このページでは正規オリエント急行の廃止後、観光クルーズ列車として運転された「オリエント急行」について記述します。2008年KATOより発売のNゲージモデル「オリエントエクスプレス’88」もこちらに含まれます。
なお、「オリエント急行」という列車自体の基本的な情報、車輛個々の概要については
http://star.ap.teacup.com/sunop/64.html
からのページを参照してください。
1.ヴェニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス(V.S.O.E.)

海運業で成功を収めたジェームズ・B・シャーウッド氏が、
・文化遺産の保全的意義
・往年の豪華な汽車旅を楽しんでもらいたい
・自身、鉄道ヲタクとしての究極の道楽
といったコンセプトに基づき、私財を投じて1982年より運転を開始した観光クルーズ列車。冬季を除いて月数便ペースで定期的に運行されており、日本からでも普通に指定を取って乗車が可能な唯一の存在。現在一般に「オリエント急行」と言う場合この列車を指す。
http://www.orient-express.co.jp/web/luxury_jp/luxury_travel.jsp
車輛は最終期まで運行され、オークションに出されたものを購入した他、個人所有、山の中で朽ち果てていたものまで、欧州中を巡って1輛ずつ収集。ワゴン・リの工場に持ち込んで復古したもの。当時の設計図、技法、材料に基づき、可能な限り関わった職人まで呼び寄せてオリジナルの姿に「戻した」もの。このため作り直した部分が含まれる他、食堂車とバーサロン車は、プルマン車などを母体に新たにデザインした車輛である。これらオリジナルのデザインはアール・ヌーボー風インテリアデザイナーのジェラルド・ガレ。
所属車一覧
寝台車
S型3309
Lx型3425,3473,3482,3483,3525,3539,3543,3544,3552,3553,3555,
食堂車(プルマン改造)
4095,4110,
プルマン車(食堂車として運用)
4141
バーサロン
3674,
サービス車(スタッフ控え車兼荷物車。Y型)
3912,3915
運転は往年のロンドン−イスタンブール基本ルートである「ゴールデンアロー」「フレッシュドール」「アールベルクオリエント急行」を基本にしており、ワゴン・リで組成された本尊はドーバーに面したカレーからディナータイムを走ってパリでスイッチバック、スイスで夜明けを迎えオーストリアアルプスを馳せてインスブルックで再度転向、ブレンナー峠経由でイタリアに入り、海に浮かぶヴェニス・サンタルチア駅を終着とする。所要27時間。
尚、当初は「シンプロンオリエント急行」のルートをベースに長大トンネル「シンプロントンネル」を通るルートで設定したため、列車名に「シンプロン」の文字が入っているが、豪華列車で22キロ真っ暗闇でもないだろという理由から、チロル地方を走るルートに変えたと聞く。但し、ルートはこればっかりではなく、シンプロン峠経由でも走る他、オリジナルのルートを経由してのイスタンブール行き、東欧諸都市を含めた欧州一周など、様々なクルーズ運行が設定されている。イタリア国内日帰りルートなどもあり、新聞広告の「ローマから2時間オリエント急行に乗車!」などのパックツアーはこれを使う。ちなみに東欧エリアに顔を出すことは滅多にないため、たまに走ると沿線は鈴なり大騒ぎとなり、その状況を捉えた動画がわんさかアップされたりしている。
運営はシャーウッド氏が設立した「オリエント・エクスプレス・ホテルズ」社が車輛の所有と接客を司り、ダイヤ通り走らせる部分は各国鉄道との綿密な連係プレーによる。食堂車3輛を中心に青きプリマドンナを両翼に連ねた15−17連の大編成は、各国第1級の機関車と運転技術を要求し、荘厳華麗な「ヨーロッパ大急行」の姿を現代に伝える。折々で各国が所有する動態保存機・蒸機が先頭に立つのは粋な計らいと言えるだろう。
復古車とはいえ、車齢が80年に達するのはいささか気にはなるが、21世紀に入り台車を交換し、念入りにメンテされ常にピカピカの姿は、まだまだ走る気満々と言った風情で心強い。ちなみに最近エアコンを搭載したという話を聞くが確認できていない。但し全車禁煙になったのは時代の変化か。金貯めて乗りに行くからどうかそれまで頑張っていてくれ。
2.ノスタルジー・イスタンブール・オリエント・エクスプレス(N.I.O.E.)
「オリエント急行’88」来日編成。
オリジナルのオリエント急行終焉間近い1976年、スイスの旅行会社イントラフルーク社の社長であったアルベルト・グラッツ氏が、当時現役であった14輛のワゴン・リ車を手始めに購入し、運転を始めた観光クルーズ列車。定期ダイヤは持たず、客船の世界クルーズ同様、立ち寄って観光し、また移動といった形で欧州随所を巡っていた。「銀河鉄道999」に似た、と書いた方が判りやすい向きもあるかも知れぬ。車輛はイ社が所有、接客は本家ワゴン・リが担当した。
向こうのファンが記録した1983年3月31日のN.I.O.E.
Paris - Vienna - Sopron - Budapest - Bucharest - Sofia - Istanbul, departure Munich, March 31, 1983:
Sleeper LX16 3475
Van F 1283 Kitchen added
Restaurant exWSP 2741 ex Sud-Express
Pullman WP 4161 Cote d' Azur
Pullman WP 4158 Cote d' Azur
Bar WS 4164 ex Train Bleu
Sleeper LX16 3480
Sleeper LX16 3472
Sleeper LX16 3542
Service exWP 4013 Showers
Sleeper LX16 3537
Sleeper LX20 3551
Sleeper LX16 3487
Couchette Bc SBB Staff
1988年、フジテレビがイベントで「パリ発東京行き」オリエント急行を走らせるという壮大な計画をブチ上げ、紆余曲折を経てこれにN.I.O.E.編成がエントリー。途中ソビエト区間は台車交換してユーラシアを横切り香港まで走破、海路日本へ上陸し、ここに正規ワゴン・リ客車がJRの一員として所属、日本列島を走り回るという鉄道史に残る偉業が成し遂げられた。
前記V.S.O.E.では復古作業を行ったが、N.I.O.E.は特段手を付けず、1976年の状態を存置使用、来日編成もそのままである。但し乗車したロンちゃんこと吉村光夫氏のレポを見ると、寝台車キャビンの照明は蛍光灯になっている。但しプルマン、バーサロン、食堂車は電球照明。
また、日本国内走行に際しては、欧州車であるため軌間と限界支障が問題となったが、車輛側では台車をTR47に履き替え、ステップの切除と荷物車の監視ドーム(SL時代のブレーキ係員用であり、この当時無用の長物)の付け替えが行われた。JR側では一部施設の移設を行って通過に備え、連結器の相違から、ネジバッファーを一端に備えた控え車を2輛用意、11連のN.I.O.E.をこれら控え車が左右からサンドイッチする13連で運行された。KATOが模型化したのもこの控え車込み下記13連である。
←東京
オニ23−3909(スタッフ控え車)−1286(荷)−3354(食)−4158(P)−4164(B)−3551(Lx)−3542(Lx)−3480(Lx)−3537(Lx)−3472(Lx)−3487(Lx)−マニ50
→大阪
ここで、マニ50はベッドカバー類の輸送など本来の荷物車として大いに利用された。オニ23はナハネフ23改造によるパビリオン車で、中はスポンサーである日立の手によりハイビジョンシアターが設けられていた。
同列車は年末に今や伝説のD51−498復活運転でフィナーレを迎え、昭和天皇崩御で動揺する1989年1月9日、海路欧州へ戻った。しかし残念なことにその後イントラフルーク社の経営が破綻、N.I.O.E.所属車はスイスの財団TEAG(Transeurop Eisenbahn AG)へ受け継がれた。運転はその後も行われているが、ドイツ語wikiには裁判係争中との記述もあり。
http://www.railfaneurope.net/pix/CIWL/Pullman/4080Ws070913.jpg
これは2007年の撮影。動いてるかい?
日本運転時連結されなかったクルーズサービス車4013の2007年。
http://www.rail.lu/materiel/cierpullman4013.html
壊しているのではなく、チェコで大元のプルマン車に復古するそうで。
公式サイトは
http://www.orient-express.ch/
ドメインだけ生きているような状態である。
但し、来日編成中のプルマン4158だけは箱根のラリック美術館にて、表記「東シナ」もそのまま、同館の作品の一つとして展示され、中でお茶を頂ける。現在日本国内で見て触れることの出来る唯一のワゴン・リ車現物であり、維持管理についても努力が払われている。一度見ておいてもよいだろう。なお、N.I.O.E.所属車個々の追跡については、次記事「オリエントエクスプレス’88」を参照されたい。
3.プルマン・オリエント・エクスプレス(P.O.E.)
ワゴン・リ社は現在、欧州各国で列車内の供食・接客サービスを主な事業としている。日本におけるNREやJR東海パッセンジャーサービスのような会社である。
同社がフランス国内の鉄道記念物車を中心に組成し、チャーター運転しているのがP.O.E.である。名の通り寝台車は含まず、食堂車、プルマン車、バーサロンのみで組成される。最高クラスのフランス料理と、バーサロンでのひとときを本家ワゴン・リ社の接客でお過ごし下さいという存在である。
食堂車2869,2976,2979
プルマン車4159,4151,
バーサロン4148,4160
今現在も走るという点ではV.S.O.E.と同様であるが、イベントで列車ごとお貸ししますという日本のジョイフルトレインのような形態であり、おいそれと乗ることは不可能。旅行会社が組み込んだツアーでも企画してくれる必要があるが、日本からという話は昨今聞かない。
http://www.pullmanorientexpress.com/
運行開始は1987年だが、2003年に大規模なリフレッシュが行われ、内装をリメイク。チューブ幌、ミンデン台車を装着し、許容最高速度160キロの性能を確保して戻ってきた。ワゴン・リ社のカンバン背負ってパリを中心に近郊に顔を出している。
「オリエント急行」を名乗る列車は以上。なお、この他にスイスやオーストリア、オランダなどがそれぞれワゴン・リを数輛ずつ所有、イベントでSLや古典機に牽かれて「プルマンサービス」を展開している。
ワゴン・リのいいところは、スペインからソビエト。ギリシャからエジプト(!)まで入っていたため、どの国のどんな機関車が牽いても良いことである。これは何でもいいし、全て集めたくなるという諸刃の剣であるとも書ける。
日本仕様も同様で、ゴハチ、D51を始め主力機一通り牽いた他、JR貨物の新型機関車が牽いても別段構わないであろう。今この一族が来日したらアナタなら何に牽かせるか?伝説の存在に実物通りをお仕着せる必要はどこにもない。
Nゲージが世界共通規格を採用したのは「同じ線路で世界の列車を」というモデラーズドリームが求めた故である。それを実物レベルでやってのけたのがこの列車である。だったら「世界共通規格」を存分に生かして楽しもうではないですか!

(参考資料)
http://tvnp.rail-france.org/voitures_CIWL/voit.CIWL.html
http://trains-worldexpresses.com/200/209.htm

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