(17)大正11年 青年寄宿舎大改築 その2
大正十一年十月三十日
・・・・午前は全く飾付及室掃除に忙殺さる。各室は何時になくー但、此一件は内証ー清楚端然とする。パウリスタより蓄音機を借り来り食堂、図書室を通じて、来賓応接室に備へ音楽を奏して舎を賑す。又、壁には舎生出身地一覧あり、入舎生数表、食事見本表、寄付金額表等を飾る。先ず来賓として和田健三氏御来臨、舎を一巡して暫時にして来り給へる舎長先生と会談して去らる。尚、田中銀次郎氏、亀井專次氏、高岡博士夫人、新島善直博士諸氏なり。一日実に賑かにして和気堂に充つる趣なり。
同年十月三十一日
・・・・舎では記念祭のために忙しい。飾付、片付に忙しい。午后三時頃来賓と舎生と舎の前で記念撮影をする。宮部先生を初め先輩諸兄、鈴木先生、亀井氏、足立氏、五藤氏、植村氏、笹部氏、山口千之助氏、小林氏、来賓として小田切氏、伊藤氏、田中銀次郎氏、内田平次郎氏、小原茂氏御来臨下さる。三時半より記念式を挙行す。梅津君の開会の辞に始まり、奥田君の感想、中村君の報告、土井君小林君の感想あり。共に大いに此の新成の舎に新しき命、新しき活力充ちんことを望まる。次に亀井氏先輩を代表して立たる。心よりの祝辞を述べらる。次に小田切氏立たれて此舎の主義を美唱し、将来の勇しき雄飛を希まる。
宮部舎長先生、舎修繕事業の沿革を語られ舎の万歳三唱を音ど取られる。次に奥田君立ちて宮部先生万歳を三唱する。祝歌終りて時田君閉会の辞を以て速に食事となることを期待して散ず。内田平次郎氏はお子供三人を連れられ途中にて帰られ会食せられざりしは残念なりき。盛なる食事終り七時半頃より余興となる。
コメント
10月30日は『青年寄宿舎五十年史』によれば「修繕落成の式」の日でした。この日誌では「一般寄付者を招待する」日となっています(日誌、10月19日の記事)。寄付者の紹介や、寄宿舎の状況を示す資料などを掲示し、「一般寄付者」を接待している様子がかかれています。ただ落成式にあたる式については触れていません。儀式様のことはなかったのか? 宮部先生はこの日、学制発布五十年記念の式典が大学で行われ、寄宿舎の行事には参加できなかったらしく、寄宿舎創立25周年の記念祭を31日とした(前同日の記事)ということでしたから式典に当たることを31日にまわしたようにもみえます。
31日には宮部先生の改築事業の経過報告や来賓の挨拶があって二十五周年記念祭、大改築落成式の様子がみられます。
この日午后3時頃、来賓、舎生たちそろって寄宿舎の前で「記念撮影」をした、とありますが、この写真は原資料が保存されており『
我が北大青年寄宿舎 青年寄宿舎107年の歴史』に掲載されています。写っている人の名前もすべてあげてあり貴重な写真です。
来賓のうちには、改築工事の関係者がいることがわかりました。
伊藤豊次氏 改築工事を担当した伊藤組の創業者である伊藤亀太郎氏の長男。この年の翌年、大正12年には伊藤組を嗣ぐ人。『五十年史』には伊藤さんからは200円という大金の寄附を頂いたと紹介されています。
田中銀次郎氏 伊藤組の幹部職員、のち田中組として独立。亀太郎氏の代理人として官庁建築を多く引き受けていたといいます。宮部先生がその設立計画に関わっていたという厚岸臨海実験所(昭和6年竣功 現在も北大の研究施設として健在です)の施工者でもありました。
内田平次郎氏 改築工事の設計者。日本福音ルーテル札幌教会(中央区南12条西12丁目に現存 昭和9年竣功)の設計者。伊藤組と関係の深い設計技術者だったのかもしれません。
参考資料 HP「伊藤組 会社案内」 HP「北海道建物図鑑」 HP『設計図が語る北大の歴史」