2006/7/29

八津合八幡宮と文化財  綾部の文化財

綾部市(何鹿郡いかるがぐん)八合町西屋64には、京都府指定文化財の「八津合八幡宮」がある。本殿は、文化12年(1815)江戸時代時の城主・藤掛(ふじかけ)永恵が再建した。一間社としは規模が大きく、特に丹波・丹後に多くの建築彫刻を残す、中井丈五郎の作である。京都御大工頭の一族として、当初兵庫県氷上郡に在住したと云う。京都御大工頭は近畿一円の大工頭として、今、なおその系統が、京都に在住しておられる。
 この神社の桜は見事で、秋の紅葉も趣があり、春にその彫刻に見事さを含め、見学をお勧めします。

京都府決定文化財平成3年4月19日「八幡宮文化財環境保全地区」
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京都府登録文化財平成3年4月19日「八幡宮一の鳥居」
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見事な手水舎
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京都府指定文化財平成3年4月19日「八幡宮本殿一棟」
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綾部の古木・名木100選の一つ
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より詳しくは、下記をクリック願います。
http://www.ayabun.net/kaiho/bfor/nakai.htm

2006/7/17

坂尾呂神社と文化財  綾部の文化財

綾部市睦寄町(奥上林地区)鳥垣25に「坂尾呂神社」がある。この神社は鳥垣、有安、山内、草壁の氏神であるが、その南方には神宮寺として何鹿郡(いかるがぐん)現綾部市唯一の天台宗寺門派の長楽寺があっと云う。神社の由緒には応永10年(1403)から始めて天正3年(1575)までに8回の法会が神社で有ったと記されている。現在の社殿は寛政11年(1799)に改築されたという。又、平成元年綾部市指定の「木造随身1対」は室尾谷神社に同じく、室町時代(康正3年=1457)のもので、作者も「林皎圓宗」と云う。

木造り一の鳥居
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木造り二の鳥居
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石造り三の鳥居と拝殿
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見事な彫刻の拝殿
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拝殿横の駒札
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平成元年綾部市指定文化財・彫刻「木造随身一対・阿形と吽形」(綾部資料館提供)「左の阿形70センチメートル、吽形72センチメートル」
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http://ayabun.net/bunkazai/annai/sakaoro/sakaoro.html

2006/7/16

室尾谷神社と文化財  綾部の文化財

綾部市五津合町(中上林地区)寺内109には「室尾谷神社」がある。うっそうとした森の中にあり、創立年代は明らかでないが社伝えでは、元は阿須技の地に祀られ大町町と畑川村の氏神であったというが、貞応元年(1222)頃、室尾谷神社と呼ばれるようになった。別添の「文化財日誌」には室町時代(応永32年=1425)作者:林皎圓宗の神像二像(綾部市指定と京都府指定)がある。

第1の木の大鳥居
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第2の石の鳥居
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第3木の大鳥居と拝殿正面
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見事な拝殿を横から撮る。
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室尾谷神社全景
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綾部市指定文化財「木造随身坐像」は昭和61年4月1日指定となり、随身とは主神を守護する。袍を着て巾子冠を着けている.(綾部資料館提供)
綾部市指定は左側。(阿形:座高38.6センチメートル)
 右側の「木造随身坐像」は昭和61年4月15日京都府指定で「吽形:
座高38.5センチメートル)
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http://ayabun.net/bunkazai/annai/murotani/murotani.htm

2006/7/10

河牟奈備神社と文化財  綾部の文化財

綾部市十倉名畑町(とくらなばたちょう)古気良10(口上林地区)には綾部市(何鹿郡いかるがぐん)には12の延喜式内社があり、その一つ「河牟奈備神社(かむなみじんじゃ、明治9年に指定)がある。口上林地区内の忠町(ただまち)、井根町と念道の一部が氏子である。「大宮一休大明神又は単に大宮」と呼ばれる場合もある。本殿は宝暦3年(1753)の建立の石碑が境内社「河上社」に明記されている。又、変わっているのは向かって右手の境内社「阿上社」に梵字で「妙法蓮華経安置所・永久二(1114)年八月十四日僧院暹記之と明記された石碑は綾部市最古の金石文である。」は神仏習合を表すよい例である。この神社の名前はいろいろ書かれていますが、今回は明治9年の「神社考証」からとりました。

神社前景
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綾部市観光協会と当会で作成した「駒札」
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神社全景
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見事な彫刻
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阿上社と下の石碑
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阿上社下の綾部最古の金石文の石碑(綾部市指定文化財)
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より詳しくは、下記をクリック願います。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/kamunabi/kamunabi.htm

2006/7/9

岩王寺と文化財  綾部の文化財

綾部市七百石町寺の段1番地にある、あやべ西国観音霊場第25番札所「如意輪観世音菩薩」、高野山真言宗「神宮山・岩王寺(しやくおうじ)」春は桜、秋は紅葉で美しい、通称「かやぶきの山寺」は平安中期の天暦3年(949)に空也上人によって開創されたと伝えられっている。又、足利高氏公の旗上げ祈願で七百石の寄進から七百石町と名付けられたと云う。昔はこの寺近くで硯石「石王寺石(しゃくおうじいし)」が出たところから名付けられたとも云う。詳細は下記をクリック願います。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/syakuoji/syakuoji.htm
当会設置の「駒札」
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京都府登録文化財「仁王門」
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京都府登録文化財「本堂」1棟
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今、花は咲いていないが「花迷路」と寺境内
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流れ山水の庭
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綾部の古木・名木100選のひとつ「サンシユ」と境内社「熊野神社」
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2006/7/8

極楽寺と大賀ハス  綾部の文化財

綾部市白道路町鎌倉田の「あやべ西国観音霊場第19番札所・臨済宗東福寺派の東谷山・極楽寺」の大賀ハスがほぼ八分咲きとなりました。
この大賀ハスは昭和59年に前の伊藤住職(現在亀岡で隠居)が東京の著名な彫刻師である松本繁来(まつもとしげき)氏に「高さ約1メートルの薬師如来」を依頼され、意気投合で2千年前の大賀博士が発見され、「大賀ハス」となずけられた物を、3粒貰われえ、それをこのように育てられた諭旨である。その他多くの資料は下記をクリック願います。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/127.html
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/gokurakuji/gokurakuji.htm
綾部市指定「木像阿弥陀如来像」
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松本繁来作楠の「薬師如来像」
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前の伊藤住職(隠居・亀岡在住)の好きな16羅漢の掛軸
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由利滴水禅師の記念碑
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2006/7/8

宝住禅寺ときゅうり封じ薬師大祭  綾部の文化財

7月8日は「7転び8起き」達磨大師の言葉でであろうか!綾部市味方町の「あやべ観音霊場第3番臨済宗妙心寺派「羅漢山・宝住寺」では毎年7月8日に「きゅうり封じ薬師大祭」が開催されます。小生初めてこの「大祭に参列」した。又、この寺の紹介は「花と綾部の文化財17」で一度紹介しているが、とても紹介しきれなかったので、「この大祭」を機会に残りを紹介します。綾部市指定「薬師如来坐像」は平安時代のもので高さ90.8センチメートルで藤原時代の特徴を良く備えているが,膝辺の彫刻が形式化し、薄くなっているのは後世に手を加えられたものである云われている。

薬師堂(左手の山の羅漢さん達に囲まれている)から綾部市指定「薬師如来坐像」を本堂へ移す。
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本堂に安置された「薬師如来坐像」
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きゅうり封じ受付所
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午前8時45分第1回目の法要が「河野儀方住職の太鼓と般若心経」で始る。この後、数回法要があり、午後1時には大般若心経転読・詠歌奉詠。
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達磨大師像
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韋駄天像
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又、第1回目の投稿は、下記をクリックねがいます。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/135.html

2006/7/3

国指定名勝「照福禅寺の庭園」と文化財  綾部の文化財

7月3日(月)午前中、あやべ西国観音霊場めぐり第5番臨済宗妙心寺派の「南泉山・照福禅寺」を訪れる。この寺は戦国時代、即ち元・広瀬町城山の甲ヶ峯(その跡を招福寺ヶ成るという)にあったそうだが明智光秀の丹波攻めの兵火で焼かれ、その後、山家藩谷家の庇護により、今の地鷹栖町へ移った。住職の和久氏はこの元の城主の流れを引く方である。有名なのは「国指定名勝・照福寺庭園(北庭々園・含む含勝庭)」と「生々園」や「あやべ西国観音霊場巡りで春一日、秋一日しか、御開扉されない聖観音菩薩様」を特に撮影させて頂いた。ここには多くの文化財がありすべは紹介で着ないが、できるだけ多くの写真を掲載した。

当会の紹介「駒札」
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寺の正面左手が「真観庭(しんかんてい)」
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本堂内の「韋駄天」様
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国指定名勝「照福寺庭園(北庭々園と含勝庭)」
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本堂の御本尊「釈迦如来」様
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本堂の見事な天井の「龍の絵」
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書院の掛け軸は「狩野山楽の竹図」
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観音堂と見事な「聖観音菩薩像」春と秋のあやべ観音霊場巡りの2日のみ御開扉。
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参考:大型バス中型バスも駐車場へは、入れませんので国道27号線沿いの、JA支社前に駐車してください。尚、志納料はお一人300円でご住職又は奥様がご案内されます。電話:0773−46−0185尚、より詳しくは、下記をクリック願います。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/syofukuji/syofukuji2.html

2006/7/3

延喜式内社・伊也神社  綾部の文化財

「花と綾部の文化財29」で紹介しました何鹿郡(現綾部市)の延喜式内社は12ヶ所あったが、「同 31」で紹介しましたように、「佐陀神社」は現存していません。
7月3日(月)午前中の用事が早く済みましたので綾部市の山家地区へでかけた。12社の内の「伊也神社(いやのじんじゃ)」が現存していることを知っていたからです。山家谷藩城址跡から登っていくのですが、伊也神社以上はとてもブッシュがひどく登れる状況でなかった。
式内社「伊也神社」:綾部市広瀬町城山にある。
御祭神:大日霊貴尊・素盞鳴尊(神名考証では大屋彦神となっている。)
由緒:当社はもと伊也ヶ谷(伊神いがみ)にあったが、天正年間大火にかかり谷氏陣屋の山手の現存地に遷した。この神社は丹波道主命によって奉斎されたという。

下の案内板
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下から見る「伊也神社」
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登る途中からの「伊也神社(いやのじんじゃ)」
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伊也神社
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背後のものすごぎ岩盤
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山家谷藩等のことを、知りたい方は下記をクリック願います。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/kakuoji/kakuouji3.html



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