リアル・神童は大人になって こうなった  身辺雑記

昨日と一昨日、
「神童」に関する映画と本を紹介しましたので、
今日は、リアルな話を。

実は、私も子どもの頃、「神童」と呼ばれた時期がありました。
田舎の町のことだし、
母親に言わせると、
「10で神童、15で才子、
20(はたち)過ぎれば並の人というけれど、
お前は並以下になった」
という結果ですから、
まあ、たいしたことはありません。

以下、前回のプログでも紹介した、
「元神童」が陥りがちな自慢話として、
笑いながら読んで下さい。

しかし、この話を人にするのは、
初めてです。
カミさんにも話したことがない。
2日続けて神童の話を書いたので、
そういえば・・・と思い出した次第。

勉強は小学校1年の時から、よくできました。
ほとんどオール5
「ほとんど」というのは、
図画工作とか体育とか音楽とか
技術を要する科目があったからで、
主要科目、頭を使う学科は、オール5でした。

勉強したかというと、したことがない。
親にも「勉強しろ」と言われたことがありません。
授業中に聞いて、全部理解してしまったようです。
小学校2年の担任の先生と
大人になってから文通したことがありますが、
そこには「一度聞いた話は決して忘れない子だった」
と書いてありました。

私は授業中は授業に集中すべきであって、
授業中によそ見をしたり、
他のことをする人は愚かだと思っています。
だって、先生が一生懸命教えてくれているのです。
その時間は「受ける」時なので、
それ以外の、他の時でも出来ることは、
その時にすればいい。

小学校2年の時に作曲をし、小説を書きました。
まあ、今思えば、児戯に等しい、
ていうか、まさしく児戯でしたが。

小学校3年生の時、学校全体で
「知能テスト」
を受けさせられ、
その結果に担任の先生が仰天して、「神童」と言い始めました。
何点だったのか、知らされたのか知らされていないのか、
記憶にはありません。

小学校3年の時、挫折を一つ。
お掃除当番について不公平があったので、
反省会の時にそれを言って、
先生がきいてくれなかったら、
席を立って、帰ろう、と決めていました。
で、実際、その時になって、
先生がきいてくれなかったので、
立ち上がり、退出を友に促すと、
友が立ちません。
仕方なく、一人で帰りましたが、
「ああ、人間というのは、裏切る者なんだ」
という認識が心の中に定着します。

その日、心配して家に来た担任の先生が
「この子は、大偉人になるか、
大悪人になるか、どちらかで、
それは親の教育次第だ」
と言ったそうです。
まあ、結局、そのどちらにもなれませんでしたが。

小学校4年の時に上京。
両親は「田舎で通用したのが都会で通用するか」
と心配したようですが、
難なくクリア。
試験問題を解いている私を覗き込んだ先生が
「○○君は、出来るね」
と言ったのを覚えています。

区立小学校から区立中学に進学。
その時の入学試験の結果が貼りだされましたが、3位。
次の標準学力テストの結果は学年1位でした。

地理の授業の時、こういうことがありました。
「誰か世界地図を描ける者、いるか」
と先生が言うので、手を上げて、黒板に向かいました。
まず、黒板の真ん中に長く横線を引きました。
次に、その上と下に点線で横に2本線を引きます。
これ、赤道と北回帰線と南回帰線。
左の方に縦線を引き、少し離れたところにあと4本縦線を引きます。
これ、0度の子午線と東経90度と東経180度と
西経90度と0度の線。
それから、おもむろに、これら補助線の上に世界地図を描いた。
これには、地理の先生が驚いた。
「今まで沢山の生徒に世界地図を描かせたが、
こんな描き方をしたのは、初めて見た」

高校は都立高校に進学。
東大合格者数上位の進学校でした。
成績は良かったですが、
飛び抜けてではなく、
それ以外の面白いことに心を惹かれていました。
NHKの「あなたのメロディー」
自作の曲で出場したりもしました。
小学校2年の作曲が実を結びます。

高校3年の受験校決定の際、
「やはり男として、最高に挑戦してみたい」
東大一本に決め、
それから勉強に集中。
あっという間に
校内テストの成績を上げたので、
級友は何が起こったのかと瞠目したそうです。
これ、集中力のたまもの。

冬の予備校の模擬テストで、
「志望校(東大)合格可能性80%」が出ました。
可能性100%はあり得なく、
付け得る最高が80パーセントだったのです。

で、あっさり現役合格
その年のわが母校(都立小山台高校)の
東大合格者は41名。
現役21名、浪人20名。
高校別順位は11位。
当時の発表形式は受験番号と共に氏名も公表されましたので、
その夜はラジオやテレビ(東京12チャンネル)で
名前が放送されました。
それを見た級友が翌朝、家を訪ねてくれました。

と、順調な歩みが、大学入学して暗転
理科系の勉強が
それまでの受験勉強とは全く違ったのです。
数学、物理、化学が得意で、
理科系かと思って理科T類に入りましたが、
ああ、自分は文科系であったか、と
進路の誤りを認識。
授業が分からない、という経験を初めてしました。
人生2度目の挫折です。

それでも学内試験は通ったのですから、不思議です。
ただ、3年からの専門課程で行く学科がありません。
留年もしたし、
このままでは中退になります。
自分は「東大中退」という看板を背負って生きていくのか、
いやだな、
と思っていましたが、
東大には、専門学科に移る時に、
理科系から文科系に移れる(その逆は無理)という制度があり、
教育学部に移籍したのです。

肌が合ったのか、成績はまあまあで、
大部分は「優」で卒業。

ただ、在学時代、
ある思想運動に参加してしまったため、
卒業後、普通の会社に勤めず、
シナリオ作家を志し、
後に戯曲作家を志し、
素人劇団の運営などをして、
カミさんには苦労をかけました。
仕事は塾の講師です。

子どもが大きくなるにつれ、
講師の仕事で夜、父親が家にいないのはよくないな、
と年貢を納め、就職。
3年でやめるかと思っていたら、
28年も勤めることになるのですから、
肌が合ったのかもしれません。

その間、小説を書いて応募、
有名大文芸誌の新人賞もいただきました。
これも小学生の時の経験が実を結びました。
が、事務局長に就任し、
組織運営はそれなりに面白いものですから、
そちらに専念し、
創作の才能は錆び付いてしまいました。

勤務先では、
それまでの株や債券の知識を生かして、
資産運用に仕組債を採用。
それまでの7年間の赤字を黒字転換したのが
業績といえるでしょうか。
それと、勤務先の50周年記念事業で
企画力を発揮、華々しく記念事業を展開したことくらいでしょうか。
あとは、全国団体からの脱退
いずれにせよ、
組織の中での貢献であって、
世のため、人のためになったわけではありません。

持って生まれた能力を
生かして世の中に貢献する人もいますが、
私のように、せっかくの力を
無駄に消費してしまった人もいます。

まともに就職したらどうだったか、
と訊かれることはありますが、
大企業に勤めたとしても、
無能な上司や取締役の不正を暴いて退職、
などというのが想定されます。
小学校3年の時の「一揆魂」が発揮されたのが、
全国団体からの脱退だったのかもしれません。

というのが、昔「神童」と呼ばれた男の成れの果て。
昨日の本の感想でも触れましたが、
私は「超神童」ではなく、「普通の神童」だったのでしょう。
「並より悪くなった」は母親独特の厳しさですが、
まあ、並よりは少しだけ良かったかな、と思っています。

そうそう、15年ほど前に、
テレビで「あなたのIQ教えます」という番組がありました。
番組の中で出題した問題に答えて、
IQを自己採点する、という番組です。
試しに私も回答用紙を取り寄せて参加。
結果は、もし、スタジオにいたら1位になっていました。
しかも、バランスが正円に近く、すこぶる円満。↓

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ネットで参加した全国レベルでは、
上には上がいましたが、
スタジオレベルでは1位。
年齢要素を加算していたので、
絶対値では若い人に負けたでしょうが、
ともかく、その方式では1位。
翌年も同じ番組で挑戦したら、
やはりスタジオにいたら1位、
全国レベルでは上がいた、
と同じ結果でしたから、
まぐれではないようです。

そこで、初めて、
「ああ、自分は頭が良かったんだ」
と気づいた次第。

昨日も書きましたが、
本当に頭のよい人は、そのことに気づかない。
それが当たり前だから、
という理論を地で行った次第です。

ちなみに、父親は海軍経理学校を主席で卒業し、
恩賜の短剣をたまわった人。
母親は当時はまだ数の少なかった
高等女学校に行った人でしたから、
親の頭を引き継いだようです。

なお、私の頭は大変起動性が良く、
起床してすぐ新聞が読めたり、
文章を書くことが出来ます。
それと、生まれてから、頭痛というものをしたことがありません。
そして、何より、いつも機嫌がいい
こういう頭に生んでくれた父母に感謝です。

ただ、言えるのは、
頭の良し悪しは、
「幸福」には直接関係ないということです。
ましてや東大卒だの高学歴だのは、
幸福になる助けにはなるかもしれませんが、
「幸福」自体には全く関係ありません。

東大を出ても不幸な人は沢山いますし、
大部分の人は学歴に関係なく、
幸福な人生を歩いているのです。

神童と呼ばれ、東大を出た
鳩山由紀夫や舛添要一や
片山さつきや山尾志桜里は
どう見ても幸福には見えません。

昔、アルバイトをしていたある工場で
見た光景を忘れることが出来ません。
そこでは、工場から排出したゴミを
焼却炉で日長一日焼いている中年男性がいました。
勝手な想像ですが、
おそらく学歴も低く、
頭も良いとはいえないかもしれません。
それでも、その人は、その仕事で妻子を養い、
子どもを育て上げている、
そう思うと、その人に対して尊敬の念と、
感動を感じたことを覚えています。

頭の良さ、
それは与えられた幸運ですが、
それを幸福につなげることが出来るかどうかは、
別な才能と言えるでしょう。




2017/12/27  20:31

投稿者:自由人

おや、山下さん、おなつかしい。
その後、どうしているか、気になっていました。
なにしろ、このブログに書けない部分ですからね。
近況など、メールをいただけたら、
さいわいです。

ところで、何という言葉で検索しました?
実は、アクセス解析サービスに障害が発生し、
検索ワードが「データなし」になっているのです。
teacupに問い合わせているのですが、
その材料としたいので、
検索日時と検索ワードを教えて下さい。

2017/12/27  16:18

投稿者:山下正二郎

何気に検索で見つけたブログ。
大学から新人賞受賞辺りまでのくだりを懐かしく拝見させていただきました。
ご活躍で何よりです。
私も紆余曲折あり、現在は船橋でWEB制作の仕事を細々とやっております。70までは頑張ろうかと。

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