2009/7/23  20:13

最初の一歩!no.1  隣の虹に。



「えぇ?野球部がない?」
 入学から一週間が経った。それなりにこの学園にも慣れ、迷うこともなくなってきた。
 しかし、流石の理央もこの事実にはぶっ飛んだ。
「あぁ、聖蘭は元々女子校だからな。別に野球部がなくたっておかしくないだろ?」
 担任の若い教師───でも名前は古井───は至極当たり前の様に言った。
「なんだ、そんなことも知らずに入学したのか?」
 理央は古井を見上げ苦笑した。
「元々滑り止めだったんで。第一、第二志望の学校はインフルエンザで受けさせて貰えなかったんです。」
 理央の言葉に古井も苦笑した。
「滑り止めに受ける学校じゃないだろ、うちは。」
 聖蘭学園高校は県内で高いレベルの私立進学校だ。生半可な成績ではついていけないのが普通。
 理央は微笑んだ。
「とにかく、他の部に入部してくれ。」
 聖蘭は、原則全員入部である。文武両道を基本方針としているためだ。
「そんなこと言われても………新設はダメなんですか?」
 古井は予想していたかのように苦笑した。
「とりあえず五人集めて顧問を見つければ同好会が出来る。部への昇格はまた新たに条件があって………まぁ、教師の俺が言うのもなんだが、難しいと思うぞ。みんな嫌々入部してるからな。」
 しかし理央はニヤリとした。
「五人集めればいいんですね?」
「話を聞いてなかったのか?それと顧問だ。」
 呆れ顔で古井が訂正する。
「先生はダメなんですか?」
 古井は真顔になった。
「ダメだ。俺はバスケ部の顧問だからな。」
 理央も期待はしていなかった。
「どーも、先生!」
 古井は去っていく理央の後ろ姿を見つめた。
「久成、理央………か。」
 踵を返すと職員室へと戻った。

    ★

「残り4人、って事だよな………?」
 とてもじゃないが、成績のよさそうな者の科白ではない。
 そもそも、野球は九人だ。五人でどうやって戦うと言うのか。
「まぁ、数打ちゃあたる、って事で。」
 翌日、理央は下駄箱に部員募集の貼り紙をした。内容は、こうだ。
『野球同好会員募集中!詳しくは1―C久成まで!』
 古井の予測通り、全くもって集まらなかった。
「ちょ、ちょっと理央!」
 放課後、まりかは周りの好奇の視線に居心地が悪そうにしながら理央の傍に寄ってきた。
「何?これ。」
 まりかは例の貼り紙をつき付けてきた。
「見ての通りだよ。」
 理央は気にせず、まりかの頭を小突いた。
「いたっ。………野球辞めたからここに来たんじゃないの?」
 理央はまりかを見つめた。彼女は目を伏せた。
「………もう、あんな理央見たくないよ………」
 理央は黙っていた。
「………瑛の為?」
「違う。」
 理央は即答した。
「なら………?」
 理央は振り切る様に笑った。
「いいだろ、別に。やりたくなったからやるんだ。」
 しかしまりかは心配そうに理央を見つめていた。本人も気付かない、強がりの癖を知っていたからだ。
「そっか………。頑張ってね。」
 まりかは苦しげにそう言うと背を向けて教室を出ていった。理央は目を逸らした。
「ねぇ、久成くん。えっと………楠田さんと付き合ってるの?」
 逸らした先で、クラスメイトと目が合ってしまった。
「いや、ただの幼馴染みだけど。」
「そっかぁ!よかったぁ………」
 理央は困惑した。
「ごめん、えーっと………」
 理央は人の名前を覚えるのが苦手だった。
「あ、名前?あたしはね───」
 その時扉が開いた。
「おい、お前が久成か?」
「そうだけど。」
 クラスメイトは話を遮られ、かなり不服そうだ。
「『そうだけど』?『そうでございます』だろ?」
 隣の小さな男が不愉快にケラケラ笑う。
「英、うるさい。」
 見るからに、「不良」な大きな男が笑って汚い歯が見えた。
「さて、久成くん。我が校で勝手なことやられても困るねぇ。」
 ひらひらと貼り紙を振って近付いてくる。
「俺たちが学校の秩序を守ってる訳。こういう事、やめてくれるかな?」
 左腕を掴まれ、思わず反応してしまい苦笑する。
「あ?何笑ってる?」
「いや、自己紹介より握手が先なのかと思って。」
 スラスラと言葉が口をつく。その間に理央は相手の観察を終えていた。
「おい、『佐久間軍団』をなめてっと───」
 隣のクラスメイトがびくっと体を揺らす。どうやらこの学園で名を散らしているらしい。
「いい、英。なかなか度胸があるな。俺は土屋だ。」
 理央は手を振り払った。
「『佐久間軍団』の土屋さんね。通りで有名だと思った。」
 理央は皮肉たっぶりに笑った。土屋は顔を曇らせた。
「おい、口が過ぎるぞ───」
「せめて佐久間さんに来て欲しかったかな。ずいぶんなめられたね。」
 土屋の腕が怒りに震えて挙がり、悲鳴が聞こえた。
「っ!」
 理央は苦もなく腕を掴むと、力を込めた。痛みに歪む相手の顔を見据えて笑う。
「同好会に参加しない?」
 手を放すと、土屋は何も言わずに踵を返した。理央は鞄を抱えると教室の扉を開けた。
「わぁ!」
 途端に、どん、とぶつかったが、飛ばされたのは理央の方だった。
「ごめん、大丈夫?」
「ありがとう。」
 理央は差し出された大きすぎる手を掴むと立ち上がった。
「ごめん、俺行かなくちゃダメなんだ。ばいばい。」
 彼は巨体を揺らして教室に入った。理央はズボンをはたくと勧誘の作戦を考え始めた。
「昇降口で直接………」
 理央は考えてみた。
 靴箱の前に『野球しようよ!』と書かれたタスキをかけた自分が立って挨拶している………。
「………それは選挙じゃないか………?あれ?」
 理央は立ち止まった。
「………や…て……」
 途切れ途切れにしか聞こえないが、声色は拒否と、恐怖。理央は声のする方へ近付いてみた。
「おらっ!」
 ドカッ、という鈍い音の直後、ドサリと倒れた音がした。
「何してる?」
 理央は飛び出した。
 目の前には先程の土屋が血走った目をして荒い息をしていた。
「てめぇか………」
 脇には怯えた表情の先の下っ端がいた。
「これが秩序を守る、行為か。大したものだ。」
 倒れている男には見覚えがある。恐らくクラスメイトだ。彼は力のない目で理央を見上げていた。
「お、お前のせいで土屋さんがキレちゃったんだぞ。」
 今にも逃げ出しそうな子分は丸まっていた。
「うるぁぁっ!」
 繰り出された拳をかいくぐると裏拳を見舞う。怯んだ隙に男を抱えた。
「待て!」
 理央はなおも追う土屋に素早く後回蹴りを浴びせた。
「ま、待って!」
 子分もついて来て、理央は逃げた。
 しばらく走り、理央は男を下ろした。
「大丈夫か?」
 男はゆっくり頷いた。
 理央は隣で震える下っ端を引き寄せた。「何が起きた?」
 彼は言い訳がましく喚き始めた。
「教室出てからキレ始めて、手当たり次第吹っ飛ばしてたんだよ。こいつはたまたまいたから捕まった。」
 理央は男に同情した。
「ありがとう………」
 男は柴田樹と名乗った。
「君───久成くん、喧嘩強いんだね。俺、昔空手やってたのに………」
「あの人は黒帯だからな。」
 下っ端───坂田英が口を挟み、理央の視線に首を引っ込めた。
「そんなことより、坂田、お前どうするんだ?逃げたんだから、お前は戻れないだろう?」
 英は首を竦めた。
「殺されるかもな。」
 理央は自らの直感にかけた。
「坂田───お前、野球部入んないか?」
 英の表情が固まる。理央を凝視すると、大きく息を吐いた。
「助けた見返りに入れってか?」
 英は種類の違う笑みを浮かべた。
「違う。お前、野球経験者だろ?」
 英は黙った。そして四秒半の後、観念のため息を吐いた。
「よく分かったな───わかった、参加してやる。」
 英は不敵な笑みを浮かべた。すると、この会話を黙って聞いていた樹が初めて口を開いた。
「俺も───俺も参加させてくれ。」
 くるり、と理央が振り向く。
「柴田も?………ムリしなくたっていいよ。別に引き入れるために助けた訳じゃないからな。」
 と、理央は断った。
 しかし樹は引き下がらなかった。
「やらせて欲しいんだ。野球。───そりゃ、経験者じゃないから足は引っ張るかもしれないけど───」
 理央は黙って樹を見つめた。樹は退きそうになる体をムリヤリ留めて睨み返した。
「………わかった。途中で辞める、は許さないからな。」
 樹は一度脱力し、すぐに力強く頷いた。

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