自分で発言して置きながら、よくないとちょっぴり思ってますが、でも僕の発言はどうでも良いとして、小さな話が大きくなり過ぎる傾向が、今の世の中あります。
俺はそう言うの良くないと思う。
例えば最近の倖田來未の「35歳過ぎると羊水腐る」のような発言、別に本当だとは思ってないし、男だって最後は赤玉出て、打ち止めみたいな冗談あったし、それをただ口にしただけで、まるでそれが差別だとか、暴言だとか、誹謗、中傷だとか、そう言うモノになってしまう方が悲しい。
それに何か言葉一つ言い間違えても、それはとんでもない!! みたいなモノだとしたら、その本当の意味での物事の本質は見えなくなるし、そんな言葉の揚げ足ばかりとっているコト自体が、僕から観れば、本質を理解出来てないんだなぁってちょっぴりがっかりします。
誰も言い方が間違えていても、別にそう言う意味での言葉ではないんです。
例えば誰も口にしていたバカチョンカメラ。バカでもチョンでも出来ると言う意味ですが、それも十分立派な差別用語ですよ。チョンとは在日朝鮮人の方々のコトなんですから・・・。
でもそれを今の人達は当たり前に言うけれど、誰もそれで責められないだけで、その事実を知っている人は傷付くんです。
だから余り誰かの失言に揚げ足を取るのではなく、ちゃんとその人が言いたかったコトを理解して、言葉遣いではなく、その言いたかったコトに対して、反論なり、自分の意見を言える世の中になって欲しいです。
人はきっと優しさを口にした時から、誰かを傷付けてしまう生き物のような気がしています。

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