北朝鮮考  政治関係

朝鮮半島がかつてないほど緊張している。
原子力空母カール・ビンソンを中心とする空母打撃群が、
数日内にも日本海に到着する。
「あらゆる選択肢がテーブル上にある」
とトランプ大統領が言うのだから、
軍事力行使も排除せず
北朝鮮に圧力をかけるということだろう。

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「あらゆる選択肢」とは何か。
それほど沢山はない。

@米軍が北朝鮮の核・ミサイル施設を攻撃する。
A北朝鮮に核・ミサイル戦略を放棄させる。
B北朝鮮の首脳を交代させる。
C北朝鮮の要求を飲み、核保有国として認める。

Aは、北朝鮮は絶対飲まないだろう。
だって、あんなアジアの小国、
世界の最貧国が
相手にされるのは、
核とミサイルを保有しているからなのだから。

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Bは、北朝鮮の国内でクーデターが起こるか、
中国の圧力による。
中国が本気で
「今のままの体制では援助できないぞ」、
具体的には、原油の提供を止めるぞ、と脅せば、
あるいは一回実行してみれば、
北朝鮮が立ち行かないのは歴然としているから、
体制の変更は起こるかもしれない。
それには、金一族の命の保証、
亡命受け入れが必須となる。

北朝鮮が今まで延命出来ていたのは、
経済制裁を守らず、
中国の支援があったからなのは自明の理で、
最近では北朝鮮からの石炭輸入の停止などもしているようだから、
効果はあるかもしれない。
しかし、その時は、北朝鮮は今度はロシアの支援を頼むから、
北朝鮮を中国の影響下に置いておきたい中国としては
決断を渋るかもしれない。

いずれにせよ、経済制裁などという生ぬるいことは言わず、
原油をはじめとして、食糧を含め、
全ての提供を止める、
つまり、兵糧攻めという手段は効果があるだろう。
原油の提供を止めて、電力も生産できなくなれば、
核施設もミサイル施設も稼働できなくなる。
しかし、これには国民の多大な犠牲が伴う。

中国が北朝鮮を裏から支援するのは、
鴨緑江をはさんで直接自由主義国と対峙するのを避けるため、
韓国との間に社会主義国を置いておきたいからなので、
中国が本気で体制変換をし、
新たな社会主義国を打ち立てることを容認すれば、
この方法は可能かもしれない。

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Cはアメリカは絶対飲めないだろう。
もし北朝鮮に対して融和政策を取ったら、
アメリカの国際的地位はどん底まで落ちる。
結局、最後はアメリカは戦争をしたくない、
アメリカ軍は張り子の虎ということになる。
つまり、チキンレースにアメリカは負け、
北朝鮮が勝ったことになる。

そして、ますます北朝鮮はミサイル開発を進め、
数年以内にアメリカまで到達するICBMを開発してしまうだろう。
クリントン政権時代に北朝鮮攻撃を
犠牲が大きい、ということで断念してしまったことが
その後の北朝鮮の核開発、ミサイル開発を許し、
今のような事態を招いてしまったのだから。

ここで、北朝鮮の意図だが、
一体北朝鮮が何を求めて軍備を拡充しているか、
誰か分かる人がいたら教えてほしい。

核・ミサイルで恫喝して、一体何を得ようとしているのか
食糧の援助か。
金銭的支援か。
しかし、そのために一基15億円もするミサイルを建築するとすれば、
ずいぶんと割りに合わないことではないか。
その建築資金を産業の新興や食糧の確保に向ければ、
国民は随分豊かになるだろう。

なのに、国民の生活を犠牲にしてまで、
核開発・ミサイル開発に狂奔する理由は何か。
おそらく、北朝鮮自身もわけが分からなくなっているのではないか。
自分たちの国が潰される、
体制が維持できない、
それには軍備の拡充しかない、
と進めて来たが、
その先は、実は見えていない。

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三代目の若造が権力を掌中にして、
その面白さに目覚めてしまったのだとしたら、
国民は悲しい。
助言する人を次々と粛清して、
全くの「裸の王様」になっているのではないか。
あの自信満々の表情を見ると、
よほどの成算があるか、
世間(世界)を知らないからだとしか思えない。
おそらく後者だろう。

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とすれば、北朝鮮は、
今のまま、軍備の拡充に益々進み、
核実験をし、ミサイルを配備し、
戦争に備えることしかしないだろう。

で、最終的に、@の選択肢になる。
戦争が悲惨なことは最初から分かっている。
できれば避けた方がいい。
しかし、相手が戦争の準備を着々と進め、
戦争を是とする相手だったら、
どうしたからいいのか。
戦争を避けるためには、
相手の言い分を飲むしかないとすれば、
その「時間稼ぎ」の間に、
ますます戦争の準備は進んでしまう。

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「話し合い」を主張する人たちがいるが、
相手が「話し合い」で
「分かりました、核もミサイルもやめましょう」
というような相手でないことは、
この20年間で証明されている。
第一、何を求めているのか分からない国を相手に
何を話し合うというのか。

「平和は力によって達成される」
最近のアメリカ政府高官は言っているが、
まさに「平和」を作り出すために
「力」を備えたのではないのか。

反撃を恐れて、妥協するのなら、
それは相手の思うつぼだ。
綿密な計画を立てて、
発射台を集中的に攻撃すれば、
戦果は上がるのではないか。
北朝鮮はミサイルを少しは発射するだろうが、
精度が悪く、日本には着弾しないことを望む。
だが、韓国は被害をこうむるだろう。
特にソウルは長距離談弾の最初の発射で相当な被害をこうむる。
まさに「ソウルを火の海にする」と公言したとおりだ。
また、難民の問題も生ずる。

しかし、戦争には犠牲はつきものだ。
その犠牲をいとわずにするという決断一つだろう。
犠牲を恐れて妥協すれば、
それは戦争準備をしている者の勝ち、ということになる。

だから、戦争回避には、
Bの体制変換から
Aに至るのが一番で、
それは中国の力にかかっている。

私は、湾岸戦争の時にイラク軍が腰砕けで、
たいした反撃もなくバクダッドが制圧されたように、
北朝鮮のミサイル攻撃が有効でなく、
米軍によって北朝鮮の解放がなされるのが理想だと思うが、
理想とおりにはいかないだろう。

それだけに、中国が本気になって
北朝鮮を兵糧攻めにして、
その後、新政権を樹立して、
核とミサイルの放棄、
という筋書きが一番ベストだと思っている。

そのためには、新体制での北朝鮮への
惜しみない援助は国際的な責務だと思っている。
敗戦後、飢えていた日本国民に
アメリカの援助で届いた食糧で生き延びたように。
その時、北朝鮮の人々も
国際的な支援に感謝し、
初めて国際社会の一員となる道が開けて来るのではないか。

そして、北朝鮮が解放された時、
日本人として念願の事態がやって来る。
拉致家族の解放だ。
はじめは恐る恐る、
やがて群れをなして、
新政権のしかるべき部署に
拉致家族が申し出て来る、
その中には横田めぐみさんもいる。

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「横田めぐみさん生存」の知らせが
横田夫妻に報じられる時のことを私は夢想する。
そして、めぐみさんの帰国・・・
拉致家族の人たちが存命のうちに、
北朝鮮の解放がなされれば・・・
そのために、
戦争は避けたいが、
戦争しか他にないなら、
戦争をする、という決意が
国際社会は必要だろう。



映画『美女と野獣』  映画関係

[映画紹介]

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3年前、フランスで製作された「美女と野獣」は、
「実写化」ではなく、
元々ある原作を「実写で再映画化」したものだ、
と以前書いた。

今度の「美女と野獣」は、
正真正銘の1991年のアニメの「実写化」
しかも,本家本元のディズニー自身の手による実写化である。
曲も同じものを使い、
舞台版の曲を含め、数曲追加している。

1991年作品は、
ディズニーの第二期黄金時代の中核をなすもので、
この後、「アラジン」「ライオン・キング」と続く、
高い山脈の連なりを形作ったものだ。
なにしろ、アカデミー賞の歴史の中で、
初めてアニメで作品賞候補になったくらい、
質が高い、名作の誉れ高い完成作だった。

その名作の実写化はハードルが高く、
ディズニー自身の手によるアニメの実写化は、
「シンデレラ」「ジャッグル・ブック」など成功作が多いが、
失敗すれば目も当てられないものになる恐れがあった。

そこで、恐る恐るという感じで観たが、
最初から違和感なく
CGも効果的で、
ミュージカル・ナンバーもよく物語に溶け込んでいる。
ベルと野獣の心が次第につながれていく過程もしっかり見せるし、
ベルの母親の死の真相などという
今までにない内容も描かれている。

主演のエマ・ワトソンも、
彼女がベルをやると聞いた時は「う〜ん」と思ったが、
しっかりベルの内面を演じていた。
美人過ぎないところがいい。

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野獣のダン・スティーヴンスは、
ベルに愛情を感じ始めるあたりで、
深みのある表情を見せる。
どうやって表情を変化させるのだろう。

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ベルの父親のケヴィン・クラインはさすが。

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最後のくだりで、
一度野獣や変身させられた臣下の死を描いてから
復活させるのは、前作にはない工夫だった。

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しかし、ベルに「あなたね?」と言わせなかったのは、なぜだろう。

元の姿に復活したあと、燭台や時計やティーポットなど、
CGで描かれていたものの声の出演者、
ユアン・マクレガー、イアン・マッケラン、                    
エマ・トンプソン、オードラ・マクドナルド
らが登場し、
ああ、あの声はあの人がやっていたのか、と分からせる。

監督はビル・コンドン

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/UenUsYZW6PA

本日初日。
TOHOシネマズ他で拡大公開。

フランス版のブログで書いた
「美女と野獣」へのウンチクは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20141111/archive

タグ: 映画

短編集『不時着する流星たち』  書籍関係

[書籍紹介]

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「博士の愛した数式」で本屋大賞を受賞した
芥川賞作家・小川洋子の短編集。

様々な人物や事象に触発された物語群で、
各編の扉に、その人物や事象が英語で書かれ、
終わりに、その人物や事象の紹介がある。

以下に、題名と触発された事柄を括弧内に示す。

第一話 誘拐の女王(ヘンリー・ダーガー)
第二話 散歩同盟会長への手紙(ローベルト・ヴァルザー)             
第三話 カタツムリの結婚式(パトリシア・ハイスミス)              
第四話 臨時実験補助員(放置手紙調査法)                    
第五話 測量(グレン・グールド)                        
第六話 手違い(ヴィヴィアン・マイヤー)
第七話 肉詰めピーマンとマットレス
     (バルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表)
第八話 若草クラブ(エリザベス・テイラー)                   
第九話 さあ、いい子だ、おいで(世界最長のホットドッグ)            
第十話 十三人きょうだい(牧野富太郎)

物語と人物や事柄がどのようにリンクするかというと、
たとえば、「誘拐の女王」は、
血のつながらない姉がどこからか戻って来て、
父母と妹と暮らし始める。
姉は妹に、自分は誘拐されていて、
「子供たちを守護する会」によって救出されたのだ、と告げ、
その物語を話して聞かせる。
姉は常に裁縫箱のような箱を手に持っており、
その中には雑多なガラクタが入っていて、
救出劇で役割を果たす。
しかし、夜になると、
姉の部屋からは、
多人数の声が聞こえる。
どうやら多重人格で、
病院に収容されていたのが退院して来たのだと読者は悟る。

で、ヘンリー・ダーガーとは何者か、だが、
子供をさらう悪と戦う絵物語「非現実の王国で」を人知れず創作し、
ゴミに埋もれた部屋の中から、
アパートの大家によってその物語が発見された人。
墓碑には「子供たちの守護者」と刻まれている。

一つの事象から、小川洋子が想像の翼を広げたのがわかる。

「カタツムリの結婚式」は、
「太陽がいっぱい」の作者、パトリシア・ハイスミスから触発。
パトリシアがカタツムリを偏愛し、
300匹にまでなったカタツムリを
フランスに引っ越す時、
生きたカタツムリの持ち込みが禁止されていたことから、
6匹から10匹のカタツムリを
左右の乳房の下に隠して何度も国境を往復した。

このパトリシアにインスパイアされて小川洋子が作った物語は、
一家で飛行場で一日を過ごす趣味を持つ家族の「私」が
空港の一角で、6匹のカタツムリに競技をさせている
不思議な人物に会って交流する話。
                                        
「肉詰めピーマンとマットレス」は、
外国にいる息子を訪問した母親が、
息子と過ごす日々を描く。
毎日テレビのオリンピック中継を観、
昼間は息子が作った観光手引き書に従って町を歩く毎日。
見送られた空港で、
彼女は背の高い、ブレザー姿の集団に遭遇する。
それが、アメリカのバレーボールのオリンピック選手たち。
つまり、触発された事柄は最後の7行だけ登場する。

このチームは、予選リーグの対日本戦で、
3対2で勝利しながら、
日本側からの抗議によって、
翌日、1対3で敗北の裁定を受けた。
しかし、最終的にアメリカチームは銅メダルを獲得し、
日本チームは6位に終わった。

「若草クラブ」は、
学芸会で「若草物語」を演じた4人組が、
秘密の「若草クラブ」を結成する話。
誰がどの役をやるかでもめるが、
主人公は四女のエミイを演ずる。
配役の後で知ったのが、
映画でエミイをエリザベス・テイラーが演じた役だった。
主人公の少女はエリザベス・テイラーについて調べ、
その複雑な結婚生活を知り、系図を作ってみたりする。
そして、テイラーとの間に3つの共通点を発見する。
毛深いこと、仮病を使うこと、そして足のサイズ(21センチ)。
しかし、彼女は成長し、
次第に21センチの靴が合わなくなって来る・・・

「十三人きょうだい」は、
父の13人兄弟の末っ子の「サー叔父さん」との交流の話。
サー叔父さんの勤め先の城壁公園で草の名前について語る時に、
「スエコグサ」が出て来る。
植物学者の牧野富太郎が、
植物の命名にあたり私情を排していたのに、
唯一の例外として、
新種のササに、
亡くなった夫人の名から、「すえこざさ」と名前をつけた。

どの短編も、
小川洋子の才能が横溢する、
味わい深い短編集となっている。


桜韓国起源説への考察  様々な話題

桜が日本の象徴であることは論を待たないが、
その桜も韓国が原産地だ、という主張を韓国人はしている。
孔子もキリストも韓国人だ、
というくらいだから
今更驚かないが、
その桜韓国起源説に対する考察、
しかも、崔碩栄さんという
韓国人による考察が
ネットに出ていたので、
紹介しよう。

ソウル・ヨイドの桜祭り↓

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韓国が桜の「起源」に固執する理由
(Wedgeより)

韓国の桜の季節は日本の東北地方と同じ時期、
東京よりは1 、2 週間ほど遅れてやってくる。
桜の時期になると毎年繰り返して話題に上げるのが、
日本ー韓国間の「原産地」論争だ。
そうはいっても日本側での反応は薄い、
というよりはさほど関心がないように見受けられる。
これに対し、韓国側では、
韓国=原産地説を否定でもしようものなら、
まるで顔に泥を塗られでもしたかのように、
ヒステリックで感情的な反応を示す。
桜の「原産地」だということへの執着は日本人の比ではない。
この執着心はどこから生まれたのだろうか?

実は、桜の原産地が韓国だという主張は
1950年代にも存在した。
しかし、初期には一部による主張にとどまり、
大部分の韓国人にとって桜は日本の花であり、
日本を象徴する花だと考えられていた。
それは、1945年に第二次世界大戦が終わり、
日本統治から解放された韓国のあちらこちらで、
韓国人の手によって桜の木が伐採されたことが
何よりもはっきりと証明している。
「桜=日本のもの」という認識があったからこそ、
日本に対する反感を桜に向け、怒りをぶつけたのだ。

また、戦後にも
春になると喜んで「花見」に出かける韓国人たちの姿を見咎めて、
問題提起をするような新聞記事も
90年代までは何度も書かれている。
日本文化である花見を楽しむ姿は目に余るという理由だ。

美しい花をみて、それを楽しむという行動が
批判を浴びなければならない理由はなんだろうか? 
所属する国家が違い、民族が違ったとしても、
美しいものをみて美しいと思い、
それを愛でたいと思うのは人間の「本能」とでもいうべきものだ。

終戦直後の韓国には、
こういった本能的な喜びを
素直に受け止めることすら罪悪視されるほどに
強烈な反日感情が充満していた。
美しいものをみても「敵の文化と象徴を愛でてはならない」と、
美しいと感じる感情は
強迫観念にも似た罪悪感のもとに
押さえつけられなければならなかったのである。

だが、この罪悪感はいつまでも
韓国人の本能を抑え続けることができなかった。
何処何処の桜が美しく咲き誇っていると話題になれば、
人々は吸いつけられるかのように桜を見に出かける。
近年では全国各地の自治体が観光客を誘致しようと
観光地化を推し進め、
競うように桜の名所と宣伝し始めた。
このような風潮に対して、
「韓国の花もいろいろあるのに何で日本の花?」、
「日本文化の真似だ」といった懸念の声があがったことは言うまでもない。

これに対し、
これらの懸念をきれいに払拭してくれる主張が登場したのだ。
それこそが「桜の原産地は韓国である」という主張だ。
つまり、日本の象徴であり、日本の花だとして知られていた花は
実は韓国原産である、という主張は、
桜を好み、愛する韓国人達を罪悪感から救い、
強迫観念から開放してくれたのだ。
今や自制する必要はなく、
日本の目を気にする必要もない「名分」を得たのである。

鎮海の桜↓

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桜の原産地が厳密に言うとどこであるのかという問題については、
専門家ではないので判断することは控える。
だが、確実に言えるのは、
韓国に樹齢何百年といった桜の老木があったとしても、
桜を愛でて楽しみ、あるいは生活の中に利用するような
文化や情緒は無かったという事実だ。
これについては、韓国内での名コラムとして知られている
朝鮮日報の「李圭泰コーナー」でも指摘されている。

* * *
済州島や南海の島で数百年になる桜の古木が発見され、
原産地が韓国であるという説が有力視されているが、
そうであれば(韓国において)
古くからに誰も目にしたことがない花というわけではないはずなのに、
我々の先祖たちが残したものの中から
桜を素材にした詩の一首、物語の一場面を
みつけだすことができないということは、
ないがしろにされてきた花だったようだ。
(朝鮮日報1985年4月21日)
* * *

韓国には桜が登場する古典文学や詩歌は知られておらず、
伝統的な料理の中で桜を使ったものも、
私の知る限りは存在しない。
古典文学や詩歌の中にも頻繁に登場し、
餅や菓子などの材料として使われ、
絵に描かれ、着物の柄として使われてきた
日本との差は歴然としている。

もちろん、これが原産地論争の結論と直結するわけではないが、
明らかなのは、桜が韓国に原生していたとしても、
「ないがしろにされてきた花」に過ぎなかったということだ。

釜山の桜↓

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もう一つ、桜に関して
韓国人たちが目を背けている事実がある。
現在、韓国で咲いている桜の多くは
戦後、在日韓国人達によって贈られた、
「日本産」の桜であるという点だ。
1950年に起きた朝鮮戦争のため荒廃した
祖国の山林を蘇らせようと、
日本にいた同胞たちがたくさんの木を寄贈したのだが、
その中でも数多く贈られたのが桜だったのだ。
ここは想像でしかないが、おそらく、
日本で見た美しい花を祖国の人々にもみせてあげたいと
願ったのではないだろうか。

在日韓国人による桜の木の寄贈については、
古い新聞の記事などから相当数確認することができる。
1963年に民団東京商工会の許弼セキ氏らが寄贈した
日本産桜が7000株、
1966年に片スゲ氏が鎮海に1 万株、
1971年民団埼玉県西部支部の李載東氏らがソウル市に2000株など、
大量の桜が日本から韓国に渡っている。
1960年以降に在日韓国人達によって寄贈された桜は
6万株に達するという。
そして、これらの桜の木が植えられた場所の多くは今、
桜の名所となっている。

だが、今この桜の下で花見を楽しむ韓国人の多くは
この事実を知らずにいる。
桜の名所を紹介する案内書をみても、
在日韓国人たちの功績を認め、
感謝の意を表すような解説を寄せている自治体はどこにもないからだ。

数万株の桜が戦後日本から韓国に渡り植樹され、
そのおかげで現在、韓国人たちが桜を楽しんでいるという事実は、
桜の原産地が韓国だと主張する韓国の立場から見ると、
「不都合な真実」に他ならない。

少し話が飛ぶが、壬辰倭乱つまり、
豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に、
朝鮮の陶工が数多く日本に捕虜として連行された。
しかし、彼らのうちの相当数は終戦後、
韓国側の捕虜と交換に半島に帰れることになったのだが、
朝鮮へ帰国を拒否し、
日本に残り陶工として根をおろした。
商人や職人を蔑視する朝鮮とは異なり、
日本では技術と努力に対し正当な評価が受けられたためだという。

私は、毎年春になれば、
韓国が桜の原産地論争を持ち出すのを見るたびに、
この陶工たちの話を思い出す。
「原産地」や「起源」よりも、
その対象を認め、評価し、愛してきたのかということの方が、
よほど重要な問題に思えてならないからだ。
植物のDNA検査の結果を持ち出して
「所属」を主張することで、
一体何が得られるというのだろうか?


対談『「カエルの楽園」が地獄と化す日』  書籍関係

「スター・ウォーズ エピソード[ 最後のジェダイ」
の特報映像。

https://youtu.be/9428Q-QMsCc


[書籍紹介]

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「カエルの楽園」とは、
百田尚樹が書いた寓話小説に描かれた
カエルの国のこと。

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ツチガエルの住むナパージュという「楽園」が
隣国のウシガエルたちの侵略を受けて
亡びていく様が描かれている。

ツチガエルたちは、ウシガエルの侵略を受けても戦おうとしない。
それは「三戒」という、戦争回避のルールがあったからだ。
それを推進したのが“デイブレイク”という論客。
“デイブレイク”は論理を駆使して、
ツチガエルを守って来た“スチームボード”を追いやり、
自分たちで国を守ろうとする“ハンニバル”の手足を奪う。
両者がいなくなったことを確かめてから
ウシガエルたちの侵攻は始まり、
国を守る手段を失ったツチガエルたちは
手も無くウシガエルたちに侵略されてしまうのだ。

ナパージュは日本
ウシガエルは中国
“スチームボード”は米国(日米安保条約)、
“ハンニバル”は自衛隊
“デイブレイク”は朝日新聞
であることは、
読んでいるうちに分かる仕組みになっている。

「カエルの楽園」についてのブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20160726/archive

今日は、このブログを書くために、
↑の昨年7月26日のブログを読んだが、
よくこんなに詳細に書いたものだというくらい、
「カエルの楽園」のあらすじを書いてあるから、
是非、クリックして読んでもらいたい。

この本を読んだ石平氏が百田氏に対談を申し込み、
2日間の対談が行われた。
本書は、その対談をまとめたものである。

1章 戦わずして尖閣を奪われるシナリオ
2章 中国はなぜ日本侵略を企むのか
3章 チベット、ウイグルで見た恐ろしい支配の実態
4章 沖縄「独立」を足がかりにした侵略
5章 日本が中国に占領されるとき

という構成になっている。

石平氏は「カエルの楽園」の出版後、
そこに書かれたとおりの展開が東シナ海で起こり、
中国の軍艦が領海侵犯を行っているにもかかわらず、
マスコミがそのことを書かず、
それだけでなく、
朝日新聞が中国擁護の論調を展開していることで、
「カエルの楽園」を予言の書と読んでいる。

「カエルの楽園」は寓話の形を取っているから
読者が読み取らなければならない部分があるが、
本書の対談では、
中国の現状、マスコミの現状に対して、
歯に衣着せぬ、正面きっての見解が述べられている。

石平氏は、中国四川省生まれで、
中国民主化運動に参加、
日本に来た後、
日中・中国問題についての論評活動をし、
ついには日本国籍を取得。
中国という国の本質を自身の経験から熟知した論評は
大変信憑性と説得力がある。

特に第2章の「中国はなぜ日本侵略を企むのか」での
指摘は目を見張らされた。

石平氏は、中国が拡大をしなければならない根本原因として、
「生存空間」という概念を持ち出す。
生存空間とは、14億人の中国人民が
満足に暮らしていく環境全体を指す用語。
それには水と空気と土地が必要だが、
中国は汚染が進んで、もはや回復不可能な状態だという。
水不足、水質汚染、大気汚染、水土流出、砂漠化・・・
国土が汚染され、環境が破壊される中、
中国人民は自国の外に自らの生存空間を
確保しなければならない。
その上、一人っ子政策の影響で男女のバランスが崩れ、
3400万人の男性が余っているという。
水と空気と土地を求め、
「男余り」の人口問題も解決し、
資本や金融、技術や資産を求めて、
中国はのどから手が出るほど日本が欲しいのだという。

2004年に中国で実施された調査の結果も恐ろしい。
17歳から30歳の都市部の青年1664人を対象とした面接調査で、
「あなたは戦士として上級者の許可があった場合、
婦女子や捕虜を殺せますか?」
との質問に、
「必ず殺す」と回答した者が46.7%、
「日本人なら殺す」と答えた者が28.4%。

中国人は南京大虐殺を信じ、
「まだ日本への復讐が済んでいない」
「東京大虐殺をしてみたい」
と考える人が圧倒的に多いという。
「我々に屈辱を与えた日本人は消滅させるべき民族」
「小日本は根絶やしにしなければならない」
それが偉大な中華民族の使命と本気で考えているのだという。

それが「第3章 チベント、ウイグルで見た恐ろしい支配の実態」
を読むと、あながち空想だとは思えない。

第4章 沖縄『独立』を足がかりにした侵略
第5章 日本が中国に占領されるとき

の2章に、実際の侵略シュミレーションが描かれているが、
まず尖閣の奪取、次に沖縄の「独立」。
そして、九州を占領し、
東京にまで向かう道程が示されている。

それには、米軍を撤退させ、
自衛隊を解体させるのが必須条件なのだ。
それを可能にするのが、
「米軍基地があるから平和が守れない」
「自衛隊がいるから、戦争が起こる」
という、マスコミの論調だ。
なにしろ、中国が尖閣にちょっかいを出すのも、
全て米軍、自衛隊のせいだというのだから。

雑誌「女性自身」の記事に、
自衛隊配備計画が進む沖縄県竹富島を取材して、
「また子供や孫が戦争にとられるの。
竹富町民の不安。
中国より安倍さんが怖いです」
というのがあったが、
着々侵攻して来る中国は怖くない、
怖いのは日本の総理だという。
あきれた記事だ。

そもそも、
中国の軍備増強がどこに向かっているかを考えてみればいい。

石平 誰がみてもおかしい。
中国人にとっては歴史上、
現在ほど安全な時代はありません。
外国からの侵略を心配する必要がなくなり、
中国本土に本格侵略する国は、
もうどこにもないのです。

その軍備が日本占領を目的としていることは
ちょっと考えてみれば分かることだ。

「いや、そんなことはない。
もし、日本に中国が攻め込んできたら、
世界の世論が放ってはおかないだろう」
と、私も思っていた。

しかし、お二人の話を聞くと、
それもお気楽な楽観主義だと分かる。

百田 国民投票で自衛隊を無力化した時点で、
いつでも侵攻できますし、
日本人はどうすることもできません。
警察では防ぎようがない。
堂々と軍隊がやってきて、
国会が乗っ取られて、
日本の政権が日中安保条約に反する
敵対的な策動をしたというでっち上げで新政府が組織される。
石平 反中交錯を企んだという
偽の罪を着せるわけですね。
あとになって、実は日本政府の要請があったから中国は介入した、
と主張するかもしれません。
百田 日本政府も中国の介入に合意した、
と世界に宣伝する。
とにかく自衛隊がなくなれば、
中国は堂々とやって来る。
世界は中国を非難するだけで終わりです。
日本を助けるために動く国はどこにもありません。

最後の
「世界は中国を非難するだけで終わりです。
日本を助けるために動く国はどこにもありません」
という部分で背筋が寒くなった。

多分、実際にはそうなるだろう。
世界の国々は「日本はお気の毒に」と言い、
国連で非難決議をしても、
何も変わらない。

ナチスがチェコを併合した時も
英仏は何もせずに放置した。
ポーランドにナチが侵攻した時も、
何もしなかった。
最近では、
クリミアがロシアに併合されても、
世界は何もできない。
つまり、「やったもの勝ち」
それが世界の冷酷な現実なのだ。

こうして、日本は中国の衛星国となり、
さらに言えば、「日本政府の要請で」併合され、
中国人の入植者がどっとやって来る。
そして、日本の反中勢力は、
中国に移住させられ、
過酷な労働に従事させられる。

実際、中国はチベットやウイグルで実際にそれをやった。
既にチベットもウイグルも漢人の人口の方が上回っているのだ。
やはやそこは、確実に中国の一部だ。

こうして、日本の麗しい伝統も文化も失われる。
東京の町にスローガンが張り出され、
美しい景観もなくなってしまう。

その時には日米安保条約もなくなっているから、
アメリカが助けに来ることはない。
アメリカは言うだろう。
「だって、沖縄から基地は出ていけと言ったのは、
住民たちじゃないか」

しかし、70年の平和を満喫した日本人は、
「水と安全はタダでならえる」
と思っている姿勢を変えない。

百田 それでも日本人の多くは、
「いやいや、言われてみれば危ないような気もするけど、
現実にはそんな悪いこと、起こらへんやろ」
という考えですよ。
「そうは言うけど、
でも実際は大丈夫でしょ」、
本当にそんな悪いことが起きるはずがない、と信じている。
しかし、多くのチベット人やウイグル人も、
中国に侵略される前は、
まさかこんなにひどいことになるとは思っていませんでした。
ヒトラーのチェコ併合のときと同じです。
石平 そうです。
最初はいくら何でもそこまでひどいことになるとは、
誰も思っていませんでした。
だからこそ、中国を受け入れたわけです。
でも、中国人の悪意に気がついたときには、
すでに弾圧され、虐殺され、
亡命しなければならない状況に追い込まれていました。
平和な日常はいつまで続くかわかりません。
我々は何とかしなければ、
今日は日曜日だな、
買い物をしたり映画を見たり、
お茶を飲もうという、
日本人が当たり前と思っている幸せが終わってしまう日が来るのです。
百田 口で平和を唱えているだけでは、
決して平和は続きません。
平和というものは、
「それを維持して守っていくのだ!」
という強い意志と行動のもとにこそ守られていくものであることを、
多くの人に知ってもらいたいと願っています。

安保法制反対、自衛隊違憲など、
日本のマスコミの偏向はひどい。
どうして頭のいい人たちが
物事が正しく見えないのか不思議でならない。
それとも、「反日」のDNA
祖先のどこかで内包した人たちが
我知らず、そういう論調を流し続けているのか。

次の人たちの名前をあげておこう。

(日本人の女性が、
中国や北朝鮮には
悪いことをやめてもらえばいいじゃん、
と思っていることについて)
百田 頼めばやめてくれると思っているんです。
根が善良で、無知なのです。
安保法制の時にも、
シールズの学生が言いました。
「中国軍がやってきたら、
一緒に酒を飲んで歌を歌って戦争を止めます」と。
これが本当の抑止力だ」と。
石平 そういえばテレビで室井佑月さんも、
それに近いことを発言されていました。
攻められた時にやめてくださいと
言えばいいんじゃないですか、と。
百田 無抵抗で殺されればいいんだ、
と言う人もいます。
森永卓郎さんは、
自分は徹底して無抵抗を貫く、
殺すより殺されるのを選ぶ、
とおっしゃっていました。
やくみつるさんも、
徹底して無抵抗を貫いて
奴隷になってもいいんだ、と。
石平 本人が殺されるのはかまいませんが、
それを周りに強要するのは困るんです。
自分の信念を他人に強制しないでほしい。
あなたが殺されたいなら
勝手にそうすればいいけれど、
国家・国民を語る時に
その議論を持ち出して
自分と同じ考えになれ、
というのはありません。
一億二千万の日本人が
みな殺されることになっても
諦めるしかないというのは、カルト宗教でしょう。
百田 「私は死にます。みんなで一緒に死にましょう」
──自分の信仰を人に強制しないでもらいたい。
これは言い換えれば、無理心中です。
石平 自分たちの生き方が正義であり、
素晴らしい理念だと信じ込むと、
みんなこれを守らなければならない、
と勘違いしてしまいます。

もちろん、彼らは「強制」などしていない。
しかし、意見を表明するということは、
「共感」を求めているのだ。
影響力のある人は、
発言に気をつけてもらいたい。





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