今、ラジオを聞く方はどれほどいらっしゃるのだろうか!?
ラジオは何かをしながら聞けるのでお仕事中でも運転中でも寝ながらでもOK!運転の仕事をされている方には唯一のコミュニケーション?かもしれない。
災害の時などにはラジオは思い出したように見直されたりするものだ。
特に若者のラジオ離れは顕著で意識して聞いたことさえないと言う人もいる。
僕も車を運転する時位しか聞かなくなり始めた。
一人で夜中にドライブする時など、ただ車のエンジン音。それと風を切る音。その他は何も聞きたくない時もある。男にはそんな時がよくあるものだ。
音楽は時にハッピーな気持ちを盛り上げてくれる演出をする。
傷付いた心を癒してくれることもある。
今の若者(僕も加えてね!)は食べ物に関しても好きなものしか食べようとしない。音楽も好きな音しか受け付けない。
故に半ば強制的なラジオ番組のルールに着いて行けなくなりつつあるのだ。
かつてはラジオは唯一の娯楽だったのかもしれない。
だが、今は違う。 i-potなど優れたアイテムが千円以下で手に入ってしまう。ある意味恐ろしい時代でもある。ラジオよりも安いかも・・・
これからは様々な分野でマニアック化が進んでいくことであろう。
これは教育の分野でも同じこと。
長所を伸ばしていく。ある分野では飛びぬけた才能を持つがそれ以外には何の関心も持たない偏った青年ばかりになる。少し不気味な感じも漂うが・・・
音楽もさらにジャンル分けが細かくなり、国民的スターと言う言葉は死語になるかもしれない。
アメリカでは既にラジオ離れが日本よりも深刻で音楽も食も芸術もシビアな問題を抱えている。
もはやカントリーミュージックは一部のマニアックな方々に支えられ、逆に他国民に支えられているような有様なのだそうだ。
その点では食に関して大いに見習うべきである。
海外では日本食はブームだからである。
日本人だから寿司が好きで天ぷらが好きだと決め付けてはいけないのだ。
(酢)が(生魚)が苦手な人もいるし。僕自身(天ぷら)は体が受け付けない。
味覚や聴覚は世界共通。「いいものはいい。」
(演歌)はまず日本で売ろう、日本の若い世代に受け入れてもらおう。などと考えるのは少しおこがましいのかもしれない。
世界は広い。日本語の美しさ。コブシの素晴らしさ。演歌のリズム。
これを世界中の人たちに聞いてもらわないで「どげんする!!」
だから僕は外国人ファンを大切にするし、余程日本を理解してくれる大切な方々だと思っている。
(六本木)が好きな理由はいろんな国の人がいるし、堂々と日本語でド演歌を自信満々に唄える。これこそ(愛国心)そのものである。
そして僕のつたない歌を「ブラボー!!」と言ってくれる純粋な人に出会えるからだ。
昔から「何でこんなにかっこいい音楽を世界に配信しないんだろう?」とは常に感じていたものだ。
嫌いなものを押し付けるようなことをしていては日本の歌謡曲は廃れるだけだ。
発想の転換だな。
異文化を取り入れた諸先輩方々のご苦労は認めるし反論すらない。が、日本の宝!演歌を聞かせないで僕は終わりたくはない。