僕の名は、ティガー。
2歳の、チョッとシャイな男の子。
僕はキジトラ。元はノラネコ。
でも、僕の両手は真っ白。そして、両足の先も真っ白。
みんなは「白い手袋と白いソックスを履いたネコ」って言うんだ。
おまけに、胸元も真っ白、モフモフなんだよ。
この「箱」は僕が2歳の誕生日にパパさんからもらった、大切な「箱」
この「箱」で何をしようかな、っていろいろ考えたけど、
僕はこの「箱」に書きたいことを書くことにしたんだ。

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2010/8/31
今から15年ほど前の出来事です。
まだ、今のマンションに移る前、横浜は港北区・日吉の賃貸マンションの時代でした。
上兄ちゃんが小学校の低学年、下兄ちゃんが幼稚園の頃のお話です。
賃貸マンションは5階建てでしたが、パパさんたちは1階に住んでいました。
1階には小さいながら専用の庭があり、花壇を作り、季節の花を育てていました。
そんなある日のこと。
庭の埋め込みの草の間から「ミャー、ミャー」と声がしました。か細い声です。
草の間を覗いてみると、仔猫がうずくまっていました。真っ黒いニャンコでした。
まだ生まれたばかり… お母さん猫はどこへ行ってしまったのか… 暫く様子を見ていました。
しかし、夜になってもか細い鳴き声は止みませんでした。
静かな夜にそれでもニャンコの鳴き声は響き過ぎていました。
仕方なく、パパさんたちは仔猫を部屋に入れ、一晩面倒を見ました。
まだ、この頃は「元気」でした。
賃貸マンションということもあり、ニャンコを室内に入れ続けることも憚れました。
なので、翌日には再び庭に開放しました。母親も戻ってくるだろうと安易に考えて。
その頃、パパさんたちは「仔猫の保護」に対し、余りにも無知でした。
少し大きくなった猫を育てたことはパパさんも若い頃にありました。
そして、実家にはその頃既に太郎さんも居ました。
しかし、まだ歩けぬ、目も見えているのか分からない仔猫に「手を差し伸べた」ことはありませんでした。
仔猫を庭に再び放ったその日の夜、仔猫の声は聞こえなくなりました。
「母親が戻ってきたのかな」
などと気楽な会話をママさんと交わした記憶が残っています。
それでもやはり、気になり暗闇の中、放った草の間を覗いてみると、何とまだ仔猫はいました。
動きません。
早速、抱え、部屋に入れ様子を見ると、「ぐったり」していました。
何とかしなきゃ、と思い、脱脂綿に牛乳を湿らせ、口元に運びましたが、舐めようともしません。
こんな時間じゃ動物病院も開いていない。
(実は救急病院もあるのですが、そんな思いはパパさんたちにまったく浮かびませんでした)
なんとか、その夜は体を摩り、撫ぜながら「命」を守ることができました。
でも、もう猶予はないかもしれませんでした。そんな気がしていました。
翌日、パパさんは会社を休み、ママさんと共に早々、動物病院に駆けつけました。
勿論、初めて行く獣医さんでした。
診察前の時間とは言え、既に先客がいましたが、受付の方に事情を説明しました。
説明を受付の方から聞いた先生が直ぐに対応してくださいました。
体は既に温もりを失いかけていました。
「もう、無理かもしれません。しかし、やるだけやってみましょう。」
先生は懸命に対応してくださいました。本当に頑張って頂きました。
パパさんも、ママさんも、もう仔猫に申し訳なく、涙が止まりません。
「頑張って!、頑張って!」と心の中で祈り続けました。
先生は一時間近く色々と施してくださり、頑張ってくれました。
でも、
暫くして先生は呟きました。
「ダメでした。もう少し早く連れて来てくれたら… でも、ここまでしてくれたなら
彼女も幸せでしょう」
先生ご自身も小さな命を助けられなかったことを凄く悔やんでいるご様子でした。
ああ、ニャンコが、あの黒い仔猫が虹の橋を渡ってしまいました。
涙が… 止まらない。
ママさんも声を出し泣いていました。 嗚咽を漏らし…
パパさんが、ママさんが、あの黒い仔猫を死なせてしまった。
なんということを…
自分達が情けなく、仔猫に申し訳なく、無力な、無知な自分達を責めました。
仔猫は診察台の上に横たわったまま、目を閉じていました。
安らかな顔でした。その表情がせめてもの救いでした。寝ているようにしか見えませんでした。
「ごめんね。何もしてあげられないで…。ごめんね、無力で…」
先生は「どうされますか」と尋ねてきた。
飼い猫ではないことを知っている先生は「処理」をどうするか、と聞いてきました。
瞬間、パパさんはあることを思いつきました。
「私達で送ってあげます。せめてもの償いです。」
と申し出て、硬くなりつつある黒い仔猫を引き取りました。
先生は仔猫への懸命な対応を「無償」でと言って下さいました。
若くて、素敵な先生でした。この仔猫に対し、精一杯対応してくれたことを感謝します。
タオルに巻かれた仔猫を抱え、部屋を出ると、受付に居た方々が
「残念でしたね。」
「頑張ったのにね。」
と声を掛けてくれました。
でも、その励ましもパパさんには申し訳ないですが「何でもっと早く…」との非難にしか聞こえませんでした。
ごめんね。本当に無力でごめんね、無知でごめんね。
帰宅の途中、仔猫のためにミルクとご飯を買いました。おもちゃも買いました。
「悔しいね。本当に悔しいね。情けないよ。」
「昨日、行ってれば良かった。この子に申し訳ない。」
「女の子だったんだね。居なくなってから分かったよ。」
「可愛い顔してたじゃないの。美形だったよね。」
「名前付けてあげなきゃ。生きてた証に。」
「『姫』ちゃんよ。私達のお姫様。姫ちゃんよ。」
「いい名前だ。この子らしい素敵な名前だね。」
自宅に帰ったパパさんとママさんは「姫」が入るほどの箱を用意し、タオルケットを入れ、
ゆっくりと「姫」を納めました。
そして、小さな体を撫ぜてあげました。
既に硬直が始まっていましたが、毛並は輝いていました。
そして、買ってきたミルクとご飯を添え、おもちゃも入れ、もう一枚タオルケットを掛けてあげました。
少ししか生きられなかったけど、天国ではお友達と仲良く遊びまわって欲しい。
そう思って買ってきたおもちゃ。
そんなおもちゃが嬉しいのか「姫」は優しい顔をしていました。
その後、パパさんとママさんは多摩川に向かいました。
スコップとママさんの書いた「姫のお墓」のプレートを持って。
珍しく素晴らしい天気。 富士山も青い空に見ることが出来ました。
「姫」を送るには最高のお天気でした。彼女もきっと喜んでくれていると思いました。
川沿いの見晴らしの良い花壇の横を選び、迷惑の掛からぬように穴を掘りました。
そして、「姫」をゆっくりと穴に納め、やさしく土を被せました。
(この行為は犯罪かもしれませんね。火葬にすればよかったのですが…)
「姫、ごめんね。天国で幸せになってね。」
そう伝え、二人で手を合わせ、「姫」を天国へ送りました。
たった3日だけの「姫」との生活。
悔しさと、情けなさと、無力と無知で終わってしまった後悔だらけの3日間。
でも、今でもパパさんとママさんの心の中にはチャンと「姫」は生きています。
あの可愛い顔、鳴き声は、今でもはっきり覚えています。
パパさんとママさんは貴女に多くを学びました。
「姫」、貴女の死を決して無駄にはしない。
そして、あれから15年。
今、貴女とのことを教訓に、貴女の弟たち、ティガーとシーマをしっかりと育てています。
ごめんね。姫。
ありがとう。姫。
貴女がいたから。

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