2013/8/11

畿内の文化財・史址を見る!56.河内国一宮・枚岡神社!  文化財研修記

 大阪府東大阪市出雲井町7番16号には四祭神(天児屋根大神、比売大神、武甕槌大神、斎主大神 )を祀る名神大社で河内国一宮の枚岡神社(ひらおかじんじゃ)がある。
創建は神武天皇紀元前3年とされ、本殿の様式は春日造である。
春日大社の勧請元のため、元春日の別称がある。神紋は奈良の春日大社と同じ「下がり藤」である。
 御祭神は第一殿:天児屋根大神、第二殿:比売大神= 天児屋根大神の后神、第三殿:武甕槌大神、第四殿:斎主大神(経津主神)です。
 天児屋根大神・比売大神が本来の祭神で、当社から春日大社に勧請されたので「元春日社」とされる。後に春日大社から武甕槌大神・斎主大神を勧請し、同社と同じ神(春日神)を祀った。
 社伝によれば、神武天皇紀元前3年(神武天皇即位の3年前)、神武天皇の侍臣で中臣氏の祖の天種子命(あめのたねこのみこと)が、天皇の命で神津岳の頂に祖神の天児屋根神を祀ったのが創建とされる。「平岡(枚岡)」の社名は神津岳の頂が平らだったのによる。中臣氏の支流の平岡連(ひらおかのむらじ)の氏神とされた。白雉2年(650)、平岡連によって山頂から中腹の現在地に移された。山頂には現在も奥宮がある。
 神護景雲2年(768)、奈良の春日大社に祭神二柱を分祀し、元春日社とされる。宝亀9年(778)には春日大社から武甕槌命と斎主命の二神の分霊を奉斎した。『延喜式神名帳』では名神大社に列し、中世には河内国一宮とされた。現在の本殿は全て文政9年(1826)に再建されたものです。

1.枚岡神社の大鳥居
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2.枚岡神社の鳥居を見下ろす!
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3.摂社 天神地祇神社
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4.摂社 若宮神社
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5.拝殿への石段
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6.手水鉢
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7.拝殿
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8.本殿
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9.駒札
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10.本殿
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11.春日造(平岡造とも呼ばれる)本殿内4神の1社しか撮影できず!
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