人はいつも変わりたいという
(変身願望)が皆あると思う。
「今よりも美しくなりたい!」「もっと痩せたい。」「もっと強くなりたい!」「もっと上手くなりたい!」「もっと偉くなりたい!」
よって努力をして行動に移す。
ほとんどの場合そう簡単には長続きはしない。
なんでもそこそこにこなせる器用な人が希に居るけど、一生に一つだけ自分が生きた証を残したいと考えるようになる。
「努力はしているのだが中々向上しないとつまらなくなり、挫折!!」
「他人に認めてもらわないと感じると納得できなくて放り投げる。」
「ステージをクリアー出来たら自分の中で終了と決め付ける」
僕はこれを繰り返すかもしれない。
いや、人は皆これの繰り返しなのかもしれない。
大切に大切に積み上げてきた
積み木を一瞬で粉々にする事を時としてやってしまう。
「変わり者」と言えばあまりよくない人のように感じるけど「普通だ」と言われるよりも優越感がある。
よく長所を伸ばす教育を推進しているが、どこが果たして自分の長所なのだろうか?
面接の履歴書で自分の(長所・短所)を書く欄が儲けてある。
自分では長所と思っていたことも実は世間で障害となる事だってある。
社会に出れば皆自分は本当の自分では無くなる。
実は今の
(ニート)と呼ばれている人たちはそこを訴えたいのではないだろうか!?
彼らは変わりたいのだ! いや、「変われる自信はある!!」が、変われた自分が既に見えているんだな・・・
(未来の自分のポジションも・・)(そこそこ裕福な生活も・・・)(先代の後姿を追うような・・)
壮大なスケールのゲームをやってると時々思うの、結論は皆同じ方向性なのよ!! 人の幸せとか・・自然の大事さとか・・・世の末だとか・・
先が解っているつもりになるんだよ。ゲームのテーマが大きいほど・・・
だから目先の努力が馬鹿馬鹿しくなるんだよね!
これは情報が溢れているのも大きな原因の一つだ。
占いよりもリアルで大体の自分の未来予想図が小学生でも見えてくる。
夢のような架空の未来図が乏しくなってくる。
例えは悪いが昔の子供はラジオや本で何年も前の情報を見、聞き、パソコン以上の回路で想像を膨らませていた。
現代は考えるより先に(キーボード)を叩いている始末だ。
パソコンはもしかすると現代っ子にとって何でも教えてくれる(神)と成っているのかもしれない。
僕も含めて、これで子供の人格形成という意味で
パソコンは・・
情報社会は「アリ?」 なのかと思った今日のつぶやきである。
人格形成の意味で(アダルト)(ホラー)よりも問題は大きい。
パソコンいや、情報社会自体を15歳未満あるいは、20歳未満・いずれ立ち入り禁止となる条例が制定される日が来るかもしれない。