2011/1/30

春日歴史民俗資料館・郷土資料館を見学  文化財研修記

春日局の生誕地である黒井城下館(現:興禅寺)、富岡鉄斎の母の絹が春日町出身と云う植野美術館「富岡鉄斎の絵画展」を見学後、春日インターチェンジ手前の春日歴史民俗資料館・郷土資料館を訪ねました。

この春日郷土歴史民俗資料館は、綾部郷土資料館建設推進協議会からの視察で、綾部の文化財を守る会会長の故木下禮二先生、同事務局長の故山下潔美先生たちに教わりながら、先進地資料館の視察研修を組み、市行政バスを利用して見学に来た思い出があります。

野々間遺跡から全国で初めて埋もれたままの状態で発見された2個の銅鐸を、その埋納壙とともに展示してその出土状況を明らかにしています。・・・を契機としてこの春日町郷土資料館が建設されたと説明をうけましたが、歴史資料館と民俗資料館が併設され「2館」方式であること。
視察した一行に綾部資料館建設のモデルとして高い評価がありました。

署名・請願活動など様々な建設促進活動のあと、綾部市でも「私市円山古墳」が発掘され、出土品の収容で急遽「綾部市資料館」の建設が決まりました。銅鐸の発掘と機を同じくする資料館建設の契機でした。

しかしながら、未だ「民俗資料館」については建設が定まらず、「いかるが民俗資料館」の組織をつくり模索している状態です。

この春日郷土歴史民俗資料館の素晴らしい立地条件、「歴史・民俗の2館併設」に加え、春日図書館が駐車場を挟み向い側に。春日町市役所、春日体育センターが左側に、春日町商工会館が右側に、春日文化ホール(以前興禅寺見学の時に全国応募の美術展が開催されていた、植野美術館の丹波美術大賞展の前身か?)が図書館側にあるなど、春日町の行政文化の一郭に立地することです。

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春日歴史民俗資料館・郷土資料館
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春日歴史民俗資料館の建物
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春日郷土資料館の木造農家風の建物
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巨大な千石釜が置かれている
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水路に設置して田畑に水を上げる水車

写真の撮影が出来なかったので貰ったパンフレットを載せます
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丹波路に銅鐸の音ひびく(表紙) 春日町周辺の観光マップ(裏表紙)
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春日の歴史 常設展
1.大むかしの春日 2.けむり立つ春日の里 3.中世の春日 4.近世・近代の春日
郷土資料館 くらしと農具 展示配置図

この春日郷土歴史・民俗資料館の受付、案内の方に、貼りだしてあった春日町年表を見ながら、現在、植野美術館で開催中の「富岡鉄斎の絵画展」について、母の絹が春日町(黒井)出身で鉄斎の書簡も展示されている。絹の生活していた場所など尋ねたところ、この関連ニュースは全く聞いていないとの答えでした。

春日町と氷上町などが合併して丹波市になり、すぐ近在の同種の施設である美術館と資料館の間に共通の話題に対し、連携のないことが分かりました。


2011/1/30

丹波市立植野記念美術館で富岡鉄斎の絵画展を見る  文化財研修記

昨秋に舞鶴市の友人夫妻に誘っていただき「丹波市立植野美術館の丹波美術大賞展」を見に行きました。今回は母親が黒井出身であったという「富岡鉄斎の絵画展:2月20日(日)まで」があり見に行きました。併催「館蔵名品展ー中国花鳥画の世界ー」
春日町よりJR石生駅・水分れの城山トンネルを抜けると氷上の信号があり左折して加古川をわたったところ。

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丹波市役所近くの加古川をわたるとギリシャ神殿風の大理石の豪華な建物
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2階入り口に登る石段の途中のモニュメント「豊かなアジアと共に地球丸」
平成6年11月2日 寄贈 財団法人 植野アジア芸術文化振興財団 理事長 植野藤次郎
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入り口の「富岡鉄斎の絵画展」 併催「館蔵名品展ー中国花鳥画の世界ー」のペナント
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入場でもらったチラシ 表面
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入場でもらったチラシ 裏面
富岡鉄斎は、1837年(天保7年)京都三条通新町東にて、法衣商の次男として生まれました。なお母の「絹」は現在の丹波市春日町出身です。
幼少時より家学とされた石門心学はじめ国学、漢学、陽明学等広く諸学を修め、青年期以降は南画をはじめ様々な絵の流派を学びながら独自の世界を形造っていきました。
生涯に1万点にのぼる作品を遺し、1924年(大正13年)その生涯を閉じました。

鉄斎の生き方が表現される際、「万巻の書を読み万里の路を往く」という言葉がよく引用されます。・・北海道までも足を伸ばしつつ日本の津々浦々を踏破し、それぞれの地域の風物を活写しています。・・

また母の絹(1810?〜1895)の出身地が丹波市春日町にあるところから、鉄斎の人柄を偲ばせる書簡等の地域にのこる資料も併せて展示します。

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美術館から丹波市の山々(霧山)をみる


2011/1/30

春日局生誕地、黒井城下館(興禅寺)を訪ねる  文化財研修記

今年は積雪が多く、高速道路も冬タイヤチェックがある模様、厳しい寒風をついて、春日局(お福)の生誕地である黒井城下館(興禅寺)に行ってきました。

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黒井城下館(興禅寺)の端正な「高石垣」と静水を湛える「七間壕」
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楼門(山門)
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楼門の左側 阿の神将像
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楼門の右側 吽の神将像
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春日幼稚園横の「総門」から「参道」が上がる
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春日局生誕地(興禅寺)案内
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春日局庵 裏側にトイレ
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楼門前の石灯籠
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興禅寺本堂
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右側に「鐘楼」
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左側にお堂
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本堂前に「お福の腰かけ石」春日局幼名(3歳まで住んでいた)
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池のある「庭園」
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観音立像
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指月殿
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「お福産湯の井戸」 斉藤利三の妻お安(おあん)との子
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産湯の井戸方面から宝篋印塔が寺の裏に見えたようだが行けず、
外へ出て宝篋印塔→の道印から墓地に入った
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ずいぶん広く高い山中まで墓所が広がっている。14世、15世の石塔
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丹波市春日町黒井の観光マップ 黒井城跡

参考パンフレット抜粋
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国史跡 黒井城跡 戦国動乱のかずかずの歴史を秘めながら400年余りの風雪に耐え、城跡は今、静かな陽の中にあるーーー
本丸石垣と下館跡(現興禅寺)

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山頂の本城部 本城部分全景
 本丸跡 本城縄張図
本丸から二の丸、三の丸の石垣を望む 東曲輪野づら積み石垣 

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斉藤利三・春日局(お福)
天正7年(1579)黒井城落城の後、戦後統治にあたったのが、光秀の重臣斉藤内蔵助利三です。利三は下館(現興禅寺)を陣屋として西丹波一円の治安に当たりました。北の城下にある白亳寺には利三の軍役容赦の下知状が残されています。
黒井城下に活気が戻ってきた頃、利三は亀山城から妻お安と子ども達をこの陣屋に呼び寄せました。
 そしてこの年の暮れも間近い頃、呱々の声をあげたのがお福、後の春日局です。
陣屋跡は斉藤屋敷と呼ばれ、昭和初期建立の春日局生誕の碑があります。
 またJR黒井駅前に建つ幼いお福の像は、この町のシンボルとして親しまれています。

もう10年ほど前に、綾部ロータリークラブの梅原康先生の案内で、興禅寺、達身寺、紅葉の金剛院を回って以来の訪問でした。

今朝は少し所用があり出るのが遅れたが、興禅寺の見学を終えると丁度昼食時になったので、先日友人に教えていただいた丹波市の大型商業施設「ゆめたうん」に行き昼食を食べた。午後は丹波市立植野美術館で「富岡鉄斎の絵画展」を拝観し、春日郷土歴史・民俗資料館を見学した。


2011/1/18

平成23年綾部市文化協会新年互例会が盛大に開催された!  綾部の文化財

平成23年1月16日(日)恒例の綾部市文化協会新年互例会が「京 綾部ホテル」にて大雪のため25分遅れの11時25分から開催された。第一部式典では吉田晟風理事長の司会で始まり、1.木下和美副会長の指揮により参加者全員による「綾部市文化協会の歌」斉唱、2.田所卓会長のあいさつ、3.表彰(下記参照)4.ご来賓を代表して山崎善也綾部市長の祝辞、京都府中丹広域振興局々長の祝辞、5.ご来賓25名の紹介、第二部の祝宴では新加入の綾部太鼓連合会の〜童夢〜の「和ーWa」4人の女性の素晴らしい太鼓演奏で始まりました以下は下記の写真で見てください。そして、四方ハツ子副会長の閉会の挨拶で無事終了。

1.雪の京 綾部ホテル
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2.会員の受付(横の白く丸い人形は第26回国民文化祭・京都2011のシンボル「まゆまろ」です)
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3.ご来賓受付
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4.ホテル綾部の二階から見た国重文トラス綾部大橋とその向こうに大本・弥勒殿が見える。
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5.吉田晟風理事長の司会で始まる
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6.木下和美副会長の指揮で「綾部文化協会の歌」斉唱
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7.田所卓会長のあいさつ
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8.表彰20年を代表して副会長四方ハツ子氏、15年、荻野素尚氏、10年藤本信行氏、5年山本重三の各氏
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9.ご来賓を代表して山崎善也綾部市長の祝辞(写真がブレテいて申し訳ないです!)
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10.第二部「和ーWa」綾部太鼓連合会 〜童夢〜による素晴らしいオープニング演奏でした。
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11.木下義信綾部市議会議長(当会・綾部の文化財を守る会常任幹事)音頭で乾杯
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12・祝宴:河内おとこ節   華の会 大槻和子さん
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13.同上:柳の雨  花柳有喜玉会  花柳妃華嶺さんです、他にも尾上菊宣会尾上宣、雅、宣朱さん2名が素晴らしい「恋ごよみ」を披露して頂いたのですが写真がブレテおり残念です!
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14.同上 大川くづし 若柳流楽扇会  大野裕喜さん
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15.カラオケ大会トップは舞鶴文化協会々長・山内哲夫さんの「天祥の舞」
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16.同上 山崎善也綾部市長は坂本九の「明日があるさ」
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17.福引抽選会(小生は当たったことがないが、このテーブル7名から当会の村上会長をはじめ3名も中った!)
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18.引き続き、カラオケ大会・由良大司綾部市体育協会々長の「川の流れのように」
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19.綾部市文化協会功労者表彰名簿
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20.ご来賓名簿
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2011/1/15

第20回記念恒例の綾部百人一首かるた会が大本・白梅殿で盛大に実施された!  綾部の文化財

平成元年、後世に残る綾部の新しい文化遺産を作りたいと綾部公民館長であった井上俊也さんを始め、各公民館長達の熱い思いと努力が4年後の平成3年「綾部百人一首」となった。先人達が綾部の情景を詠んだ約300首と351人から寄せられた868首の一般公募作品の中から選定された100首のかるたが四方栗邨氏の絵と土田芳川氏(当会・綾部の文化財守る会の発足時からの会員)の書によって作られた。平成4年から綾部公民館が始めた「綾部百人一首かるた会」は新春の恒例となり、本年平成23年1月15日(土)午後、大本・白梅殿で第20回の記念大会となった。事前に各公民館や綾部市観光協会への申し込み及び当日昼の12時から受付で参加者は大人300円中学生以下は無料で14グループわけで100名を超える盛大な第20回記念・綾部百人一首かるた会となった。以下は写真を見てください。

1.駐車場担当の公民館長達
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2.会場の綾部・大本白梅殿入り口
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3.大本白梅殿での受付
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4.午後1時綾部市文化協会理事長・吉田晟風氏の司会でかるた会が始まった!琴は三松会の皆さんです!
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5.日本舞踊その一。
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6.同上 その二。
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7.ご来賓の方々
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8.綾部公民館長のご挨拶
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9.ご来賓を代表して挨拶される山善也綾部市長
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10.ルールの説明等
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11.同 上 その2.
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12.午後1時50分第一回目の「かるた会」開始
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13.同上 その2.
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14.同上その3.
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15.同上 その4。
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16.同上 その5.
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17.同上 その6.
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第一回目のかるた会は午後2時45分終了、15分休憩で午後3時から第二回目のかるた会が始まりました。

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2011/1/10

あやべ初えびす大祭に福井県小浜市のなでしこ会が「七福神大笑音頭」の助っ人で大賑わい!  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」の並松町の熊野新宮神社境内にある「綾部恵比須神社奉賛会(由良源太郎会長)主催する」金持神社(鳥取県日野市)繁盛神社(京都市下京区)を合祀では「初えびす大祭」例年1月9日「宵えびす」10日「本えびす」の両日「商売繁盛笹もってこい!」の掛け声とともに多く人々で賑わった!恒例の七福神の宝船は1月9日(日)が市内を巡航した。特に今年は綾部工会議所創立60周年であるため宝船には商工会議所のメンバーが七福神となった。恵比寿:由良龍文会頭、布袋:山下信幸副会頭、福禄寿:元古保弘副会頭、寿老人:野崎正和常議員、大黒:山本博義監事、毘沙門天:新庄弘章青年部会長、弁財天:吉田直美女性会会長であった。ご鎮座は明治37年綾部町内の呉服商組合の商店主が西宮市の西宮蛭(えびす)神社の分霊をお祭りしたのが始まりで、戦後この地に恵比神社の神殿が昭和23年に造営され、本町通りと並松町の商業者で組織する「蛭会」が「えびす大祭」として昭和29年から開催すりょようになったという。当初は1月と7月のそれぞれの10日に開催していたが、昭和51年には1月9日に「宵えびす」1月10日を「本えびす」とするようになったという。昭和53年には景気付けとして月見町の芸者を乗せた「宝恵籠(ほうえかご)」も登場したが、昭和62年に廃志止。平成5年には「綾部のえべっさん」としてテレビにも紹介さひれるようになった。また、今年は1月9日の「宵えびす」の助っ人として福井県小浜市の「なでしこ会のメンバー20名による七福神大笑音頭」の踊りも宝船巡航に加わった。

1.1月9日(日)午前12時30分増先ず「熊野新宮神社」参拝・マイクは見事に囃したてる石原一号議員さん
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2.綾部恵比須神社へ参拝・賽銭を賽銭箱へ投入!福引券と甘酒券をもらう!
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3.福引券場は大賑わい
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4.福井県小浜市から助っ人の「なでしこ会メンバー」に挨拶される由良源太郎奉賛会々長
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5.午後12時50分合祀の金持神社と繁盛神社の神輿を宝船へ
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6.「七福神大笑音頭」を奉納する福井県小浜市のなでしこ会のメンバー
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7.お祓いを受けて、記念写真の七福神
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8.宝船の七福神となでしこ会メンバー記念写真
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9.JR山陰線を渡る宝船巡航
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10.JR綾部駅南口広場での綾部太鼓保存会子ども会のメンバー
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11.JR綾部駅南口で七福神の宝船に「七福神大笑音頭」を奉納するなでしこ会メンバー
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この後、午後2時45分頃「アスパ」、3時20頃「西町二番街」そして3時45分頃綾部稲荷社へと巡航と「七福神音頭」の披露があった!

12.1月10日「本えびす」午前9時30分頃の石原一号議員の熱弁での盛り上げ!2
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13.本ほえびすで縁起物を買う人々
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14.午前10時 出口孝樹宮司様と祭員により「祭典」が始まる
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15.祭典その1.
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16.参列者へのお祓い
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17.出口孝樹宮司様の祝詞奉上
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18.由良源太郎綾部恵比須神社奉賛会々長の玉串奉納
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19.山崎善也綾部市長の玉串奉納
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20.佐々木府会議員、木下義信市議会議長他多数のご来賓の玉串奉納4がありました!
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2011/1/1

2011元旦早朝平和祈願の集い  あやべの街

大晦日の昼間から振り積もった、30センチを超える新雪を踏んで寺山山頂の平和公園に向かう。暗いのでレーザー光の小型懐中電灯を持ち登山口の波多野記念碑に着くと、ボーイスカウト、ガールスカウトの子供達や指導者が集合中であった。一足先に真っ暗な急山道を登る。四つ尾山から続く稜線に出ても雪が深く、まだまだ暗い。再び急坂を上がると寺山山頂に伸びる稜線になり東に辿ると寺山山頂に出た。もう20名足らずが上野町の若宮神社からの登山道から登っておられた。

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明け始めた空に砥鎌の残月がかかる
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由良川上流の景観
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2011年元旦の目覚めの朝を迎える綾部市街、北に弥仙山が見える
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綾部ボーイスカウト:久木時哉氏の司会で掲揚式が始まる
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ボーイスカウトあいさつ
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君が代斉唱のなか、国旗、市旗、世界連邦旗が揚げられる
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整列して見守る綾部ガールスカウト
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翩翻と元旦の空にはためく国旗・市旗・世界連邦旗
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(社)綾部青年会議所理事長:和久俊昭君の先導で綾部市市民憲章の唱和
綾部市市民憲章
私たち綾部市民は、丹波の美しい山河と豊かな伝統をもつ、ふるさとを誇りとし、郷土愛に燃え、自然と人間が真に調和する、新しい田園都市の実現を目指して、ここに市民憲章を定め、これを守り実行することを誓います。
1.平和をねがい、祈りのあるまちにしよう。
1.自治を高め、心のつながりのあるまちにしよう。
1.教育をたいせつにし、文化のかおりまちにしよう。
1,環境をととのえ、健康のあふれるまちにしよう。
1.産業をおこし、豊かなくらしのあるまちにしよう。
1.計画を定め、輝かしいあしたをひらくまちにしよう。
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綾部ボーイスカウト団長のあいさつ
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綾部ボーイスカウト名誉団長:山崎善也綾部市長あいさつ
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ボーイスカウト、ガールスカウト代表にお年玉の授与(綾部市長、市民憲章会長、JC理事長)
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綾部市市民憲章推進協議会会長:平野正明氏による平和の鐘(音叉)点鐘
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山崎善也名誉団長からの進級スカーフ贈呈
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御来光を待つ人々
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綾部ボーイスカウト記念写真
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イヤサカの唱和
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輝きが強くなってきた空を見守る人々
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東に並ぶ鉄塔2基の立つ三郡山(みこおりやま)から西に続く稜線△蛇ガ谷、大原峠の上に登る元旦のご来光
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雪の積もる樹枝を照らすご来光

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