2013/8/31

紀州の文化財・史址を見る!9.高野山一心院谷の金輪塔・徳川家霊台を見る!  文化財研修記

  女人堂から一心院谷方面に下りてくると、左手に蓮華定院、引き続き、別格本山の西室院、その反対側には塔の御本尊が金輪仏頂尊であるため金輪塔と呼ばれ、天保5年(1834)に再建されたもので重文ではないが素晴らしい塔がある。
 さらにその反対側には徳川家霊台がある。 寛永20年(1643)に三代将軍・家光によって建立されたもので 一重宝形造りの建物が二つ並んでおり、 向かって右が東照宮家康公霊舎、左が台徳院秀忠公霊舎となっている。

1.蓮華定院(関ヶ原の合戦や大坂冬・夏の陣で奮闘した真田幸村が、一家で暮らした場所です(真田幸村は関ヶ原の合戦後、一度高野山に流されています)。入り口には真田家の家紋『六文銭』が描かれた提灯がかかり、宿坊で使う調度品や什器(じゅうき)にもこの家紋が入っています。 真田幸村が滞在した部屋が『上段の間』として遺品と共に保存され、一般公開されています(上段の間は一度焼失しているが、基本的な造りは当時のままだそうです)。
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2.別格本山「西室院(にしむろいん)」山門(もともと伽藍付近(と龍光院=中院)に東西南北の四室があったが、西室院はその一つである。尚、北室院は往生院谷に現存する。その後、南谷に移ったが幕末に一心院谷に移ったのが現在の別格本山「西室院」(別格本山とは、「本山の次」位の意味である。裏山に行勝上人廟(一般立入り不可)。
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3.別格本山「西室院」玄関及び標柱
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4.金輪塔の駒札
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5.金輪塔(この塔は高野山の復興に力を尽くした明算上人の御廟所という説もあり、現在の塔は天保5年(1834)に再建されたものです。)
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6.徳川家霊台( 寛永20年(1643)に三代将軍・家光によって建立されたものです。)
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7.徳川家康公霊舎
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8.徳川秀忠公霊舎
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