水曜日、僕がスタッフを勤める作劇塾の塾長が、授業で飲み会の重要性について説いていた。
それについて思ったことがあるので、ちょっと書きましょう。
私、菅野秀晃は、過去飲み会が大嫌いだった。
しかし僕自身、お酒も喋るのも大好きなので、仲間内での飲み会は大歓迎だった。
それはもう、毎日のように友人たちと飲んで吐いて、バカ騒ぎをしていた。
そんな僕が苦手としていた飲み会とは、一体どんなものなのか?
マンガ家になりたくて入った専門学校での飲み会が嫌いだったのである。
その飲み会は、アイデアテクニックという授業の講師だった中山市朗先生が、自分の書斎を学生たちに開放して行なっていたものだった。
周囲は僕の同期生と、先輩ばかり。
先輩たちは、その飲み会の席で、いつも中山先生と創作についての激論を飛ばしていた。
もちろん、たまには「カレーにはソースをかけるか、醤油をかけるか」なんて、どうでもいい話もあった。
ちょっとHな話もあった。
僕はそんな輪の中に入ろうとせず、中山先生の書斎の隅っこで、気の合う同期生たちと集まって、お酒を酌み交わしていた。
輪の中に入れなかった理由は、今となってはよく覚えていない。
おそらく遠慮があったからだろう。
先輩たちは、知識量が半端じゃないほど強大に見えたし、中山先生と普通に話ができているだけで、すごいと思っていた。
中山先生は、ベストセラー作家である。
何を話していいのか、わからなかったこともあったし、話をすると自分のすべて見透かされてしまいそうで怖かったのだろう。
業界人とまったく接点のなかった高校上がりの僕からすれば、それほどオーラがあったのだ。
先輩の一人から、「お前らだけで固まってないで、俺らの輪に入って話をしろ!」と説教されたこともあった。
「ダルい奴がダルいことを言いにきたぜ」
なんて思った。
だってその輪に入ったら、僕は何も喋れなくなるから。
人間とは不思議なもので、自分が受け入れることができないものを否定する傾向にある。
つまり先輩や先生と話をしない僕は、「あの人たちとは話が合わないから、自分から距離をとっているのだ」なんて決めつけていたのだ。
気の合う人間たちとだけ話していればいい。
それが一番楽しい。
そんな心の声が態度に現れていたのか、飲み会の席で、僕は先輩たちから吊るし上げにあった。
「お前はそんなことで業界人になれると思っているのか!?」
「もっと話をしようぜ!」
などなど。
すごくダルかった。
だから、あまり中山先生の書斎で開かれる飲み会には参加しなくなっていった。
先生のゼミは取っていたので、節目ごとの飲み会には顔を出していたが、別に先生や先輩たちと積極的に絡むことはなかった。
それがマンガ家になることと、なんの関係があるの?
と思っていた。
(この頃も、まだマンガ家を目指していたのです)
そのゼミは、班ごとに分かれて映画を撮るという授業だった。
ある日、僕の班の映画がゼミ内で最優秀作品に選ばれて、その打ち上げで先生の書斎で行なわれている飲み会に参加した。
先輩たちとも、映画の話をした。
「あそこは、もっとああするべき」
「あの演出は、なかなかよかった」
などなど。
先輩たちと絡む飲み会も悪くない、と思った。
ある日、尊敬する先輩の一人と、こんな会話をしたのを覚えている。
先輩「なあ菅野。人と話をするのは好きか?」
ボク「はい。嫌いじゃないです」
先輩「でもお前は、仲間内でばっかり固まってるやろ。俺らと絡みづらいと思ってないか?」
ボク「それは、あるかもしれません」
先輩「人っていうのは、自分と違うことをしてきてるやろ。例えばお前が『笑っていいとも』を見ているとき、『思いっきりテレビ』を見てる人だっておる。20年間生きてきた2人がおったとしても、まったく同じことをしてきたわけじゃない。だったら誰と話をしても、面白いことが見つかるんちゃうか?」
この例え話はさっぱりわからなかったのだが、後々思い返してみると、この先輩は「同じ業界を目指しているんだから、情報交換をしろ」と言いたかったのだろう。
それも同期生とばかりではなく、先輩や先生の経験から、普段どんな考え方をして、どんなモノの見方をしているのかを観察しろ、と。
それからは、先輩たちが飲み会で話している内容に聞き耳をたてるようになった。
僕がマンガから文章へ転向したときも、先輩から顔を覚えてもらっていたので、その先輩を経由して中山先生から仕事をいただいた。
(専門学校は先輩と交流する場が飲み会くらいしかないので、厳密に言えば飲み会で初仕事をゲットしたことになる)
そこから、ライターの勉強をしながら小さい仕事をポツポツこなし、ゲーム会社に入ってシナリオを書くことになる。
社会に出ると、あまり面識のない人たちと飲み会をする機会が増えた。
昔の僕なら帰っていただろうが、誰かと仲良くなったとしても、マイナスはない。
というか、この世界でお金を稼いでいる人たちから気に入ってもらえたら、仕事をいただける可能性が高くなる。
実際、そこで仲良くなって、仕事をもらったこともある。
ようやく気づく。
飲み会の大切さに。
それは一種の営業でもあるのだ。
そして何より、自分の知らない情報が必ず手に入る。
その情報とはなんでもいい。
「この間、どこどこのラーメン屋に行ったけど、マズかった」という話も情報のひとつ。
「この仕事はこうやって取った」というのも貴重な情報だ。
「あの作品は面白い」とか「児童ポルノ禁止法とは、こういうものだ」とか、すべて情報である。
多くの人と交流をもつことで、得られる情報量も増える。
情報とはフリーで生きていく以上、絶対に必要不可欠な要素である。
そして、相手を知り、自分を知らせる。
これが仕事を手に入れる最大の近道。
気軽にそれができる場こそが、飲み会なのである。
過去の僕のまま「飲み会が苦手」と言って、アピールをすることがなかったら今の僕は絶対にないし、考え方も視野も狭い、非常につまらん人間になっていただろう。
当時の専門学校の講師、中山先生が現在塾長を勤める作劇塾の講義を聴いて、思い当たった。
当時の僕が、飲み会を苦手だった理由は、自分が喋らなかったからである。
自分が周囲に興味を示さなかったからである。
今思えば、当時から先輩方や先生にだって、色々聞いておかなければならないことはたくさんあった。
塾長は言う。
「色んなことに興味をもとう」と。
まずは周囲の人たちが、何を考えて、どんな行動をしているのかに興味をもとう。
そして自分のアピールをしてみよう。
すると、きっと飲み会は面白くなる。
いかに人に気に入られるか。
フリーでやっていくのであれば、一番大切な要素。
気に入られなければ、誰も仕事をくれないオソロシイ世界なのだ。
中山市朗先生が塾長を勤める作劇塾は、その大切さを提唱している。
僕はそこのスタッフでありながら、文章を書く仕事をしている。
この塾は専門学校と違うので、スタンスがひどい塾生には説教をしたりもする。
それが僕の塾での仕事の一環だから。
しかし、そんな僕が飲み会にいるからこそ参加したくない、との意見があれば、僕は今後塾内での飲み会には参加しない。
その代わり、参加できる塾生には、どんどん飲み会に出て、塾長や先輩塾生たちと交流をもってほしいのだ。
絶対に大切だから。
それで僕は、文章の仕事ができるようになったのだから。
なんだか彼らを見ていると、20歳の頃の自分を見ているようで、すごく歯がゆい。
他人とうまく話せない塾生を見ていると、すごくもったいなく思う。
塾生じゃない人に対してだったら、ライバルが減ったと思うだけだが、塾という縁があって出会ったわけだから、僕ができることならなんでもしたいというのは本音である。

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