2005/8/2

大峯山の女人禁制について  図書紹介

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金峯山(山上ケ岳)の女人禁制について
綾部の文化財を守る会の研修旅行「世界文化遺産・吉野の国宝と文化財を訪ねて」の80名のバス2台の車中で回覧されたのが、この週刊朝日6/17号です。
時の人、田中利典師は、綾部のご出身で自坊も綾部市渕垣町にあり、乗り合わせた会員にも多数の知人がおられました。

週刊朝日6/17号/60頁
夫婦の情景より
幾重にも重なる山々にこだまする法螺貝の音が、山伏の季節が到来したことを告げている。紀伊半島の霊峰大峯山脈を尾根づたいに行く「大峯奥駈道」は、吉野山に始まる。山伏である夫は、この修験者の道を世界文化遺産に登録させた仕掛け人だった。霊域と世俗を行き来する夫と、彼を支える妻に会いに、修験道の聖地・吉野山を訪ねた。

◆女人禁制
夫「在家でありながら修行するのが山伏の本分。親父は国鉄に勤めながら修行していました。綾部はもともと行者信仰があついところで。昔はもっと厳格で、留守番の家族の者も精進していました。親父は、着々と私がこの道を歩むようにしていったのだと思います」
妻「私も行きたいなと思いますよ。ひざも悪いし、若いうちに行きたいなという気持ちはあります。小学校の林間学校でも大峯山に登ったのは男子だけでした。女も入らせてくださいと毎年訴えに来られる人の意見も同性としてわかる。でも、女人禁制を守っている人たちの意見もよくわかる」
夫「女人禁制によって大峯山の非日常性、聖地性が高められてきたのは間違いありません。ただし女人禁制自体は信仰ではない。大切なのは、今の時代に禁制を堅持することが大峯山の信仰を守っていくのに大事かどうかです。これは、信仰にかかわっている宗教者たちが問い直すべきです。ジェンダーフリーの人たちが、人権問題として開けろと主張する問題ではありません。そんなことをしたら先人たちに申し訳ない」
妻「家でも議論したこともありますが、私が『開けたら』と言って、主人が『開けるわ』と言う問題でもないんです」夫は大学卒業後、金峯山寺に勤めた。吉野山にある東南院の宿坊でアルバイトしていた妻と出会ったとき、妻は高校生だった。
夫「かわいらしいなと思って……」   後略します

なお、HP「役行者ファン倶楽部」の掲示板「役行者・修験道を語る」「吉野山人」のハンドルネームで書かれている下記検索で詳しい内容が伺えます。

最上段の「検索」→キーワード「女人禁制」と入力 →検索領域 中央の「○ログ」をチェック →「検索」ボタンを実行 →36件、A4版41ページの関連資料があります。「大峯山の女人禁制について」「修験道ルネッサンス」など素晴らしいものです。是非ご一読ください。
注:セキュリティにオカルトを設定の方は解除しないと見られないかも?



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