2006/10/8

式内社「阿須々伎神社」と文化財  綾部の文化財

京都府綾部市(何鹿郡いかるがぐん)金河内町東谷1に式内社の京都府登録文化財の「阿須々岐神社」がある。中央に本殿各1棟、右に摂社の「大川神社」之も京都府登録文化財であり、左に各末社が配置されている。現在の本殿は享保6年(1721)に再建された建物で八尺余の間口がある。全体の構成には古い形式を残しているが比較的新しい形で西方町と坊河内村(ぼうこうちむら)の大工の名が刻まれている。安土桃山時代にも見える墓股・木鼻・大瓶束(たいへいつか)・虹梁(虹のように中央に反り上げた梁)の上うえにたつ瓶の形をした束)の繰形や渦絵様(虹梁や木鼻の装飾模様)など綾部市の神社では少し下がる構成である。建立後の文化2年(1805)に本殿の屋根葺替と向拝部の修理を行ったことが棟札かり判明している。欄間の龍の彫刻もこのとき着けられたようだ。平成18年10月1日(日)が秋の祭礼であったが、4年に1度の「府登録祭礼芸能」は男の子4名が練習できず中止。朝7時45分からの「百射の神事」は実行された諭旨。
こう4年後の奉納行列練り込み、百射の神事、振者棒・刀・薙刀・花の踊等。
冬の茗荷祭り等は下記をクリックしてください。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/asusuki/asusuki.htm
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/asusuki/myoga.htm
4月上旬桜の名所・桜参道
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大灯篭
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京都府決定「阿須々岐神社」環境保全区
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京都府登録「阿須々岐神社本殿1棟」
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京都府登録(阿須々伎神社摂社「大川神社本殿2棟」)

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2006/10/5

諏訪神社(物部町)の由来  綾部の文化財

物部城址 上原氏の居城
源の頼朝は平氏を滅ぼすや国々に守護地頭を任じて幕府の支配下に置いたが、建久四年(1193)物部郷の地頭として頼朝の家来信濃諏訪神党の上原成政(上原氏由緒書では右エ門丞景正)が来て、初め高屋山に城を築いたが後にここに築城し、鎌倉時代以来の在地豪族として、戦国時代丹波の守護代となって威を振るった。
元亀二年(1571)上原右エ門小輔の時、氷上郡黒井の城主、赤井直政に攻められて落城した。城山の南麓の諏訪神社は上原氏が故郷諏訪から勧請した氏神である。諏訪神社クリックすると元のサイズで表示します
諏訪神社境内には、稲荷神社、天満宮社、厄善神社がならぶ
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諏訪神社前右には正慶山・常福寺がある、向かいは物部小学校
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清正公大神神社が寺の右にある。写真を撮っているとお寺からご夫人が出てこられたので何のお宮さんか訪ねると加藤清正を祀ってあるとのこと。なお昨日、新田会員から文化財会報を貰ったと云われた。
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なお物部地区西坂町にはもう一つ諏訪神社がある。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/156.html
2006/6/24「延喜式内社・高蔵神社と諏訪神社」 綾部の文化財
諏訪神社由緒縁起
 京都府綾部市(物部地区)西坂町にあるこの「諏訪神社」は源頼朝の命で建久4年(1193)に信州上田城主の上原右ェ門丞景正が丹波の国何鹿郡(いかるがぐん)の地頭職に任ぜられ、物部町高尾に城郭を築き、信州一ノ宮・諏訪明神の分霊を祀ってこの「諏訪神社」を建立。何鹿郡では「地頭職」の名前はこの上原氏のみ判明している。御祭神は「建御名富神と姫神八坂刀売神」であり、境内社は稲荷神社もあり、十月十七日の秋祭りには「高蔵神社の神輿」が立ち寄り、宮司、自治会長等が参拝する。
上記の物部の諏訪神社と殆ど同じ内容である。

2006/10/4

小畑のやっこさん 取材予告  綾部の文化財

綾部市観光協会編纂の冊子「ふるさと・あやべの・おまつり」に里部で最大の祭りと聞く「小畑のやっこさん」が載っていない。四方事務局長に調査を依頼したところ15日正午頃に旧小畑村小学校付近で小畑の三社から出た行列による祭礼披露があると判明した。当日は「於与岐八幡宮秋季大祭」取材に四方事務局長、「諏訪神社祭」に私が午前8時に南田連合自治会長に出会い取材、正午にこの「小畑のやっこさん」取材に廻る予定である。
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一宮神社(鍛冶屋町八塚ケ谷付近)
様子を聞きに元豊里西小学校の「里山ネット」に行き、職員の塩見直紀氏に場所、様子を伺い地図をいただいた。小畑村小学校は豊里西小のことでなかろうかと云うことであった。
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二宮神社(鍛冶屋町宮谷付近)
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三宮神社(小西町)
この三神社から繰り出した御輿など行列が会して「やっこふり」を披露する模様である詳しい資料の提供を四方事務局長など知人に依頼している。

2006/10/4

諏訪神社祭り予告  綾部の文化財

新田常任幹事より10月15日午前に行われる諏訪神社祭(物部町)の資料を頂きましたので取材の下見に行ってきました。現地では久木康弘さんから練込みのコ−ス、時間などの説明をいただきました。
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例祭日:今年は10月14〜15日
宵宮:10月14日夕刻、社頭で宵宮の祭典を執行、終わって宮川町のお旅所まで宮遷しを奉仕、お旅所祭りを執行後本宮発興地点まで巡行
本祭:15日の本祭当日は、早朝本社で宮司が例祭の式典を執行後、祭列組供奉の人達が練込みの発興地点まで行列する。この行列の囃しが「川渡り」という軽快な囃しである。屋台は前夜のうちにここに運ばれ、お旅所として鎮座されている。いよいよ練込み開始の柝が打たれると、先ず傘鉾が先頭を行き、次いで剣鉾、秋葉神社御旗、古槍と続いて立道具となる。これは江戸時代の参勤交代の様を模したもので、先ず挟箱が二人、次に立傘、台傘、大鳥毛、中鳥毛と続き、奴姿の若衆が「エッエッ」と毛槍を振り回しながら進み、最後は屋台である。提灯、見送りに飾られた屋台の後は囃子方で締め太鼓、鉦4人笛8〜10人が続く。曲は京都祇園祭の囃子を模したもので、幽雅な曲が屋台の止まる要所毎に奏される又この曲とは別に軽快なリズムの「しぐるま」という曲があり、これは余興的に途中休憩場所等で囃される。こうして練込みは三時間程を要して下市の町を練り、諏訪神社へ還幸されてお神楽は終わる。午後は獅子舞が氏子の各戸を廻る。(物部村誌より)



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