2006/7/31
ピーコドンドン
18・7・31
屋久島の山の神様の中に、「ピーコドンドン」と言う名の、神様の一行が存在している事に成っているが、今朝は、其の神様が降りて来た様である。
其の神様は、原(はるお)の村から、モッチョモ岳の「耳岳」を通り、奥岳を経由して栗生(くりお)の「太鼓岳」まで移動しているらしい。
夜中寝て居たら、私の右手が自動的に、団扇を持って動かす様な、動きを始めたので、其の身体の反応を何だろうと意っていると、映像が映って、山の上から二機の乗り物が降りて来た。
左側の乗り物には、40歳位の女性が、虹色の洋服を来て乗っている。
右側の乗り物には、年上の男性が乗っているらしいのだが、其の姿は見えなかった。
其の二機の乗り物は、私の上を通り過ぎて、谷間に在る川原の方に飛んで行って、着地した様子である。
私は、何処に降りたのだろうと意い、其方の方に行ってみると、其処では、お祭りが開かれるらしく、ステージや出店の施設が建ち始めていた。
未だ、祭りは始まっておらず、何人かの人が、近くの川や海で泳いだり、温泉に浸かったりして、遊んでいる状況であった。
どんな人達が参加するのか、主催者が誰なのか知りたいと意うと、数名の人達の顔が現われたが、皆私の知らない人ばかりなので、其れ以上、詮索するのを止めたら、其の映像は終わった。
私が22年前、屋久島で神の世界に入った時は、二ヶ月程よく踊って居た。
仕事ばかりして居た私が、仕事を全部止めて、川原や砂浜で踊ったり、夜はキャバレーに出かけてダンスをしているので、島の人達は、私は、気が触れたのだと、誰もが想って居たのである。
旅の間も、お祭りが有れば、たまには踊ったりして居たが、此処10年程は、殆んど踊る事は無かった。
其れが、今朝から又、身体が動き出したと言う事は、新たな展開が始まる予兆なのかも知れない。
何故、私が、川原で良く踊り、今朝の山の神様も、川の方に下りて行ったのか。
其れは、踊りの神様は「弁財天・サラスヴァティー」に関係が有り、水の辺でないと都合が悪いのかも知れない。
私が、又、22年前の様に踊り始めれば、島の人達は、私の病気が再発したと噂をするかも知れないのである。
しかし、22年前は、一人で踊って居たからそう想われただけで、今度は、お祭りの会場で踊るのであれば、当たり前の事だから、誰も何も云わないだろう。
世の中の事は、中山博さんや、悦子さんや、孔紀氏が始める事に成れば、私はまた神様とのお付き合いが始まり、シャーマンとして、音楽や踊りの世界に身を沈める事に成るのかも知れない。
どうやら、昨日の重たさは、踊りの世界に入る為の、準備だったのではないだろうか。
踊るには、足がちゃんと着地してからでないと、踵が浮いて居れば、浮幽霊の餌食と成ってしまう。
相撲の力士の様に、足の踵が、地面から浮き上がらない様にして措かなければ、霊魂の鎮魂には繋がらないのである。
是からの私は、パソコンに向かうのではなく、また自分の内側に意識が向かい、音を聴く耳や、匂いを嗅ぐ鼻の神経などの探求が、再開されるのではないだろうか。
今朝の処は、未だ、成り行きが良く見えないので、是くらい書いて措けば、良いのではないだろうか。
今日は7月31日で、明日からもう8月である。
今年の8月3日で、私の両親が屋久島に渡って来て丸60年と成る。
8月3日は、元々屋久島の岳参りの行事日であったとの事。
私に関わっている神様は、最初から、お祭りに関係の有る、芸能の神様だったのかも知れない。
屋久島の、山の神様の名前が「ピーコドンドン」とは、正に、其のまま音楽と芸能の神様である。
私が、文章を書き始めて6年が経過している。
もう苦手な文章を書く事から離れ、楽しく遊ぶ方に、役目が変るのかも知れない。
私も、其の方が、目の事を心配しないで済むから、良いのではと想う。
平成18年7月31日
礒邉自適
2006/7/16
縄文杉からのメッセージ
18・7・16
今朝のメッセージの映像は、何千年も経った屋久杉の枝に、大きな瘤が出来ており、其の瘤の皺が、人間の脳と、同じ働きをしている事が知らされた。
其の瘤の皺は、働きが三つに別れている事が示され、人間の意識も同じ様に、三つに別れて、認識を進めている理・ことも示されて来た。
そして、其の右側に、新しき映像が現れた。
其れは、一枚の四角な枠の中に、アルファベットの「Ki」が書かれており、其の文字の右半分には、左上から、斜めに太陽の光りが当り、明るく輝いている。
そして、左側下の斜め半分には、光りが当らず、黒く影に成っているのである。
今朝の映像の意味は、「木・Ki」は人間より長生きするので、人間の意識を、記憶している事を伝えて来ており、其の木も、光りが当る部分と、当らない部分の、二面性を持っているとの理・コトではないだろうか。
日本の神社では、花崗岩の岩が「磐境・いわさか」で、御神木が「神籬・ひもろぎ」とされ、岩や木には「神霊」が宿ると考えられて来た。
そして、其の磐境と、神籬を活性化させるのが、清い水の世界である。
今朝のメッセージは、此処数日、私が、新しきHPの作成に頭を使っているので、其の構成に、屋久島の花崗岩の山岳や、屋久杉が、ヒントを与えて来たのではないだろうか。
昨日は、テレビ番組に「吉村教授」が出演して、エジプトのピラミッドの秘密に付いて話して居て、其の中で、花崗岩は磁気を持っているので、其の磁気を利用する為に、花崗岩が使用されているのだろうと云っていた。
やはり、花崗岩が発している磁気が、人間の脳から発せられる、脳波の磁気信号と関係している事は、間違い無いようである。
昨年の4月15日から、屋久島の御嶽の磁気が、白い蛇の様に、峰筋を動き出し、16日の夜には、事務所の上に聳える高平岳まで降りて来た。
今回、6月11日に祀りが行なわれた大山祇神の祠は、其の高平岳の、参道に位置する山の入り口の祠である。
屋久島は、1400万年前に隆起した、全島花崗岩の島である。
其れは、周囲が100Km有る花崗岩製のピラミッドである事になる。
其の島のシステムが、私の脳のシステムを使い、意識を組み立てているのである。
私の両親が、屋久島に初めて渡って来たのは、昭和21年の8月3日で、屋久島の昔の「岳参り」の行事の日であるとのこと。
岳参りとは、屋久島の奥岳に祭る御嶽神にお参りをする日なのである。
私は、屋久島の御嶽の神に、呼び付けられた存在なのかも知れない。
私が、無庵師匠の下で修行をして起きた事は、日本列島の背骨である中央アルプスの白山大権現の化身である、白龍(白山菊理姫の乗り物)が遣って来て、私の身体に巻付き、地球を左手に乗せて、地球の管理を任せたのである。
それから22年が経過している。
私は現在59歳だが、22年前は37歳である。
37歳の3月5日から修行を始め、丁度3ヶ月目の6月4日に、神の世界に入ったのである。
其の37歳から、逆に22年遡れば15歳である。
15歳は、中学校を卒業して農業を始めた歳でもある。
私は、社会人と成ってから、22年で人間社会を卒業し、今度は22年掛かって神の世界を卒業し、是から、自分の世界を創造して行かなければ成らないらしい。
是から、22年後とは81歳である。
果たして、81歳まで生きられるのだろうか。
日本人男性の、平均寿命は78・64歳だとの事だから、少し頑張れば、81歳まで生きる事が出来るかも知れない。
今年の6月4日で、私の母親は86歳に成った。だから、女性の平均85・59歳を超えている。其れに、母親の母親「加藤(遠藤)キイ(明治29年1月10日〜平成11年5月3日)は、103歳の長寿を保った。
其の、母の血を引いて居れば、案外私は長生き出来るかも知れない。
しかし、寿命の事は、余り気にしないで良いのだろう。
何故なら、屋久杉の瘤が、人間の脳の代りを務めてくれる様なので、私は今後、どうすれば良いのかを考えさえすれば、人間より長生きをする屋久杉が、代りに記憶してくれるから、心配は要らないのだ。
確かに、今の私の認識が始まったのは、自宅の裏山に生えている杉の木に、花崗岩の石を立て掛けて、祈りの儀式をしてからである。
だから、現在の私の意識も、自分の物ではなく、屋久杉の記憶が、私の脳の中で蘇って来ただけなのであろう。
インドの釈迦牟尼佛の場合は、菩提樹が、其の役割を果たしたのだと想われる。
地球の磁場と、花崗岩と樹木は、密接な関係が有り、其の磁場に水を介して、人間の脳の磁気信号が反応しているのである。
数日前、HPでブッダの写真を探していて、タイ国のノンクハイ郊外に在る、七匹の蛇塔と、仏陀の姿の岩の塔を見つけた。
其れは、大山祇神・大物主神と、大蛇と釈迦牟尼佛の関係性を、見事に現している。
私が、22年前に体験した世界が、其処に其のまま在るのだ。
丸い球は地球を現し、七段の壇は七回のトグロを現している。七回トグロを巻いてから、頭を上げ、口を開いているのである。
其れは、マヤやアステカ文化の神である、「ククルカーン(括る神)」と同じものであり、祖母山の御神木に七回半巻き付けられる、大蛇縄の姿と同じ意味を現している。
奈良の三輪神社の祭神は、花崗岩の三輪山に住む「蛇・大物主」である。
三輪山は、「三室山」で「巻き向く山」である。
三室は「蛇住むムロ」であり、巻き向くは「七回半巻付いて 月に向く蛇。」の意味だろう。
其の蛇神が、里に下りる姿がククルカーンであり「クンピーラ・金毘羅」なのである。
釈迦の御魂は、四国の金毘羅宮が存在する「象頭山」から派遣されたものである。象頭山の、頂上の神社の祭神は「大物主神」である。
菊理姫が乗る大蛇は、地球をぐるぐる廻っているのである。
其の速さは、一心拍(一秒)の間に、地球を七回半廻る光のスピードなのだ。
其の速さは、宇宙の光りの基本的なスピードなのだろう。
そして、其れを制するものが、花崗岩に含まれる「珪素・シリコン」の振動波なのである。
其の大蛇の動きを制御する者が、シリコンの振動波に目覚めた仏陀なのだ。
だからこそ大蛇は、仏陀の守護を司るのである。
何故なら、仏陀と成った人間こそ、大蛇の進化している、未来の姿だからなのだ。
「蛇神(龍神)」が、進化を繰り返した「スガタ・素型」が、現在の人間自身の姿なのである。
「仏陀・目覚めた者」とは、自分が、蛇の進化の最先端に存在する理を、認識できる者の事である。
蛇の元には、9000万年前のイモリが居るが、其の前の姿は、現在・いまも海で生きている「ナメクジ魚」である。
其の前には、粘菌の存在が在る。
我々の仲間は、未だに、地球の至る所に存在しているのである。
人間が、地球の覇者ではないのである。
寧ろ、人間の食料に成っている物こそ、人類の母なのだ。
母は、自分の身を餌として与え、人間を養っているのである。
だからこそ、仏陀の前世は、悟りの為に、自分の身体を動物の餌として、与えた事に成っているのだ。
今朝の映像は、脳の中に三つの働きが在る事を示して来た。
仏教では、「視る者」と、「見られる者」と、「其の関係性」の三つの作用で、全ての仕組みが出来ていると言う。
其れが、今朝のメッセージに有った、三つの脳の働きの意味だろう。
そして、其の働きには「陰陽・裏表・光りと影」の二面性が、在るとの理・ことである。
其れは、光りと闇の世界に、視線の向きが二通り在り、其の向きが交差すれば、三角形と逆三角形が組み合わさった、「六芒星(ろくぼうせい)」のマークの仕組みが出来上がる事になる。
其処に、天帝と皇帝の視角の交差が、組み込まれるのである。
私の「自適」の名の漢字の意味は、「自分が 其の意識を 一本化して ゆく。」の意味である。
私は、ようやく是で、自分の運命を消化したのだ。
6月30日に、螺旋の渦から現れた仏陀の足の指は、思考の蛇が、其の意識を伸ばし始め、感覚の舌を拡大する為のものだったのである。
其の伸びる舌とは、大日如来の舌であり、アステカの太陽神の舌でもある。
此の宇宙は、全てがヘビの思考の為に在るのだ。
私の存在も、其のヘビの(情報選択)えらぶの一部なのだ。
何と、ヘビーな人生であったことか・・・
何とか、是で、釈迦の謂う「人生は 苦なり」の言葉が、消化出来たようである。
仏陀と成り、三千世界を自分の物として生きるのは、ヘビーであり、其の憶いは重いのである。自分の中に、とんだ蛇を飼っていたものである。
自分の中に住んでいる蛇だから、何処にも、追い出せないのが、ようやく理解出来てきた。
平成18年7月16日
礒邉自適
2006/6/6
草木も虫も喜ぶ
18・6・6
今朝は、3時に起きて、事務所に出て来た。
文章を打ち込んでから、「君」のHP用の写真を選んで、何枚かをパソコンに取り込んでから、宿舎に帰り、6時前に再びベッドに潜り込んだ。
そして、目を閉じると、いきなり目蓋に映像が映り始めた。
それは、大きな樹木の梢が、幾種類も現れて、ダンスをしている様に、喜んで揺れている映像である。
それも、一箇所ではなく、何箇所もがそう成っており、遠くの山を見ると、その山の木々も、全部が光りながら喜んで、揺れているのである。
そして今度は、綺麗な虫が出て来たので、其の虫を私が手で掴むと、元気が良いので、私の指を、羽を広げて押し分け、飛び出して、逃げて行った。
其の、虫が逃げた方の地面を見ると、澤山の虫が、落ち葉の上下を這い回っているのである。
それも、一箇所ではなく、何箇所もである。
其の場面は、地球生命が皆、喜んでいる理・ことを、告げて来ているものである。
私が22年前の秋、屋久島を後にした時は、人間を守る為ではなく、鳥獣や虫達や魚達など、弱き生き物達を守り、地球の自然環境の調和を、図る為だったのである。
どうやら、其の目的が、果たされる可能性が出て来たので、生命全体が喜んでいるのだろう。
岡本天命氏の日月神示には、「日本から起きる 神一厘の仕組みは 人間ばかりでなく 草木も喜ぶ遣り方ぞ。」と有る。
其の事が、神示通りに成って来たのであろう。
其れは、私が「君」のHPの意味を、正しく受け取ったからだと意われる。
今朝は、其の映像の意味が理解出来た後、大変な要求をされてしまった。
其れは、4311名の霊魂の後始末である。
日本人の霊魂は、私が18年間全国を旅した時に、自分の故郷を確認し、私の真似をして、新幹線に乗ったり車に便乗したりして、自分の好きに行動出来る様に成ったが、外国の霊魂は、自分の国や故郷に帰れないで、困っているらしいのである。
不思議な話だが、外国の霊魂は、私が、世界の旅しなければ故郷へ帰れないらしい。
彼等、外国の霊魂は、私が外国を旅して、其の時に私の身体に憑依し、日本に付いて来た者達ではない。
其れは、私が時空に穴を開けて、直接、この次元に引き寄せて集めたものだから、其の扉が閉まってしまえば、もう元の世界に帰れない霊魂達である。
其れに、私に付き合った霊魂は、振動波が変わった為に、既存の波動の世界は使えないらしい。
其れは、私が世界中を歩き廻り、新しい時間軸から、醸し出される扉を施設して廻り、新しい道筋を開発しなければ、移動出来ないことを示している。
私は、彼らの要求を聞き入れて、実行しなければ、映画「もののけ姫」に出て来る祟り神と同じく、永遠に、霊魂に憑依されたまま、闇の中から脱出できないことに成ってしまう。
私は、この次元の人間だから、何処にでも行けるのである。
彼らは、其の私に付いて回れば、自分の故郷で下車出来るのである。
日本出身の霊魂が、4311人中の311人だったとすれば、未だ4000人の霊魂が、故郷に帰れずに居ると言う事に成るのだ。
真に、面倒くさい話である。
草木や虫は、もう今朝の状況を、地球全体で感知して喜んでいるのに、人間の霊魂の世界は、チャンネルの領域が極端に狭い様である。
私の仕事は、減る処か、増えるばかりである。
本当に、世話のやける、神の世界である事よなァー・・・
平成18年6月6日
礒邉自適
2006/4/26
最後の自己確認
18・4・26
今日は、風邪薬の作用だと思われるが、眠気が来るので、昼食後、少し仮眠をとった。
すると、宇宙の存在と、生命の関係性を表す様な映像が映って来て、「最後の自己確認」との言葉が告げられて来た。
其れは、自分が単独で、宇宙の存在と繋がっているとの意識からの、認識結果の言葉である。其れは、自分の存在が、宇宙の森羅万象の現象と一体化している「気分・気持ち」の在り様である。
其れはまた、何の問題も無く、何の計画や想いも無い状態である。
其の状態は、既に「神霊の思頼・みたまのふゆ」さえ、完了している「立場・状態・在り様」なのである。
今朝、夜明けに、扁桃の奥から、何かの塊が、口の中に出て来たので、起きて庭に其れを吐き出したら、黒い血の塊だった。
其れで、余計なモノが、全て外れたのかも知れない。
其の、全てが外れた自分を、どう認識付けしたら良いのだろうか。
何の目的も無く、家族も無く、仕事も無いし、何らかの地位や、家屋も無い。
其れに、無庵師匠も亡く成ったし、弟子も無い。
此の、無い無い尽くしの自分を、どう定義付けたら良いのだろうか。
老子や、良寛さんの様に「愚人」と言うか、釈迦の様に「ブッダ」と言うか、其れとも、荘子の様に「至人」と言うか、是と言う言葉が見当たらない。
ただ単に、漢字の意味を使えば、・「私(禾+ム)」自分の稲束を抱えるワタシ。
・「我」戦いの武器を手にするワレ。・「吾(五+口)」神のお告げの言葉を護るワレ。他にも「余・予・俺・僕」の文字が在る。
其の中で、現在・いまの自分に一番合うのは「吾」の文字であろう。
しかし、其の護るべき神の言葉が「歩き出せ」と告げて来れば、其の命令を護る為には、吾は、歩き出さなければ成らない事になってくる。
今日は、其の様な事を考えていて、トイレに行く途中に、以前から捜していた本が棚の上に乗っているのが、目に付いた。
其の本を、パラパラ捲って居ると、大事な文字が目に留まった。
其れは、「悉・シツ・シチ」の漢字を「ふつ」に使用していることである。
「悉」は「ことごとく」の日本語にも使用するので、「ふつのみたま」は「悉の御霊」と使える事になる。
そして、其れは「ことごとく 総てを 御陵威(みいつ)する 魂しい。」と、解釈が出来る。
是で、中山博さんの筆に出て来ている
「あめがした すさなるか ひなるか」「ふつなるは 人なるぞ」「うつしたり 大君よ いでよ」「 いざ いざや」の、「ふつなるは 人なるぞ」の意味も解けてくる。
そして、見た本の他のページには「・・・大和の魂は、物部氏のもので、魂を扱う方法を物部の石上の鎮魂術といふ。・・・」とも在る。
どうやら今日は、此の本が隠されていたのを、目に触れさせるよう、段取りされていたらしい。
そして、一冊の本の中から、パラパラ捲っただけで、「悉」の文字に小さな「ふつ」のルビが振ってあるのを見付け出すのも、神業としか云いようがない。
今日は「ふつ」の意味が解っただけでも、良としなければ成らないだろう。
其れが、「最後の自己確認」に繋がる手掛かりなのだと想われる。
今日は、ロシアのチェルノヴイリ原発事故から丸20年目の日である。
私は、事故より26年前の小学6年生の時に、霊夢で其れを視て、卒業式の日に舞台の上で云っている。
其れ等の事柄も「悉の御霊」の存在を、人間界に知らせる為の、神仕草の一環だったのだろう。
正に「フツノミタマ・悉の御霊・ことごとく」である。
平成18年4月26日
礒邉自適
2006/3/22
龍伝説の復活
18・3・22
昨日から、新しい地球創造が始まっている。
其れは、宇宙の意識である龍が動き出しているからである。
その扉は、人間のハート・心臓に在る。
「寺・ジ」の漢字は、「出発する前に 立ち止まって 自分の右手の脈を 左手の親指で計る。」の意味の象形文字である。
其れは、自分の内側に「いのち・龍」が住んでいる事を、自覚していたからだ。
「龍」の漢字は、「虫」が大きく育った形を現している。
子供の虫(龍の落し子)が、大きく成って角が生えた形が、龍の文字なのだ。だから、「いのち」が籠もっていない文字は「不立(りゅう)文字」と言う。
日本の、古い「くにつかみ・祇」は「御岳・御室山」に住む龍・大蛇である。
其の龍神は、水や風や大地を支配する神で、山の御神木に七回半巻き付くのである。
七回半とは、太陽の光りが、一秒間に地球を七回半廻る数字と同じだから、古代の人間は、一秒間の時刻の目盛を、光りの体にメモリーとして有していたのだ。
其れは、60秒を「一わけ・一分」とする意識である。
そして、60秒の中で、肺は12回の息をする。
其の働きを、月の運行や太陽のエネルギーと絡み合わせて、龍の息遣いとして、時計や銅鏡を創り出したのである。
人間は、大きな宇宙の「働き・龍」から生まれた物である。
だから、龍の息遣いを、自分のリズムの中にメモリーしているのだ。
其の記憶から、物事に目盛を刻み始めたのである。
大きな呼吸の12と、小さな60の心臓・体の刻みを、時刻に取り入れ、其れを暦にも応用し120還暦を創り、其の半分を60歳の還暦としたのだ。
私も、其の還暦を迎えた。
いま120歳の龍の、歳の半分を終えたのだ。
漸く若さが消えて、心臓の音や、呼吸の苦しさを、体感として覚え、気にし始めている。
私の意識も、自我の意識から、客観的な龍(体の中の虫)の意識えと、変化しつつあり、宇宙の微妙なメモリーの自覚を、持てる様に成って来たのだ。
今年は、皇紀2666年である。
宇宙の龍の呼吸は、一回が2666年で、其の間に四回脈を打つ様である。
其の時の、ハートの音が666年置きに、振動して時代を刻んでいる。
其れが、日本では、神武天皇(BC660年)→宗神天皇紀(0年) →天智天皇(667年) →後醍醐天皇(667+666=1333年)と、成って現われたのだろう。
今回は、漸く、其の音が6月11日(旧暦5月16日)に始まろうとしている。そうしてまた、新しい龍の「呼吸・イキ」が起きるのだ。
其れは、大地の鼻である「御岳・ピラミッド」で生じるのである。
其の御岳の、神の発動を里に呼び寄せるのが、十五夜の満月の綱引きである。
御岳の神を、龍体としてあつらえた綱に憑依させて、十五夜の綱引きの綱として里に下ろして、満月の下で、東西どちらが勝つか占うのである。
東西の勝ち負けが決まったら、今度は、其の龍体を神社の広場で土俵に替え、人間と大地との結びとして相撲神事を行い、其れが終わったら、龍神は海に帰って貰い、再び雲と成って、御岳に雨の神として訪れて貰うのだ。
其れは、水と風の、穏やかで力強い循環を願う行事である。
其の為に、御岳の神は「三室山・みむろやま」を「ムロ」として住むのである。
其の、龍に名付けられた名が「おおやまつみ・大山の巳」の名である。
別の名は「おおものぬし・大物主」で、其の龍が、人間に依り憑けば、其の人は「おおなむち・大巳貴神」と呼ばれる事になる。
其の「おおなむち」が、龍の代理として国造りを行うのである。
だから、出雲でも、奈良の大和でも、其の「おおなむち」が神として、山に祭られて来たのである。
地球の大地を廻りながら、水を管理し、国を再生して行くのが、此の神の働きである。
だから、此の神は、666年措きに居場所を変えて行くのである。
其の神の、移動に使われて来たのがお神輿なのだ。
其れが、今回2666年振りに、屋久島の山に帰って来るのだ。
屋久島の30座の峰峰に住む神々は、推古24年(616年)に(3月に3名・5月に7名・7月に20名・合計30名の人間に憑いて)奈良の都に出張している。
今回の動きには、其の神々も、久振りに屋久島の御岳の峰々に帰って来るのだろう。
私自身は、両親の体を船にして、屋久島に帰って、既に丸60年経っている。其れも、今回の「大山祇神」の働きの、一部なのだ。
今回の大山祇神の動きは、地球全体の振るいである。
その九代龍王の、今回の身震いの霊動に、振るい落とされる者は、もう地球に存続を続ける事は出来ないであろう。
この様にして、ハヤブサの霊が「伝令・時告鳥」として、知らせて来ているのだから、神の忠告は既に為されているのだ。
そして、新しい龍伝説の物語は、既に始まっているのである。
平成18年3月22日
礒邉自適
2006/1/21
出力
18・1・21
今日は、弘法大師空海の月命日だからだろうか、文字の世界に、私の意識は在った。
しかし、空海は、「弘法も筆の誤り」と「猿も木から落ちる」の例えに使用される程の書の腕前であっても、パソコンの世界では腕の振るい様が無い様である。
今朝は、映像を見たと言うよりは、「映像 其の儘だった。」と、言った方が良いだろう。
私の意識は、文字を長くパソコンに打って居た。
居たと云っても、私の姿やパソコンが、映像に成っているのではなく、パソコン画面に打たれた「文字・文章」が、流れて行くのを、意識している自分が居るのである。
其れが、長いので、私の意識が、不思議に思い目を開けると、現実の私は、暗い部屋のベッドに、身を横たえて寝ているだけなのである。
私は、其の現象を良く考えて見た。
昨日のメッセージに、「アウトプット」と出て来て、其れが「出力」の意味だと解かった。
其の事からすると、是は、私の脳から出力のコードが引き出され、三次元世界のプログラムに、情報が流れ出し始めた事になる。
是が、釈迦牟尼佛の説法印の形であり、三次元の衆生に対して、エナジーを放出している事に成るのだろう。
其れが、「みいつ・御陵威・御出」の「いつ・出」の意味なのだろう。
私は其の様に考えて、其の本体を探って見た。
すると、其れは、言葉も文字も知らない、人間の頭の中脳の住人である事が解かった。其の本体は、黒い闇に住む「黒豹」である事が理解されて来た。
其のイメージは、「闇夜のカラスが 生まれる前の姿を視る。」の世界である。
自分には、姿も名も無く、言葉や文字も、知らないのである。
其れは、古代皮質の情報が、中脳から、生命全体の集合的無意識に、流れ出して行く事を示している。
其の情報が、私の「現代脳・大脳」で、文字情報として捉えられただけなのだ。
其の本体を呼び出すのが、カバラの秘儀なのである。
其れは、私の肉体が、石の祭壇の上に寝かされて居る訳でもなく、傍に、処女の女性が裸で寝ている訳でもないのに、「魔術師が飼う黒猫」が私の身体を使って、情報をアウトプットしていたのである。
今朝気付いた事は、其の黒豹は、近頃、私に住み着いたのではなく、どうやら子供の頃かららしい。
私が、子供の頃から、木の上で昼寝をするのが好きで、何があっても、木の枝に登って座ると、落ち着くのは、其の黒豹の霊の所為だったのだろう。
其れ等の事が解かって、再び眠りに入ろうとすると、今度は、映像が映って来た。
其の映像の場面は、身体の大きな30〜40歳の年頃の男性が、カメラを手にして人々を撮影しようとして居る処である。
処が、背が高いので、人々の頭の上しか映せない。
どうするのか見ていると、地面に膝を着いて、体を低くする事で、漸く人々の顔を映す事が可能に成った様である。
その男性の場面は、其れで終わった。
其の映像が、私に何を伝えるモノかを考えてみると、漸く「ヤジロウどん」が現在の世の中の事情が理解出来て、初めてカメラの使用を始めたらしい。
今から、カメラの練習を始めて、物の役に立つのかどうかは判らないが、暫らくは放っとくしかないだろう。
今朝、私「礒邉自適」が考える事は、自分の顕在意識が、言葉を出したり、文章を直接書いたりしなくても、別の次元で、情報が流されていると言う事である。
其の情報が、何処の誰に向かって、流れて行っているのか判らないが、昨日の「和」に向かって、三次元世界が動き出している事は、間違い無いのだろう。
此の世界が「御稜威・みいつ」の世界であり、カバラの秘儀の世界であれば、私は本来のエナジーの世界に還り着いたのかも知れない。
日本語の「ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・ここ・たり」の「むー・ムー」が、漸く、思い出せた様な気がする。
追記
漢数字の「一・二・三・四・五・六・七・八・九・十」が、一・二・三・四は建物を建てる柱を集める事を意味し、五は柱を組む象形で、六は村が出来る意味で、七は暦を木に刻むとの意味である事を思い出した。
其れに、連係して日本の「ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・ここの・たり」は、宇宙が誕生してから、人間の意識が存在できる様に成るまでの順番の様である。其れを、私なりに解釈すると、「火・風・水・世・飯・胸・名・矢・心・充」の様に想われる。
平成18年1月21日
礒邉自適
2003/12/7
裸足
15・12・7
今朝は、少し変わった夢を見た。
明日12月8日は、インドのお釈迦さんが覚醒した日だから、其れに関係が有るのだろうか。
今朝の霊夢は、私が、自分より年長の男性と、同じ建物の中に居て、何処かに出掛ける準備をしている処から始まった。
相手の男性は、私の父親か、祖父か、先祖の人かはハッキリとしないが、人生の先輩である事は確かで、私は、其の人に付いて行かなければならない様なのである。
其の男性は、自分の荷物を纏めると、その荷物を担いで立ち上がり、部屋の外に出て行った。私も、急いで部屋を出て、戸口に立った。
私より、前に部屋から出て行ったその人は、素足のまま外に出て歩いて行く。
私も、建物の外に出ようとして、土間に下りたのだが、足の裏に違和感を生じて、裸足ではまずいと想い、踵を返して履物を捜した。
すると、私用の履物は無く、他にも適当な物が無い。
有るのは、普通の下駄か、近代風の草履とゴムのサンダルぐらいしか並んでいない。
私は、荷物を担いで旅をするのに、適した履物が見付からないので、どうしたものかと意いながら外を見ると、相手の人は待って居ないで、もう裸足のまま旅立ったらしい。
私は、裸足で歩き出す勇気が無く、迷っている処で、其の夢は終わった。
今朝の夢は、何を暗示するものだろうか。
私は、屋久島で生まれ育ち、中学校まで通ったが、靴を履いて歩いた事よりは、素足で歩いた事の方が記憶に残っている。
当時は、ジャリ道も無く、人と馬が歩くだけの、狭い土の道路だったので、素足で歩いても、別段不自由を感じないで歩いて居た。
其のお陰で、私の足の裏のセンサーは、人一倍、敏感に出来上がっていると考えられる。出来上がっていると言うよりは、昔の人と同じで、現代の人達の足の裏とは違っていると、言った方が当っているだろうか。
其の様に育った私でも、中学を卒業して働き始めたので、毎日、靴を履く様になって、現在・いまは裸足で歩くのは、家の中だけである。
今朝の夢でも、靴が無いので、大事な人の後に、付いて行く事が出来なかったのである。
日本人は、明治時代に靴の文化が西洋から導入されるまでは、下駄か草履を履くか、裸足で歩いて居たのだから、夢に現れた、裸足でどんどん歩いて行くのは、当たり前の事で、何ら不思議な事ではないのだ。
子供の頃から、一生裸足で歩き続けていれば、足の裏の皮は、硬く丈夫に成り、どんな所でも平気で歩ける様に成る。
昔の人達は、裸足で歩くので、足の裏のツボが刺激を受け、脳への刺激にも成り、健康にも良いし、自然の中を歩く事で、精神的なバランス・調和も取れていたのだろう。
インドの「お釈迦さん」も、一生裸足で歩いて旅を続けている。
釈迦像の足の裏に、マークを付けて、拝している寺も有る程だから、足の裏にも、何等かの神秘が隠されている筈である。
釈迦や、イエスの事を考えると、良い靴を履いてはいない。
聖者は、皆、履物に拘りの無い人達ばかりである。
王様や、戦士の様に、服装や履物に執着を示していないのだ。
古代の聖者達は自由だから、他人の時間に合わす必要も無いので、時計も必要では無いし、まして、足元を他人に視られる事を気にしなくても良いのだ。
天国への入り口は、素足の者こそ、通り易いのではないだろうか。
今朝の夢は、履物に気を取られて居る内に、導師に置いて行かれてしまった。自分の荷物は、必要最小限度にして、何時でも自由に動ける者こそ、神の意志に適う行動が出来るのだ。
聖者への道は、修行が必要なのではなく、自由に旅が出来る体制を、採るだけで良いとの理・ことではないだろうか。
王様に成る事は大変だが、聖者に成る事は、誰にでも簡単に出来そうである。その事の答は、お釈迦さんが、王様の位を棄て、裸足の旅を始めた事で出ている。
人間の、究極の目的が、魂しいの完成にあるのなら、何時でも、旅が出来る心構えと、準備が必要との事ではないのだろうか。
一番大事な事は、その機会に巡り合えるかどうかだけである。
其れは、常日頃、その機会を求めているかどうかに掛かっている。
平成15年12月7日
礒邉自適
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