このページは 18年10月18日以前のメッセージだけを集めて載せました。
2003/10/31
意味不明
15・10・31
昨夜、眠ろうと想い床に入ると、何も無く成ったと想っていた頭に、「意味不明」との言葉が告げられて来た。
「意味不明」とは、其れこそ意味不明なので、今朝起きて「意味不明」を広辞苑で調べて見た。
【意味】
1.記号・表現によって表される内容 またはメッセージ。
㋐特に 言語表現によって表される内容。
㋑言語・作品・行為など、何等かの表現を通して表され、またそこから汲み取れる、その表現のねらい。
2.物事が 他との連関において持つ価値や重要さ。
【不明】
1.あきらかでないこと。はっきりしないこと。
2.才知の足りないこと。真理に暗いこと。識見のないこと。と 載っている。
別の言葉「意味論」を調べると、次の様に載っている。
(1)言語や句・文などの表す意味・その構造や体系を研究する言語学の一分野。統語論・音韻論と共に言語研究の主要な領域。
(2)記号論の一分野。記号とその指示物あるいはそれが引き起こす反応との関係を研究。
(3)論理表現・文の真偽値を決める原理などを研究する論理学の一分野。
何故、「意味不明」との言葉が、私の頭に突然出て来るのだろうか。
・私が無意識で想うのか。
・弘法大師か、言語学者かの霊魂が、未だに言葉の意味を知りたくて、さ迷い歩いているのか。
・それとも、神自身が、言葉の意味を確かめろと、私に迫って来ているのだろうか。
突き詰めて考えて見ると、私達が日常使用している言葉の「神」「いのち」「わたし」などの意味も、確かなものではない。
「いのち」と言っても、何処までが「いのち」の世界で、「わたし」と言っても、わたしのどの中身までが、認識出来る「わたし」なのかが、誰も、決められないでいるのではないだろうか。
脳死を、人間の死と考え、「いのち」が終ったとしても、霊的に生き続けるのであれば、果たして「いのち」が無く成ったと言えるのだろうか。
子供が居る人は、遺伝子的に「いのち」が伝わっている事に成らないのだろうか。
霊魂と成った「わたし」は、私ではなく、遺伝子に伝わっている、私の情報は「わたし」ではないのだろうか。
此の様に、一言一言、言葉を確かめて行くと、我々人間は、本当の言葉の意味を知らないまま、漠然と言葉を使用して生きている事に成る。
現代社会は、言葉が経済や政治に使用されているので、人間の真理を伝える事からは、随分と離れてしまっている様だ。
言葉が、人々を幸福にする為のものから、不幸に成る為の方向へと外れてしまっているのである。
神仏への祈りも、神仏と自分が、帰命・ナーム・リリジョンする事ではなく、自分の欲望を願ったり、邪魔な者の排除をするものだったりしている。
其れ等の社会現象は、言葉の意味が、正しく社会に伝えられていないからであろう。
神と、霊と、人間の間に、共通の言語が無くなれば、人間の祈りも、神へ届かなくなってしまう事に成る。
社会の安定と平和は、人間の使用する言葉が神に届き、霊魂とのコミュニケーションが巧く取られ、人々が魂を同じくすることで、実現するものである。其れを可能にする為には、言葉の意味を正しく認識し、共通のイメージを画ける様にしなければならない。
現代社会は、グローバル化され、地球全体が繋がりを深めているので、ただ一民族の言語だけでは、平和と安定を築く事は出来ないだろう。
世界全体が、同じイメージを共有出来る、新たな共通言語(記号)と論理を、構築しなければならないだろう。
私が是から、何をする事に成るのか、少し方向性が見える様な気がする。
平成15年10月31日
礒邉自適
2003/10/29
文字もお金も無い村
15・10・29
今朝のメッセージは、昨日、宮之浦に在る自然食品店「みみ商会」で買って来た、有機農法無農薬の野菜を食べた所為か、スッキリとした内容だった。
私が、何かを探して歩いて居ると、森の中の道路の雑草を、刈り取っている40歳ぐらいの美しい女性に出会った。
其の女性は、一人で森の中に居ても怖くは無いらしい。犯罪者が存在するとの情報が、一つも無いらしく、安心な身心で作業をして居た。
私は、彼女に、村の在る方向を聞いて、其方の方向に向かって歩き出した。
ようやく、大きめの道路に出たが、交通の便が無いらしく、道路に立って居ても車一台通らない。私は、仕方無く道路を歩き始め、しばらく進むと、人家が数軒有る村に辿り着いた。
其の村は、段々畑の中に点在している、農家だけで成りたっている様子の村だった。畑は、段々畑の土手までもが、きれいに管理されており、人手が行き届いているのが理解された。
其の畑の所に居ると、50歳くらいの夫婦が、農作業に行く為に家から出て来た。私が、行き先の村の名前を言って、どう行ったら良いのかを尋ねても、其の夫婦は、他の村の事は知らないらしい。
其れに、地図を見せても、文字が理解出来ないらしい。
私は、諦めて道路を歩き始め、坂を少し上がった所の家を訪ねた。
其の家の庭に、食べ物が干して有るので、腹が空いていた私は、串に刺してある食べ物を6本食べてお金を渡した。処が、其の人は、お金を見た事が無いらしく、受け取った紙幣を返して来た。
どうやら、私が訪ねた村、訪ねたと言うより迷い込んだ村は、文字やお金が無く、バスも通っていなくて、勿論、新聞もラジオもテレビも電話も無く、近代社会の情報が一切無い村の様である。
しかし、其の村の人々は、一つも無知な様子は無く、善良で笑顔が絶えず、健康で明るく病気も無いらしくて、真に平和な暮らしを続けて居る様子なのである。
私は、其の村を後にして歩き始め、ようやくバスが通っている道路に出て、長らく待った末に、遣って来た古いバスに乗り込んだ。
走るバスの窓から、周囲の景色を眺めて居ると、荒れた土地と、木立の中に崩れかけた人家が所々に見えた。
道路が出来、交通の便が良く成ったら、町の情報が流れ込み、人々は、家を捨てて町の方に出て行ったらしいのだ。
今朝のメッセージは、交通が発達する事で、本当の平和な暮らしの村が、崩壊する事が知らされて来たのだろう。
私は、今朝のメッセージで、中国の老子の謂う「わが桃源郷」の文章を思い出した。
第80章「我が桃源郷」
小國寡民。使有什伯之器而不用。使民重死而不遠徙。雖有舟輿。無所乘之。雖有甲兵。 無所陳之。使人復結繩而用之。甘其食。美其服。安其居。樂其俗。鄰國相望。鷄犬之聲相聞。 民至老死。不相往來。
「国は小さく 人口は少ない。たとい 人並みすぐれた人材がいようとも 腕をふるう余地すらない。住民は すべて生命を大切にして 遠くへ足を伸ばさない。船にも車にも乗る必要が無いし 武器も使い道が無い。文字を書いたり 読んだりするこざかしらを忘れて ひたすら現在のままの衣食住に満足し 生活を楽しんでいる。手の届きそうなすぐ隣の国とも 絶えて往来しない。これが 私の理想郷である。」(中国の思想 老子・列子 訳 奥平卓 徳間書店)
今朝のメッセージの映像は、正に、この文章にピッタリと合っている。
「文字」や「お金」が無くとも、人々は畑を耕し、皆で協力して家を建てる。其の技術は、学校へ通わなくとも、見様見真似で伝わって行くのである。
其れこそが、「伝える」の元字「傳・デン(人+車+手手)」の組み合わせの、「人が 車の回転の様に 手から手へ 技術を伝えて行く」との意味に合っている。
私が今朝、夢で迷い込んだ村は、正に老子の「理想郷」で、本当の平和と幸福な人々の暮らしが其処に有った。
其れは、現在の世の中のシステムは、殆どが、不必要な理が示されている。
人々の欲望を、トコトン煽ぎたてる現在の経済システムは、何処かで一線を引かなければ、今朝の、村の住民の様な、安らかで平和な顔を、取り戻す事は出来ないだろう。
今朝のメッセージの内容は、経済の本質とは何なのかを考えろとの事だろう。
確かに現代社会は、物は豊かに成ったが、病気は増え、犯罪が増加し、環境は悪く成り、自然は調和を失い、人間の魂しいは混迷の度を超えている。
今朝の村には、其の様なモノが一切感じられなかった。
私は今朝、人間の、本当の幸福者の顔を、視る事が出来たのだ。
其の様に、人々が暮らす村が実在するのなら、神が、人類を創造した事の意味が理解されて来る。
今朝のイメージは、神の意その侭が、映し出された世界だったのかも知れない。そうであれば、今朝現れた数名の村人は、神そのモノの姿だったと言う事が出来る。
今朝のメッセージは、私に、本当の確かなものだけを、伝えて来たのだ。
私達は、神が理想とする世界に、本当に必要な物は何なのか、今一度、考え直す時に至っている様である。
平成15年10月29日
礒邉自適
2003/10/29
聖獣 ユニコーン
15・10・29
今日は、何も無い日かと想い、家の中を片付けていると、警察の方が二名自宅に訪ねて来た。
別に是と言った用が無い様で、雑談をして居ると、私が横領されている土地の事の話になった。警察の方が訪ねて来たのは、私の土地の件に付いて調査に来たらしいのだ。
私は、安房の港の近くに、土地を三千三百坪買って整地をしていたのだが、私が島を離れている間に、私が使って居た会社の役員だった人間(池田保・富子)が、其の土地に勝手に店舗や自宅などを、数軒建ててしまっている。
私がその事を、九州の友人に相談すると、早速友人が島に飛んで来た。
そして、法務局や銀行・役場を廻って、取り返す手続きを始めてくれた。
そして、是迄の実情を書いた文章を、島内の目ぼしい会社等に配布した。
其の文章に虚実が有れば、名誉毀損と成る。相手方が、警察に行ったのかどうかは分からないが、警察の方が、其の文章を持って廻ったら、訪ねた相手が皆「其の通りです」と、答えたとの事である。
今日、自宅に訪ねて来た警察の方は、「自適さん、島の人達は 皆知っていますよ。」と言って帰った。
其の後、この事を頼んでいる友人より電話が有って、「自適さんの頭に一本角が生えている夢を見た。自適さんは 頭に角を隠して居るのですか。」と言って来た。
私は、「其れは ユニコーンと言って 裁判の神様ですよ。」と答えた。
そして、しばらくすると岡山の「スーリアさん」より、裁判官の人に付いての電話が有った。
私は、この三つの出来事から、今日は、法律や裁判の事に付いて、何かを考えなければ成らない日である事を感じた。
私の13年3月13日の文章「獬」の題で、その事を書いて有るので読んで欲しいと意うのだが、学研「ムーブックス」から発売されている「久保有政」氏著の「日本の中のユダヤ文化」にも、ユニコーンや「獬」の事が詳しく載っているので、一読すると良いと想う。
其の中に「神である主はこう仰せられる。見よ。私はエフライの手にあるヨセフの杖と、それにつくイスラエルの諸部族とを取り、其れ等をユダの杖に合わせて、一本の杖とし、私の手の中で一つにする。」(エゼキエル書 第37章19節)
「杖というのは王権を意味する。王は杖を持ち、其の杖は権威を表している。」 と 載っている。
私は、神に、自分の身心を召喚され、其の杖を持たされ19年が経過した。
そして、漢字の「伊」の文字が、「人が 一番大事な杖を 手の持つ事」を意味している理・ことを知った。
ユニコーンは、神社の入り口に建てられている鳥居の、左側に置かれている高麗獅子の左側の物で「一角獣・神獣」の像の事である。
其の「一角獣・神獣」は、神の言葉を間違って解釈した侭、門の外に出る者を、其の角で刺し殺す役割を担っている物である。
其れに、右側の像は「ライオン・獅子」である。
高麗獅子はライオンを表し、ライオンは西洋では水の守り神である。
日本の神社では、右側を通って奥の社に近付き、左側を通って外に出て来る様に決められている。
神社では、右側に御手水が有り、手や口を禊いでから鳥居を潜り、神に会って左側から出て来る事に成っているのは、禊ぎ祓いをして神に会い、法を授かって出て来るのを意味しているのだろう。
神の門を潜る所に、水と、水の守り神であるライオンが備えられているのは、時代の古さを伝える物である。
神の代理者として、杖を授かる事は、天の法を授かる事を意味している様である。
天皇家の一番大事な儀式である大嘗祭には、履物と杖が用意されているとの事だが、其の意味する処は秘密とされている。其れは、神に選ばれた者だけが知る事の出来る、神秘なのであろう。
人間が、自分勝手に其の杖を手に入れ様とすれば、ユニコーンの神獣に角で胸を突かれ、命を捨てる事に成るであろう。
「獬・かいたい」http://moon.ap.teacup.com/20061108/87.html
此処のところ、太陽に黒点が大きく現れ、磁気嵐が地球を襲っている。
太陽の磁気は、電気器具だけではなく、人間の心身にも、何がしかの影響を与える筈である。
私は屋久島での修業中に、自分のいのちが太陽の黒点に吸い込まれ、太陽の内に入った後、再び光りのエネルギーと成って、地球にサンサンと降り注ぎ、植物の葉に吸収されるビジョンを観た。
私達のいのちのエネルギーは、太陽が発している、磁気エネルギーで生かされているのかもしれない。
そうであれば、ユニコーンとは、其のエネルギーの門番ではないだろうか。
いのちの決まりを破る者を、見張っている存在こそ、王の資格が有るのかもしれない。
日本では、「お天道様に見守られていきる」との概念が昔から有る。
其の言葉や風習は、無意識で獬(ユニコーン)の存在を、肯定しているのではないだろうか。
「天神様の細道は、行きは良い良い帰りは恐い、恐いながらも通りゃんせ。通りゃんせ。」
いよいよ、帰り道の時節に成った様である。
「ユニコーンの存在に お気を付け遊ばせ。」である。
平成15年10月29日
礒邉自適
2003/10/28
光に包まれたくらし
15・10・28
今朝のメッセージには、人々が光に包まれて、生活する場面が映されて来た。
私一人が、光に抱かれるのではなく、複数の人々が、光に包まれて生活しているのである。
今朝のメッセージは、神に生かされる人々が増えて来た事が、知らされて来たのではないだろうか。
昨日は、屋久島で発行されている「生命の島」という雑誌を読んで、群馬県の榛名山の近くから、19歳の女の子が自宅を訪ねて来た。
そして夜は、知人と夜の街に出たら、福岡より来島している18歳の男の子に出会って話をした。
19歳と18歳の若者は、私が19年前、神の世界にタッチしてから生まれ育って来た子供達である。
其れは、私が、神の世界に自分の身心を差し出して、世界が新しい方向性を見出してから、魂を育んで来ている事に成る。
其の若者二人は、未だ純粋で苦労の体験も少ないけれど、穢れも少ない様に見受けられた。19歳の女の子は、インドまで出掛けたりして、自分の師匠を探しているとの事である。
二人とも、アルバイトをしながら生活をしているとの事なので、大学にまで通って勉強をし、普通のサラリーマン生活をすることから外れているので、自由を手にしている事に成る。
現在の若者は、フリーターが多いとの事なので、自由な人々が増えて来ていると考えても良いだろう。
光に包まれると言う事は、別な表現をすれば、自由な状態とも言う事が出来る。私は、其の二人に、「自分の手で 衣食住の事が出来る様にしなさい。衣食住を自分の手で組み立てる事で 其処に 自分の立場が確立され 自分の魂が存在感を得られる様になる。」と助言をした。
しかし18歳と19歳では、私の云う意味が、理解されなかったかも知れない。だが、誰かが其の理を伝えない限り、彼等は、自分の意識を確認する事を始めないだろう。自分が何者なのか、存在理由が解らないからこそ、旅を続けているのである。
私が、自分の村を築いていれば、二人とも、村に受け入れてあげられるのだが、今はそれも出来ない。
光に包まれた人間の生活は、イメージでは理解されても、現実には、未だ完成されているとは言えないのである。
私は、自分の存在だけに意識を集中すれば、神の世界を生きている事は実感できる。
しかし、他の多くの人々は、人間が是まで築いて来た煩悩の柵・しがらみの枠内から、外に出ることが出来ないでいる。
昨日の二人の若者は、其れ等の古い柵の中には、未だ入ってはいない。
彼らを、光の世界で暮らせる様に、何等かの手を打つべきであろう。
今朝のメッセージは、ぼつぼつ光の世界が近付いて来ており、人々の暮らしが、新しい次元に突入する事を、告げて来たのではないだろうか。
そうであれば、昨日の若者達は、其の前触れと言う事になる。
私は19年の旅で、人間の存在理由や、言葉や、文字の成り立ちや、仕組を研究して来た。其の事が土台と成って、新しい社会構成に取り組む時が、近付いているのだろうか。
未来が、どの様に訪れて来るのか、楽しみにして、神の訪れを待っている事にしよう。
平成15年10月28日
礒邉自適
2003/10/27
惟神・かんながら
15・10・27
今朝のメッセージには「神惟」と二文字が現れて来た。
辞典を引いて調べると「惟神」と書いて「かんながら」と読み、「かんながら」は「随神」とも書く事が判った。
日本語で考えるのなら、神様の事を昔「かんさぁー」と読んでいたので、「神」の文字が上に位置しても間違いでは無いだろう。
万葉集では「神ながら神さびすと・・」と書かれている事でも、昔の使い方が分かる。
「かんながら・かむながら」の意は「@神でおありになるまま。A神の御心のままで人為を加えない様。神慮のまま。万葉集「葦原の瑞穂の国は 惟神 言挙せぬ国」と、載っている。 広辞苑
辞典に載っている「葦原の 瑞穂の国は 惟神 言挙せぬ国」との言葉は、何時の時代に、何処の誰が言い出した言葉かは知らないが、其れが真実を伝えるものであるなら、私は今日から、何も言葉にしてはならない理・ことになって来る。
今朝の「神惟」の文字が、「惟神・随神を 実行せよ」との事なら、私の19年間の旅は、一体何であったのだろうかと想われて来る。ただ「惟神 言挙げせず」の意味を、知る為だけのものであったのだろうか。
人間社会は、人間が行動をして、言葉を発さなければ、何事も始まらない世界である。其れが、神の世界では、言葉にしては成らないとの理なのだ。
では、どうして言葉にしてはいけないのだろうか。言葉にしなければ、神が存在する事を、他人に説明が出来ないではないか。
私は19年間、神の存在を実証する為にだけ、働いて来たと想っている。
それは、単なる、私の思い込みに過ぎないのだろうか。否、単なる思い込みでない事は、私が此の神の世界に入った時に、空間より物質が現れ出たり、私の手足が、自分の思考とは、別の動きをしたりしたので、思い込みでない事は確かである。
今でも、他人との会話で、大事な話がなされた時は、神々が反応して、私の10本の指に電気的な知らせが来て、佛の印を組んでいるので、それは続いている事になる。
私は、現在でも「惟神の道」を歩いている事は、確かな現実なのだ。
只、その事を、他人に言挙げしてはならないとの事だろうか。
考えてみれば、私は、自分の父親に、宗教的な教えを強制されてもいないし、自分自身も是と言った宗教活動に属しては居ない。
だからこそ自由であり、現在の様な状況を、創り出す事が出来たのだろう。だから、私自身が「惟神の道」に見守られて、成長して来た理・ことに成るのだ。
私自身が、誰かに、他の道を強制されていれば、私自身の人生も、現在・いまとは違ったものと成っているし、現在の様な、神との関係性も、成り立っていない事になる。
私は今回の旅で、知人の「山口さん」に「自適さんは もう自分の存在や働きを 自分の口から 他人に語る事は 止めたらどうですか」と云われ、「私が 神の存在を語らなければ 誰が語るのですか」と、反発的に答えてしまった。その事を反省すれば、私には、19年間の努力に対して、何の見返りも無い事への不満が、溜っているのだろうか。
神様が、私や、私の家族を含め、全ての物事にエネルギーを注ぎ込んでいる事は解っているし、私が生きている此の世界を、全て私に与えてくれているのも事実である。
今朝のメッセージは、私が自分自身で、人間として口を開いて言葉にせずとも、神が私の存在を通して、自らの存在を、人類に知らしめるとの事なのであろうか。
山口さんは、其の理を既に知っていて、私に忠告を与えてくれたのであろうか。そうであれば、山口さんの方が、惟神の理・ことわりを悟っている事になる。私が今日、知り得る事は、山口さんを私に引き合わせている其の縁こそ、神の存在そのものの働きだということ(事実)である。
私が、心配する、しないに拘らず、神の存在は、今日を刻んでいるのである。一番大事な時に、一番大事なこと(現象)を、私に齎・もたらしてくれるモノ(存在)、其れが、神と名付けられたモノの正体であろう。
インドの釈迦は、「時節因縁」「一大事因縁」との言葉を残している。
時の節目の因縁が訪れれば、一大事因縁の人達が出会って、新しき魂の世界が創造されると謂うのである。その釈迦の概念こそ、日本の古神道の奥義である「惟神の道」と同じモノではないのだろうか。
山口さんの一言の言葉が、私の今後の心構えを、準備させるものと成った様である。
私の未来の在り方が、他人に知らされている事の不思議を、何と説明すれば良いのだろうか。其れに、他にも私の未来を見せられている人達が、何人も存在する。それを、そうさせているモノの働きの仕組みは、私にも未だ説明が出来ない。
古代の人達も、ソレを知ろうと努力をした事は、世界の文化や遺跡を見れば一目瞭然である。
今回始まる、新しき「時節因縁」と「一大事因縁」で、其れが何処まで解明されるのか、私にも未だ分からない。
今後もソレを、神だとか、神秘だとか、密教だとか、惟神とか云って、道の領域に閉じ込めていて良いのだろうか。
やはり、何か、人間の果たすべき事柄が在る筈である。
その、人間が為すべき事柄が、何であるかを知る為のヒントが、今朝のメッセージの「神惟」の二文字ではないだろうか。
惟神の道を実行する事で、本来の人間が果たすべき役割が、明確に成って来るのではないだろうか。
其の理・ことが理解される為にも、私が先達として選ばれたのであれば、迷う事無く「惟神の道」を実行して行くしかない。
身も心も 研ぎ澄ませながら 明日を信じて。
平成15年10月27日
礒邉自適
2003/10/25
神の段
15・10・25
今朝のメッセージの映像では、私の意識が、石段の一番上の登り切った所に在って、下から上って来る70歳位の男性を視て居た。
上って来る男性は、石段の上の方を視ながら上って来るのではなく、自分の顔は、其の高さの所を真直ぐに視ながら、一段一段確かめながら、上って来るのである。
私の意識が居る高さまで、其の男性の顔の位置が来た時に、ようやく顔を合わす事が出来た。そして、「げきろんをかわす」との言葉があった。
今朝のメッセージを、私なりに考えると、私の今朝の意識は、神の意識が私の中に住んでおり、人間が神の意識と出会う為には、段の最上部を上り切って、神の在る広場にまで、達しなければならない理を示している。
一段でも、未だ上るべき段が残っていれば、目線が合うまでには至らず、頭の位置しか見えない事になる。
だとすれば、人間は、神の意識の在る位置にまで、自分の意識を持ち上げなければ、神の意識と対峙出来ない理に成る。
段の途中から、神の顔を仰ぎ見ても、神との出会いが、無い理を知らせて来ているのだ。
今朝は、神社や寺院が、何故山中に在り、石段を上って行かなければ成らないのかが、ようやくハッキリと意識化出来て来た。
昔の人達は、その理を良く認識していたからこそ、神社や寺院を山中に造り、西洋の宗教画には、天に続く梯子や階段が画かれているのだ。
中国の漢字の「段」も、其の理を意味する文字である。
子供達が、成長して成人に成って行くのを見守る意識(気持ち)こそ、神の意に近い行動と言えるだろう。
高い意識を持ち、神の為に仕える者が、相手の相談に乗る時には、相手の顔のある位置にまで、自分の顔の位置を下げて接しているのだ。
神の意識は、人間社会の中にも、長老の意識として、ちゃんとシステム化されて、存在していたのである。
私も、ようやくこの年齢に達して、其の理が見えて来た。
私が、自分の人生を振り返って見ても、其の時、其の時の段階に応じて、必要な支えを、他から受けている事が見えて来る。
中には、反面教師の役割の人も在って、恨み心が無かった分けではないが、其の時に、其の人が現れなければ、現在の私の意識は、此処までには育っていないだろう。
其の様な、人間社会の構造に気付けば、神への階段は、何も、神社や寺院の階段だけではなく、日常の生活の中にも、意識さえすれば、存在する理・ことになる。
人間社会の中で、普通に生活している大人の中に、神の思惑通りに生きている人が居るのだ。
人間の社会で、一番大事な理は、今朝のメッセージに有るのではないだろうか。
戦後の日本の教育では、神霊の存在は迷信だと教えられ、私達の年代から、学校の教育で、神の存在を教えられた記憶が無い。
其の結果が、現在の社会現象である。
もう一度、教育とは、本来どう言うものであるのかを、考え直さなくては成らないだろう。
今朝のメッセージの不思議は、私の意識が、石段を上って行く方ではなく、上って来る者を、待ち受ける立場に在った事である。
其れは、私の御魂が、神の立場と同じ位置に、達したと言う事だろうか。
そうであれば、私は是から、神の方に向かって段を上って行くのではなく、後ろから上って来る人達の方へ、向きを変えなければ成らない事になる。
今日は、私の住む屋久島の安房区に在る、「粟穂神社」の秋期大祭の日である。何故、神社の大祭の日に、神への石段が映って来たのだろうか。
安房の、鄙・ひなびた小さな神社にも、神が存在する事を、知らせて来たのだろうか。
今朝のメッセージでは「16の個」とも告げられた。
日本の国宝に成っている出雲の「神魂神社・かもすじんじゃ」の社は、神殿までの段が16段になっており、日本の神の名は、「天御中主神」が最上段の17に在り、其の下「高御産巣日神・たかみむすびのかみ」から、最下位の「伊邪那美命・いざなみのみこと」まで、16神と成っている。
そして、島根半島には「十六島」と書く地名が在り、其れを「ウップルイ」と読む。「ウップルイ」とは、アイヌ語での意味は「我が水の道」であり、日本語では「宇振い」である。
16の島の意味は、16の個性との意味である。其れに、16菊花紋のマークも在る。
古代人の思考体系には、上下16のレベルと、其の一レベル毎に16の役柄が有ると、考えられていた事が解る。
現代の若者の中から、16の個性・命の花を見出して、社会構成を新たに組み上げる事は、並大抵の事では無いだろう。
此れからの、私の役目は、一段と難しく成りそうである。
神への修業が終ったのかと思えば、また神様の社には、大きな仕事が待ち構えていた事になる。私の人生も、未だ未だ、私には理解出来ない。
私もまた、自分自身を神の社に向けて、次への段階を上り始めなければならない。
何故なら、屋久島の安房弁には、「オセブッテ」と有り、其れは、力も無いのに「大人ぶっている人」を、馬鹿にして呼ぶ言葉である。「オセブッテ」とは、長人の資格も無いのに、其れらしく、人々に対して立ち振る舞う事を、批判する言葉である。
今朝、神社の石段を上って来た者こそ、「長人・オセ」の雰囲気を「醸・カモス、神魂」し出していた。
私の視た今朝の映像は、神の意識が、私の意識内に入り込んで、長人の人間が神社の石段を上って来るのを、私に見せ、私の自覚を促す現象(もの)であったのだろう。
今朝のメッセージは、私が島の人達に「なんだ、自適はオセブッテ」と、云われない為の忠告として、有ったモノと理解して措こう。
私には、未だ、神の「斎庭・ゆにわ」で激論を交わす実力は、出来ていない様に想えて来た。
平成15年10月25日
礒邉自適
2003/10/24
情・まさのり
15・10・24
今朝のメッセージの映像には、私が一人で草原の岡に在る建物に居て、其処へ多くの人達が訪ねて来るのが映り、意味として「情」の文字が現れ「まさのり」の読み方が示された。
「情・ジョウ」の漢字を漢語林で調べると、「心+青」で「青」は「まじりけのないあおの意味。いつわりのない心。まことの意味を表す。」
【字義】「情」は「@こころ。Aまこと。本当のありさま。真心。本心。事実。様子。 Bおもむき。Cなさけ。D男女間の愛情。恋心。」と 載っている。
今朝の、私へのメッセージは、「まさのり」との字義なので「正しく宣る(のる)」「正しく告る(のる)」の意味で、Aの「まこと。本当のありさま。」に、合っているだろうか。
今朝の映像では、私が居る建物に、多くの人達が向かって歩いて来たので、其の映像の意味は、正しい情報を、皆に宣する時が、近付いて来ている事を、暗示するものではないだろうか。
私は、今月12日から屋久島を離れ、10日間の旅をし、心や魂しいに、何等かの変化が有った様に感じる。
今回の旅で判った事は、3年振りに東京に出て見て、以前の私の東京暮しの情報・垢が、心身から消えている事だった。
全国の18年間の旅を終え、屋久島に帰ってから1年半の期間は、島での18年分の空白を埋める作業だった様に思える。
そして、昔の自分の姿と比べると、同じ島の焼酎を飲みながら、知人と話をしていても、昔の私とは、話の内容が変わっている事は確かである。
昔の侭の、私であれば、今朝のメッセージの様に、私一人に向かって、多くの人達が訪ねて来る事は無いだろう。
其れに、私の所に集まって来る人達は 皆、精神的な課題の為に、問いかけに遣って来るのだろう。
「情・まさのり」とは、私の意識・精神が「祷り・帰命・ナーム・リリジョン・religion」に成功したので、私の意識は、天神の意識・情報と同じに成っており、其の情報を、正しく皆に宣言せよとの事ではないだろうか。
日本には、天皇陛下が宣言する事を「詔・勅・みことのり」と言って、「御言宣・みことのり」の意としている。
広辞苑には、「詔」は臨時の大事に用い、「勅」は尋常の小事に用いる。と載っている。
私が、皆に告げる事は、壇上で御言宣するのではなく、自然の中に在って、人々に魂しいの原点を解き明かし、人間の存在理由を、静かに言宣する事なのだろう。
今朝の映像には、屋久島のガイドをしている人達も、数名含まれている事が分かった。集まって来る人達は、島内の人達ではなく、島外の人達が殆どの様である。
現在の屋久島への旅行客は、殆どが、縄文杉の事が頭にあっての事である。
しかし、私の所に向かって歩いてくる人達は、是迄とは違った、屋久島の情報に拠って、遣って来る事に成るのだろう。
多くの人々が、私の所に遣って来て、何を問い質すのかは分からないが、問わず語りだけではなく、人々に問われる事で、私の内にも、新たな気付きが生まれるのではないかと想われる。
今回の、四国と東京の旅で、私は事象が満ちて、新しい時空が回り始めているのを、確かめる事が出来た。
今年が、新しい岩戸の開く年と、感じる人達も多く現れている。
今年の12月23日は、旧暦の12月1日である。
前日の22日が冬至だから、23日は太陽の動きでは新春であり、月齢もまた1日であり、何10年振りかに重なる事に成る。
12月22日まで58日である。58日間で、何が起きるのかは私にも分からないが、此処の所の急速な動きは、何らかの結果を現すのだろう。
今朝は、946の数字が出て来たが、何を示すものか分からない。何かの動きが、現れ出ようとしている事だけは、間違いない様である。
平成15年10月24日
礒邉自適
2003/10/19
人間の位の上下
15・10・19
今朝のメッセージは、西洋(イギリス)の貴族の人達が、新しい立派な軍服を着て、軍事訓練を行っている情景が映って来た。
そして、次には、暗い場末の劇場で切符を切り、客を席に案内している障害者の中年の男性が映って来た。そして、言葉で「誤解するな」と告げられた。
次に、何処かの海に沈んでいる、大きな沈没船を引き上げる場面が映って来て、其の沈没船の中には、様々な種類の魚が泳いでおり、壁の隙間から、隠れていた海老や蛸等が這い出して来るのが見えた。
私はそれを見ながら、側に居る誰かに、魚の住家や習性に付いて説明をして居るのである。
今朝の三つの場面を、総合して検討すると、生き物の暮らし方の事を考えろ、と言う事の様である。
私は、屋久島の自然と共に生活し、山や海に住む生物との、関係を深めながら生きて来た。
特に、海の中は、水中眼鏡を掛けて、直接海に潜って見なければ、目にする事が出来ない世界である。
伊勢海老や、蛸・タコ、ウツボ等は、互いに天敵であり、お互いの習性を知りながら、自分の身を守り生きている。
今朝の映像は、私が、其れ等の生き物の関係性を詳しく知っている事を、自覚させるモノ・現象の様である。
現在の世の中の、平等感では、直接戦場には出向かない貴族が、遊び半分で軍事訓練を行っている事と、生活に恵まれない障害者が、暗い場末の劇場で、客の案内をしている事は、不平等であると、考えがちである。
だが、今朝のメッセージでは「誤解するな」との事なので、その様に考えてはいけないとの事であろうと想われる。
互いの立場を代えて、生活させようとしても、本人が望まないかぎり、其れは苦痛でしかない。二様の人間の有り様も又、人間の生き様を知らせるものである。
地球上のあらゆる生物は、自分が変化しようとして姿形を変え、現在の生き方を築いて来たのである。
人間も、他の生き物と同じく、自分の立場や環境を変えて、違う人生を歩き始めれば、それまでとは違う生き方を、創り出すことが出来るのだ。
天は、生き物自体の望む方向へ、力を貸して来た事になる。
天は、本人が望まない事を、無理矢理に行わせようとはしないのだろう。
人間だけを見ると、釈迦が謂ったように「人生は苦なり」とも、見受けられない事もないが、良く考えてみれば、其れも、その人が自分で選んでいる行動なので、他人がどうこう云える分けではない。
私の父は、身分の差を無くそうと考えていた様で、私もその影響を受けている様に思われるが、私も、貴族と障害者の人が、同じく、神の下に平等だとは考えられないでいた。
それが、今朝のビジョンで、水面上を美しく滑降する飛魚も、暗い穴倉に住む伊勢海老も、自分がそう在りたくて存在している事が解った。
今朝のメッセージは、生き物達が生きている姿から、真理を導き出せとの事であろう。
「誤解するな」とは、人間の価値観が不確かなものである事を、誡める神の忠告なのであろう。
私は屋久島で生まれ、36年間屋久島で暮らし、36歳の時に無庵師匠に捜し出されて、神の世界に入って既に19年と成る。
18年間の全国の旅を終え、屋久島に帰って此処一年で精神が練られ、新たな段階を迎えている。
私の現在の立場は、人間社会の上下の価値観から外れ、自然の生き物達全ての生体を、見詰める立場にあると言えるだろうか。
人間の存在は、宇宙の時間の最先端にあり、万物の霊長として、その役目を果たす為にある。私も、ようやくその位置に近付いて来たのだろうか。
平成15年10月19日
礒邉自適
2003/10/18
トキの槍が落ちる
15・10・18
今朝のメッセージは、ジャスト・タイミングの場面だった。
私が、誰の家だか分からない家屋の戸を開けて、部屋の中に入ると、丁度、天井に居る鼠が齧っていた紐が、食い千切られて、其の紐にぶら下げられていた槍が、下に落ちた。
私が、槍が落ちて刺さった床を見ると、何故か、私が一番大事にしていた湯飲み茶碗の中に落ちて、湯飲みが割れている。良く見ると、湯飲みの中心に、槍の穂先が刺さっている事が分かった。
私が部屋に入った瞬間に、丁度鼠が齧っていた紐が切れ、湯飲みの中心に天井から槍が落ちて来る。其れは、紐が切れるのが、時間のタイミングを現し、湯飲みの中心は、空間の事を示唆しているのであろう。
この事は、「時間」と「空間」が、両方とも整った事を、知らせて来ているのではないだろうか。
鼠は、「大国主命」の使いだとも云われている。
大国主命は、日本の国造りをした神・はたらきで、その際の国造りには、「少彦名命」が知恵を出したと云う事に成っている。
私が、今回四国に来たのは、15日の少彦名神社の秋期大祭に、参加する事が目的であった。
其の、15日のメッセージには、自分が背負っているモノの時間を、神の時間と合わせる事が知らされて来た。自分が背負っているモノとは、家族であり、仕事や財産などである。
其れ等の、「モノ(自分の背景を 創り出している 一切のもの)」を、神の時(トキ)と合わせなさいとの事は、自分の一切の業を、神の時空へ移せとの理・ことだろう。
天の働きに逆らって、自分の身の回りのモノを、自分の所有物だと考えていたのでは、新しい時間の「波・節目」が来た時に、全て失ってしまう事になる。
自分の肉体を含め、地球上の一切の物は、人間の所有出来るものではない。
自分のモノだと考えているのは、人間の錯覚でしかないのである。
少彦名神は、知恵の神とされている。
人間の知恵の原点は、「自分の所有物など 一切存在しない」との理が、基本ではないのだろうか。
旧約聖書も、「カイン(所有)」と、「アベル(自我)」が、最初に生れたモノと成っていて、その二つが、神の国・エデンの園に住めない原因と成っている。
神の、新しいトキ(時空)と共鳴して、次の世界へ通り抜ける為には、所有とエゴを捨て去って、神の振動・周波数に、身心を合わせなければ成らないのだ。
18日の9時半に、フォトンベルトの本を書いている渡邊延朗氏と、愛媛県の内子の駅で待ち合わせて、4時間ほど喫茶店で話した。
渡邊氏とは1年振りで、二度目の対談なのだが、15日の少彦名神社大祭の帰りに、高速道の内子で下りて、料金所で金を払おうとしたら、携帯に電話が入り、出ると渡邊氏が「18日の9時半に 内子の駅に 取材で着く」と云う。
私が、「いま丁度 内子の料金所だ」と告げると、渡邊氏もビックリしていた。私も、そのタイミングの良さに、何か有ると感じたので、18日まで愛媛に居残る事にしたのである。
当日、私は屋久島で出会った、東京の聖美さんを同伴していた。
渡邊氏に、聖美さんを紹介した後、聖美さんは内子町の古い街並を見学に出掛けて行った。
12時半に、渡邊さんの取材相手の山本さん夫妻が到着し、四名で話をしていると、聖美さんが帰って来て、椅子に買い物袋を置いたら、袋の中から土産のヒョウタンが一個床に転がり落ちた。
すると、山本氏の奥さんが「ア そのヒョウタンは 私のメッセージに現れたヒョウタンと 同じだ」と云い出し、聖美さんがサングラスを外すと、その顔を見て「ア メッセージに出て来た 観音様の顔だ」と驚いて居る。
山本氏の奥さんの説明では、白龍に乗った観音様が出て来て、右手にヒョウタンを持っており、そのヒョウタンから米が撒かれていたと云うのである。
聖美さんは、今月6日に屋久島に二度目の来島をしており、その事は、私の6日の文章にも書いてある。
私が、聖美さんに出会ったのは、昨年の10月30日で、その日の朝のメッセージには「紫雲勲賞」とあり、私は自宅に居たのだが、体がムズムズして落ち着かないので、久し振りに家から出て、宮之浦の友人の喫茶店に出掛けたのである。
その店に、一人で来ていたのが聖美さんで、2時間後には、東京に帰る処だった。
聖美さんは、出会う4ヶ月前の7月5日に、私の霊夢に現れて来ているが、聖美さんは其の日には、京都の坂本龍馬の墓にお参りして、不思議な体験をしたとの事である。
聖美さんに付いている神は、私や、山本氏の奥さんにも、本人に出会う前から、その存在を知らせて来ていたのだ。
渡邊さんと、山本夫妻が私達と別れた後、大洲市の少彦名神社に参拝すると、山本夫人にメッセージが降り、「時は来た」「一段上に上がりなさい」と告げられたとの事。
私が、少彦名神社に初めて訪れたのは、2001年3月15日である。
其の日、鳥居の下を潜ると「助かる」との声があり、後退りをすると「助からない」と出るので、もう一度鳥居の下を潜ると、又「助かる」と出るのである。
そして、少彦名の神を起すには、3年掛かると告げられた。
2004年の春で、丸3年経つ事になるが、何がどうなるのかは、私にも分からない。
しかし、今回の10日間の旅で、何かの働きが、間違いなく動いているのは確かめたし、その働きは、教育(新しき智)がテーマである理も分かった。
今日現在、天の仕組が何処まで進んでいるのかは、誰にも分からないだろう。
私は、ただ知らされる事を、記して行くしかない。
そうしなければ、霊界の鼠の働きも、報われない事になってしまうからである。
「鼠・子」は、干支や時刻でも、一番前に位置している物である。
其の事からも、今朝のメッセージは意味深いものが有ると言えるだろう。
平成15年10月18日
礒邉自適
2003/10/14
仕分け
15・10・14
今朝のメッセージは、是からの「政・まつりごと」に対する心構えに付いて、告げて来た様である。
今朝の映像には、海の魚や、森の木の種類がたくさん映って来て、其の一つ一つの特長や、働きを知って、全てを生かし、管理出来る様になる事を、要求して来た。
そして、その役目は、女性には出来ないし、させてもならない理・ことも告げられて来た。
女性には、政治的な管理をさせては成らないし、能力的に向いていない理・ことも、其の映像から理解出来た。
そして男性も、生まれながらに「政・まつりごと」が出来る分けではなく、知恵者に付いて、長い修業を治めなければ、その役目を果たせない理・ことも告げられて来た。
アマゾンのジャングルに生活している長老は、森に生えている植物の中の、五百種類程の、草木の性質や薬効を全て知っていて、それを若者に伝える事が一番大事な事とされている。
ジャングルの生活では、五百種類の植物の事を良く知る事が、都会の人間が大学を卒業する事と、同じ意味を持っているのである。
また、今朝の映像では、様々な魚が獲れて、その魚の種類毎の処理や、料理の仕方が映って来た。
屋久島の海では、五百八十種類の魚の存在が確認されており、日本一魚種が多いとされている。
魚を食べるには、その魚の性質を知って、釣り方を考えなければならない。
釣れたら釣れたで、その魚の処理や、料理の仕方を考えなければならない。それは、男性が得意としている世界であろう。
一方、女性には、子供を産んで大切に育てる役割がある。
子供を育てるには、大変な努力が必要である。
女性には、女性の特質を生かした役割があるのだ。
人間の幸福・しあわせとは、「仕合せ」が上手く行く事である。
其れには、物事の一つ一つの特長と働きを知って、其々に応じた役割を与える必要がある。
必要なものと、不必要なものの仕分けをして、仕組み直しを、しなければならない。
其れには先ず、混迷した社会の枠組みを一度壊して、一から組み立てる必要がある。
現在の政治家の言動を見ていると、個人的なレベルの動きしか、遣っていない様に見受けられる。
大きな目で、全体を見る事が出来ないので、国民も付いて行かないのではないだろうか。
大臣の「臣」とは、大きな見開かれた目の象形で、「物事の道理が 能く見えている」との意味である。
中国の孔子の言葉にも、「女子と 小人は 養い難し」と有り、大人・たいじんの存在を強調している。
正しい社会とは、女性達が、女性としての本領を発揮できる世の中であろう。
「大人・たいじん」や、臣に拠る処の、新しい社会の枠組みが創られれば、女性が政治に口出しする必要も無く、安定した社会と成るであろう。
いよいよ、男性の正念場が、来たと言う事が出来るのではないだろうか。
四国山中にて
平成15年10月14日
礒邉自適