70歳!  身辺雑記

ついに、本日、
70歳
の大台に乗りました。

古稀(こき)です。
本当は数えで70歳のことですが、
数えというのは、もはや死語ですから、
満でいいでしょう。

出典は、唐の詩人杜甫の詩・曲江(きょっこう)
「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」
(酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。
(しかし)七十年生きる人は古くから稀である)。

団塊の世代も、昨年から70代に突入。
「古来稀」な人が全国にあふれています。

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私も、まぎれもない「高齢者」で、
今後はシルバーシートにも堂々と座ってやろうと思っています。

特に体で悪いところはなく、
今朝の体重計の体内年齢は43歳
目もよく、新聞が裸眼で読めます。

2日に1度の頻度で映画を観、
3日に1冊の割りでを読み、
1週間に2、3回フィットネスジムに出掛け、
月に1回ほど舞台鑑賞をし、
年に2、3回、海外旅行に出掛ける。

これが私の老後の生活スタイル
既に定年後5年間、これで過ごしました。

まあ、満足感のある生活です。

WHO(世界保健機構)によれば、
世界各国の平均寿命のトップ10は、次のとおり。

1位 日本       83.7歳
2位 スイス      83.4歳
3位 シンガポール  83.1歳
4位 オーストラリア 82.8歳
〃  スペイン     82.8歳
6位 アイスランド  82.7歳
〃  イタリア     82.7歳
8位 イスラエル   82.5歳
9位 フランス     82.4歳
〃  スウェーデン  82.4歳

男性の平均寿命では、
日本は、80.5歳で6位
女性の平均寿命は86.8歳で1位

ワースト10は、

174位 カメルーン     57.3歳
 〃   南スーダン     57.3歳
176位 ソマリア       55.0歳
177位 ナイジェリア    54.5歳
178位 レソト         53.7歳
179位 コートジボワール 53.3歳
180位 チャド         53.1歳
181位 中央アフリカ共和国 52.5歳
182位 アンゴラ        52.4歳
183位 シエラレオネ     50.1歳

で、アフリカ諸国が名を連ねますが、
これは栄養事情、医療環境によるものでしょう。

1位の日本と最下位のシエラレオネの間には、
33.6歳の開きがあります。
すごい開きですね。

ただ、日本の平均寿命が83.7歳だといっても、
病気で寝た切りだと、
必ずしも長寿が幸福とはいえない。

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平均寿命よりもっと重要な、
健康寿命は、
やはりWHOの調査で、
男女平均トップ10は、次のとおり。

1位 日本      74.9歳
2位 シンガポール 73.9歳
3位 韓国      73.2歳
4位 スイス     73.1歳
5位 イスラエル  72.8歳
〃  イタリア    72.8歳
7位 アイスランド 72.7歳
8位 フランス    72.6歳
9位 スペイン   72.4歳
10位 カナダ    72.3歳

とすると、どうやら、健康に暮らせるのは、
あと5年くらいのようです。

自分が70歳になって思うのは、
昔の70歳というのは、
はるかに老人だったということ。

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あの70歳と同じだとは、
とうてい思えません。

年齢には8掛け論というのがあって、
それでいくと、
70歳は56歳。
うん、これなら、実感に近い。
更に6掛け論というのもあり、
それでは42歳。
これは、いくらなんでも図々しい。
待てよ。
さっきも書いたとおり、
体重計の体内年齢は43歳を告げていました。
だとすると、
6掛け論は正しい?

いずれにせよ、
今後新しいことは何も出来ないので、
全くの「余生」。
健康に気をつけて
好きなことをして過ごそうと思っています。
さいわいカミさんも最近では頸椎の具合もよく、
特に問題はありません。
一緒に歳を取っていきます。

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70歳を機に始めるのは、
押し入れの整理。
「何かのために」とっておいたものを捨てようと考えています。

世界旅行もあらかた行ってしまったので、
あとは旧ユーゴスラビア諸国とか、
コーカサス諸国とか、
ラオスとか、
落ち穂拾いのような国に行くことになるでしょう。

70歳、
新しい門出です。



講演『システィーナ礼拝堂』  美術関係

私はミケランジェロ「アダムの創造」が大好きだ。

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あのバチカンのシスティーナ礼拝堂

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天井画である。

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もし神様が
「今度、世界中の美術品を全て消滅させることにした。
たが、お前の願いを受け入れて、
一つだけ残すことを許してやろう。
何にする?」
と訊いてきたら(そんなことはあるはずもないが)
即座に
「『アダムの創造』を残して下さい」
と言うだろう。

システィーナ礼拝堂には3度訪れた。
うち1度、同行者から
「好きな人と会っているような顔をしていたよ」
と言われたことがある。

あの空間にいるだけで
陶然としてしまう。

そのシスティーナ礼拝堂について、
美術史家エリザベス・レヴの講演があるので、
観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/lQflBowgVB4

途中、絵画の実物が沢山写る。

観るヒマのない方は、
↓の講演録をどうぞ。

[解説]

システィーナ礼拝堂は
地球上で最も象徴的な建物ですが、
知られていないことも沢山あります。
美術史家エリザベス・レヴが巧みに案内してくれるのは、
この有名な建物の天井画の全体像、
そしてミケランジェロが生き生きと描いた、
いにしえの物語です。
そして彼が当時の宗教的な図像を乗り越えて、
新しい芸術の海図を作り上げていった様子を教えてくれます。
レヴによれば、ミケランジェロがこの絵を描いて500年経った今、
私たちはシスティーナ礼拝堂によって、
鏡を覗くように世界を見て、
自問するように仕向けられます。
「自分は何者か、そして人生という大舞台で
自分はどんな役を演じているのか?」と。

[講演翻訳]

ローマにいる自分を想像してください。
向かっているのはバチカン美術館。
長いい回廊をゆっくり歩き
彫刻やフレスコ画など様々なものの横を過ぎます。
目指しているのはシスティーナ礼拝堂。
長い回廊と階段と扉を抜けた先に
礼拝堂の入り口が現れます。

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あなたなら何を期待しますか?
広々としたドーム?
天使の聖歌隊?
実はそういうものはありません、
こう考える方がいいかもしれません。
何があるでしょうか?

礼拝堂の壁にかかっているのはカーテンです。
壁に描かれたカーテンに文字通り囲まれます。
これが礼拝堂本来の装飾です。
教会ではタペストリーを使って
長いミサの間寒さをしのぐだけではなく
「偉大なる生の劇場」を表したのです。
この人間ドラマは私たち全員が役割を与えられた
壮大な物語全世界を組み込んだ物語であり
システィーナ礼拝堂の絵画は
3つの段階に沿って展開していきます

ここは当初富と教養を持つ
少数のキリスト教聖職者用に建てられた空間でした。
彼らはここで祈り、ここで教皇を選出しました。
500年前、ここは聖職者のための究極の「男の隠れ家」でした。
ではなぜこの場所が多種多様な文化を持つ人々を
毎年500万人も引きつけ、魅了するようになったのでしょうか。
それはこの狭い空間に
創造性が爆発しているからです。
地政学的な新たな領域の発見という
熱狂的な興奮に触発されて
古くからの教会による布教の伝統に火がつき、
歴史上最も偉大な芸術作品が生まれたのです

この発展は大きな進歩であり、
少数のエリート層に始まり、
最終的には世界中の大衆という観客に向けて
語りかけることになりました。
この進歩は3つの段階を経ていて
それぞれが歴史的な出来事に結びついていました。

最初の段階はかなり限定的で
とても狭い見方しか反映していませんでした。
2つ目の段階はコロンブスの歴史的な航海によって
世界観が劇的に変わることで生じたものです。
そして3つ目の段階は「発見の時代」がかなり進み
教会がグローバル化という試練に立ち向かっていた頃でした。

この教会の元々の装飾は小さな世界を反映しています。
キリストやモーゼの人生を語る活気に満ちた場面があり、
ユダヤ教徒やキリスト教徒の進歩を表しています。
これを発注した教皇シクストゥス4世は
フィレンツェ画壇のドリームチームを結集しました。
そこにいたのはサンドロ・ボッティチェリや
後年ミケランジェロの師となるギルランダイオなどです。
彼らは純粋な色の装飾で壁を覆い尽くしました。
この物語の中に見慣れた光景があるのがわかるでしょう。
ローマにある史跡やトスカナの風景を取り入れることで
はるか彼方の物語を親しみやすくしています。
教皇自身の友人や家族も描き加えられ、
欧州大陸の小さな宮廷の装飾にはぴったりでした。
ところが1492年に新世界が発見された頃には
世界がどんどん広がり、
奥行き40m、幅14mのこの小宇宙も
広がる必要に迫られました。
そしてそれは実現しました。
豊かな創造性とビジョンに恵まれた
一人の天才と素晴らしい物語のおかげです。

この天才こそミケランジェロ・ブオナロッティ。
1100平方メートルある天井の装飾を依頼された時は33歳でした。
彼は苦境に立っていました。
絵画の修行もしましたが
彫刻を極めるために辞めました。
フィレンツェには怒り狂った依頼人が沢山いました。
未完成の依頼を山のように残し、
一大彫刻プロジェクトを期待してローマに行ってしまったからです。
でもその計画は反故になってしまいました。
彼に残されたのはシスティーナ礼拝堂の天井の
装飾的な背景に重ねて十二使徒を描く契約だけでした。
イタリア中どこにでもあるような装飾画です。

ところがこの天才は挑戦します。
人間が勇敢にも大西洋を横断したこの時代に
ミケランジェロは新しい芸術の海図を作ろうしたのです。
彼も物語を伝えようとしました。
ただし使徒の物語ではなく
偉大なはじまりの物語つまり『創世記』の物語です。

天井に物語を描くのは容易な仕事ではありません。
どうすれば19m下から
活気あふれる情景を読み取ることができるでしょうか?
200年間フィレンツェの工房に伝わってきた絵画の技法は
このような物語を描くには不十分でした。

ただミケランジェロの本職は画家ではなかったので
自分の強みを生かすことにしたのです。
彼は空間を群衆で満たす技術を身につける代わりに
ハンマーとノミを手に大理石の塊を彫り
その中から人物像を取り出しました。
ミケランジェロは本質を重視し
物語を伝えるために
躍動感あふれる堂々たる肉体を使いました。

この計画を支持したのは非凡な教皇ユリウス2世でした。
この教皇はミケランジェロの大胆な才能を恐れませんでした。
教皇シクストゥス4世の甥で
30年間芸術にどっぷり浸かっていたので
その力を心得ていました。
歴史上「戦う教皇」の異名をとった彼ですが、
バチカンに残したのは要塞でも砲台でもなく、
芸術でした。
ラファエロの間やシスティーナ礼拝堂、サン・ピエトロ大聖堂や
大規模なギリシャ・ローマ彫刻のコレクションを後世に残したのです。
確かにキリスト教的ではありませんが
このコレクションは世界初の近代的美術館
バチカン美術館の基礎となりました。
ユリウスという人物は、
壮麗さと美を通してバチカンに永遠の意義を与えようと考えました。
その判断は正解でした。
ミケランジェロとユリウス2世という
2人の巨人の出会いが、システィーナ礼拝堂を産んだのです。
ミケランジェロはこの計画に没頭
し3年半で完成させました。
最小限の人員しか使わず、
何時間にも渡ってほとんどの時間を
頭上に手を伸ばして天井に物語を描いたのです。

ではこの天井画を見ながら
物語が世界に広がる様子を見ていきましょう。
芸術と私たちの世界の間にありふれた関係はもう存在しません。
そこにあるのは空間と構造とエネルギーだけです。
9枚のパネルを取り囲むように堂々たる枠が描かれ
絵画的な色彩というより彫刻的な形態に突き動かされます。
私たちは入り口の近く部屋の端に立っています。
祭壇から離れた場所゛聖職者用の入り口がついた柵から
私たちは覗き込んで
遠くにある始まりを探します。
科学的な探求であれ聖書の伝統であれ
私たちはまず原初の光を考えます。
ミケランジェロは原初のエネルギーを
光と闇が分かれる様と
遠くにぼんやりと躍動する姿を
狭いスペースに描き込むことで表現しました。
次にその姿はより大きくなり
左から右へすごい勢いで動いていくのが見えます。
その後には太陽と月と植物が残されます。
他の画家とは違い
ミケランジェロは創り出された物に焦点は合わせません。
創造という行為自体に注目したのです。

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そして詩の休止のように動きは静まり、
創造主は停止します。
何をしているのでしょう?
造っているのは大地でしょうか
それとも海でしょうか?
あるいは自分が造った宇宙やいろいろな宝物を振り返り
ミケランジェロと同じように
天井にある自分の創造物を振り返って「良し」と言っているのでしょうか。

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これで場面は整い
いよいよ創造のクライマックス
男の創造に至ります。

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アダムは暗い背景に明るく描かれ際立っています。
でもよく見ると足は地面の上に力なく置かれ
腕は膝の上に重く寄りかかっています。
アダムには偉大さへと突き進むような内面の輝きがありません。
創造主はその輝きを指先から与えようとしています。
アダムの手との間はわずか1ミリです。

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これを見て私たちは夢中になります。
なぜならもう少しで指が触れ
人間が自分の目的を見つけて立ち上がり
創造物の頂点を極めようとしているからです。

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ここでミケランジェロは変化球を投げます。
もう一方の腕の中にいる人物は?
最初の女性イヴです。
でもイヴは単なる思いつきではなく
筋書きの一部で、
最初からミケランジェロの頭にありました。
イヴを見てください。
腕を神の腕に回すほど親しいのです。
21世紀アメリカの美術史家である私にとって
この時がまさに絵が語りかけてきた瞬間でした。
ここで表現された人間ドラマは
男と女のドラマだと気づいたからです。
だからこそ天井の心臓部となる中心には
アダムの創造ではなく女性の創造が描かれているのです。
確かにエデンの園では2人は一緒でしたし、
堕落する時も一緒。
堂々とした姿が恥ずかしさのあまり前かがみになるのも一緒でした。

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今天井の重要な地点に差し掛かったところです。
教会の中でもこれ以上進めない地点にいるのです。
入り口のついた柵で内部の祭壇には近づけないので
まるで追放されたアダムとイヴのようです。
天井に描かれた後の場面は
人でごった返す私たちの周りの世界を反映しています。

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ノアと箱舟と洪水、
生贄を捧げ神と契約するノア、
彼は救世主かもしれません。
その一方でノアはブドウを育てワインを作って泥酔し
納屋の中で裸で眠りこみます。

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天井画のデザインとしては奇妙です。
生命を創造する神に始まり
納屋で泥酔する男に至るのですから。
アダムと比べてみると
ミケランジェロが私たちをからかっていると思うでしょう。

でも彼はノアの真下に明るい色彩を配置して
暗さを吹き飛ばします。
エメラルド色橙色緋色の預言者ゼカリアです。

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ゼカリアは東から光がさすことを預言し
その瞬間私たちの目は新たな方向へと向けられます。
巫女や預言者たちが列をなして私たちを導いてくれます。
道中の安全を確保する英雄たちに導かれ
母親や父親にしたがって進みます。
彼らが動力となって偉大な人間のエンジンを前進させます。

さてとうとう私たちは天井画の要、
すべてが最高潮に達する場所に至ります。
そこには自分の領域から抜け出し
私たちの空間を蝕む人物がいます。

ここが最も大事な局面、
過去が現在と出会う場所です。
この人物ヨナは3日間クジラの腹の中で過ごしたので
キリスト教徒にとってはイエスの犠牲を通した
人間の復活を象徴します。
ただ毎日ここを訪れる
あらゆる信仰を持った大勢の訪問者にとって
ヨナは遠い過去が今の現実と出会う瞬間を表しています。

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これらすべてに導かれ
ぽっかりと開いた祭壇のアーチにたどり着き
目にするのがミケランジェロの『最後の審判』です。

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世界が再び変容した後の1534年に制作されました。
宗教改革により教会は分裂し
オスマン帝国はイスラムの名を世に広め、
マゼランが太平洋航路を発見していました。
ベニスより遠くに行ったこともない59歳の芸術家は
この新世界にどう語りかけるのでしょう?
ミケランジェロが描こうとしたのは宿命であり
優れたものを後世に残したいという人類共通の普遍的な欲求です。
『最後の審判』というキリスト教的な視点で世界の終わりを語るため
ミケランジェロは驚くほど美しい肉体を持った人々の姿を描きました。

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いくつかの例外を除き、何も身につけておらず、
誰かの肖像でもなく、肉体だけで構成され
この391人の中に、一人として同じ者はいません。
私たちと同じでそれぞれが唯一の存在です。
人々は下の隅にある地面から抜け出し上昇しようともがきます。
昇天した人々は他の人を救うため手を伸ばします。
この素晴らしい場面では
黒人と白人が一緒に引き上げられていて
新しい世界における人間の調和を見事に表現しています。
画面で一番大きな部分は勝者に与えられています。
そこにはスポーツ選手のような全裸の男女がいます。
彼らこそ困難を乗り越えた人々、
つまり困難と戦い障害を克服する人間像という
ミケランジェロの想像の産物です。
まるでスポーツ選手のようです。
男性と女性が途方もないスポットライトの中で
体を曲げポーズをとっています。

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この集団を統率するのはイエスです。
十字架上で苦痛に耐えていた男が
今では栄誉に満ちた天国の支配者なのです。
ミケランジェロが絵画で示したように
苦難や挫折や障害は美徳を封じるどころか生み出すのです。

ところでこれは奇妙な結果を招きます。
ここは教皇の私的な礼拝堂ですが
「ひしめく裸体」と呼ぶのがもっともふさわしいでしょう。
それでもミケランジェロは最高の芸術的言語を使おうとしました。
考えうる最も普遍的な芸術上の言語、
つまり人間の肉体です。
だから不屈の精神や自制といった美徳を示す方法を使うのではなく、
ユリウス2世の見事な彫刻コレクションからヒントを得て
内面的な強さを外から見える力として表したのです。

ところで当時の人はこう書き残しています。
この礼拝堂はあまりにも美しいので論争は避けられないだろうと。
実際そうなりました。
印刷機のおかげで
裸体に対する批判が広まっていることが
ミケランジェロの知るところとなりました。
すぐにこの人間ドラマの傑作は「ポルノ」というレッテルを貼られました。
彼が肖像を2つ描き加えたのはその頃です。
1つは彼を非難した儀典長の肖像、
もう1つは自分自身の肖像をスポーツ選手ではなく
乾いた皮として、苦痛に耐える殉教者の手元に描きました。

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彼が亡くなる年、
数名の人物に覆いが描き加えられました。
彼が説いた栄光は余計なものに邪魔されました。

さて私たちは今この世にいます。
始まりと終わりの間にあるこの空間、
壮大な人間の経験全体に閉じ込められています。
私たちはシスティーナ礼拝堂で
鏡を覗くように周りを見ます。
自分はこの絵の中の誰だろう?
群衆の中にいるのか?
あの酔っ払いだろうか?
あのスポーツ選手だろうか?
そして心躍る美の楽園を出る頃には
私たちは人生最大の疑問を抱くようになります。
自分は何者か、
人生という大舞台で自分はどの役なのか、
という疑問です

ありがとうございます

(拍手)

(ブルーノ・ジュッサーニ)
エリザベス・レヴありがとう。
あなたはポルノの話題を出していましたね。
当時の人々にとってヌードや日常の場面や
不適切なものが多すぎたという点です。
ただ問題はより深刻です。
単に覆いを描き加えたことが問題なのではなく
芸術が破壊される寸前だったんですから。

(エリザベス・レヴ)
『最後の審判』は大きな影響力を持ちました。
印刷術によって誰でも見られるようになったためです。
この問題も1〜2週間で起こったわけではなく、
20年もの期間に渡って続いた問題でした。
教会にはこんな評論や批判が寄せられました。
「教会が我々に生き方を説けるわけがない。
教皇の礼拝堂にはポルノがあるではないか」
こんな批判や、作品を破壊しようする主張がありましたが
ミケランジェロが亡くなった年に
教会はやっと作品を守るための妥協案を思いつきました。
それが30枚の覆いを描き加えるということでした。
ちなみにイチジクの葉を描く習慣は
ここから始まりました。
教会は芸術作品を守ろうとしたのであって
汚したり破壊する気はなかったのです。

(ブルーノ)
今の話はシスティーナ礼拝堂でよく耳にする
ツアーガイドとはまったく違いますね。(笑)

(エリザベス)
どうでしょうそれは宣伝ですか?(笑)

(ブルーノ)
いえいえそうではなく私の意見なのですが
現在芸術を体験する時、いくつか問題があります。
その場で見ようとする人があまりにも多く
500万人が礼拝堂の小さなドアをくぐりますが
それは私たちが今経験したのとはまったく違うのです。

(エリザベス)
そうですね立ち止まって見るのは確かにいいことです。
ただ理解して欲しいのは毎日2万8千人が訪れていた頃
たくさんの人々が一緒に周囲を見回しながら
素晴らしさを感じていた頃だって
500年前の壁画が
自分の周りに立っている人々全員を惹きつけ
みんなが天井を見上げて感動していたのです。
これは時間や地理的空間を超え
私たち全員に本当の意味で美が伝わることを見事に証明しています

(拍手)

ミケランジェロの天井画製作にまつわる過程は、
映画「華麗なる激情」に詳しい。

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ミケランジェロはチャールトン・ヘストン
ユリウス2世はレックス・ハリソンが演じた。
監督はキャロル・リード

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夜中、足場を登って、ユリウス2世が絵を見に来、
アダムの創造を見て、言う。
「この絵は美しいけれど、嘘だ。
人間はこんなに美しくはない」
ミケランジェロはこう答える
「これは罪を知る前のアダム、
神に対して全幅の信頼を寄せていた時の姿です」

また、ユリウス2世は言う。
「戦争に強い教皇などいくらでもいる。
私が後世に名前を残すとしたら、
戦争によってではなく、
お前にこの絵を描かせたということによるだろう」

そのとおりになった。

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エッセイ『米、麺、魚の国から』  書籍関係

[書籍紹介]

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アメリカ人が書いた和食文化論
題名の脇に
「アメリカ人が食べ歩いて見つけた
偉大な和食文化と職人たち」
とある。

著者のマット・グールディングは、
食と旅をテーマにしたデジタルマガジン「Reads & Kingdoms」の
共同発行人及びチーフディレクター。
この人が1年間日本の各地を巡り、
871食の和食を味わって、
日本の食文化について書いた本。

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冒頭の「日本版に寄せて」で、

わたしの人生は、がらっと変わった。
日本に行くまえと、
日本に行ったあとでは。
そのことははっきりしている。

と書く。
そして、

日本について知れば知るほど、
いかに自分が何も知らないかを思いしらされた。
しかし、ひとつだけはっきりとわかっていることがある。
残りの一生で食事をする場所を
ひとつだけ選べと言われたら、
それは日本だということだ。
まちがいない。

とまで言い切る。
そして、

日本の食べ物全体に、
おそらく日本文化すべてに共通していることは、
なみなみならぬ努力と専心によって
きちんとなしとげようとすることだろう。

この文化で生まれ育った人々にとっては
当たり前に感じられるかもしれないが、
よそ者にとっては、
これほどのひたゆきさも、
完璧さをたゆまず求める姿勢も、
驚嘆でしかないのだ。

どの国でも、
物事の完成度は90パーセントでいいとされている。
頭が切れて野心のある人間なら、
数年の修業と努力で
ゼロから始めても
90までなら達成できるだろう。
しかし90から92へ、
さらに95、97まで高めるのは
生涯をかける旅になるはずだ。

と日本人と日本文化の本質を見抜いている。

この本は、そのような炯眼な著者により、
7つの都市(地域)で触れた和食文化について書かれている。

東京では、寿司と焼き鳥を、
大阪では、ホルモン、串カツなどを中心にしつつ、大阪の食文化を、
京都では、高級懐石料理を、
福岡では、豚骨ラーメンを、
広島では、お好み焼きを、
北海道では、様々な海鮮丼を、
能登では、発酵食品を、
と、多方面から日本の和食文化を味わう。

どの料理の描写もおいしそうで、食欲をそそる。
そして、様々なウンチクも日本人以上だ。

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東京については、このように書く。

言っておくが、
東京は世界でもっとも偉大な食の都市だ。
ニューヨークでもパリでもない。
バンコクでもない。
そうした都市も生涯かけて探索する価値のある
さまざまな美しい食べ物を提供してくれる。
しかし、そのどれも、
東京の食の世界が与えてくれる
深さと幅広さと美味には太刀打ちできないのだ。
まず第一に、規模がすごい。
ニュヨークには3万軒のレストランがひしめくが、
東京は16万軒だ。
また、ニューヨークのレストランはたいてい路面店だが、
日本の十階建てのビルには
各階に2、3軒のレストランが入っていて、
美食のタワーがバベルの塔さながら天に向かって林立している。
しかし東京の食事が世界でもっともわくわくするのは、
量ではなく質で飛び抜けているからだ。
日本の食べ物を特別にしている要素はたくさんある。
──素材へのこだわり、技術の確かさ、
何千年もかけて入念に伝えられてきた伝統。
しかし、なによりもひとつのものに特化していることに注目したい。
味噌で煮た骨付き肉と白トリュフのピザとシーバスのセビーチェが
メニューに混在している欧米では、
レストランはできるだけたくさんの客をつかまえるために
大きな網を投げる。
かたや日本では、成功の秘訣は
たったひとつを選び、
それを極めることなのだ。
牛のモツを焼くことに、
ふぐのてっさを作ることに、
蕎麦粉をこねて歯ごたえのある蕎麦にすることに
一生をかける人もいる。
しかも腕を磨くために永遠に修業し続ける。
自分の技術を磨くために
ひたむきに身を捧げる「職人」は、
日本文化の神髄だ。

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京都では、こう書く。

食事が終わる合図である最後の抹茶の泡立つ滴が消えるまで、
上がったり下がったり、引いたり満ちたりした。
十品、三十の素材。
懐石料理の奥深さ。
ゆでて、生で、蒸して、揚げて、焼いて、
すべての素材がしかるべき順序で出され、
緒方がこの町とこの季節にあわせて書いた一篇の詩となった。
わたしには完全に理解できたかどうか心もとないが、
美しい詩だった。
彼の素材の品質、高い技術、熱意には
疑問の余地がないが、
あまりにもミニマリズムの料理なので、
まったく存在しなかったのではないかと思うことすらある。
「西洋料理が足し算だとしたら、
日本料理は引き算です」
と緒方は言う。
打ち水をした石、一幅の掛け軸、
真夜中の桜の花に似た和菓子。
懐石料理あ日本でもっとも優雅で
驚くような料理にしているのは、
こうした些細なことだ。
美しく禁欲的で、
古くて真面目な料理は、
このうえなく京都に似合う。
そして、京都ほど神秘的な町はない。

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広島では、
フェルナンド・ロペズという
グアテマラ人のお好み焼き料理人にスポットを当てる。
マヤ人の血が流れる父親と確執を持ち、
アメリカのニューオリンズに移って、
フレンチのシェフと出会い、
シェフの引きでハワイのホテルに勤め、
そこで駐車場に入って来た車の日本人女性と出会い、結婚し、
やがて女性の故郷である広島に移って、
お好み焼きの師匠について修業し、
やがて独立して、人気お好み焼き屋となるまでの過程は、
ひとつのドラマのようだ。
「こんなところに日本人」というテレビ番組があるが、
「こんなところにグアテマラ人」。
こういう風にして、人は国を移るという驚きを感じさせてくれる。

このことは、能登の旅館の料理人、
オーストラリア人のベン・フラットにも言えることだ。

原爆投下の後、焼けた土地にすぐに草花が生えた
という話は感動的だ。

この都市が築かれている土壌は、
地面が完全に冷える前に
すでに再生しようとしていたそうだ。
原爆が広島を吹き飛ばしたあと、
草や花がほとんどすぐに生えてきたという。
1945年8月12日、エノラ・ゲイが原爆を落とした
わずか一週間後には、
市全体が緑に覆われていた。
「雑草はすでに灰塵を隠し、
死都の骸骨の間に野の花が咲き乱れている」と
ジョン・ハーシーは『ヒロシマ』で書いている。
最初の原子爆弾が投下された直後の
胸がえぐられるような光景を
彼は克明につづっている。
「爆弾は植物の地下組織には手を触れなかったばかりか、
そこに刺激を与えたのだ」

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能登での発酵食品に関する記述も興味深い。

発酵は管理された腐敗だ。
発酵のもっとも基本的な形では、
カビ、酵母、微生物から作られた酵素が有機物を分解し、
砂糖のような主要栄養素をアルコールに、
たんぱく質をアミノ酸に変える。
しかし、発酵と腐敗は紙一重だ。
微生物の活動を慎重に引き起こして管理すれば、
材料の命を無限に延ばすことができるだろう。
だが、失敗したら、それでおしまいだ。
発酵にはいくつもの形があるが、
食の世界でもっとも一般的なのは、
乳酸発酵はアルコール発酵のふたつだ。
前者は乳酸菌で引き起こされ、
さまざまな漬物や発酵調味料を作るのに使われる。
後者は酵母で引き起こされ、
酒を作るのに役立っている。

主要な発酵食品はたくさんあり、
しかも欠かせないものばかりだ。
醤油、味噌、酒、みりん、かつおぶし、納豆、米酢、漬物。
発酵食品や調味料がなかったら、
日本の台所はがらんとしてしまうだろう。
和食がうま味を重視しているのも偶然ではない。
うま味は発酵の過程で生じるおもな副産物だからだ。

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外国旅行をしてつくづく感じるのは、
日本の食事のおいしさだ。
それは、食材の豊富さ
料理人たちのたゆまぬ努力によるもので、
立ち食いそば、コンビニ弁当まで、
そのおいしさは広がる。
こんな国は世界にない。
日本に生まれた幸福をつくづく感じる。

前にも書いたが、
私は世界に誇れる日本の文化は、
歌舞伎、コミック(アニメ)、和食の3つだと思っている。
その和食の秘密を
外国人の目から解き明かす本書は貴重な知的刺激を与えてくれる。

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なお、本書は、イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙による
2016年のベストブックに選出された。
また、アメリカ・トラベルライター協会による
2016年の最優秀トラベル・ブックも受賞している。


映画『メッセージ』  映画関係

[映画紹介]

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未知の地球外生物との遭遇を描くSF映画。

大学教授で言語学者のルーイズ・バンクスは、
ある日、講義に行くと、
受講生が異常に少ないのに気づく。
授業を始めても、
学生たちはSNSを見て気もそぞろ。
促されてルイーズがニュースの映像に切り換えると、
巨大な球体型宇宙船が、
地球の各地に12隻降り立ったというニュースがあふれていた。

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宇宙船の降り立った地点は、
グリーンランドやロンドン、黒海、シベリア、
ベネズエラ、インド、上海、北海道など。
宇宙船は何も情報を発しないが、
宇宙人の侵略を恐れて、
世界中に不安と恐怖と混乱が広がっていった。

夜中にルイーズの家に
軍のウェバー大佐が訪ねて来て、
宇宙人とコンタクトし、
相手の言語を解読するように依頼する。
ヘリコプターに乗せられ、
アメリカの宇宙船降下地点であるモンタナ州の草原に向かう。

ここまで宇宙船の姿は画面に登場しない。
そして、ヘリコプターからの映像で、
初めて宇宙船が姿を現す。
うまい手法だ。

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宇宙船はフットボールを半分に切ったような形状で、
地面から数十メートル離れた地点に縦に浮かんでいる。
そして、下の部分が一定時間ごとに開き、
地球人を迎え入れ、2時間で閉じるという。

ルイーズは、物理学者のイアン・ドネリーらと共に、
防護服に身を包み、
昇降機で宇宙船の中に入っていく。
そこでは重力が歪んでおり、
やがて、ガラス(?)で隔てた向こう側に
宇宙人が姿を現す。

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イアンらは、宇宙人の形状から「ヘプタポッド」(7本脚)と名付ける。

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というストーリーがすさまじい緊迫感で展開。
一瞬も目を離すことの出来ない、見事な造形だ。

ルイーズは白板に文字を書いて、
宇宙人とのコンタクトを試み、
相手も墨汁で輪を描いたような文字で応える。

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やがて、それは音声を伴わない表意文字だと分かり、
ルイーズらはその文字の解明に取り組む。
一番知りたいのは、
彼らの地球訪問の目的だった。

そしているうちに、
宇宙船が来訪した12地点の政府間で齟齬が生じ、
しびれを切らした中国は宇宙船に攻撃をしかける決定をする。

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そんなことをしたらどんな反撃を食らうか分からない。
その時、ルイーズの感覚の中で未来を経験し、
ある決断をしていくことになる・・・

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冒頭で描かれるのだが、ルイーズには、
一人娘を病気で失ったトラウマがあり、
その思い出が、
宇宙人との接触の中で何度もルイーズを責める。
やがてそれが、
宇宙人との問題を解決させる契機となるのだが・・・

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こういう作品の常で、
最後のあたりは、
観客の想像力に委ねるような終わり方になる。
ルイーズの時間航行の能力は、
宇宙人の言語を解明する中で身につけた、と理解できるが、
宇宙人の提起した、3000年後の危機がどのようなものなのか、
果たしてルイーズとの対話の中でそれが解決したのか、
そもそも地球来訪の目的は果たしたのか、
中国軍の責任者にルイーズが話した内容は一体どんなものなのか・・・
いずれも謎のままである。

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そもそも、恒星間航行をしたり、
重力を制御できるような
高度な科学力を持った宇宙人だったら、
地球人の言語をあらかじめ解明してやって来るはず、
などと言っては身も蓋もなくなるので、
目をつぶろう。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の演出力で、
「2001年宇宙の旅」「未知との遭遇」に並ぶ
地球外生物との邂逅を描く見事なSF作品が登場した。
映像の持つ力がすごい。
ルイーズを演ずるエイミー・アダムス
イアンを演ずるジェレミー・レナー

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ウェバー大佐を演ずるフォレスト・ウィテカー
らがいずれも好演。

先のアカデミー賞で、
音響効果賞を受賞。

原作はテッド・チャンによるSF短編「あなたの人生の物語」
2000年のネビュラ賞中長編小説部門と
1999年のスタージョン賞を受賞した。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック

https://youtu.be/1GMGMzHRE4Q

こんな映画を撮った監督の次回作、
「ブレードランナー 2049 」への期待が高まる。
その予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/hMcxqWHikrs

なお、宇宙船の形状が、米菓「ばかうけ」に似ていることから、

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↓のようなものが作られ、                         

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                                           監督も「宇宙船のデザインは、ばかうけに影響を受けた」
とインタビューで語っている。
いい人だね。

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お疑いの方は、↓の動画をどうぞ。

https://youtu.be/Rq1RuWIoQbc

タグ: 映画

演劇『60’sエレジー』  演劇関係

ネット不通の先週19日、
間野記念館で絵を観た後、
新宿御苑前に移動。

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サンモールスタジオへ。

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すぐそばに、シアター・サンモールというのがあり、

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座席数294の劇場ですが、

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こちらは、座席数100足らずの小劇場。

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昔はこうしたところでよく芝居を観ましたが、
小劇場で観るのは、おそらく10年か15年ぶり

時間が早かったので、
近所のカフェでお茶を飲み、
開場10分前に行くと、
行列ができています。

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行列が動き出し、

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階段を降りると、

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狭いロビーが。

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予約してあったので、名前を告げてチケットと
番号札をもらいます。

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中の様子。拝借した写真。

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今日の芝居は、
劇団チョコレートケーキ「60'sエレジー」

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1960年代の日本の庶民の生活を描く作品。
新聞の演劇評を読んで、
すぐネットで予約しましたが、
当日は満員でした。

昭和35年(1960年)の東京。
小林清の経営する蚊帳工場に
東北から15歳の飯田修三が
住み込み従業員としてやって来る場面から始まる。
まさに中学を卒業して、
東京に集団就職してきた「金の卵」。
勉強が好きな修三を清は夜間高校に通わせ、
大学まで行かそうとするが、
工場の内実は火の車だった。

というのも、東京の住宅事情が変わり、
蚊帳は売れなくなっていたからだ。
納品している寝具店からは
たびたび仕入れの減少を言い渡されている。
行き詰まった工場を打開するには、
人員削減をしなければならないが、
先代、先々代から勤めている
職人の越智武雄の首を切るわけにはいかず、
修三を雇い入れた以上、
最後まで責任を持たなければならない。
やむなく清の弟の勉が自ら申し出て、
工場を去ることになる。

丁度日本は高度成長の真っ只中で、
道路工事や建設工事の現場で働いた勉は
おかげで所帯を持つことができる。

1964年、東京はオリンピックに沸き、
景気はよくなり、
住宅は次々と建てられていたが、
網戸の設置などで蚊帳の需要は急激に落ち込んでいった。

寝具店からは再度仕入れの削減が言い渡され、
仕方なく武雄はまだ需要のある関西の蚊帳工場に移っていく。

大学まで進んだ修三は、
学生運動にかぶれてデモに出かけ、
警察の世話になる始末。

蚊帳工場はついに持ちこたえられなくなった。
清は妻の悦子の実家の牛乳店を手伝うことになり、
修三も誘うが、修三は大学を続けたいと断る。

そして、昭和45年(1970年)、修三も家を去り、
工場は売られ、アパートが建てられることになる・・・。

という、10年間の物語。

舞台は一つ。
小林家の茶の間。
下手に蚊帳工場への入り口があり、
続いて路地へ続く戸口、
上手に家の表玄関。
そこを清、悦子、勉、修三、
武雄、寝具店社員の松尾、
隣人の紙芝居屋の茨城実たちが出入りして
物語は展開する。
紙芝居も当時普及し始めたテレビによって、
その居場所を無くした職業だ。

プロローグとエピローグに刑事と警官が登場するが、
主な登場人物は7人で、
小劇場らしい、濃密な芝居が展開する。

蚊帳工場に設定したのが秀逸で、
日本の社会が高度化されるのに伴い、
必然的に落ちこぼれる斜陽産業だからだ。

弟の勉や幼なじみの実たちには、
早く工場をたため、と勧められるが、
清が逡巡するのは、
先代先々代から勤めてくれた武雄と、
集団就職で雇った修三に対する責任からだ。
一端雇い入れたからには、
その生活に責任を持つという、
当時の中小企業の社長の心意気が伝わって来る。
その上、子どもがいない清夫婦にとって、
修三はわが子にも等しい存在になっていたのだ。
この修三を思いやる
夫婦の会話が泣かせる。

1960年から70年という、
日本の社会が大きく変貌を遂げた時代に
成長から外れた、
というか、
成長により振り落とされる産業の中の人々の生活。
蚊帳工場だけでなく、
沢山の町工場が倒産していった。
日本人の意識も変わり、
便利さを求め、豊かになることを追求した時代に
失われていったものは沢山ある。

7人の登場人物は、
誰もが他者を思いやり、いたわり合い、
いざとなれば、自分が犠牲になることをいとわない。
そういう当時の庶民の中にあった温かさが舞台にはあふれる。

私もあの時代を生きた人間だから、
その雰囲気はよく分かる。
劇団は当然世代も違うが、
若い人たちが
当時の良いところをよく理解していることに驚いた。

特に、蚊帳職人の武雄が
関西に都落ちしていく場面、
工場の入り口で中を感慨深げにながめるあたりで、
おもわず落涙した。
それ以外にも胸を打たれる場面が沢山あった。
私は修三とは、わずか3つ違いだ。

時代の変化と共に、得たもの、
失ったものを描いて哀切な舞台、
まさに「エレジー」(挽歌、哀歌、悲歌)であった。

結末は意外に苦いものがあるが、
最後に小林家の最も明るく喜ばしい時、
修三の大学合格のシーンを起き、
工場跡地に輝く瞬間が
残存していることを示す構成も心地よい。

配付されたパンフレットに、
観客の世代ギャップを埋めるために
語句説明が書かれていたのが興味深い。
解説された語句は、
蚊帳、紙芝居屋、高度経済成長期、
金の卵、東京オリンピック、
三種の神器、新三種の神器、学生運動
・・・

失われた時代を回顧する
温かさに満ちた芝居だった。
映画にしてもよいのではないか。





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