医務室に千影が運ばれてから1時間弱が経過し、ツォルトが呼ばれて室内に入っていった。戻って来たときは表情の変化ですぐに何があったのか知った。
刃物による傷が深く、命を落としてしまった。
無論、このことはカバチ君は知らない。
シツキは立ち上がってカバチ君を探しに行った。
取り返しの付かない事をしたのは言うまでもないが、あの夢の中で確かにカバチ君が千影を背中から刺した事実は本人も認めている。
千影の死を彼は理解してくれるだろうか。
部屋には居なかった。
だが廊下で擦違った年上の社員は何か急いでいる様だった。声をかける前に走り去ってしまった。恐らく書類か何か忘れてしまったんだと思ったが、今度は目の前をオペレーター社員が通り掛かった。
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「何かあったんですか?」
シツキは彼女を呼び止めた。
「神城さん、所長はどちらに。」
「ツォルトなら医務室に居るけど……」
「有難う御座います。実はFoxi内でカバチさんが倒れて意識がないんです!」
嫌な予感が胸中に渦巻いた。彼女から居場所を聞いて向かった先にはお世話になっているアールと、ミツキが既に居た。
「シツキ! 所長は?」
「今医務室に居る。カバチ君はっ?!」
カバチ君の近くに寄ると、既に呼吸が乱れており意識は朦朧としていた。
まだ僅かに気はあると理解したシツキはαで彼の思念を読取った。
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――― ひたすら前 前 もっと前に進まなくちゃ 辿り着けない光の出口 ―――
――― やっと見えた 違う 振り返れば地獄へ堕ちる 朽ちて堕ちる ―――
――― 全てにおいて世界も夢も現実色に染まる そして僕は堕ちる ―――
――― 全ての愛する人たちへ 此方側へ来ちゃ駄目だ 駄目 駄目だ ―――
αを解放し、息を吐く。
千影から聞いた通りをそのまま改めて聞いているような感覚だ。正直、彼の思念とシツキの思念は似ていた。
「どうだったシツキ。」
「……夢が関係している。現実世界、精神世界とも合わせられない人の夢。夢が現実になる……と念が押している。」
「夢ってことは悪夢? 侵食型のヒルイト?」
「分からない。詳しい事実はツォルトに聞かないと…」
そうこうしてる間に、カバチ君の緊急治療を行っていた医師が手を下ろした。
「……侵食型じゃなくても急に人が死ぬって…しかもFoxi内部で、って何が起こってるのよ一体。」
アールが頭を悩ませていればツォルトがシャンと一緒にやって来た。
カバチ君が亡くなったこと、千影が亡くなったこと。
全ての原点はカバチ君の夢話だと、シツキは真っ直ぐ能力者会議室へと向かった。
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たくさんの能力者が集まる会議室。
ツォルトを筆頭にシャン、シツキ、ミツキ、そして数人の能力者たち。アールはサポートで同席している。
この席でしか見れない一部の人間も居るようだ。
「本部内で謎の事故死をした二人の人物。エンナ・千影と河内マサル―カバチ君について皆で話し合いたい。特にシツキ。お前が精神世界で目にした事を先に述べ、そして其れが一体何か、侵食型か通常型か…はっきりさせる。」
ざわざわと騒ぎ立てる会議室の中、シツキは自分が感じ見たことを全て話した。そしてシツキの言分に異議を立てた女性が居た。
「…それは本当の話ですか? でたらめではないのですか?」
「……事実としか言わざるを得ない。俺はカバチ君の夢の中で千影さんと対峙していた悪夢……ヒルイトと接触し、奴を葬った。その後……カバチ君が千影さんを背中から……。」
「でたらめにしては濃い話だと言う事は分かりました。ですが…悪夢は倒したのに、どうして二人が死ななくてはいけないのですか?」
「それについて話し合おうと言うのだ。…君の発言は確かに理解している。ただもう少し掻い摘んでじっくり話す事にしようじゃないか、……ソラ君。」
ソラ・オート・バスカー。女性、18歳。αから派生した弱いαの力を持つ能力者である。彼女は男も顔負けで貴族出身。上から目線で気が強く、リーダーシップが似合う。
しかし能力者には階級はない。全てが平等であり、不公平は存在しないのだ。
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会議に掛かった時間は2時間程。色々な意見が交錯していく中、途中気分が悪くなり退席していたミツキは廊下で皆が出てくるのを待っていた。
「あっ、終わったの?」
「大丈夫ミツキ。ビューイングの能力を持つ貴方だから、長時間の堅い話には耐えられないだろうとは思ってたけど案の定だったわね。でも顔色良さそうで何よりだわ。」
「ねぇ…シツキは?」
「シツキはまだシャンと中に居るわ。会議自体は終わったから入っても平気よ。私は悪いけれど仕事に戻るわ。」
アールは真っ直ぐ自分の仕事へと戻っていった。
ミツキはそのまま会議室に入ろうと開いているドアに足を掛けたとき、中から3人の声がした。
踏み込んだ足を戻して僅かに中が見える場所にミツキは佇み、中の様子をそっと見つめる。
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会議室にまだ残っていたのはシツキ、シャン、ソラの三人だ。
精神世界での出来事に対し、ソラが未だシツキに強く当たっていた。
「ふざけないで! あなたの力は本物なのに……それじゃ二人を守れなかったのと同等の台詞じゃないのっ。」
「…確かに…そうとも言い切れる。しかしその前に千影さんが能力を失敗した所から始まった。俺もトレーニングを受けていたのに気付いたらカバチ君の夢の中に。……正直俺の夢の中と思ったがそれは違った。確実にカバチ君の夢の中で起こった出来事なんだ。」
「だけど現実に戻ってくればエンナ・千影は瀕死。河内マサルは意識不明の重体…その後、息を引き取った。これは必然的ではない、夢の後遺症? それも違う。もしヒルイトの仕業なら滅した時点で二人は無傷の筈。どうしてあなたは無事なのよ?!」
「………わからない。俺もそれが不思議で他ならない。もしかすると近い内に意識に異変が起こるかもわからない。だが俺が無事で二人が亡くなった事に関しては何もわからないままなんだ。」
ソラは暫らく黙り込み顔を俯かせた。
シツキとの口論をじっと、ただじっと佇み聞いていたシャンは静かに踵を返すと会議室を出て行く。そこでミツキと鉢合った。
「どうした、シツキなら中だぞ。ただ今は……入り難いかもしれんな。」
ぼそりと忠告のようなものを溢すとシャンは長い廊下を歩いていった。
ミツキは暫らく眺めて居たが、二人の間に入れないことが分かればその場を立ち去った。
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夕方――
薄らと消えていく夕日を本部2号館の屋上から眺めていた。
そよそよと風で靡く金糸のような細い髪は背後に何時の間にか立っていた人物を察知し、振り向いた。
「何。私を嘲笑いに来たのか。」
「…そうじゃない。だがシツキの言葉は間違いない。ツォルトもその線で詳しく進めると言っていたからな。」
「なら何しにここへ?」
「シツキに憧れているのか、それともシツキが憎いのか?」
「何……っ!」
ソラは振り返り様にローキックをお見舞いしようとした。だが武術を習っていたシャンはソラの蹴りを簡単に受止めてしまう。
「私は別にあいつのこと、何も思ってない。ただ…何処かであいつが……何か危険に巻き込まれてると思うと……」
「…フッ。あいつは心配いらない。何があろうと自分だけは棄てない男だ。」
「だと、いいんだが……。」
夕日が消えた頃には辺りはすっかり暗闇に染まっていた。

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