2014/5/24

畿内の文化財・史址を見る!20西国霊場第24番札所で明治天皇用唯一の祈願寺「中山寺」2−2!.  綾部の文化財

  兵庫県宝塚市中山寺2丁目11−1には西国33ケ所霊場第24番札所の紫雲山・真言宗中山寺派大本山・中山寺(なかやまでら)がある。ご本尊は木造十一面観音様で国の重要文化財です。本尊は十一面観世音菩薩であり、インドの勝鬘夫人(しょうまんぶにん)の姿を写した三国伝来の尊像と伝えられる。左右の脇侍も十一面観世音菩薩で、本尊と脇侍をあわせて三十三面となり、西国観音を総摂すると共に法華経に説く観音の三十三権変化身を表象し、真の三十三所巡拝と同じ功徳がえられるという。普段は秘仏となっているが、毎月18日に開扉される。地元では「中山さん」と親しみを込めて呼ばれている。
 寺伝では聖徳太子が建立したとされる日本最初の観音霊場。「極楽中心仲山寺」と称されていた。現在の本堂(慶長8年・1603再建)や阿弥陀堂は豊臣秀頼が片桐且元に命じて再建した。羅漢堂には約800体の羅漢像が並ぶ。安産祈願の霊場として皇室、源頼朝など武家、庶民より深く信仰を集めた。豊臣秀吉が祈願して豊臣秀頼を授かったとされる。また、幕末には中山一位局が明治天皇を出産する時に、安産祈願して無事出産したことから、日本唯一の明治天皇勅願所となり、安産の寺として知られる。
中山という山が背後にあり、山麓にある中山寺奥之院には厄神明王がまつられ、本堂脇にある湧水は大悲水と呼ばれている。毎月の戌(いぬ)の日は、安産祈祷会があり、安産を願い、また、鐘の緒(かねのお)(祈祷を受けた腹帯)の授与を求めて、日本各地から多くの参詣者が訪れている。インド・ネパールの仏跡巡拝後、副団長であった福井県高浜市の中山寺の当時の杉本勇乗ご住職のご好意で現皇太子殿下が幼少の時、ご休憩された部屋に親子5名泊めて頂き、子供が襖など破らないか心配したことをも思い出されます。

1.本堂への石段参道
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2.護摩堂
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3.境内(左後ろに大願塔が見える!)
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4.手水舎と鐘楼
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5.寿老神堂
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6.大黒堂
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7.中山寺古墳の「石の檀(からと)」の駒札
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8.同上の中山寺古墳
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9.阿弥陀堂
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10.巨大な大願塔
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11.子授け地蔵
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12.本堂を右側から見る!
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13.一番高台の大師堂(工事中で望遠レンズで撮る!)
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14.見事な鐘楼を再度見る!
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