2001/4/3
水の流れ(十六島)
13・4・3
昨日、「日本えびねの会」の「水口氏」に出会った所為だろうか、今朝の夢は、山から水を引く場面だった。
私は、屋久島で、新しい水田を、何カ所か開墾した事が有る。
だから、水田に、水を取り込む作業を体験しているので、其れが夢の舞台と成った様である。
夢の内容は、山中の川から、水路を掘って、麓まで水を流す作業を、数人で行っているというものだ。
作業グループのリーダーは、水に関係する仕事をしている、会社の社長であった。
処が、そのリーダーである社長が、いつの間にか居無くなってしまったのである。社長が居なく成っても、作業そのものは継続して行われたのだが、水路が完成しても、水が一向に流れて来ないのである。
リーダーの居無いまま、作業グループの人達が話し合い、結局は他人の水路を利用していたのが原因で水が流れて来ないのだから、自分達で本川から水路を作り、引き直そうと言う事になった。
そして、其の夢は、そこで終わった。
私が、屋久島で、水田に水を引いた時の、取水口は「みなくち」と呼ばれていた。
昨日、会った「水口健さん」は、全国のえびね産地の山々を巡っている人である。そして、屋久島の山にも、30年くらい前に、よく行ったと言う事であった。
水口氏は、えびね業者組合の理事長で、えびねの展覧会では何度もトップの賞を取っているらしい。
「えびね」は、鉢植えにするので、毎日の水の管理が大変な作業である。
彼の名前も「みずのくち すこやか」である。
水口さんには、水の神と、山の神が憑いているのかもしれない。
屋久島の、山の神のご縁で、出会ったのだろうか。
今朝の夢は、「旧経済の流れが止まるので、新しい経済の流れを作れ。」と言うメッセージなのだろうか。
出雲には、「十六島(ウップルイ)」という地名が有る。
アイヌ語に「ウップルイ」と言う言葉があり、日本語では「我が水の道」という意味であるらしい。
此の16と言う数は、天皇家の16弁の菊の御紋に通じるものがある。
「十六島」の言葉の持つ意味は、16方向に独立した現象世界を作ると言うことであり、天皇が「あまねく照らす威光」の事を「御稜威・みいつ」と称し、其れが「菊の御紋」に象徴されているのである。
其れが、「大君・スメラミコト」の働きであり、役目なのである。
「スメラ」とは、「スメル・統べる」に関係が有り「スメル・シュメール文化」の言葉で、「葦の生える地を治める」と言う理・ことを意味している。
私は17年前、屋久島で神の世界に入る為の禊ぎをした時に、「水素原子管理」と言う言葉を受け取っている。
水素原子とは、この宇宙の物質を組み立てている、全てのエネルギーの根幹をなすものである。
今朝の、私の夢は、そのエネルギーの流し方を、暗示するものだったのだろうか。
世界の経済は、満ちる処まで満ちてしまった。
後は、一気に欠けて行くばかりである。
早く、新しい「みいづ」の働きを、起こさなければならない。
神武天皇祭 平成13年4月3日
礒邉自適
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