2008/11/30

11月30日第24回綾部市民駅伝119チームが参加小学生女子優勝中筋小学校A、男子は吉美小学校Aチーム  あやべの街

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」上杉町の「総合運動公園」で11月30日(日)に小学生68チーム、中学生以上51チーム参加人員595名が力走した「第24回綾部市民駅伝競走大会」が午前中実施された。サブタイトルは「さあ、夢とロマンにあふれる明日に向かって,ともに競おう。」である。大会主旨は「市民の健康と体力づくりを推進するとともに、市民相互の親睦を深め、スポーツ人口の拡大と本市のスポーツ振興を図る。」であります。主催:綾部市教育委員会、綾部市小学校体育連盟、共催:綾部市陸上競技協会でした。まさにスポーツ文化とも言えますので、此処に掲載しますが、オープンチームを含めて29チーム参加で四位入賞となった吉美小学校女子の部Aチームと一位の中筋小学校Aチームを分析して見ます。又、オープンチームを含めて39チームの小学校男子は吉美小学校Aチームが優勝しましたので之も分析してみます。

1.開会式は上杉体育館内で四方八洲男市長が挨拶
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2.小学校女子チームのアップ情景
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3.四方八洲男市長のピストルで号砲一発、ゼッケンNO。14吉美小学校6年谷口沙希さん、そのまま1.5キロメートルをトップで走るが2位中筋A(総合優勝)とは2秒差のみ、最終的に総合2位と成った綾部Aとは12秒差の混戦。
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4.吉美小A第二走者6年恩田千尋さんは此処で1人に抜かれて2位、第三区間5年辻夏野子さん頑張ってそのまま2位、第四走者5年大澤葵さん頑張ったが一人抜かれて3位。
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5.第五走者のアンカー5年の四方花季さん、たすきを受けた時には数百メートル差だったが中筋Bの区間賞の四方日菜さん1.5キロメートルを断トツ5分28秒で抜かれ総合四位となった。5人の内3名が5年生、来年に期待したい!!
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6.総合優勝の吉美小学校男子Aチームの分析、第一走者は五位であり、写真撮ってなかったが、第二区間東順平君1キロメートルを断トツの3分33秒で一位となり、更に第三走者伊賀大地君1.5キロメートルを断トツの5分22秒で第四,第五走者は記録はそれぞれ区間2位と頑張り逃げ込み優勝でした。

2008/11/29

綾部の古木・名木100選・味方町の笠原神社の見事なツブラジイの木  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」味方町には「笠原神社」がある。この神社は綾部旧町内3神社の秋の合同祭りの一つである。第一は綾部八幡宮、第二は若宮神社、第三がこの笠原神社で、各関係町内を御輿と太鼓が練り歩き、昼には三神社の御輿・太鼓が綾部市役所に集合し神事を行なう。又関係神社四社が加わり、七神社合同の祭りとなる。この笠原神社の付近の竹藪にはツブラジイが多く見られ、幹周3メートル前後のものも散在し、他に若いもの、倒れて朽ち果てたものもあり世代交代しながら行き続けている事がわかる。尚、この秋祭りは下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/494.html

1、笠原神社の鳥居
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2.笠原神社
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3.笠原神社境内のツブラジイの駒札(幹周3.2メートル、樹高18メートル)
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4.悠然と聳え立つツブラジイ

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2008/11/29

綾部市部文化・スポーツ振興課の「ミュージアム探索ツアー」に参加して!神戸市立小磯記念美術館  文化財研修記

兵庫県神戸市の六甲アイランドシテイには「神戸市立小磯記念美術館」がある。小生か単身赴任で神戸の甲子園社宅に3ヶ年在宅し、かの有名な「阪神・淡路大震災」にあって大変酷い目にあった。しかしながら、神戸はエキゾチックで楽しいところでした。勤務は大坂なので日祭日のみ、神戸を見学したが、当時は一月に一回は洗濯物を持ち綾部の自宅に帰り、家内が月に一回は来てくれ、一日各地の見学に案内した。トレッキングシューズを履き六甲山、京都、奈良、岡山県などの日帰り見学が主であったが、神戸生まれの小磯良平画伯のことは知っていたが、神戸は異人館めぐり、王子動物園、須磨水族館、ポートピアアイランドの蘭の博覧会が主で、美術館はまだ見てなかったので今回は、応募して当ったので参加した、この「第10回ミュージアム探索ツアー」参加費は2,800円(特別展の美術館2ヶ所の入場代を含む格安の費用であった。但し、昼食は六甲アイランドシテイで各自払いで食する。)バスは市所有のもので28人乗りだから募集は28名であったが、インフレエンザの影響で取り消しがあり、案内の職員の方を入れて18名で楽々バス旅が楽しめた。思った通りこの企画の発想は四方八洲男市長であった。綾部彫刻回廊、綾部銅板回廊等を考えてみても、市民の文化意識の向上、スポーツで健康増進、即ち「文化・スポーツ振興課」の創設で理解できる。

1.紅葉の「神戸市立小磯記念美術館」
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2.移築され「この美術館内にある故・小磯良平画伯のアトリエ」
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3.愛想の良い受付嬢思わず「パチリ」、後でにっこりでOK
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4.小磯良平画伯の展示案内板
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5.小磯良平画伯「二人の裸婦」1949年(昭和24年、油彩・キャンバス、129.5X90センチメートル)
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6.小磯画伯の移築された「アトリエ内部」
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2008/11/28

綾部市部文化・スポーツ振興課の「ミュージアム探索ツアー」に参加して!兵庫県立美術館  文化財研修記

兵庫県神戸市にの須磨埠頭近くに日本を代表する建築家、安藤忠雄氏の設計による「兵庫県立美術館」がある。この美術館は平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災からの「文化復興」のシンボルとして、HAT神戸(震災後、21世紀の都市文化を先導する空間として整備された神戸東部新都心の愛称)平成14年4月に誕生した。美術を中心とする芸術活動の積極的な展開を通じて、21世紀の都市生活の共通課題である「人間の心の豊かさ」の回復・復興、特に未来を担うこごもたちの感性の涵養や心の元気アップを図るため、6つの基本構想に沿った美術館を目指している。1.「文化の復興」と新しいまちずくり核となる美術館、2.県立近代美術館を発展的に継承した美術館、3.多様な技術活動に対応した美術館、4.新しい美術を創造する未来志向の美術館、5.県民に開かれた参加・体験する美術館、6.国際交流の拠点となる美術館。i今は日本ブラジル交流100周年を記念してブラジルの三巨匠や日系ブラジル人画家の展示も楽しめたが、やはり小磯良平特別記念室の作品がよかった。次に訪ねた「神戸市立小磯記念美術館」を含めて小磯画伯の生涯と絵画、エッチングなだ全て理解でき大満足であった。人口36,000人の綾部市にも安藤忠雄氏の設計の建築があります。見たい方は下記をクリック願います。
http://star.ap.teacup.com/applet/ayabebunnkazai/463/trackback

1.綾部市役所を出発の時の係り(世話役)の挨拶・説明
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2.安藤忠雄氏設計の兵庫県立美術館と六甲の山
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3.チケットブース
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4.チケットブース前のロビーの彫刻
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5.吹き抜けの階段上の空間のデコレーション
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6.ブラジルの現代の三巨匠「ブラジルX日本 旅が結ぶアート特別展Jose Antonio de Lima,MazeMendes,Francisco Fariaの三名
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7.日系ブラジル人画家の作品内・Oscar Oiwa氏作品「WWW.com]
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8.通路の見事なデコレーション
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8。昼食は六甲アイランドへ移動して、各自にて、小生賑っている「ラーメン屋で、チャーハンと餃子を食べる大変美味」食後、女性は殆どお土産を買っているの何かと聞くと豚饅の諭旨。匂いがするので小生は栗を買った。
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2008/11/26

大本開祖大祭・開祖ご遺品展示・秋期祖霊大祭・万霊大祭:特別寄稿  綾部の文化財

大本開祖ご昇天90年記念大本開祖大祭
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開祖ご昇天90年大本開祖大祭・新穀感謝祭が11月6日午前10時から綾部市梅松苑の長生殿で執行されました。
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ことしは出口なお大本開祖がご昇天になってから90年目にあたり、白梅殿では開祖のお筆先をはじめ、お筆先をお書きになったお机、水行でお使いになった「つるべ」、弥仙山岩戸ごもりでお召しになった白衣などのご遺品が展示されました。
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午後2時から、秋季祖霊大祭・秋季万霊大祭が執行され、引き続き、奥都城祭典が執行されました。

綾部市の年間イベント(観光協会)に記載されている、宗教法人:大本の開祖大祭について投稿をお願いしたところ、大本本部から寄稿の写真と原稿をいただきました。
 綾部活性化のため外部から人々を呼び込むPR活動(綾部市達成計画)の一端を綾部の文化財を守る会も担っていますが、大勢の大本信者の方々を綾部に迎える行事を紹介出来ることに感謝しています。ご寄稿について心から厚く感謝申し上げます。
 綾部の文化財歳時記一覧表にリンクしてHP:綾部の文化財でも紹介させていただきました。

2008/11/26

出雲・伯耆国の文化財を訪ねて・その六(最終回)人気のお土産と昼食場所  文化財研修記

伯耆国(ほうきのくに、今の鳥取県)でのお土産は最高ですね。ふろしき饅頭、高塚かまぼこ、砂丘の長いも(之は蕎麦露に入れてそばを食べると最高、又、マグロのやまかけに盛ると最高)、そして昼食は新鮮な海の幸を出してくれるぎんりんグループの店で食した。

1.ふろしき饅頭の店
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2.ふろしき饅頭
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3.新鮮で美味な「高塚かまぼこ店」
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4.かまぼこ店その2.
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5.ぎんりんグループの店(新鮮な料理で有名)からの日本海の眺め
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2008/11/26

出雲・伯耆国の文化財を訪ねて・その五・天台宗別格本山・角磐山・大山寺  文化財研修記

伯耆国(ほうきのくに)、今の鳥取県には伯耆大山(伯耆富士とも呼ばれている)は標高1709メートルで頂上は雪に覆われているが、この日は残念ながら雨で見れなかった。しかし山腹にある天台宗別格本山・角磐山・大山寺を訪れた。開山は奈良時代養老年間(約1,300年前)で出雲の国玉造りの人で俊方という方によって山が開かれたと云う。「選集抄」によると俊方がある日鹿を追って大山に入り、見事鹿を射とめたが、それは鹿でなく地蔵尊であったと云う。俊方は大いに殺生の罪深いことを悔いて出家し、その名を金蓮と改め庵を結んで地蔵尊を祀ったと書かれ、又「大山寺縁起」にもほぼ同じ説話がのっています。1,200年前称徳天皇(女帝)より権現号を賜り、本尊地蔵菩薩様を大智明大権現と申しています。両部習合、即ち神様と仏様を一緒に祀って来ましたが、明治の神仏分離令によって別けられました。阿弥陀堂に祀られている阿弥陀三尊は国の重要文化財であり撮影をお願いしたが、天台宗ではほとんど許可が得られずこの寺も同様でした。ではこの寺を見てみましょう。

1.大山寺山門
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2.山門をくぐり石段の前にある寺号
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3.見事な鐘楼
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4.下山観音堂
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5.本堂
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6.本堂内
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7.宝物館その1.
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8.宝物館その2.
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2008/11/25

出雲・伯耆国の文化財を訪ねて・その四・曲水の庭と大浴場で人気の「ホテル玉泉」と若女将  文化財研修記

「出雲・伯耆国の文化財を訪ねて!!」我々は仲の良い8名での旅の宿は玉造温泉の素晴らしい曲水の庭園と一度に200名入れる大浴場、それに加えて人気があるのは若女将の居られる「ホテル玉泉(ぎょくせん)」です。デラックスなロビー、見事な庭園、そしてたった8名の宴会場に挨拶に来て頂いた「若女将の見事な挨拶」、更には夜9時から安来節家本五条家の見事な踊と、家元の安来節の歌に合わせてのの泥鰌(どじょう)掬いも大変見事で十分に堪能した玉造温泉であった。

1.デラックスなロビー、窓越しに「曲水庭」が見える
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2.曲水の庭
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3.曲水の庭とホテルを見る散策路から撮影
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4.曲水の庭の滝
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5.たった8名の宴会場へ来れれ「見事な挨拶の若女将」
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6.安来節家元五条家の家元(赤の和装)の踊
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7.家元の安来節の歌に合わせて、泥鰌掬いをする見事だ!!
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2008/11/25

出雲・伯耆国の文化財を訪ねて・その三・国重要文化財の松江城と小泉八雲旧居・武家屋敷等  文化財研修記

「出雲・伯耆国の文化財を訪ねて」今回は第三回目で「見事な松江城と近辺の武家屋敷・小泉八雲旧居や堀等」を撮影したので掲載します。松江城は別名「千鳥城(ちどりじょう)」とも呼ばれ、全国に現存する12天主の一つで、天守閣の平面規模では全国の第二番目で、古さは6番目である。昭和10年に国宝に指定されていたが、昭和25年の文化財保護法により「国重要文化財」と改称された。慶長16年(1611)に出雲の城主・堀尾吉晴が5年の歳月をかけて完成した。天守閣は,附櫓を加えた複合天主で高さ30メートル、外観5層、内部は6階となっており、最上階は望楼式で、下見板張りの壁や狭間,石落としなど実戦本位で安定感のある武骨な体裁に、桃山風の荘重雄大な姿を今なお見る事ができる。城主は堀尾吉晴、京極忠高の後、徳川家康の孫にあたる松平直政が信州松本から移封され、以来、松平氏10代234年間にわたって出雲国を領した。明治の初め、全国の城はほとんど壊されたが、松江城の天主は地元の豪農勝部本右衛門、旧藩士高城権八らの有志の奔走によって山陰で唯一保存され、松江のシンボルである諭旨。

1.松江城の案内板
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2.松江城への豪快な登城口
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3.国重要文化財の松江城の天守閣
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4.巨大な旧天守閣の鯱鉾(しゃちほこ)
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5.松江城の裏側から橋を渡る。
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6.小泉八雲記念館
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7.見事な松と小泉八雲旧居へ向かう美女二人
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8.小泉八雲旧居(ラッカデオハーンは英語の教師で妻は日本女性であった)
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2008/11/24

出雲・伯耆国の文化財を訪ねて・そのニ・国宝出雲大社  綾部の文化財

出雲・伯耆国(いずも・ほうきのくに、島根県・鳥取県)1泊2日文化財を訪ねて仲間8名で旅をした。今回は国宝・出雲大社拝殿・本殿であるが、小生は京都府与謝野町にある出雲大社巌分詞の関係から40代の頃、担当課長として、毎年一月お国帰りで出雲大社へ参拝に行ったものだ。夜中12時白衣の死に装束で身を固め、宿から大社拝殿前に集合し、稲佐の浜へ向かう。そこで分詞長は褌のみで海へ飛び込み禊をされる。我々にはとても出来ない禊である。我々はそこで砂を持ち再び出雲大社拝殿へ持ち帰り、拝殿前にその砂を盛り立てお供えする。雪のちらつく中、手が痺れ、砂は徐々に減っていく、何とか少しでも献上したく全勢力を尽くす。数年間のこの行事は、今でも忘れる事は無い。まして、巌分詞のインドネシアの仏跡を訪ねる旅でバリ島へ飛び、そこから更に本島のジョグジャカルタへ飛びプラナバンの仏教遺跡を見学した。、当時の千家宮司ご夫妻も参加され、プラナバンの仏教遺跡では、女官の依頼で奥方の手を取り、遺跡を見学した。気温は30度以上、小生は汗でびっしょり、奥方はお「おひいさま」と呼ばれ、手を受けてご案内したのだが、手は冷やりとし、「貴人は汗をかかず」の意味が理解できた。そんな思い出のある出雲大社、懐かしく必死で写真を撮っていたら、首からかけていた眼鏡を落としていた。一回り歩んだ道を探しが、見つからない。社務所の女性の方に、その旨届ける。数日後、見つかったと電話が家内にかかって受取人払いで送付をお願いしたが、何とお参り頂いたのですから、社務所の経費で送る諭旨であった。後日、眼鏡が届き、どうしたものかと家内と相談した。金銭では考えられない事であり、大坂に行ったとき、デパートより社務所へお菓子を送付した。出雲大社には又、良き思い出が出来、後日家内と参拝に行く予定であります。

1.トップに出雲大社の「千家(せんげ)宮司家」の写真その一。
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2.千家家の名札「お供した先代の御子息の名が読める」「千家家は出雲国造家(いずもこくそうけと呼ばれている、くにのみやつことは云わない)
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3.出雲大社「かぐら殿」多くの人が貨幣を注連縄に投げ込んでいる。
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4.国宝の拝殿に参拝するため行列を作っている人々(小生には並ぶ時間が無い、次回家内とゆっくりお参りすると決意している。)
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5.見事な国宝・拝殿と本殿を横から撮る。
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6.御仮殿(時間の無い方はここでお参りする)
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7.出雲大社では宮司様はニ家から出る。「千家家とこの写真の北島家」である。
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8.北島家の拝殿での結婚式を撮影
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