2010/6/21

初夏の京都・洛北・洛中の社寺を訪ねて!その5.栄西が開山の京都最古の禅寺・建仁寺  文化財研修記

建仁寺(臨済宗建仁寺派大本山)は我国に臨済宗を伝えた明庵栄西(みょうあんえいさい)・開基は源頼家で、が創建した京都最初の禅寺で京都五山の筆頭寺院である。栄西没後寺勢は一時衰えたが、正嘉2年(1258)弁円(東福寺開山)が10世として入り、次いで蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が11世となり文永2年(1265)禅宗専一となり至徳3年(1386)五山の制で第3位となった。この建仁寺が特に有名になったのは落款も印章も無いが国宝の俵屋宗達の真作で晩年の最高傑作の「風神雷神図屏風」である。

1.乗用車であれば祗園花見小路(やっぱ舞妓さんが見えた)を通り駐車場へ行ける。
そして建仁寺への入口へ歩く。駐車料400円、拝観料500円
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2.国重文の方丈への入口
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3.国宝の俵屋宗達筆「風神雷神図屏風」レプリカ
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4.方丈(国重文・室町時代)から見る枯山水の「大雄苑庭園」
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5.方丈から巨大な仏殿を見る
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6.方丈から枯山水「大雄苑庭園」全体を見る
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7.豊臣秀吉ゆかりの茶室「東陽坊」へ
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8.豊臣秀吉ゆかりの茶室「東陽坊」
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9.写経の間
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10.勅使門(国重文・鎌倉時代)
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11.枯山水の大雄苑と国重文の方丈を見る
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2010/6/20

初夏の京都・洛北・洛中の社寺を訪ねて!その4.京都五山の上の南禅寺  文化財研修記

前回、円光寺の記事で京都五山、鎌倉五山を説明したが、今日は「臨済宗七禅殺」とは?建仁寺(建仁寺派大本山、開山・栄西)東福寺(東福寺派大本山、開山・弁円、綾部安国寺は全国の安国寺の筆頭で足利尊氏公がここで生まれたことで有名です又分骨sれた足利尊氏公・母上杉清子・妻赤橋登子の三つのお墓がある。)南禅寺(南禅寺派大本山、開山・無関普門)大徳寺(大徳寺派大本山、開山・宗峰妙超)妙心寺(妙心寺派大本山、開山・関山慧玄)天竜寺(天竜寺派大本山、開山・夢窓疎石、由寺院・等持院で開山・夢窓疎石で足利尊氏の墓がある)相国寺(相国寺派大本山、開山・夢窓疎石で山外塔頭に金閣寺、銀閣寺がある。)この南禅寺は五山の別格寺院で元亀山天皇の離宮だったものを正応4年(1291)大明国師に与え、寺を創建した。石川五右衛門の名ゼリフ「絶景かな!絶景かな!」はこの強大な高さ22メートル三門の屋根の上でのことです。

1.湯豆腐で有名な南禅寺前の「順正」です!
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2.森永湛堂老師の自筆の句の案内板
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3.森永湛堂老師の自筆句碑
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4.京都で唯一入って階段を上がって見れる「三門」高さ22メートル正に絶景です!
(国重文、江戸時代、5間3戸,入母屋造り、本瓦造り、典型的な禅宗用の山門、入場料500円)
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5.紅葉時の三門
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6.三門から天授庵・東山のホテルを見る
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7.国重文の勅使門
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8.国宝大方丈の庭園
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9.内庭
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10.紅葉の南禅院庭園
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2010/6/20

初夏の京都・洛北・洛中の社寺を訪ねて!その3.京都五山の上の南禅寺の縁寺・圓光寺  文化財研修記

曼殊院から100メートルばか参道を降りてくると左手に、円光寺まで徒歩5分の看板があったので、歩くと何と15分もかかった。しかし、ここから更に15分歩くと「詩仙堂丈山寺」がある。詩仙堂はHP「綾部の文化財」で府県別文化財研修記の京都逍遥2日間で紹介した。この瑞巌山「圓光寺」開山は三要元吉(さんようげんきつ)禅師(禅寺、臨済宗「室町幕府は京都五山と鎌倉五山を決め、南禅寺は五山の上の特別格、第一天竜寺、第二相国寺(金閣寺、銀閣寺は相国寺の山外塔頭)第三建仁寺、第四東福寺、第五万寿寺(今は東福寺近くにあるが拝観できない)黄檗宗の万福寺では僧は禅師になる。開基は徳川家康公で慶長6年(1601で江戸に徳川幕府を開いた年)、徳川家康は国内数学の発展を図るため、下野(しもつけ)足利学校第9代学頭・三要元吉禅師を招き、伏見に圓光寺を建立し学校とした。元吉禅師は肥前で駿府圓光寺の開山でもある。圓光寺学校が開かれると、僧俗を問わず入学を許可した。また孔子家語(こうしけご)・貞観政要(ちかんせよう)など多くの書籍を刊行し、これらの書物は伏見版、圓光寺版とも呼ばれた。当寺には、出版に使用された木活字(国重文)が現存しており、日本最古の木活字である。その後、圓光寺は相国寺に移り、更に寛文7年(1667)に現在の一乗寺小谷町に移転した。寺内には本尊千手観音像(伝、運慶作)や開山元吉禅師像(国重文)、竹林図屏風六曲(円山応挙作、国重文)もある。

1.圓光寺山門(拝観料400円)
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2.山門をくぐり抜け、左手の石段の参道を上がると本堂前に出る。
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3.石の参道の奥に本堂が見える
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4.本堂内の寿老人図「渡辺始興筆、寛保二年(1742)」
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5.本堂庭園入口の巨大な百日紅(さるすべり)の木
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6.水琴窟(すいきんくつ)2本の竹筒に耳を当て聞くのだが、音色がそれぞれ違い過去聞いた水琴窟の中でも最高の部類に入る。
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7.庭園 その1.
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8.庭園 その2.
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9.庭園 その3.
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10.秋の紅葉は凄い!1枚のみ掲載
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11.木魚に居眠りする小僧さんが可愛くて思わずパチリ!
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12.裏山を50メートル登ると徳川家康公の墓がある
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13.慶長4年(1599)家康公に与えられた木活字(国重文)で伏見版木活字又は
圓光寺木活字と呼ばれる桃山時代のもので現在,約5万2320個もある。
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2010/6/19

初夏の京都・洛北・洛中の社寺を訪ねて!その2.曼殊院門跡(まんしゅいんもんぜき)  文化財研修記

前回の鷺森神社(さぎのもりじんじゃ)から御幸橋(みゆきばし)を渡り、初夏のカエデの緑の参道を500メートルク位登っていくと「曼殊院(まんしゅいん)」門跡(もんぜき)天台宗」の正面の勅使門にいたる。高い門,長い白壁塀と石垣が寺格を示している。江戸幕府は門跡寺院は3通り区別して。皇室の二・三男等が住職となる寺は宮門跡、摂家が住職となる摂家門跡、そして準門跡がある。この曼殊院は宮門責跡(みやもんぜき)である。延暦年間(782〜806)伝教大師・最澄が比叡山に一宇を設け,天慶年間(938〜947)是算(ぜさん)国師が西塔北谷に移して東尾坊(とおのぼう)と号したのに始まり、天仁年間(1108〜10平安時代後期)忠尋(ちゅうじん)座主が東尾坊を改め曼殊院と称した。現在の地に移ったのは明暦二年(1656)桂宮智仁親王の御二男(後水尾天皇の猶子=養子)良尚(りょうしょう)法親王(ほうしんのう)の時である。親王が出家され、天皇に認められると法親王となる。親王は当院を御所の北から修学院離宮に近い現在の地に移し、造営に苦心された。国名勝書院庭園、桂離宮によく似た書院には国宝の「絹本著色不動明王」その体が黄色い事から黄不動と呼ばれ、高野山の赤不動、青蓮院の青不動と共に三不動と呼ばれている。その国宝の掛軸は平安時代後期の作で縦168.2センチ、横80.3センチに及ぶ大作が見れます。そのほか国宝の「古今和歌集(色紙・曼殊院本)も見れますが撮影は禁止です。

1.曼殊院門跡への登り参道、今は緑ですが、秋の紅葉は素晴らしいものです。
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2.6月の勅使門(江戸時代初期ののもので素晴らしい渦や唐草の彫刻が施されている)
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3.紅葉時の勅使門
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4.勅使門から北門への石垣・見事な苔の土手、高い白壁塀
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5.北門の入り口(拝観料600円)
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6.内庭
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7.国名勝指定の書院庭園その1.
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8.同上 その2.
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9.同上 その3.
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10.同上 その4.
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11.同上 その5.
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2010/6/18

初夏の京都・洛北・洛中の社寺を訪ねて!その1.鷺の森神社  文化財研修記

鷺森神社(さぎのもりじんじゃ)は修学院、山端一帯の氏神で、平安時代に神の使いである鷺が群集していた所から名図けられました。八坂神社と同じ素盞鳴尊(すさのおのみこと)を祀る1,100年余前に創建された古社です。応仁の乱で罹災後、比叡山麓から現在の修学院離宮の山林へ移り、離宮造営のため2度目の移転先、鷺の杜に社地を賜り現在の鷺森神社となります。

1.この「鷺の森神社」の紅葉は見事ですが、大型バスは入らず白川通りから15分徒歩で登ってきます。今回は乗用車でたった3台留めれる無料の駐車場に置くことが出来ました。近辺の案内図です。
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2.杉の御神木
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3.手水舎
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4.見事な拝殿
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5.拝殿内
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6.拝殿に向かって左側の摂社
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7.拝殿に向かって右側の摂社
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8.拝殿から舞殿を見る
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9.神社から登り参道を見る
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10.秋の紅葉の参道(隠れた紅葉の名所です)
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11.御幸橋の案内板


11.参道途中にある京都市指定の古木山サクラの案内板
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12.巨大な京都市指定の山サクラ
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13.御幸橋の案内板
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14.御幸橋です。この橋を渡って、皇室の門跡(もんぜき)寺院の曼殊院(まんしゅいん)へ向かって徒歩で登っていきます。次回はこの曼殊院です。
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2010/6/17

サツキ満開の綾部市の真言宗の古刹・京都府指定名勝庭園と修復された望南庭を見る  綾部の文化財

6月15日(火)住職様から望南庭の修復が出来たよ!見に来ないかとの事で真言宗の古刹京都府名勝指定の「正暦寺庭園」と修復された「望南庭」を午後アポ無しでホームページ担当の鍋師有理事(通称:なべちゃん)と小生(通称:つぐちゃん)二人で突然訪れた。ご住職は不在でしたが当会の会員の副住職が居られたので非礼をお詫びして案内して頂いた。

1.京都府指定名勝庭園・正暦寺庭園案内図
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2.正暦寺庭園その1.
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3.同上 その2.
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4.同上 その3.
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5.修復された「望南庭」
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6.同上 その1.
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7.同上 その2.
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8.同上 そん3.
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正暦寺の詳細は下記をクリックして見て下さい。
その1.正暦寺縁記
http://ayabun.net/bunkazai/annai/syorekiji/syorekiji.htm
その2.正暦寺の文化財
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/136.html
より詳しくはHP「綾部の文化財」を開き,カナ文字、綾部の歳時記で見てください。
http://www.ayabun.net/

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2010/6/16

平城遷都1300年祭を見る。その5.平城京跡その3.(最終回)  文化財研修記

延暦3年(784)に桓武天皇が山背国(やましろのくに)長岡京市に遷都するまで7代70年余にわたり都として栄えた平城京は、東西5.9キロメートル、南北約4.8キロメートルに及ぶ大都城で,唐の長安を模し,奈良盆地を南北に貫通する古代の三本の幹線道路を利用して都城の計画がなされており、うち下ッ道(しもつみち)をメインストリートの朱雀大路「(すじゃくおおじ)二条大路南の部分は部分は国史跡」とした。平城宮跡(国特別史跡)天皇は北の大極殿の玉座から南を見て、朱雀大路の左手側を左京、右手側を右京と呼ばれた。更に東の部分に外京が設けられた。京内は東西に9条、南北には左右に各4坊の大路が設けられ碁盤の目のように区画された。平城宮は東西1.3キロメートル、南北約1キロメートルである。その様子は今の京都市(平安京)がよりわかりやすい。この平城京の南はずーと開けており、そこにはこの平城京よりも大きな藤原京跡がある。大和三山の1つ畝傍山(うねびやま)の南側である。小生トレッキングシューズで10ある年前畝傍山(標高198.1メートル)に登り又南側にある藤原宮跡を見て廻ったが田圃のあぜ道で滑って田圃に足を突っ込み、大変酷い思いをした記憶がある。今回を以って平城遷都1300年祭り終わりです。ありがとうございました。

1.平城京跡ガイドツァーッマップ(1時間30分コース)
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2.マップ上のNO.3.第一次朝堂院跡を見る。(朝堂院とは役人が整列する場所であり、執務のほか、様々な儀式に使われていました。奈良時代にはここに4つの建物がありました。)
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3.同上NO3朝堂院跡へ
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4.同上・朝堂院跡
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5.当時の文官はので木簡に書き、削って再利用さましたで「刀筆の史(とうひつのり)」と呼ばれていました。
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6.巨大な「第一次大極殿」です。ここでは天皇が執務や儀式を行った場所です。2001年から工事に着手し、710年の遷都から丁度1300年後の2010年に復元が完成しました。
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7.南門と南門広場(平城遷都1300年祭に大極殿の南門前に整備された広場です)
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8.南の朱雀門方面を見る、それからはるか遠方に藤原京がある。
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9.西は生駒連峰
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10.第一次大極殿の裏側からの入口
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11.大極殿内の玉座(天子は南面す!天子=天皇の左手側が左京、右手側が右京となります)
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12.巨大なし尾(しび)室町時代の城には「鯱(しゃち)例は名古屋城の金の鯱」
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13.屋根の軒瓦
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14.大極殿に使われた直径70センチメートルの柱の霧の切り口(現在もうこのような巨大な柱は日本では入手不可のである)
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2010/6/15

平城遷都1300年祭を見る。その4.平城京跡その2.  文化財研修記

延暦3年(784)に桓武天皇が山背国(やましろのくに)長岡京市に遷都するまで7代70年余にわたり都として栄えた平城京は、東西5.9キロメートル、南北約4.8キロメートルに及ぶ大都城で,唐の長安を模し,奈良盆地を南北に貫通する古代の三本の幹線道路を利用して都城の計画がなされており、うち下ッ道(しもつみち)をメインストリートの朱雀大路「(すじゃくおおじ)二条大路南の部分は部分は国史跡」とした。平城宮跡(国特別史跡)天皇は北の大極殿の玉座から南を見て、朱雀大路の左手側を左京、右手側を右京と呼ばれた。更に東の部分に外京が設けられた。京内は東西に9条、南北には左右に各4坊の大路が設けられ碁盤の目のように区画された。平城宮は東西1.3キロメートル、南北約1キロメートルである。その様子は今の京都市(平安京)がよりわかりやすい。この平城京の南はずーと開けており、そこにはこの平城京よりも大きな藤原京跡がある。大和三山の1つ畝傍山(うねびやま)の南側である。

1.平城宮跡ツアーイラストマップ(1時間30分コースでNO.1からNO。5明日イを廻ってみて廻るコースに参加した。
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2.遣唐使船復元展示(長さ30メートル、幅10メートル、帆柱は15メートルであった。正使はもっとも揺れの少ない最後部の建物の中に居住した)
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3.遣唐使船の後部(船上の正使・副使の建物)
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4.朱雀門と左手奥の白い建物が現「イトーヨーカ堂」でここが「長屋王邸宅跡」です。
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5.朱雀門横のこのような塀が平城京の周りを囲んでいた。
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6.朱雀門(すじゃくもん)は平城宮の南側に位置し、四神(しじん)と呼ばれる、天の四方を守る神のうち、南を守る神、朱雀に由来している。屋根の両側には黄金の巨大な「し尾(しび)」が見える。柱は直径75センチメートルのものが18本でこの門は維持されてきた。2010年に復元が完成した大極殿の柱はもはやこのような巨木がなく直径70センメートルです。
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7.朱雀門から朱雀大路幅75メートル(国史跡)を見る。その南の奥に平城京入り口の門「羅城門(らじょうもん)」があった。
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8.近鉄大阪奈良線を越えて「第一次大極殿(だいいちじだいごくでん)へ歩く!
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2010/6/14

平城遷都1300年祭を見る。その3.平城京跡その1.  文化財研修記

奈良の平城京は第43代元明天皇が和銅3年(AD710)に藤原京より遷都したことに始まる。同時期に興福寺がこの平城京に移った。霊亀2年(AD716)元興寺がこの地に移った。延暦3年(AD784)に第50代桓武天皇が長岡京に遷都し、更に延暦13年(AD794)に桓武天皇は平安京に遷都した。ということでこの平城京は実際は74年間の短い都であったが、大同4年(809)平城上皇がこの平城京に戻ってきているので80余年間が実質の都であった。平城京跡の見学は貸切バスも駐車場事前予約で払いの上、大混雑であった。この日と特に熱く麦わら帽子の田所会長が一番元気であった。次回は皆さんと一緒に平城宮を歩いて見て廻りましょう!

1.バスの車窓から朱雀門を見る。
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2.平城京跡エントランス広場は大混雑
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3.公式記念品販売所
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4.大混雑の奈良のお土産販売所
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5.大混雑のフードコート
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6.熱い熱いね!総合案内所近辺
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7.御所市在住のツアーガイドの岸田さんの案内が始まる!我々は白(玄武)のグループ23名です。
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8.広大な平城京と平城宮のすぐそばにある長屋王邸宅跡を示す岸田さん
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9.長屋王邸宅跡「1980年代の後半、平城宮の南東隣接地の左京三条二坊一・二・七・八坪にあたる地域に「そごう」デパート(現在はイトーヨーカ堂)の建設に伴う発掘で1988年(昭和63年)4町(2万5千坪)の邸宅跡と10万点にもの木簡(もっかん)が発見され、その木簡には「長屋皇宮一石ーーー」「長屋親王宮鮑大贅十編」などで長屋王の邸宅と決定された。その木簡は各地にからの祖庸調の様子が克明に判明した。わが、綾部市の現高津町からも「鮎の干物」が送られた木簡も出てきた。長屋王は天武天皇の孫、高市(たけち)皇子の第一子であり、将来の天皇候補でもあったが、藤原一族の陰謀で謀反の罪に問われ自殺した。その墓は現在、生駒郡平群町(いこまぐんへぐりっちょう)にある。前方後円墳でその中に石碑が建てられている。
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10.平城宮イラストマップ(次回は皆様と一緒に1時間30分歩いて見ましょう)
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2010/6/13

平城遷都1300年祭を見る。その2.西ノ京・天平文化を今に伝える薬師寺・唐招提寺近辺  文化財研修記

今回のk研修旅行の目的地は「平城遷都1300年・平城宮」の復興された「朱雀門」道幅75メートルの朱雀大路、「第一次朝堂跡」「第一次大極殿」(中国では太極殿と書いている)です。其れを見学するガイドツアーが午後2時15分スタートなので、平城京の西ノ外側にある所謂「西ノ京」を散策した。そこには天平文化を今に伝える西大寺、唐招提寺、薬師寺といった大寺院が佇んでいる。次回はいよいよ平城宮へ行きます。

1.六条柳町から近鉄線を挟んで世界文化遺産登録「薬師寺の西塔」が見える。
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2.現在の薬師寺北口(元の北門は之よりずっと北の唐招提寺近くにあった。)
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3.現在の北口「興楽門」
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4.薬師寺北門から唐招提寺方面へ歩いていくと左手に元の豪商・豪農の長屋門付きの住宅がある。その一。
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5.同 上 その二。
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6.昼食の店「大納言」(ここも元は薬師寺の敷地であった)
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7.熱々のてんぷら定食で大満足
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8.世界文化遺産登録「唐招提寺」の南大門
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9.南大門から唐招提寺の国宝・金堂を見る。
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