺工事は京都府美山町の茅葺専門会社:美山茅葺株式会社、木組工事:翠紅社に依頼されたのです。美山町には現在でも景観文化財保存として多くの茅葺屋敷が残っており見学できます。この道家邸の間取りの調査は9月中旬を予定しております。その時は又、皆様に報告致します。

1.綾部史談会々員11名(会長:山崎巖先生)と山家歴史の会13名(会長:有道大作氏)は山家城跡に午後1時30分集合(7月中旬の炎天下であった)。山家城址の門の2階が山家資料館です。又、手前の石の鳥居の裏側には大正13年10月正四位子爵谷壽衛寄進の銘がある。
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2.山家谷藩のについて1.町絵図から見えるもの「山家の城下町」(平成22年3月吉日綾部史談会・山家歴史の会発行文を抜粋)
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3.同上       2.
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4.同上       3.
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5.同上       4.
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6.この道家邸は9月中旬「山家山荘」として甦ります。
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7.この地図の一番家老宅であった「添田」邸の位置は「役所」の上に見れます。現在の道路は伊也神社のすぐ下から始まり御殿に一番近い家は「大島家」5番目の「添田家」は役所上にあり、道路はその上を通っています。
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8.一番御殿に近い「大島」邸跡、ただ大石があるのみ。
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9.設計図等で説明される建築設計家・道家嘉之助氏
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10.道家氏自身で綾部市中上林地区で茅を刈られた。
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11.屋根の設計図
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12.屋根の葺き方
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13.屋根葺きの途中 1.
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14.同上      2.
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15.同上      3.
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16.現在の玄関前の門
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17.現在の玄関1.
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18.同上   2.
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19.平成17年撮影(四方事務局長)の玄関と当時当会常任幹事兼山家資料館長・塩見光夫氏の記事は下記をクリックして見て下さい。
http://ayabun.net/bunkazai/annai/kakuoji/kakuouji3.html

20.綾部九鬼藩については下記をクリックして読んで下さい。
http://ayabun.net/35nen/kuki/kukisiryo.htm

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2011/7/20

国宝・住吉大社と堺市の文化財を訪ねて!その5.(最終回)臨済宗大徳寺派の南宋寺と徳川家康の墓の謎!  文化財研修記

大阪府堺市堺区には臨済宗大徳寺派の有名な古刹・龍興山・南宗寺(なんしゅうじ)がある。境内には総門・仏殿・山門・唐門・鐘楼・弁天堂・方丈・禅堂・座雲亭の建築物と、塔頭(たっちゅう)の徳泉庵・本源院・天慶院がある。南宋寺は、大永6(1526)年、京都大徳寺の住職・古嶽宗亘が堺の一小院を南宗庵と改称したのが始まりと言われる。大林宗套は、南宗庵で古嶽宗亘に参禅し、その後、大徳寺の住職となったが、天文17(1548)年、師の遺命により堺に帰り、南宗庵に入った。大林和尚に帰依した三好長慶は、父の菩提を発願し、南宗庵を移転して東西八町南北三十町の壮大な寺院を造営し南宗寺とした。その後、天正2(1574)年の松永久秀の乱、及び慶長20(1615)年の大阪夏の陣において南宗寺の堂宇は悉く廃燼に帰した。当時の住職、沢庵宗彭と堺町奉行喜多見若狭守勝重は、南宗寺の復興に尽力し、元和5(1619)年、現地内に再建した。南宗寺第13世住職清厳宗渭は、正保4(1647)年、山門(甘露門)を造営し、さらに承応元(1652)年には仏殿の建立に着手しており、現在の伽藍は、この頃までに整備されたと考えられる。明治3(1870)年に南宗寺住職となった牧宗宗寿は、禅堂及び鐘楼を建立し、我国最初の臨済宗専門道場を開いた。その後、昭和20(1945)年太平洋戦争で開山堂・実相庵・方丈・庫裏を消失したが、方丈と実相庵は再建され、現在、大阪府下唯一の臨済宗専門道場として多数の道俗に修行の場を提供している。徳川家康の墓の謎とは?・・・南宗寺史に大阪夏の陣の時、徳川家康は茶臼山の激戦に敗れて網代駕籠に乗って堺に逃げる途中、後藤又兵衛の槍に倒れた。何分戦時中なので全て秘密にし遺骸を南宗寺開山堂下に隠し徳川の世になって、これを久能山に改葬し、更に日光山に移送したという伝説が記録されている。謎の解明1.「徳川二代将軍秀忠が1623年7月10日に、更に1ヶ月後の8月18日に三代将軍家光が相次いでこの南宗寺を訪れている」ということが書かれている。「征夷大将軍源朝臣秀忠公 元和九発亥年七月十日 當山 御成」その次に「征夷大将軍源朝臣家光公 同年八月十八日 當山 御成」と。大阪夏の陣から8年、秀忠、家光将軍交代のこの多忙な時期に南宗寺を訪問????解明2.開山堂の床の下に卵型の石があり、江戸時代のその右の石板には「無銘ノ塔/家康サン諾ス/観自在」と刻まれている。解明3.徳川家康の墓昭和20年7月戦災で消失したが、昭和42年黄門様でおなじみの水戸徳川家の家老の末裔、三木啓次郎氏が建てたもので建立の経過が書かれている。解明4.正面の唐門は将軍とその奉行だけが通るために造られたものである。その屋根瓦の紋どころは徳川将軍の「三つ葉葵」。解明5.墓石の裏に刻まれた発起人はそうそうたるメンバーでパナソニック松下幸之助、彼は二股ソケットを売っていた時代、三木啓次郎氏に助けられており、TV番組の水戸黄門のスポンサーはパナソニック一社独占!以上はNPO法人堺ボランテア協会によるが、小生は解明6.「大ヒットした隆慶一郎氏の小説「影武者徳川家康」は死亡の場所を関ヶ原合戦に変更して、興味しんしん、さもありなん!としたこと」を加えます。

1.南宗寺の駒札
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2.南宗寺拝観入口
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3.坐雲亭(重層の洋式で山内最古の建築物。下層三間四方、上層一間四方、内部に徳川秀忠・家光両将軍御成を記した板額がある。
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4.千家一門の墓(中央に千利休宗易居士の碑、右に不審庵(表千家)、左に今日庵(裏千家)、官休庵(武者小路千家)の碑が立つ。)
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5.伝説の徳川家康の墓(上記の解明2.参照)
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6.国指定名勝「枯山水の庭」古田織部好みといわれる「緑と白の境目がくっきりとしている」にが特徴です。水は一滴も使わずに石と砂で山河を表現しています。その1.
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7.同上 その2.
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8.水琴窟「曹渓の庭」に敷かれた那智黒石の一角より「キーン」と言う澄んだ音がする。
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9.利休好みの茶室等の駒札
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10.実相庵(利休好みの茶室、二畳台目、平天井と蒲の落天井の二段構成)
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11.津田一門の墓(利休と並び称せられる津田宗達、その子・宗及一門の墓。今は宗及の娘婿・半井ト養の墓碑も並んでいる。
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12.唐門(国受容文化財、唐門詳細洋式から17世紀のものと見られている。簡明な構造の向唐門である。木鼻の絵様繰形は甘露門と通ずる共通性が認められる。戦災で消失した東照宮へ通ずる唐門である。上記の解明4を参照)
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13.徳川家康の墓(東照宮跡碑、文政年間の建立と言われた東照宮は空襲で消失、その跡に東照宮跡碑が昭和43年に建立された。上記の解明5.参照)
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14.仏殿(国受容文化財指定、仏殿は大雄宝殿とも言われ,方三間の主室の周囲に裳階をまわした方5間本瓦葺の建物で小規模ながら純粋な禅宗様仏殿である。中央に釈迦尿来、左右に文殊・普賢の両菩薩を安置し、天井には狩野信政筆「八方睨みの龍」が描かれている。
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15.仏殿内部(天井の龍の撮影できず、残念)
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16.鐘楼(文政年間に消失したものを明治初年に牧宗住職が再建)
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17.山門(甘露門、国重要文化財、三間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺、禅宗様と和様の折衷様式になっており、棟札により正保4(1647)年の建立であることがわかる。清厳宗渭筆「甘露門」の扁額が掛かっている。
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18.南宗寺総門(間口二間、奥行一間の四足門。大林和尚筆の「龍興山」の扁額が掛かっている)
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19.塔頭・本源院への参道
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20.本源院山門
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2011/7/19

伝統ある第31回写真家集団・十人会写真展がグンゼ集蔵で開催された!  綾部の文化財

平成23年7月15日(金)〜17日(日)午前10時〜午後5時まで伝統ある「第31回写真家集団・十人会写真展」が綾部市青野町にあるグンゼ集蔵(つどいぐら)で開催された。十人会結成38年となった諭旨である。現在の会長は坂手賢璋氏であります。案内文は下記に掲載しますので見て頂きたい。写真展を見ると、何時も思うのですが、小生も「こんな素晴らしい写真を撮ってみたいものだ」と。ここ8年間写真を撮り続けているが、必要上撮るだけであってこの「写真展」のような素晴らしい芸術作品はとても撮れないなと!写真撮影の苦労話もよく聞くが小生にはそのような忍耐を努力は無理だと!この「十人会」の話は聞いていたが、何時も気がついたら終わっていた。今回は最終日でもあり、次のアポイントもあり、大慌てで見た。足立順子氏のイタリアの水の都ベニスで撮影された「ふりかえる街」シリーズも素晴らしかった。小生はこのベニスには3回行って見ているから、その特徴が大変よく捉えておられると感心したものの、あわてて撮影した2枚ともぶれていて使用に耐えなかったの掲載できなかったこと、お許し下さい。受付名簿に郵便番号、住所、氏名を書いて置いたので、来年は案内状がもらえることを期待しております。

1.グンゼ集蔵前の展覧会「案内板」
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2.十人会写真展・会員と作品名
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3.会員一同の「案内文」
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4.大石信次郎氏の「槍の刻」(槍ヶ岳)シリーズの1枚
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5.四方一雄氏の「Seasonable」シリーズの「朝霧」
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6.向山 稔氏の「人が消えた村」シリーズの1枚
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7.植村真弓氏の「涼」シリーズの1枚(本当に見ていて涼しくなる!)
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8.木嵜敏清氏の「Bali」シリーズの1枚(インドネシアのバリ島の海、女性のロンギが逆光で透けて見える、海水にも浸かったのだろう!)
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9.坂手賢璋会長の「壁画」シリーズの1枚(壁画思って見ると、その通りで不思議だ!)
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10.植村 誠氏の「輝芒」シリーズの1枚
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11.賛助出品・井田竹次氏の「風の洞門」
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12.賛助出品・今田二一氏の「過疎の春」
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13.十人会顧問・APA会員・岡田克敏氏の「山陰の空」(日御碕燈台)
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