2008/9/29

洞峠の風にふれる交流会  山・峠道・滝

平成16年に行われた交流会の3倍近い80余名の参加者が洞峠に集まり交流会を持たれていた。上林古屋の府道終点から林道ー山道に入り60分足らずで峠に着く。
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峠に着くと鶴ガ岡(美和町)からと古屋(綾部市)の両方から人が集まっておられた
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記念スタンプを押してもらう人々
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11回目の交流会参加者が記念プレートに毛筆で記名。このあと挨拶、洞峠の説明が行われた。
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「洞峠の風にふれあう交流会」の横断幕を前に記念撮影
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11回目の参加者80余名の記名した記念プレートを張り付ける
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峠の両側に広がり持ってきたお弁当を開く
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子どもたちの食事風景
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古屋集落に下りてきた一行。子ども達は「水源の里交流会」と書かれた集会場に入っている
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周辺地図およびGPSトラック図

2008/9/29

あやべ西国観音霊場第18番札所の千手千眼観音(秘仏)初公開  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」物部町高屋に「あやべ西国観音霊場第18番」で臨済宗妙心寺派でご本尊に千手眼観世音菩薩をもつ高屋山 高屋寺(たかやじ)がある。「老いの身も 若きも のちを願うべし 物部なる世に 生まれてきて」と謡われ、今から約千年前の天歴元年(947)、村上天皇の御世に空也上人が当地を巡錫中(じゅんしゃくちゅう)に千手観音の霊夢をみて、ここに寺を開いたのがはじめです。何鹿郡十二ヶ寺の本坊であり,勅願所として、山門、大師堂、薬師堂、閻魔堂など16の堂宇が立ち並んでいたと伝えられています。その後、物部城主上原氏の菩提所となって加護を受け大いに栄えた時期もありましたが、再三の兵難や災禍にあい、往時の寺勢は偲ぶべくもありません。幾度もの兵火をくぐりぬけてきた、ご本尊の千手観音は手足の諸病に霊験があるとされ、「手足観音」とも呼ばれています。戦前までは盆の法会のおり等では丹後方面からも信者が多数参拝したそうです。今回、あやべ西国観音霊場めぐりでも、お目にかかれない秘仏「千手千眼観音(手足観音)当会のため撮影の許可を頂いたので掲載します。

高屋寺本堂
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本堂真ん前の香炉(大正四年の銘あり、横約70センチメートル、高さ約40センチメートル)
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本堂に向かって左側「地蔵堂」
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地蔵堂横の宝筐印塔(ほうきょういんとうは墓である)形から室町時代のものと推定できる。
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本堂に向かって右側の宝筐印塔「天明3年(1783)の銘がある。江戸時代。」
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双子の石の地蔵菩薩
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当会のための初公開・秘仏「千手千眼観世音菩薩」様,厨子の想定高さ1.5メートル
仏像台座から約70センチメートル)
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2008/9/28

綾部唯一の善光寺如来と仏像郡・山本和楽画伯の丹波四季山水画の襖絵と精進料理「粒菴」を持つ自得寺  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」物部町北馬場には元真言宗で現在中興の祖から第九世渡辺泰山師が住職の臨済宗妙心寺派の名刹の「自得寺」がある。この寺では四つの事で大変有名である。1.一つは長野の善光寺の摸作で全国で443寺が善光寺如来像を祀っており、京都府では京都国立博物館の一体を含めて16体があり、福知山市の善光寺、綾部市ではこの自得寺が唯一の像を祀っています。他に多数の仏像群があり、第八世で現在綾部市吉美地区の里町の「仏南寺」の住職・渡辺秀山師に特に当会のために撮影の案内をして頂いた。「信州伊那郡の善光寺はあの有名な善光寺の本尊仏が出生された有難い所であります。御本尊無量寿如来の尊像は42年月日を安置し奉っていると(此処までは善光寺如来の縁起を記したものである。それから1,200年を径て、無量寿如来は諸国を次から次へと寺や庵へ移り歩いておられるが、私の草庵(当山のお堂のこと)にも来られて既に3ヶ月もおられた。そこでみなさんと深い縁を結び、叉お参りする人々のために御開扉をして頂きました。その時,院代の天住和尚さんより一本の霊木を一片頂いて,それからひそかに久しく持っていました。そのうちに物部の地に非常に信仰の深い善男子ご方々が大変な信仰心を発し、お堂を建立し、秘木を持って如来の尊容を彫刻し、乞うてその仏像を、宝殿の厨子の中の白座の上に奉納されました。あ!!、何と如来様に喜ばれるこの様な行いは、まさにはかることの出来ない功徳である。私は感激しました。その感激した気持ちをこの霊木一点につけ加えて、その求められた責任を果たすために申しのべておきます。時に天保五年(1834江戸時代)八月吉日、丹波何鹿郡八田梅迫、見梅霊山・雲源寺・住職:雄嶽謹んで記す。祝詞は割愛しました。本文訳:自得寺八世・渡辺秀山師」、2.日本画院の重鎮山本和夫(和楽)画伯が半年かけて八枚の「丹波四季山水図」や屏風が見れる。他にも大本山妙心寺の元管長がえがかれた襖絵もみれます。3.精進料理の店「粒菴(りゅうあん)があり、第九世渡辺泰山師自身が作られる名物です。一名〜20名で@豆点心(折弁当)@2,500円、A小粒懐石(12品)1名〜8名で@3,500円、B大粒懐石(14品)1名〜8名@4,500円で3日前以上に電話にて予約が必要です。電話:0773−49−0832。但し、日祭日等は法要等でお断りされることもあります。4.戦時中に京都の学童疎開児を受け入れ物部国民学校へ通わせたことと「自得寺のヤマハのオルガン」は今京都の学校博物館に展示されています

1.臨済宗妙心寺派「自得寺」全景・正面の大木はあやべ古木名木100選の銀杏の木
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2.一願成就観音菩薩
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3.見事な本堂と庭園
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4.あやべの古木名木100選の大銀杏の木(銀杏が取れる)幹周3.68メートル、樹高29メートル
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5.寺左隣りの精進懐石の店「粒菴」
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6.日本画院の重鎮山本和夫(和楽)画伯の「丹波四季山水図」8枚の襖絵
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7.大本山妙心寺派元管長「梶浦逸外老師」の寒山拾得の絵等
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8.御本尊「阿弥陀如来像と脇時は釈迦如来像」
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9.三十三観音像
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10.地蔵菩薩像と三十三観音
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11.綾部唯一の善光寺如来像(中天仏日座から65センチメートル、両脇侍49.5センチメートル)
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2008/9/26

萩の寺:正暦寺の萩まつり  綾部の文化財

彼岸前の穏やかな秋日和の中で「萩の寺・綾部西国観音霊場第一番:那智山正暦寺の萩まつりが行われました。綾部の文化財を守る会の会報を届けに行き玉川正信住職さまには、法要取材をお願いしてあります。
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萩の咲き乱れる楽寿観音の前で行われた法要
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萩で飾られる楽寿観音像
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ご詠歌を唱和する檀徒の皆様
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萩の生け垣づくりの中に赤いお茶席が楽しい正暦寺本堂
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萩の生け垣作りが見事な庫裏では売店やお茶席接待が・・
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白萩の咲く長い参道の石段と正暦寺楼門を見上げる
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咲き誇り花がはじける赤萩
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清楚に絢爛とさく白萩
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綾部の古木・名木100選の百日紅も花をつけ萩と競う

2008/9/26

元天台宗の「下庄講中」の綾部市の指定文化財である平安時代の5つの木造像  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」上林地区の睦寄町には元天台宗の寺の仏像を守っている「下庄講中」がある。堂内には阿弥陀三尊が祀られ、その前に二天が配されている。阿弥陀如来坐像は桧の一木造りで、これに両足部を矧寄せ、上品中生印を結び、通肩(つうけん、両肩を覆う衣のまとい方)であるのが特徴です。頭部は肉髻(にくけい、仏の頭にある椀を伏せたような形のふくらみ)が高く盛り上がり、裸髪は大粒で、肩をいからせ胸腹部は肉取り厚く、大きく張った両足部には充実感があって、平安時代初期の特徴を良く備えている。納衣(のうい)の衣文は太く、両足部では深く組んだ足首引き込まれている。像全体のいたみが甚だしく、後世の泥地彩色によって、像表面が厚く覆われているが、10世紀ごろの作と考えられている。脇侍の観音菩薩と勢至菩薩も平安時代後期の作と考えられるが、後世の補修と彩色が稚拙なため、像がいたんでいるのがおしい。二天像は四天王の内の二天のみが造られたと思われる。像容に力感が溢れており、刀法も優れている。彩色は剥落しているが後補がないためかえってよさを残している。平安時代後期の作であろう。5像とも綾部市市定文化財である。綾部資料館発行「あやべの歴史のみち」より抜粋。

1.中央の阿弥陀如来坐像(市市定文化財・58.1センチメートル)
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2.右の脇侍(市指定文化財・勢至菩薩立像・152・2センチメートル)
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3.左の脇侍(市指定文化財・観音菩薩立像・150.3センチメートル)
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4.二天像(市指定文化財・右・140.5センチメートル)
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5.二天像(市指定文化財・左・140・7センチメートル)
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2008/9/26

何鹿郡(現綾部市)の鋳物師頭領の家と文化財  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」上林地区の中上林の五津合町には清水の鋳物師頭領の井関重一邸がある。江戸時代には鋳物師頭領は各郡に1名のみ任命されていた。何鹿郡ではこの五津合町の井関行家のみ。加佐郡大江町には1家、船井郡には1家、天田郡福知山市でも1家のみであった。この何鹿郡の井関家には現在綾部の古木・名木100選の一つ黒松・幹周2.07樹高12メートルがあるが、この庭には明治の末期頃までにはモミの大木があったと云う。古株を図ったところ幹周6.2メートルあったと云う。叉、屋敷は外見は一見新しく見えるが、6部屋ある、6間間取りの物凄い大木を使った梁の家であり、綾部の市定文化財にすべきである。叉、江戸時代の鋳物師の認可状を撮影させて頂いたので見てください。

1.外見は新しいが6間間取りの何鹿郡唯一の鋳物師頭領の家(江戸時代)
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2.巨大な梁が目立つ(江戸時代)
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3.6間間取りは江戸時代特別の家柄ににみ許可された。奥の間
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4.井関家の庭園・裏のくろまつは綾部の古木・名木100選の一つ左手の
  古木も200年以上と推定できる。
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5.綾部の古木・名木100選の黒松、幹周2.07メートル、樹高12メートル、推 定樹齢200年以上
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6.鋳物の金くそ
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7.享保14年(1729)の「鋳物師認可状」
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8.安政3年(1856)の「鋳物師認可状(鏄物師職之事先縦)
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9.鋳物師認可札
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2008/9/25

臨済宗東福寺派の古刹・高貴山如是寺の文化財と学童疎開先  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」上林地区の十倉志茂町には古刹「臨済宗東福寺派の高貴山 如是寺(にょぜじ)がある。この寺は三つの事で有名である。山家藩谷家は元々1万6,000石で有ったが、3人の息子を将軍家旗本にした。一。上杉谷家2,500石(後継者無く家断絶)、この2,000石旗本十倉家は明治維新まで続く。三。旗本梅迫谷家1,500石は明治維新まで続く。山家谷藩1万石、綾部九藩2万石、福知山朽木藩3万石と言われたのはこのことである。しかし綾部九鬼藩は初代藩主九鬼隆李が実弟を福知山の飛び地三岳に500石の旗本にしたので、綾部九鬼藩は1万9,500石が実際で有った。1.臨済宗東福寺派の古刹で大権修理菩薩が祀られている事。2.元幕末にこの十倉旗本谷家ニ千石が佐賀藩の砲術師「神田省三」を雇用し、指導を受けたが鳥羽伏見の戦いで神田省三は負傷し、この寺にて慶應四年(明治維新の年)1月十五日死亡し、その墓がある事。当時佐賀藩は大変砲術に優れ、上野に立て籠もった「彰義隊」は殆どこの肥前佐賀藩の大砲と鉄砲隊で以って死亡した。薩摩、長州、土佐、肥前を薩長土肥といい最後に勤皇派になった大藩である。3.太平洋戦争では京都の学童疎開でこの寺に泊まり口上林国民小学校(口上林小学校)で勉強した事

1.如是寺全景
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2.山門手前の庭園
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3.如是寺山門
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4.如是寺の見事な庭園
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5.学童疎開の今尚残る当番表
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6.ご本尊「延命地蔵尊」
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7.ご本尊の右手の「達磨大師」
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8.有名なご本尊左手の「大権修理菩薩」
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9.肥前佐賀藩出身で旗本十倉二千石に雇用され砲術を指南した「神田省三」の墓
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10.如是寺の旗本十倉谷家の代官「岩本家」の墓
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2008/9/18

あやべのPEACE TRAIL(平和をかたちに)陶板7作品めぐり  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)には「平和をかたちに〜”陶板de街かどギャラリー”」として綾部商工会議所が取り組んでいる陶板アートによる街なみづくりを通じての地域活性化事業です。ふるさとあやべを愛するアーテイストの方々の作品を陶板としてあやべの街角に設置。美術鑑賞を楽しみながら、みんなで感動を共有し、ゆっくりと散策できる街なみづくりを目指しています。ーアートを通して人の輪づくりー綾部商工会議所は、様々な分野でふるさとあやべの活性化に取り組んでいます。 
 2000.3.      綾部商工会議所 提案公募型地域活性化事業 
(あやべゆかりの作者たちの作品です。)
1.綾部駅北口(駅舎の壁にはめ込み)「鮎」作 有道佐一ーー(徒歩7分)ーーグンゼ本社駐車場前2.「友を待ち」作 船本清司ーーー(徒歩4分)−−−アスパ正面3.「1/365」作 出口知香ーー(徒歩6分)−−ITビル正面4.「親子だるま」作 出口すみこーーー(徒歩4分)−−−綾部市立図書館前5.「蘭」作 曽根 豊ーーー(徒歩5分)−−大本綾部本部駐車場前、6.「扇松」作 出口すみこーーー(徒歩15分)ーーー綾部駅南口駅舎にはめ込み7.「綾部!!ものがたり」作 四方啓子 以上散策をお楽しみ下さい。

1.「鮎」作 有道佐一氏
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2.「友を待ち」作 船本清司氏
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3.「1/365]作 出口知香氏
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4.「親子だるま」作 出口すみこ氏
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5.「蘭」 作 曽根 豊氏
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6.「扇松」作 出口すみこ氏
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7.「綾部!!ものがたり」作 四方啓子氏
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2008/9/15

京都市学校歴史博物館見学研修  文化財研修記

「いかるが民俗館」の関係者11名が9月12日(金)市行政バスで下京区にある京都市学校歴史博物館(元市立開智小学校・廃校利用10年)を訪れました。綾部市における「民俗民具郷土資料館の設置と古文書の保存部門整備」の要望に対し「学校統合による廃校利用よる対応」の回答があったことによる「先進地の見学研修」です。
 研修の目的は・廃校利用の実際(教室の利用、展示の方法、説明の方法、収蔵の方法)・博物館の運営(実績、問題点)・関連するいろいろな取り組みなどです。
 (財)京都市生涯学習振興財団・事業課業務係長:竹村佳子学芸員さまから詳しく、見学の案内、質疑のご指導、貴重なアドバイスをいただきました。
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明治34年(1910)に建築された正門(有形文化財)をくぐる
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明治8年(1875)建築の旧正徳小学校の玄関(京都市最古の学校建築物を移築)
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開館10周年記念なぜ?なに?学校歴史博物館特別展が行われていた
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映像ホールで「番組小学校の変遷」を学習、学校博物館建設の経緯説明を受ける
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第1展示室(幕末の学校、番組小学校の誕生・特徴、教育の歩みと京都の教育の特徴、教科書の部屋)を見学
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新時代と学校教育、伝統産業と学校教育、大正・昭和初期の京都の教育、戦中・戦後の学校教育、学校給食のあゆみ、近代京都の木造建築・・展示
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第2展示室 特別展(ランドセルっていつからあった?)など 「疎開児童の使用したオルガン」明治期 山葉オルガン(綾部自得寺蔵)も展示
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学童集団疎開 綾部如是寺提供「今も残る疎開先の寮での名札」を見る
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第3展示室 校舎のリサイクル(修徳校の瓦の里帰り)運動会や陸上大会
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第4展示室 開智小学校資料室を見学
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資料収蔵庫・整理校舎で竹村佳子学芸員さまを囲んで熱心な質疑応答が行われました

2008/9/14

かやぶきの山寺・丹波の古刹・石の王子・神宮山 岩王寺(しやくおうじ)の萩まつり&筆供養  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」七百町寺の段には高野山真言宗の古刹であり、あやべ西国観音霊場第25番札所の岩王寺石(硯)で丹波の古刹石の王子・かやぶきの山寺として有名な「神宮山 岩王寺(しゃくおうじ)」がある。大型バスは行けないがマイクロバス登っていける。毎年9月中旬の日曜日平成20年度は9月14日(日)で10時琴の演奏や無料のポップコーンがもらえたり、たった300円でお抹茶を頂きながら琴の演奏が楽しめる。10時30分からは「筆供養」が始った。叉、日本のバルビゾン京都・綾部ともいわれて多数の芸術家が綾部の各山村で創作活動が行なわれており、その一つ、「アトリエ夢旅人舎 関輝夫・範子」さんが油絵・木版画・陶芸・減反の田で植えた藍で染めた、藍染等の作品を毎年ここで販売されている。叉、今年は渡辺玄対(わたなべげんたい)名は瑛、字は延輝、号は玄対、のほかに松堂・林麓草堂「寛延2年(1749)〜文政5年(1822)江戸時代中期の日本画家(江戸生まれ)」が江戸中期にこの寺に泊り込み「竜虎図・鶴・梅の襖絵や御所車の屏風」等多く描いた。玄対はまた明末清初期の中国の代表的画派である浙派と呉派を折衷し南北合法といわれた一大流派の創設者の藍瑛に学び、その画風は谷文晁や渡辺崋山に伝わっていった。)叉、今回は「弘法大師の直筆」や綾部市指定文化財の「足利尊氏寄進状」も展示されたので特に当会には許可を頂き撮影させて頂いたので掲載します。


かやぶきの仁王門(京都府指定文化財)
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筆供養始る
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筆供養の秘仏の前の「掛け軸」
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萩の花迷路
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庫裏の前の「アトリエ夢旅人舎 関輝夫・範子」ご夫妻の展示販売
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渡辺玄対の鶴の襖屏風をバックに琴の演奏
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庫裏の渡辺玄対の「鶴の襖屏風」上に弘法大師の真筆「慧福」が見える。
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弘法大師空海御真筆「慧福」
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足利尊氏公の寄進状(綾部市指定文化財)
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見事な欄間と渡辺玄対の襖絵「白梅の古木」
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見事な欄間と渡辺玄対の襖絵「龍図」
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見事な欄間と渡辺玄対の襖絵「虎図」
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その他「岩王寺」については下記をクリックして見てください。住職様の投稿も掲載されています。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/syakuoji/syakuoji.htm



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