森田一夫&春弥生
地域振興支援プロジェクト!
♪ご当地ソングドットコム
新人作詩&作曲家の作品を地方で活躍する歌手の方に提供し
♪明日のヒット曲を生み出す為のサイトです。
一筋の雨水も やがて海にたどり着く事もできます
小さな川の支流も混ざり合えば大河となります
作詩家 作曲家 編曲家 歌手 プロモーターなどが
バラバラではなく ひとつになって活動すると何倍もの力を生み出します
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体調不良のため休筆中!
(でも、少しずつ投稿!)
■こんなものか?と思い知らされた現実と虚実!執筆中!
■作家や歌手や演奏家に取って最高の評価とは?
私が過去の演奏や会場で感じた作家や歌手、演奏者にとって最高の評価とは?
実演者として
「数十年前の演奏が、音が今もずっと忘れられないでいます」
「演奏を聴いていて、鳥肌が立ってきました」
「まるで映画を見ているような演奏でした」
「感動したかは判らないけど、涙がでてきました」
そして、無言のまま私の傍から離れない人たち。。。
作家として
「貴方は、天才でも秀才でもなく、奇才ですね」
「詞の解釈が他の作家より深いですね」
「貴方の作品には事実を元にした素材がありますね」
「う〜ん!」無言!
貴方の評価はどんな評価でしょうか?
■作品の評価とは?ネット仲間でのコラボやサークル的なサイトでは、お互いを誉め合い、励まし合い、助け合いで
和気藹々としています。
しかし、趣味やアマチュアとプロの評価は少し違います。
※誉められる=プロとして認めていない!
あなたは作詞が、作曲が、演奏が歌が
詞が曲が上手ですね!書き慣れていますね!個性的ですね!声が良く出ますね!
演奏が上手いですね!歌が上手いですね
上記はプロであれば当たり前の事です、それを敢えて誉めると言う事は
アマチュアや趣味としては!と言う評価であり、プロとして認めていないと言う事です
プロとしての評価とは?
※プロデューサーが黙り込む=この作品を誰に歌わすか?どう活用するか悩んでいます
※だめだ!だめだ!新しく書き直してきなさい=脈が有る、期待に答えてくれと言っています
※この部分の不自然さを何で作家自信が感じないのか?=プロに成ってからの恥は掛けないぞ!
今の内に、掛けるだけの恥と屈辱を味わっておけと言っています
作家や歌手や演奏家に取って最高の評価とは? 続く。
■評価に対する、本音と建前を見抜く!
8月15日続2 更新!
私がピアニストから作家に転職した頃の話ですが
シルクロードと言う同人誌の合評会後の親睦会の席で
私の作詩を推敲してくれる星野一門の最古参の先生
そして作曲の推敲をしてくれる、当時コロムビア出版の作曲担当兼作曲家協会の広報部長と
御逢いしました。
作曲の師は私を見つけて「森田君、やっと逢えたね、待ってましたよ」と私の手を取り
当時コロムビアの担当プロデユーサーを紹介してくれました
「プロデュサー この森田君は天才や秀才ではなく、異才と私は評価します」
異才とは?私が変わり者と言う意味かな?と聞きましたら
「いいや、君は毎回私をハッとさせる作品を書いているから、異才なのだよ」
でも、意味が判りませんでした
その後はプロデューサーに直接作品を見て頂き評価を受けました
なるほど、良いんじゃない
良く出来てると思うよ
作詞も作曲も上手いね
これ等の評価の本音を後から知る事になります
続2
プロデューサーに直接作品を見て頂き評価を受けました
なるほど、良いんじゃない
良く出来てると思うよ
作詞も作曲も上手いね
上記にはプロデューサーの本音と建前が隠れています
※なるほど、良いんじゃない
本音「こんなもんで良いんじゃないの。。今は。。。」
※良く出来てると思うよ
本音「まあまあ 新人としては良く出来ているんじゃないの、プロには遠いけど。。。」
※作詞も作曲も上手いね
本音「まだまだ、歌手の気持ちになってないな この位の作品ならば、内の専属作家の方が
もっと上手い作品に仕上げるよ、別に貴方を使え必要はないな。。。」
私が本音に気が付いた時からが、本当の意味でのプロデューサーとの真剣勝負になりました。
続く
■作曲人生で出会った最愛の作詞家!
私は好きな音楽の道に進み、他の職に就いた事もなく、今年で56歳になりますが
運が良かったとは思っておりません
血の涙を流し 時に住む部屋もなく、何週間も水だけなどと言うことも有りました
音楽で飯を食うと言う事は、就職すると言う事ではなく、音楽で身を立てると言う事です
作詩や作曲で飯が食えるのは、人口百万に一人か二人ではないでしょうか
しかし、何十年やっても、未だに道は遠く、目指す山の五合目で足が止まっています
初めに作曲家を目指した時に、師匠から言われた言葉ですが
「作曲家は一生に一度、最愛の歌手と作詞家に出会えれば、それだけで幸せだ」
私は未だに出会っておりませんが、最愛の作詞家とは知り合いました
やはり、プロになれる逸材は、比べ物にならないくらい抜き出ています
作品その物の輝きがまったく違いますね
例え一万作品と巡り会っても、この作詞家の作品1編の方が遥かに重く、輝いています。
パートナーになってもらおうと、形振り構わずに口説きましたが
私の破天荒で後先も考えずに行動する性格が嫌われまして
この作詞家は、私とまったく逆の作曲家とパートナーを組みました
「作曲家は一生に一度、最愛の歌手と作詞家に出会えれば、それだけで幸せだ」
作詞家も同じだと思います、一生に一度最愛の作曲家と歌手に出会えれば幸せなのですね
■作家のリストラと多重業務!
昔は、、と言っても十数年前ですが
作詞家は原稿用紙、作曲家は五線紙と写譜ペンが有れば仕事ができました
パソコンやネットの進歩により、作家も多くの影響を受けています
作詩だけの募集や採用は激減し、レーベルや事務所では作詩の採用はしていない場合があります
作曲も同じように、作曲だけの募集は激減し、作詩、作曲、編曲マスタリング更に歌入れ
つまり、シンガーソングライターしか採用していないとはっきり宣言する事務所が多いです
作詞からマスタリングまで一体何人分の仕事になるのでしょうか?
作詩、作曲、編曲、歌手、収録、波形編集、マスタリング、此処までで7人分
更に、生演奏のギター、ベース、キーボード、原盤製作、更に最近ではジャケデザインまで。。。
数十人分の仕事を一人で作業できないと、リストラの対象になります。
私は、波形編集とマスタリングで神経を病んでしまいました
何故ならば、他のセクションのように「此れで良い」と言うものがなく
波形編集やマスタリングに終わりがないからですね
せめて、製作と創作の分野だけでも切り離して欲しいものです。
■IT時代の作曲の変化?
作曲もMIDIシーケンスソフトや音源の進歩により、
多くのユーザーが音楽を創作できるようになりました
ソフトのは、鼻歌感覚や自動伴奏や自動作曲などもありようですし
ポップスではリミックスと言う手法もあります
いきなりソフトで作曲を始める人も多いのではないかと思いますが
私の場合は今でも五線紙を使用しています
作詞の原稿と同じで、特注品ですが、見開きの左に五線、右に歌詞が書き込めて
表には、タイトルと作家名 裏には連絡先が印刷されています
はじめは、ノート式の五線(CAT,S NOTE)で書き始めますが
作詞と同様で消しゴムは使いません、推敲の度に新しく書いていきます
これも、後から創作の経緯と履歴を残す為です
一曲書き上げるのに、細かい部分も数えると百数十箇所は推敲している事になります
何時?何処を?何故?変更したのか?が良く判る為ですね
また、自分自身の作品を冷静に見つめる事もできます。
作曲に関しましては、後日に時間が有れば書きたいと思っています。
■IT時代の作詩の変化?
昔々は、原稿用紙に歌詞を書き、担当者が取りに来るか郵送でした
ITの時代になり、原稿用紙ではなく、パソコンのメモ帳やワードを使う人が多いです
しかし、私は今でも作詞を創作する場合は原稿用紙を使用しています
作品を書き溜める事はしておりません、どんな歌手に提供するか判らない段階で作詞しても。。。
歌手に合わなかったり、時間と共に色褪せたりしますので。。。
作品をストックする代わりに「素材やテーマ、小道具、大道具などを引き出しに仕舞い込んで置きます」
受注があって、初めて引き出しを開けて制作に入りますが
今でも「キャンパスノート」を使います
私の創作の特徴は「決して消しゴムを使用しない事」なのです
消しゴムで消したり書いたりせずに、創作の経緯と履歴をしっかり残すのです
この事によって、どの部分で方向を変えたか、どの部分で躓いたのか、
履歴をさかのぼる事である部分まで戻る事も出来ます。
パソコンでは上書きになりますから、折角の創作履歴を生かすことが少ないと思います
一作品書き上げるのに「キャンパスノート一冊」は使いますね
原稿用紙は特注の凸版印刷で、升目が浮き出て見えます。
未開封の原稿用紙が未だかなりありますが、一生掛かっても使い切れないかも知れません。
■個性と自分勝手の違い?
私の私見ですが。。。
個性とは、基本と経験の上に成り立っていると思います
作品から個性を差し引いて、80%は作品が残りますね
私は自己主張する、個性の占める割合を20%と考えています
自分勝手と思う作品は。。。
作曲家や歌手の事を考えていない
字脚や構成などよりも、作品中心である
作家本人しかわからないような表現が多い
作品が余りにも個人的である
感情だけを作品にぶつけている
等など。。。あげればキリがありませんね
作家で一番大事な事は
プロデューサーからの指示にいかに迅速に的確に答えられるか
自己中心の作家は、推敲箇所を指摘されただけでパニックになります
作詞家も作曲家も、指摘された推敲の意図を敏感に感じ取り
しっかりと答えられる技術が必要であり、一番プロに求められる事では?と
■音楽と出逢った時に、感動を憶えると音楽の虜になってしまいます
私の場合は、ソウル、ブラック、ブルース、などの黒人音楽と出逢いました
結果てきに、やがてジャズそしてモダンジャズの世界に入り込んでいきます
ビートルズと出逢った音楽家は、繊細なハーモニーとジョンの飾りのない歌詞に共感し
Jポップスに入り込み
ミックジャガーに影響された人は、ハードロックに入り込んで行くのかも知れませんね
音楽人生に歴史があるように「本当は現場で基本と経験と技術」を学んでいたのです
現代は、音楽を志す人の経験の場が無いので、人材が中々育たないのですね
音楽を志すならば、一度視野を世界に広げて、海外に行った方が良いかもしれません
現代の音楽はネットを通して国境がなくなっています
アメリカやユーロでは「インド音楽に注目しています」
インド音楽のスケール(インド音階)ではなく、リズムに注目しています
未だに、日本ではありませんが、先人の作曲家、編曲かと戦うには
新人は新しい武器が無ければなりませんね
一度、ネットで(インド音楽)を検索して、参考にして下さい。
■音楽の魅力に心を奪われて!
私が音楽と出会ったのは、まだ五歳の頃です
こんな小さな子供の記憶にしっかりと刻まれています
生まれは世田谷の下町で、祭りが始まると父は家業をホッタラカシ
当分の間は帰ってきませんでした。
母に手を引っ張られて、夜店を通り広場に出ると
大勢の人達が浴衣を着て踊っていました
中心に矢倉があり、一番上に太鼓があり、
上半身裸になった男が一心不乱に太鼓を叩いています
それが父でした
やがて、母は私を矢倉まで連れて行き、父の傍に座ったのです
一番見晴らしが良く
祭りの中心に位置し
踊りをリードし
しかも、豪華な料理や飲み物が次から次に運ばれてくる
何よりも この快感が五歳の子供の心を奪ったのですね
■昔ですが、水前寺先生の歌で「♪一日一歩 三日で三歩 三歩進んで二歩さがる。。」と言う歌が有りました
作家は筆を止めれば 歌手は舞台を離れれば進むも戻るも無いのですね。
先日立花からメールがありました。
「今月から夏祭りのシーズンで何かと忙しくさせて頂いております。
有難い事に司会の仕事もあわせて入るようになり、つい先日は平戸にて
渥美二郎さんのコンサートの司会をさせて頂き、
実は明日から前川清さんのコンサートで九州一円まわる事になり、4日間留守致します。」
デビューから五年目でカーネギーホールの大舞台を経験し、少しずつではありますが
九州に、立花かおり在りと言う認識が出来つつあります。
一方、何の連絡も無い歌手も多く、先生何時日本に帰ってくるのですか?と自分の都合だけとか
先生、私がセブまで会いに行きますからレコーディング御願いします、と嬉しいメールとか
作家は、歌手に作品を提供しますが、歌手から何の活動報告もなければ、次第に距離は離れますね。
そんな世界でもコミュニケーションは大切だと思います。
久留米ではもうすぐ水の祭典・・・
■私がドラムと出会ったのは、小4年の頃です
当時わたしは、体操クラブに通い、休みの日が午後は多摩川の土手で練習していました
土手の芝生はふかふかで、大概危ない練習でも怪我をしません
そんな時、強烈な音楽が聞こえて来ました
音を辿って行くと 携帯発電機を持ち込んでバンドが練習していたのです
当時としては、アンプから出る音は爆音に近く、ドラムセット、エレキなどは
初めて目にするものでした。
練習していたのはプロのバンドで、ベンチャーズを得意とし、主に店頭でデモ演奏をし
楽器の販売プロモをしているようでした。
しかし、私はベンチャーズの音楽が余り好きではなく、それ以上の興味はありませんでした
そんな或る日、いつもと違う音楽が聞こえて来たのです
鉄橋に下で演奏していました
傍に近寄って演奏を聞くと、まるで毛穴が開くような衝撃を受けました
魂の叫びのような歌とファズギターのフレーズ、16ビートで心臓の鼓動や息吹を刻むような
ドラム、特にドラムの16ビートはショックでした、ドン タタ ドンタとはまったく別物です。
私をドラムに引き込む音楽との出会いが「ソウル&ブルース」「リズム&ブルース」だったのです。
そして、このバンドとの出会いが、私の人生を大きく揺さぶって行きます。
■いつの間にかバンドのボウヤ見たいな事をしていました
ドラムの人は喘息の持病があり、いつも吸引する薬を吸っていました
体調が悪い時などは、練習時だけですが、私がドラムを叩くように成っていったのです
或る日、バンマスから、明日の三時に駅前で待っていろと言われ
翌日、駅前で待っていると、革ジャンにサングラス、そして大型バイクに乗った
悪のグループと判る連中が、目の前に停車しました
「おい!後ろにのれ!」「え!!!!僕の事!!!!」
この暴走族グループが、いつものバンドのお兄さん達!だったのです。
そしてバイクは横浜へ、、、黄金街へ、、、ライブハウスへ、、、と恐怖が、、、
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